早川家にだってクーラーはある。  『エアコン』じゃなくて『クーラー』なんだよなぁ…冷たい風しか出ないヤツ。  しかし、そのありがたい存在はリビングにしかそれは鎮座してないんだよ。季節は7月を迎えようとしている。  暑い!暑いんだよ!デンジとパワーの寝室はまさに釜茹地獄であった。  『てんきよほーのおねえさん』が最低気温27度って言ってたぞ!最低気温?!昼の気温だろ!どう考えても!  扇風機の風量は「強」のボタンがしっかりと凹んでいる。扇風機のモーターは唸りを上げている。しかし、生ぬるい風しかデンジの身体を通り抜けない! 「涼しくねぇ!」デンジ、絶叫するのもダルいのかボツりと呟く。  気持ちばかりと吊るしてみた風鈴が「リンリン」と時折、吹き抜ける風と共に音を鳴らす。 ―――意味ねぇ!涼しくねぇ!    隣ではパワーがグーグー寝息を立てて寝てやがる!よく寝ていられるな!  時刻は午後3時半をさしていた。まだ真っ昼間だった。昼寝だ!なんでこのクソ熱い中昼寝をしないとけないのか?  それは「授業」があるからだ、とデンジは語る。  信じられねぇだろ?俺とパワー。いま、学校に通っているんだぜ?夜中の学校!オレたちの為の学校があるんだよ! ※  3月某日、公安退魔課。デスクにて。 「デンジくん、学校行きたくない?」  『そうてんのへきれき』って言葉。こういう時に使うのか?何もやる事がない内勤中にちょっと辞書で調べたけど『霹靂』って読めねぇよ!  マキマさんの一言に、デンジは唖然とするしかなかった。 「俺みてぇな奴でも行けるんですか?学校?」  当然のギモンだった。俺、学校なんて行った事ねぇよ… 「学校?バカが行く所だ」    そうオヤジがしきりに言っていたのを思い出す。 「いけるよ、義務教育は文字通り日本国民の『義務』だからね、学校にいかない事は罪なんだよ?」 「罪ッスか!?」 「まぁ罪だね。デンジくん自身に罰則はないけど。義務だから」 「でも俺、『国民』って奴なんですか?いっちゃアレですけど俺も一応悪魔ですよ?」 「デンジくん。キミには、ちゃんと『戸籍』があるの知ってる?」 「『こせき』ってなんすか?」 「犬の登録番号みたいなものだよ。犬は保健所に登録しないと飼えないんだ。私も犬を飼っているけど、ちゃんと登録しているよ」 「いぬぅ…」デンジは犬扱いされている事に不服はなかった。今はマキマさんの犬だからだ。それで満足していた。マキマさんの為に働けるなら本望であった。だっておっぱい揉ませてくれるんだぜ!最高の女の人だ! 「それの人間に当てはめたようなものだね。そうだね、犬みたいなものだね。いま、この日本にデンジくんという存在がいるって事の証しなんだよ。ねぇ『駆動電次』くん」 ―――本名じゃん。    デンジは久しく忘れていた本名と対峙し、激突する。親を殺してから、ポチタと暮らし初めてから、ずっと蜜蝋で封をしていた自分の本当の名前が、マキマさんにより呼び戻されている。  債務者「駆動☓☓」。オヤジの名前だ、その「駆動」という名字がデンジを借金という枷として重くのしかかっていた。  デンジは「駆動」という漢字を書けない。「電次」は拙いがギリギリ書くことができる。しかし、もう捨てた名前だ。だから公安でも本名はいつも「デンジ」で通していた。 「知ってたんスね」 「当たり前だよ、同じ職場の『仲間』でしょ私たち、部下の名前くらい知らないと」    マキマさんから『仲間』と言う不自然は言葉が出てきた。彼女から出てくる言葉は『犬』と『飼い主』そして、それを結ぶ『鎖』その3つの言葉でしか自分たち悪魔や部下の存在を表さないとデンジは思っていた。 「まぁ名前の話はいいよ、キミは悪魔だけど人間でもあるんだよデンジくん。だから学校に通ってもいいの。義務教育は小学校から中学校までだけどね?」 「じゃあ俺ランドセル背負うんですか?!」 「キミ位の背丈の子が小学校にいたらちょっと変だと思わない?」 「変…です」デンジは素直だった。 「だからデンジくんはこれから中学校に通います」 「いきなり中学行っていいんですか!?俺文字もロクに書けないですよ!?」  中学校、デンジには漠然とした想像図しかなかった。なんか白いシャツと黒いズボン履いてるガキんちょで…いつもゲラゲラ笑いながら狭い道を横並びに歩いているバカなガキ共。  義務教育に関して曖昧な知識しかない故のデララメなポンチ画がデンジの頭の中を巡る。でも制服を着てる女子ってかわいいのいるよな!ブスもいるけど…時々かわいい女の子がいたりするとチラッとつい見ちゃうもんな…そんな俺の様子を見ているとパワーが「おっ!?デンジぃ!交尾!?交尾か?」って煽ってくるのな!『交尾』と『かわいい』は違うんだよパワー!って説明するんだけど  デンジの思惑は、目標を見失い迷走していた。 「いいよ。デンジくん、キミはこれから◯◯区立☓☓夜間中学校に通います」 「そう…そうですか…わかりました」 「こくごにさんすう、りかにしゃかい。それにえいごもあるからね、頑張ってねデンジくん」 ―――それから俺は、夜間学校に通う事になった。 ※  暑さでまったく眠れない。惰眠にすらなならない昼寝から身体を起こす。ニャーコがこちらを見ている。おはようニャーコ…なんか物欲しそうな顔でこっちを見るニャーコ。 「ああ水ね!ごめんなニャーコ」 キッチンへ行き、いつもの盆に水をナミナミと注ぐ。三角コーンから腐敗臭がする!オレもコップを手に取り水を一杯飲む。水道水がぬるいっ!  俺の事はいいんだ。ニャーコだニャーコ。ニャーコの前に盆を置くとゴクゴクとは言わないがペチョペチョと勢い良く舐め始めた。 「暑いよなニャーコ。俺もツラいぜ」ニャーコも夏の暑さにヤラれているらしい。  ニャーコと同じ様に俺もペチョペチョではなく、ゴクゴクと飲んだ。三杯は飲んだ。  冷蔵庫は空だった。アキのビールが鎮座してるけど、酒は苦手だ。そもそも未成年じゃん俺?こんな事なら、麦茶くらい作っておけばよかったと軽く後悔する。 「パワ子起きろ、学校行くぞ」デンジ、隣でグーグー寝息を立てているパワーを揺り起こす。 「うう…ん」 「おきろパワ子、今日は学校で飯食う日だから夕食にありつけないぞ!」 「メシ…飯…ワシ…おきる!おきるんじゃー!!!」  パワーは元気に立ち上がった。汗でグッショグショに濡れたキャミソールが身体に張り付いている…なんかエロい。  俺の俺自身が反応してしまう。ごめんなポチタ…こんなしょうもない事で反応するチェーンソーで。 ―――いつからだろう、パワーの事をエロく見える。そういう感情で観察するようになったのは?一緒に風呂入った時からかなぁ…一緒に寝るようになった時からかなぁ…知りたくないな…知りたくなかったなぁ。  トイレでニセチチを揉まされた時は1粍(ミリ)もエロくなかったんだけど。最近のパワーなんかエロい!困ったもんだ。 「起きたなパワ子、とりあえず水を飲め、なんか水を飲まないと「にっしゃびょう」で死ぬってアキが行ってたぞ! 「ワシはデンジの血が飲みたい!!!!」パワー、寝起きから元気である。  デンジ、しばらく考える。まぁいいか!学校でメシ食えるから多少血を呉(く)れてやっても釣りが合う!なんせ学校のメシは「おかわり」できるからな!食缶にメシが余ればの話だけど! 「わかった、吸わせてやるよ。風呂場でな。シャワー浴びてから『学校』行くぞ」 「やったー!デンジ大好きじゃー!ワシのじゃ!ワシのもんじゃ!」 「わかったから!さっさと脱げ!洗濯機を回してから学校いかねぇとアキが怒るんだよ!」 「こんな布キレ!ワシには必要ないわ!ポイッ!ポイじゃ」  脱ぎ捨てるかのごとくパワーは服を脱ぎ捨ている…脱ぎ捨てているわ!  俺は着替えをいそいそと用意してパワーと手を繋いで脱衣場へ向かう。おてて繋いでお風呂に入るなんて新婚さんかよ…まぁいいか!よろしくなぁ!  汗でグズグズになった衣類を洗濯機にぶち込み、棚からバスタオルを2枚ほど所望して。風呂へ向かう。  アキん家の風呂はでけぇ!俺とパワ子がすっぽり入ってオツリが出るくらいだからな!  冷水シャワーを浴びる。 「きもちええんじゃーーーーー!!!!!」  パワーの絶叫が風呂場に響く。しばらく俺も冷水の雨に身を預ける。  涼しい、これほどまでに「涼しい」事が快楽を伴うとは思ってもみなかった「かいらく」って言葉はエロ本で知った。気持ちいい事らしい。 「よっしゃパワ子!身体洗うぞ」 「おう!ばっちこいじゃ!」  ナイロン製の洗いタオルにボディソープで泡を立て、パワーを隅々まで洗ってやる。首から足の先までくまなく洗い倒すのだ…もちろんアソコもだ。  ケツを洗う前にケツの割れ目にシャワーをかける。吹き残しの紙が排水溝にボソボソ落ちてくる。念には念だ。  そして、アンドロメダ。女のアソコを洗う。  デンジは悪魔である以前に『男』であるから男根があった、陰嚢もあった。『性器』が存在するのだ。故にそれの洗い具合は周知していた。ある程度力を入れると痛いという事を知っていた。  しかし、パワーのアソコ。アンドロメダはどれくらい擦ったらいいのかよくわかってなかった。―――最初だけは。 「パワ子、あそこ洗うぞ!」「おう!有り難く洗え!光栄に思うんじゃ!」 表面をタオルで洗った後、手で優しく陰唇の内部を洗う。ここはデリケートらしくて、ゴシゴシすると「痛いんじゃー!」と泣く。だから手で優しくあらう。なんかカスが出てくる。それを取ると石鹸の香りがするきれいなアンドロメダが完成する。 「どうじゃ?ワシのアソコ?最高じゃろ!」 「ああ、最高だぜ。次はケツだぜ」「ばっちこいじゃ!」 ケツはゴシゴシ洗ってもいいらしい。ゴシゴシ洗う。  そして、パワーは髪を丹念に洗っている。丹念にとはいうが優しい感じではなくガシガシ泡を立てて洗っている。ベトベト髪だからかシャンプーは二回もする。パワーのシャンプーボトルはすぐになくなる。まぁ髪が長いし?しょうがねぇよなぁ!しょうがねぇのかなぁ…?  その間に俺は自分の洗身と洗髪を終える。男の身体なんて10分もしないですぐピカピカになるんだよ! ―――清らかな身体を持つ二人の「悪魔」が重なりあう。「悪魔」であるが「男」と「女」である事に違いはなかった。 「ええぞデンジ、交尾じゃ!そのかわり…」 「血だろ?好きなだけ吸え」 「全部吸ったるわ!!!!」「それだけはやめろ!加減して吸ってくれ!頼む!」 ―――これが二人にとっての前戯である。  洗い場で、立位のまま、二人。陰部を結合させる。パワーを壁に押し付け、俺は激しく上下する。  風呂がぶっ壊れるんじゃないかという勢いで俺は腰を降った。 パワ子は俺の肩にかじりつき血を吸っている。かなりの勢いで吸っているのがわかる、頭がクラクラしてきた。喉…かわいてたんだなパワー。  放精と同時に吸血タイムは終了。互いの荒い息の音をシャワーがかき消してくれている。 「ワシという美貌に肌を合わせとるんじゃ!恍惚としたかデンジぃ?」 「貧血でぶっ倒れそうだ、吸い過ぎだパワ子」  なんか映画のワンシーンみたいだ。マキマさんが言う所の「ラブシーン」  ―――神聖な瞬間が、ここに訪れた。 ―――いや、訪れてねぇな!?神聖もクソもねぇわ!  俺とパワーは毎日こんな調子で過ごしています。    『毎日がサイコー。毎日がエブリデイ!』  最近の俺は、こんな調子だ。セックス三昧だ!セックスが日常と化している!マキマさんに拾われる前の俺が見たらどう思うだろうかこの風景!相手がパワーである事には目を瞑ろう。「パワー」なんて上品に呼んでやれない、此処からは以下「パワ子」と呼称してやる!  脱衣場でパワ子とおのれの身体を拭う。濡れたバスタオルは洗濯機にブチこみ洗剤「アタック」そして知らねぇメーカーの安い柔軟剤を入れて、スイッチオン!白い箱がグォングォン音を立てだす。  そのまま全裸でリビングへ突撃する。 クーラーは全開にしてある!冷気が俺達を包み込む!!!最高に冷える!最強だッ!  設定温度18℃。サブイボが立つほどの冷気で俺はいそいそと服を着る。  パワ子はクーラーの前で風を浴びている。マキマさんと見た「ショーシャンクの空に」のワンシーンみたいだった。あの映画はいい映画だった。時折個人的クソ映画を掴ませてくるマキマさんセレクションの中では良作の部類だと個人的には思っている。 「パワ子、服着ないとハラ壊すぞハラ!下痢してトイレ占領するのはやめてくれよ!」 「ワシのウンチョスはいつもコロコロウンチョスなのだが?」 「下痢した時、酷かっただろ!だからさっさと服を着ろ」  俺は学校から支給された制服を着る。私服でもいいらしいが、俺なりに「学生」っていうのを味わってみたいからだ。だから制服だ。  パワ子はと言うと。たかが学校なのに、気合いをいれてオシャレしている。「今から原宿行くんじゃねーぞ!」っていうようなイデタチである。  パワーのカバンの中身を確認する、なんか玩具やらお菓子ばっかだったので全部没収! 教科書とノートだけにする。 「『たまごっち』だけは残しとってくれんか…」パワーの悲痛な叫びが聞こえる  そうだな…たまごっちは放置すると死ぬからな。恩讐(おんしゅう)の彼方にあるような感情でたまごっちだけカバンにのこしてやる。デンジは「恩讐」なんて文字を読める訳が無い。これから読めるようになろうねと心臓たるポチタが言っている。  俺のカバンもそんな感じだ。俺は「偉い」から先生から渡された「宿題」もちゃんとこなしている。 「よっしゃパワ子!いくぞ学校!」 「学校つまらんのだがのぉ…」 「メシ食えるぞメシ!授業なんて寝てればいいだ!」デンジ自分の言葉に我が身を五分反省する。 「いや、やっぱなんか勉強しとけ!」 「勉強だるいのぉ」 「俺だってダルいよ、けどちゃんと学校いけばまともな人間として扱ってくれるらしいぜ?」 「わし悪魔じゃが?」「首から下は人間だろ」「まぁそうじゃが」 「じゃあ、行くしかないな」 俺はスニーカー、パワ子は原宿でも渋谷でもどこでも流行っているらしい『白無垢』の厚底スニーカーを履いて、玄関を後にする。なんか「ばっふぁろー」っていう所の靴がいいらしい。パワーは文字が読めない癖に流行には敏感な悪魔であった。 「ニャーコ、留守番頼むぜ!」「すまんのう…ニャーコ」ニャーコはご丁寧に玄関まで送ってくれる…なんて優しい猫なんだ…いい人生を送れよニャーコ。 「デンジぃ…ニャーコ連れて行っちゃダメか?」 「ダメにきまってるだろ!お前悪魔と殺戮する現場にニャーコ連れて行くのか?」 「それはしないが…」  公務員宿舎という名の団地の廊下をカツカツと降り、バスに乗る。電車はねぇ。3駅ほど降りた先に学校がある。別に歩いていけない距離ではないが、ダルい、夏は昼は特にダルい。悪魔の俺でも死ぬ。地獄から闇の悪魔が見えるくらいに夏の昼は暑い。  夜は最後のバスがなかったりするので歩いて帰る。バス代の180円がお互い余るからそれでパワーとジュースを買って帰り道に飲む。デンジ流の節約術だった。 「このパワーと帰る夜の道っていうのがまたなんか…神秘的でいい感じなんだ」とデンジ曰く。しかしこの話をすれば本稿より長い文章になる為割愛させていただく。  時刻は午後4時半だった、登校時間は5時である。遅刻の心配はなさそうだ。校門をくぐる。  まだ昼の学校に通う生徒達が廊下でダベっている。グラウンドで部活動に励んでいる様子が見える。そんな中、俺とパワ子。二人の悪魔が校庭を牛耳るのだ。  校庭にいるガキどもから先生方まで、全員が俺達を怪訝そうに見ているのがわかる。「悪魔」がそんなに珍しいのか?と聞き返したくなるが。デンジはわかっていた。「通わせてもらっている」立場だから文句が言えない事を。  ここで玉遊びに興じているガキは親に言われて「仕方なく」学校に通っている。その差は明白であると言う事をデンジの拙い脳みそなりに把握していた。  一方、パワーはキャットウォークで歩いている。まるで「おーとくちゅーる」(パワ子から聞いたパリ・コレに出る為の専用衣装)を身にまとっているかのような美しさがあった  が、中学生のイモガキ達にはよくわかっていないようで、知らんぷりといった様子だった。  俺とパワ子の下駄箱が用意されていた。上履きに履き替える。ちょっとクサい。 厚底ブーツは箱に入り切らないので上履き入れの上へ置く 「盗まれないのぉ」「こんなゴッツイ靴盗むやついねぇだろ」「わからんのぉ」  厚底靴のやり場に迷った結果。職員室で預かってもらう事にした。  俺達夜間中学生、別名「夜の学校」に通う学童は一度職員室へ挨拶に行く。それが出席の証明であった。 「おおデンジくん、よくきたね」恰幅のいいおっちゃん先生がパイプでタバコをふかしながらワープロと格闘していた。パソコン?見たことねぇ!公安の電算室にあるやつか? 「今日はパワーちゃんも来てるのね、えらいなぁパワーちゃん!ちゃんと学校に来れて」  おっちゃん先生の隣に座るおねえさん先生がパワーの頭を撫でる。 「おねーちゃん先生!これ預かってくれんかのぉ…」 「パワ子がさ、この厚底靴が盗まれるって聞かないんだよ」俺が続ける 「預かってもいいけど、ここは学校だよ?普通の格好で通っていいのよ?」  おねーさん先生がパワーを諭す。 「イヤじゃ!学校に行く時にはバッチリとキメたいんじゃ!「あやつ」が来るからのぉ」  パワ子は何かを警戒している 「とりあえず靴はすみっこにでも置いておきなさい、誰も盗まないから」 「先生の事は信用しような?わかるだろ?パワ子?」 「信用する、ワシ、信用する…」  デンジの後ろで袖をひっぱるパワーがいる。兄妹のような幼さが見えたる瞬間だった。 「よしッ、授業はじまるっぺ。さっさと教室さ行け」とおっちゃん先生  俺達はいそいそと教室へと向かう。  3年A組。これが俺達の教室だった。別に三年生になったわけじゃないが、三年生の教室をあてがわれている。俺もパワ子もピカピカの一年生だ。  昼の学校に通ってる奴らの私物がたくさん残る「生活感」があるって感じの教室だ。壁にはお習字なんか並べちゃって…これが「学校なんだな」とデンジは痛感する。  つい最近まで知らない世界だった。不思議でしかたない。  天使の悪魔がもう席についていた。なんだか気だるそうだった 「おうどチビ、来てたのか」とパワー 「うん、学校たのしいからね」と天使 ―――天使の椅子には背もたれがなかった。背もたれが羽が当たって痛いとの事で丸椅子に座布団が敷かれた簡素なモノであった 「アキ最近元気にしてるか?」「アキはいつも元気だよ。今日も随分お盛んで」  アキは最近家を開ける事が多い、だいたい天使と二人でヨロシクやっている。今日も随分と『腰振り遊び』に興じていたらしい。英語でいうところの「おファ◯ク」だ。汚い英語ならいくらでも覚えられるぜ!  天使は腰を痛がっていた。でも、天使の顔は幸せそうだった。  最初は「あいつら男同士で盛り合っとる!」と笑っていたパワーも、二人の愛を理解するようになった。教育TVで映った「オス同士でカップルを作るペンギンさん」の様子を見て納得したらしい。 「デンジくん!」  どこか重力を感じるその甘ったるい声が、教室じゅうに響く。 「きたな…爆弾女!」とパワーはグルルルと喉を鳴らし、警戒している 「おうレゼ、おはよう。」 「デンジくんが来てくれて…うれしいな♪」  レゼはデンジに近づく、いつもの上目遣いだ。隣にいるパワーの事はおかまいなしな様子である。 「俺、皆勤賞目指しているんだ!皆勤賞になると校長先生から『賞状』もらえるんだぜ?誰かから褒められた事ってマキマさんくらいからしかないからな!頑張るぜ」 「わたしもデンジくんと一緒に勉強するの…好きだよ?」  レゼはどこかねっとりとした熱を帯びている。そして、その掌でデンジの手を触ろうとする 「温かい…デンジくんを感じるね」  レゼは恍惚の表情を浮かべる。かつて殺し合う仲だった間柄とは思えない仕草だった。 「やめいッ!野良猫が!デンジはワシのもんじゃぁぁ!!!」  パワーが割って入る。 「あら、パワーちゃんいたの」  あっけらかんという表情でレゼは言ってのける。まるで、今までこの教室にパワーが存在しなかったような口ぶりである  二人の女がバチバチと火花を飛ばしている様子は、クラスの人間すべてに伝わっていた。  工場務め帰りと思わしき作業着のおっちゃん「ツダ」  ゴミの匂いがちょっとするゴミ収集車の兄ちゃん「ハセベ」  インドから来たという褐色の人妻「インディラさん」  明らかに前歯がない非行少女「ヒロミ」  最近ようやく日本国籍を手に入れたという韓国のおばあちゃん「ハナムラさん(日本名)」  3年A組に集う全員が、この二人のキャットファイトを微笑ましく見守っている。  俺も微笑ましく見ている。俺はレゼもパワー。どっちも好きだからである。   ―――神様?別に二人の女を好きになってもいいよな?法律とかは知らねぇ?けどライオンさんはハーレムを作るんだぜ?人間も同じじゃねぇかなぁ?  まぁよくわかんねぇけど今のレゼとパワーと俺の関係は結構好きなのである。 「よーしみんな!揃ったかー授業始めるぞ」恰幅のいいおっちゃん先生だった 「出席とるぞー、愛川ヒロミ」「はい!」 出席が読み上げられる 「早川デンジ」「はいはいはいッ!」 「返事は一回でいいだぞデンジ、次早川パワー」 「ワシじゃあ!」「おう元気そうだな」 「次、レゼ」「はい」粛々とレゼは答える。 「全員出席だな!今週の日直はヒロミだ、読書してきたか?」 「してきたよ…そんなよめてねぇけど」バツが悪そうな姉ちゃん「ヒロミ」がだるそうに答える。 「まぁいいんだ、やる事に意味がある、朝のホームルーム。読書感想文。愛川ヒロミ」  ヒロミが壇上へあがるヒロミの歯の抜けた声が教室に響く。 「『彦一とんち話』をよみました、ひこいちはバカなようで頭がいいなと想いました、以上終わりです」  教室から拍手が上がる。 「ちゃんと要領を掴んで読めてるじゃないか!えらいぞヒロミ。来週の日直はデンジだからな!図書室でなんか借りて読んでみろ?」  おっさん先生からクンロクをいただいてちょっとテレてるヒロミがいた  日直は週ごとに変わる。お昼に通っている普通の学校のクラスなら毎日日直が変わるらしいが、総勢10名もいないクラスで毎日回していたら大変だからだ。 「エロ本じゃダメっすか?」 「ダメにきまってんだろ?まぁ無理するなよ。文字少ない奴でいいんだよ「かいけつゾロリ」面白いから読んでみろ!」  おっちゃん先生が推薦する。「かいけつゾロリ」か…わからんが読んでみよう。 「ホームルーム終わり、一時間目は国語だぞ!自習で算数やりたい奴はやってもいいぞ。10分間休憩!」  とりあえず休憩時間は便所にいく。天使とツダとハセベで行く  小便器にツダとハセベと俺が並ぶ天使は大便器で用を足す 「腹の調子悪いのか」ツダ 「そういう訳じゃない」天使 「いろいろあんだよ悪魔には、人間様にはわからないだろうけど」とデンジが付け加える 「まぁどうでもいいな」ハセベが溢す。ツダもハセベも悪魔を怖がる様子がない。慣れっこだ。 「お前らより眼の前にある現実の方が怖いよ」とツダのおっさんは言う。 ―――4人4様トイレを済ませ、洗面台で儀式として手を洗う。ションベンごときで手を洗う必要はねぇ!けどエチケットだ…儀式として執り行う!そしてズボンの裾で手を拭う。  天使だけはハンケチーフで上品に手を拭う。  余談だが、天使がなんで座りションベンなのかはちょっと説明しとかないとな!  天使の悪魔はまぁ、天の使いらしい。あんまり詳しくないけど。天の使いっていうのは男でもなければ女でもないらしい。どういうこっちゃあれか?オカマか? そういう訳でもないらしい、天使の股間を見たものはパワーとアキしかいねぇ そこのはちんちんがなく、ただ孔(あな)が空いている。それだけだった。 つまりちんちんがないから立ちションベンができねぇ!それだけのことだ。騒ぎ立てる事ではない。 ――― 一時間目がはじめる。 夜間学校の授業の学力はてんでバラバラでおっちゃん先生がみんなの様子をみながら、個別に教えてくれる。  今日の授業は国語だった。俺とハセベは漢字とひらがなのお勉強。  ツダのおっちゃんは国語がちょっとできるようなので文章問題にとりかかっていた。ワンランク上だ  ハナムラさんは作文を一生懸命書いていた。夫と子供達、あと孫に手紙を書いて送りたいという強い要望があった。おっちゃん先生も応援していた。  レゼはというと、アイツはソ連から送られたスパイだ。日本語も堪能だし日常で使うレベルの文章力も持ち合わせていた。ヒマを持て余すように高校進学の模試を開いていた。 おっちゃん先生も「何も教える事がない」といった感じだった。  パワーはというと、俺の隣の席で、一生懸命「ニャーコ」「にゃーこ」とジャポニカ学習帳いっぱいにニャーコの名前を書いていた  先生が「ニャーコちゃんが好きのはわかるけど、ほかのひらがなやカタカタに挑戦しよう…ほれ、たとえば」  先生が重い腰をあげ、教壇へ立つ、黒板に白チョークで「ミルク」と大きく描く。 「かけるかパワーちゃん?カタカナで『ミルク』だぞ」と言うと  パワーは?マークをうかべながら歪な「ミルク」をジャポニカ学習帳1頁いっぱいに書いていた 「できるじゃないかパワーちゃん」といっておっちゃん先生はひらがな/カタカナ早見表を出して 「がんばって「あいうえお」を「あいうえお」から「わをん」まで書いてみよう。」と提案する 「勉強いやじゃぁ…」とパワ子、弱ったご様子。 「パワ子ぉ「パリコレ」や「オートクチュール」くらい書けないとおしゃれさんになれないぞ」  と俺は横から口を挟む。 「がんばる…わし頑張る」といい残し。「あ」の文字を必死に書いていた。綴られる文字はどれも歪というか、形を成していなかった。  そうだよな「あ」って難しいよな。最初の言葉が難しいとヤル気なくすよな。  「い」とか「し」なら簡単なのにな…と想いを馳せていたら授業の終わりを告げるの鐘の音が学校いっぱいに広がっていく。 「今日はこれでおしまい!デンジ、ハセベ。宿題出すからやってくるように」 と先生にわら半紙数枚の宿題が手渡された。カタカナの書き取りだった。  10分休憩、かなり疲れ切ったパワーがいる。自販機前ま誘い「いちごみるく」のジュースを買ってやる。でっかいペットボトルじゃなくて、チビっちい缶だ。80円と安いが缶の大きさがケチくさい。  パワーはごくごくと一気飲み干していた。俺は缶コーラをチビチビ飲んだ。知らねぇメーカーのコーラだった。ちょっと元気がでた。  二時間目、「算数」は割愛。俺とレゼとハナムラさん以外のメンツが九九で躓く醜態しかないからだ、ハナムラさん家は焼肉店を営んでおり、数字には強かった。パワーはぐっすり寝ていた。 俺は計算は得意だ、計算できないと借金返済の計画が建てられないしヤクザに騙されるからだ。分数くらいならできる自信があった。そんな俺に数学担当のおねえさん先生は「さんかくすい」の体積の求め方を教えてくれた「3.14」という謎の数字に、俺がついていける訳がなかった。  時計は午後7時半を指していた…給食だ!みな、いそいそと「食堂」へと集まる。 この食堂は昼間学校に通う生徒は使わない特別な部屋だった。食堂は夜の学校に通う大人達の憩いの場だった。  本日の献立 ・カレーライス(グリーンピース入り) ・春雨サラダ ・サバの竜田揚げ ・寒天ゼリー ・牛乳 …豪華だ。 食堂の長椅子で6人ほどで座組を組み、給食を楽しむ。俺はレゼとパワーに挟まれたハーレム席だ…これはハーレムなのか? 「グリーンピースいやじゃぁ…」パワーは当然グズる 「グリーンピースは俺に寄越しな」と先割れスプーンで丁寧にパワーのグリーンピースを俺のカレーによそう 「春雨はな、原料はお米だっていうからな。食えよ」 「なんかきゅうり入っとるんじゃが?」 「彩りだ、なんて事ない。我慢して食え」 「春雨やるからデンジの竜田揚げをよこせぇ!」 「やる訳ねぇだろ!春雨食べろ!」  俺はパワーの食事介助で手一杯だった、奴は野菜は食わねぇ。  しかし、そんなパワーにもある日、転機が訪れる。それは日曜昼の出来事だった。NHKで外人のレポーターのおねえさんが言ってた。パワーも見ていた。背景はなんかヨーロッパって感じでレポーターのおねえさんは英語だかドイツ語を喋っていた。少し遅れて日本語の吹き替えが加えられている。  英語はわからん、吹き替えのおねえさんが言うにはこうだ。 「ジャガイモは欧米諸国では主食です。日本のみなさんはお店屋さんでフライドポテトを食べる事がありますね。あれとは少し事情が違います。ドイツではドイツパンと並ぶ重要な主食としてジャガイモが挙げられます」  このニュースをパワーと一緒に見てからというもの、パワーはジャガイモを食べるようになった。たしかにパワ子はフライドポテトもポテトチップスも食う。ならカレーのイモなんて楽勝では?  つまりカレーライスを制した事になる、パワーはついに野菜を征服した!  現にパワーは文句も言わずカレーライスはパクパク食っている。 「おかわりあるかのぉ…」ってつぶやく位だ。クタクタに煮込まれて、ドロドロになって消えた玉ねぎやニンジンさんの事なんて、まったく気にしていない様子であった。  「俺もおかわり狙っているんだ!」と俺は目を光らせている、その時  甘ったるい声とともにスプーンが俺の頬をつついた。 「ほーら♪デンジくん♪あーんしてあーん♪」  スプーンにはカレーがお行儀よくよそわれている。レゼが俺にカレーを食わせてくれるみたいだ。 「ほら食べないの?デンジくんも好き嫌いしちゃいけないんだよ?」 「…」 俺はちょっとだけ黙った、いいのか?こんな事許されて?善悪の判断に五秒ほど費やした!そしてスプーンに口をつけた!女の子に「あーん」してもらうなんて人生始めてのイベントだ!  ポチタと食った小麦粉と砂糖をまぜた「ケーキもどき」よりも  マキマさんとサービスエリアで食った「伸び切ったうどん」よりも  早パイが切ってくれたりんごの「うさぎさん」よりも  そのどれよりも、遥かにうまかったのだ!味はいつものカレーライスだが、レゼの愛情が、がっつりと乗っていた。愛情って奴が味を変えてしまうんだ!これは愛だ!「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ!」…いつかどっかのロックバンドが謳いそうな言葉が出てきた。  咀嚼もしないで、そのまま嚥下してしまった。もったいねぇ…もっと味わえばよかった。 「オヌシ!なにをやっとるんじゃ!」パワーが割って入る 「だってパワーちゃんのせいでデンジくんご飯を食べられてないんだよ?わたしがデンジくんに食べさせてあげないと」 「いいのか!?デンジ!?これ交尾じゃないのか!?」 俺はパワーの問いには答えず、レゼが出してくれる金属製の匙(スプーン)をパクパクとたいらげる事しかできなかった。 「はい、次は春雨サラダだよ?ちゃんと食べれるかな?」レゼの甘い声が響く  コクリと頷く…当たり前だ!俺はなんだって食う!たとえ腐ってても食べるんだ!  レゼが食事介助してくれる春雨をズルズルと食べていると…ある事に俺は気づく。  これは赤ちゃんプレイなのか?なんかのビデオで見たぞ!子汚いおっさんが美しいお姉さんにおしゃぶりして甘えているAVを!ご丁寧にオムツまでしてやがった!    ―――それと同じだ!なんだこの感覚は!  レゼの方を見た、その顔は多幸感に満ちていた。「たこーかん」ってなんだ?とにかく幸せそうだった。  向かいに座るクラスメイトもニコニコしながら見守っていた。ハナムラさんは「青春ねぇ~」なんて言いながらウットリとしている!天使はモグモグ3杯目のカレーを食っていた。こりゃ「おかわり」にはありつけそうにないなぁ…食缶の残飯(ざんぱんっていうのは食缶に残っているあまりの意味)は全部天使の腹の中だ。  パワー春雨だけ残し、全量摂取。俺は全量摂取。レゼも皿が真っ白になるくらい綺麗に食べていたとさ。  甘いようでなんともいえない給食の時間が過ぎようとしていた。 「牛乳うまいのぉ」とパワーは三角牛乳をストローでチューチュー吸っている 「牛さんに感謝しないとな」と返す 「牛さんはうまいぞ!血が特にうまいし、乳はニャーコのごちそうじゃ!」  …コイツ、牛さんを食べる事しか考えてねぇ!まぁ俺も同じだ。牛さんも豚さんもニワトリさんも全部食べ物にしか見えねぇ。  食べ物じゃない動物はTVに映ってるパンダとか、朝鳴いているスズメさんくらいなモノだ。 「私の地元じゃスズメ食べるけど?」  レゼが割って入ってきた。 「マジかよ?」 「うん、おいしいよ」 「デンジ、気をつけろ!?こやつは蛮族じゃワシでも小鳥の血は吸わん」 「お前!つい最近、シジュウカラ取って捕まえて食おうとしてたじゃねーか!」  パワーは息を吸うように嘘をつく、もうこの生活も馴れた。 「とにかくこの爆弾女には気をつけるんじゃぞデンジ、ワシはクソをしてくる」  と豪語して、ご丁寧に食堂のおばちゃんへ下膳し、パワーはトイレへ向かった。  飯時に「クソ」なんて言うなよなぁ…と思いながらも、あのパワ子がちゃんと食器を下げに行くって所に成長を感じた。アキの教育のお陰か、「学校」という存在がパワーを成長させたのか、それは俺にもわからねぇ…多分「学校」だろうなぁ。  楽しい楽しい夜間学校の昼食(正確には夕食)は過ぎていった。 ※  昼休みはみんなでバスケやバレーボールなんかをして過ごす。玉遊びなんて産まれてこの方した事がないが、まぁ楽しい。球を追いかけてカゴに打ち込めばいいのだが、これがうまくいかねぇ…まったく入らない。けどみんなでやると楽しい。  友達ってこういう事なんだな。知れてよかった…良かったなって思う。  けど、今日はちょっと違った。 「デンジくん―――ちょっと時間ある?」    レゼに呼び出されたのだ、学校の奥の方へと二人、歩いていく。次第に照明もついていない真っ暗の廊下を歩きはじめる。  この雰囲気。俺には嫌な思い出しかない。レゼとの「夜の学校」を思い出すからだ。お互いバカな問題を出し合って。素っ裸になってプールで泳いで。そして舌を噛み切られた。  爆弾女レゼと俺の対決までの思い出が、鮮明に蘇る。  「甘酸っぱい青春」といえばそれで済まされてしまう。マキマさんに見せられた難しい映画の中でこういう話の映画があったなぁと思い出した。  でも、俺にとっては「ツラい」体験だったんだよ!喫茶店にレゼは来なかった。後日レゼは死んだってマキマさんから聞かされた――― ―――あれ?レゼが死んでない?…普通にいるぞ?  ※ちょっと前に時間を戻す。夜間学校で初めてレゼを見た時の出来事だ。 「なぁレゼ?あの時、何があったんだ?どうして来てくれなかったんだよ?」 「あの時はごめんね、私は一人で逃げるつもりだったの…けど捕まって」 「捕まったって!公安にか?!」 「それは言えないな。けど私は赦された。だから今デンジくんの隣にいるんだよ」 「そうか…それはよかったなぁ」  漠然とした答えに俺は口をポカーンと開ける事しかできなかった。  でもレゼが無事ならまぁいいか!これからもよろしくなぁ!レゼ! ―――こんなやりとりがありました。夜間学校に入学してすぐ、4月の終わりだった気がする  そして今は7月14日だ、もうすぐ夏休みらしい。学校は夏休みでも公安の仕事に夏休みどころか夏季休暇み無いのでまったくうれしくねぇ!夜はパトロールよりも涼しい学校で過ごしたいなぁ…  俺の話が随分と長くなってしまった。読者はそんなもの求めてないんだ!レゼ!レゼが目の前にいるの!  使われていない、まっくら闇の教室でレゼと二人。向き合う。教壇に腰をかけるレゼと俺が対峙する。 「ねぇデンジくん?」「なんだよ」 「まだ怒ってる?私の事?」 「怒って…ないよ」ぶっきらぼうに答えてしまった。ごめんなレゼ。 「だって私はね?約束を破ったんだよ」「事情があったんだろ事情が、俺にだってそれくらいわかるよ」 「轍」だか「蹉跌」だかいう喫茶店で花束を握りしめながら、苦い泥水を啜った思い出が蘇る。日が真南に向いても、夜になってもレゼは現れなかった。マスターも困り顔だった。 パワーが出てきて花を喰い始めた時はどうしたものかと思った。  あの時レゼの事は忘れたんだ。だけどレゼは今、ここにいる。 「うれしい…ありがとう」何度も言うがレゼの声はどこか甘ったるくて癖になる。  パワ子やマキマさん、姫野パイセンにも存在しない色気が、レゼには存在した。 「呼び出しって…まさかこれだけ?」デンジは思わず狼狽えた。 「違うよ、もっとデンジくんとお話したくて…みんながいるとできないでしょうお話、誰とは言わないけど」 「パワ子か?」「言わないでよ」レゼは照れている 「あいつを気にしないといけないような話なんてないぜ?あいつ他人の話は右から左へ受け流すだけでまるで覚えてねぇ。学校のおっちゃん先生が教えてくれた諺に「馬の耳に念仏」ってあるけど。まさにその通りだ!パワ子の事なんか気にするなよ」 「でもね、デンジくん。聞いて!」 「パワーちゃんね、妬いてるみたいなの…私に」  妬いている?パワ子が?そもそも「妬いてる」って言葉がわからねぇ?意味を国語辞典で調べたいけどここにはねぇ! 「パワーちゃんはデンジくんにベッタリでしょ?私が入り込もうとすると絶対邪魔する…妬いてる。そう思う」 「それは考えすぎだろ、パワ子なんて俺の事なんか血を吸わせてくれる都合のいい男くらいしか考えてないぞ!一緒に住んでるからわかるよ」 「いいなぁ…うらやましいなパワーちゃん」    パワ子が、うらやましい?…デンジの脳内には疑問符しか浮かばなかった。 「ずっとデンジくんと一緒にいるんでしょ?お風呂も寝るのも一緒だってパワーちゃんが教えてくれたよ?」  パワ子がレゼにマウンティング取ってやがる!こういうのを『彼女ムーブ』って言うって「ホットドッグ・プレス」に書いてあった。まぁ女房気取りって奴だ!  …しかし、パワーは事実しか言ってないんだよなぁ 「そうだけど、それはバディだからだよ…レゼは知らないかもしれねぇけど「闇の悪魔」とかいうすげぇ悪魔と戦った後。あいつ弱っちまった時があって、それからずっと風呂も寝るのも一緒になったんだ。便所まで一緒だったんだぜ」 「うらやましいな…いいなぁパワーちゃん」 「レゼ…なんか勘違いしてないか?俺とパワ子はバディだぜ?それに寝るのも風呂も全部介護だ介護。レゼがいう「好き」とかそういう感情とはまた別の感情なんだよ。」  俺は言い訳がましく、長台詞を吐いた。嘘だ、俺はパワ子が好きだし、パワ子は俺の事が好きだ。レゼに嘘をついてしまった。 「バディが毎晩セックスするのが普通…なのかな?」  レゼは確信を突く一言を吐いた。 「パワ子が言ったのか」「うん、毎晩『交尾』してるって」  俺はうつむくことしかできなかった。「違う」って否定の言葉を口にすれば嘘になるからだ。「パワーの虚言だ!」と一言レゼに伝えればその場は収まるだろう、収まるだろうが。交尾をしている事を否定したら、俺とパワーの関係に「嘘」をつく事になる。パワーと違って俺はあまり嘘はつきたくねぇ。どうでもいいチンピラになら嘘くらいはつくが、レゼという名の『俺と面と向き合って話してくれる存在』に嘘は付きたくなかった。「信頼関係」って奴かもしれねぇ、早パイやマキマさんがよく使う言葉だ「信頼関係」…レゼとの信頼は失いたくない。だから。俺はレゼに嘘はつかない。俺はパワーとヤりまくってる事実を否定しないッ! 「否定…しないんだぁ…ふぅーん」  レゼは俺を上目遣いに俺を見つめる。なんだかサディスティックだぜ!SM本で知った言葉「サディスティック」アキが「丸の内サディスティック」っていうCDを持ってたなぁというのを思い出したが、どうでもいい事である。  被虐的な感覚が俺を襲う。俺はマゾじゃねぇぞ!SM嬢にバラムチでぶたれてヨガる豚男じゃねぇ!…だけど、マキマさんと俺の関係って「ご主人様と飼い犬」だよな…当然俺が犬…俺ってMなのかなぁ 「デンジくんさぁ…」レゼの口が開く。妙にねっとりしていたのを覚えている。 「じゃあここで、しよっか?」 「な…何をだよ」なにか良からぬ事がおきそうで俺は身構える 「セックス、『交尾』だよ?」 「何言ってんだレゼ!」ぶっとんだ言動に俺はつっこむ事しかできない 「私パワーちゃんより上手だよ?ソ連でいろいろ仕込まれてるから。男の人を気持ちよくする術は、粗方(あらかた)心得ているつもりなんだけど…」  そうなんだ…知りたくなかった、知りたくなかったな、俺はビビっていた。 「すげぇなレゼ…セックス博士じゃん」ビビっている事を悟られないように、俺はを強がって見せた 「セックス博士の『講義』受けたくない?」 「…いいのか?」 「デンジくんはわたしの事、好きだよね?」 「まぁ、好きだけど」 「じゃあセックスしてもいいんだよ?これは何も間違ってはいない」  なんだかレゼに丸め込まれているように感じる。  正直に言う、雑誌なんかに書いてある付き合いたてのカップルがする仕草ってヤツ。  はじめて手を繋いでみたり。デートしたり。キスしてみたりってヤツ。  あれは全部、あのひと夏で経験しちまったんだ。レゼと俺はあの夏で恋人同士のやりとりをすべて終えてしまった。そんな気がする。  雑誌「ホットドックプレス」の受け入りじゃそんな感じがする。だからもう、セックスくらいしかする事がないんだ。多分。  こんな恋人のあり方。おかしいと思う。だけど、妙に納得してしまっている自分がいる。  それだけ、あの夏は、俺とレゼにとって濃くて熱い夏だった。当然、レゼとソ連の謀略じゃなければの話だが。 「わかった、交尾すっかぁ!…でも昼休み過ぎちゃうぜ?交尾始めると結構時間がかかるし」 「そんなに長いんだ…パワーちゃんとする時」 「うん…長い、パワ子と俺の交尾は長いぜ」  言っておくが、これは方便である。前述の風呂場でヤった時なんて5分で終わる、そういう短い時もあれば、熱帯夜の夜に混じり合う時。外を見たら紫色の空が赤く燃え始め、朝を迎えようとしていたりと、なにかと長い場合があったりする。俺とパワ子の「お交尾タイム」は可変性がある。 「ふーん、うらやましいなぁ」レゼは続ける。 「それに学校でセックスなんてしてみろ!先生にバレたら退学だろ退学!俺…まだ学校で勉強してぇ…してぇよレゼ」   ―――俺は最悪な男だ!「学校」とレゼの「求愛」を天秤にかけて『学校』を取ってしまった。女の求愛より勉学を選んだ俺はサイテーだ! 「じゃあさ?キスだけでもしようよ」  何も考える事ができなかった、教壇から飛び降りたレゼは俺の身体に抱きついて。そして唇と唇を重ね合わせた。  レゼの唇は―――ちょっといい匂いがして柔らかかった。きっとリップクリームの匂いだろう。  女と唇を交わすのはこれで三人目だ、まずは姫パイ、ゲロ入りのキス。次にレゼ、舌を噛みちぎられた。最後にパワ子、震えるパワーを落ち着かせる為の、命がけの接吻だった。  そしてまたレゼとキスをしている俺がいる…こんな事、許されていいのかなぁ…  レゼが口の中に舌を入れてきた、ガチのキスだ!舌と舌とが絡み合う!すげぇエッチなヤツじゃーん!  俺はレゼにされるがままに舌と舌とを絡める。なんども唇を重ねる。 ―――今度は噛みちぎられる心配はなさそうだな、という安堵が俺を襲った。  時計なんて真っ暗で見えない。ピチョ…ピチョ…と唾液が絡む音とシャツのこすれる音だけが暗がりの教室に木霊する、すげぇエッチだ。 「デンジくん…キス上手になったんだね」  レゼの唾液まみれの唇が月光に照らされて、ヌラヌラと光っている 「まぁな、毎日交尾してるから」 「けど大人のキスじゃないね、パワーちゃんと私…違った?」 「全然ちげぇ!大人のキスってこんな感じなのか?」 「さぁ…どうでしょう?デンジくんそれよりもさ」 「なんだよ…」 「おっぱい、触りたいよね?」 ―――おっぱい?ああ、おっぱいね!行きつけのおっぱい屋があってのぉ…じゃない!レゼのおっぱいだ 「パワーちゃん、ペチャパイでしょ。私はちゃんと膨らみがあるよ?デンジくんが揉める程度の細やかな膨らみだけど。パワーちゃんより、マシかな」  そういうとブラウスのボタンを外し始める。マジか、マジなのかレゼ!? 「はいおっぱい、揉むなり吸うなり好きにしていいんだよデンジくん♪」  ブラウスから片乳だけ露わになっているようだ、暗がりでよくわからねぇ。  視覚ではまったく確認できないレゼの乳を、さぐりさぐり触れる。なめらかな肌が膨らみを帯びているのがわかる、硬い突起物のようなものが掌に当たる。多分、乳首だ。ビーチク。 「怖がらなくてもいいよ?パワーちゃんにしているみたいに強く揉んでいいんだよ?」 …ちょっとだけ考えた。 「痛かったら痛いって言えよ」「うん、酷くしてくれた方が興奮するからいいの、噛んでもいいよ?」    なんでレゼはここまでさせてくれるんだ。俺はまた謀殺されるのか?  という思考というか雑念はどっかへ飛んでいった。俺はレゼの乳房を揉みしだいた! ―――早パイが暑中見舞いの時に「桃」を持ってきてくれたのを覚えている。 俺とパワ子は皮も剥かずそのままかじりついた。桃って果物は張りがあってちょっと指に力をいれた程度じゃ皮は向けなかった。かじりついて、すするのだ。 張りがあって、弾力があって。そして、きっと甘い。  レゼのおっぱいはきっと「桃」なんだ。デンジの足りない脳みそでの想像。 「うれしい…うれしいなデンジくん、もっと「先」までいきたいな」 「今日はおっぱいまでだ、交尾はまた今度にしよう」 「デンジくんのおちんちんは交尾したいって言ってるよ?」  俺のオレ自身が純分立派に元気になっていたが、理性がしっかり働いて自制してくれた。  いつか、俺もレゼとセックスしてしまうんだろうな…と確信していた。  パワ子とレゼ、二人の女と交尾していいのか、俺にはわからなかった。女を二人も侍(はべ)らかすなんてサバンナのライオンさんにしか許されねぇはずだ。  いそいそと衣服を整えて教室に戻る、昼休み終了のチャイムが鳴るギリギリだった。  レゼの唾液でグラデーションを帯びた唇のまま、俺は椅子に座った。何も気づいていなかった 「デンジィ!!!交尾じゃな!」  パワーがツノをビンビンに勃たせて憤怒の形相を見せていた  あっ!いけねぇ!口がベトベトのままだ!拭うの忘れてた。それ位、俺はレゼとのキスに恍惚としていたのだ。恍惚って言葉、なんか好きだ。 「交尾じゃねぇ…交尾だけど、交尾はしなかったんだ…」  レゼとの逢引に関して、あの「合いびき肉」に関しては弁明しようがなかったので。ここでは言及しなかった。 「交尾したんだよ♪パワーちゃん♪」  レゼが火に油を注いだ。 「なんじゃとぉぉぉ!!!デンジはワシのモンじゃぁあああ!!!」  パワーが血でハンマーを作り出そうとしている。クラスメイトがビビってる。  レゼも首の信管を抜く動作を見せた。  血を司る悪魔女と爆弾女による凄惨な殺し合いが始まろうとしている―――  「おまえら授業だぞ」    おっちゃん先生が扉からヌッと顔を出した。  パワ子もレゼも一触即発だったのに、先生の一言で借りてきた猫のように自席へ座っている。おっちゃん先生の威厳はすげぇ! 「社会やるぞー。今日はビデオ学習だ。日直ゥ!テレビつけろ」  非行少女ヒロミが天井に吊り下げられているテレビへ電源を入れる。おっちゃん先生がビデオデッキをいじっている。 「はたらくげんば こうじょうの いちにち」というタイトルロゴがTVに映る  何事もなく3時間目が、過ぎようとしていた。  4時間目は英語。これも破綻した授業だから詳細は割愛させてもらう。要約だけにする。  みんな「ABC~」つまりアルファベットを覚える所から始まる。パワーは「CAT」だけ書けた。英単語ができるのはパワーくらいなものだ。  そんな中、レゼと先生だけは英会話の授業が始まっていた。黒人のおばちゃん先生曰く「エクセレント!」らしい。英語わからねぇけど、なんかすごいらしいぞ!レゼ!  帰りの会、簡単なホームルームが終わる。「ありがとうございました」の一礼の後、下校。 ※  掃除当番はヒロミとパワーと天使だが。俺とレゼが手伝ってやる。  天使がダルそうなので帰してやる。アキとの「オツキアイ」で大分体力を消耗している。こ こ数日、アキが天使を執拗に突き回してる事を俺とパワーが知らない訳がなかった。 「天使、お前大丈夫か?」 「うん、『愛についての感じ』を知ることができているよ」 「なんだよその『感じ』って…」 「キミとパワーちゃん、そしてあの女の人との関係と同じだよ」天使の羽はレゼを指していた。 「そうか…そうか、今日は帰れよ。未来の悪魔と暴力さんが寂しがってるから」  天使の悪魔は普段マキマさんが地下に容易したゴッツイ監禁施設にブチこまれている。らしい。仮釈放としてこの登校が赦されている。 パワーも昔そこにブチこまれて偉い恐怖を感じたそうな、英語の授業で「Subject to(~に隷属する)」という英文にやたら恐怖をしているパワーの姿を見た。  まぁアキと天使はいい感じなんだ。そっと見守る事しかできねぇ…ベタベタ触り合っているアキの寿命は知らねぇ!よろしくなぁ! 「デンジ…手伝わないならパワ子連れて帰ってよ」「ごめん…」  すきっ歯のヒロミに怒られた。申し訳なさそうに天使は手提げカバンを持って窓から下校した。アイツは文字通り飛んで帰るのだ。 「よくもワシのデンジに手つけぇくれたなぁ!赦さんぞ!ワシという神が赦さん!破門じゃ!破門!」  パワー、ろくに掃除もしないでレゼにつっかかってる。箒をぶん回している  パワーは最近、早川家のTVで見たヤクザ映画に影響を受けている。 「いいよ、パワーちゃんに嫌われても、デンジくんがいるもの」  と淡々とチリトリで埃を集めるレゼがいる、チリトリの皿がいっぱいになるほど埃が出てくる。  大人数名が数時間座ってるだけで、こんなに埃が溜まるなんて信じられねぇ。 「これは業だよデンジくん」  レゼが言う。 「ブッディズムなんでしょ?デンジくん達日本人は」 「ブッディズムってなんだよ」 「佛教だよ」「ああお坊さんね、信じてねぇ」「日本にスパイに来る時、ちょっと勉強したんだ、佛の教え。「業(カルマ)」、人の業。業ってつまり日々の「行い」なんだけど、だいたい悪い事を指すらしいね、悪い事をした塊が、この埃なんだよ」 ―――言ってる事がサッパリ理解できねぇ…けどまぁ悪い事はいっぱいしてるのはわかる、人も悪魔もブチ殺しまくったし、ついさっきまで神聖なる学び舎でレゼと「合いびき肉」だからな! 「ワシに内緒で『むつかしいはなし』をしとるな!爆弾女!」 「パワーちゃんにブッディズムなんて言ってもわらないでしょ」  レゼは嘲笑う。「笑う」じゃなくて「嘲笑う」。冷笑が込められたいやらしい笑い方だった。 「なんじゃと!ワシだってブッディズムくらいわかるわ!原宿にはなぁ!いきつけのブッディズム屋さんがあってなぁ」 「わかってないじゃん!」  『業』がどうのとか。宣(のたま)いながらも、最後はパワ子のアホに帰依する。我ながら本当にアホみたいな会話だが、聞いていて心地がいい。その『業(カルマ)』だという埃を口論しているレゼに代わってチリトリにあつめ、ゴミ箱に捨ててやる。  パワーは外に向かってパフパフと黒板消しに付いたチョークの滓(カス)を空へ飛ばしている。  夜だっていうのに街の灯りのせいでほんのりと明るい窓の外に白い雲が舞う。本当はカストリ専用の機械でやらないといけないらしいが。いつも詰まっていてまったく機能しない。チョークはパフパフに限る。  なんかいい感じだ、夏って感じがする―――夏なんて熱いだけだと思っていたけど。この窓の景色を見ると「夏」はいいもんだな…って思う!昼はダメだ、夜だけな!  ポチタも夏の夜の感じ、わかってくれるかな?どうだろう…どうだろう… 「掃除しろよ…」ヒロミが呟く、相変わらず前歯がまったくねぇ。「ワリぃ」と謝る 「お前ら遊んでないで、さっさと帰れよ」  おっちゃん先生が扉の前にいた。ハゲてもいないのにハンチングなんて被っちゃって、オストリッチのセカンドバッグなんて持ってやがる。汗びっしょりの麻のシャツを見るに、先生も大変なんだなって思う。のほほんと座ってる俺達と違って、汗ぐっしょりかいて、チョークで黒板にカキカキして、俺達バカ悪魔軍団に勉強を教えてくれるんだもんな。 「ごめんねあんまり手伝えなくて」「いいよ」レゼとヒロミのやりとりが聞こえる。 「パワーちゃん、デンジくん。もう帰ろう」  俺が都会の夜を満喫している間にレゼが掃除道具を片付けてくれていた。  パワ子もヒロミと一緒に帰ろうとしていた!俺を置いていくな!    おっちゃん先生と一緒に下駄箱に上履きを揃える。にしても学校の下駄箱って本当にデカいのな!そして…けっこうくさい。アキん家の下駄箱はフローラルに香るっていうのに。 「デンジくん、ちゃんと「かいけつゾロリ」読んでくるんだぞ」 「わかったよ先生、今度図書館開けれくれよ」 「ああ、水曜日に開けちゃる」 「パワーちゃん見張っといてよ、デンジくんは本読まないからなぁ」おっさん先生 「デンジはエッチな本ならいっつも読んどるが?」パワ子!余計な事言うんじゃねぇ! 「ふーん、エッチじゃん」レゼが呟く。意味深な笑みを浮かべていた。    校門の前で先生達と別れた、ヒロミがたまごっちをいじりながら先生と校門の右側を歩く。俺達は左側を歩く。先生達と別れ別れだ。  シンナーですきっ歯のヒロミとパワ子は気が合うらしい、一緒にたまごっちを弄っているし、なんかヒロミが持ってるからという理由で『PHS』なるものが欲しいとか言い出した。公安でもいまだにポケベル使ってるのに携帯電話なんて贅沢言うなよパワー。ヒロミと『メール』がしたいらしい…メールってなんだ?  ヒロミとパワ子の話はその程度にしておいて、レゼとパワー三人で仲良く家まで帰る。   方位はわからねぇが新宿の方は街がギラギラしてやがる。暗いはずの空が紫色に染まっている。ポツンポツンと地面から生えている電柱の灯りには蛾だのわかんねー虫なんかがバチバチと当たっている。  俺一人に対してパワーとレゼが両隣にいる。女の子二人に挟まれるなんて、なんかいい感じだ。悪くない。 「お前の巣は反対じゃろうが!ついてくるな爆弾女!」  パワーが牽制してやがる。レゼの家なんて俺は知らねぇ。きっと公安も知らねぇ。学校以外の土地でレゼがどこでどう生きているのか俺にはまったく検討がつかねぇ!というか生きていたら生かしておかねぇだろ公安も! 「だってデンジくんとずっといっしょにいたいもん❤」  レゼがあまったるい声で囁く。何かレゼの声は俺の心に刺さる。これは作られた声なのか?猫をかぶってるのか?  レゼの声は真面目な時も戦っている最中も、たしかこんな声だった気がする。記憶にねぇや!ビームと喋ってたし台風の悪魔はうるせぇし!その上、レゼの爆弾が常に爆発していて会話すら怪しかった鉄火場だ。「爆弾の魔人」レゼとの闘いから一ヶ月くらいずっと耳鳴りが酷かった。音はすべて遠くから聞こえてくるようだった。けどパワーは相変わらずうるさかったな。  俺とレゼ…なんであの修羅場で会話できたんだろうなぁ…なんか惹かれ合うモノがあったのかなぁ…知らねぇ! 「なんでパワーちゃんだけデンジくんと住んでいるのかな?私もデンジくんと一緒に住みたいな♪」 「そんな事許されて言い訳ないじゃん」    俺の口は勝手に開いていた。強い口調で言った。脳みそで考えてねぇ、とっさに口に出してしまった。  ちょっと青春ごっこをして。舌まで噛みちぎられて。挙句の果てには殺し合いまでしておいて、今更同棲なんてできねぇ、出来ねぇよ多分。でも俺はレゼの事が好きだ。レゼと一緒に公安も誰もいねぇ何もねぇ所に引っ越して一緒に暮らす夢は何回も見た。  きっとレゼも、俺と同じ夢を見ていた気がする。そういう未来があってもよかった―――。  不気味とも呼べる気まずい沈黙が流れる。ほんの一瞬だけど。俺には流れたんだ。 「そうじゃ!そんな事!赦されていい訳ないんじゃー!赦さん!ワシがゆるさぁーーーん!!!デンジはワシのモンじゃあああ!!!」  パワーが割って入る。沈黙は1秒にも満たなかっただろう。パワ子がガッシリ俺を抱きしめる!というが羽交い締めにしようとしてくる!パワ子のパットで盛った人工的なおっぱい、ニセチチが俺の背中にグイグイ押し当てられる。ニセチチじゃビクとも感じねぇよパワ子!  でも…羽交い締めにしようとするパワーのぬくもりで、俺は我に帰る。俺にはパワー、パワ子がいるじゃん!交尾までしておいて捨てる訳にはいかねぇ…なんせバディだし…多分俺は一生パワーと一緒なんだ…マキマさんに命じられるがままに。年老いるかどうかは知らねぇがずっとパワ子と一緒だ。  そんな俺がレゼと一緒になっちゃいけねぇ…パワ子がブチ切れる。血の悪魔と爆弾女の頂上決戦なんか俺は見たくねぇ!…けど、レゼのことが好きなんだよ…どうしたらいいんだよ!  羽交い締めにするパワーをそのままおんぶして、トボトボと歩く。月明かりはどうだろう、よく見えてなかった。気がつくと家の前だ。耳からはレゼとパワ子の怒号罵声。アメリカのアニメ…あるだろ?猫とネズミがひたすら追いかけっこしているヤツ。あんな感じでずっとレゼとパワーが口論しあっている。俺の耳にはまったく入ってなかった。なんとかの耳に念仏だ。  切れかかった蛍光灯が、何かを訴えるようにバチバチと言ってやがる。きっと早く交換してくれという合図に違いねぇ。そのバチバチが灯る集合住宅の玄関までついた。 「じゃあね、デンジくん」  レゼは寂しそうに別れを告げた。どうせ明日も遭うだろうに。仰々(ぎょうぎょう)しいな。 「おう、またなレゼ」  何気なく返した。パワ子をおんぶから降ろして、薄暗い階段を登ろうとする。 「わたしも、いっしょにいきたかったな―――」  レゼの声が聞こえた。振り返る。レゼはもういなかった。 「デンジィ!デンジィ!」    ギャーギャー喚いているパワ子を投げ出して。俺は呆然とするしかなかった。ただレゼのいない路地を見つめることしかできない自分がいた。確かに言った!レゼは俺に言ったんだ!だけど―――叶わなかった。一緒には行けなかったし、なによりレゼは現れなかった。  それだけが結果だ!もうしみったれた事はおしまいだ!昼にやってるドラマの再放送じゃねぇんだし! ―――電流が走る感じがした。デンジ、天啓を受ける。    その時、俺は素敵でサイキョーなプラン(計画)を構想した!塩素の匂い!水しぶき。波経つ水面とコンクリートの塊が俺の中がサイキョーにヒシメキ合っていた!!! ―――辛気臭いのはどうしても俺には合わねぇ!もう俺達にはこれしかねぇ!  7月某日、酒くせぇ車の助手席。イカつい車だった。なんか昔の映画にでてくるような「鉄の塊」って感じの車だ。 「なんだ、頼みたい事って―――」 ヤニ臭いと香水の匂いが交じりあいヘドロみてぇになっているけど、どこか悪い気はしないその匂いに俺は負けじに言った 「『わるいこと』がしたいんだ。一つだけ、ぜってー悪い事!悪い事なんだけど、どうしてもやりたいんだよ師匠!」 「飼い犬が何を言ってやがる…まぁいい、殺人以外なら―――許す!」  願い事をする相手は岸辺隊長だった―――マキマさんに相談しようと思ったけど絶対怒られるから辞めた。師匠なら…許してくれる、そんな気がした。  願い事はただ一つ。『夏』らしい事をしたかったんだ。あの日、学校の窓から感じた夏の夜。レゼとのお馬鹿な授業。プール。あれがみんなでしたいだけだったんだ。 「一日だけ!一日だけ学校のプールに入りたいんだ!昼なんて言わねぇ!夜でいい!俺だけじゃねぇ!パワ子もレゼも連れてみんなで夏休みしたいんだよぉおおおおおお!!!!」 ―――いままでの人生で一度もしたことのない絶叫だった。こんな恥ずかしい絶叫、二度とすることのない人生にしたいな。 「乳繰り合いか…くだらねぇ」 ―――だめか。 「サイコーだ!お前は俺が見込んだ最高のオモチャだ!」  岸辺隊長の妙に芝居がかったおっさん臭いセリフが胸に刺さる。 「叶えてやるお前の夢、乳繰り合え!ガキらしく!」  やったあああ!!!  公安の地下駐車場いっぱいに広がる絶叫を俺はあげた。飛び跳ねて隊長の車の屋根に頭が激突した。 「いいかデンジ、コレを使え」 「なんスかこれ?」 「チェーンカッターだ。このゴツいペンチで封鎖中のプール入口の鍵を引きちぎれ。お前たちのやる事は器物破損と不法侵入罪だが国家が見逃してやる」 「それ…だけ?」 「不純異性行為は別に国から禁止されてねぇからな、破廉恥の極みってヤツを愉しめ。おまえとパワーは最高のオモチャだ、情が湧く以前に面白くて仕方がねぇ」 「毎日じゃないぞ、その一日だけな。あと監視としてアキと天使も連れて行け」 「なんで!?やだよ!」  俺は率直に言ってしまった。アキの監視付きで女をはべらかす訳にはいられねぇ 「あいつらもハメ外したいだろ?たまにはアキの気苦労をねぎらえ」 「まぁそうだけど…まぁいいかよろしくなぁ!」  とにかく、岸辺隊長には感謝だ!俺はこのチェーンカッターを握りしめた。  決行は8月1日深夜0時―――。  アレ?レゼにはどう伝えればいいんだ?まぁいいかぁ!終業式で伝えよう!  その後、俺は最高のウキウキ気分で俺は岸辺隊長に送られ。街に出没したどうでもいい悪魔数匹を片付けてやった。気分が高揚しているからか、今日の敵は本当に弱く感じた。  きっと片手でも余裕だった。  7月28日金曜日。一学期登校最終日。土日から夏休み開始。 ―――今日は授業の後にちょっとした終業式だ、レゼがちゃんと出席していてよかった。いなかったらどう伝えればよかったんだ。  俺はヒロミとパワ子が、普段授業中文通している。秘密のメモ帳を一枚借りた。  授業中、コソコソかくれてメモ帳を袖の下から渡し合って、ラクガキやら文章を書いて交換しているのだ。  ―――ヒロミ曰く「パワーちゃんはニャーコの絵がうまい」だそうな。  『秘密のメモ帳』メモ帳といっても、手のひらサイズのちっちぇ紙切れで。なんだかかわいらしいイラストがたくさん描かれていて、文字を書くスペースの方が狭いくらいだった そこにおれは、必死で書いた。ひらがなを勉強していて本当によかったと思える瞬間がここにやってきた。文字が間違っている気がして何度も辞書を引いた。直線は定規で書いた。   「8がつ ついたち ごご、れいじにぷーるにキて くどうデんじ」  ワレながらたどたどしい日本語だ。その手紙を、授業中、ヒロミがパワ子と文通しているのと同じ用に、ヒロミ経由でレゼに渡してもらった。  呼び出して直接伝えればよかったと思っているし、手紙なんてまどろっこしい事しなくてもよかった。ヒロミを経由しなくてもよかった。  けど、手紙で渡したかった。―――おっちゃん先生が言っていた。手紙は普段言えない言葉を伝える為に書くんだって。動機は不純だが。俺は書いた!書きまくった!  日本一短い俺からレゼへの手紙が今送られようとしていた。  手紙のやりとりは授業中だった。「中身絶対みるなよ!」となんどもヒロミに言いながらヒロミはニヤニヤしながらレゼに手紙を渡していた。    レゼの手にわたるその瞬間。  レゼが手紙を読むその瞬間。  クスっと笑ったレゼのその笑顔。  俺はそのすべてを見ていた。1フレームも逃さず網膜にヤキつけていた。クラスの中ではきっと異様な存在だったと思う。窓側の角に座るレゼの顔が、まるで月光に焼かれるようにキレイだった。教室の蛍光灯はギラギラに光っているというのに何が月光だ!バカじゃないのか?でも俺にとってレゼの顔は何か光に照らされて燃えているように感じた。 「おい、デンジ!よそ見すんな!」  おっちゃん先生に怒られた!うるせぇそれどころじゃねぇ! 「デンジ!ほれ問いてみ?お前は算数得意だろ?20/4だ、九九の四の段か五の段の掛け算で整数になるぞ。ほれ?やってみぃ」  「20÷4=」の問いかけに俺はふざけて「100」とデカデカと黒板にかいてやった。  新品同様だった長くて白いチョークがボキボキに折れるくらい強い力で刻んでやった。 「100だッ!100点満点だ!」  俺は叫んだ。教室が静まり返っていたのを今でも覚えている。普通じゃ聞こえない校窓の外から聞こえる自動車の音とか街の騒音が、ビビるくらいに教室に響いていた。 ―――レゼの真っ赤な顔だけが、俺の目に止まっていた。    そうだ、俺達はこれから、メチャクチャ恥ずかしい事をするんだ! 「デンジ?お前ちょっと熱でもあるんじゃないか?」  おっちゃん先生は訝しんだ。    まったくもってその通りだった。俺はまさしく「想い」と言う熱病にやられていた。恋でも愛でもない「想い」がそこにあった。あったんだよ先生!わかれ!わかってくれ!  終業式が終わる。おっちゃん先生ともしばしのお別れ。 「学生さんは夏休みがあるのよね、私達普通に働いているから実感わかないネ」ハナムラさんが溢す。ハナムラさんの家は焼き肉屋を営んでいる。香水の影から焼肉屋独特のうまそうな煙の匂いがする。インディラさんも頷いている。インディラさんは小さな子供を持つお母さんだ。みんな家庭があるし働いている。 「デンジ君達も忙しいの?」ハナムラさん 「ああ、デビルハンターの休みは日曜日しかねぇんだ!コキ使われているよ!」  俺は終業式ずっと寝ていたパワーを起こし、まだ半分寝てるパワーを抱えながら答える ―――こいつ、体育館で立ちながら寝るとか高等なテクニックで終業式を乗り切りやがった!  校長先生やおっちゃん先生のありがたいお話聞けよな!…まぁダルかったけど。 「じゃあみんなまた二学期な!」元気に挨拶して下駄箱へ向かう。放課後、何事もないように帰ろうとした。 ―――レゼがいた。  立ち尽くすしかなかった、パワ子は俺の鎖骨に顎を乗せてグースカ寝てやがる! 「デンジくん」 「おっ。おう!」    俺の目線は定まらず、不審な動きをしながら答えた。 「見たよ。いくね。8月1日の夜」  ヒロミが見事仕事をしてくれた、その事実を再確認する。 「たのしいこと…しようぜ」  そうとだけ答えた。俺の頭は混乱していて、そうとしか答えようがなかったんだ。 「なんだか知らないけど…楽しみだね。じゃあね」  そう言ってレゼは明後日の方向へ帰っていった。いつも俺の家まで送ってくれるレゼだけど今日は違い方向へいった。 ―――本当に、何も考えられなかった。 ※  30と31日は土日なので休み。休日は近所の人向けに学校のプールを開放してるからな!学校にプールがない小学生のチビッ子が泳いでいるらしい。忍び込むにも忍びこめない。    そして、やってきた。決戦の月曜日、午後11時。  運悪く仕事が入ったが、岸辺隊長がかわりに出動してくれた。 「パワ子、遊びにいくぞ」 「どこじゃ?原宿は夜中店閉まっとるぞ?「ぎゅーどん」でも食べにいくのか?」 おれはコソコソとパワーの耳元に唇を近づける…なんかエッチだ 「なんじゃ?交尾か?」  この「そばっこい」行為が神聖なる瞬間―――男女の「性行動」と同義である事は、パワーが自身が一番知っていた。 「ちげーよ!学校!夜の学校に遊びに行くんだよ!」 「いつも行ってるのだが?」パワーは訝しんだ。こいつ…夏休みの概念を知らねぇ…まぁ当たり前か!悪魔だもんなぁ! 「このあいだの金曜日で学校なお休みなんだよ…先生も誰もいない学校で遊びたくねぇか?」 「よるのがっこう…そんなに楽しいのか?」 「ああ楽しい!真っ暗の廊下を走るの楽しいぞ!誰もいない教室で「授業ごっこ」やるんだ!」  デンジは雄弁に語る。そうレゼとの思い出をそのまま語るのだ。 「まるでやった事があるような言い草じゃのぉ」 「まぁね!…ちょっと昔に」  レゼの事バレたらパワーに殺される!いやあの時パワーがいなかったからしょうがねぇだろ!お前もレゼのあの魅惑に取り憑かれてみろ!夜の学校!絶対楽しいって! 「どうせ爆弾女とイチャついてた…そのあたりじゃろ」  俺は苦悶の表情を一瞬見せたが。すぐに落ち着いた。修羅場の場数を踏んでおいてよかった。何事も冷静じゃないと殺されるって岸辺の師匠からのアドバイスもあった。 「まぁええ、デンジはワシのもんじゃ!過去など関係ないわ!ガハハ」 ―――パワーがパワー級のアホで、本当によかったとこの時ほど思った事はない。 「荷物は?」 「いらねぇ「たまごっち」だけ持ってけ」 「「たまごっち」さん、死んじゃうからのぉ…」 パワーの今大事なものは「たまごっち」だ、たまごっちの死はパワーの死と同等の意味を持つ。けどプールじゃなぁ。 「パワ子、とりあえずこのジップロックにたまごっち入れろ」 「なんじゃこの袋?」 「アキが余ったブロッコリーとかカレーとかを入れる袋だ。密閉?されているから多少水に濡れても安心だ」 「よくわからんが…水のあるところに行くのか?」 「まぁな…夜の学校、楽しいぜ」  俺は岸辺隊長からもらった、大事な大事なワイヤーカッターを光らせる 「そのバカでかいハサミで何をするつもりじゃ?」 「学校の鎖を"ブチ破る"のさ!」  ちょっと格好つけて言ってみた。こういうシーン、映画によくあるよな。 「いいぞぉ!デンジ!やれ!やったるんじゃあ!」  パワーもノリノリだ。よっしゃ!待ってろ夜の学校!  途中、ハラが減っちゃつまらないのでパワーとコンビニでおにぎりを二個づつ食った。いつもの学校へ向かった。普段の通学より足取りがかなり軽い!悪い事をするって時にはどうして足取りが軽いんだろうな?―――なぁポチタ?  校門の前には人影があった、街灯に照らされて、薄く大きな影が映る。丸みを帯びた、小さな少女めいた人影だった。 「デンジ?誰かおるぞ?斃すか?」 「いや、大丈夫だ。行くぞパワ子」  パワーは血で斧を形成して構えている。やめろパワ子!悪魔以外と殺生なんて起こすな!マキマさんに今度こそ殺されるぞ!    眼の前にいたのは、美しい少女だった。街の灯りに照らされた彼女はまさしく「爆弾の魔人」そのものだった。 「デーンジくん♪」 レゼの甘い聲(こえ)が俺に響く。心からグサッと刺さる声は、『聲』と言うらしい。俺には難しすぎて書けない『漢字』だし、そんな雰囲気絶対に出せない『感じ』だ。 「来てくれたんだな…」 「まぁね。デンジくんとの約束だし、あの日とは違うよ―――」  街の雑音だけが聞こえる蒸し暑い熱帯夜。その湿気とレゼとデンジの間のちょっと熱病を帯びた関係。決裂した関係でもある。今夜はその関係の再構築である。 「そうだよな!あの時とはちがうよな―――ありがとなッ!レゼ… 「なんで爆弾女がここにいるんじゃあ!!!」  パワーがブチ切れている!憤怒のあまり斧だったものはいつも大鎌となり、レゼに降りかかろうとしているッ。レゼはレゼで首元の信管を抜こうとしている!鉄火場だッ! 「やめろパワー!」 「止めてくれるなデンジ!ワシとデンジのデートじゃぞ!デート!」 「別にお前だけだって言ってねぇだろ!たくさんいた方がいいだろ!」 「なんでパワーちゃんがいるのかなぁ?」  パワーをがっちり固めて制止しているデンジに対して、レゼは信管を抜こうしてしていた。ピンに人差し指がかかっているッ!やべぇ!やべぇぞ! 「いいだろ!みんなで楽しもうぜ!お前ら仲良くしろよなぁ!」 「できないね」「デキン!」  こいつらいつから仲が悪いんだ!?俺を取り合って何の意味があるんだよ!とデンジは疑問符を投げかける。デンジはおのれのオスとしての才能をいまだに自覚していない。品性こそないものの、女の魅了する力が彼には備わっていたのだ。原作本編がデンジと狂った女達で執り行われているのがその証左だ。 「とにかくやめろ!ここで殺し合いはやめろ!マジで公安来るぞ!レゼも無事じゃいられねぇのはわかってるだろ?」  この一言で二人は大人しくなった。お互い目線を合わせないまま、気まずい沈黙が流れた。 「―――『夜の学校』で遊びたいんだよ俺は!わかるだろ?」  俺は問い投げかけた。反応したのはレゼだった。あの夏の一時がレゼにとってイヤな思い出になってないといいけど。 「わかるよ…わかったよデンジくん」    最初に引いたのはレゼだった。当然だがレゼとパワー。どっちが大人かと言われたら断然レゼだ。 「ワシ帰るわ!ニャーコ心配じゃわ!」  パワーは子供だった、完全に拗ねていた。 「帰ったらら私とデンジくんが夜のデートする事になるんだけど?いいのかなパワーちゃん?」  レゼの問いかけに、パワーの耳は敏感に動いた。ツノがうっすらと揺れている。 「それはいかんッ!ワシ!ワシも行くぞ!」 パワーお前はなんて素直な奴なんだ…その純粋さに俺は惚れるぜ!純粋故の悪魔的行動には目を瞑る。平気で地面の蟻さんを殺すサイコ野郎なのは多分純粋故の暴力性だと思う事にしよう!  レゼもレゼでナイスフォローだ!レゼっていい奴なんだなぁ…なんでこんなに良くしてくれるんだろうか?   ―――レゼの好意ってどこから来るんだろうな?もう任務はないっていうのにベロキスまでしておっぱい揉んじまったよ。普通こんな事許されていい訳がない…なんでレゼは俺に好意を抱いてくれるんだ? 「それはご都合主義だからよデンジくん」  レゼ細やかな声で言った。そんな気がした。言葉は夜の街にかき消されて聞こえなかった…聞こえなかったんだ!多分気のせいだな!まぁいいか!よろしくなぁ!  俺とパワーとレゼ。なんとも言えない空気の中、三人で夜の校門を抜ける。 レゼといった学校はクソ田舎だったから真っ暗で。月明かり以外何も見えなかったが、ここは都内で都会でマジギラギラで、街の灯りでレゼとパワーのシルエットがはっきり見えるほどだった。本来真っ暗なはずの夜空も紫色をしている。ぼんやりと月が満ちているのだけはわかる。星なんか見えやしない。 「怖いね、デンジくん」 「あの時に比べたらそうでもないだろ」 「ううん、でもなんか怖い感じが楽しい」  レゼが、俺の手を握ってきた。なんだコレッ!すげぇドキドキするヤツじゃーん! 「―――離せよ」 なんて言えるはずもなかった。今日はみんなでなかよく夜の学校でお勉強会だからな!みんな!なかよくなぁ! 「デンジ…ワシも怖いんじゃが?」  パワ子はなんだか純粋に怖がっていた。マジでブルって俺に抱きついている。サブイボが立っているのが、肌越しにしっかりとわかる。 「お前、野生児だった頃夜中に狩りしてたんじゃないのか?」 「夜は肉食獣がうろついとるから動かん!そっと朝まで耐えるんじゃ!」 「お前、昔は森のクマさん斃して食ってたって話してただろ?」 「クマさんは本当はやさしい生きものなんじゃ、肉はあまり食わんし!日中動いとる!」 「じゃあ何食べてるんだよ」 「ドングリ、あと蜂の巣食ってるの見たぞ」 「ハチ食うの?」「そうじゃが?」  パワーの口伝で何度も聞かされた。『自称:ユーラシア大陸最強生物伝』。血を追い求めて獣を襲い、その時ニャーコを拾う武勇伝。まぁ信憑性はどうかは知らない。  だが、たまにパワーの血を吸う時に。パワ子の血を吸いたくアイツが獣だった時の記憶が血と一緒に流れ込んでくる。牧場の牛さん襲ってニャーコにミルクを与える全裸で泥まみれのパワ子の姿が浮かぶ、きっと本当の事なんだと感じられる。そうだ、その記憶だけはガチなんだ。息を吸う感覚で嘘をつくパワーだが、血の記憶だけはきっと嘘をつかない。  そんなパワーが俺にしがみついている。マジで怖いんだな夜の学校。 ―――ッツ!両手が女の子も手で塞がれている。すげぇ状態じゃないのか俺!?デンジはおのれの状況に慄(おのの)いている。    左手からはパワーのドクドクと力強い潮の感覚。エッチしてる時に感じソレと同じ脈動が手の平からビンッビンに伝わる。  右手からはレゼの感触。あまりドキドキしていいないのか、脈というものをあまり感じない。けど俺がドキドキしているからか、自分の脈動がレゼを通して感じるのがわかる。   ―――『両手に花』とはまさにこの事だッ!  「今、俺すげぇ事やっているのでは?」という自覚がデンジにも存在した。両手に女をはべらかせて、夜の学校にお散歩なんて破廉恥極まる行為じゃねぇの! (これてもしや…ハーレムじゃん!一夫多妻制ってヤツじゃん!)    デンジは心の中で絶叫した。 ―――デンジはパワーと一緒にTVを見る。NHK教育テレビを好んで見ていた。デンジとパワーの理解力でも映像を咀嚼して嚥下する事ができるカリキュラムが組まれているからだ。その中でも動物が出る番組が好きだった。動物は癒やされるからだ。その中でライオンの特集があった――― 「パワ子?ライオン見たことあるか?」「ない、ワシの経験上ライオンさんはない」   ライオンはオス一匹に対してメスを4~5匹を引き連れて『ハーレム』を形成すると番組内のナレーションは説明していた。 「パワ子?ハーレムってなんだ?」 「知らん、なんかオスがメスをいっぱい引き連れてる事らしいのぉ」 「うらやましいなぁライオンさん」  デンジはシゲシゲと見つめていた。 「母親の元から巣立った若いオスライオン達は過酷な生存競争を強いられます。闘いに継ぐ闘いの末、子どもが産める若いメスに自分をアピールしないといけないのです。そうしてハーレムを形成する第一歩を手にします。メスに選ばれなかったオス達には遺伝子を残せないという悲しい現実が待っています―――」アナウンスのお姉さんが難しい事言ってる。 「でも大変じゃぞ?メスに選ばれないオスは一生孤独に暮らすんじゃぞ」  パワー豆知識がはじまる。簡単に言えばTVのナレーションを鸚鵡(オウム)返しで喋るだけだ。 「余ったオスは?」 「ワシの餌じゃ、血肉じゃな!メスの方が味わい深いんじゃが。まぁ弱ったオスの方が仕留めやすいからのぉ…」  パワー回顧録がはじまる。へぇ、ハーレムってすげぇんだなぁ… 「―――今の俺、ハーレムじゃん。」    デンジは現状を再確認する。胸のドラムはヘビメタを熱演している。  気分は最高潮であった。 「こんな事…許されていいのか?」  自問自答するデンジ、まぁ今はその悩みよりプールだ。我に帰るとレゼとパワーが足を止めていた。 「どうするの?学校の鍵しまってるけど?」レゼ 「学校には用はねぇこっちだこっち」と校庭の方へ  デンジは手慣れた手つきで背負ってたバッグからチェーンカッターを手にする 「それどうするんじゃ?」  眼の前には金網で覆われたプール。南京錠がかけられていた。 「これで、こいつ(鍵)を、こうだ!」 ―――バチンッ!  錠が真っ二つに割れる。カタンと音と立てて硬い硬いアスファルトに落ちる。この音はデンジの中耳(ちゅうび)に特に響いた。『開放』を顕す音色であった! 「プールだ!プールで遊ぼうぜ!」  デンジは我先に走りだした。あの時の夏が、蘇るようだった。 「ちょっとまってデンジくんどういう事?」  レゼは冷静だった。 「あの時みたいに泳ぐんだよ!プールあるのに俺達は入れないなんて『ふこーへー』だろ!」  そう、夜間学校には体育の授業があっても。性質上プールで水泳の授業を設ける事ができなかったのだ。それがデンジにとって、不満であった。 「そういうの言ってくれないと困る…水着なんて用意してない!」 レゼはちょっと怒り気味の口調である。というか怒っていた。 「全裸でいいだろ」デンジはあっけらかんに言ってのけた。 「あの時も全裸で飛び込んだだろ!いいよ!水着とかメンドクセーし!」  デンジはそそくさとスニーカーを脱ぎ捨てる。布すこし窶(やつ)れてしまい、地肌が見えそうな黒色のソックスも脱ぎ捨てる。アキに頼んで新しい靴下買ってもらわないとな!  公安職員独特の細めのネクタイ。ナロータイを緩め、黒尽くめのスーツを脱ぎだした。ベルトのバックルがチャカチャカこすれる音が聞こえる。 「それは、あの時は…任務だったから…」  脱ぎだすデンジの姿を見てレゼがたじろぐ。今更恥ずかしがる事ないじゃん…とビックリしているデンジの姿があった。 「聞き分けのない爆弾女じゃのぉ!ワシ泳ぐぞぉ」  パワーはもう我先へと言わんばかりにパッパカパッパカ脱ぎ初めている。デンジよりも素早く衣服を脱ぎ捨てていく。 「///」  言葉にならない恥じらいを見せ、レゼも脱ぎ始める。  そうだ!それでいいんだレゼ!パワ子もいいぞ!物わかりがよくていいぞ!交尾とか恋愛とかめんどくせぇ!関係なく今夜は楽しく泳ごうぜ!  しかし、その夜はあの日、台風の悪魔に滅多打ちにされた夜とは理由が違った。外がやたらと明るいのだ。何度も強調しているように、街の灯りが明るいのだ。  パワーとレゼの美しい曲線がくっきりと見える。肌色まで見えるくらいだ。 (やべぇ…俺女の人の裸見てるじゃん!)  デンジは今更ながら困惑している。思っていた以上に女体が顕現(けんげん)しており。ちょっとだけエロい気分になってしまったのだ。    ここでデンジによる詳細な女体像の解説から始まる。双つの悪魔ならぬ、双つの女神がデンジの視界を支配している。プールの波間とか、ビート板とか。腰までつかる消毒槽とかもはやどうでもいいのだ!  小ぶりながら丸みを帯びた臀部は、彼女を可愛らしさを強調するには十二分の代物であった。目線はデンジの胸元あたりにあり、彼より15センチは小さいであろうその身体を、曲面が支配している。  その膨らみを帯びた乳房は、収穫前の果実めいており、林檎と言うには大きすぎ、小さめの甘瓜と呼ぶには少し物足りなかった。甘瓜はマキマさんとか姫パイくらいだろ!そうだ!桃だ。まさに古今東西の文書に乳房を桃と表記する理由がわかった。レゼのおっぱいは桃だ!そしてなにより陽に向かい上向きの乳頭が釣鐘型の形を表している。レゼのおっぱいは語りたい所がいくつもあるがこの程度にしておこう、これ以上話すとエロになるからな。とデンジは語る。  パワーの女体は黄金比、マジでモデルさんみたいだ…あんだけ食ってるのにウェストの細さはすごい、抱いている時なんかたまにそのまま背骨ごと折れるんじゃんねぇかと心配になる。  デンジはパワーの身体の話になると饒舌になる。なぜなら普段から寄り添っている柔肌だからだ。  でもおっぱいもモデルさんみてぇだ…小さい、というかない!なんつーか苺?いや苺って言ったらパワーに失礼だな!アイツもアイツで女だからな!膨らみはあるんだけど…なんかこうキツいんだよな…角度が。張り詰めたものがあるんだ!そうだ枇杷(びわ!)だ!入院中アキに食わせてもらった黄色いアレ!あれ位の実がおっぱいの中にあって!めっちゃツンとしとる!チチバンド?家じゃまずブラジャーしねぇからTシャツからおっぱい尖ってる事よくあって「痛くないのか?」って聞くけど「ワシ痛くないんじゃが?」って答える。まぁ俺もしょっちゅう揉んでるから痛いとか気にした事ないな!「もっと揉むんじゃー!」って訴えてくる位だからな!それくらい身近なもんなんだよパワ子のおっぱい!…なんでパワ子のおっぱいについて熱く語っているんだ…よろしくなぁ!これからもよろしくなぁ!  あえて二度言う。デンジはパワーの身体の話になると饒舌になる。それくらい身近にある存在だからだ。日々の暮らしを共にして、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、まぐわって、朝を迎える。  それが当たり前になっている事はデンジは悲しかった…こうなる相手が『レゼ』である可能性があった。 ―――あったんだ。と今自覚しているからだ。  あんなに酷い事をしあったけど。レゼとこうして仲良くなれた。  けどチ◯ポや☓☓☓を出し入れするような恋仲にはなれなかったからなぁ。 『出し入れ』…めんどくせぇよな。互いの機嫌を伺うなんてバカバカしい。だから今日のイカれた催しがあるのだ。  デンジは足りない頭で苦悶し、そして解決した。世界中から狙われる悪魔でも人間でもない電鋸男にしては等身大の17歳らしいちっぽけな男の子の悩みだった。 「デンジィ?…もしかしてエロ本みてる時のアホ顔しとるな?」 「デンジくん」レゼ 「なってねぇよ!今夜はエロ抜きだ!俺のチ◯ポさん元気じゃねぇし!」  デンジは己のポチタが萎えている事に安心している。肉欲と生存欲求、そして最近ちょっとだけ芽生えた承認欲求にまみれた肉の回転刃が今日はおとなしいのだ! 「そこまでアケスケに言わなくても…」レゼがたじろいでいる。 「ごめん、レゼ…つい」デンジ、突然冷静になる。 「パワーちゃんとは…そんな感じなんだね」レゼには、すべてを悟られていた。 「そうじゃが?」パワーが割って入る。まぁそうなんだけど…隠せよ… 「ふーん♪そういうデンジくんも好きだよ?」  レゼのどこか甘い声が、デンジのアケスケな心を許してくれた。  不気味な静寂が流れた、三人とも全裸になった事実だけが残った。  かくしてデンジ達にはそのいちばん長い夜が訪れようとしていた。    「―――とても楽しい夜だった(じゃった)」  そう、一生、おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても。地獄に堕ちても言えるくらいの楽しい夏の一時がはじまった。    学校の時計は見えない。きっと午後0時を迎えている気がする―――。  プールを前に立ちすくむ三人。 「改めてみると…飛び込むの怖いな?」 「ワシ怖くないんじゃが?」パワーの足はガクガク震えていた。 「あの夜と同じだよデンジくん―――。こわくない。」 レゼの一声が、俺達を変えた。  デンジは両脇にパワーとレゼ。固く、固く腕組をして。飛び込んだ。 涼しいと思えるほどには冷える事のない真夏の夜の風。それと反比例して、塩素の匂いがするプールはとても冷たかった。    アキん家の冷水シャワ-よりも何倍も冷たかった! ―――夜のプールは、サイコーだった! 「ちべたい!ちべたいぞ!」とパワーも悶絶している 「これがプールだよパワーちゃん!えいッ」  レゼはパワーに水をかける。そう、あの日のレゼと俺達がしたように。 「やめいこの爆弾女が!」パワーが腰まで使ってるレゼをさらにプールに鎮める 「デンジもじゃ!」パワーに引っ張られ、俺も水中へ潜る。 デンジ、曰く。  水の中は、どこか深い海の底みたいな感じで―――いやっ!プールなんて所詮浅いんだけどさ!深いんだよ…夜空とか全部飲みこんじゃってさ。真っ暗なんたよ。真っ暗。それでいて何も聞こえない…聞こえないのは嘘なんだポチタ…泡のブクブクする音とか、パワ子とレゼがはしゃいでる音とか、そういう『音』だけは…こう広がっていって。それでいてなにか、水の中で繋がっているようなそんな気がしてならねぇんだ!なんて説明したらいいのかわからねぇよポチタ…別にエッチな事しなくても俺達、繋がり合っているんだ! その…なんといえばいいんだろう。ああ、水面を観ても月なんて見えやしねぇ…いや  じゃれあっている!おれたちじゃれあっているんだ!    そこには「性愛」なんて物はない事をデンジは知る。知ったのだ。単純な「想い」とか「友達」とか、すごいわかりやすい…けどわかりにくい感情がこの水槽に充満している事だけは、デンジは確信していた!それはとても心地よい空間であり。今まで感じた事のない友情という感情なのかな?とデンジは拙い心で気持ちを掴み取った。  そういえば俺…「友達」っていなかったな。  デンジ回想する。この人生で「サシ」で渡り合える存在はいなかった。ヤクザやマキマさんみたいに。誰かに従属する事でしか人間関係は生まれなかった…そう関係は。だけどさみしくなかった!俺にはポチタがいた!ポチタと契約してポチタと一緒に寝て、いつも何かに飢えていて…そういう毎日を ―――この水辺で思い出しているんだ。  デンジは悟る。そして水面から立ち上がる。濡れた身体に夜風が当たって心地よい、このプールさえあれば熱帯夜なんて関係ないね!  そして、空を見上げる。月が浮かんでいた。紫色の空にかすかに浮かぶ赤い月をデンジは見た。  満月だった。俺達は満月の夜。「友達」である事を再確認している―――。  「性」から解き放された夜であったとデンジは後述するだろう。 「デンジぃぃぃ」 「なんだよパワ子今いい感じだったのに」 「わし、オシッコしたいんじゃが?してもいいのか?」 「ダメにきまってるじゃん」レゼ 「ダメダメ!プールの傍にトイレあるからそこでしろ」 「真っ暗で何も見えんが!?」  言われてみればそうである。薄暗いのは外だけであり、トイレなんて真っ暗である。でもパワ子…このいいタイミングでプールでオシッコはないんじゃないかぁ? 「―――ほら、懐中電灯だ」 灯りと共に二つの影が揺らいでいる。―――アキだ。そして天使もいる。多分 「よし、とりあえず便所いくぞ便所」 「ワシ一人でか?」 「…ついて行ってやるよ…」 「じゃあ私も行く」  真夏の夜を彩るはずのプールには似合わないツレションが始まった。サイキョーで素敵な一夜は一時休憩。  滴り落ちる水滴といっしょに足跡がめっちゃ付いている。バレるだろうなぁコレ。タオまぁいいか!どうせ乾くだろ!    プール再開!もうメチャクチャにハシャイだ!  パワーは犬かきで泳いでいる!それをゲラゲラ笑いながら俺はあの日レゼに教わったバタ足で泳いで見せる…まったく泳げねぇ!結局犬かきになる そんな俺達をレゼは笑いながら見ている。なんだかステキだ。おセンチな気分にするにはもったいねぇ。  プールの反対側では、海パンだけ履いたアキと裸の天使が泳いでいる。遠くからなので外観はわからないが、アキは海パン履くだろう。そして天使は全裸だろう。  静かな波に身を委ねて。二人が一つに重なる瞬間だけ、俺はとらえた!優しい『愛』の時間である事を知る事ができた。あいつらの掌(てのひら)はきっと一生繋がったまま、離れないと思った。アキにはその資格があるんだよ!天使にもだ!資格とかよくわからねぇけど!まぁ許されるって事だよ。  振り向くとパワ子にバタ足を教えているレゼの姿があった。ビビリながら両手をレゼに許すパワ子の姿がどこか愛おしい。  なにもより、さっきまでパワ子を殺そうとしていたレゼが何故かパワ子に水泳教えているのも不思議だ…暗闇であまり見えないけど、きっとやさしい目をしているぜ。  なんだか夢を見ている気分だ。ホントに夢じゃねーのかな? 「チェンソー様!チェンソー様!」  ビームまで出てきた!これは本格的に夢かも知れねぇ!  けど、夢じゃなかった。匂いがあるからだ。塩素の匂い、そして夏の夜っぽさを感じる青臭い草の匂い。こりゃ現実だわ! 「デンジくん?今、幸せ?」    レゼが問う。『幸せ』とは何か?17歳の少年に対する問いかけだった。 「しあわせだ!みんなと遊べて幸せだよ…」 「そっか、よかった。デンジくんに逢えて私うれしいな」  レゼが鼻歌を歌いだす。どこかで聞いた事のあるようなないような… 「なんだよ急に歌いだして」 「月がキレイだなって…これはね都会の月を歌った曲なんだって、アメリカに潜伏する時に教えてもらったちょっと古い流行歌」 「へぇ…月に都会も田舎もないと思うけど」 「『マーキー・ムーン』、これは都会の月なんだよ」  レゼがニカっと笑った。赤い月と都会の灯がレゼの笑顔を写してくれた。そんな気がする。  それからずっと、俺達は日が登るまでプールで遊び倒し、日が登る前にイソイソと着替えて校門を後にした。プールサイドで寝転がっていたら身体は勝手に乾いていた。  レゼとパワ子と俺、三人並んで川の字になってプールサイドに寝そべる。 エッチな事はナシだ!その方が楽しいしなぁ!ここで2人の女を愉しませるのは俺向きじゃねぇ…そういう妄想は枕元でするけど。しないのがれーぎ!礼儀なんだよ!    ―――神聖な瞬間がそこに訪れていた。 「――って事があったんですよマキマさん」  場所は公安の事務所へ戻る。  プールでの珍道中はマキマさんにバレていた。俺は後日「状況説明」って奴をさせられている。 「へぇ…それで、楽しかった?デンジくん」  マキマさんが冷静に聞いてくる。冷静なのが怖い。 「楽しいっていうか…なんか「友達」が出来た、そんな感じです。あとマキマさんが好きそうな映画っぽい世界が広がっていてスゲーってなりました」 「映画っぽいんだぁ…ちゃんと私に説明してくれるかな?」 「ちょっと…俺の脳みそでは無理です。けどあの夜のプールを見たらマキマさんは泣くか笑うか、どっちかしますよ?」 「ステキな映画って事だね、ちゃんと説明できるように本をいっぱい読もうねデンジくん」 「はい、先生に進められて『かいけつゾロリ』読みました!今「ズッコケ三人組」って本を読んでいます。すげぇマトモな文章が並んでいて俺でも読めるか心配で…でも!これで読書感想文書きます!」 「『友達』は大事にしようねデンジくん、あと友達とは普通エッチな事しないんだよ?」 「俺…多分。」 「多分?」マキマさん聞き返す。 「多分、まともな人生送れないで普通とかどうでもいいですマキマさん。」 「デンジくんが『楽しかったら』それでいいよ。今回の件はすべて許します、だけど―――」 「だけど?」 「ちゃんと二学期からも学校通おうねデンジくん」 「もちろん!レゼもいるし給食おいしいし!こんな俺が文字をかけるようになったんですよ!」 「よかったね」 マキマさんは、やさしかった。 「俺はマキマさんが好きだ、だけどきっとこの『好き』とパワ子やレゼへの『好き』は別物だ」  どうだろう…それで取引終了って訳にはいかないかな―――答えてくれポチタ。  『今のデンジが一番幸せだよ、きっと』  ポチタの声が心の奥底から響いた。心臓から声が聞こえるんだ。  ハーレムいいのか!?マキマさんが好きだけどパワ子とレゼも好きな俺を許してくれるのか!? 『いいよ、デンジはこれから『愛』を与えられながら生きるんだ』  ありがとうポチタ。そっかぁ!これからもみんなよろしくなぁ!  すてきなすてきなデンジハーレム計画がここに始まろうとしていた。 「とりあえず一度レゼの家に遊びにいかないとなぁ。レゼどんな所に住んでるのかな?」    夏の盛りの雑踏にデンジによる期待の囁きが消えていくのだった。