遊矢達ランサーズがセルゲイにより拐われた柚子の奪還とロジェ確保の為にシンクロ次元に赴 き、そこで行われているフレンドシップカップでの戦いの最中───── 千束とたきなは結菜やひかる、さくやと共に 融合次元のアカデミアへの注意喚起とそれに対抗する協力者のスカウトにスタンダード次元の神 浜市で奔走していた。 順調に人脈を拡げていく千束達。 そんなある日、魔女結界を発見し退治のためその中に侵入すると───── 「ちょちょっ、素良くん!?なんっでここに!?」 「────ッ!千束!?」 なんとそこには、舞網チャンピオンシップで遊矢との決闘のあと行方をくらませていた紫雲院素良 の姿があった。 黒いローブを纏った魔法少女達と共に魔女(精霊)と決闘で戦っている。 しかし、何やら苦戦している状況のようだ。 大量の使い魔に囲まれている挙句、黒いローブの少女達のうち何人かは気絶しており、素良は 彼女達を庇いながら魔女と相対していた。 千束の視界に倒れている少女達の姿が映る。 その中の1人はフードが外れていた。 姿を確認すると、髪の色は違うが顔立ちが素良とよく似ている幼い少女であった。 (あのコ、素良くんにめっちゃ似てるけど……きょうだいかなんかか?) 素良に兄弟や家族がいると言う話は聞いたことがない。 だが、必死そうに彼女を護っている姿を見ると素良にとってあの少女が近しい存在なのは間違い ないだろう。 「まーでも、まずは魔女退治が先だな。たきな!結菜ちゃん!ひかるちゃん!いくよ!」 「了解です」 「えぇ」 「はいっす!」 兎にも角にも、今はこの状況を切り抜ける事が先決だ。 千束達は変身し、素良達の助太刀に向かっていった。 「美宇!しっかりしてよ、美宇!」 「ぅ……素良……?」 「よかった!気が付いたんだね、美宇!」 「わたし、何があったの……?」 「魔女の攻撃をくらって気絶してたんだ。でも、もう大丈夫。ボクがやっつけたから!」 「そっ、か……ごめんね。また足引っ張っちゃって……」 「いいんだ。お前が無事ならそれで……」 「本当はわたし達が排除したんですけどね」 「しっ!余計な事言わない!……ね、素良くん。ここじゃなんだし、別のトコでお話しよ?妹ちゃ ん?も一緒にさ」 「…………っ」 素良には聞かねばならない。 アカデミアは柚子達を攫い何がしたいのか。 マギウスの翼と言う魔法少女と決闘者の解放を 目指す組織に何故アカデミア兵である彼の家族が所属しているのか。 彼もマギウスの翼の一員なのか。 それ以外にも聞きたい事は山積みだ。 素良に問い質そうとした瞬間───── 「や、こないだぶりだね。リコリスさん」 千束達の前に遊矢と同じ顔を持つ少年、アカデミア最強の兵士ユーリが現れる。 (───ユーリ!?) 「ゲッ、ま〜たオメーかよ……」 「え、何その反応。つれないなぁ〜……あれ?紫雲院素良じゃん。キミこんなトコで何してんのさ。 ロジェから招集受けてたハズだよね?」 「……キミこそ何でここにいるんだよ、ユーリ?」 「任務だよ。見れば分かるでしょ?それよりまだ僕の質問に答えて貰ってないんだけど?」 「ボクが元々課せられてた任務には敵情視察も含まれている事はキミも知ってるだろ?で、例の マギウスの翼って組織が最近かなり怪しい動きを見せてたからそこの下っ端達を付けてたのさ」 「ふ〜ん?」 「まあ、思わぬジャマが入っちゃったけどね」 素良は虚実を織り交ぜながらユーリに理由を説明する。 彼は自身に妹がいる事をアカデミアに明かしていない。 それだけではなく、その妹が魔法少女でありアカデミアが脅威と認定している敵対組織に属して いる事も秘匿したままだ。 (ボクはただ美宇の手助けをしてるだけでマギウスの翼の詳しい内情や組織構造なんてわからな い。魔法少女や決闘者を呪われた宿命から解放してくれる救世主たちって蓮から聞いたけど ……本当にそれだけ) この神浜に存在する魔女もとい精霊たちは他の町に発生するそれらと比べると強い。 魔法少女としては弱い部類に入る美宇はそんな魔女たちにひとりでは太刀打ち出来る力がな い。 だから可能な限り兄である自分が手伝っているのだ。 (だけど、ボクのこの行動は何も知らない人間からすると利敵行為にしか見えない……) 真実を明かしたとしても誰も信じないに決まっている。 いや、自分も同じ立場ならとても信じられないだろう。 確実に裏切り者のスパイだと疑う。 (とにかく怪しまれない様にしないと!とくにコイツだけには……!) 目の前にいる少年はアカデミア兵の中でもこの上なく冷酷で残忍な人物だ。 どこまでも無邪気に他者を嘲笑い、蹂躙する。 もし今まで自分が行ってきた事がバレたら、ただではすまない。 それも自身だけでなく、妹さえ───── (美宇はボクが絶対に護る……!だってボクは美宇のカッコいいお兄ちゃんなんだから……!) 妹は信じているのだ。 アカデミアは世界を一つにし、誰もが幸せに暮らせる理想郷を作る崇高な目的があり兄はその為 に常日頃頑張っていると。 美宇にとって素良は自慢の兄であり、ヒーローだと。 (ボクがそれを裏切るワケにはいかない……!) 素良は背中一面に冷や汗を滴らせながら、必死で 思考を回転させる。 そんな中、フードから金色の髪が見え隠れするとある一人の黒羽根の少女が他の仲間達へとテ レパシーで危機を告げる。 『あああ、あのっ!早急にこの場から離れた方がよろしいかとっ!』 『えっ!?』 『えっと、なんて言うか、その〜……あの紫色の人はとてつもないトラブルを引き起こす予感がビ ンビンするってわたしの長年のカンが告げているんですっ……!』 『わ、私も同じ意見!絶対ヤバいってあの人!それに、強い魔女や魔法少女とかち合ったら逃げ る事優先って天音さん達から言われてるし……』 『で、でも!素良が……』 『だ……大丈夫だよ!アナタのお兄さんあの変な眉毛の人と知り合いみたいだし、酷い事にはな らないと思う……たぶん』 『それにヤバいのは紫色の人以外にもいるし……ほら、あの赤い制服の人達も!と、とにかく! このままじゃ危ないから早く逃げようよ!』 「……ゴメン、素良……!」 そうして黒羽根達は捕まらない様に別の場所へと一目散に駆けてゆく。 「あ、逃げられた」 (よし!ボクもこの隙に……!) 「おい、待─────」 「いいよ、追わなくて。そんなのよりキミはさっさとシンクロ次元に行きなよ。ロジェが待ってる」 「だからいいって。ここに来る前に同じ格好してた娘たちを何人か狩ってきたけど大した情報持っ てなかったし。たぶんあの子たちも同じだよ」 「そ……そんなの分からないだろ。もしかしたらアイツらの中に幹部と近かったりする────」 「ハァ〜……キミさぁ、それでも僕と同じ七つの大罪(セブン・スターズ)の一員なの?」 「は?な、何だよいきなり……」 「優秀な兵士って肩書きはお飾りなのかって聞いてるんだよ」 「なっ!?」 「だって今のキミ任務の優先順位すら判断出来てないじゃん。もしかして忘れちゃった?今の僕ら の最優先事項はセレナ達の奪還だろ」 「…………!」 「それに、どんな相手だろうとアカデミアが総力を挙げれば敵じゃない。エクシーズ次元の奴らと 同じでハンティングゲームの獲物でしかないのさ」 「それ、は……そうかも知れないけど───」 「───あのさぁ、これ以上何かあるのなら”おしおき”しちゃうよ?」 「──────ッ!?」 (クソ、ここまでか……!) 「……わかった。シンクロ次元に向かうよ……」 「ハイハイ。デニスによろしく〜」 「────さてと。邪魔者もいなくなったし、やっと二人きりで楽しめるね。リコリスさん♪」 「……オメーも任務に集中しなくていいのかよ?」 「ん?ちゃ〜んと並行してやってるよ?僕優秀だし」 「私と戦うのは任務関係ないよな?」 「イヤイヤ大アリだよ。アンタとの決闘は僕の中で最優先事項だから♪」 「思いっきり私情じゃねーか……セレナちゃんの言ってた通り気色悪いヤツ」 「……へぇ?いっぱしの口を利くじゃんセレナのヤツ。僕より弱いクセに……ってゆーかセレナは 今アンタらのトコにいるんだよね?あんなのでも一応うちの兵士だから返してくんない?」 「イヤで〜す!セレナちゃんはもうとっくにうちの子ですぅ〜。瑠璃ちゃんとリンちゃんも返しませ〜 ん!つーかそっちこそ柚子ちゃん返せやコラ」 「イヤでーす。勝手に連れ戻させてもらうからアンタの許可は要りませ〜ん」 「ナメてんじゃねーぞこんにゃろー……」 「ま、返して欲しければやる事はひとつだよね───構えなよ」 「いいぜ。こっちこそ吠え面かかせてやんよ」 「こないだは途中で切り上げたからフラストレーション溜まってるんだ……思いっ切り解消させて 貰うよ!!」 「「決闘!」」 そうして始まった千束とユーリの決闘は、互いに巧みなプレイングで一進一退の攻防を繰り広げ ていた。 ユーリはエースのスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンを始めとした強力な融合モンスターと 捕食植物の特有効果で千束の動きを妨害してゆく。 それに対し千束はSPYRALの並外れた展開力とピーピング等でユーリの戦術を打ち破る。 そんな決闘は千束が若干有利のまま最終局面を迎える。 千束 LP1200 ユーリ LP800 「───さ、そっちのターンだよ」 「ク……ククッ……アハハハハハハッ!最ッッッ高だ!僕をここまで追い詰めた人間はアンタが初 めてだよ、リコリスさん!」 「私もこんなヤケクソ気味に笑うヤツとやんのは初めてだわ……」 「───いけます!千束の場にはSPYRALGEAR-ラスト・リゾートを装備しているSPYRAL-ボル テックスが存在し、その効果は自分のSPYRALカード1枚と相手フィールドのカードを2枚まで対 象として破壊可能。さらにラスト・リゾートの効果でボルテックスは戦闘と効果では破壊されませ ん。状況は千束が圧倒的に有利です!」 「対してあのユーリってヤツの場には永続罠ひとつと手札1枚だけ。これはもう錦木さんの勝ちも 同然っすね!」 「油断しちゃダメよぉ、ひかるぅ……錦木さんだって場に強固な切り札が1体だけ。他に伏せカード も手札もないのは不安材料だわ……」 「でもでも結菜さん!アイツのデッキは融合召喚が主体のデッキっす。最低でもモンスター2体と 融合魔法がないと機能しないんすよ?こんなのどう考えても敗色濃厚じゃないすか!」 「それでもよぉ。彼はこの間バトルロイヤルで戦ったオベリスク・フォースとは比べものにならない 実力を持っている……一瞬の慢心が命取りになるわぁ」 「おっ、そこの和服の人は僕の凄さをちゃ〜んと理解してるみたいだね。僕はこれでもアカデミア 兵としてトップなんだ。ナメて貰っちゃ困るよ、お・チ・ビ・さ・ん♪」 「チビ……って、アンタもひかるとそう変わらない身長じゃないっすか!」 「あれぇ〜?そうなのかな?ゴメン、小さすぎてよく見えないや」 「コイツ……!お前だってぜーんぜん見えないっす!このミジンコ!」 「はっ、ノミが何か吠えてるよ」 「ならお前なんかミド────」 「どっちでもええわい!……てかさキミ。アカデミアじゃトップかもしんないけど、ここじゃキミ以外 にも強い人がいっぱいいるぜ?」 「へぇ……でもそんなの関係ないね。だって僕が負ける事なんてないんだから!僕のターン、ド ロー!……フフッ、流石僕。今この状況で欲しいカードが来てくれたんだから!」 「へん、どうせハッタリっす!」 「ハッタリかどうかは今から証明してあげるよ!僕は自分の場の捕食惑星をコストに魔法カードマ ジック・プランターを発動!2枚ドローする!」 「コストで墓地に送るからボルテックスの効果でチェーンして永続罠を破壊出来ない……上手い わねぇ」 「はっ、ツイてやがんなオイ」 「そうだね。僕はツイてる……このドローで勝負を決める鍵が全て揃うなんてねぇ!」 「──────ッ!」 「僕は墓地の捕食惑星を除外し効果発動!自分の手札・フィールドから融合モンスターカードに よって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、融合召喚する!」 「なっ、ここで融合ですか!?」 「あの永続罠にそんな効果があったんすか!?」 「僕は手札の捕食植物プテロペンテスと捕食植物ヘリアンフォリンクスを素材に融合!魅惑の香 りで虫を誘う二輪の美しき花よ!今ひとつとなりて、その花弁の奥の地獄から新たな脅威を生み 出せ!融合召喚!現れろ、飢えた牙持つ毒龍!レベル8!スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラ ゴン!」 「アレは、置換融合の効果でエクストラに戻ってたアイツのエースモンスター……!」 「再び出てきたトコゴメンだけど、そのドラゴンにはまたご退場して貰うよ!私はSPYRAL-ボル テックスの効果発動!自分フィールドのSPYRALカード1枚と相手フィールドのカードを2枚まで対 象とし破壊する!勿論破壊対象はスターヴ・ヴェノム!」 「そうはさせない!僕は墓地の罠カードスキル・プリズナーを除外し効果発動!スターヴ・ヴェノ ム・フュージョン・ドラゴンを選択し、そのカードを対象として発動したモンスター効果を無効にす る!つまりボルテックスの破壊効果は無効!」 「いいっ!?」 「残念だったね。アンタの目論見は全て水の泡となって消えたワケだ」 「不味いわね……ここは確実にボルテックスの効果を通しておきたかった場面。それを防がれた のは錦木さんにとってかなりの痛手だわぁ……」 「いえ、スターヴ・ヴェノムはフィールドのモンスターを素材にしてこそ本領を発揮します。それが 手札のモンスターを素材に召喚された為十全に効果を使用出来ない……俄然千束が優位なの は変わりません!」 「そ、そうっす!ボルテックスの対象耐性でコピー効果も使えないし、自爆特攻して全体破壊を狙 おうにも効果では破壊されないっす!為すすべなしっすよ!」 「……あのさぁ、キミたち。さっきの僕の言葉忘れたの?言ったじゃん、勝負を決める鍵は全て 揃ってるって!僕は装備魔法孤毒の剣を発動しスターヴ・ヴェノムに装着!」 「そのカードは……!」 「この装備魔法を装備したモンスターの元々の攻撃力と守備力は相手モンスターと戦闘を行うダ メージ計算時のみ倍になる!」 「それって、まさか……!」 「そう!アンタのボルテックスは戦闘では破壊されない。だけどダメージは受ける!2800の戦闘 ダメージをくらってアンタはジ・エンドさ」 「ぐっ……」 「……万事休す、ねぇ……」 「う、嘘っすよね……これで終わりなんて嘘っすよね?」 「ああ……僕は今とても満たされた気分だよ!小さい頃からずっとずーっと待ち望んでたんだ。ア ンタを必ずこの手でカードにするって!その夢が叶おうとしてる……こんなに嬉しい事はない! じゃあね、電波塔のリコリスさん。本当に愉しいデュエルだったよ────バトルだ!スターヴ・ヴェ ノム・フュージョン・ドラゴンでSPYRAL-ボルテックスに攻撃!」 「千束────っ!!」 誰もが敗北を確信し、たきなの悲痛な叫びが木霊する中───千束は不敵な笑みを見せていた。 「─────ねえ、知ってる?エンターテイナーってのは最後までマジックのタネは明かさないもんだ ぜ」 「は?」 そう告げる千束の赤く煌めく臙脂色の瞳を視界に映したユーリはその一瞬────息が詰まり、背 筋に震えが走った感覚を覚えた。 「私は墓地のトランザクション・ロールバックを除外して効果発動!ライフを半分払い自分の墓地 の通常罠カード1枚を対象とする。この効果はその罠カード発動時の効果と同じになる!」 「何っ!?」 「掠める弾丸を対象にコピーし効果発動!自分フィールドのモンスターが相手モンスターに攻撃 される時、お互いのモンスターの攻撃力分のダメージをそれぞれ受ける!わかるよな?私たち2 人で2800のダメージを味わうのさ!」 カードから放たれた銃弾は互いのモンスターの身体を貫き、それぞれのプレイヤーへと向かい弾 道が描かれる。 千束はそれを優れた動体視力により紙一重で避け、もう一方の弾丸はユーリの頬を掠める。 そしてダメージを受けたモンスター達が爆発を引き起こし、その衝撃に襲われた2人が吹き飛ぶ。 「ああああああっ!」 「があああああっ!」 千束 LP600→0 ユーリ LP800→0 そうして、決闘の幕が閉じる。 吹き飛ばされた千束の無事を確認するため、誰よりも早くたきなが駆け寄ってゆく。 「千束!大丈夫ですか!?」 「へへ……見た?たきな。あのニヤケヅラ坊やのハナを明かしてやった、ぜ……」 「千束!?しっかりして下さい、千束!」 直前の決闘で発生したダメージにより、千束は気を失う。 「僕が……引き分け、た?」 今の状況を飲み込めずただただ呆然としていたユーリは自らの頬に触れる。 掌にべったりと付いた紅いソレを視界に収めると、わなわなと震え腹の底から煮え滾る程の怒り が湧き上がってゆく。 「……けるな、ふざけるな!!こんな結果認められるワケないだろ!!おい、もう一度僕と決闘し ろ!次こそ僕の方が強いって思い知らせてやる……!」 「──────ッ!」 千束を庇う様に前に出たたきなは、憤怒のあまり喚き散らすユーリを睨み付けつつデュエルディ スクを構え臨戦態勢に入ろうとする。 そんな彼女を静止する声が放たれる。 「────下がりなさい。井ノ上さん」 その声の主は紅晴結菜。プロミストブラッドの長女である魔法少女であった。 「……何故止めるんですか、紅晴さん。コイツを仕留めなければ千束が────」 「聞こえなかったの?下がりなさいと言ったのよぉ」 結菜は少しだけ圧を込めた声色でたきなを制す。 だが、そのくらいで怯むたきなではない。 静止を振り切りユーリへと立ち向かおうとした瞬間、彼女の脳内に結菜の声が響く。 『─────井ノ上さん、ひかる。聞こえる?』 『え、結菜さん!?急にテレパシーで話し掛けてきてどうしたんすか?』 『アイツに聞かれない為よぉ。時間もないし手短に伝えるわ。私がアイツの足止めをするから、あ なた達2人は錦木さんと一緒にここから離れなさい』 『!』 『ちょ、ちょっと結菜さん!何言ってんすか!?』 『今この場のメンバーで手負いの錦木さんを運ぶのはあなた達2人が最も適任だからよぉ。本来 なら脚が速いさくやに頼みたいのだけれど、彼女は現在時女さん達と共に行動しているから頼れ ない……』 『で、でも!結菜さん1人が残る必要なんて!』 『こちらが援軍を呼び込める様に少しでも多く時間を稼ぐ為よぉ。いくらアイツが最強のアカデミア 兵と言っても負傷したまま連戦に持ち込まれたら厳しいのは明白……その先陣を切る役割を一 番果たせるのは私だわぁ』 『結菜さん……』 『……っ』 『冷静になりなさい、井ノ上さん。あなたが今やらなければならない事は錦木さんの安全の確保で しょう?』 『……はい』 『────ひかる。あなたは私の優秀な懐刀。必ず使命を全うしてくれると信じてるわぁ』 『……っす。了解しました!結菜さんの最強の鉾であり盾であるこの煌里ひかる、確実にやり遂 げて見せるっす!井ノ上さん、行くっすよ!』 『……わかりました。紅晴さん』 『何かしらぁ?』 『先程はすみませんでした。それと……どうかご無事で』 『……ええ。そっちも気を付けてね』 「逃がしてたまるか……!」 「待ちなさい。あなたの相手は私よぉ」 千束を連れ退避するたきな達を追跡しようとしたユーリの眼前に結菜が立ちはだかる。 「───邪魔だ、どけよ。今はキミの相手をしてる暇はないんだよ……!」 「そう怒らない方がいいわぁ……あなただって今立っているのがやっとでしょぅ?」 「……ッ!関係ないね。こんな痛みぐらいで僕が止まるハズないじゃん……!」 「あら、そう。こちらとしてもその状態のあなたの方が相手取るのに好都合だから助かるけどぉ」 「……なに、その口振り?まるで僕に勝てるみたいな言い種に聞こえるんだけど?」 「ええ。そう言ったのよぉ?だってあなた、虎に狩られる直前の獲物にしか見えないんだもの」 「……あ゛?」 「今からそれを証明してあげるわぁ……」 「────あれ、私……?」 「千束!良かった、気が付いたんですね!」 「たきな?私、あれからどうなって……つーかここどこ?」 「小さな廃墟ビルです。この周囲には気絶したあなたを安静に出来る場がここぐらいしかありませ んでした」 「そうなんだ……」 「目が覚めて何よりねぇ、錦木さん。体調は大丈夫かしらぁ?」 「あ、結菜ちゃん!ん〜……ところどころ少し痛いぐらいで他はとくになんも。ただ、まだちょっと怠 いかなぁ……?」 「そう……あれからまだ1時間も経ってないし、回復しきれてなくても不思議ではないわねぇ」 「てかそれより!あのユーリってヤツどうなったの!?」 「彼についてはあなたが気を失った後に私が相手を引き受けたのだけど……」 「えっ、もしかして勝ったん!?」 「いえ、そもそも戦う前に相手の方から去って行ったわぁ……」 『───いい。別にキミを蹴散らすなんて朝飯前だけど、今は戦りたい気分じゃない』 『……それは尻尾を巻いて逃げると受け取っていいのかしらぁ?』 『は?逆だよ、命拾いしたのはキミ達の方さ。この僕から見逃してもらえるんだから』 『負け犬の遠吠えにしか聞こえないわねぇ……』 『……処刑の猶予が与えられた事に感謝しなよ』 『あなたこそ、飢えた獣から慈悲を与えられた事に感謝するのねぇ……哀れな被食者さん』 『ハッ、無様に吠えていられるのも今の内だってせいぜい噛み締めてなよ。子猫ちゃん』 「そっかぁ……」 「ユーリはあなたとの決闘で活動に支障をきたすレベルまで消耗させられ、アカデミアへと帰還せ ざるを得なくなった……と言う辺りかしらぁ」 「まー、こっちがこんな状態になってんだしあっちも同じくらいヘトヘトになるかぁ……」 (帰還した理由は消耗だけじゃない気もするけど……口にする必要はないわねぇ) 「……ヤツはやはり許せません。次は必ずわたしの手で始末します……!」 「ダ〜メダメたきな!そーんな物騒な顔しちゃあ!カワイイ顔が台無しだよ〜?ほらほらスマイル スマイル!」 「ひ、ひひゃひょ!ほおをひっひゃらにゃいでくだひゃい……!(ち、千束!頬を引っ張らないでく ださい!)」 「確かにアイツはムカつく部分もあったけどさ、デュエルしてて楽しかった相手だったんよねー ……それはそれとして引き分けはモヤる〜!」 「楽しかった……って、あなたねぇ。負けたらカードにされかけたのよぉ?なにを呑気に……」「い や〜、でも楽しかったのはホントだし」 「ひひゃひょはきひょんてきににょうてんきでひゅひゃりゃ……(千束は基本的に能天気ですから)」 「おいどーいう意味じゃコラ」 「ひひゃい!ひひゃいでひゅ!」 「─────」 『……あなた、何を笑っているの?あなたは今どうしようもない窮地に立たされているのよぉ?そ の状況が理解出来ないのかしらぁ?』 『……わかってるさ。誰がどう見たって今のオレの状況は八方塞がりだ。本音を言えば今すぐ逃 げ出したいくらい怖い……でも、それ以上にこの逆境を乗り越えればとてつもないエンタメを魅せ られるって考えたらワクワクが止まらない!』 (……”彼”は多分、この子のこういう部分に強い影響を受けているのかしらねぇ) 「結菜ちゃん?どしたー?」 「いえ、何でもないわぁ……さて、いつまでもここに留まっているワケにもいかないし、そろそろ移 動しましょう」 「どこ行くん?」 「調整屋よぉ。この周辺で一番近く集合出来る場所がそこだとさっき環さんからメッセージが送ら れてきたわぁ。それにもうすぐ迎えに来てくれる時間でもあるわねぇ」 「調整屋かぁ……そういや去年リヴィアさんにはお世話になったなぁ」 「結菜さん!環さん達がこっちに来たっす!」 「見張りご苦労様、ひかる。さあ、行きましょぅ」 「クソッ!クソッ!!クソオオオオオオッ!!」 勝利しか知らなかった自分が初めての引き分けを迎えた。 栄光ある覇道が約束されている自分に、消える事のない疵を付けられた。 ─────怒り。 未だに煮え滾る狂おしい程の憤懣。 「認めない……認めてたまるかよ……!」 ───あの、ほんの一瞬。 彼女の赤い眼(まなこ)を視界に捉えた一瞬。 凍りつきそうな感覚が身体の隅々まで拡がり、まるで自らの首に死神の鎌が掛けられた様な感 覚を覚えた。 ──────恐怖。 生まれて初めて感じた恐怖。 「ふ……ふふふふふっ。はははははっ……!」 恐怖や怒りだけでなく、それらと同様───否、もしくはそれ以上かもしれない言いようのない昂り をユーリは感じていた。 千束との決闘はユーリにこの上ない感情の奔流を引き起こすものであった。 「次は、次こそは決着を付けてやる……!完膚なきまでの勝利を─────!」 グチャグチャにしてやるよ、最強のリコリス────