【忘らるる 身をば思はず 誓ひてし】 深夜、とある宿屋の食堂で、カゲツは独り物思いにふけっていた。 魔王軍から隠密として各地を探るよう調査の命を受けたはカゲツはハルナとして各地に潜伏し、情報収集に明け暮れていたが、近ごろすっかり自身の任務に疑問を抱き始めていた。 なにしろ何度通信を送ろうとも向こうからは全くのなしのつぶて、自分の報告に不満があるのかと尋ねる書状を送ったこともあったが、それにすらとんと返信がないのだから頭を抱えるのも無理はない。 端的に言うと、彼女は自分の任務への意欲をすっかり失っていた。 かといって今更私は隠密でーす!これから本当に仲間として頑張りますのでよろしく!と言ってはいそうですかと首を縦に振るバカがいるだろうか? 彼女は今組んでるPTの顔を思い浮かべる。3人のうち2人、ユイリアとボルボレオはまあ何とかなりそうだ。あれは世に放っていいのか不安を覚えるほどの単純なお人よしだ。 (残るはもう一人…) あの守銭奴で詐欺師で3流魔導士の顔を思い浮かべてはあっとため息をつく。 不服だが、本当に不服だが、あいつには自分と同じところがある。能弁で機転が利く一方、自分の本音や企みは決して容易にさらけ出さない。もちろん、頭脳はずっと自分の方が優秀だが。 「忘らるる 身をば思はず…」 「んあ?どうした?ハルナ」 「きゃあああああああ!!!!!」 「な、なんだぁ!?」 「マ、マーリンお兄ちゃんかあ…」 驚いた。よりによって今最も悩んでた人物が背後に立ってたなんで。何か危ういこと聞かれてないだろうか? 「ど、どうしたのマーリンお兄ちゃん」 「なに、喉がかわいてな。そんなことよりハルナよォ…」 「な、なに?」 スッと目を細めるマーリンの様子にハルナも警戒心を新たにする。もし、自分の正体がバレていた場合は必ずや『処分』しないとならないのだから。 そっと苦無を手のうちに握りしめながらも務めて人懐っこい笑みを作りながら、マーリンの言葉の続きを促そうとする。 「いったいどうかしたの?マーリンお兄ちゃん」 「そのお兄ちゃんってのやめねえか?おまえ俺と同世代か、少なくとも俺より年長だろオメー」 「…えい☆」 グサッ 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ俺の頭がぁぁぁぁぁ!!!!!」 しまった。思わずぶっ刺してしまったと。まあ乙女の年齢についてとやかく言ってくるノンデリなんて無罪無罪。 暫くのたうち回ってたマーリンだったが、頭を押さえながら立ち上がるとこっちを涙目で睨みつけてくる(なんつータフさだ)。 「何すんだテメー!」 「えー?ハルナなんのことかわかんなーい☆」 「コンにゃろぉ…はあっ…」 ため息をつきながら台所まで行き、水を一杯飲み終えると。再びハルナの所に戻ってきたマーリンがまた質問を繰り返す。 「何を悩んでんだおまえさん?」 「…なんも悩みなんてないよ」 「嘘つけ」 ハルナの否定をバッサリと切り捨て、マーリンは言葉を続ける。 「最近。お前妙に上の空だろ。昨日の戦いも、明らかに動きがおかしかった。」 「………」 「ユイリア達も気にし始めてる。キツイぞ?あの善意が人の形した二人に心配されるのは」 ヒヒヒと笑い声を挙げるマーリンに、ハルナもぎこちない笑みを浮かべる。 「あいつらにくらべりゃ、俺の方が千倍言いやすいだろ。ほらっ言っちまいな。いえる範囲でいーからよ」 「…全部、聞こうとはしないんだ」 「そりゃあ、誰だって言えない秘密の一つや二つは抱えてるだろ?特に俺たちのような生きもんはよー」 「ユイリアお姉ちゃんに火の呪文だと言って爆弾使ってること隠してるのも?」 「うるせー!」 下らない言葉の応酬を繰り広げながらも、自身の心のどこか芯の固くなってる部分がほぐれてるのを感じる。そうだ、こいつならまあ言ってもいいかもしれない。 善意の塊のようなあの二人と違って、こいつなら不必要に背負わせずに済む。その程度の要領は持ってる男だ。 「……忘らるる 身をば思はず 誓ひてし」 「あぁ?」 ぽつぽつと俯きながら話すハルナに、咄嗟に意味がわからず怪訝な表情を浮かべるマーリン。 「手紙が、連絡がこないの。何度も何度も送ってるのに、最近一度も。必死に言われた通り頑張ってるのに、何が悪かったのかわからなくて、必死に尋ねても音信不通で、まるっきり連絡もない」 「……」 「だから、忘らるる 身をば思はず 誓ひてし、でも、これはまだ上の三句で、あと二句足りない」 「マーリンお兄ちゃんなら、どんな句を足す?」 「そう、だな…」 暫く腕を組んで考え込んでいたマーリンだったが、やがてニヤリと笑みを浮かべて「浮かんだ」と呟いた。 「人の命の 惜しくもあるかな」 「…え?」 「”忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな”」 「貴方に忘れられる私のことなんて何ほどのこともないですけど、ただ愛を誓ったあなたの命が報いを受けはしないかと、借しく思われてなりません。忘れられても尚その男の身を案じている健気な歌だのようだが、不人情な男への思いっきりな嫌味ともとれるな。ちなみに俺は断然後者派な、ヘッ!」 「!?マーリン、それって…」 「どれだけ尽くそうが何も返してくれないようなつれねえ奴に、なんでそこまで考え込まなきゃならないんだバカ。貢ぎ系女子じゃねーんだぞ」 ここまで言って一呼吸置いたマーリンは大盾使いのとある騎士の顔を思い浮かべる。価値観も生まれもまるで正反対な、はっきり言って犬猿の仲と言える男。だが、今回ばかりはアイツの理論も少しは使わせてもらう。 「正しい評価を下す頭もねー奴らに、そこまで健気に尽くさなければなんない理屈がどこにある。それが男かお前さんの親族か…」 (どこかの軍のお偉いさんかは知らねーけどよ)。胸のうちで呟いたマーリンの様子には気づかず、考え込むハルナ。 だが、胸中で答えが見え始めてきてるのだろうか、その顔色は初めの頃より幾分か明るさを感じられる。 「ま、あんまり思い込みすぎないこった。んじゃ俺は寝直すけど、お前もさっさと寝とけよ。寝不足は美容の天敵っていうじゃねーか、特に」 自分の寝室に戻るべくハルナに背を向けたマーリンはニヤッと子悪党な笑みをハルナに向けると、乙女にとっての禁句を言い放つ。 「お前さんのような年齢の女には特にな」 グサッ 「ぎゃあああああ!!!俺の尻がああああああ!!!」 「ヴェーだ!」せっかく少しは見直してあげようと思ってあげたのに、マーリンのヴァーカ!!!」 次の日、妙に尻を気にしながら歩くマーリンと、今までの鬱憤を晴らすかのように情報収集に戦闘に大活躍するハルナの姿があったとか。