「う〜ん…これ、どう使ったものか…」 事務所の会議室。 打ち合わせテーブルに鎮座する『それ』を見て、俺は何度目かのため息をついた。 「あ、ここにいた。お疲れ様、です」 「ああ、雫。お疲れ様」 俺が『何か』を見ていたのが気になったのか、雫は俺の体で陰になっていた『それ』を覗き込んだ。 「お、おお〜!これって、ドローン?」 「ああ、雫は知ってるんだな。そうなんだ。ライブの撮影とか中継の機材を貸してもらっている業者さんが持って来てくれたんだ。  『映像の雰囲気が一味違うものにできるのでぜひお試しください』、って言われたんだが、俺はこういうのに疎くてな」 「…」 「え〜と、雫?聞いてるか?」 雫はドローンを見て目を輝かせている。 これはあれか…『新しい玩具を見つけた子供の目』とかそういうやつか…? 「牧野さん」 「もしかしなくても、触ってみたいのか?」 「うん。使ったことは無いけど、私はマニュアルはちゃんと読むタイプ。安心」 「いや、マニュアルを読んだだけで動かせるものなのか?アニメとかだとよくある話かもしれないが…」 「…ダメ?」 う〜ん。この顔をされるとダメとは言い辛くなるんだよな…。 「これを見たのが私だったから、まだいい。これが他の子だったら、もっと大変だった」 「え?」 雫が急にトーンを落として話し始めたものだから、俺はつい耳を傾けてしまう。 「パターン1、すずちゃんの場合」 「何か始まったな…。すずだったら?」 雫は探偵が推理を披露するかのように、会議室内を歩き回ってもったい付けつつ次の言葉を紡ぐ。 「すずちゃんは、高い所が好き」 「ああ、そうだな。シーパラでもあの展望タワーがお気に入りのようだったし」 一際テンションが高くなっていたのを思い出す。 「そんなすずちゃんがドローンを手に入れたら、どうなると思う?」 「え。それはまあ、高い所からの映像を見ようとする…?」 「そう。そしてそのまま電波が届かなくなって、墜落。ドローンはしめやかに爆発四散。ナムサン!」 「いや墜落はするかもしれないが、爆発はしないだろう!?」 そもそも借り物のドローンが墜落するのは大問題なんだが…。 「パターン2、遙子さんの場合」 「遙子さんはそんな無茶なことはしないんじゃないか?」 「遙子さんと言えば、廃墟」 …よくよく考えたら、あまりアイドルから連想されるワードではない気がするな…。 「確かに、廃墟の写真とかよく撮りに行ってるな」 「お仕事にもしてるくらいだからね。そんな遙子さんがドローンを持って廃墟に行ったら、どうなる?」 「それはまあ、撮影が捗るんじゃないか?空中からの写真や映像なんて普通は撮れないだろうし」 廃墟でドローンを操作しながら一人テンションが上がっている遙子さんを幻視した。 バラエティ向きな映像…なんだろうか? 「そう。写真と動画を撮り続けていく遙子さん。そしてついついバッテリーのことを忘れてしまい、墜落。ドローンはしめやかに爆発四散」 「オチが天丼になってるぞ」 「墜落だけに、落ちた」 微妙にうまいことを言うな。 「パターン3、franさんの場合」 「まだあるのか!?って、franさんはそんな妙なことは…」 「…お金に困ったfranさんは、借り物のドローンをうっかり転売して…」 「転売は『うっかり』ではしないだろ!?というか、普通に失礼だからな!?」 「…うん、さすがにこれは酷いと思った。反省」 そこは謝るのか…。 「ともかく、ちょっとだけでいいから…」 「はあ…仕方ないな。ちゃんと説明書は読んで、気を付けて飛ばすんだぞ?あと、心配だから屋内だけだ」 「やった!じゃあ、さっそく…」 雫は飛びつくように箱を開けて、説明書を読み始めた。やれやれ。 とはいえ、これが上手く使えるようになれば事務所としてもプラスになるのは確かなんだよな…。 時折「ふむふむ…」とか「お〜…」とか漏れてくる声を聞きながら待つこと10分あまり。 「うん。大体わかった」 「ああ。くれぐれも気を付けてくれよ」 「任せて」 力強く宣言して、ぱっと見はラジコンのそれとそう変わらないリモコンを手に取った。 「…兵藤雫、行きます!」 本当にアニメみたいな言い方でちょっと笑ってしまった。 雫の操縦で、ドローンはゆっくりと浮き上がっていく。そこから左右に移動したり、旋回したり…。 「…上手いな」 「感覚的にはゲームとそう変わらない、かも」 そういうものなのか? 雫は会議室内を一通り動かしてから、何かを思い付いたようにこちらを見た。 「せっかくだから、写真撮ってもいい?」 「え、もしかして俺を?」 「そう。記念に」 何の記念なのだろうか…。 「はい、ポーズ、取って?」 「え、ええ?どうすれば…」 「う〜ん、私達がグラビアでしてるみたいな?」 「待ってくれ!?」 さすがにそれはちょっと…。 「早くしないと、バッテリーが切れて墜落する」 「え、ちょっと待ったそれは本当にまずい!」 え〜と、こんな感じだったか…? 「おお、いい感じ…!そのままストップ」 「は、早くしてくれ…」 そのまま雫の言うがままに何回かポーズを取らされて、ドローンのカメラには俺の写真が記録されていった。 ドローンは無事にテーブルに着陸しているので、そこは一安心なんだが…。 「いや〜眼福…大満足…!」 「俺なんて撮ってそんなに楽しいか?」 「当たり前。かわいい写真が一杯撮れた。お宝の山…!」 ホクホク顔の雫。 「みんなにシェアしても、いい?」 「それだけはやめてくれ!誰が見るかわからないからデータもちゃんと消しておいてくれよ?」 「…仕方ない。ドローンのデータ『は』消しておく」 「本当に、頼むぞ」 …その場で確認しなかった俺が悪いのだが、雫は確かにドローンのデータは消していた。自分のスマホにバックアップを取った状態で。 雫が拡散した写真のせいで、しばらくは大変なことになってしまった。写真がちょっとだけトラウマになるほどに。 昔、楽屋で撮影した麻奈の動画のバックアップをみんなに見せたことがあったが…俺は改めて麻奈に悪いことをしたんだな、と痛感させられてしまったのであった。 終わり。