「どしたの。ハイネ」 「どう、といいますと……?」 「いや、明らかにここ数日のキミおかしいからね?今朝割った卵をそのまま三角コーナーに落としたの見てたよ?」 「あっ、それは、その……」  ヴェールがハイネに問いかけたのは、終礼だった。  わざわざみんなが揃っている時を狙うのは中々意地が悪くはあるが、それだけ気になっている……そして周知が必要なことだと判断してのことだった。  容赦なく周囲の視線が彼女に集中し、顔が真っ赤に染まっていくハイネ。  しどろもどろになって目も泳いでいるが、こういう時に何も言わずに籠城戦を決め込むタイプではないこともヴェールは知っていた。  ──つまりは、追い詰められると妙に肝が据わって、無駄に堂々とするタチな女。それがハイネなのである──。 「えーっと……ふっ……ふふふっ……好きな人ができちゃったので、恋の病……みたいな?」 「「「「「えええええええええーーーーーーーっ!?」」」」」  ヴェール、ジェニー、シュミッタ、ピットレ、エーデルの五人が示し合わせたように驚愕の声を挙げた。  唯一それを理解できる年齢ではないポトリーだけは、急に出された大きな声のほうにビクッと驚いた。 「よし、ポトリーはあっちで帰りの支度してよっか」 「うーん……」  シュミッタに連れられて、ポトリーは部屋から出て行った。  つまりは、ここから遠慮ナシ。  女の園である。 「ハイネに、春が来たのね……」 「初めてが騙されて春を売ることにならなくて良かったね」 「こら!!!」  感慨深そうに両手を合わせて握り目を輝かせるジェニーに対して、シニカルな態度を飛ばすヴェールと、それを叱り飛ばすエーデル。  既に子供に聞かせられる会話ではなかった。 「どういう人なの!聞かせてちょうだい!」 「ちょっ、ジェニーがっつきすぎ!」 「えへへへ、私たち、たまに契約者に召喚してもらうことってあるじゃないですか」 「あー……」  彼女らウィッチクラフトは、契約した者を通して“あちらの世界”に来訪することがある。  その事実を再確認しただけで、ヴェールは全てを悟った。  既に道ならぬ恋ということはなんとなく判る。  後は軟着陸を目指すようにするのが今の自分の務めである……ということも理解する。  以降の会話は、趣味を交えつつもマスターとしての立場を弁えたものとしての切り替えた。 「……どういう人なんだい、そのいい人って」 「聞きたいんですね!?聞かせてあげましょう!」 「えっうん」  開き直ったハイネは、逆にヴェールを圧倒する勢いを持っていた。  後々激しく後悔するのが目に見えているが、それは止められないしどうしようもない。 “それよりも後”を考えるのがヴェールの仕事だ。 「とりあえずは年齢から聞きたいかな?」 「私も、私も早く聞きたいわ!」 「まぁ、聞きたいけどさー、あんまり詰め寄っても仕方ないって」 「おほん。年齢は私よりもだいぶ下で……12歳ですね!」 「は?」  今明かされる衝撃の真実。  思わず、エーデルもこれには庇うことを忘れ、脳からの感情をダイレクトに吐き出さざるを得なかった。  しかし、今のハイネは無敵。  この程度は気にも留めない。 「愛は年齢に関係ないんです!私はあの時、真実の愛を得ました……!」 「うわ」 「それで、それで!どんな出会いを!?」  唯一ついていけるのが、同じくハイになったジェニー。  この手の話題への食いつき方が尋常ではない理由や如何に。 「『あちら側』で私のことが見える男の人って、いつもじろじろといやらしい視線を送ってくるんです」 (自分の服見ろ服) 「でも、その子は純粋というか、純朴というか、純真というか……。私の顔を、目を見て話してくれるんです」 「なるほど」  好きになった理由は簡単な話だった。  つまりは、穢れない少年となら気後れなく話すことができる。  そうして心を奪われてしまったと。  ハイネらしいな、とヴェールも内心で苦笑した。  同時に、流石に気の毒になった。 「で、ある日その子に……面と向かって、はっきり言われたんですよ。『好きです』って」 「きゃー♡」 「おおう……ハイネあんた……」 「うんうん」  賛美、困惑、納得。  それぞれ異なった反応を見せつつも、ヴェールがそろそろこの場を収めることを決心した。 「まぁ、いいんじゃない。そのまま続けてみたら?」 「えぇ!?マスターヴェール何考えて……」 「いいじゃないですか!見守りましょう!!」  意外な結論だが、当然考えなしのものではない。  間違いなく盲目だが、時間が解決してくれる類だ。  自然治癒……というには少し痛みを伴うかもしれないが。  それでも、無理矢理引きはがすよりは本人の為にになる、という考察の基であった。 「じゃあ、本日の業務はこれで終了~。珍しく残業もないし、解散解散~」  各々が帰っていく中で、ヴェールにエーデルが話しかける。 「本当にいいの、あれ」 「そのうち分かるよ、色んな事が」 「うーん……?」 ──一週間後。 「おや、ハイネ目の下に隈できてるよ」 「うん……昨晩寝れなくて……」 「そろそろ、その子も『芽生えちゃった』かな?」 「なんでわかるんですかぁ……」 「男なんて、みんなけだものだよ」 「そんなぁ……」 「でもね、『そういう欲望』を踏まえた上で、それでもキミの上辺だけじゃない魅力を見てくれる人が出てきたなら、それがきっと本当に良い人だから。もう少し、見られるだけじゃなくて他の人を見てあげようね」 「はい……」 「今日は奢るからさ」 「ありがとうございますぅ……」  おしまい。