一話 眠気が残る中、ぼんやりと目を開き、起きるか、それともベッドの中に居るかを少し悩んでから、目を覚ます。 「んっ‥‥ふぁ‥‥ぁ」 欠伸を一つしてから起き上がる。 歯磨き、着替え、その他諸々を、自動化された機械がやってくれるのを、甘んじて受けながら、意識を覚醒させていく。 目を覚ました後、考える事はただ一つ。 暇つぶしだ。 勉強をしても良いし、本を読んでも良い。 スポーツをしたっていいし、趣味に没頭したって良い。 何をしても良い。 世界を大機構が統一した、私達の住むこの「楽園」は、全てが機械で管理されている。 だから、私達が行わないといけない義務なんてものは、定期的な健康診断位。 有り余る自由をどうするかは、私達の自由。 この世界を回すのに、人間はもはや必要無い。 何もしなくても、機械が維持し、発展し、代わりに全部やってくれているのだから。 人類に残されている役割は、ただこの世界を享受するだけ。 そして私は、結局いつものように、中央にある施設へと向かう。 フルダイブネットワークシステム、ユーラティス。 意識を投入し、リアルな感触が、五感を刺激する。 管理システムも、これに関してはサーバーの管理やメンテナンスやアップデート、ユーザー間のトラブルを除き、 内部で行われるあらゆる行為に関し、基本的には不干渉を貫いている。 何もせずとも生きられる人間にとって、自主性を発揮する場として用意された箱庭。 自由に世界を作る事も、他者の造った世界を楽しむ事も出来る、そんな空間。 人間は、私も含め、何もしなければ根腐れしてしまうから。 ログイン用のポットの一つに入り、私はデータの海へと意識を潜らせる。 次の瞬間、視界が青く沈む水底のような光に満たされ‥‥ 気が付くと、寝室の暖かな布団に包まれていた。 ログインを電脳世界内のベッドでの起床にリンクさせているのは、その方が没入感に浸れる、という私の趣向だ。 誰も居ない一階のリビングのテレビを付けると、過去のアーカイブから自動生成されたニュースが流れていた。 オールドワールド、楽園による統一以前の地球を模した電脳世界であり、その中の日本の一件家。 立ち上がる埃すら再現されたこの空間が、私の電脳世界での拠点。 この世界は、かつては沢山の人がログインしていたみたいだけれど、今ではログイン数が私だけ、なんて事もザラだ。 自分で世界を創り、他人の世界を遊ぶ、そんな楽しみ方が主流になった今では、 刺激の少ないこの世界は、いささか退屈に映るらしい。 私はこの世界では、里宮玖という名前を名乗る。 名乗るからには、名乗る相手がいて。 「おはよ、お姉ちゃん」 リビングに降りると、少女が挨拶をする。 「おはよう、拾。今日は天気いい?」 「うん、天気予報でも晴れるってさ」 話しかけてきたのは、この家に住むNPC。 この拠点で、私の妹として振舞う「里宮 拾」。 その姿は、制服姿の中学生の少女。 日常を再現し、追体験する為に造られた存在。 私は笑って、彼女の頭を軽く撫でる。 このやりとりが、何よりも好きだった。 意味があるわけじゃない。ただ「こういう空気感」が好き。 私の名前も、ID:IN81c310389‥‥自分に割り振られた番号から、語呂合わせで付けた名前。 I下6桁から、日本人風の名前を語呂合わせしただけ。 でも、そう名乗る事で、この世界の一員なような気がする。 「‥‥やっぱり、ここの空気は好きだなぁ」 家を出ると、“懐かしさ”が鼻腔をくすぐる。 青い空。揺れる洗濯物。遠くで聞こえる風鈴の音。 遠くから聞こえる自転車のブレーキ音と、小学生の笑い声。 そして、夏の終わりを思わせる、蝉の声と乾いた陽光の匂い。 だが、それは全て“プログラムされた過去”の幻影。 綺麗で、快適で、真っ白な私達のリアルと比べて、雑多でまぜこぜで。 生活感に溢れているのに、ここで日常を過ごしているのは、NPCだ。 誰もいない。誰もいなくなった世界。 ここは、かつて多くの人が集い、そして飽きて去っていった電脳の街。 私のお気に入りの世界。 人類が創り、人類が忘れた電脳廃墟。 それは、大好きな創作物を模した世界だったかもしれない。 誰かが愛する人の為だけに作った、たった一人用の箱庭だったかもしれない。 でも、流行り廃りで、やがてアクセスが途絶え、 記録されることもなく、"誰のものでもない"無主の空間へと変質していく。 そう、電脳廃墟とは、かつて誰かが夢を見た世界の「死骸」である。 この世界も、そんな電脳廃墟の一つ。 そして私は、散策を始める。 小さなリュックサック型のデータインベントリを背負い、駅前に。 アーカイブハンター。 私のような存在は、そう定義されるらしい。 電脳廃墟にダイブし、それぞれ好みのデータを集める者を相称して、そう呼ぶらしい。 私が求める物は、かつての誰かの「好きだったもの」「憧れたもの」「大切だったもの」。 訪れた世界のアーカイブを残す事が、私の趣味、あるいは目的。 リュックサックからアーカイバーを手に取り、起動する。 記録モード起動:アーカイブ名「ずっと続く過去」 エリア名:「OWJ-三ノ輪商店街」 カシャ、カシャ、と軽い音を立てて記録が進む。 撮るのは画像データではなく、記憶と情緒そのものだ。 店先にあったレトロゲーム機に手を置き、駄菓子屋のおばあさんのNPCに挨拶をする。 路地裏の赤い自販機をなぞり、そこに貼られた古いシールの質感を指先で確認する。 誰かが過ごしたであろうこの街を、ゆっくりと歩く。 再現された物でも、忘れ去られた物でも、ここにある”何か”の残照を辿りながら。 風鈴が揺れる音。看板犬が欠伸している姿。日を反射して眩しい窓枠。 NPCのやり取りが、まるで芝居のように繰り返される。 全てが「意味もなく置かれている」のではなく、「意味があった過去の写し」であることに私は、魅力を感じていた。 「‥‥うん。今日の記録も、良いのが揃った」 玖はリュックを背負い直すと、夜の商店街を離れて自宅へと帰っていく。 背後には、本物のいない街に、家に帰ったNPCによる日常が灯り始めた。 拠点に帰り、玄関の扉を開けると、拾がちゃぶ台に座って待っていた。 その前には、データで再現された湯気の立つ夕食。 「おかえり!今日はね、お姉ちゃんの好きなメニューにしたよ」 「ありがと。楽しみだな」 二人きりの、だけど賑やかな食卓。 データ内とは言え、味も匂いも感じるし、食事だってできる。 ログアウトせずとも、生理現象や栄養は自動で処理してくれる。 「ねぇ、お姉ちゃんは今日は何してたの?」 「んー?今日は、そうだなぁ‥‥」 私が話す、私の一日の出来事を楽しげに聞く拾。 この子にとっては、私はお姉ちゃん。 誰かが見れば、人間じゃないNPCにこうして語る行為は、空しい行為なのかもしれない。 だけど、私にとっては、何よりも心が落ち着く時間だ。 夜が過ぎ、自室に入ると、今日アーカイブしたデータを保存する。 私専用のワールド、私の博物館。 電脳廃墟で私が感じた感傷を、そのまま切り取って保存する。 私の心を満たす、私の思い出。 私が居なくなれば、ここも電脳廃墟の一つになるんだろうけど。 それでも構わない。 きっと、ここに残した足跡が、私の存在した痕跡になるから。 二話 「お姉ちゃんっ! 今日ね、夕方から近くの商店街で夏祭りがあるんだって!」 「‥‥へぇ、夏祭り?」 ある日、ログインすると拾がそんな事を伝えてくれた。 過去の文化の再現も、この世界では行われる。 ワールド説明に、そんな事が書いてあったように感じる。 オールドワールドにおいて、イベントの多くはスクリプトの定期ループで動いている。 カレンダーには、真っ赤な文字で「なつまつり」と記されている。もちろん、それすらも演出の一部だ。 だけど、拾の笑顔はそんな背景を感じさせない。 まるで、本当にその日を待ちわびていた少女のように、満面の笑みで言う。 「行こっ? せっかくだし、浴衣着てさ!」 「‥‥うん、行こっか」 これがスプリクトの一部だと分かっていても、この“誘い”に抗う理由はなかった。 夕暮れ。 拾と並んで、私は商店街を歩いていた。 折角だからと浴衣を着た姿、私は藍色の金魚柄、拾のは淡い桃色に朝顔模様。 商店街には、無数の屋台の明かりが灯っていた。 リンゴ飴。綿菓子。焼きそば。金魚すくい。射的。 子どもたちが駆け回り、浴衣姿の母親が手を引き、老夫婦がベンチに座って団扇を仰いでいる。 笑い声。呼び込みの声。ざわめきと風鈴の音が混ざり合って、夏の空気を作り出している。 私は、アーカイバーを静かに取り出し、記録の準備を始めた。 記録モード起動:アーカイブ名「夏祭り」 エリア名:「三ノ輪商店街」 目の前の世界が、静かにデータの海へと保存されていく。 その全てを慈しむように、世界を映し出し、保存する。 「お姉ちゃん、ほら、金魚すくいやろうよっ」 拾に手を引かれ、玖は屋台へと向かう。 水の中で赤い尾を揺らす金魚たち。ポイの感触。水が跳ねる音。 そんな瞬間も、綺麗な想い出に。 「お姉ちゃん、何か食べたいのある?」 「んー‥‥じゃあ、綿菓子」 「うん! 買ってくるね!」 拾はそう言うと、屋台の列へと駆けて行った。 私はその後ろ姿を見送りながら、ぼんやりと周囲を眺める。 この光景が作り物である事は分かっているけれど、それでも良いと思えた。 拾が買って来てくれた綿あめを口にほおばり、口の中に砂糖の甘さを広げる。 幸せだけれども、しばらくすればベタベタになって、後悔してしまうような、そんな甘さ。 空に、ひゅう――、と音が走り、視界が瞬時に明るく染まる。 商店街の裏手の花火会場から、夏の花火が上がったのだ。 ドン、と腹に響く音。 空を切り裂いて咲いた大輪の光が、私達の髪と瞳を淡く照らした。 拾が手を握ってくる。 「きれいだね、お姉ちゃん」 私はただ、頷く事しか出来なかった。 声が出なかったのは、ただ――息を呑むほどにその光景が美しかったから。 視覚的に綺麗な物なら、もっと見た事はある。 だけど、今こうして見ている景色に呑まれるようで。 アーカイバーに保存する名前を、そっと書き換える。 名称変更:「妹との夏祭り」 そっと目を閉じる。 冷静になれば微妙だけど妙に誘惑的な焼きそばの味、水風船の冷たさと重み、遠くの風鈴の音、すれ違う浴衣の袖が触れた微かな感触。 そのすべてを、保存して記録する。 家に帰ると、拾は「また来年も一緒に行こうね」と言って笑い、 私は浴衣姿のまま、保存した記録を博物館のメモリシェルフに並べた。 三話 いつものような、オールドワールドの自宅近辺だけでなく、偶には遠出がしたくなった。 電脳廃墟は、オールドワールドだけではない。 「拾、今日は‥‥ちょっと遠出するよ」 拠点の居間で玖がそう言うと、拾は首を傾げた。 「うん、良いけど‥‥どこ行くの?」 私の手の中の、NPCの外部連携用データを起動する。 外部プロトコル起動:NPCコンパニオン【拾】設定連携準備完了 対象ワールド:G.A.P.(Game Arcade Planet) 連携設定:同伴者として最適化中‥‥「ゲーマー志望のNPCプレイヤーサポートユニット」 「でっかいゲーセン、かな?」 転送完了。 目を開けた先にあったのは、無数のネオンとホログラムに包まれた、終わらない夜の星。 建物は全てゲーム筐体の形を模しており、空にはピクセルの星が瞬いていた。 足元にはメタリックな地面。光るラインが走るその場所は、まさしく巨大なアーケードゲームセンター。 この世界【G.A.P.】は、 かつて一人の天才クリエイターが、人生すべてを賭けて創り上げた世界。 そこにはジャンルも、レトロからフューチャーまで、数千、数万のゲーム作品が稼働している。 音と光と遊びのすべてを詰め込み、かつて多くのユーザーを虜にした場所だ。 そのどれもが、今では廃墟。クリアされることも、起動されることもなく、 ただ“ゲームであること”を続けているだけの世界。 わざわざログインして、その中でゲームを遊ぶより、 ゲームその物をワールドに仕上げて、入り込んだ方がエキサイティングな体験が出来る‥‥とか。 だから、この世界は今では私しかログインしていないワールドと化してしまった。 世界として、日常を再現する為にNPCが居たオールドワールドと違い、この世界には常駐しているNPCは居ない。 私の横で、「うわぁ‥‥」と小さく歓声を上げる拾の声。 そちらに視線を向けると、そこにいたのは―― 「お姉ちゃん、行こうっ!ゲーム、いっぱいあるね!」 ジャージにデジタルパッチの入ったゲームクラブ仕様になった、拾。 肩からは小さなコントローラー型バッグを提げ、 頭には猫耳型のヘッドセット。目元には仄かな光が走っている。 この世界での彼女の設定は、「私の妹で、ゲーマー志望の少女」という形に最適化されている。 拾と一緒に居たいけど、あの時代の日本人としての自我を持つ彼女を、そのまま別の世界に連れ出せば、自我認識に悪影響がある。 それを無くす為の手段。 世界毎に、彼女の役割はその世界に相応しい物に調整される。 彼女を連れ回したいのは、ただの私のエゴなのだろうけれど、それを楽しむのも醍醐味だろう。 「うーん、どれも楽しそうで悩むなぁ~」 拾の視界の先には、かつて大人気だった対戦アクション《JET BLADE》のエリア、 廃墟のようなホラーハウスゲーム《DOLLHOUSE》‥‥色々なゲームが、目の前に並び立つ。 そして、私と拾が最初に入ったのは、《アストラル・シューティング999》。 星空を背景に、機体を操作して次々と迫る敵編隊を撃破する、3Dアーケード。 「お姉ちゃんっ、右旋回っ! 来てるよーっ!」 「‥‥了解、こっちはどうにかする‥‥!」 「よしっ、やった! お姉ちゃんナイス!」 次は、《NEON BEAT》俗に言う音ゲーだ。 ノーツに合わせてリズムを刻めば、空間に光が満ちていく。 アバターの衣装が次々と変化し、背景が光りの洪水になっていく。 「よっ、ほっ!どーよ、私中々凄いでしょ!」 「よし、私が拾の記録、速攻で塗り替えてやる」 「酷くない!?いいもん、出来るもんならやってみろっての!」 ‥‥そうして、色々なゲームを遊んでいると、一つの事に気が付いた。 どのゲームのランキングにも、同じ名前がある。 プレイヤーネーム:C1RCU1T 「どしたの? そんな顔して」 拾が私を覗き込んでくる。 彼女の姿は、まだジャンパースカート姿のアーケードアシスタント。 私は小さく息を吐き、言った。 「拾‥‥この星が、まだ“廃墟になる前”、 本当に遊び尽くした人がいたのかもしれない」 拾は、興味深そうに筐体を見つめる。 「“C1RCU1T”って人? すごいね、どれもトップスコアじゃん!」 ここに居ない誰か。 格闘ゲーム、レース、シューティング、リズム、さらにはパズルやシミュレーションまで。 全部のゲームのハイスコアを、一人の名前が総舐めしていた。 私は、彼の情念を、この世界に向ける愛を思う。 「更新‥‥されてない。最終ログは、大分昔だ」 その瞬間、私の中にひとつの衝動が生まれる。 「‥‥追いたい。彼がいた証拠。彼がここを愛していた証を、残したい」 この世界を誰よりも愛し、誰よりも遊び抜いた誰か。 どのゲームを見ても、その名前が刻まれている。 きっと、この世界を最も愛した誰か。 その痕跡が、私を駆り立てた。 そうして、色んなゲームを遊び、彼の痕跡を探っていると、 「お姉ちゃん、何かあるよ」 一つのゲーム機の前に、何かが遺されているのに拾が気が付いた。 データファイル。 明らかに、誰かに向けた記録(ログ)だった。 恐る恐る、私はそれを再生する。 「やあ、この世界を遊びに来た人かな、それとも‥‥誰も気付かず、無駄な録音になっちゃうかな‥‥?ちょっと、この世界を愛した人間の、自分語りを聞いてくれないかな?」 聞こえてきたのは、老人の声。どこか寂しげで、懐かしむような声。 「俺は、この星のゲーム、ひとつひとつ全部やりこんだ。難しいのも、つまらないのも、バカみたいに笑えるのも。」 その声は、ただただ淡々と続く。 「この星の全ゲーム、全部1位を制覇したプレイヤーになりたくてさ、笑えちゃうだろ?でもさ、身体が‥‥もう動かなくなってきた。データダイブしている間、肉体は全盛期を再現している筈なのに、どうしても、この体じゃ限界があってね」 私は、拾の手を握る。 彼女は何も言わず、私に寄り添った。 「それでも、まだプレイしてるんだ。あとひとつ。こうして思い返すと‥‥この世界は、俺の人生みたいで さ、投げ出したくなくて。」 それは、きっと叶わない夢。 「俺が、最後に見つけたのは、このレトロゲーム、《BUBBLE ESCAPE》、面白いんだぜ、良かったら、折角だし遊んでみてくれ」 私達は、その声に導かれるように、ゲームを始める。 海の中、蛙のプレイヤーキャラが泡を避けて潜っていく、水中アクションゲーム。 シンプルだけど、慣れと反射神経が必要な奥が深いゲームだった。 一応何とかクリアすると、ハイスコアの画面が表示される。 だけど、そこに刻まれた”C1RCU1T”の名前は、1位では無かった。 代わりに、見知らぬ名前が表示されている。 きっと、彼はこのスコアを超えられなかったんだろう。 その事が少しだけ残念で、だけど。 2クレジット目を投入して、もう一度遊ぶ。 単調で、地味で、何の変哲もない。 でも、なんだか悔しくて。 なんだか、辞められなくて、やっていくうちに、 「ねぇ。これ、楽しいね」 「うん。なんか、繰り返すたびに、ちょっとずつ上手くなるのがわかる」 私の操作する手つきは、次第に滑らかになる。 拾が応援してくれる声も、次第に大きくなって。 気が付けば、私と拾は、このゲームに夢中になっていた。 「お姉ちゃんっ、やった!ほら見て、ハイスコアだよ!」 何回目だっただろう。 私達のスコアは、いつの間にか1位になっていた。 そして、ハイスコアを登録する時。 ふと思いついて。 「この星のゲームの1位なら、やっぱりこの名前が無いと」 そうして、《C1RCU1T》の名前を、ハイスコア1位に登録する。 「あはは、やっぱり‥‥お姉ちゃんって、なんかそういうセンチなの、好きだよね」 拾が笑う。私も釣られて笑ってしまう。 この世界のゲームの一位は、全部《C1RCU1T》、それが、きっと相応しい形なんだと思うから。 登録が完了した瞬間、画面の奥で、一瞬だけ、誰かが微笑んだような気がした。 幻想か、演出か。 それとも、彼の記録の残骸が、データの残照として残っていたのか。 拾が、そっとつぶやいた。 「‥‥これで、全部揃ったね。彼の“前人未到の大記録”」 「‥‥最後の一つは、不正かもしれないけどね、でも、良いでしょ」 私は静かにアーカイバーを起動し、記録を開始する。 記録モード起動:アーカイブ名「前人未到の大記録」 エリア名:「G.A.P」 ゲームの筐体がタイトル画面に戻り、再びメダルを投入されるのを待ち続ける。 「記録、保存――この世界が、誰かにとっての宝物だったこと、忘れたくないから」 旅の終わりに、二人で宇宙に浮かぶゲームの星の夜景を眺める。 下には、無数のゲームの光。 そして、もう誰も遊ばなくなった夢の残響。 だけど、この世界を誰よりも愛した誰かが居た事を、私も、拾も知っている。 「お姉ちゃん。ここってさ、綺麗だよね」 「ほんと、夢みたいに綺麗」 「また来ようね。お姉ちゃん」 私は、静かに頷いた。 「‥‥楽しい星だったよ。ありがとう、この星を作った誰かと、愛した誰か」 記録は永遠に保存される。 私の思い出として、彼の残照として‥‥こうして、私のアーカイブが、一つ増えた。