「う〜ん、どうするべきか…」 今まさに俺の頭を悩ませているのは、星見プロのアイドルたちではない。 PCの画面に映る、大きな黄色の円。そう、台風だ。 ライブの開催を取りやめるか否か。その判断に悩んでいるというわけだ。 「この天気が続いてくれればな…」 外は快晴、一歩でも事務所を出ればたちまち汗塗れになるだろう。 とはいえ、先は読めない。 天気図に示される台風の予想進路は、関東を撫ぜるように進んでいる。 明日には空模様がどうなっているだろうか…。 「…ちょっと休憩するか」 天候ばかりはなるようにしかならない。 判断を下すにはもうしばらく様子を見るしかないだろう。 休憩室でいつもの缶コーヒーを買って、事務所内を歩いていると… 「んしょ…んしょ…」 な、なんだ…?誰かの声…? あ、奥の方にあるソファーに、誰かいる? 「…雫?こんな所で何を?」 「あ、牧野さん。お疲れ様、です」 「ああ、お疲れ様。それは…?」 雫の眼前には、沢山の… 「てるてる坊主か」 よく見ると、1つずつデザインが違うな。 「そう。星見プロのみんなで、晴れるように祈ろうかなって」 神頼み。極論、今できることはそれしか無いか…。 「それにしても、よく出来てるな」 髪型とか顔つきまで再現していて、ちょっとしたマスコットのようになっている。 「あれ?」 よく見ると、同じのがある? そう思ったのを読まれたのだろうか。 「む、ちゃんとよく見て」 「え。え?と…」 あ、なるほど。確かによく似ているけど、ちゃんと別物だ。 「これがすず、こっちが怜、それにこれはfranさんか」 「正解。さすが牧野さん」 髪の編み方とかでしっかり差別化されていたから、本当にちゃんと見ていれば分かる。 本当に、特徴をよく捉えてるな。 沙季が怒っていたり、瑠依の顔のクオリティが一回り高いのはちょっと主観が入っている気がするが…。 「これで、最後」 俺が完成済みのてるてる坊主を見ている間にも、雫は手を動かしていた。 え、これは…。 「三枝さんに橋本さん、それに…これ、もしかして俺か…?」 「そう。結構、よくできてると、思う」 ちょっと、瑠依の比じゃないくらい盛られているんだが…。 なんか色々とキラキラしてるし。 「これはさすがに、ちょっと恥ずかしいんだが…」 「…?」 「いや、そんな何かおかしい?みたいな顔されてもな…」 まあ、これを今からどうにかするの難しそうだし、また作らせるのも気が引けるな…。 「えーと、これでいいよ。それで、どこに吊るすんだ?」 「ん…やっぱり、空がよく見える大きい窓の所…?」 そう言われて、事務所を見渡してみた。 …大体そんな窓しかないんだが。 「そうだな…雫、ちょっと待っててくれ」 「?うん」 俺は雫の前から一旦席を外すと、倉庫から脚立を持って戻った。 「これだけあると、吊るすのも大変だろ?ちゃんと晴れてほしいのは俺も同じだし、手伝うよ」 「おお…!うん、お願いします」 なるべく高い所に吊るしておこう。 俺は脚立に昇ると、雫からてるてる坊主を受け取って順に吊り下げていった。 グループのメンバーをちゃんと並べたい、という雫の要望に沿うように、星見プロの窓にはずらりとてるてる坊主が並んだ。 (スリクスも、しっかり一緒に並べておいた。後で何か言われても知らない振りをしよう…) 「これで、バッチリ。ありがとう、ございます」 「ああ、お安い御用だよ」 俺たちは沢山のてるてる坊主と、その向こうに広がる空を静かに見守る。 できることはやった。後は無事に開催できるように信じよう。 隣で一心に祈りを捧げる雫。 雫だけじゃない。ファンはみんなのパフォーマンスを見たいと思っている。もちろん、他ならぬ俺自身も。 俺は雫に倣って、一緒に空に向かって祈りを捧げるのだった。 終わり。