[サブA] 鮎川 瑞 : 「───またのご来店をお待ちしております」
甘楽 長月が店を立ち去るのにあわせて。
つまり終業にあわせて、その背中に声がかけられた。

[サブA] 甘楽 長月 : 「──また?」聞き慣れない言葉を聴いたとでも言うように、長月は振り向いた

[サブA] 鮎川 瑞 : 「ええ。また」

[サブA] 甘楽 長月 : 「多分……次はないわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「いえ。またいらっしゃいます」

[サブA] 甘楽 長月 : 「随分と確信的な言葉使いだけど……どこに見出したのかしら、私の、どこに」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「だって」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「“自分とは違うもの”に囲まれるの、お嫌いではないでしょう?」

[サブA] 甘楽 長月 : 「…………そうね」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私、結構、あなたのこと好きよ、店員さん」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい。そうではないかと思いました」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「少しだけ。本当に………少しだけですが」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「似ています。あなたと、私は」

[サブA] 甘楽 長月 : 「好きな人を規範にしている。だったかしら」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私は、規範にはしていないけれど。彼のために活動してるから」

[サブA] 甘楽 長月 : 「似てると思うわ──少しだけ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい。あなたの言うとおりです」
手には何も帯びてはいない。店内で見せた、あらゆる人間性を擬制しなければ成り立たないような長大なライフルなど。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私も、あなたのことは嫌いではありません」

[サブA] 甘楽 長月 : 「友達になれたかも、しれないわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「………?いえ、その点では別に。今すぐにでもなれると思いますが」

[サブA] 甘楽 長月 : 「え……友達ってどうやってなるの……?」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「……………。………………………………………。………………………………………」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「今、あなたは大変哲学的な問いをしています」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「していますが、友人であるかどうかという点では容易い」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「暫定的に友人という点では、こうして言葉を交わしている時点でそうと言えます」

[サブA] 甘楽 長月 : 「あら……ふふ。嬉しいわ、それは」

[サブA] 鮎川 瑞 : 正直、どうでもよさそうだった。友人という意味合いすら理解しているといえなかった。
そういう意味では、この店員を務めていた女は、非常にFH寄りだった。

[サブA] 鮎川 瑞 : 其の上で口にした。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「別に。望まれていないならどうあろうと勝手ですし。友人であろうとなかろうと、大した違いはないのでは」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「なら、友人でも構いはしないでしょう」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……初めて出来たわ、友達」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「へえ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私も概念的な友人はたくさんいますが、そのように口にする友人は初めてです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……光栄ね、それは。でもちょっと、申し訳なくもあるわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「申し訳ない。」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私、長くは生きられないから」

[サブA] 甘楽 長月 : 「嫌じゃない?折角出来た友達が──すぐに死ぬの」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私、嫌だわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「悪いことではないじゃありませんか」
それに対して。店の終業と同時に長月の帰宅を見送りに来た女は。

[サブA] 甘楽 長月 : 「どこが」

[サブA] 鮎川 瑞 : そう、言った。
「レネゲイドへ互いに溶けるんです。同じものの中へ」
この女は。始まりの時点で。人間とは間違えていた。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「それに不幸なんてないでしょう」
最初から、人間ではなく。レネゲイドの傍に依っていた。

[サブA] 甘楽 長月 : 「不幸かどうかは、どうでもいいわ。正直」

[サブA] 鮎川 瑞 : レネゲイド寄りにあった女が、
「でも、そうですね」
そうではない要素に依って。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「一緒に言葉を交わせて、思いを通じあえていたのに」
正反対のことを言った。
「好きだったんです。その人のこと。なのに死んでしまった」

[サブA] 甘楽 長月 : 「いけずな人ね」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「でしょう」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「分かってもらえますか。憧れだったんです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……分かるわ。焦がれる気持ちは、同じね」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「人を喪うのは悪いことではないと。互いにレネゲイドへ溶けるだけのことだと、そう思っていたんです」

[サブA] 鮎川 瑞 : 最初から違えていた。
違えていただけれど、違えていたことに気づいてしまった。

[サブA] 甘楽 長月 : 「悪いことではなくても──嫌なことはあるわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい」

[サブA] 甘楽 長月 : 「逆も然りよね。嫌なことじゃないから、悪くないなんて、思わなくていい」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい。………わかります」

[サブA] 甘楽 長月 : 「好きな人が亡くなったら……悲しいわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「悲しかったです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「辛かったでしょう」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい」
仏頂面で。それ以外の表情を自分に許していないという顔で。こくりと頷く。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あなたもですね」

[サブA] 甘楽 長月 : 「ふふ、そうね。最も、私は悲しませる方だけど」

[サブA] 甘楽 長月 : 「ねえ?私の友達」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私が死んだら──あなたは私のために、泣いてくれるのかしら」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あなたには無理です」

[サブA] 甘楽 長月 : 「なら、あなたの好きな人のためには、泣いてあげられる?」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「もういない人のためにはそうはできません」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「でも」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「だって、あなたは悲しませたくない人にこれ以上悲しませたくない人でしょう」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……」鳩が、豆鉄砲を喰らったような。虚を突かれたと、そんな表情をして

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私には、いません」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「もう、いないんですよ」

[サブA] 鮎川 瑞 : ずっと仏頂面で、無感情で、何一つとして痛痒に感じていないような店員だったが。

[サブA] 鮎川 瑞 : その一瞬だけ、まるで泣きそうな顔をした。

[サブA] 甘楽 長月 : 「……………………」彼女の、というだけではなくて。その表情は、長月の人生の中で、初めて、見るものだった

[サブA] 甘楽 長月 : 「作れば……いいじゃない。決まりなんて、ないわ。たった一人でなければならないなんて」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私は、あの人に笑ってほしくて、認めてほしくて、右腕になりたかったんです」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あの人じゃなきゃ、ダメだったんです」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「分かるでしょう」

[サブA] 甘楽 長月 : 「分かるわ」

[サブA] 甘楽 長月 : 「痛いほどに」

[サブA] 甘楽 長月 : 「でも」

[サブA] 鮎川 瑞 : 深夜の真っ暗闇。街灯だけがおぼろげに互いの間を照らす中。
UGNとFH。互いに全く違う立場の間柄ながら、私たちは。

[サブA] 甘楽 長月 : 「でも!私を友達と認めたのは……あなたよ。瑞」

[サブA] 甘楽 長月 : 「好きな人としてでなく愛する唯一人の人としてでなく」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私は瑞の友達として……あなたが死んだら悲しいし、泣くわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「…………………………………」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「名を聞かせてください。私は鮎川、瑞」

[サブA] 甘楽 長月 : 「甘楽長月」

[サブA] 甘楽 長月 : 「短命の──長月」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「長月。私は本当に、人間としての命なんてどうでもいいんです」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「レネゲイドとしての存在こそが私の本体。人間としての肉の器なんて、仮初のものに過ぎない」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「でも。それは嫌だ、それは悲しいと、そう言う人たちがいます。それは私がかつて恋した人であり、そしてあなたである」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あなたが私の友人を名乗るのであれば、その生命の短さを私にください」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私が短くあることを悲しむ人々のために、あなたをください」

[サブA] 甘楽 長月 : 「…………」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私、きっと選ばれることはないわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「知っています」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私の、好きな人に」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「分かってます。だってあなた、性格悪そうですから」

[サブA] 甘楽 長月 : 「でも、まだ、諦められないの。愛して欲しいの」

[サブA] 甘楽 長月 : 「愛し合いたいの」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「いいじゃないですか。だって生きてるんでしょうその人」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「死んでないなら、チャンスはありますよ」

[サブA] 甘楽 長月 : 「…………引き際を、作らないといけないと、思ってたの」

[サブA] 甘楽 長月 : 「ただ諦めるだけなんて癪だから、引っ掻きまわして、あの本心を曝け出そうとしないあの人の本心を暴いて」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「馬鹿じゃないですか」

[サブA] 甘楽 長月 : 「あなたの友達はそういう人間なの」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「なら、友人として忠告しますが」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「好きなら好きと言うべきです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「それに、満足したら、私をあなたにあげるわ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「好きなのに伝えられなかった時は遅いんですから」

[サブA] 甘楽 長月 : 「伝えてるのに冗談として流すいけずな人なの」

[サブA] 甘楽 長月 : 「毎日顔を合わせるたびに愛を囁いてるのに、私」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「最悪ですね。追い詰めるべきです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「でしょ?だから思うままに引っ搔き回そうと思ってるの」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「諦めず毎日口にすることで言質が取れると思います」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……私の方が、見切りをつけるかもね。多分、私は瑞ほど、一途じゃないから」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「嘘ですね」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あなた、一度好きになった相手のことを捨てられないという顔をしています」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「自分が相当に面倒くさいことを自覚されては?」

[サブA] 鮎川 瑞 : 『私もそのつもりだったんですが。相手が死んでしまってはどうしようもなく」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……分かってるもん」

[サブA] 甘楽 長月 : 「でもね、私、あなたのこともかなり好きだから。友達として」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「…………。困りますね」

[サブA] 鮎川 瑞 : 店員の、エプロン姿のまま、店の外に出てきて深く思い悩む。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「十中八九、あなたがFHのエージェントのひとりであろうという目算は立ててるんですが」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「光の銃を展開して撃ち抜こうという気持ちが沸かなくて」

[サブA] 甘楽 長月 : 「……それは、あなたも私のことが好きってことよ、きっと。友達としてね」

[サブA] 甘楽 長月 : 「というか──そうでなければ友人であってもいいなんて、言わないでしょ。敵性存在に」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「かもしれません。あの、でしたら気が変わらないうちに立ち去ってもらえますか」

[サブA] 甘楽 長月 : 「嫌よ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「…」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私の命を、私をくれと言ったのは誰?」

[サブA] 甘楽 長月 : 「あげる。構わないわ。今、これからも、あなたが、友達として私を殺すなら」

[サブA] 甘楽 長月 : 「殺されてあげる」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「………………」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「いいですね」

[サブA] 鮎川 瑞 : がしゅん、と音がした。
レネゲイドの力が一点に集る音。白い光が一点に集る音。

[サブA] 甘楽 長月 : ただ、瑞を見つめる。身動き一つ取らず、抵抗のそぶりを見せず

[サブA] 鮎川 瑞 : 長大なライフルを展開しながら───銃口を向けることは、ついぞなかった。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「あの」

[サブA] 甘楽 長月 : 「なに」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私、あなたみたいな人好きみたいです」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「FHだったとしても、好きみたいです」

[サブA] 甘楽 長月 : 「私も、あなたみたいな人、好きよ」

[サブA] 甘楽 長月 : 「UGNだったとしても、好き」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「いつか、互いに銃口を向け合うことがあれば躊躇いなく向け合いましょう」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「銃口の向く先を共にすることがあるなら、躊躇いなく向け合いましょう」

[サブA] 甘楽 長月 : 「生きるも死ぬも──ともに悲しみましょう」

[サブA] 甘楽 長月 : 「そして、楽しみましょう」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「………………………」

[サブA] 鮎川 瑞 : 本当に、珍しく、ありえないことに───刹那の間、微笑んだ。

[サブA] 鮎川 瑞 : 「また、会えますね」

[サブA] 甘楽 長月 : 「必ず」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「はい」

[サブA] 甘楽 長月 : 「死なないでね。私も、死なないから」

[サブA] 甘楽 長月 : 「先に死なれたら、化けて出ちゃう」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「私も死にません。死なない理由より、死ねない理由が重なりすぎました」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「互いに死なずに再会したら、その時は」

[サブA] 甘楽 長月 : 「ずっと──一緒にいましょう。友達として」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「───ふ」

[サブA] 鮎川 瑞 : 立ち去った。任務だからだ。一晩中開けていた酒場を畳まねばならない。

[サブA] 甘楽 長月 : 「ふああああ……」あくび。大きく。普段ならそろそろ起床時間というほどには起きてしまったし──仕事の後ということを考えても、長居しすぎだ

[サブA] 甘楽 長月 : 「罪な人ね」それほどまでに、魅せられてしまったということでもある

[サブA] 鮎川 瑞 : どっちがだ。

[サブA] 甘楽 長月 : 「いやね、イマジナリーベストフレンドが脳内ツッコミをしてきたわ。はやく帰って寝ないと」

[サブA] 鮎川 瑞 : 「───ああ、なら仕方ないですね。おやすみなさい」

[サブA] 甘楽 長月 : バーに背を向けて、今度こそ帰路に着く。また、会うために「ええ、おやすみなさい」