「クリスト、どう?」 「うーん、やはり実力での突破は無理そうですね」 「そう」  部屋に閉じ込められた聖盾のクリストと漆黒の勇者イザベラは部屋の解析を試みたが、分かったのはこの部屋が「キスをしないと出られない部屋」ということだけで、それ以外の方法で脱出は不可能という事実だけだった。 「ねえ、クリスト」 「どうしましたか?イザベラ"さん"」 「どうしよっか、ふふっ…」 イザベラが二人きりなのを好機とばかりに背後からそっとクリストに抱きつく、クリストも全く彼女の行動に戸惑った様子は見られない。  奥ゆかしいクリストと非常時は頼もしいが普段は引っ込み思案なイザベラ、さぞかし悩むかと思いきや、全く2人に焦りの兆候は見られない。それどころか、この状況を楽しんでる様子すら見受けられる。  勘のいい読者ならもうおわかりであろう。  それもそのはず。 「ねえ、クリスト」 「はい、イザベラさん」  実はこの2人。 「頭、撫でてほしいな」 「はい、お安い御用です」  既に恋人同士だったのだ。  長く名タッグとして活躍し、名を馳せた2人だったが、2人とも超のつくレベルの恋愛弱者、クソボケであり、自己評価の低さも相まってお互い友好度、親愛度がカンスト、両片思いなのは周囲にもバレバレなレベルで明らかなのにも関わらず、一向に仲は進展しなかった。  そんな彼らに立ち上がった仲間たちの気ぶりと執念と包囲網。男の努力と友情と勝利。女の意地と度胸と涙溢れる展開の末、ようやく目出度くくっつくことができたのだが、現在はその話がメインではないので割愛とさせていただく。  ともかく出来立てホヤホヤのカップルである2人は、周囲の目もないということで部屋の中でラブラブオーラを出しまくっていた。 **************** 「そういえば…」  クリストに優しく頭を撫でられて目を細めていたイザベラがふと思いついたという顔で首を傾けながらクリストに問いかける。 「キス、といったらどこを思いつく?」 「そうですね…」 (この仕草に弱いんですよね僕は)と、おもばゆく思いながらもクリストはイザベラの問いに考え込む。まずは唇だが、そんなことはイザベラも百も承知であろう。つまり、それ以外となるということになる。 「頬、或いは額、などが思いつきますね」 「うん、他にも、色々あるよね」  耳とか、手の甲とかと指を折って数えるイザベラの意図がわからず、クリストは彼女の言葉の続きを待つ。 「でも、この部屋がどこをキスと判断するかは、分からない、よね」 「そう、ですね…」  唇でキスをしとけば直ぐに出られるのでは?と訝しむクリストは、手を合わせてにこやかに笑みを浮かべて続けるイザベラの言葉に驚くことになる。 「後の人たちのためにも、どこにキ、キスしたら出られるか、色々確かめてみよ?クリスト」 「とりあえず、まずは私から」 「…僕からいかせてはもらえないのですか?」 「10回目のラストは、クリストに、してもらいたいから」 (10回と言いましたが僕の彼女は)  イザベラ発言に驚くクリストに、彼女はちょいちょいと一方の壁を指さす。  そこには"10回キスしないと出られない部屋"と、流暢なイザベラの字で書かれていた。 **************** 「じゃあ、まず私から、するね」  頬に指をあてて考えていたイザベラが、深く頷いてクリストに1回目のキスの先を告げた。 「『指』を出して、クリスト」 「ん、ちゅっ……チュ…ん…」  差し出したクリストの指先を、丁重に握ったイザベラが自分の唇にそっと当てる。 (イザベラさんが、僕の指を…)  クリストの背中を、ゾクゾクとした感覚が走る。それほどまでに、彼女の姿は衝撃的で官能的だった。  親指から始まり、人差し指、中指と続いて、小指まで行って。今度は逆の手をまた1本目から始める。 『キスを感知しました。ロックを解除いたします』 「私からの1回目のキスは指」 「ありがとう、クリスト。私に付いてきてくれて。私と出会ってくれて、私をずっと護ってくれて、本当にありがとう」 「…次は、僕の番ですね」 (こちらこそありがとう)(そんな事ありません)、山程言葉が浮かんでくるがそれを伝えるのはこの後だ、今ではない。と、ぐっと堪えたクリストはそっとイザベラの手を取り、彼女の『手の甲』に口付ける。 『キスを感知しました。ロックを解除いたします』 「手の、甲…」 「イザベラさん、僕は貴方のことを心から敬愛しております。その気持ちはイザベラ様と呼んでいた頃と変わりません」 「むしろ支えられたのは、僕の方です。未熟な僕が貴女という女性と出会えた運命について、僕は考えないことはなかったです」  イザベラと出会って、様々な困難に会い、悩みや葛藤も覚えた。だが、それは自分の器量不足に関することで、決して彼女自身に問題があったわけではない。  …もう少し自分の身を大切にしてほしいとは、今でも思っているが。 「そう…」  物思いに耽っていたクリストがイザベラの声にふと彼女の顔を見ると、何か難しい顔を浮かべている。  何か言葉遣いを間違えただろうかと不安に感じ始めたクリストが口を開こうとすると。 「じゃあ、3回目いくね」  と、イザベラに再び手を取られ、そっと『手の平』に唇を寄せた。 『キスを感知しました。ロックを解除いたします!』 「二度と、私の前から去ろうとしないで、私のために死ぬのは勿論、私の前からいなくならないで」 「……本当に申し訳ございませんでした、イザベラさん」  かつて、一度だけクリストはイザベラの前から去ろうとしたことがあった。コンビとして活躍するのに自分にばかり集まる名望、勇者である彼女との器の差に苦しんで。  幸い仲間たちの叱咤や、運命も味方してくれたお陰で、直ぐに思い直し彼女の下に再び戻ることが出来た。  その時の自分の胸に飛び込んで泣きながらクリストに『私を置いていかないで』『一人にしないで』と訴えかけるイザベラの心情を思うと、今でも自分の頬を殴り飛ばしたい心情に駆られる。 「申し訳ございませんでした。あの時は自分を否定するばかりで、何も見えなくなっておりました。」  二度とああいったことは致しませんとイザベラの目を直視して告げたクリストは、優しく彼女の首に手を回し、4回目のキスを彼女の『首』に落とした。 『信じられないものを見た』 「ふあっ…あっ…!」  5秒…10秒とイザベラの首に口づけたクリストがようやく顔を離し、自身が口づけた箇所についた唾液を丁重に拭きながらキスの真意を説明する。 「僕は最早貴女から離れられないと思います。自分でも執着心に驚く程です」  聖職者失格ですね、と微笑を浮かべるクリストに顔を真っ赤にさせたイザベラが抗議の意を表明する。 「ず、ずるい!ずるいクリスト!」 「ご、ごめんなさいイザベラさん!貴女の不安を拭うには抗するのが一番だと」 **************** 「5、5回目、いきましゅ!」  ガバッ 「え?」  顔を紅潮させたままのイザベラが飛びかかってきた。そのままクリストの服のネックラインのあたりを手で広げると 「ちょっちょっとイザベラさま!?」 「ちょっとだけだからっ、あと様つけやめて」  カプっとクリストの『鎖骨』の辺り口づけ…いや、噛みついた。 『グスッ…ロックを、解錠いたしました。早く出ていってください』 「ん…!ッ…!」  思わず叫びそうになる声を必死に押し殺す。今、クリストの脳内は、イザベラに噛まれていることへの肉体的な苦痛と、彼女に求められてるという精神的な充実感に襲われていた。 「ぷはぁっ!はあっはぁっ…!」 「ぁ…イザベラ、さん…」 「クリストが、クリストがいけないんだからね…!」  歯型のついた箇所のクリストの鎖骨を撫でながら、上気した顔でイザベラはクリストを責める。 「私は、こんな女じゃないと思ってたのに、いや、こんな関係になる資格なんてないと思ってたのに」 「クリストがいけないんだから、クリストといると、どんどん欲望が膨らんでいくのが、わかるの。もっと触れ合いたい、一緒にいたい、もっと幸せになりたい!って」 「ア…ごめんなさい!クリスト。ちょっと私どうにかしちゃった!」 「も、もうやめようね。ちょっとやりすぎたし」  そう行って扉に向かって駆け去ろうとするイザベラだが、直ぐにイザベラの腕を掴まれてクリストの胸の中に引き戻されてしまう。 「ク、クリスト?」  自分の腕の中でもがくイザベラにニコッと微笑んだクリストは 「靴と靴下を脱いでください」  と告げた。 「6回目はここです」 「あ、そこはっ」  恐る恐る差し出したイザベラの脚を丁重に膝を付いて触れたクリストは、そのまま『足の甲』に向けてキスをした。 『侵入者さんここはそういう部屋じゃないんですよ。そういう事するのなら幾らでもセックス(略)部屋をお教えしますよ』 (ク、クリストが、私の足に口づけをしてる…)  イザベラは目の前の光景が信じられなかった。大盾と防護魔法で脅威から、その側にいるだけで人々に安心感を与える、優しい美貌の持ち主の好青年のクリストが、自分の足の甲に口づけをしてるのだ。勿論このキスの意味を分からない二人ではなかった。 「…イザベラさん、僕は貴方に夢中です。僕によってとても勿体ないと思えるような素晴らしい女性、それが貴女です」 「先ほどはびっくりしましたが、あれほど貴女に求められると知り、正直なところ身に余る光栄であり、感激しております」 「どうかそんな自己嫌悪しないでください。イザベラさんの本心が聞けて嬉しかったです」  そう言ってイザベラの顔を見上げて微笑むクリストに、イザベラはただ林檎のように紅く染め上げた顔でコクコク頷くことしかできなかった。 **************** 「次、7回目だから」  数分後、ようやく頭の熱が収まってきたイザベラが、ムスッとした顔で次のキスの部位を考える。ここまで一方的に目の前の金髪碧眼の美青年に心乱されといて、やらされっぱなしなのは良くない、と思う。  それに、アズライールことハナコちゃんも言ってたではないか。 『男を尻に敷くぐらいの女の方が夫婦生活は上手くいく!きっと』と、クリストと同じ聖騎士、サーヴァインさんがクリストと稽古を付けてるのを見学してた時に、彼の仲間のハナコちゃんが稽古する2人を指差しながら熱弁してたのを思い出す。 『ああいう自分の価値を最低価格しか見積もれないような男たちは、女の方から引っ張ってあげないと駄目になるのよ!』  そういう彼女の目は、支援魔法で強化したクリストが構える大盾に、まさに今パイルバンカーを撃ち込まんとする、サーヴァインさんに注がれていた。 「クリスト、ちょっと横たわって、上の服持ち上げてくれない?」 「?はい」  良くわかってなさそうな表情で寝転がり、服の裾を持ち上げるクリストの引き締まった腹に手を当て。 「ッ!?」 「7回目、いくね」  彼の右側の『腰』に唇を寄せた。 『キスを感知しました!ロックを解除いたします!キスを感知しました!ロックを解除いたします!』  解錠の音をガチャガチャ鳴らせながら訴える部屋の声に無言でクリストの腰から口を離したイザベラは、呆けたままのクリストを置いてツカツカと扉の方に足を運ぶと、扉を開け、  ガチャンッと勢いよく閉めた。 「7回目の場所は腰」 「クリストが、旅先の教会で讃美歌の合唱に参加したり、オルガニストを務める時、女性の参加者がやけに多いの知ってる?」 「いや、意識は、特に」 「クリスト、イゾウさんとも、よく密着してる、よね?」 「イゾウさんは、ミサさんの体を、忘れがちなだけで」 「クリスト、ジュダともよくコソコソ話、してるよね?」 「いや、あればジュダさんから(イザベラさんのことで)からかわれることが主で」 「それを見ると、すっごくクリストを、束縛したい気持ちに、なるの」 「私、クリストの彼女だから」  そういうとイザベラは座り込んだまま固まってるクリストの顔を膝に手を当てて見下ろしニヤリ、と笑いかけた。 「…8回目です」  上気した顔でクリストがゆっくりと立ち上がる、目の前の世界一愛しい彼女に今度ばかりはやられっぱなしで行くわけにはならない。と決意した。  脳内で腐れ縁とも呼ぶべき、詐欺魔術師マーリンのマスターの酒場でのへべれけに酔っぱらった彼の放言を思い返す。 『やっぱりわからせって大事なんだよなーこれが!おめえもイザベラにギャフンとわからせてやれよ!ベッドの中でなグヘヘヘ、それがカップル長続きの秘訣ってもんよ』  直後ハルナさんの苦無が頭に刺さり、ユイリアさんに回収されてった馬鹿の姿を。あの時はなんと女性に失礼な発言と憤慨したが、一面では彼の言葉も正しいのかもしれない。少なくとも自分が彼女にどれだけ惚れ込んでいるか分からせてあげなければ。  そう未だ熱の冷めやらぬ頭で決意したクリストはイザベラの腕を取り、 「行きます」 「あっ」  と口を寄せる。 『こいつらを叩き出したうえでこの部屋を構築した奴を血祭りにしたい』 「…私は、イザベラさんをお慕いしております。いや!貴女を、愛しております!」 「僕の貴女への思いが他の女性にも向けられらてるんじゃ、と思わせてしまったことをお詫びいたします。今後、ますます貴女への想いを行動で表すことをここに表明させていただきます」 「は、はい」 (やりましたよマーリン!これがわからせですね!)  心の中でフ◯ックサインを決めてくる腐れ縁にサムズアップで応えてからイザベラの方に意識を向けると、彼女は真っ赤になったまま立ち尽くしていた。どうやら脳がヒートアップを迎えてしまったようである。 「イザベラさん…?イザベラさーん!?」 (勇者冷却中…) **************** 「だ、大丈夫ですか?」 「う、うん、やっと落ち着いてきた。……9回目、これが私の、最後のキスだね」  そう言ってイザベラは暫しの逡巡のあと、クリストの耳へ優しく口を運んた。 『俺さぁ初めて見たんだよね。この部屋で自宅デート代わりに過ごすやつ』 「耳…これって、イザベラさん」 「うん………クリスト、私、クリストの子供が、ほ、ほ、欲しい。私、クリストのこ、子供がいつかほしい。また、家族を持ちたい」 「イザベラさん…」  そっと目を潤ませてそのままクリストに抱き着くイザベラに思わずクリストは理性を飛ばしかける。  否、彼の理性がもう少しでも脆いものであったら、完全に理性を吹き飛ばしてこの部屋は『セ○クスをしないと出られない部屋』と変わっていただろう。それほど彼女の言葉と行動の破壊力は凄まじかった。  だが、彼の聖騎士としての信仰心、道徳心と、今この場ですべきものではないという、彼の鋼の自制心を総動員して必死に内から暴れ出ようとする衝動を抑え込んでいた。  そう、まだ9回目、最後の一回は自分に託されているのだ。伝えるべき言葉も伝えないまま事に及ぼうなど、そのような自分本位な行為は許されるものではない。  それに、二人はまだ肉体関係は結んではいない。このような場所で初体験を迎えるなど、彼女のためにも決して認めることはできなかった。  そう自分に言い聞かし、必死に劣情を抑え込んだに成功したクリストは神に胸のうちで感謝の言葉を唱えると。イザベラの両肩にそっと手を置いた。  イザベラの方も最後の場所には予測はついてるのだろう。クリストの顔をしっかりと見たまま、彼の次の行動を待っているのだから。 「行きます。これが僕の最後のキスです」  そういうとクリストはイザベラの背中と頭に手を回し、ゆっくりと『唇』を重ねた。 「ちゅ…んっ、クリスト、ふぁ…んふ、ぅん…」  イザベラも瞳を瞑り、クリストの口内に舌を伸ばし、積極的に舌を絡ませながら、キスを続ける。 「ん、あむ、ふぁ……はあ……あっ…クリスト…」 「んっ、……んんっ……はぁ……はぁ……イザベラさん…」  そっと二人が唇を離すと、糸を引いた唾液がキラキラと輝いている。つぅっと二人の唇を繋いでいた糸が、やがて切れてしまっても、まだ二人の視線は途切れることはなかった。 『末永く爆発しやがれコノヤロー』 「……貴女を、愛してます。今はまだ、無理でも、もし魔王軍を倒し、世界が平和になった時は、僕の伴侶になってを僕の子を産んでもらえないでしょうか」 「ッ…はい!…はい!!」  嬉しそうな声と共に、イザベラがクリストに抱き着く。 「大好き!クリストッ!」 「イイザベラさ!?うぷっ!?」  その勢いのままクリストを押し倒すと、彼の唇に『11回目』の口づけを落とした。 『………11回目………だと………』 **************** 「あ、そうでした。出る前に検証結果について記しとかないといけませんね」 「あっ…うん、そうだね」 「……もしかして忘れてませんでした」 「ソ、ソンナコトナイヨ、クリスト」  たどたどしく否定する恋人の様子に苦笑しながらクリストはペンとインクを取り出すと、部屋の扉近くの壁に次のように書き記した。 【この部屋はキスをしないと出られない部屋である。もし、唇同士でのキスにどうしても抵抗感を感じた場合は、以下に記す部位でも開錠を確認できたのでぜひ参考にしてほしい】 【指、手の甲、手の平、首、鎖骨、足の甲、腰、腕、耳】 「ところでイザベラさん…」 「なに?クリスト」 「"10回キスしないと出られない部屋"の文字消してきました?」 「……あっそうだった」 「イザベラさん?どうして僕の腕を掴むんですか?なんで引き返してるんですか?イザベラさーん!!?」