そして三人は末永く幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。 ぱたん、と戸が閉じられる。観客は口の中に溶け残った練り飴を舐めながら散っていく。 そこに漂う、寂しげな雰囲気――僕はいつも、その空気につられて、泣きそうになる。 騒いでいた子供たちが絵と語りに段々と静かになっていって、時に悲鳴をあげ、 時に歓声をあげ、一つの塊のようにくっついていったものが――剥がされる痛み。 彼らには帰る場所がある。帰りを待ってくれている父と母がいる。 そのことを想うと、僕は不意に、この世界から切り離されたように感じてならなかった。 ぼうっと呆けた僕の頭の上から、師匠の声がする。語りのための優しい声とは違う、 少しがらがらとした、飾りっ気のない声だ。慌てて、僕は紙芝居の道具を畳んで括り、 荷台の方へとまとめて乗せるのだった――いつも、こうだ。 師匠の家に戻る道すがら、彼女は何も僕に言ってはくれない。交差点や曲がり道、 長い直線の半分ぐらい過ぎたところで――ちらり、と僕の方を見るだけだ。 それは僕の歩きが遅いのを咎めているのではない、と心の中ではわかっていても、 つい、僕は母が僕を見捨てて去っていったときのことを思い出してしまう―― ちょうど師匠の身長は、当時の母とほとんど同じぐらいだったから。 僕が後手に玄関の扉を閉めると、ぱっ、と一斉に蝋燭の灯が点いた。 師匠は既に椅子に腰掛けて、僕が近くに来るのをじっと待っている。 椅子の横に紙芝居の入れ物を置く――師匠は指で、机の上に置かれた二つの杯を指す。 一つには血のように赤い葡萄酒が、一つには白く透き通った炭酸水が。 僕達は無言のまま、かちん、と音を立てて乾杯して――それぞれの中身を、喉に通していく。 ほふぅ、と師匠の口から酒臭い息が漏れた。ほんのりと赤く色付いた頬は、 酒の色が、師匠の肌の中に巡っている証のように見えて――僕をどこまでも魅了する。 息を吐き終えた師匠は、僕に一言、お疲れ様、とだけ言ってすぐに目を閉じてしまった。 道具の手入れをしながら、僕はちらりと彼女の寝顔を見た。 彼女の家兼工房で、弟子のような生活をし始めてからもう一年近くになる。 今日のような紙芝居をしているのを見かけて、終わった後の引き裂かれるような悲しみに、 僕はべそをかいていた――その時の話の内容が、母と四人の娘の話だったこともあるだろう。 飴も買わずに紙芝居の中身に入れ込んで、終わってからも去ろうとしない子供―― 本当なら、彼女は僕のことなど気にしないでとっとと帰ってもおかしくなかっただろうに、 声をかけて――目線を合わせて、手を繋いで。その時の優しい声は、今も耳に残っている。 師匠が今の紙芝居屋の前に、どんな仕事をしてきたか、教えてくれたことはない。 物置には、色々な魔術の道具や宝石が置いてあるようだったけど―― 寝ている師匠に膝掛けを掛けてあげると、その綺麗な顔がますますよく見える。 色素の薄い髪と肌は、おとぎ話の中の住人のようだった――そこに魔女の被るとんがり帽子、 なおさらこの世のものではないかのような、不思議な感じを漂わせている。 でも、僕は知っている。前に一度、師匠が水浴びをしているところに出くわしてしまった時、 彼女の身体が、その魔女然とした服装とは対照的にきゅっと絞られていたことを。 その肌に、いくつもの傷――通り過ぎてきた道の過酷さが残っていることを。 僕の視線はつい、服越しに彼女の身体を想像してしまう――良くないとはわかっていつつも。 そして当然、視線は大きく開かれた胸元、柔らかそうな谷間に吸い寄せられる。 こういう時は、自分が男だということを強く自覚させられる――不可抗力、というやつだ。 だめだ、と思うほどに白い膨らみは僕を惹きつける。心臓が激しく打つのを感じる。 喉に落ちていく唾の音、どうか師匠には聞かれないで欲しい――そう願っていても、 自分でも恥ずかしいぐらい、音はうるさく響いた。幸い、まだ起きてはいないようだ。 思い通りにならない指は、ひざ掛けを引き上げるような振りを見せて――胸元へ。 これは不可抗力、触れてしまうのも仕方ないんだと言い訳をしながら――おい。 眼鏡の下から、琥珀色の瞳が僕を見ていた――全身の筋肉が強張って、止まる。 怒られる、という考えより先に僕の頭の中を掠めたのは、追い出される、という考えだった。 拾ってもらった恩を忘れて、自分の居場所のことだけを考える自分勝手な、子供。 でも師匠は、その一言を発してから、何も言わなかった。僕がじっと固まっているのを見て、 逆に、その胸元にぐっと抱き寄せた――柔らかな、ほんのりと甘い匂いがする。 師匠の指が僕の髪をすっと梳いて――頭骨をなぞるように横に逃げていく。 そして耳の横でぱちり、と何かの鳴らされる音がした――視界はぐるんと回転し、 師匠の寝室、毎日僕が整えている寝具の上に、二人は飛んでいた。 胸に埋もれて彼女の顔は見えない。何か言ってくれるようなそぶりもない。 でも、師匠が僕を受け入れてくれているのは感じる――どこまで?どうして? 僕は彼女にとって何なのか。僕だって、男ではあるというのに。 また寝息を立てだした師匠の腕の中で、僕は眠れない夜を過ごした。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あの柔らかな感触を思い出すと、僕の中に熱いものが渦巻くのを抑えられない。 いや――有り体に言えば僕は、師匠の腕に包まれて寝たあの晩から、 彼女の肌の艶めかしさ、ほんのり香る女性らしい匂い、視界のすぐ端に映る谷間―― そういったものにすっかりやられてしまっていた。これまでほとんど考えてもこなかった、 自分が男であるということを、否が応にも、意識させられる羽目になっていた。 目をつぶっていると、自然にあの時の光景が瞼の裏に浮かんでくる――慌てて目を開けると、 そこには幻ではない本人がいるのだからたちが悪い。言葉の通わない帰り道、 もやもやとしたものを抱えた僕の心を知ってか知らずか、やっぱり師匠は何も言わない。 旅をしていた、とか。色々と危ない橋も渡ってきた、とか。そういうことはわかっても、 師匠がどんな人で、どう暮らして、どんなことを乗り越えて――結局のところ僕は、 師匠が一人の女であるということを改めて知ると同時に、酷く嫌な想像に囚われていた。 “誰か”が彼女の過去にいたのだろうか、と。疑念はより強い渦として心の中をかき回す。 問えるわけもない。答えが得られるはずもない。それに耐えることの方が辛い。 浮ついた気持ちが表れたのか、ある日の紙芝居で、僕は紙を出す順番を間違えた。 引き込まれていた観客が、一気に現実へと醒めていくあの――居た堪れない空気は、 師匠の拳骨の形を取って、一発がつんと僕の頭にたんこぶを残す。 普段何も言ってくれないのに、こんな時だけ――と、被害者の気分になった僕は、 自室の中、いつもとは違う想いを抱えて、ずっと師匠の顔を思い浮かべていた―― だが却って、心の中のもやもやは、普段と同じ色を帯びてくる。 師匠をぎゃふんと言わせたいという――具体性を一切持たない幼稚な復讐心は、 次第にあの白い肌と、甘い匂いとに書き換えられていって、僕の頭の中を埋めていく。 師匠。師匠。師匠。頭も胸も、ぐるぐるとうねる感情でいっぱいで苦しくなってくる。 枕に顔を埋めると、その白い生地があの肌のようで――包まれているかのようで、 逆に苦しさの増した僕は、身体の下に枕を抱える格好で丸くなって脚に力を込める。 何かに強くしがみついていないと、どこまでも転がり落ちていきそうな不安感―― かろうじて息継ぎをしながら、僕は何度も彼女のことを呼んだ――頭の中がぼうっとする。 だから、師匠が何かの用事で逆に僕を呼んでいたことも、待ちかねて呼びに来たのも、 とても気付くことはできなかった――その結果がどうなったか? また僕の視界は埋まっていた。でも、枕や布団で、じゃない。 あの柔らかな胸を顔に押し付けられながら、僕は後頭部ごと髪を撫で付けられている。 赤ん坊をあやす時の姿勢に、それは近い。飼っている犬や猫をなだめるのにも似ているだろう。 ただ師匠は――僕の頭を撫でながら、たまに聞かせてくれたあの声で囁く。 そのたび、背中にぞくっ、ぞくっ、と電流が走って身体が反ろうとする――でも、 頭の後ろに手を置かれているせいで、僕の身体は倒れられず――下半身に力が入る。 まずい。と、直感的に思う――僕が健全な男子である以上、下半身において最も意識するのは、 つまり、それの状態だ。顔にこんな柔らかでいい匂いのものを押し付けられては――へぇ。 少し低い声が、耳元で響いた。膝の上に、ずん、と体重が乗ってくる。 下半身を横に逃がすこともできなくされて、僕は師匠に捕まるような格好になってしまった。 そして――嫌な想像はあたる。下半身が、熱の集まるのとは裏腹に涼しくされていく。 ぎゅっ、としなやかな指が、僕を包んだ。もう、何も隠せない。 力を抜け――と言われて言葉通りそんなことができるだろうか? 緊張で強張る身体を、胸の感触で無理やり柔らかくほぐされていって、 ただ一つ硬さの残るその箇所を、ぐに、ぐに、と確かめるように握られている。 あっ、と思う間もなく、僕の内側から何かが弾けた。全身に溜まった力が抜けていく―― 息がますます荒くなる。目の前の柔らかな何かに、ほとんど反射的にしがみつく。 僕のものを包んだままの“何か”は、僕の放ったものを捏ねるように開いては閉じたり、した。 そのままさらにもう一度、今度は握るだけでなく――縦に、粘り気を残したまま、擦る。 二度目が――一度目より早く、でも少なく――爆ぜて、目の前がちかちかして何も見えなくなった。 それから師匠は、僕の様子がおかしくなると――こうして、家に帰ってから、 そのおかしくなった“元凶”を吐き出させてくれるようになった。最初は、こうして手で。 それで二回ほど出してしまうと、もうその晩の僕は何もできなくなってしまうのだが、 ある日、勢い余って――滴が、師匠の顔、片眼鏡と、鼻先にぴたりと飛ぶのが見えた。 疲労感に沈みそうになりながら、僕は怒られるか、と身構えたのだけれど、 師匠はぺろりと舌を出して――手で拭ったそれを、舐めた。その妖しげな舌の動きと言ったら。 師匠の顔が僕の視界からふっと消えたかと思うと、股の方から、彼女の声がする。 何を言ったのかはよく聞こえなかった。ただ、両腿をしっかりと手で押さえ込まれて、 それまでの、指ではない――もっと温かくて、滑って、湿り気のある大きな空間―― もっと言えば、彼女の口が、いつの間にか僕のものをぱくりと咥え込んでしまっている。 与えられる刺激の質と量とが激変して、全てを吸い付くされてしまうかのようで、 僕は夢中で、だめだ、とかやだ、とかそんなことを言っていたような気がする。 でも――やっぱり、僕の意思に反して、それは固くなってしまうし、出てもしまうものだ。 舌が、あらゆる角度から僕を包む。口をすぼめて飲む時の、喉の奥に引っ張り上げる力―― それが魔法のように、僕の芯から様々なものを吸い上げ、持って行く――代わりに、 師匠の唾液がべっとりと付いて、しかも、その唾液自体を彼女の唇が拭うのだ。 師事する相手に、自分の一番汚いところを口にされて――全部を、見られている。 きっと僕の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったろうし、ごまかすだけの余裕もない。 なのに――師匠は僕を慰めるどころか、彼女自身も熱に浮かされたように頬を赤らめ、 じっ、と僕の顔を見つめていた。その瞳から、僕も目を逸らすことができない。 何度目かもわからない、点滅する視界の向こう――師匠は、確かに笑っていた。 はっ、と目を覚ますと、僕は師匠の部屋にいることに気付いた――なぜそれがわかったか? 肌に触れる沈み込むような柔らかな生地は、子供向けの弾力ある小さな寝台のものとは違う、 寝転がるだけですぐに眠りに落ちそうな代物だったからだ――だがそれよりも柔らかな、 彼女の肌、しかも僕との間に何も挟んでいない直のものが、そこにあった。 僕が意識を取り戻したのを確認すると、師匠はぎゅっ、と僕を抱きしめる。 柔らかくて、硬くて、でもしなやかで、甘くて。肌の匂いも、鼻に直に通る距離だ。 悪かったな――と、僕の頭を撫でながら彼女は言った。お前の、好きにしろ、とも。 好きにする?何を――決まっている。師匠の、身体を。 しかし僕は、抱きしめ返す以上の何をすればいいのか、全く見当もつかなかった。 下半身はまた、性懲りもなく暴発寸前の有様なのだが、それを、どうすればいいのか? わからない。自分の得たかったものが、目の前にあるのに――その箱の開け方がわからない。 僕はほとんど泣きそうだった。子供である、ということがとても悔しくてならなかった。 すき、と何度か呟いたような記憶はあるが――大人はこういうときに、 どうやって“好き”を相手に示すのだろう――そして師匠はそれを知っているのだろうか? そんなことを考えると、彼女が自分だけのものではなくて、既に誰かがかじった後の、 余り物を――それでも食べるに食べきれずに腐らせてしまったかのような虚しさが胸を塞ぐ。 いよいよ僕は、泣き出してしまった――その理由を彼女に問えるわけもない。 あなたは既に、僕以外の誰か――男の人と、こうなった経験はお有りなのですか?と。 師匠は、何も言わず――僕を抱いたまま、ごろんと転がって仰向けになった。 必然的に僕は天井側に来て、彼女を見下ろすような体勢になる。 僕よりずっと背の高い彼女の顔を、こうして上から見ると――胸の奥に、ずん、と来る。 師匠の腕が、一旦僕の腕から離れ――彼女の下半身へと、ゆるゆると降りていく。 それを目で追う――男と、女の違い。出ているところと、へっこんでいるところ。 彼女のそれを見て、その指が恥ずかしげに開いて見せた赤い肉の色を見て、 ぷつん、と鼻の奥に痛みが走った――だが、そんなことを気にしている余裕はない。 “ここ”と、唇だけが動いた。今や師匠の顔の方が、僕より赤いのではないかと思われた。 僕の方は、彼女そんな反応に――言葉に表しようのない、高鳴りのようなものを覚えた。 抱き合っているうちにすっかり準備を整えてしまった僕のものは、 収まるべきところに収まりたい、と逸る気持ちを抑えられずびくびく震えている。 ずぷぷ、と沈んでいく。手でも口でもない、本来、それの入るべき先。 本当は、大人の男と大人の女が、そうしてくっつけ合うための場所に、 まだほんの子供でしかない僕が、入ってしまっている。でも、それを怒る大人はいない。 師匠はむしろ自分から僕を受け入れて――僕の好きなように、させてくれようとしている。 わからないなりに、僕は懸命に先端をぐっ、ぐっ、ぐっ、と押し込んでいく。 加減がわからなかったせいか、何度か途中、師匠はくっ、と顔をしかめるそぶりを見せた。 それを見ていると、なんだか僕は背中をぐぐっと押されたような感じになって、 ごめんなさい、と心の中で謝りながら、より強くなっていく腰の動きを止められなかった。 奥の奥まで達した後――それ以上は進めないのだから、どうしても戻らないといけなくなる。 引き抜くように腰を引いていく――と、それまでは硬い土を掘るようだった内側の壁が まるで絡みついてくるかのように僕を引き留め、あらゆる角度から締め上げてきた。 思わず、彼女に口でしてもらった時のように――出ちゃう、と言葉が漏れて、 果たしてその通り、僕は情けなくもすぐに“一回目”を終えてしまう。 たった一往復で、全速力で走った後のような疲れが全身にべったり張り付いていたが、 引き抜いた後で――師匠の股間から垂れている赤白い雫の意味を聞くと、 僕の中の――男の部分が、彼女への独占欲を強く強く燃え上がらせてくる。 二度目は、もう、この行為の目的を理解してのもの。彼女に、僕の赤ちゃんを―― そう意識すると、身体が僕自身のものではなくなったように歯止めが利かなくなった。 この人に全てを受け入れてほしい――この人の初めての相手としてだけでなく、 この人の全てを僕だけが知っていたい――この気持ちは、分不相応だったろうか? だが止められない。止まらない。この最中に、女の人に何を言えばいいのかも知らず、 僕はただ、目の前にある、僕だけの人の身体から振り落とされないようにしがみついていた。 頭の両横に、柔らかくて大きな二つの枕があって――それがぐいぐいと耳を押し潰してきて、 鼻はその間に溜まった彼女の汗の匂いを、かくそばから常に吸い続けていく。 血の臭いと混ざってなお、くっきりとわかる、脳を揺さぶる、本能を刺激する匂い―― そしてまた、僕の肉体は限界を迎えて、彼女の身体を敷き布団にして寝入ってしまう。 師匠の手と足が僕を包んで――掛け布団めいて身体を覆うのを背中に感じながら。 そのたった一度きりで、僕の願ったことが果たせるわけもなかった。 だけど、師匠の用意する杯が、どちらも炭酸水の晩は、こうして―― 口付けの際、僕に酒を飲ませないための配慮であるらしかったが、 子供扱いしてくる割に、いざ身体を許せば、そこに子供も大人もなくなるというのに。 僕の身体にしっかりと手足を絡めてくる彼女の姿は――むしろ、あどけなくさえあるのだった。 師匠と肌を重ねるようになってから、一月ほどが経った頃、僕たちの家に、来客があった。 その人を見たときの師匠の顔には――隠しもしない鬱陶しさと、ほんの僅かの喜びがあって、 ちらりと僕を見やった客人の瞳は――よろめきそうな、不気味なうねりを纏っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― その人は、碧い瞳で僕を見た――触れられてもいないのに足元がぐるんと傾いたのは、 彼女の目の色が、左右非対称であったことにも原因しているのかもしれなかった。 右の白目は普通の色。だけど、左の白目は赤靄のかかっているように薄ら紅い。 それを見ているだけで、僕の視線はどちらに意識を向ければよいかを見失っていくようだった。 古い友人――師匠は腐れ縁だと吐き捨てたが――を訪ねてきたというその女性は、 師匠と、年齢的にもほとんど変わらない。つまり、僕よりはそれなりに上ということ。 二人の話している様子は、友人、だとか、腐れ縁、だとか言うものよりももっと生々しい、 喧嘩続きだった姉妹が――ふとした折に再会した風な感じさえ与えた。 お互いに遠慮のない言葉を投げかけ合い、鬱陶しがり合って、手を出すことも厭わない。 なのに、その奥深くには、決して相手を見捨てないという一本の糸が繋がっているのだ。 僕はそこに自分のいないことが――ひどく不愉快に思えてならなかった。 しかし不愉快を感じたのは、僕の方だけではないらしい。客人は僕から視線を切りもせず、 師匠に、一丁前に弟子を取るだけの甲斐性があったのかと煽り倒す。 よくもまぁ、人を馬鹿にするための語彙をあれほど溜め込んできたものだと呆れるほどに。 その言葉の中には、僕がそれまで一度たりとも聞いたことのなかった師匠の渾名―― 罪宝狩り、という言葉も初めて出た。僕が聞いたところで過去のことなのだろうけど。 師匠が片眉だけ上げながら適当にあしらうことを、むしろ彼女の側も喜んでいるようで、 なおさら、二人の間に――僕という異物の混ざっていることが気に食わなかったのだろう。 鼻先の触れそうな距離に、碧い瞳二つ。師匠とは対照的にきらきら光る金髪は、 その勢いに合わせてふわりと揺れて、また違った――甘い匂いで、僕の脳を揺らす。 彼女は、自分も魔術を教えると言って聞かなかった。師匠が何か一つ言うたびに、 その五倍の言葉であれこれと自分の優秀さと師匠の至らなさを言うものだから、 聞いているだけの僕も、いよいよ我慢がならなくなる――貴女がどれだけのものか知らないが、 僕だって――と、生意気な事を言った途端、二十倍の言葉がそれを押し潰すのだった。 結局、師匠に取ってもらっている時間と同じだけの時間を彼女に割いて、 僕は新たな師に教えを請うことになった――不承不承ながら。 彼女は僕からの呼び名を、また別のものにしようと言い出した。 同じでは気に入らない。自分の感性に合わない。かわいくない。ださい。つまらない。 “先生”とは、なんともありきたりの言葉を選ぶものだと思ったが、 しかし僕の舌の上に転がるその表現は、口にするたびに鉛のように重たく舌を圧す。 これから先、何回その名で彼女を呼ぶことになるのだろう――? それはそれとして。先生の教え方は、なるほど豪語するだけはあると認めざるを得なかった。 師匠のやり方は、多分に感覚的だったのだな、と違う教え方に触れて初めてわかる。 しっくりこなかったところ、理屈と実践との隙間の部分を、細かく区切られた言葉が埋める。 ――固め直された知識の上に、こんなことも知らないなんて、とか、何ならわかるの、とか、 時間の無駄遣いだけは得意なのね、と、きつい言葉が無数に降り注いではくるけれど。 一つのことを一つの方法で学ぶより、立体的に思考することが大切だったのだろうか? 中々成し遂げられなかった、秘薬の調合だとか使い魔の召喚だとかに成功したとき、 師匠は素直に驚き――どこか寂しそうな顔をした。それを見て、胸が、きりきりと痛む。 僕はあくまで、彼女だけを師としていたのにこれでいいのだろうか。 師匠も一人の女性であって、弱い部分も僕に隠さず見せてくれていたというのに。 自分のことだけに夢中になって――二人きりで少しずつ積み上げてきたものを、 一気に台無しにしてしまったことに、今更僕は気付いたのだった――先生の言葉が刺さる。 空っぽになっていた師匠の杯に、僕は自分から炭酸水を注いだ。 その次の日。先生は僕の首筋に顔を近づけ――息を吸い込んでから、細く吐く。 何の匂い――誰の匂い?答えをすっかり知っているものだけがする、あの問い方。 なぜあいつがこんな子供を手元に置くのかわかった――そんな口ぶりだった。 先生の指は、力も込められていないのに僕を軽々と突き倒す。 改めて見ると、大人の女の人というのは、僕よりもずっと大きく、威圧感がある。 そしてその相手が、僕を辱めようという明らかな意図をもっているとするならば―― 僕が最初に感じたのは、恐怖。自分が啄まれるだけの果実と知って。 先生は、妹に手を出した悪い子供にお仕置きでもするかのようににたりと笑う。 どうしてやろうか、と、彼女の中の嗜虐的な部分が首をもたげているのが見える。 それでも僕は――悲しいかな、自分が男の子、であることを隠し通せない。 先生の視線は、怒られながらも――無意味に元気になってしまっているそこへ。 男など所詮“そういう”ものに過ぎず、師に操を立てるなどできない獣――そんな事実を、 自ら立証してしまっている僕を、ことさらにいたぶろうとするかのごとく。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 掴まれる。師匠がそうしてくれたように優しく、ではない。乱暴に、でこそないが、 先生の掴み方は、汚いものでも摘んでいるかのような、あの持ち方に近かった。 そして握る力こそ加減してはあるものの、乱暴にごしごしと、掌の中で上下に擦られる。 決して気持ちよくはなかった。だが――一番大事なところを、他者に握られているという、 本来なら恐れおののくべき事態で、僕の身体は正直な反応を示してしまっていたのだ。 意思に反して、僕の最大限の大きさと、固さとが表れてくるに従って、 先生の手の動きはより一層、荒々しく――けれど、決定的な一線を越えさせてくれない、 実にもどかしい刺激の与え方。あと少し。足りない。もう少し。まだ届かない。早く―― 身体の内側からこみ上げるものが、うめき声になって僕の喉から情けなくとろとろ垂れる。 生意気な口を利く小僧っ子が、こんなに弱々しい姿を見せているのだ――さぞや気分よく、 先生は僕の間抜けな姿を笑っているに違いなかった。だが僕がそれを確認できないよう、 先生は、師匠に負けず劣らずの大きな胸を、僕の顔に被せて目隠しをしてくる。 先ほどまでは、彼女の手の動きから、与えられる刺激の波を僅かに予測もできた。 が、今では視覚を奪われて息もし辛い状態、鼻を動かせば甘ったるい匂いが脳を灼く。 そして身体は先生の身体と布地の間に挟まれて、どこにも逃げることなどできない。 もどかしさは、時間の感覚を引き延ばす――一秒が十秒に、何百分にも感じられるぐらい、 出そうで、出ない――出せない、出させてもらえないという苦しみは、 下半身から脳へと逆流していく。爪を剥がされるより耐え難いもののように感じられた。 それは不意に終わる。いや、あっさりと終わらせられた、が正しい。 先生は、手に少しだけ力を入れて、もどかしさの中にたゆたう僕の逃げ場を奪った。 あとは、その指の圧力に反抗するように、ぴゅく、ぴゅく、と情けなく熱がこぼれるだけ。 一方的に弄ばれておきながら、男としての何を示せたというわけでもなく――流されて、 馬鹿にする言葉をゆーっくりと、引き伸ばしながら耳元で繰り返されているうちに――また。 硬さを取り戻しては、玩具としてこねくり回され、また、抗い難くこぼれてしまう。 三度目が始まった時には、僕は指一本動かしていないのに金縛りのようになっていた。 それでも、先生は手を止めず――かといって強く動かしもせず――僕を虐める。 僕のよだれがべっとりと付いた先生の胸が、ゆっくりと上へと上がっていく―― 隙間から入り込む光と酸素で、僕の頭はもうちかちかとしてまともに何も考えられない。 けれど、耳だけは動く――先生の指が、ねっとりと、僕の出したものを練っている。 こんなに出して、気持ちよかった?あいつじゃない別の女に無理やりおっぱい押し付けられて、 それでも、気持ちよくなっちゃうような――我慢のきかない、情けない、馬鹿な男の子―― 先生の言葉が、僕のひび割れた心の隙間に染み入るように入ってくるのを止められない。 泣いたら負けだ、と思っても、恥ずかしさのせいで、僕の涙腺は決壊寸前だった。 最後に、勝ち誇るように彼女は言う。あんたは、あいつの弟子には相応しくないよ、と。 それだけは我慢がならなかった。いくら美人の――師匠以外の人に流されたとしても、 僕が彼女に対して抱いていた感情は、一緒に過ごしてきた一年余りは、 こうして侮蔑されて飲み込めるほど、軽いものではなかったはずなのだ。 僕はかあっと胸が熱くなるのに任せて、勢いよく身体を起こし、飛びかかる。 必然的に――僕は先生の上に、覆い被さるような格好になった。 もっとも、下半身は丸出しだ。体格も、向こうの方がずっと大きいのだから、 僕の反抗は、このまま良いようにされはしない、という意思表示にしかならず、 彼女は僕の下で、言葉も発さずにやにやと碧い瞳を細めるばかり。 何かしてやると息巻いた僕は、果たして彼女をどうしてやれるというのだろうか。 師匠の時は――相手が、自分の身体を委ねてくれていた。服まで、脱いでくれていた。 先生が、同じように、準備してくれるとは思えない。僕の行動を見ているだけだ。 悔しさにぽろぽろと涙をこぼしながら、僕は先生の胸を乱暴にぎゅっと掴んで揉んでみたが、 それでも痛がるどころか、僕の側に何一つ手札のないことを再確認した彼女は、 一層にやついて――僕の陰の中から、僕を見下す。やがて彼女は上体を起こすと、 自分の服――ぴっちりと、下半身の線をそのままなぞったような白い衣装の鼠径部を指で辿り、 その隙間、指の入るぐらいの切れ込みのあるところに、第一関節をすぽっ、と差し込む。 そしてもう一本指を足して摘んで――噛み合っていた金属同士をかたかた言わせる。ここだ、と。 その挑発に乗ったところで、このままでは僕は彼女に何一つ返せないような気がする。 どうしたの?との言葉を皮切りに、先生の口から何十もの弾丸の発されるより先に―― 僕は自分の唇で、彼女の言葉を封じた。両腕で、腰を掴んで、自分の意思で。 吐き出されるはずだった銃弾は、舌の上で溶けていく。僕は懸命に、 師匠と唇を交わした時のことを思い出して、相手の歯を、その奥の舌を、自分でねぶる。 不思議なことに、先生はその間、何をするでも、僕を突き放すでもなかった。 ただ、重なっている唇と唇、絡んでいる舌と舌だけが二人の間にはあって、 それ以上の何物でもないようだった――どれだけの時間が経っただろう。 僕の方から顔を離すと、明らかに、先生の顔も――赤くなっているのが見えた。 僕という獲物をいたぶることによってではない、別の種類の興奮が彼女の中に芽生えていた。 そして舌が――どこか名残惜しそうに、ほとんど無意識のうちに、突き出されていたのも。 また僕は先生の舌に自分の舌を絡め、彼女の指に指を絡めて、もっと濃厚に、口付ける。 僕の出したものが、二人の掌の間でべちゃべちゃとあちこちにくっついて、散る。 十本分の凹凸の隙間を埋めるように、青臭い接着剤が広がっていく。 やがて――今度は先生の方から顔を離すと、彼女は僕に、“そこ”を委ねるかのように、 先程の金具を指で降ろして、内側の、ぷっくりとした入り口を見せつけるのだった。 先生と同じぐらいの年、背格好も同じような女の人――なのに、まるきり何もかもが違う。 蠱惑的にてらつく肉色の中身の上に、恥ずかしそうな赤色をまとった隆起と、金色の一塊の毛。 そこに――僕は溺れていく。師匠の初めての人になったときと同じように、 先生の初めての人として、その内側へと身体を沈めていく。 痛がっていないだろうか、との心配が僕の顔に表れすぎていたのか、 先生はきっと内心とても不安だったに違いないのに、憎まれ口を叩くのをやめない。 客観的に見れば、彼女は年下の男にわざわざ処女をくれてやった女にしか過ぎなかった。 けれどあたかも、僕の方が泣いて懇願して――思い出作りでもさせてもらったかのように言う。 痛い、とは口が裂けても言うはずもなかったが、こうして喋るのをやめないこと自体、 現状を、黙って受け入れることのできない自分――その構図そのもの――についての、 彼女なりの納得の仕方であるように思えた――そして途端に、全てが繋がるのである。 先生に対して抱いていた半ばの反感は、そのまま愛らしさへと転ずるのだった。 ゆっくりと腰を動かし始める――そんなんじゃ夜が明けてしまう、と言われたところで、 激しくされて後悔するのは貴女自身ではないか。動かす方法もまた然り、 上下だけの、未開通の道をひとまずきちんと通すための最低限の動きであって、 僕が師匠と何度もそうしたような、する、ための立体的な動かし方、とはまるで違う。 そのことも知らない先生を、僕はなんだかひどく好きになってしまった。 減らず口は――無論本心からのものもあろうが――彼女自身を守る鱗のようなもの。 それが減り、生身の女性としての部分に触れている今、ようやく、僕らは同じ地平に立つ。 相手を一人の異性としてどう扱うか、という、一番原始的な関係性に還元されていく。 びゅるり、と先生の最奥に――といって、今到達できた箇所とそれは同義である――熱を、放つ。 先生は、その瞬間だけ――一際やかましく言葉を紡いだが、お腹の中に在る熱、 それを自覚すると、急に無言になって、自身の腹部の上に手を乗せ、何かを考えるのだった。 この行為、男と女が互いにくっつき合ってくっつけ合って行うことの意味―― 友人への対抗心から構った少年の精を、胎に受けた自分を客観視しようとするような顔―― そんなことは、させない。僕は不意打ちをするように彼女の唇をまた奪う。 結局、先生とも――師匠相手と同じように、身体を重ねることになった僕は、 回数の嵩むたびに、そのどちらもが違った重みを持ってくるのを感じていた。 方や恩義あり、半ば母のように姉のように感じていた、とても強い人。 方や孤独感や、不安感を、言葉の槍にて吐き出して自分を守る弱い人。 生意気な話ではあるのは承知の上で、僕はどちらにも甘えたかったし、どちらも守りたかった。 そんなことを彼女らに言えば、拳骨と嫌味が嫌と言うほど降り注いでくるに決まっていたが―― 僕が先生を大事な人だと思い始めたのと同様に、彼女もまた、 僕のことを、気まぐれに教えを授けただけのただの弟子とは思わないようだった。 相変わらず、彼女の言葉は時に辛辣で、人を人とも思わないようなことさえ言ってのける。 そこに腹を立てない――ということは、僕には無理だ。子供だということを差し引いても。 少なくとも、僕が彼女を先生と呼ぶだけの理由は、どうあったってそうそうなくならない。 ――必然的に僕は、彼女が僕のために割いている時間をどう考えているのか知りたくなった。 師匠よりよほど世渡り上手で外面のいい先生は、普通の仕事だって多いはずだ。 それをまだ、師匠への対抗心――か、僕への当てつけだけで後に回すなんて。 僕の頭を、彼女の右手――鴉のような黒い羽根の生えた、人ならざる手が掴む。 これは、先生がかつて、悪魔の遺したもの――罪宝を取り込んだ名残なのだ、と。 もう戻らないその手は、いつも、一人になると彼女を責め苛む。 師匠と先生とで仇を討ち、旅をするだけの理由を失った今においてさえ。 そこに僕の生中な言葉を挟むことは、二人の過去を汚すことであるように思われてならない。 だから――きっと先生は僕と初めて会ったとき、僕を許さなかったんだ。 かつての自分たちのように、大切な人に守られるその価値を知らない姿が憎くて。 僕は先生の孤独に――どれだけ向き合ってあげられるのだろう。 泣き出してしまった僕を、鴉の羽根が拭う。まだまだ僕は、弱い、子供でしかない。 それをいいことに、二人の身体に包まれて――ぬくぬくとしているだなんて。 でも、先生の腕の中は温かい。師匠と同じように、傷跡の残った肌を撫でると、 くすぐったがって――恥ずかしがって、すごく、かわいらしくてたまらない。 だからつい僕は、いつかの誓いを未来に先延ばしにしながら、先生の身体に溺れていく。 彼女たちが僕に身を開いてくれているという、無制限の愛情につい、甘えてしまう。 そして時には、最近少しずつ付いてきた僕自身の体力と精力に飽かせて、 僕以外の何者をも知らなかった先生の無垢な身体を、無理やりに深く掘っていくのだった。 肌を重ねてわかったのは、先生は――一度攻め始めると止めようがないが、 反面、僕の方から何かされる、というのに弱いらしい。特に口付けをしようものなら、 彼女自身は否定して憚らないが――目が、とろん、と力の抜けたようになって、かわいい。 もう終わりだ、と言ってからも僕が止めないと――最初は怒った口ぶりをしつつも、 最後は半分諦めたように、好きにさせてくれる。このあたり、きっちり止める師匠とは真逆だ。 ――そして体力が尽きて、仰向けで大きなお尻だけ僕に向けて枕を抱えながら、ぽつりと言った。 アステーリャも、どうしてこんな子供拾ったのかしら――言い辞めて、僕の方を向く。 口にしてはいけない言葉を、ついこぼしてしまったかのごとく、 普段の先生からは想像もできない、焦った表情になって。