雲一つない青空に昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。 ほどなく校舎と思しき建物から子ども達とデジモンが走り出してきて、グラウンドがたちまち喧噪に包まれる。 「はやく来いって!ドッジボールしようぜ!」 「フローラモン、この花萎れてるの、助けて」 「オーガモンこちら、手の鳴る方へ」 「今日兄ちゃんが祭に連れてってくれるんだ~!」 そんな騒ぎから外れた、グラウンドの片隅に立つ木の影に走り疲れた様子の少女が座り込むと、そこに緑色のデジモンが近寄ってきた。 「可愛いー!」 少女が抱きあげて頬をすり寄せると、デジモンはくすぐったそうに目を細める。 「あなた、なんてお名前?」 少女の言葉に、そのデジモンは頭の葉をフルフルと揺らして言った。 「ボク、ミントモン!」 ~デジモンイモゲンチャー ぼくらのドラッグ・ウォー~ 「おうい、チミチャンガ!チミチャンガはいらないかい?」 「こっちはタコスがあるよ!お兄さんお腹空いてるだろ!」 「デジシコに来たらビール!うちのビールはエストレヤ様も愛飲してるんだぜ!」 大通りには屋台が立ち並び、客引きの声が威勢良く響いている。 「おじさん、コーラあります?デジシコに着いたばかりで喉渇いちゃってて」 「はいよ!今日来たとは兄ちゃんは運が良いな」 「何かあるんですか?」 青年は周囲をキョロキョロと見回す。 屋台だけでなく万国旗や花飾りがあちこちにあり、どこからか陽気な音楽が聞こえてくる。 道ではオポッサモンともんざえモンが風船を配り歩いており、子ども達がもらった風船を手に後ろを追いかけて、さらに幼年期のデジモンたちがまとわりつくように歩きパレードのようだった。 「おうよ、今日は本当に特別さ。なんたって我らが鉱物女帝の結婚式が明日あるから、国を挙げてのお祭り騒ぎなのさ!」 デジタルメキシコ。 FE社の崩壊と同じタイミングで鉱物女帝・エストレヤがデジタルワールドに作り上げた国である。 最初はFE社・木行の残党やメキシコマフィアの残党がその構成員の大半を占める、国と言うのも怪しげなところだった。 だが、その自由な気風が知られるにつれて次第に人やデジモンが集まるようになり、エストレヤの行った様々な勧誘の結果生まれた『ゾディアック』の誕生等もあり、最初は国と言っても小さな集落程度のものだったデジシコも今では本当に国と呼べるまでの形になっていた。 そしてつい三日前、エストレヤがフリオと結婚することを発表したのである。 今、デジシコの国民は降って湧いた突然の慶事に過去最大級の盛り上がりを見せていた。 「きれいなお姉さん、どうか俺にデジシコを案内してくれない?」 また面倒な入国者がきたものだ。 そんな感情を表情には1ミリも出さずに、入国審査官マイ・コーハンが言う。 「面白いお兄さんやわあ。今日はお祭りがあるさかいにな、お待たせしても申し訳ないし好きに遊び?」 「いやいや、お祭りだからこそ、お姉さんみたいな方と一緒に歩きたいなって思うんですよ」 今日は入国者も多くて忙しいというのに。 マイ・コーハンはスレイプモンの"スルトブランダー"で目の前の青年を焼き尽くす姿を思い浮かべるがその顔は先ほどとまったく変わらなかった。 「次の入国者の方もお待たせしてもうてるみたいやしなあ。ぶぶ漬けでも食べておいき」 そう言ってマイ・コーハンはぶぶ漬けを青年に渡し去っていった。 「これ食べて待ってろってことだよな?」 青年は傍らのパートナーデジモンに語りかける。 「いや~体よく断られただけだと思うぜ」 「そーなのか…。まあ、しょうがない。じゃあ行くぜ、コドクグモン!」 青年はデジシコの地へと足を踏み入れた。 「愛よ!愛があるのよ!」 「ウェヌスモン様あなた検事で婚姻の手続き関係ないですよね!?」 事務所から飛び出さんばかりに踊っているウェヌスモンの手には婚姻届の束があった。 婚姻の手続きについて鳩貝樹輝が鋼鉄女帝から依頼を受け、準備をしていたらウェヌスモンが現れたのだった。 「まだ記入もしてないから愛とかそういうのではないんじゃないですか?」 「そうね…ここにあるのは愛の原型、これから本当に愛にすべてを捧げるという決意を記入するためのもの…最高ね!」 「くっ、今のウェヌスモン様はすべてに愛を見いだしている…打つ手がない…」 デジシコ中が結婚の話に沸く今のこの状況は、ウェヌスモンにとってはある種の理想郷であった。 道ばたにある屋台、飾り付けられた花、集まる観光客、そこらを歩くミントモン、赤いポスト。 そのすべてが結婚を、愛を祝福しているかのように感じている今のウェヌスモンを止める手段を鳩貝は持ち合わせていなかった。 「もうデジシコはずっとこれでいきましょう!毎日毎秒結婚式しましょう!」 「…結婚式の次の日に公判ありますけど、準備できてます?」 そんな鳩貝の言葉が耳に入っていないかのようにウェヌスモンは歓喜の踊りを続けるのであった。 「どうして私の寿司の屋台ができないんですか」 「いや姐さん、ですから生ものの屋台は衛生的に禁止なんですって」 「私が…デジモンで、女だからですか」 「いやだから寿司は生ものだから屋台は駄目なんですって」 悲しげな顔で屋台の運営委員をしている男に詰め寄るリリスモン。 デジシコの名店「色欲」の歴とした寿司職人である。 彼女の目はどんな逆境にも立ち向かう意思を示し、彼女の鉤爪のついた右手はどんなときも寿司を握る修業はかかせないというように、エア寿司をひたすら握り続けていた。 その姿を満足そうに見つめる店主、琴吹士。 その瞳はひたすらに弟子の胸部を見つめていた。 「デジモンでも、女でも、七大魔王でも!寿司を握られるってこと、私が証明して見せます!」 「ですから寿司が駄目なんですってぇ!衛生的に!」 そんな口論も意に介さず、傍らをミントモンが通り過ぎていった。 『君の依頼だけど、コキュートスの内部を精査してみたけどそれらしきデータの痕跡は見つけられなかったよ』 褐色の肌の青年がDスキャナーで通話をしていた。 『礼はいらないよ。私にとっても興味深いテーマではあるからね』 Dスキャナーから漏れ聞こえるのは平静な女性の声だった。 『ただ、すぐには難しいと思うよ。何より今日明日は君も忙しいことだしね。じゃあね、フリオ君』 通話が終わり、その青年、フリオは足を止める。 そこにはデジシコ一大きな式場があった。 明日の会場予定の場所である。 準備は既に進んでおり、荷物を運んだり内装を整えたりと人々がまめまめしく働いていた。 エストレヤの部下として働いている元マフィアの人もいて、「ようフリオ!」「幸せ者が来やがったな!」とにこやかに話しかけてくる。 顔こそ厳ついが、その姿にはもうマフィアとして働いていた頃の後ろ暗さは見当たらない。 「よう、フリオ」 「ギルトさん、明日はお世話になります」 フリオが頭を下げるとギルトが苦笑する。 「いや、なんで俺が新婦の父親役なんだよ、一応女だぞ?」 確かにそうかもしれないが、実際お世話になった人と言われると最初にギルトが浮かんだのだ。 エストレヤもそうしようと言っていたので、すぐにお願いすることになった。 「だいたい、俺がドラッグ・スターの代わりってのもなあ…なんか居心地が悪いというか」 そう言って頬をかくギルト。 背後のトゲモンは付き添いを依頼された後、ギルトが喜んでいたことを知っているので穏やかに笑っていた。 「まあいいや。エストレヤに呼ばれてるんだろ?そっちの控え室にいるからさっさといけ」 ギルトに控え室の方を指さされる。 「エストレヤ、お待たせ」 呼びかけながらフリオが控え室に入ると、そこには、ウエディングドレスを着たエストレヤがいた。 シューモンが一緒に付いていたから、きっと結婚式に備えたサイズの調整か何かをしていたのだろう。 だが、そんなことを考える余裕がないほど、フリオはエストレヤの姿に目を奪われていた。 ヴェールや飾りも付けていない、シンプルな白いウエディングドレス。 だからこそ、その白さが彼女のビロードのような褐色の肌の美しさを際立たせていた。 特に惜しげもなく晒された肩の艶めかしさは息を呑むことさえ忘れさせるほどだった。 スラリとしていながらもどこか女性的な丸みを感じさせる肢体は、ずっと一緒にいた少女が、既に女性になっているのだということを改めて実感させる。 「キレイだ…」 思わず口を付いて出た言葉は目の前の女性を形容するにはありきたりで、学校に通っても自分はまだまだ勉強不足なのだなと実感させられる。 「やっと来たね、フリオ」 そう言って彼女はこちらを振り向き、そのルビーの瞳を向ける。 いつもこちらを見つめてくれた、強い意志をたたえたその瞳を。 「ほら、フリオの分の服。せっかくの一張羅だからね、サイズ確認して」 シューモンの近くにかけられた礼服を指さす。 「それにしても、結婚式っていろいろあるね。トラロックモンはお祭りでどっかに踊りに行っちゃうし、昔ロードナイト村で出禁にしたフラッシュモブがしたいっていうパルモンが今度こそさせてくれって言ってきてさ…」 エストレヤの姿に緊張していたフリオだったが、そのいつも通りの言葉に安心感を覚える。 結婚式という晴れ舞台の前でも、彼女はいつもと変わらないように見えた。 だからかもしれない。 「…ホントに、ボクでいいの?」 そんな言葉が口から漏れてしまったのは。 一瞬、外の喧噪も遠くに感じるかのように静まりかえる式場。 フリオも今口に出した言葉に自分で戸惑う。 こんな風に準備して、みんなにも言って、なのに取りやめるようなことを。 ごめんと言えば良いのか。 冗談だと誤魔化せば良いのか。 ただエストレヤの瞳を見つめたまま停止するフリオ。 エストレヤはそんなフリオを見て。 「あんなことやこんなことをしたのに、私とのことは遊びだったのね…」 ヨヨヨ…と泣き真似をした。 途端に窓や扉から 「どうしやした女帝!」 「フリオの野郎が女帝を泣かせたぞ!」 「てめえケジメ付けろや!」 「さてはフリオ余所に他の女がいるな!?」 「鉱物女帝の胸に絶望したフリオが巨乳の若奥さんと不倫してるだと!?」 「お前そういうのは先に俺に紹介しろ!」 「そういや俺女と電話してたの聞いたぞ!」 エストレヤの部下が押し寄せた。 むくつけき男たちが式場の控え室に集まりフリオを囲んでいた。 「何してるの。明日が本番なんだから仕事して」 エストレヤが先ほどの言葉は何でもなかったような顔をして言う。 「で、でも姐さんの泣き声が…」 追加してため息をつくエストレヤに、これ以上いると実力行使が始まると悟り戻ろうとする男たちだったが。 「ちょっと待って。さっき胸に絶望がどうとか言ったのは?」 「」「」「」「」「こいつです」「あっバカ」 「お前は死のうか。…ベルベルのところに持っていって」 「アイアイマム!」 一人の男がロープでぐるぐる巻きにされ、仲間達によって連れ去られていった。 控え室が再び静かになる。 「それでフリオ、実際どう?」 「どうって…」 「マリッジブルーで逃げる?」 エストレヤが再びフリオを見つめる。 「そ、そんなコトしないよ」 首を勢いよく横に振るフリオ。 「そうだね、そんなことしちゃったら…本当に泣いちゃうかもね」 その瞳は先ほどと変わらず、ただ口元だけは穏やかに微笑んでいた。 「…カタカタ…カタカタ…」 中野真理夫は今日もデジシコのシステム管理をしていた。 鉱物女帝の結婚式前日であろうが、だれかがシステム管理はしなければならない。 そのことを悲しく思うような心は既に、真理夫から失われていた。 ただピノッキモン30体が祭の屋台に誘われてみんな行ってしまっているのを、仕事がしやすいなと思っているのみである。 「カタカタカタカタ……カタカタカタ……」 静かなシステム管理室に打鍵音のみが響く。 「乳酸がたまってクル!この感覚!それが君たちをさらに強く!大きくする!」 「そうだ!君たちも私のように!強くなりたいのだろう!」 トレーニングジムから響く声に道ばたを通り過ぎるミントモンがびくりと怯えるが、他の人々はもう慣れているのか振り返ることもない。 ここはルナティックの経営するトレーニングジムだ。 進化を求め鍛え続ける彼らにとってはお祭り期間中であっても、トレーニングをしない理由にはならない。 クルモンのお面を付けた男、ルナティックが門下生達に語りかける。 「クル(注:韓国語でとても良いというスラング)!クル!君たちの頑張り、クル・トレーニング!」 ユピテルモンが右手のバーベルを上げつつ語りかける。 「努力し続ければ夢は叶う!タイムストレンジャーの主役級デジモンにもなれる!」 二人の言葉を聞き、黙々とトレーニングを続ける門下生達。 ルナティックの肩に乗るブレイクドラモンが彼らを優しく見つめていた。 道ばたでしゃがんでミントモンを持ち上げている男がいた。 ロン毛で薄い色のサングラスをかけ、いかにも怪しげなうさんくさい風貌をしている。 「ふーん、なるほどねえ…」 男はミントモンの葉をめくりながら、ためつすがめつ見つめている。 くすぐったいのかミントモンが笑う声が辺りに響く。 そのとき、後ろからため息の声が聞こえた。 「やっとみつけた…」 ロン毛の男は後ろに立つ男…緑メッシュの男を振り返って見たが、特に驚いた様子はなかった。 「おやおや、意外だね。恐れ多くもステラスワットの副司令、初幡魁様がこんな忙しいときにどうして俺みたいなプー太郎を?」 「たぶんあなたと同じ目的だと思いますよ。…元FE社木行筆頭、青木日比人さん」 そう呼ばれたロン毛の男はニヤリと笑った。 「はあ…」 スーツのサイズを確認した後、式場を出たフリオは知らずため息をついていた。 あの言葉自体は思わず言ってしまったものだったが、それ故に自分の本音の一端でもあるとわかってしまっていた。 自分がエストレヤの隣にいてもいいのか。 自分が幸せになって良いのか。 そんな考えが頭をよぎったことはいくらでもある。 ずっとエストレヤを支えていく覚悟はある。 ずっとエストレヤのことが…好きなのだろうという気持ちもある。 彼女から心憎からず思われているというのも、実際これまであれやこれやがあって、今では信じることができている。たぶん。 でも、自分がエストレヤと結婚してもいいのかと考えると。 許されるのだろうかと、やっぱりそう考えてしまう自分がいるのだった。 そんな風にフリオが歩いていると、後ろから声がかけられた。 「おっ、久しぶりじゃんかフリオ!」 「あれ…灰!コドクグモン!」 それはデジシコに久しぶりに来た、八束灰とコドクグモンだった。 「お待たせしました!」 スーツェーモンと赤鳥撫子がその言葉と一緒に空中から降りてくる。 「おお、来たかい」 ヌカ―フェイスが店ののれんをくぐって姿を見せる。 ぬか漬けに使う最高の食材を求めて、最高級の新鮮な野菜を頼んでいたのだ。 「ありがとうねえ、自分で見にいった方がいい野菜はあるのだろうけど、ぬかから目を離すわけには行かなくてねえ」 「そういうときこそアタシ達の出番ですよ!なあスーツェーモン!」 「もちろんだ」 さっそく荷物を開けるヌカ―フェイスだったが。 「…これ、式場に持っていくための花じゃないかい?」 「あっ!」 ヌカ―フェイスの店はデジシコ郵便局から見て北にある。そして、式場は南にあった。 「アタシ、また間違えちゃった!?」 スーツェーモンと共に再び飛び上がる。 勝手に荷物に乗っかっていたミントモンが転げ落ちる。 「これ届け直したらすぐにまた荷物届けるから!待ってて」 「ぬかの調子見てたら時間なんてすぐだよう。気をつけてねえ」 「うん!」 「飛ばすぞ、撫子!」 スピードを上げるスーツェーモン。 その姿はたちまち北の空へと消えていった。 「この地球の!銀河の!宇宙の!どこかに運命の相手がいる!「花嫁はエイリアン!('88米)」よ! 異星人の存在を証明しようとする科学者のパパは妻を数年前に失って娘と二人暮らし。 娘に再婚しないのか聞かれても「他の星に生命がいると証明するより難しい、160億分の1の確率だ」と言ってため息をつくばかり。 そんなところに来ちゃったのよ!宇宙人の!花嫁が!掛け合わせて2垓5600京分の1ね! 実はパパの実験失敗の影響でお嫁さんの惑星が滅亡の危機で、それを回避するためにやって来たの! 花嫁さんが一生懸命パパと仲良くなって滅亡の原因になった実験をもういちどやり直させようとするけれど お腹空いて自動車のバッテリー飲んで義娘に宇宙人ってバレちゃったり 一つ目目玉のお目付役宇宙人が憎らしげだったりで惑星の命運は、そして地球の命運はどうなっちゃうのー!?っていうドタバタ宇宙ラブコメディが最高に楽しいのよ! オディ子ちゃんが結婚するときも私はこんな風に映画の紹介してるのかな…なーんてね! …よし、これで結婚映画特集コーナーの完成!」 「はいマザー・デリーパー能力無効ー!ブロックー!そんで私のターンでケルビモンでドーン!決まり!」 キマリ・ザ・ファイティングシスターがとどめの一撃を与え、デジシコカードショップ「ハレルーヤ」鉱物女帝結婚式杯の優勝者が決まった。 「店長が店の大会で優勝していいのかよ!」 子ども達の文句を聞き流しながらキマリが胸を張る。 「いいんですー。勝ちたければもっと強くなりなさい…具体的にはうちでカードを買うのですね!」 「うっせー!次やったら勝てるもんね!というかもう一回勝負!」 「良いでしょう哀れな子羊よ…。また踏み潰してあげます!」 再びデッキをシャッフルし始めるキマリと、その周りに群がる子ども達。 その楽しげな声は、これもまたお祭りなのだと道行く人に感じさせるものだった。 「んじゃ、かんぱーい!」 「カンパイ!」 デジシコの居酒屋が屋台代わりに設けた屋外席。 フリオと灰はそこで再会を祝っていた。 「お前ビール飲まねえの?飲めないわけじゃなかったよな?」 「明日があるから、今日はチョット飲まないようにしようかなって」 「おおうなるほど。自覚が出てきやがってよーこのこの」 「そんなんじゃないって。きてくれたんだね、灰」 「おう。…ま、俺としては一抹の寂しさがなくもないが、ダチの、そしてエストレヤの結婚式ってんなら祝わないワケにはいかないからな!」 「飲んで騒ぎたいだけだよな灰?」 「そういうなってコドクグモン!」 言うなり誤魔化すように灰がビールを飲み干す。 「最近はこいつとデジタルワールドでさ…」 そこからは互いの近況、共通の知人の話、あるいは話題にもならないようなくだらないこと。 久しぶりの会話だなんて思う暇がないほど話し込んでしまっていた。 あまりに話が弾みすぎて。 「エストレヤがあまりにキレイで。ボクなんかが結婚してもいいのかなって、ずっとソンナこと考えてしまって」 フリオは目下の悩みまで話してしまっていた。 「なるほどな、まあ気持ちは分かるぜ。俺だって昔は…いや」 灰が遠くを見るような目をした後、ビールをまた飲み干す。 「おかわり!…なあ。…俺がそれを手伝うって言ったらどうする?」 「えっ?」 「お前はダチだからな。逃げたいんならいくらでも手伝うさ。後始末だってなんだってする」 「おいおい灰よ…」 コドクグモンがたしなめるが、灰はコドクグモンの目の前に手のひらを出し、フリオの方を向いたままだ。 「後始末?」 「ああ、そうだ。お前が逃げたら、俺が代わりに鉱物女帝と結婚式を挙げる」 「!?」 エストレヤと。 灰が。 結婚式を挙げる。 まるで学校に入ったばっかりの時に聞いた日本語のように、理解できない言葉だった。 「…どうし、て?」 「鉱物女帝だって女の子だぜ。それが大々的に結婚式をするって言って、相手に逃げられたなんてことになったらあまりに可哀想だぜ?…それに俺があの鉱物女帝に惚れ抜いてたのはお前もよく知ってるだろ」 分からないままにうなずくフリオ。 「俺はもう昔の俺じゃない。あの輝ける一番星にだって手を伸ばせる。よく知ってるお前がってんならと諦めたが、そのお前が結婚しないってんなら」 灰が続ける。 「俺はためらいなく彼女の手を掴みにいくぜ」 エストレヤが今日の予定を終わらせたときには、既に夜になっていた。 寝て起きれば明日は…。そうエストレヤが思った瞬間、ステラスワット副司令初幡魁から声がかけられた。 「鉱物女帝、今お時間よろしいですか」 「どうしたの。何か問題があった?」 「はい。お伝えしたいことがありまして、ラボの方に来ていただけますか」 エストレヤは「いいよ」とうなずいた。 「おい、もう9時まで7分32秒前だぞ!さっさと帰れ!」 「お願い先生見逃して!女帝様の結婚式なんだから大目に見てよ!」 夜の屋台をはしゃいで歩いていたデジシコ学園の生徒が、見回りをしていた数学教師杓子定規に捕まっていた。 「駄目だ駄目だ、学校でも9時までには帰れって言っただろ、さっさと帰れ」 「そんなあ…」 「相変わらず四角四面でござるなあ」 生徒達を帰らせようとする杓子定規を見つけた同じくデジシコ学園の忍術教師刃こころが姿を見せる。 「あ!刃先生助けて!」 「特別なお祭りでござるからなあ、大目に見ても良いのでは?」 生徒に加勢する刃こころにため息をつく杓子定規。 「教員までそんなこと言ってていいと思ってんのかよ。というかあんた、今日が締め切りの書類まだ終わってなかったって聞いたが、ちゃんと終わらせてるんだろうな?」 「ふふふふふ。ご免!」 「刃先生!?」 バフリと煙が巻き上がり姿を消す刃こころ。 味方を失った生徒達は泣く泣く杓子定規に追い立てられるのであった。 「フゴ―!」 夜のデジシコ公園前刑務所には、既に多くの酔っぱらい達が閉じ込められていた。 お祭りの開放感は人々に影響を与え、羽目を外す者も多い。 それらすべてをガーゴモンが引っ捕らえて、留置所に突っ込んでいた。 「フゴ―!」 留置所に一日ほど置いた元酔っぱらい達を適当に解放し、ガーゴモンは額の汗を拭う。 祭りの期間中ずっと働き詰めのガーゴモン。 その疲労は既にピークに達していた。 気力だけで動いているような状態で、一番奥の檻に向かう。 「フゴ―!」 その檻の扉は常に開いており、中にはこの刑務所の獄長兼囚人であるベルベルト・ベルリンガーがベルトでぐるぐる巻きになった蓑虫のような状態でのたうち回っていた。 どこから入ってきたのか、ミントモンが時折面白いおもちゃを見つけたというようにベルベルを足で触っている。 「フゴ―!」 ガーゴモンは気力を回復して、また酔っぱらい達を捕まえに外へと向かっていった。 フリオは無意識に目の前のジョッキに手を伸ばす。 それはもはや生ぬるくなっていたが気にはならなかった。 確かに、自分がふさわしくないのなら別の相手がいるはずだ。 八束灰、彼がエストレヤのことを誰にも負けないくらい想っていたのを知っている。 それなら自分が文句を言うような筋合いではないのではないか。 まずは、エストレヤに相談してから。 そのようなことを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。 彼女のことを考え出すとそれで頭が埋め尽くされてしまっていた。 エストレヤ。 ドラッグ・スターの、恩人の娘で、一番の友だち。 突拍子もないことを考えては皆の先頭に立って突き進み理想を叶えていく鋼鉄女帝。 デジタルワールドで自分を助けてくれて、そしてこれまでずっと一緒にいた少女。 そして、寂しがり屋なただの女の子。 彼女が絶対に一人になるようなことがないよう、ずっと一緒にいようと思っていた。 いや、違う。 一緒にいたいと思ったんだ。 ふさわしいとかふさわしくないとかではなく、一緒にいたいと。 結局、それだけだった。 「おうどうしたよフリオ」 「ゴメン!」 目の前の灰に向かって頭を下げる。 ため息をつく音が聞こえる。 「謝るのは俺じゃ…いや、これ確実に謝ってもらうべきヤツだなー!」 「ゴメン」 「一発殴ってやろうとか思ってたけどなあ…まあいいか、顔上げろよフリオ」 フリオが頭を上げると、その胸に灰が軽く拳を合わせる。 「今度こんなこと言い出したら、本当にボッコボコにしてやるからな」 真面目な顔をして言う灰の言葉に、フリオは「わかった」とうなずく。 「ったく、バーカ。手間のかかるダチだぜ」 そう言って灰が笑った瞬間。 爆発音が聞こえた。 魁が案内したのは無機質な研究室だった。 いくつもの機器類が立ち並び、それらを冷やすためのクーラーの送風音が何かの電子音と共に流れ続ける。 その中心にあったのは、ミントモンの収められた円柱状の培養槽だった。 中のミントモンはいくつもの管が取り付けられた状態で、目を閉じており時折あぶくを口からこぼす。 培養槽の前には青木日比人の姿があった。 「お疲れちゃん鉱物女帝様。乙女の一大イベントの前だってのにこんな場末の研究所までごめんねー」 「相変わらずだね。早く要件を話して」 エストレヤの言葉に首をすくめる日比人。 「こんな日でも変わんねえなあ、あんた。まあ話が早くていいか。今こいつのデータを抽出したんだが」 日比人が背後の培養槽を親指で指す。 「こいつは麻薬のデータを含んでいる。それも、俺が一番欲しかったドラッグ・スターの麻薬のデータをよ」 「…続けて」 そんな会話の間も近くの画面では0と1の数列が延々と流れていた。 「ミントモン自体、爆発的に増えるデジモンってのは知ってるよな。前もそんな騒動があったらしいが。だが、今デジシコで起きてるミントモンの増殖はその比じゃない。もはや木行のデジモンコピーなんて子どもの遊びに見えるほどのスピードで増殖してる。その原因はこの土地が含む麻薬データを取得したからさ」 デジシコはFE社デジタル暗黒街支部の跡地に作られた国であり、それはドラッグ・スターの築いたデジタル暗黒街の跡地とイコールである。 そして、それはドラッグ・スターが稼働させていた麻薬工場により大量の麻薬が作られていた土地であることを意味する。 「デジタルワールドで麻薬を作る利点はクソ面倒な品種改良なんてせずに0と1のデータをいじるだけで品質を変えられる点だ。…だが、だからといって完璧に思い通りに作れるわけじゃない。その意味でドラッグ・スター、あんたの親父様は天才だったぜ」 日比人がニヤリと笑う。 「幼少期からデジタルワールドを知ってたおかげか、メキシコで麻薬に精通したおかげか。トリップの強さ、生産コスト、依存性。どれをとっても最上級の代物だった。…憧れだったんだぜ?だからここにFE社デジタル暗黒街支社を作った。そのデータを得るために」 あんたらのせいで台無しになったがな、と日比人は続ける。 「デジマリファナを広げてよ、いよいよドラッグ・スター印の麻薬を再び生み出そうとしたところで、あんたたちがやってきて、FE社も吹っ飛んじまって。そしてデジタルメキシコなんて国が、こんなところにできちまった。だが、この地が麻薬を作り続けていた場所で、その地面のデータに多量の麻薬成分が含まれているのは国になっても変わらねえのよ」 「そうか、ミントモンの性質…」 魁がつぶやく。 「そう、ミントモンは地面に埋まって増殖する。そのときに地面の中の、麻薬のデータも吸収しちまうらしい。これまではこの土地でのデジモンへの影響なんてなかったがよ、よりにもよってミントモンにゃ反応しちまったってことだ。麻薬のデータを取得したことで、異常な増殖スピードになっちまってる」 「ふうん。それで、どうなるの」 「…わからねえ。俺も麻薬の影響を受けたデジモンなんてデジマリファナ以来だしな。ただ、ミントモンの増殖スピードを考えると…」 そのとき、遠くで爆発音が聞こえた。 「ナンダ!?」 爆発音が聞こえた場所にフリオと灰、コドクグモンが向かうと、そこには魔獣のようなデジモンがいた。 獣のような四本足の前二本には禍々しい口があり、その身体からコウモリのような翼を備えた人間体が生えていた。 「ありゃあグランドラクモンのようだが…何か妙だぜ」 コドクグモンがつぶやく。 グランドラクモン。 吸血鬼デジモンの王とされる魔獣デジモン。 しかしよく見るとその姿は植物のツルのようなもので構成されていた。 見た目もより毒々しく紫と緑の混じり合った姿。 吸血鬼デジモンの王と呼ばれるような知性もその姿とふるまいからは感じられない。 「アブない!」 「のんびり観察してる暇はないぜ!コドクグモン!」 デジシコの建物を破壊しようとするグランドラクモンの前にアルボルモンとコドクグモンの進化したギュウキモンが立ち塞がる。 噛みつこうとするグランドラクモンの右前足を抑えたギュウキモンが気づく。 「おかしいぜ、こいつがグランドラクモンなら究極体のはずなのに、そんな力でもねえぞ?」 ギュウキモンが受け止めた隙にアルボルモンが頭部を蹴ると、蹴った部分が消失する。 手応えがなさすぎてアルボルモンがバックステップをして様子を見ると、頭部近くのツルがウネウネと動き、また頭部のような形を象っていく。 「再生なんかさせるかよ!ギュウキモン、今のうちにやっちまえ!」 「おう、"八束染縛"!」 ギュウキモンの下半身に付いた口から吐き出された猛毒液は間近にいたグランドラクモンに降りかかり、グランドラクモンはドロドロに溶けてすぐに消えてなくなった。 「なんだったんだ…あいつは」 「おいあそこ!」 灰が指さした方には、先ほど倒したものと同じデジモンがいた。 何かがデジシコに起きている。なら。 「エストレヤのところに行かなくちゃ!」 フリオは走り出していた。 ラボを出たエストレヤたちの前にはグランドラクモンが立っていた。だが。 鋭い雷の音と共にデータとなって消え失せる。 異変に気づいてエストレヤの元まで戻ってきたトラロックモンが雷を落としたのだった。 「なーるほど、こうなっちゃうワケね」 目の前でデータの塵となり消えていくデジモンを見て青木日比人が笑う。 「こいつがミントモンの行き着く先ってことかよ。呼ぶなら…グランドラッグモンってとこかね」 「ミントモンとはいえ幼年期のデジモンが集まるだけで?…いや、今は麻薬のデータをベースにしているのなら、グランドラクモンの魅了と堕落を依存性と中毒性に置き換えて進化を成立させているのか?」 魁が目の前のモノを理解しようとつぶやく。 「何でもいいけど、こいつ究極体の強さじゃなかったよ?」 エストレヤの言葉にうなずくトラロックモン。 「そりゃあなんのかんの言ってもミントモン自体は幼年期、融合したミントモンが少なければでくの坊に過ぎねえさ。けど、ミントモンは増えて増えて、いくらでも供給されるんだぜ?集まれば集まるほど膨れ上がって、遂にはモノホンより強くなっちまったりしてな」 「ふうん、面倒だね」 エストレヤがため息をつく。そんな彼女の元に。 「エストレヤ!」「おい待てって!」 フリオと灰が走ってきていた。 「おいおい、王子様の登場だぜ、女帝ちゃん?」 その姿を見て日比人がにやつく。 「アチコチでグランドラクモンみたいなヤツが!」 「うん、さっきここにもいたよ」 「鉱物女帝、今俺から伝達したのでゾディアックとステラスワット、総員この自体に対処しています。ただ…」 魁が苦々しげに言う。 「倒した端からまた新しいグランドラッグモンが出てきてキリがないそうです」 「青木、こいつらみんなやっつける方法はある?」 「んー、無理だなあこりゃ。結局このグランドラッグモンも異常に増えてるミントモンが集まってるだけだから、出てきたヤツを片っ端から倒したところで根本的な解決にゃならねえ」 「あいつらミントモンが集まってできてるってんなら、ミントモンを掃除すればいいのか?」 灰が訪ねると日比人は喜劇のように両手を挙げ首を横に振る。 「できるんなら、な。だが普通のミントモンでも駆除はほとんど不可能だ、そいつが麻薬で増殖してりゃあなおさらよ。そして麻薬はここにゃあたっぷりあるときた」 日比人が足先で地面を叩く。 「ほとんど無限に増殖し続けるミントモンを駆除しきるか。もしくは、俺にすら結局コピーできていない麻薬を無力化する方法を見つけるか。もしくは」 ニヤニヤとした笑いを顔に貼り付けたまま日比人が言う。 「この麻薬に汚染されたデジシコを捨てるか、だな」 「お前…!」 「方法としちゃ一番簡単だろ、人命最優先ってやつだ。麻薬工場跡地に国なんて、土台無理な話だったってことよ」 睨む魁に肩を竦める日比人。 デジシコを捨てる。 もはや故郷と言っても過言ではないこの国を。 フリオは思わずエストレヤの手を握りしめる。 彼女が何を決断したとしても一緒にいるという気持ちを込めて。 そのとき、フリオのDスキャナーに着信があった。 『すまないフリオ君、鉱物女帝に繋いで欲しいんだが?』 コキュートスの女王、七津真だった。 「久しぶり、コキュートスの女王」 『こちらこそ、鉱物女帝。君たちの苦境は知ってる。ちょっとした情報の伝手があってね。その件に関連して一つ提案があるんだ』 Dスキャナーに繋いだラップトップの画面に七津真の姿が映る。 『麻薬の作成者を探すというのはどうかな?』 「はあ?ドラッグ・スターはもう死んでるだろ?」 日比人が呆れ顔を隠さずにつぶやく。 『実はね、最近フリオ君から一つ依頼を受けていたんだ。内容は『デジタルワールドで死んだ人間のデータはコキュートスに流れ着くのか?』。そう、具体的にはドラッグ・スターのことだよ』 エストレヤが握られていた手を強く握りしめた。フリオが脂汗をにじませる。 「フリオ、後で話聞くから」 「ハイ…」 フリオの様子を見て灰は(こいつ俺が変なお節介焼かなくても尻に敷かれてて何もなかったんじゃねえか?)と思ったが口には出さなかった。 『中々面白いテーマだったから受けたんだ。ただ、オグドモンが感知した結果コキュートスにはなかったね。彼が感じ取れなかった以上、コキュートスにはないのは確かだ。ただ、コキュートスは削除されたデータが最後に流れ着く最果てで、そこに流れてこないというのも考えにくい』 真が画面の中で指を二本立てる。。 『そこで、仮説が二つできた。一つは、既に分解し尽くされているか。そしてもう一つはコキュートスにまだ来ていない、つまりダークエリアのどこかにいる』 「そのどっちかなら、もう何年も経っているんだから分解されたんじゃない?」 『最初は私もその可能性が高いと考えていたよ。けどね、今回ミントモンが融合した姿はグランドラクモン、ダークエリアと関係のあるデジモンの姿だ。それで思ったんだよ。もしかして麻薬のデータ自体が、ダークエリアに関係しているのかなって』 ドラッグ・スター。過去にデジタルワールドを冒険したこともあったという。そのときにダークエリアと関わることがあった可能性はある。 『ダークエリアは結構縁の要素が大きい場所でね。イリアスのデジモンはイリアスのダークエリアへ、シャンバラのデジモンは黄泉へ。行き場所が決まってるんだよ。だから、縁付いたデータがいつまでもダークエリアに留まり、コキュートスに堕ちてこないことは十分考えられる』 ダークエリアを利用していたドラッグ・スターがダークエリアに縛られている可能性がある、と真は続ける。 「その説が正しくてダークエリアにいたとして、見つける方法はあるんですか」 「ああ、そこのフリオ君にね」 魁の言葉への真の返答に、自分に関係すると思っていなかったフリオが驚く。 「トゥーレモンに"ミクトランプエルタ"という、異界への門を開く技があると聞いている。ミクトランプエルタ、冥界の門。冥界とダークエリアはほとんどイコールだ。きっとデジシコの地でその技を使ったのなら、ドラッグ・スターのダークエリアとつながる門を作ることができる、はずだよ」 ミクトランプエルタ、ほとんど使ったことはなかったが、植物のツタで異界への門を作り出す技。 そしてミントモンがデジシコの大地のデータを得てダークエリアを統べるグランドラクモンとなるのであれば、、デジシコの大地に生えたツタで作った門ならば。 ドラッグ・スターへの道を作れるかもしれない。 『ただ、同じダークエリアと言ってもすぐに会えるかはわからない。距離も時間もデジタルワールドとはまったく違うのがダークエリアというものだからね』 「可能性があるナラ、いきます」 フリオが拳を握りしめる。 「ちょっと待ってくれ、そんな広いエリアで人捜しをするのなら他の行けそうな人間も…」 魁がゾディアックとステラスワットを呼ぼうとするが、また近くで戦闘による破壊音が聞こえる。 「ハハッ、みんなで仲良く目的のモン見つけて帰ってきたら更地ってのも愉快かもしれねえなあ」 「お前…」 茶化す日比人を睨む魁。 エストレヤがうなずき、鉱物女帝として口を開く。 「わかった、フリオは今回の事件の解決策をダークエリアで探してくること。私たちはここでデジシコを守るから」 「はい!」 「じゃあ俺だけでも!」 『君のパートナー、シャカモンになると聞いてるよ。他はともかくシャカモンだと行き先が変わってしまう可能性があるかな』 立候補した灰だったが、真の言葉に肩を落とす。 「エストレヤ、ごめん!さっき言ったことと、あとドラッグ・スターのこと勝手にしてたことと、それから」 「何今しか言えないみたいなテンションで謝ってるの」 ダークエリアに向かう直前、エストレヤと二人きりになったとたんフリオが謝る。 「でも」 ダークエリア、これから行く場所が情報のまったくない得体の知れない場所である以上、戻ってこれるかはわからない。 それなら今の気持ちのすべてを伝えていきたい。 そんなフリオの様子を見て、エストレヤが告げる。 「鉱物女帝として言うよ。フリオが解決策を持ってこれなきゃデジシコからみんなで逃げる以外の手段がないの。必ずデジシコを守るために帰ってくること」 鉱物女帝としての、涼やかで威厳のある言葉にフリオは静かにうなずく。 「そしてエストレヤとして言うけど…帰ってこないと、許さないから」 エストレヤはルビーのような瞳でフリオを見つめ続ける。 フリオは目を逸らすこともできない。 誰よりも大切で、隣にいると決めたぼくの女の子。 彼女が望むなら。 いや、ぼくが彼女と歩むために。 戻ってくるんだ。 フリオはエストレヤの目を見つめたまま。誓いか、衝動か、どうとも判別の付かない気持ちのままに、唇を合わせていた。 「絶対に帰ってくるから!明日は結婚式だから!」 すぐに唇を離すとフリオは走り出していた。 なんだってできると、そんな根拠のない自信があふれてきていた。 「まったく…。バカなんだから」 『最後に一つ助言をしておこうかな。ダークエリアのデータである以上、どんなに本物であるように感じても、それは本物ではなくデータの残りなんだ。それを忘れてはいけないよ』 「ハイ!」 頷いたフリオはトゥーレモンへと姿を変え、"ミクトランプエルタ"を発動させる。 デジシコの大地の2点からツタがたちまちのうちに伸び、楕円の軌道を描いて頂点で交わる。 その囲まれた部分にノイズが走った次の瞬間、そこから見えるのは異界の光景へとなっていた。 「エストレヤ!必ず、帰ってくるから!」 トゥーレモンがその中へと足を踏み入れた。 ダークエリアに足を踏み入れたフリオは周囲を見渡す。 すべてのデジモンが死後に行き着く場所。 そこは光もない世界だった。 空を見上げても太陽も月も星もなく、今が昼なのか夜なのかもわからない。 そして家やデジモンの灯りのようなものさえなかった。 ダークエリアにも生息するデジモンはいると聞いていたが、そのような影も形もない。 夜目がきいてきても、うっすらと荒野が見えるだけであった。 どちらへ行けばいいのかもわからない。 だが、どこまででも探さなくては。 そう強く思ったとき、トゥーレモンの姿が自然に解け、Dスキャナーが光り始めた。 門が気になり振り向くが、背後の門はトゥーレモンの姿でなくとも維持できているようだった。 門の維持と光。その両方が木のスピリットの力でなされているのだとフリオは感じる。 最初に手にした木のビーストスピリット。 自分の暴走の原因になったとも言えるアイテムだったが、それへの嫌悪感はなかった。 スピリットは自分をけしかけたり暴走させたりするものではなく、ただ自分と自分の飢えに寄り添っていただけなのだとなんとなく理解できていたからかもしれない。 生き残る力を、戦う力を、守る力を、スピリットは与えてくれていたのだと。 暴走の原因はむしろ自分にあった。 そして木のヒューマンスピリットが、仲間が、それを与えてくれた。 そして今も、自分が進むために力を貸してくれている。このダークエリアでも自分は一人じゃない。 フリオはスピリットの光を頼りに歩き出した。 この世界のどこかにきっといるドラッグ・スターを見つけるために。 「初代獅子座のマツリ、見参!」 青髪の女性が手近のグランドラッグモンに右手のトンファー"ゴトラタン"の一撃を食らわせると、雷の閃光が周囲にきらめく。 一拍おいて倒れ込むグランドラッグモン。 『アイ、今の君は教導隊員だろ!?また前線に出なくたって…』 「だってデジシコのピンチなんでしょ!私も戦うよ!」 無線の声に返答してグランドラッグモンにとどめの左"アファームド"をぶつける。 大きくえぐれたグランドラッグモンがデータと化して消え去ってゆく。 「よし次!大佐お願い!でかいヤツは私が相手だ!」 ジェットレオモンに乗り込むマツリ。 ジェットの音を響かせて、マツリとジェットレオモンは次の相手を探しに行った。 「シープモン、お願い~」 背中の羊毛の中から牡羊座のネムリがした指示に合わせ、シープモンが"ウールグレネード"で巨大な毛玉を大通りに打ち込んでいく。 するとその究極の一品の魅力にあらがえず、近くにいたミントモンが一匹、また一匹と毛玉に潜り込み目を閉じる。 ミントモンがデジシコの地面に埋まり、麻薬データを取得することで蓄積していく。 ならば地面以外のところに引き込めればいい。それがネムリの役割である。 「暴れるより、眠る方が楽しいよ~」 そう言いながらシープモンを走らせるネムリ。 とっくに彼女の就寝時間になっていた。けれど今は。 「上質な睡眠のためには、よりよい環境が大切だからね~。デジシコで眠れなくなったら、困るよ~」 「ブルモン!みんな追い出しちゃえ!」 牡牛座のサガリの言葉でミントモンを跳ね飛ばすブルモン。 ミントモンは次々とデジシコの外に飛んでいく。 「昔なら美味しそうなんて思ったかもしれないけど今はデジ肉があるんだ!」 ミントモンに向かってそう言い放つサガリ。 ベジタリアン一家の一員として育っていた頃、野菜を美味しく育てるための方法として効率的な雑草の取り方は学んでいた。 その経験は彼の中でまだ生きていた。 どんな小さなミントモンも見つけ出し、一匹残らず弾き飛ばしていく。 「もうミントなんか、野菜なんかじゃ満足できない!デジ肉の付け合わせにもならないんだ!」 「フハハハハハ!闇の眷属どもよ!己が故郷(ジゴク)へと還れ!」 ケルビモンは"ライトニングスピア"でグランドラッグモンを串刺しにしていく。 「くっ、貴様達の暗黒の邪気が我の真なるダークパワーを刺激する…静まれ…!」 包帯に包まれた右手を押さえる双子座のフタリ。 既に高等部も卒業している彼女の仕草は実に堂に入ったものだ。 ケルビモンはその姿を見て、今グランドラッグモンの味方をして悪堕ちしたらフタリ喜ぶかな?と考える。 「我が暗黒に汚染されし身を受け入れしはこの地のみ…貴様らには明け渡さぬ!」 フタリの言葉に、ケルビモンは今回はこういう感じか~と思いながら"ヘブンズ・ジャッジメント"でさらに2体のグランドラッグモンを消し飛ばした。 「マンボモン、進化!」 「ウ~ッ、マンボ!」 魚座のオドリのダンスに合わせてマンボモンがシャガラモンへと進化する。 その周囲には湧き出すように海水が満ちていき、たちまちのうちにデジシコの町を覆っていく。 海水は海の方へと流れていき、大量のミントモンが流れに乗って運ばれていった。 「シャガラモン頑張って!」 「全部流しちゃうだけならともかく、維持するってのは難しいわね…」 できるだけ家や人に被害を出さずにミントモンを流しきるため、シャガラモンは水量が多くなりすぎないよう調節していた。 シャガラモンを励ますため、高台でオドリは踊り続ける。 そこに、海水をものともせずグランドラッグモンが現れる。 「ええい!"鹹海炸滄陣"」 圧縮された水球がいくつも猛スピードでグランドラッグモンへと向かい、至近距離で破裂する。 後にはその巨体は残ってはいなかった。 「みなさん、喉渇いてませんか?」 水瓶座のアルバリが居酒屋の店先から声をあげる。 彼女は自ら戦うのではなく、疲れた人々の休憩所として自分の居酒屋を提供していた。 店の前に机と椅子を並べ、訪れた者に片端から飲料と軽食を手渡していく。 「アルバリちゃんも避難してもいいんだぜ?」 休憩に来た元マフィアの男の言葉にアルバリは頭を振る。 「いいえ、私だってゾディアックですから!」 「いざとなったらオイラが守るよ~」 「ふふっ、頼りにしてますね」 アルバリがアーケロモンの甲羅を撫でると、アーケロモンが両手の刃をきらめかせた。 住宅地の近くに現れたグランドラッグモン。 突然のことに足がすくんで動けなくなる少年。 グランドラッグモンの手が少年へと伸びたその瞬間、オレンジ色の閃光が通り過ぎ、少年の姿が消えていた。 「良いわよランクスモン!」 獅子座のシシリーと彼女が騎乗するランクスモンだ。 ふたりはそのスピードを活かし、あるときは人を助け、あるときは伝令を頼まれ、デジシコを縦横無尽に走っていく。 「助けを求めている人がまだまだいるわ!ランクスモン、スピードを上げて!」 「了解っす!」 ランクスモンの足がしなやかにデジシコの大地を蹴る。 「マンタレイモンいいぞ!その調子だ!」 双魚宮のダブリがマンタレイモンを背中から励ます。 ふたりの背後から2匹のグランドラッグモン追いかけ、デジシコの海岸に足を踏み入れた。 「このまま海まで引き寄せるぞ…!」 マンタレイモンは小さくうなずく。 海も問題ないとばかりに足を踏み出すグランドラッグモン。 彼らが十分に深いエリアに入った瞬間。 「スキだらけデース!」 グランドラッグモンは横から攻撃を受けていた。 蠍座のPerryのアノマロカリモン(X抗体)の"スティンガーサプライズ"である。 グランドラッグモンが攻撃を受けた方向に光線を発するが既にアノマロカリモンは海の中へと消えていた。 「DrugなんてあのBritishのアヘン野郎のようにハズべき連中デス。オマエたちをDeleteして、鉱物女帝に領有を認めてもらいマース!」 Perryがアノマロカリモンへ指示を出し、グランドラッグモンを惑わせる。 「お前も頼んだぞ、マンタレイモン!」 「ああ!」 さらにマンタレイモンもダブリと別れて海中に潜り、グランドラッグモンへと向かっていく。 "海のステルス"の異名を持つマンタレイモンと海中のあらゆる成分を取り込み、光学迷彩と化したカモフラージュ能力"ゴーストサプライズ"を持つアノマロカリモン(X抗体)。 グランドラッグモンに対して単純な戦闘力では及ばないが、海の中ならこの二体を捉えるのはほぼ不可能である。 巧みなコンビネーションで攻撃を重ね、グランドラッグモンを海中から逃さず、攻撃を繰り返していく。 「明日は大事な日…私が絶対に守ってみせる!」 処女座のパコリが決意を目に宿らせ、ミントモンをデジシコの外へと投げる。 「パコリ!一人で前に出るなよ!」 ポンチョモンが周囲に気を配り、パコリのサポートをしていく。 「だって!明日は鉱物女帝の結婚式よ!つまりその結婚を見てデジシコ中のハイスペ男子の結婚願望が強まる!遂に!遂にやってきたチャンスなのよ!絶対に逃してたまるもんですか!」 ミントモンを拾い、投げる。 パコリの動作は完全に洗練され、数多のミントモンがたちまち宙に浮く。 「そうだな、俺もそう思うぜ!こいつははやく片付けなきゃな!」 パートナーの気持ちを誰よりも知るポンチョモンがさらにパコリをサポートする。 その姿は、まるで熟練夫婦のようであり…パコリの相手への要求水準が高くなる一因であった。 「ゴールドブイドラモン!狙いを定めて!」 「だから俺遠距離得意じゃないんだって!」 お祭りごとだからと組まれていた太鼓やぐら。 その上から射手座のアタリがゴールドブイドラモンへ指示を飛ばす。 ゴールドブイドラモンは指示に合わせて接近し、グランドラッグモンへと"ブイブレスアロー"を直撃させる。 デジシコのピンチ。 それはゴールドブイドラモンの力を最大限に引き出していた。 「祭の邪魔するヤツは許しておけない!アタシらで追い散らしてやるよ!」 ダークエリアを走るフリオ。 既にどれほどの距離を走ったのかもわからなくなっていた。 ここまで進んできたダークエリア。 それを一言で表すなら、ごちゃ混ぜだった。 デジタルワールド自体が森や海岸に冷蔵庫や公衆電話があるような場所ではあったが、ダークエリアはそれ以上だ。 砂漠の真ん中に巨大な積み木で作られた動物のようなものが置いてあった。 無人なのにまるで先ほどまで人がいたかのような家が立ち並ぶ集落があった。 巨大な人間の骨と思しきものが突き刺さった砂漠があった。 今自分がどちらに向かっているのか、何を見ているのかわからなくなりそうなほどだった。 おそらくこれもスピリットのおかげだろう、門の方角が常に感じ取れていて、それがなければ迷っていたことだろう。 ただ、ドラッグ・スターどころか人もデジモンも見当たらなかった。 しかしデジモンがまったくいないというわけではなさそうで、建物や木々の影で何かが蠢いているような気配がある。 もしかしたらドラッグ・スターかと気配を感じた場所に行っても、人もデジモンも何もいなかった。 何度目かの空振りの後、フリオは思う。 はたして、この世界のどこにドラッグ・スターがいるのだろう? グランドラッグモンの拳で吹っ飛ぶ人型の機械。 「大丈夫かカザリ!」 「問題ナイ。サジタリモン、オマエノ出番ハマダダ」 (自称)射手座のカザリがサジタリモンへ語りかける。 そのクロンデジゾイドの身体はグランドラッグモンの攻撃にも歪んでいないが、中身へのダメージは間違いなく蓄積されている。 「ぞでぃあっく最強ノ戦士デアル俺ガ負ケルワケニハイカナイ」 真っ赤なモノアイが再びグランドラッグモンを見つめる。 サジタリモンの必殺技"ジャッジメントアロー"。 強力だが再装填に時間のかかる一撃であり、できるだけ多くのグランドラッグモンを巻き込まなくてはならない。 パートナーの技を最大限に活かすため、カザリは単身でグランドラッグモンの群れへと再び向かっていく。 「来イ、マガイ物ドモ!」 「ユピテルモン、お願いデス!」 「ああ、もちろんだ!」 天秤座のショウリの言葉にうなずいて、ユピテルモンが"マボルト"で周囲に暗雲を呼び込み、周囲のグランドラッグモンへと片端から雷撃を与え、さらに自らもハンマーで殴り倒していく。 「結婚式の邪魔は悪デス!絶対に許しておけないデス!」 「おっと!?ショウリちゃん危ないって」 感情が高ぶり剣を振り回すショウリの剣を避けながら、天秤座のハバカリが言う。 「すいまセン、デモ!」 「だから剣先を…ショウリちゃん危ない!」 ショウリたちの近くにいつの間にか新たなグランドラッグモンが現れていた。 その腕が二人をなぎ倒そうと迫る。 「やれやれ、世話の焼ける!」 二人の前にエンシェントワイズモンが立ち塞がり、鏡を生み出して攻撃を逸らす。 「すまない、前に出過ぎた!」 その間にユピテルモンが戻ってきてグランドラッグモンを叩き潰した。 「ありがとうゴザイマス、ふたりトモ」 「ハバカリ、お前もせめて年長者として守ってやれ」 「そう言われてもなあ」 エンシェントワイズモンの言葉に面目なさげに頭をかくハバカリ。 「デモ、ハバカリさんとエンシェントワイズモンさんもいるから心強いデス。…みんなでデジシコを守りマス!」 「ベルフェモン!暴れ尽くして!」 デジシコの外れ。 そこで山羊座のヤギノモリのパートナー、ベルフェモンレイジモードが暴れていた。 久方ぶりのベルフェモンへの進化。 その有り余るパワーをぶつけるように、誘導されてきた大量のグランドラッグモンを切り裂き、踏み潰し、燃やし尽くしていく。 「あーもう!こんなことしてる場合じゃないのよ!」 暴れるベルフェモンの後方でヤギノモリが叫ぶ。 「こんなことしてる間にも!校了までの期限が!迫ってるのよ!」 祝い事があろうと、事件が起きようと、印刷所のタイムリミットは動くことはない。 しかも、ハバカリもこの事態に巻き込まれているため、原稿に取り組んでいないのだ。 それどころか事件に気を取られて締め切り完全に忘れている気配すらある。 「さっさと終わらして、尻を蹴っ飛ばしにいかないといけないのよ!」 ヤギノモリの怒りのオーラ。 それはベルフェモンの圧すら凌ぎかねないものだった。 「さあ行きなさいモエモエメラモンズ!植物なんて燃やし尽くしな!」 「イエスマム!」 ビットモンの号令の下、モエモエメラモンたちが散開する。 それぞれミントモンを炎で追い立て、あるいは集団でグランドラッグモンを燃やし尽くしていた。 燎原の火のごとく広がっていくモエモエメラモンたち。 「…でもいいの?瑠璃ちゃんだけでも逃げた方が」 彼女たちの様子を見ながら、先ほどの女傑然とした姿とは違う心配そうな声音でビットモンが兎座のラピスラズリ、卯佐木瑠璃へと尋ねる。 彼女は純粋なデジシコの国民というわけではない。 元々他の組織のスパイなのだ。 「…こんなところでデジシコがなくなったら、これまで培った人脈も情報も無駄になってしまうからな」 目を合わせずに瑠璃がつぶやく。 「ま、いっか。じゃあ私も頑張るよ!」 「頼んだぞ。―超進化、アンティラモン!」 「任せて!」 ビットモンからアンティラモンへと進化したパートナーは、自らの助けが必要な場所へと跳躍していった。 「"バーストショット"!」 セントガルゴモンの前進から放たれた銃弾やミサイルがグランドラッグモンを襲う。 爆煙が風に流された後にはグランドラッグモンがいた痕跡など欠片もなかった。 「流石店長パネーや!」 小犬座のバクリがその様にガッツポーズをする。 「でも店長もうこれ逃げた方がいいっすよ!こんなんもう無理っすわ」 またも湧き出すグランドラッグモンを見てバクリが無神経に言うが、セントガルゴモンが首を振る。 「駄目だよ!バーガーナイツが、ボクの揚げバーガーが必要なデジモンたちがいる限りキングバーガーはここにあるんだ!」 セントガルゴモンのジャイアントミサイルが新たなグランドラッグモンへと撃ち込まれる。 「ヒュー!店長かっけーっすわ」 その姿に快哉をあげながら、腹の減ったバクリは揚げバーガーをパクついていた。 「こっちだよ~。落ち着いて行こう!」 風船を高々と上げて歩くオポッサモン。 その後ろから子ども達をはじめとした人間やデジモンがついて行っていた。 「これ、大丈夫なのかな…」 不安そうにオポッサモンに話しかけるもんざえモン…の格好をしたこぐま座のマツリ。 彼らは戦うのではなく、デジシコの戦えない者を安全な場所へと誘導していた。 「僕らじゃ万が一のとき守り切れないよ」 「静かにしろよマツリ!」 小声でパートナーを叱りつけるオポッサモン。 「みんなが不安に思わないように案内するのが俺たちの仕事だぜ!…みんな~!大丈夫だから、ゆっくりと行くよ~!」 オポッサモンは人々を勇気づける。 その姿を見てマツリも頭を切り替える。 「鉱物女帝やゾディアックのみんながきっとなんとかしてくれるよ!落ち着いて行こう!」 デジシコの危機でもどこか明るく、彼らの行進は続いていった。 「行けー!カオスドラモン!ハイパームゲンキャノンMark3!」 蟹座のカラクリの合図でカオスドラモンの背中の砲台からエネルギー波が放たれる。 その威力はすさまじく、グランドラッグモンを近くの建物ごと粉砕する。 「次だー!カオスドラモン!カニバサミクラッシャー!」 カオスドラモンの右腕のハサミがグランドラッグモンを挟み、そのままぶった切る。 「そこだー!スーパーハイパージェノサイドアタック!」 カオスドラモンの右腕が奇妙な変形機構で砲台へと変形し、カニ型のミサイルがグランドラッグモンへと撃ち込まれる。 「実験体がたくさん来てくれる!助かる!」 カラクリはカオスドラモンの改造の成果を満足げに見やる。 彼女の脳内からはデジシコの危機などという言葉は完全に抜け落ちていた。 「これでもう大丈夫じゃよ」 蛇遣い座のハラキリが負傷者の治療を終える。 グランドラッグモンの襲来により怪我を負った人々。 ハラキリはバイオモンとともにデジシコ中を飛び回り、彼らの治療を行っていた。 手際よく負傷の具合を確認して治療を進めていくハラキリ。 (もしかしたら私は研究所の方で、麻薬の成分について分析を進めていた方がいいのかもしれないが…) 自らも同様に怪我人を見ながらも、バイオモンはちらりとハラキリを見る。 その手は繊細に処置を行いながらも、その顔には隠しようがない喜びが見えていた。 (『ホッホー!最前線が向こうから来てくれたんじゃ!治療し放題で最高じゃのう!』とか考えているんだろうな…) バイオモンはため息をつく。 「何ため息をついておるんじゃ、ワシらを求める患者はまだまだたくさんいるんじゃぞ?」 ハラキリがバイオモンの心中には気づかないまま励ます。 これでは危なっかしくて一人で放っておくことはできない。 「そうだな、すまない」 ただ、ハラキリの言うことも正しい。バイオモンはそう思ってまた治療を進める。 すべての負傷者を助けるために。 デジタルメキシコの各地でそれぞれのできることをするゾディアックとステラスワット。 彼らにとってデジシコは自分たちを迎え入れてくれた土地であり、そこが昔どのような土地であったかなど些細な問題だった。 その姿を見て、諦めかけていた人もまた目の前の難事を乗り越えるためにと力を合わせていく。 「私と魁を受け入れてくれたデジシコと…」 「私を思いつきでデジシコに呼んでくれた…」 「菜食主義者だって言ったオイラにノリでデジ肉を食べさせてくれて、デジシコに呼んでくれた…」 「中学二年生の頃、ゾディアックに入りたいと突然言いだした我に「その勢い、ヨシ!」と言ってくださった…」 「路上でブレイクダンスをしていた私にテンション高く拍手して「ティンときた!」ってデジシコに呼んでくれた…」 「お酒を飲みに来て、軽率に作っちゃったから来てくれない?とゾディアックに誘ってくれた…」 「暇つぶしに付き合っただけのつもりだったけど、案外居着いちゃったな…。ゾディアックで好きに走らせてくれた…」 「衝動的な行動だったみたいだけど、ゾディアックとしてこの海で自由にさせてくれた…」 「ワタシをいつの間にか、この土地にアイチャクを持ってシマッタノデース。これから領有をミトメテくれるであろう…」 「あの募集広告を見なければ、明日からのチャンスは存在しなかった。私にチャンスをくれる…」 「ここはアタシらの居場所なんだ、投げやりに捨てていいところなんかじゃない。お祭り仲間である…」 「俺ハ気ガ触レテイナイトタダ一人信ジテクレル、我ガ半身デアル…」 「気まぐれでも、勢いでも、ワタシをデジシコに、ゾディアックに誘ってくれタ…」 「意外とここの暮らしはインスピレーションの湧くものだったからね…。最初は怖かったけどここにいさせてくれた…」 「落書きでもなんでもあの穀潰しに紙幅を埋めさせるために!そのために事態を収めてくれるであろう…」 「まったく面倒な事態が生えてきたものだよ。仕方ないからせいぜい雇用主である…」 「キングバーガーは営利企業なのにこんなの割にあわないっしょ。まあ?でも?一応ボスである…」 「オープニングスタッフとして、避難誘導を完璧にしなきゃ!僕らを信じてくれる園長である…」 「お腹空いたからチミチャンガ食べよっと。ついでに持っていくかな…」 「すべての人やデジモンを忘れずに救わなくてはのう。治療機会を与えてくれた…」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「鉱物女帝のために!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 デジシコの、鉱物女帝のために動く彼らの心は一つ…だったかもしれない…? 何度目かの森を抜けるフリオ。 そのとき視界の隅にボロボロの小屋があることに気づく。 なんとなく懐かしい気配を感じて足を止め、小屋の扉を開ける。 「ドラッグ・スター…!」 そこにはかつて最も尊敬した人、禿頭のメキシコ人の男、ドラッグ・スターが壁にもたれかかるように座っていた。 「ああん…!?」 顔をあげるのも億劫だというようにフリオの方を見るドラッグ・スター。 「同郷かよ。部下か…いや、余所の組織の若えのか?それならよかったなあ、今なら俺の首が簡単にとれるぜ?」 数年ぶりに見たその姿は座ったままであっても、昔見たのと変わらない威厳を感じさせた。 「あなたの命を狙ってとかではないです」 「じゃあ何もんだ、お前は」 「ボクはフリオと言います。あなたの娘、エストレヤの結婚相手です」 「ああ!?てめえ何寝言いってやがる。エストレヤはまだ11だぞ」 その言葉にドラッグ・スターは既に亡くなっているのだと改めて確信する。 おそらく彼の時間は亡くなったときに止まって、その状態でダークエリアにずっといたのだ。 「信じてもらえなくてもいい。でも、彼女はもう立派な女性で、ボクは彼女の隣で支え続けます。今、あなたの麻薬のデータでデジモンが暴走して大変なことになっています。麻薬への対処法を何か知っていませんか」 「麻薬のデータなんて最重要機密を、ボロボロの状態とは言えこの俺が教えると思うかい?」 「はい。エストレヤのためなんです」 ドラッグ・スターがフリオを睨みつける。 その威圧感に思わず怯えてしまいそうになるが、フリオは目を逸らさなかった。 麻薬の解決法を得るために自分はここまで来たのだ。そのためならドラッグ・スター、かつての恩人と敵対したとしても構わない。 ほんの数秒ほどの時間だったのか、あるいはそれより長かったのか。 身動きもできない睨み合いが続いた後、ドラッグ・スターがため息をつく。 「もう俺が持っててもしょうがねえもんだ。…ほらよ」 ドラッグ・スターが投げたものをフリオは受け取る。 それはUSBだった。 「そいつを使えばデータ自体は無効化できる。…既に依存しちまってるやつには効かねえがな」 「ありがとう、ございます!」 頭を下げるフリオに向けてシッシッと手を払う。 「さっさと行きやがれ、お前のいるべき場所はここじゃねえんだろ?」 「はい、ありがとうございました!」 もう一度頭を下げ、フリオは元来た道を走り出す。 「けっ、俺も焼きが回ったか。だが、エストレヤ…俺はあいつの近くにいることが、できなかったから、な…」 今でも自分の行動が間違っていたとは思っていない。自分のおかげで生活できた人間も、学校に通えた子どももたくさんいる。 ただ、良い父親であれたかはわからないのだ。もう確認することさえできないのだから。 「まったく、親父のあり方、か。ガキの頃のように、あいつらにでも聞けばよかったかね。お前はどう思うよ、リボルモ、ン…」 それきり静まりかえった小屋。そこには人がいたような痕跡などどこにもなかった。 フリオは帰路を急いでいた。 ドラッグ・スターに会って必要なものを得ることができた。 一刻も早くデジシコに、エストレヤの元に帰らなければ。 その一心でダークエリアの異常な風景にさえ目もくれずに走っていた。 森を越え、湖を迂回し、城壁を乗り越え。 そして今、フリオは立ち止まっていた。 目の前には山があった。 行きの道ではなかったはずの山だ。 地形が変わったのだろうか。 フリオは目の前の山を見つめるが、その山になんとなく見覚えがある気がした。 そのとき、山が動き、大きな枯葉が視界を塞ぐ。 見上げた瞬間に気づく。 これは、ボクだ。 過去の自分が進化したときのペタルドラモンだ。 思わずペタルドラモンへとスピリットエボリューションをするフリオ。 その大きさは目の前の山のようなペタルドラモンと比べて半分以下の、通常のペタルドラモンより一回り大きい程度の大きさだった。 昔、自分が進化したペタルドラモンが異常に大きかったのは、暴走し食べたデジモンのデータを含んでいたから。 それを知っていたから、ペタルドラモンとして戦い続けるうちに自分のサイズが小さくなっていることに気づいたときは、安堵とも寂しさとも付かぬ感情を抱いたものだった。 エンシェントトロイアモンやトゥーレモンのサイズは元々が大きいためかそちらのサイズも減るようなことはなかったから、戦闘力という意味ではそれほど変わらない。 ただ、彼らに顔向けできないようにはなりたくないと、ペタルドラモンでの戦い方を考えたりもした。 そうやって小さくなっていく自分と向き合ってきていた。 そんな、自分から抜け落ちていった、自分が食べたデジモンたちのデータ。 目の前の山のようなペタルドラモンがその成れの果てなのだと、フリオは見た瞬間理解してしまっていた。 デジモンが死んだらデジタマになる。 それはデジタルワールドの法則の一つとも言える。 それを知ってから、フリオは自分が小さくなる度に自分が食べたデジモンがデジタマへとなっているのだろうと想像していた。 デジシコで幼年期のデジモンを見たときには、もしかしたら自分が食べたデジモンだったかもしれないと思うこともあった。 だが、彼らはまだデジタマにはなっていなかった。 まだダークエリアにいたのだ。 山のようなペタルドラモンは虚ろな目でこちらを見つめ続けている。 枝やツタを伸ばして臨戦態勢をとるどころか、威嚇することさえしていない。 だが、次の瞬間にはどうなるかわからない。 自分が彼らを食べたペタルドラモンであることがわかれば、彼らはどうなるか。 もし憎んでいるとしたら。 今度は自分が食べられれば、許されるのだろうか。 でも、デジシコに帰らなくてはいけない。だが、そのために倒すなんてことはできない。 戦うこともできないのなら逃げるべきだ。でも、こんなに近くて逃げられるのだろうか。 そんな長いような、一瞬であったかのような堂々巡りの思考に陥ったフリオの目の前で、ペタルドラモンは再び動き始める。 彼らは、ペタルドラモンはこちらを気にする様子もなくゆっくりと歩き出していた。 『ダークエリアのデータである以上、どんなに本物であるように感じても、それは本物ではなくデータの残りなんだ』 七津真の言った言葉が浮かぶ。 ここで自分がどうなろうとも、もはやダークエリアをゆくデータである彼らにとっては、おそらくなんの救いにもならないのだ。 ただ、自分がこれまでやってこれたのは間違いなくかれらのおかげだ。 フリオは去りゆくペタルドラモンに深々と頭を下げ、そしてもう遠くはない出口へと再び走り始めた。 シャカモンの光で消えるグランドラッグモン。 「キリがねえぜ灰!」 「お釈迦様が泣き言いうもんじゃねえって!」 シャカモンを灰が鼓舞する。 トゥーレモンの作った門、その前で灰・魁・日比人は立っていた。 「くっ、やはりみんな疲労してきているか…」 ラップトップでデジシコ全体の状況を見て魁がため息をつく。 現状はなんとか戦線を維持できており、荒事が苦手な人を逃がすこともできている。 だが、これ以上戦い続けるのは流石に難しい。 一度デジシコを離れ、他の仲間達も集めて帰ってくるか。 いや、そのときこの地にどれほどの数のミントモン、グランドラッグモンが増えているか想像がつかない。 すべてを駆除し尽くすにはデジシコの建物や土地ごと一掃する必要が出てきそうだ。 そしてデジシコごと更地になるのであれば、それはもはや帰る意味も…。 魁がそれも覚悟で鉱物女帝に進言するか、考えたとき。 「お待たせしまシタ!」 フリオが門から姿を現した。 「このデータです」 魁と日比人にドラッグ・スターからもらったUSBを渡すフリオ。 「遅いぜ!」とフリオの背中を叩く灰。 彼らを尻目に魁は日比人を急かし、研究室へと走る。 「どうですか、青木さん」 「…ふん、このデータがあれば確かに…」 日比人は舌打ちをする。 これこそまさしくあのとき欲しかったデータだ。 「例の方法で対処できそうだ。…5分寄越しな、それまでに調整してやるよ」 「助かります。…てっきりあなたは、このままデジシコがなくなってしまった方がいいと考えているのかと思っていましたが」 「そりゃあ、俺だってここでずっと暮らしてきてんのよ。…ちっ、腰を落ち着けたヒッピーなんてだっせえモンになっちまったぜ」 日比人は愚痴をこぼしつつも、キーボードを叩く手を緩めることはしなかった。 「でけえ…!」 トゲモンとともに戦っていた元マフィアの男がつぶやく。 その目の前で、一際巨大なグランドラッグモンが誕生していた。 "チクチクバンバン"を放っても、そよ風程度にしか感じていないようだった。 しかしそこに人間とデジモンがいることには気づいたようで、グランドラッグモンが両足の獣の口からビームを放つ。 逃げる間もなく、男が諦めかけた瞬間。 巨大な砲弾がそのビームとぶつかり、男を守った。 「無事デスか!?」 エンシェントトロイアモンへと進化し参戦したフリオだった。 咄嗟にサプライズキャノンで撃った砲弾はクリスタルと化していた。 グランドラクモンの必殺技、"クリスタルレボリューション"だ。 これほどの大きさになるほど集まることで、遂にグランドラッグモンは本物の必殺技まで使えるようになったのかとフリオは驚く。 自分よりも大きなグランドラッグモンをにらみつけるフリオ。 グランドラッグモンが左手を薙ぐように叩き付けるが、エンシェントトロイアモンのボディは微動だにせず受け止める。 そのまま近距離から"サプライズキャノン"を撃ち込む。 直撃し吹き飛ぶグランドラッグモンだったが、空中で"クリスタルレボリューション"を砲弾にぶつけ、勢いを殺しすぐに地面へと降り立つ。 しかしフリオは着地のタイミングを逃さず"エペイオスギミック"を発動し、エンシェントトロイアモンの全装備、全砲門から打ち出された実弾、砲弾、光学兵器等の数々がぶつけられる。 グランドラッグモンはそのまま消え去った。 「ありがとよ!」 「ドウモ!」 元マフィアの男が他の場所へと走っていく姿を見ながら、フリオはしかし心中穏やかではなかった。 究極体の攻撃でもここまで食い下がるほど強くなっているとは。 そのとき、頭上を暗雲が広がっていることに気づく。 それはデジシコの中心から広がっていた。 そのとき、魁から通信が入った。 『フリオくん、すぐに戻ってきてくれ』 デジシコの中央では、トラロックモンが踊っていた。 トラロックモンも長時間戦い続けているというのに、その疲れを感じさせない踊りだった。 既に暗雲はデジシコ全体を覆うほどになっている。 「エストレヤ!」 エンシェントトロイアモンの姿でフリオがそこへ姿を見せる。 「おかえり。遅かったね」 トラロックモンのすぐ近くにいたエストレヤが言葉を投げかける。 「フリオ君、こいつだ!」 魁が投げた球状の電子物質が胸部の砲口へと吸い込まれるように入る。 エンシェントトロイアモンはそのまま砲口を頭上の雲へと向け、"サプライズキャノン"を発射する。 通常の砲弾ではなく、先ほど入れた電子物質が膨張したような球体が発射され、雲に吸い込まれる。 次の瞬間、雨が降り出した。 バケツをひっくり返したどころか湖の栓を抜いたかのような土砂降りはデジシコ全体に降り注ぎ、雨水がデジシコ全体を包むように流れ、地面へと吸い込まれていく。 フリオがダークエリアから持ち帰ったのは麻薬データを無毒化させるものであった。 データの改変により大地へと染みこませやすいデータとし、それをFE社の技術でコピー、そのデータを含んだ雨をトラロックモンの力でデジシコ全土に降らせたのだ。 何もかも飲み込んでしまうかのごとき雨がすべてを洗い流していく。 これでミントモンがデジシコの地面に埋まっても麻薬データを得ることはなくなる。 後は残りの既に麻薬データを取得してしまったミントモン、グランドラッグモンを倒せば終わる。 その連絡を得たゾディアックやステラスワット、デジシコの人々は再び士気を上げ、グランドラッグモンへと向かっていった。 そして雨が降り止む頃には、すべての戦いが終わっていた。 デジシコにほど近い荒野。 先ほどのデジシコの大雨により水たまりだらけになったその大地を、コドクグモンを頭に乗せた八束灰が歩いていた。 「良いのかよ、せっかくデジシコまで来たんだぜ。せめて疲れたから一泊するとかさあ…」 「わりいな。なんか、今出て行くのが一番カッコイイ気がしたんだ」 愚痴るコドクグモンを灰がなでる。 「エストレヤ、俺の一番星。キミは地べたばっかり見てた俺に星を見つめる目を、星に手を伸ばす心意気をくれた。だからキミに手が届かなくとも、俺は、俺だけの一番星をまた探せるんだ」 「灰…」 「そんな声出すなよ、コドクグモン。行こうぜ!今度はまだ見ぬ星を探す旅だ!」 灰とコドクグモンは走り出した。知らない土地、知らない人の元へ。 そんな彼らの道行きを雨上がりの空の星だけが照らしていた。 「お疲れ様、エストレヤ」 鉱物女帝としての仕事(適切な人間への丸投げ)を終えたエストレヤをフリオが労う。 既に夜も明け始め、東の空にはほの白い光が見え始めていた。 その光を眺めながら二人並んでベンチに座った。 「フリオも今回はがんばったね」 「みんなの、君のためだから。そうだ、ドラッグ・スターなんだけど…」 「いいよ、言わなくても」 「でも」 「麻薬無効化するデータ、渡してくれたんでしょ。それで十分だから。バカ親父の仕事としては十分でしょ」 そう言って遠くを見つめるエストレヤの姿は、本当になんでもないという顔をしていて、フリオはそれきり何も言わなかった。 エストレヤも静かに空を見ていた。 その横顔を見て、フリオは帰ってこれたのだと実感する。 そうしてしばらく経った後、エストレヤがベンチから立ち上がってフリオに言う。 「じゃあ、行こうか」 「どこへ?」 「式場に決まってるでしょ」 「今から?」 当然のように言うエストレヤにフリオが驚いて聞き返す。 「フリオが言ったよね。絶対に帰る、明日は結婚式だからって。今日がその明日でしょ」 「それは確かに言ったけど…」 みんな疲れてるし、おまけに戦いや大雨の影響で準備した装飾や建物もあちこちボロボロになっている。 流石に結婚式は延期だとみんな思っているだろう。 でも、だからこそ予定通りに結婚式をするのも、デジシコらしいかもしれない。 得意げに笑うエストレヤの顔を見ると、どんどんそんな気がしてくる。 「さ、みんなが集まる前に式場へ行くよ」 先に歩き出すエストレヤ。 フリオはやっぱりエストレヤには敵わないやと笑みをこぼし走り出す。 彼女の隣に向かって。