----------------------------------------------- 晨星落落ソリテュード ----------------------------------------------- 刃が弾かれ、地に突き刺さる。 それと時を同じく、使い手は膝を地に着けていた。 それを見下ろすは、冷え切った眼差しの男。握った自身の日本刀を振り翳し、そして──。 「はい、終わり」 刀の峰にて、頭を軽く叩く。 「いっ……また負けたぁ……」 「そうだね。訓練始めて、一度も勝ち星無し」 男は目の前の人物に対して、はーぁ、と呆れたように溜め息をついた。 FHエージェント、ヤスツナ。チルドレンやスカウトされたばかりの新人エージェントの育成を任されている男だ。 目の前の人物は、まさしくその内のひとりであった。 最近FHが拾ってきた人材のようで、素質はあるらしいが、レネゲイドの出力がまだ上手くいかないらしい。 実際、ヤスツナも、数度に渡る手合わせから才覚は節々から感じていた、が……。 「あのさ〜。明るいのはそりゃ良いことよ? 雰囲気がよくなる。でもね、楽観的なのはあんまり良くないかもな〜」 「うぅ〜、良いじゃないですかぁ……。次はもっとよりよくなるって信じないと、ただでさえ辛いのに」 「悲観的か楽観的かどっちなの……そら、モットーとしては良いよ。でも戦場ではそんなの、死んじゃうよ!」 「えーん」 いかんせん、目論見が甘く、楽観の気質が強すぎるのだ。 『きっと大丈夫だろう』……それで何度も勝ちを逃している。戦場では最悪を先に考えられる方が、生き残れるのだ。 無論、悲観的な思考よりかはずっと精神の余裕を持てはするのだが、そもそもその前に死んでは意味がない。 近頃のヤスツナはこの事で頭を悩ませていた。 ヤスツナとしても、戦場にむざむざと死なせに行かせたくはない。自身の剣は生きる為のものなのだから。 さて、どうしたものか。 人間の思考は簡単には変えられない。……いや、FHなら変える方法自体はいくらかあるのだが。 しかし、『自身の元に任された』ということは、そういった手段をあまり使いたく無い人材、ということなのだろう。故に、強行策は取ることはできない。 思考を巡らせ、頭を回し──はた、と顔を上げた。 「……逆にさ」 「はぃ?」 「相手《僕》の立場に立ってみようか。どうすれば、都合が良い?」 立ち上がるようにジェスチャーし、刀を構える。その眼差しには殺意は無く、相手を見据え、出方を伺うものだ。 「え、ええと……」 よろよろと起き上がれば、同じく武器を構えて。視線を右往左往させたのち、自信なさげにヤスツナに視線を向ける。 「……ぁ、と。」「左」 「左?」 「師匠、左利きですよね。なので、左。左に動いて貰えたら、嬉しい。  それとさっきの傷、浅かったですが痛みは微弱にある。  だから動かれるより、様子を見られた方が、楽だし、気付かれ辛いから、嬉しいかなって」 しばしの沈黙が続いて、そうして。 「っ、は、はは。いや、いやいや」 「あ、やっぱダメでした、かぁ……?」 「逆逆。素晴らしいよ。君は、最善を見るのが本当に……上手いんだね」 教え子はきょとん、とした顔をしている。 この性質に必要なものは、客観性だった。 楽観視が得意なのであれば、その視点をずらしてしまえば良い。最善の影には、必ず弱点が張り付いているのだから。 「……うん。そこまでわかる君なら、次の訓練はきっと大丈夫でしょう。頑張って」 「え、えぇ? そんなムチャなぁ……」 「まあまあ。君が勝ったら、焼肉ご馳走するから」 「…………」「ぜ〜〜ったい、後悔しますよ!」 「楽観的だなぁ」 ──翌訓練。教え子は、初めてヨシツナに勝ち、たんまりと肉を喰らった。それはそれは嬉しそうに、肉を数多平らげた。 ヤスツナは、ビルの屋上にて、煌めくネオンを遠く眺めていた。 「……懐かしいな。もう何年前だっけ」 もう、この身はFHには無い。どこにも居つかぬ根無草。それこそが今のヤスツナだ。 幾度幾度、数えることすら厭気が差す程、教え子を見送って。 数多数多、忘れることすら行えぬ程、それを焼き付けてきて。 ──ああ、これは、何度目だろうか。 今宵の『標的』が、ゆらりと姿を表した。 「師匠、ああ師匠、そう、来るって『思ってた』。だって、嬉しいでしょう。弟子の、元気な姿だもの」 あれから、楽観は削れ、尖り、荒んで──『呑まれた』。それは気づけば己が『妄想』。自らの理想像を押し付ける、衝動の化け物へと。 「……そう、これが嬉しく見える? 師不孝だねえ、とても」 「あは! 皆死んだ! 違う、自分は生きてる! 幸せでしょう、違いますか?」 「違うさ、ああ……違うとも」 僅かばかりに目を伏せて、しかして、すぐさま眼前の『それ』に視線を向ける。 明確な殺意。 絶対の殺気。 自分の人生はいつだってこうだ。……ああ、厭気が差す。不承不承に刀を抜いて。不肖の弟子の始末は、きちんと取るべきなんだ。 だから。 「さようなら」 「ええ、さようなら」 きん、と、鋼が高く鳴いた。