それが師匠の名であることは、わざわざ確認を取るまでもなく察せることだった。 なぜそれを秘匿してまで、二人して似たり寄ったりの名を用いているのだろう。 まして黒と白、通り名さえそっくりに合わせた二人に、個別の名前があるなんて。 先生は、僕がその文字列を聞いてしまったことが――まるで嘘であることを願うように、 しかし己の失敗を認めるようにも見える、眉をしかめた表情で長いため息をついた。 何も知らなければ、それが普通だと思う。たとえ身体を重ねるような相手にだって、 名前は教えぬものだ、と、魔術の世界の道理を押し通されれば、そういうものだと納得する。 その平穏は、先生がこぼした名前一つで雨に打たれた紙切れのように破られた。 二つのうち、片方だけ知っているというのは、ひどく収まりが悪く感じられる。 先生本人の名前を、その口から聞かせてもらえないというのもなおさらもどかしい。 かといって一度聞いた、“アステーリャ”という――凛とした師匠の姿と重ならない響きは、 ずっと僕の耳の奥で転がって――とても忘れてしまうことなどできないのだ。 名とは物を指し、物を区切るは名。名前を付けるということはそのものを弁別すること、 引いては、自らの意識の中において、それとそれ以外の間に線を引くこと。 魔力の操作は、常に術師の意識を現実側へ投射し続けることだ――そんな初歩的な話を、 師匠も先生も、それぞれの言葉とやり口で教えてくれたものだった。 ならば魔女が他者に名前を知られることは――一体何を意味するのか? ぽつり、と僕は彼女の名を、僕をかき抱く白い腕の中で呟いた。 すると師匠は目を見開いて、僕の顔をじっと見るのだった――言葉もなく。 調子に乗った僕は、もう一度名前を呼びながら、彼女の胸にぐいっと頭を押しつける。 柔らかくてぶ厚い脂肪の壁を経てすら、激しく心臓の打つ音が聞こえる。 なんで――と、か細い、困惑の情がありありと現れた声をこぼす彼女の姿は、 身を守るための最後の防壁を剥がされた、弱々しささえ感じるものだった。 それを見て、僕の中の――悪い部分が、むくむくと頭をもたげてくる。 この時の師匠は、僕が少し強めに腰を掴むと――びくり、と驚くように身体を震わせた。 中に入っていくときも、普段の、大人の余裕でもって僕を受け入れる感じではない。 いつもならたんこぶを二つは付けられるようなことをしてみても、ほっぺたをつねるだけ。 師匠の胸回りについた歯型を見ながら、僕は名前の“使い方”を理解する。 僕から何かを“お願い”するような時に、それは最も効力を持つようだった。 だからといって、彼女の尊厳までを傷つけるような使い方はしなかったが、 先生の名前を――僕はアステーリャから一晩かけてじっくりと聞き出した。 “リゼット”と僕が耳元で囁くと――先生はそれをどこか想定していたかのように、 へにゃへにゃと力なく崩れ、僕の身体に体重を預けてきた。 やはり何を言うわけでもない。誰から聞いたのか――などと決まりきった問も発しない。 でも、彼女の身体は見た目よりもずっと小さくなってしまったようで、 僕の背中、服をぎゅうっと掴むその手は、僕よりも幼い子供を思わせる。 抱き返すと――普段はあんなに口数の多い先生も、ぬいぐるみのようになってしまう。 相方の名前を僕に吐いてしまった以上、師匠とも、先生とも、僕との夜の出来事を、 “二人だけの秘密”ということにしておくことはできない――すると当然、 僕がどちらの部屋――この頃には先生も荷物を運んできて書斎を一つ占領していた――にて、 その晩を過ごすか、を宣言することに、別の意味が生じてきてしまう。 姉妹喧嘩の種になるつもりはなかったのだが、先生は自分が一人の晩には散々悪態をつく。 かといって師匠を一人にさせると、僕の良心が茨に包まれたようにちくちく痛む。 だから僕は、また魔法の言葉を――二度続けて使った。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 恥ずかしがってるの?と先生は師匠に言った――だが僕の目から見るとどうやっても、 肌を紅潮させているのは先生の方だったし、両股に手を挟んでもじもじしている姿などは、 急に、彼女が精神的にも処女に戻ってしまったのではないかと思わせた。 そして僕が先生の左手をぎゅっと握って――ほっぺたに唇をくっつけると、 師匠に投げかけていたからかいの言葉さえ枯れ、俯きながら顔を真っ赤にする。 あの碧い瞳でじっと睨まれたって、目が潤んでいては威圧するどころか逆効果というものだ。 そうして一人にだけ構っていると――今度は師匠の方が機嫌を悪くしていく。 二人と同時にしたい、との“お願い”をした以上、両方を等しく愛していないと、 今こうして涙目でぎゅっと布団の端を握って我慢している、大型犬みたいなこの人を、 とてもなだめることはできなくなってしまう――僕は慌てて、もう片方の手で、 師匠の手を握りながら、そちらのほっぺたにも親愛を込めた口づけをした。 下がったままの眉の下から僕を見上げるその顔を、もっと穏やかにさせてあげたい―― 二人の腕に伸ばしていた手をそれぞれの腰に移して、ぐっ、と彼女らを引き寄せる。 柔らかな肉の大陸が、両側から僕をぺちゃんこにする――二人の方も身体をくっつけてくる。 三人分の体温、心音、呼吸、興奮――そういったものが混ざり合って重なり合って、 さっきから誰も言葉を発していないのに、どんどん、胸の中が熱くなっていく。 肩から耳にかけて、二人の大きな胸が僕の身体の左右を包んでいる――その突端にある、 ぷっくりとした四つの突起が、鼻の横を、鎖骨を、くすぐったいように掻いていく。 必然的に僕は、その固さと柔らかさの対比の中に、僕自身をも固くさせていってしまう―― 二人の表情は見えなかったけれど、どこを見られているか、は言われずともわかっていた。 師匠が僕の手の上に自身の右手を添えて――逆に胴をするりと滑らせながら、 僕の真正面に身体を移し、あっ、と言う間もなく、舌を奪ってきた。 横から、ずるい、という声がする――それを無視して、彼女は僕の後頭部に手を回す。 ちゅく、ちゅく――ゆっくりと、舌と舌の表裏を確かめ合うような口付け。 師匠の唾液を、口の中のあらゆるところに塗りたくられ――僕の唾液を、すべて吸われる。 ちらちら見える彼女の顔は、柔らかに――淫らに崩れて、蠱惑的ですらある。 先生は僕の唇を先に取られて少し怒っているようだったが――やがて両手でもって、 僕の両脚を抱えるようにくるんと横に回した――僕の臍から下が、彼女の方に向く。 そしてその感覚を僕が理解する前に、臍の上に、ぺちゃりと生暖かいものが張り付いた。 赤い筆は肋骨の下端までの三角形をゆるゆると動きながら――肌の汗を拭き取っていき、 十本の細筆が、腰から鼠径部――やがて正中線上にある、情けなく天井を向いたそのあたりを、 鍵盤でも打つかのように、時折ぴたぴたと浮いたり付いたりしながら踏み歩いていく。 側面部にあたる指の感覚に、僕はもう暴発寸前だったが、そうはさせてくれない。 ぎゅっ、と握られて――先生の手が、温かく僕を包む――と同時に、 今度は師匠の方が、先生に対して眉をひそめるのだった――しまった、そっちを取られた、と。 勝ち誇るように、先生は僕のものを握りながら、空いた唇を取りにくる。 師匠によってすっかり染められた僕の口の中を、彼女自身が塗り替えていく。 上と下とを――言い換えれば僕の表側を掌握した先生は、実に巧みに、 二人によって今にも爆発しそうな僕の欲望を、その直前で押し留めてくる。 出そうで、でも、あとほんの一歩足りない――そんなときに、 背中側に、どむっ、と重たく柔らかな感覚があって――腰と、腿とを掴まれる。 風呂で背中を洗うときのような――違うのは、そのための“道具”が、師匠の胸であり、 洗いながら、耳元で、気持ちいいか、と何度も彼女が囁くことだった。 肘を、胸の谷間がぎゅうっと挟み込んで揉みくちゃにしたかと思うと、 柔らかなその塊は肩甲骨から首裏を大きく包んで反対側に回り、今度は二の腕へ。 同時に、腿に伸ばしたその指を――すっ、すっ、と悪戯っぽく縦になぞって、 僕の背筋に――ぞくぞくとした、なんとも言えないこそばゆさを残すのだった。 身体の表面を、上下を、左右を、そうして先生と師匠とに挟まれて――撫で回されていると、 もう自分がいつ射精してしまったたのかわからなくなるぐらい、頭の中がぼうっとする。 でも、二人のくすくすという笑い声と――嗅ぎ慣れた青臭い臭いが隙間から抜けてきて、 僕は急に、自分の一切が、二人によって決められているのだということを自覚した。 そしていつの間にか、表と裏、上と下、左と右とを担当していた二人は交代していて、 僕の唇に重なっていたのは、師匠の唇の方であったのだ――それさえ、わからなくなっている。 回数もわからないほど空撃ちさせられた僕の性器は、それでもまだまだ元気だった。 すり、すり、と二人のうちのどちらかの指が優しく周縁をなぞるだけで力を取り戻していき、 そしてまた、いつの間にか、役目を果たしてぐんにゃりとする――その繰り返し。 二人の胸の谷間に浮いた汗を身体の全面に擦り込まれながら――僕の汗を、四つの乳房が拭う。 好き勝手に体勢を入れ替えられ、僕の全身は二人の玩具として余すことなく使い倒され、 はっ、と気付いた時には、寝転がされた僕の左右に師匠と先生がいた。 それぞれの頬に、何度も何度も唇を付けては離し、付けては離し――時に、耳を軽く食み。 されてばかりではいけない、と思った僕は、渾身の力を込めて上体を起こしに掛かる―― だが二人の身体が作り出す重力圏を脱出するのは、そう簡単なことではなかった。 腰に回された二人の手――それが、僕の、起き上がろうとする力と意志を何度も打ち砕く。 ただ愛されるだけの存在でいろ、と僕を子供のままにさせてこようとする。 同時に、師匠も先生も、この誘惑を振り切って欲しいのに違いなかった。 僕だけが起き上がって――左右の、二人の顔をじっと見下ろしたとき、 そこには、これから僕にめちゃくちゃにされることを期待する、媚びた目つきがあったから。 どちらを先にするか――これは難しい問題だった。が、答えは端から決まっていた。 師匠のいる方、左側に身体を向き直して覆い被さるようにくるんと身を反転させる。 先生は片肘をつき、にやにやして僕たちの様子をじっと見ていた。 師匠の方といえば、ちらりと先生の方を見やって――顔を真っ赤にしたのち、僕を見上げる。 ほんの少し突き出されたその唇に、言われずとも唇を重ね――頬を撫でてあげると、 師匠の身体は、ぴくん、ぴくん、とかわいらしく震えるのだった。 口付けは軽く済ませ、名残惜しそうな彼女の視線を振り払いつつ、僕は師匠の腰を掴む。 左右に開かれた脚の間に僕の身体自身を滑り込ませ、“準備”の整ったその奥に入り込んでいく。 先生に見られていることもあるのか、師匠の反応はいつもよりもずっと大きく、 ちょっと腰を浮かせて角度を付けるだけで、その喉からは高く、蕩けた声がこぼれてくる―― 妹のそんな姿をからかう声がすぐ横から聞こえてくるものの、師匠にはそれに返す余力はない。 視線すら、僕から切れずにいるのだ――どうして、口達者な先生に反駁することができようか。 ただ、彼女の内側だけは、僕に絡みつき、甘え、中に欲しい――そう、雄弁に物語る。 僕はすぐにはそれに応えず、ゆっくり、ゆっくりと“答え”を引き伸ばしてあげるのだった。 糸を引きながら抜かれていく僕のものを、師匠の熱のこもった視線が追いかけていく―― 名残惜しそうにもぞもぞと動く唇に、僕は再び軽く、唇を重ねて別れを告げる。 だがそれも、師匠は割り切ってくれたようだ。先生の側に身体の向きを変えるとき、 僕の腰を挟んでいた両脚を、おとなしく離してくれたから――いつもならこうはいかない。 さっきは散々、横から僕と師匠とをからかっていた先生も、いざ自分の番となるや、 先程の余裕はどこへやら、僕を受け止めるだけでいっぱいいっぱいになってしまう。 舌と舌を絡め――腰をぐりぐりと奥へと押しつけて、緩やかな円を描きつつ、 右の手で、先生の胸をぎゅうっと掴んで――離して、掴んで、また捏ねて。 僕に何かされるたびに、先生の身体は師匠よりもずっと大きな反応をする。 横から師匠がからかうと――いよいよ先生の顔も負けずに真っ赤になるのだが、 それでも、うるさい、と言ってはみせるのは、負けず嫌いな性格がそうさせるのか。 もっとも、それも言葉尻を言い終える前にかくんと音程を上げさせられて、 呼気との境を失うような恥をさらしていなければ――の話だが。 それは却って、彼女の身体がひどく敏感であることを証明する結果となった。 僕の腰に回された脚の力も、師匠がそうするのよりずっと強い。 先生の奥を突いている最中――師匠が僕の耳元で悪い考えを吹き込んだ。 お許しを得た以上、弟子がそうしない訳にもいかないだろう――僕は顔を師匠の耳に寄せ、 リゼット――と、彼女の名を耳の奥に染み込ませるように、ぽつり、ぽつりと繰り返す。 名を呼ぶたびに、びくびくと先生の内外がうち震える。きゅっ、きゅっ、と締まりが強くなる。 名前だけではない。かわいいよ、好き、綺麗――そんな言葉と絡めてあげると、 一層、彼女の反応はよくなるのだった――少し、後が怖くはあるが。 終わった後の先生の身体は、いつもへとへとに疲れ切っている。僕のせいで。 師匠のように、引き抜かれていくものを視線で追うこともできずに、 僕の顔にじっと、名残惜しそうな視線を向けるだけだ。 二人はそれぞれに下腹部を撫で、僕がそこに残したものを手のひら越しに感じている。 その様子を見ていると、本当に、彼女たちのお腹の中に――僕の、子供を宿してほしくなった。 妊娠を防ぐための魔術なんて、まだまだ見習いの僕ですらいくつも思いつく。 師匠と先生とが、仕事や生活に差し支えのないようにそれを怠っているはずもないが―― 今の僕には、それをさせない方法がある。そしてそれを使わないでいることは、できない。 僕はまた、師匠の身体に覆い被さって彼女の名を呼んだ――びくり、と身体が震える。 何かを覚悟するような――同時に、それをずっと待っていたかのような。 腰を動かしながら、先ほど先生にそうしたように、アステーリャ、と繰り返す。 師匠は僕の背中をぎゅっと抱き――無言のまま、僕の首筋から頭を、優しく撫でる。 好きなときに、好きなだけ出していい――そんな無制限の、言葉にならない愛情を感じて、 僕は腰も、彼女の名を紡ぐ唇も、止めることができなくなってしまった。 横から先生の、嫉妬に満ちた視線をひしひしと感じていたとしても。 当然、リゼットの方も放ってはおかない。さっきよりもより丁寧に、ゆっくりと腰を動かし、 彼女の脳に僕の声を刻んでいく――先生の息は、全力疾走した後のように荒い。 そこをさらに、僕の唇が何度も呼吸を阻害するものだから、いよいよ彼女はくたくたになって、 腕を上げるのさえ億劫、といった風にして、僕の両肩に手首だけを掛ける格好でぶら下がる。 それでも、両脚だけはしっかり絡めて僕から離れようとしないのは、不思議なものだった。 先生の中が――びくびく、と震えて、僕の全てを受け止めていく。 何度も何度も彼女たちの身体に精を放って、僕は今にも倒れ込みそうなぐらいだったが、 最後の儀式をやらないわけにはいかなかった――二人の目が、それを待っているから。 僕は、避妊のための魔術を掛けるふりだけをしている二人の手を、臍の下、 子宮の上からどけさせた。そこに、順番に口づけをする。また、彼女たちの身体は震える。 そして唾液の残ったままのその箇所に手を伸ばし――すりすりと撫でてあげた。 二人の喉からは――気分のいい時の猫のような、艶めかしい声が自然と奏でられる。 ずっと年下の自分の弟子の精を何度も胎内に受けて――そんなことをされては、 魔術の師匠も先生も、もう形無しというところだろう。そこにさらに、追い打ちをかける。 アステーリャ、リゼット――僕のお嫁さんになって、と。