本能に抗え。  本能に従え。 〇 「ルドモン!踏ん張れ、抑えろっ!!」 「応っ!クロウ!!」  烈々の気迫を込めて鉄塚クロウが叫ぶ。応ずる様にルドモンが両足に力を籠め大地を踏みしめる。退治する敵は巨体、戦車と恐竜を組み合わせ2で割ったようだ、緑の迷彩ペイントに顔の砲塔に両腕の砲塔、合わせ3つの砲塔が獣を狙っている。  しかし砲が火を噴くことはなかった。敵は明らかに錯乱している、眼の爛々と赤く光っている。口から洩れる言葉は言語の体をなしておらずただの唸るだけだ。  つけ入る隙になっている、本来ならば圧倒的な火力で相応の手を取らなければならないが、特性を封じ力押しだけとなっているのであれば問題がない。何より相手を傷つけたいと思っていない。  履帯が回り土煙を上げていた、0から1への加速は一瞬で行われていた。想定よりも遅く弱い。獣は逃げない、小さな体躯からは見えない力が溢れている。押し込んでくる巨体を前に一歩も引かず押し返す勢いすらある。 「ぉ゛……ぉ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」  みち、と肉が裂ける音がした、しかし同時に空回る音がする、履帯が大地を削り、そのうちに空を回る。持ち上げられていた、巨体が宙に上がっている。 「良子っっ!」 「アグモォン!!」  クロウとルドモンが呼ぶのは同時、それに合わせ飛び出してきたのは女だ、肉付きがいい生命にあふれている女、それと巨大なトカゲとでもいうべきか、オレンジがかった体躯に青い傷を思わせるラインが写っている、あくまで模様だ、傷ではない。  控えていた両者が爆ぜる、真打が来たとばかりに身を乗り出した。 「っしゃあ!かますよ!アグモン!」 「任せてよリョーコ!」  同時、アグモンの口腔に火がともる、小さな火種が間を置かずに口で多きれないほどの大きさに代わる。 「いけぇっ!プチフレイムっ!!」 「ガァっ!!」  火球が飛ぶ。一直線に、敵を目掛けて。着弾、破裂音、もとより外しようがない、ルドモンによって持ち上げられ逃げようのない上に巨体だ。狙いは首元だった、黒い輪が見える。イービルリングというその輪こそが元凶であると知っている、理性を奪い憎悪とそう送信を植え付けてただ戦うだけの道具に変えてしまう。  火球の一撃はイービルリングを破壊するのに不測のない火力を備えていた、罅が入り、割れる。 「ガっ……」  短いうめき声、ともに収まる赤い光。目に正気が戻っている。 「…………ハっ……自分は何を…いえ、この状況はなんでありますかっ!?」 「お、正気に戻ったか、今降ろすから待っててくれ」  言い、ルドモンが持ち上げていた相手を下ろしてやる、いまだ混乱が収まらないところにクロウが声をかけた。 「っと、なるべく傷はつけないようにしたけど、痛むところとかあるか?」 「自分は大丈夫であります…いえ、それよりこの状況の説明が欲しいのでありますが」 「そうだよな…あ、俺鉄塚クロウ、こっちルドモン、よろしく」 「よろしくー!」 「あたしは國代良子、それとアグモン」 「なんかオマケみたいに言うのやめてほしいなぁ…ま、いいやよろしくー」 「ご丁寧にありがとうございます!自分はタンクモンであります!では改めて説明を求めたいのであります!」  だよな、と相槌を打ちつつまず、と問う。 「ここ最近の記憶、あるか?」 「最近でありますか?……そういえば思い出さ絵ません!」 「そっか……ってことは多分、覚えてないよな」  クロウが足元に落ちていたイービルリングの残骸を拾い、見せる。 「少し前に近くの村から連絡があってさ、ここらへんでタンクモンが暴れてるって、話が聞ける状態じゃないからって身に来たらドンピシャだ、タンクモンの首にコイツが嵌ってた……イービルリングっていうんだけどわかる?」 「名前は知っていましたが……実物を見るのは初めてでありますな……これが自分にというのは本当でありますか?」 「ああ……だが、そう言うってことはこいつを付けた手合いには心当たりないみたいだな」 「はっ!全く覚えてないであります…お役に立てず申し訳ない」 「いや、タンクモンが気にすることじゃねーって」 「そーだよ!操られてたんだもんね……あ、コレあげる」  良子が横から現れて手渡した。形状は四角形の板状で、上部にはスライド式の開閉部が存在していた。 「おお、これは回復フロッピー!ありがとうございます!」 「いいんだよ!こっちもイービルリング破壊するためとはいえプチフレイムぶつけちゃったし」 「コラテラルダメージであります、気にしないであります!」 「ありがと、それでなんだけどさ、もしそのイービルリングつけたやつの手掛かり、少しでも見つけたら教えてもらえない?」 「それは構いませんが、どのような相手で?」  良子が少しだけ唸り、告げる。 「デジモンイレイザー…単にイレイザーなんて呼ばれたりもしてる……人かデジモンかもわからないやつだよ」  追い求める敵だ、今どこにいるかも見当のつかない。 〇  現実とデジタルワールドの行き来ができるようになってからは一息つくと戻ってから散歩するのが日常になっていた。  19時ともなれば一帯はほぼ真っ暗だ、夜の闇はたとえ文明の光の中であろうとも尽きることはない、たしかに暗いということは恐怖につながることだが同時に何すらも気にせずいられるのは癒しでもある、孤独、絶対的な唯一。  向かう先は公園だった、少し離れた場所にある。そこは電灯がいくつか切れていて特に暗い場所だった、本当は取り替えなければならないがコストがかかるとか言う理由で放置されていると聞いた。行政としてそれはどうかと感じるが、住民としても特に反対意見がないのはわざわざ夜に行くこともないのだから、というこれもまた適当な理屈だ。  もちろんいずれ問題視されるのは目に見えていた、そのうち取り替えられるだろう、だから今のうちに少ない孤独を楽しもうと決めていた。  寝ている時間に未成年の1人歩きなどができるのはクロウが一人暮らしだからだ。  ベンチに腰かけながらふと思う、もし事故が――事件がなければ自分はどういう人生を送っていたのだろうと。  自分以外のすべてが消えたあの日、不良となったあの日、恩師にあったあの日、構成したあの日、恩師が死んだあの日、敵を追ったあの日、敵と和解……とまでは言わずともある程度の理解をした日、それらのすべてが失われる。  考えるだけ無駄だとは知っている、すでに起きたことは、過ぎ去った時間を取り戻すことはできない。  それでもと益体のない考えを思い浮かべてしまうのが人間という生き物なのだろう、可能性をすりつぶして可能性を得ている生き物とはそういうものだ。 「ふぅ……」  息を付き、頭をふる、ここ最近はそうだな、と思う。悩むことが増えた、デジタルワールドでの旅で考えることが多くなったからだ、行政の行き届いていない世界で生き残るときに頭が回らないのは死とほぼイコールだ。張りつめた糸のように精神を集中さえ、周囲を見て行動に移す。けんかっ早いと言われる割に理性的な動きができるのはクロウのもつ天性の嗅覚からくるものだ。  動物的な感性に蓄積した経験を練りこみ戦いにいそしむその姿はまさに戦士というのが正しい。だからこそ、この悩みが自分を壊さないかと思うことがある。直感を思考が鈍らせないかという心配だ。  昔ならば考えても意味がないと思えばそこで終わらせることが出来た、今はいつまでたっても終わらない時がある。自分らしくないとは思っていても。 「しゃーねぇ……コーヒーでも飲むか」  ベンチから立ち上がり近くの自動販売機に向かう。  自動販売機周辺はまだ明るい、電灯と自動販売機のライトがあるからだ。おかげでやや眩しささえ覚えてしまう。ポケットから財布を取り出し硬貨を何枚か取り出し販売機のスリットに落すと、小さく音がしてから内部に。ボタンの一部分に赤い点がつく、購入可能を知らせるライトだ。缶コーヒー、ブラック、有名ブランドの大量生産品、味は美味くはないが不味くもない。誰が飲んでもそれなりの満足感を得られる。しかし何よりもの決め手は安さだ。  ボタンを押せば数秒かからずに品物が落ちてくる、開閉口を開いて商品を取り出せば手のひら大の缶、冷たさを感じる。しっかりと冷えたそれはすぐ飲まなければ意味をなさなくなる。  プルタブに指をかけたところで声が来た、聞き覚えがある。 「ありゃ、クロウじゃん」  普段よりやや薄での服装、身体のラインが浮かんでいる。暴力的だった、自分より年下だというのに発育の良さは高校生以上。 「良子……?」  だが、会うとは思わなかった、こんなところで。同じことを相手を思っていたらしい。 「まさかこんなところで会うとはねー……ってか、家こっから近いの?」 「ん?ああ……――町ってとこだけど」 「なんだ、すぐ隣じゃん……あ、でも学区違うのか」 「そうかもな、通ってる高校電車乗って――ってとこだし」 「ふぅん?そこからなら2コーでいいんじゃない?歩きで少しじゃん」 「いや……もともと通い先決まってて住むところは後って感じ」 「なる……ってか、案外近くに住んでるとか気づかないもんだね」 「だな」  言いつつコーヒーを一気に飲み干す。近くのごみ箱にそれを入れる。分別機能付き、空き缶いれ。 「もっと味わって飲めばいーじゃん」  良子がそんなことを言う。 「いいんだよ…ちょっと悩んで頭熱くなってただけだし」 「ふぅん……」 「んだよー、何時もならアンタでも悩むんだーくらい言いそうじゃねーの」 「えー、あたしそんなデリカシーないように見える?」 「水着ないからって葉っぱで作って泳ごうとするのはだいぶないだろ」 「あれは仲間内だし…ってか、んなこと言ってるけどじろじろ見てたじゃん、んでひっぱたかれて――」 「うぐ…良子も覚えてるもんだね…っと、そっちは何よ、散歩?」 「ま、そんなとこってかクロウと変わんないかも」  え、と言えば視線が交わる。初めて見たな、と思った、目を。くらいが輝いている。テレビか動画で見た黒い宝石…名前は忘れてしまったがとても美しいそれがはまっているように見えた。見ていると引き込まれてしまいそうだ、それはちょうど夜に癒しを求め暗がりに惹かれる、そんな感覚。 「んだよ、良子もなんか悩んでんのか?」  誤魔化すように話を変えた、このまま顔を見ていると妙な気分になりそうだった。内心には気づいていないのか、良子が話に乗った、まーね、と、 「あたしだってそれなりに色々考えることはあるってわけですよ」  手を広げてやれやれのジェスチャー、 「いい女には悩みも多しってやつ?」 「…………へぇへぇ」 「なーにを流しおって!…あ、でもいい女ってところは否定しないんだ?」 「…まあ、良子がいい女なのは認めるけど」 「…………あ、う、うん…ってか、からかわれると思ったのに真面目に言われると結構照れるな」  頬を赤く染めて横を向く。どこかその動きが小動物的で愛おしい。  そうだ、と、声、 「クロウも悩んでんだよね?」 「ん?ああ、そうだけど」 「じゃあさ、今からご飯行かない?親が仕事遅くてさー、今日食べてきなって」 「いいけど、どこ行くんだよ」 「ファミレス、こっから歩いて近いんだけど」 「知らねぇ…」 「え、マジ?ここら辺の学生集まる――ってそっか、電車で通ってるもんね」 「それもあるし、まあ中華飯ならそれなりに作れるし」 「うぉ…自炊勢!?」 「バイト先が町中華だからそこで習ってりゃ自然とね」 「うわー…おっとなー…中学だとそういうの出来ないし」 「そういや出来ねーのか…まあ、バイトできるところ進学したならそういうとこバイト探してみるのもありだぜ」 「んー……そうだね」  やけに歯切れが悪い、普段ならばもっと乗ってきそうなものだが、そこまで考えて少しだけ感づく。何か悩みに関係することかもしれない。クロウは鈍感ではない、察しが人に比べていい方ではないが話の中で相手が何をどう聞いて欲しいかをわからないほど野暮ではない。財布の中身を思い出す、バイト代は出ているからまだ余裕はある。 「じゃあ行くか」 「ん?」 「なんだよ、そっちが誘ったんだろ、行こうぜ、ファミレス」  公園の出口の方を親指で示した。 「あ、そっちじゃなくてこっちね」  場所を知っている良子が反対側の出口を指す。  どうにも締まらない。