――翌日。 「けんぜん……健全……デート……デート?…………うーん……」 ミチルと相談した結果、やる気が持続している今日のうちにデートへ誘うため、早速隼人の私室前に立つ竜馬は脳内シミュレーションをしてみることにした。「よっ、隼人。デートに行こうぜ!」、と言ってみよう。きっと彼はこう返すはずだ。「何でだ?」と。うーん、これは些か困ってしまう。理由を一から十まで説明したらまるで自分がもの凄く隼人と恋人同士になりたいと言っているようで気恥ずかしいからだ。確かに望んではいるだろう。花が好きだと気付いた時のように既に竜馬は隼人に"異性としての好意"を抱いていると受け入れている。 だが、しかしだ。竜馬は自身の気持ちを言葉にするのが不得手なのである。だから理知的な彼の「何でだ?」はとんでもなく困ってしまう。一から十どころか余計な売り言葉まで言ってしまいそうで怖いのだ。なので『あっけらかんに言って乗り切ろうぜ!作戦』はこのたび白紙と相成った。仕方ない。やはりここは自分らしく、言葉よりも勢いあるのみである。 「はーやっと!ラーメン食いに行こうぜ……って、おお!?」 ドアを開け、グンと身体ごと引っ張られて気付けば背中に男の方腕が回っていた状態。やっべ、誘い文句にラーメンはさすがになかったかな?と反省する暇すら与えられなかった刹那のことである。ちなみに現在時刻は夜の23時半。明日のつもりで誘ったが見ようによっては夜食の誘いでしかない。なお、絶対にデートのお誘いには見えなかっただろう。 「ちょうど良かった。出向く手間が省けて、な」 「へっ!?とととととと、とぅわー!?」 勢いをつけてベッドへ押し倒された竜馬の口からヘンテコな呻き声が上がってしまった。ジロリと鋭い眼光を向けるのは見慣れた彼の顔。口元は少し微笑んでいる?これはちょっと見慣れていない類のモノである。 「要件を先に言うぞ」 「こ、この体制のままで?」 「そうだ。何だ?嫌なのか?」 「嫌……じゃ、ねえ……けど!」 フンと言葉尻を強めてからそっぽを向いてしまったのは悪い癖だと自覚している。出鼻を挫かれたと思ったら彼の術中にハマってしまった。ああ、もうせっかくのやる気が減退だ。明日出来ることは明日やろ〜。小学生時代、宿題をどのように挑んでいたのかよく分かる竜馬の内心であるが、繊細な心を持つ彼女のためにフォローをしてあげよう。 この期に及んで竜馬は怖気づいてしまったのだ。何故か。それはひとえにこの体制が物語っていると言えるだろう。 「要件とか言っておいて、本当はヤりたいだけなんじゃねえの」 「それは否定しない」 「オイ!無駄なとこだけ素直だなテメエ!」 はーと諦めの溜息を吐いたあと、「一応喧嘩中なんだけど」と言った。隼人の首は縦に振られた。本当にどうしたのだろうか?素直通り越してもう不気味の領域まで片足突っ込んでいて、ジト目で睨んで牽制している己の臆病心が馬鹿みたいである。 「で〜?要件って何だよ〜」 ダルさを全開にして間延びした口調で問いかけてみたら口角を上げていた彼の唇が一文字に結ばれて正直ガッカリした。真面目な時もそうでない時も彼は真顔を作りがちなのでこの先何を言われるのか皆目検討もつかないが……まあ、おそらくセックスはするのだろう。心準備だけは整えておこう。あっ、そういえばゴムはあったかな?パソコンデスクの一番下の引き出しに確か予備があったはずだがあとで出してくれと頼んでみよう。 「数日かけて考えてみた。『は?』ではなく『そうなってもいい』と訂正させてくれ」 「………………は!!?!?」 思わず「は!?」を大袈裟に使ってしまったが、言葉を上手く飲み込むのに数分がかかってしまった。その間、ポカンと開いた口はずっとそのまま。アホ面だった竜馬の頬が沸騰したヤカンのように高温を宿すことになる。手で触れなくても分かる熱にどうしていいのかオーバーヒートした脳が思考停止してしまったのに。事もあろうに彼の冷たい手のひらがさわりと撫でてくれたせいで冷静さを取り戻してしまったのだ。 「急に黙ったということは俺の伝えたかったことが正しく伝わっているようだな。珍しく頭の回転が早くなっているな、褒めてやる」 「う、うるせえっ。そ、それにほっぺた触り過ぎだろぉ!」 「肌触りがいいからな。嫌ならやめるぞ」 「だから……嫌じゃねえ……って、言ってる、だろ」 「そうか」 暫し大人しく隼人の手のひらを受け入れる竜馬であるが、「触り過ぎ!」と批判したわりには目を細めて気持ち良さそうにしている。隼人もまたよく食べてよく寝てよく動いたおかげで肌のハリが素晴らしい竜馬の頬の感触を楽しんでいるようだ。素材がいいのだろうか。化粧水など禄につけていないにも関わらずぷるぷるもちもちでスキンケアに余念がないミチルが知ったらほっぺたを思いっきり左右横に引っ張ってサディスティックな笑みを浮かべていることだろう。 「で、だ。俺は言ったぞ?」 ――次はお前の番だ。 そう問われているのは直感で分かった。ああもうっ、順番がメチャクチャだ。デートを誘うはずだったのに!そのあと恋人同士かどうか自分から再度尋ねるはずだったのに!隼人ばかりいい格好しちゃって!そんなの――許さない! 「っ――!」 「――!?」 かぷりと噛んだ彼の唇から赤い鮮血が滴り落ちて。今度は舐め取って誇らしげにふんぞり返ってやったら唖然とした男からくつくつ笑い声が漏れ出てきた。思わずふふっとこちらも笑ってしまった。急いで両手のひらで唇をガードし、仕返ししても無意味だからな?と諭したのだが隼人はいつだって竜馬の期待を裏切るのだ。悪い意味でも、いい意味でも。今回は後者のようである。 「指……邪魔だ」 「……んっ。今度は、んんっ、舐め、過ぎっ」 「なら退け。噛みついてやるから」 爪の先から第一関節まで、舌を這わせてその先にある唇を明け渡せと催促する隼人に根負けしてしまった竜馬は口から手を離してしまった。瞬間、熱いモノで唇が塞がれる。息も出来ないほど情熱的な唾液交換をしたあとやっと開放されるが口の中が鉄臭い。唇に触れると赤い血が指についてしまい、チラッと隼人を見上げると彼の唇もまだ赤かった。唾液だけでなくもしかしてこちらも交換してしまったのだろうか。まだ自分達が交換していない粘液はあるのだろうか?と思わず益体もないことを一瞬大真面目に考えてしまうほど二人の血の色はよく似ていたのだった。 「返事はキス、か。都合良く捉えても?」 「……おう」 「そうか。なら尻を出せ」 「へ!?この流れで何で!?」 「だからこそだろ?」 尻叩きは以前もされたことがあるがアレは罰と言う体面があってこそだった。今回の自分は罰を受ける謂れはないはずだと主張するが竜馬の言は全て拒絶された。横暴だ。