「よし……デッキはこんなもんかな。ごめんねみんな、付き合ってもらっちゃって」  アリーナの一角・TCGコーナー。  いわゆる「デジカ勢」の溜まり場であるそこで、三尋木早織は交流のあるプレイヤーたちに協力を要請しデッキの調整を行っていた。  赤青オメガモンアグロ。  アグモン・ガブモンを起点としたデジモンの多数展開を主軸にしつつ、隙を見てオメガモン(Ace)を降臨させるという攻撃型デッキ。  時にはパックを剥き、時には友人と交換し、時にはブロッサモンからカードをシングル買いしながら作り上げたそのデッキは、初心者が組んだ割にはなかなかの仕上がりを見せていた。 「……しかし、そのデッキ。誰と戦うんだ?」 「あー、うーん、なんていうか……宿敵?」 「……宿敵との戦い、ですか。大丈夫なんですか?」 「だいじょーぶだいじょーぶ。アタシ本番には強いほうだからさ!」  誤魔化すように笑いながらそう言う早織を見て、彼女のデッキ構築に付き合っていた3人は三者三様に苦笑した。 「そう笑えることならいいんですけど」 「まぁ、実際最近のあんたはプレミも少ないし、根拠の全くない自信ってわけでもないか……」 「プレイヤーとしては根拠のない自信に満ちているくらいがちょうどいいしな」 「あはは。それに、負けても命を取られる……ってわけでもないだろうから」  組み上がったデッキを一枚一枚スリーブに差し込みながら、早織はもう一度笑った。  笑わないと、正直やってられそうに無かった。  ──そのデジモンの目撃報告は、デッキが組み上がってからそう立たないうちに再び舞い込んできた。  青と黄色の鎧で固めた、四足に二腕の獅子の顔をしたデジモン。 「……」  識の使徒でも……否、あの全てを観測しているように見えるエンシェントモニタモンにも、観測できないものはある。視認できないものは、ある。  圏外だったり、時空の狭間だったり、時間……時系列の外だったり、その理由は様々だ。  そういうものの調査はスプシモンやエンシェントモニタモンがあまり頼りにならないため、どうにか足で稼ぐ羽目になる。  だが、今のアタシにある戦力はカードゲーム初心者のアタシと、このちょっとだらしないグレイモンとガルルモンだけ。  そういうわけで、このアリーナのオーナー……Kちゃんに頼んで、調査の手伝いをしてもらっていた。  アタシのかつての相棒、スパーダモンらしきその武器デジモンについて。  そのデジモンの名前はハルパーモンと言った。  湾曲した大きな鎌に似た剣と、どこか禍々しささえある槍を携えたそのデジモンにはやはりあの子の面影があった。  ほんの数秒の戦闘映像で、顔さえまともに見えない。ただわかったのは、目の前にいた究極体のデジモンを圧倒していたことくらい。  さらにいうと、Kちゃんの調査報告によるとあちこちでデジモンを狩ってはダークネスローダーにセーブしているらしい。  一体、誰に請われて何をしているのやら。 「……」  とにかく、あの映像はあの子だ──アタシの相棒のスパーダモンだ。根拠なんてないけど、確信していた。  場所はアリーナからずっと北、ちょっとした雪原。  映像記録では吹雪に塗れていて地理もあまりよくわからなかったが、この辺りなのは間違いないらしい。 「……」  顔を上げる。彼はどうやら、ここでデジモンを狩り続けているようだ。  なんのためにかなんて知りやしないが、どうせ碌でもない用途だろう。 「いただけませんなぁ。人のクロスローダー勝手に持ってった挙句に、悪用するなんて」  アタシの声に、風景に溶け込んでいた白い鬣が翻った。  間違いない。映像で見たのと全く同じ獅子のような顔をしたデジモンが、そこにはいた。 「……迎えにきたよ、スパーダモン。生きていてくれてよかっ──」  鎌を引こうとした動きに、姿勢を低くしてそれを躱す。長いことやってなかったからだろうか、躱すのが精一杯とはアタシの体術も衰えたものだ。 「──ユニークエンブレム、起動!!」  後ずさるように一歩引き、D-STORAGEのスイッチをタップする。アタシを守るようにグレイモンとガルルモンが並び立つ。 「いきなりご挨拶だな、サオリ。オマエの昔のパートナーってのはあいさつもなしに首を狙うようなヤツなのか?」  グレイモンが挑発するようにそう笑うと、目の前の獅子の眉間に深く皺が刻まれた。  何か気の利いたことを言おうと、アタシが口を開こうとした瞬間、それは再びアタシに襲いかかってきた。 「セキュリティシールド展開!!」  パリン、と音を立ててセキュリティが一枚消え、セキュリティからオープンされたカードが場に舞い落ちた。シールドに弾かれた感覚があったのだろう、そのデジモンも武器を引く。危なかった。……会話も待たずに切り掛かってくるとか、さては何か面倒なことになっているな? 「優先排除対象……」 「あー、そういう感じかぁ……」  こりゃ説得は通じそうにない。力づくでやるしかないというなら、それに乗ってやる。  こっちだって仕上げてきてるんだから、それなりに自信はあるんだよ? 「……メモリーゲージ起動!」  遭遇<エンカウント>  シチュエーションバトル  TAMER【三尋木早織】  VS  DIGIMON【ハルパーモン】 「──さぁ行くよ、グレっち、ガルっち! バトル開始だ!」 「オウ、任せろ早織!」 「やるぞ!」  アタシのD-STORAGEは、デジモンと戦う時はいつもの対戦とは違う形式になる。  通常やるはずの戦闘にカードの処理を絡める形になるので、どうもこんなふうに中途半端なルールになるらしい。  こちらの敗北条件は通常通り、セキュリティ5枚を破壊され、アタシ自身への攻撃を許したとき。勝利条件は……正直、よくわからない。向こうが耐えきれなくなるくらい攻撃できれば大体は勝てる。  他にも相手は使いたい時に必要な手札があることにできるとか、最初から場にデジモンがいるとか色々あるけど、その辺はどうでもいいので割愛。  というわけでまずは状況確認から。  便宜上見える相手の場には白、Lv6、DP7000の『ハルパーモン』が一体。進化元はひいふうみい、5枚に、……なんだがよく見えないカードが1枚。テイマーカードだろうか?  アタシの場には進化元を持たないグレイモンとガルルモン、そして先ほど破られたセキュリティから出てきたテイマーカード「三尋木早織」。  三尋木早織 テイマー 赤/青  自分のターン開始時 メモリーが2以下の時、3にする。  登場時・自分のメインフェイズ開始時 次の相手のターン終了まで、名称に「グレイモン」か「ガルルモン」を含む自分のデジモン1体をDP+1000し、[ブロッカー]を得る。  セキュリティ このカードをコストを支払わずに登場させる。  ……リベレイター組が「自分の名前のテイマーカードを持っているのは普通のことだ」と言っていたけど、未だに慣れないねこれ。 「とりあえずグレッちは守りよろしく! んで……」 「任せろ!」  グレイモン DP5000→6000 [ブロッカー]  さて、カードを1枚引いてメモリーゲージに目をやると、メモリーはアタシの方に3あった。仕組み上手番のサーブによるものだろう、ありがたく使わせてもらう。 「ガルっち、進化行くよ! ワーガルルモン!」 「オウ!」  メモリー3→0  ワーガルルモン Lv5 青 ワクチン種 DP6000  アタック時 ターンに1回 このデジモンの進化元に「ガルルモン」があるなら、このデジモンをアクティブにする。  進化元効果 自分のターン 自分の手札が8枚以上の間、このデジモンはセキュリティアタック+1を得る。  相手はDP7000、Lv6の中では控えめだがかなり強力なデジモンだ。戦うためにはまず同等の力を持つデジモンを場に出すか、あるいは力を同等にする必要がある。  要はシンプルな話で、相手のステータスを下げるか、こちらを上げるか、だ。 「……」  手元にオプションカードはない。このまま攻撃しても無意味だろう。残念ながら出しやすいカードもない。  メモリー 0→-3 「ふーっ、仕方な……っうお!?」 「サオリ! 大丈夫か!?」 「痛ちち……! 平気平気! それよりか、」 「追撃が来る!」 「グレっち!」 「うおお!」  一瞬の出来事すぎて指示をし損ねるところだった。起きたのは、こうだ。ハルパーモンの持っているダークネスローダー(カードのルールに則るのであれば、あれを「デッキ」あるいは「手札」と扱うべきだろう)からリボルモンが飛び出した。  メモリー -3→0→3  このリボルモンに、ハルパーモンかあのテイマーカードのどちらかが効果で速攻を付与、そしてアタシに初手で攻撃してきた。この攻撃でセキュリティシールドが1枚砕けると同時にハルパーモンがアタシに攻撃を仕掛けたところで、ギリグレっちに守ってもらえたってワケだ。  セキュリティから落ちたのは……  八神太一&石田ヤマト 赤/青  お互いのターン 自分のデジモンが登場/進化したとき、このテイマーをレストさせることで、名称に「グレイモン」を含む自分のデジモンがいるなら、メモリー+1。名称に「ガルルモン」を含む自分のデジモンがいるなら、メモリー+1。  自分のターン終了時 ターンに1回 名称に「オメガモン」を含む自分のデジモン1体でプレイヤーにアタックできる。  セキュリティ このカードをコストを支払わずに登場させる。 (…‥使えるかも)  置くだけ置いとくに越したことはない。よろしく、アタシの憧れ。 「へっ、一筋縄じゃいかねぇな……!」 「ま、なんとかなるなる! 行くよ!」  隙ができたところでドローする、これができなきゃ正直バトルはやっていられない。何となくここでこっちに手番きたな、という判断をつけなければ戦いにさえならない。 「来た! グレ……アグっち! ガルっち! 進化行くよっ!」 「おう! ワーガルルモン、進化──」 「アグモン、ワープ進化──」  前のターンに育成エリアに転がしておいたアグモンを前に押し出しつつ、ワーガルルモンをメタルガルルモンに進化させる。  そして──  メモリー 2→-1  メタルガルルモン Lv6 青 データ種 DP11000  このカードが登場する時、名称に「石田ヤマト」を含む自分のテイマーがいるなら、支払う登場コスト-3。  登場時・進化時 以下の効果の中から1つを発揮する。  ・相手のターン終了まで、相手のデジモン/テイマー1体はレストできない。  ・自分の「アグモン」1体を手札の「ウォーグレイモン」に進化条件を無視してコストを支払わずに進化できる。  当然、選ぶのは後者の効果だ。 「──メタルガルルモンッ!」  ウォーグレイモン Lv6 赤 ワクチン種 DP11000  このカードが登場する時、名称に「八神太一」を含む自分のテイマーがいるなら、支払う登場コスト-3。  登場時・進化時 以下の効果の中から1つを発揮する。  ・DP8000以下の相手のデジモン一帯を消滅させる。  ・自分の「ガブモン」1体を手札の「メタルガルルモン」に進化条件を無視してコストを支払わずに進化できる。 「──ウォーグレイモン!」 「早速よろしくグレっちぃ!」 「任せろ!」  そして当然、ウォーグレイモンの進化時効果も即座に発動させる!  経験上。  頭目らしきデジモンを倒すことができれば、この試合はアタシの勝ちのはずだ。狙うは当然── 「ターゲット、セット! ハルパーモン!」 「……ガイアフォースッ!」  速攻のコンボで進化した2体に怯むハルパーモンを、巨大すぎる火球が襲う。容赦なく敵を焼き尽くし、その身を焦がす業火の鉄槌が── 「な!? サオリ! あいつ、ガイアフォースを耐えやがった!」 「やっぱ除去耐性あるよねぇ! 引いてグレっちデカいのが来る!」  言うが早いか、ハルパーモンは既にアタシの眼前に迫っていた。禍々しい闇を纏う槍が、すんでのところでセキュリティに阻まれる。 「……っ、」  そして。 「貴様ァ……ッ!!」  セキュリティから姿を現した騎士の影が、その一撃を切り払う。ハルパーモンの鎧に亀裂が走った。 (……通った!?)  ハルパーモンが消滅する兆しはないが、今の攻撃は間違いなく通った。  ハルパーモンは舌打ちをしながら後ずさる。その手は何かをまさぐるように虚空を切ったかと思うと、リボルモンを掴んで引き込んだ。 (今自力で自分の下にデジモンを一体投げ込んだ……?)  カードの処理がそうなっているだけで、おそらく実際にやっていることは強制デジクロスとかそんなんだろう。とにかく、ハルパーモンはリボルモンを武器に変化させ肩に担いだ。 「サオリ!」 「おっといけない!」  メモリー-1→3  カードを一枚引く。……アグモン?  アグモン Lv3 赤 ワクチン種 DP1000  自分のメインフェイズ開始時 名称に「八神太一」を含む自分のタイマーがいるなら、自分のトラッシュから、名称に「ガルルモン」/「グレイモン」/「オメガモン」を含むカード1枚を手札に戻す。  ……これだ!  ブロッカーはガルっちに指定。さて、あとは検証のお時間といきましょうか。 「グレッちは反撃行くよ!」 「「応!」」  ウォーグレイモンのドラモンキラーがハルパーモンに襲いかかる。ハルパーモンの鎧が砕け落ち、膝をつく。が、ハルパーモンは消滅しない……あれはつまり、自分にデジクロスしているデジモンをパージすることで消滅を免れているのか。 「ってなると……」  1.まとめて進化元を砕き切れるぐらい叩く。  2.進化元を分解する効果や強制除去で退場させる。  2は無理だ。進化元ごと分解……自体はできなくもないけど、向こうにハルパーモンと同レベルのデジモンが要る。  1は……わからない。そんなに大量にデジモンを展開できるデッキじゃない。けど、4手までは確実に打てる手がある。 (……このアグモンがいれば、できる。賭けてみようか)  メモリー 3→0→-3  アグモンを場に出し、処理上のターンを終える。 「ほら、まだ立てるんでしょ? かかってきな、よ──っとぉ!」  振り翳された槍が、ガルっちに防がれる。このターンさえ耐えれば、きっと決着のはずだ。  カードを1枚引く。でも、このカードがなんでも関係ない。  メモリー -3→3 「……悪いけどね、ハルパーモン? 運命の女神は、もうアタシに微笑んでんだ」 「何ッ!?」 「──グレッち! ガルッち! 総攻撃!」 「……ブレイブトルネード!」 「ガルルトマホーク!」  防ぐ間も無く畳み掛ける。息をつかせる隙なんて与えない。白いそのカードを天に掲げ、叫ぶ。 「サオリ!」 「やるんだな!?」  アグモンの効果でトラッシュから拾った、そのカード。 「ウォーグレイモンとメタルガルルモンの2体で、ジョグレス!」  グレっちとガルっちが、赤と青の眩い輝きとなって混じり合う。螺旋を描く輝きは、やがて極光となって── 「龍にして獣、原初にして極点! 今ここに再臨せよ! 白亜の騎士、オメガモン!」  龍と獣の頭を模した腕。  高貴にはためく外套。  無垢な輝きを放つ白亜の鎧。 「──Ace!」  それは、場に現れると同時に獣を模した腕をゆっくりと構える。その顎が開く。銃口が露出する。  オメガモン Lv7 白 ワクチン種 DP15000  突進 ブロッカー  登場時 進化時 ジョグレス進化していたなら、相手のデジモン1体を選び、選んだデジモンと同じLvの相手のデジモン全てをデッキの下に戻す。その後、相手のデジモン1体を消滅させる。  オメガモンAceは進化した時、相手のデジモンを一体消滅させられる効果を持つ。 「行って、オメガモン!」  当然、指定するのはハルパーモンだ。冷気を纏う銃口がハルパーモンを捉え、そして、轟音と共に放たれた。  地面が揺れる。積もる雪さえ消し飛び、その下に埋もれた大地が凍てつく。抵抗する気さえ失せるような強力無比な一撃。 「ぐうッ……!!」  白銀の獅子が、ついに膝をついた。その手からカランと音を立ててダークネスローダーが滑り落ちる。 「耐えるか。だが、まだだ」  ハルパーモンは既に鎧も武器もズタボロだ。恐らく、耐えられるのは高く見積もってもあと一撃がいいところだろう。 「あいつ倒して、スパーダモン引き摺り出すよ!」 「──承った」  アタシの言葉に応じるように龍頭の顎が開く。玲瓏たる刃が振り翳され、それがスパーダモンに振り下ろされかけた瞬間── 「これは参ったわね」  その刃を、いつの間にか現れたデジモンが食い止めていた。 「!?」 (あのテイマーカードの……そうか、スピリットエボリューション……!)  成程、こっちに除去耐性があった、というわけだ。効果が読めないことが悔やまれる。 「この子にはまだ仕事があるから、倒されたら困るのよね。困っちゃうから……ええ、そうね。今日のところは、勝負はお預けにさせてもらおうかしら?」 「そのようなことが許されると……何!?」 「あなたたちの使ってるデバイスは解析済み。だから、こんなこともできちゃうのです」 「あ!? ユニークエンブレムが……!」  ──バトルの強制終了!? 「じゃあ、またね? ミヒロギサオリさん」  しゅう、と煙が立つ。眩しい光が放たれて。そのあとには、オメガモンも、ハルパーモンも、あのデジモンも……もう何もいなくなっていた。 「……これは」  そして、その後にはまるでご褒美だとでも言わんばかりに残されたものが、ひとつあった。 「アタシの……」  アタシの、クロスローダーだ。  * 「……い。おーい、大丈夫?」  なんだ? 何も見えない……。違う。これは、目を閉じているのか。 「ねえって、聞こえてる? オメガモン! っていうか、キミ、本当にオメガモンだよね?」  うん? 「サオリ、何を……」  言われながら体を捩って、気付く。手足の感覚が今までと全く違う。  目をそっと見開く。  グレイモンでもない、ガルルモンでもない。オメガモンに確かに近いが、だが、これは…… 「……は?」  私は、どうやら人間の姿になっていたようだった。