タイトル 溺愛してくるチートダンジョン 〜パーティー追放されたおっさん配信者、ダンジョンを開拓してスローライフを謳歌する〜 あらすじ 中年ダンジョン配信者、三文字四郎は渋谷ダンジョンの攻略中にパーティーから追放される。 理由は「若者の町である渋谷のダンジョンにおっさんがいたら目障り」というもの。 ダンジョンに開いた下層に繋がると言われている危険な大穴に突き落とされた四郎。 しかし気が付いたら、四郎はダンジョンの奥地の謎の部屋にいた。そしてそこには一人の美少女が。 彼女は言う。 自分はダンジョンの意思の触媒として生まれたモンスター。 このダンジョンはあなたを愛している、と。 そして四郎の探索者カードに現れたスキル名…… 【ダンジョンより愛をこめて】 三文字四郎、38歳。 ダンジョンに溺愛されてしまったらしい。 そしてさらに知らされる重大な事実。 「あなたがダンジョンから出て行ったら私は怒って魔物が外にあふれ出る」 なんということでしょう。もはや外に出たら街が滅びる事確定してしまったのです。わあい。 かくして、ダンジョン内でのスローライフが始まる。 もうどうにでもなあれ。 一話 「おっさん、もう用済みだから」  渋谷ダンジョン第5層。チカチカと明滅するネオンのような光を放つ鉱石が壁をまだらに照らす中、パーティーリーダーのカイトが吐き捨てた言葉は、やけにクリアに俺の鼓膜を震わせた。  俺、三文字四郎《さんもんじしろう》、38歳。しがないダンジョン配信者だ。 「……は? 何言ってんだ、カイト。冗談きついぜ」  乾いた笑いを浮かべようとしたが、喉がひきつって変な音が出ただけだった。 「だから、もういらないって言ってんの。わかる? 日本語」 「理由を……聞かせてもらえないか。俺が何かヘマでもしたか? さっきのオーク戦だって、俺が前衛で引きつけなきゃ、後衛のミカが危なかったはずだ」  そうだ、つい数分前のことだ。  大型のグレートオークが振り回す棍棒を、俺は長年使い込んだ大盾で受け止め、その隙にカイトたちが魔法を叩き込んで倒した。いつも通りの、完璧な連携だったはずだ。 「あー、そういうとこ。そういうとこがウザいのよ。いつまでも師匠ヅラしてんじゃねえよ」 「師匠ヅラ……?」 「俺たち、もうあんたがいなくてもやってけるんだわ。ていうか、正直足手まとい。わかる?  若者の街、渋谷。そのダンジョンに、いつまでもおっさんがしゃしゃり出てんの、マジで絵面がキツいんだよね」  カイトの言葉に、ヒーラーのミカがこくこくと頷く。 「そうですよ、シローさん。視聴者コメントも、最近は『おっさん邪魔』とかばっかりですし。私たちのチャンネルのブランディング的にも、ちょっと……」 「配信の数字が伸び悩んでんのも、全部あんたのせいだよ」  ぐうの音も出なかった。  確かに、俺たちのチャンネル『シブヤダンジョン最前線』の登録者数は、ここ最近頭打ちになっていた。  彼らが言うように、それが俺のせいだと言われれば、そうなのかもしれない。  若くてキラキラした彼らの中に、汗臭いおっさんが一人混じっている。違和感があるのは、自分でもわかっていた。  だが、このパーティーを立ち上げたのは俺だ。  右も左もわからなかった彼らに、ダンジョンのイロハを教え込んだのも俺だ。装備の選び方、モンスターの倒し方、安全な野営地の見つけ方。俺が持っている知識と経験のすべてを、彼らに注ぎ込んできたつもりだった。 「そんな……。俺は、お前たちと、もっと上まで行けるって……」 「だから、その暑苦しいのが無理なんだって。俺たちはもっとスマートに、効率よく稼ぎたいわけ。あんたの根性論はもう古いんだよ」  カイトがくい、と顎をしゃくる。すると、パーティーのタンク役だったゴウキが、無言で俺に近づいてきた。筋骨隆々の、俺よりも一回りも二回りも大きな体躯。 「やめろ、ゴウキ……。俺たち、仲間だろ?」 「……すんません、シローさん」  ゴウキは心底申し訳なさそうな顔をしたが、その動きに躊躇はなかった。  俺の腕を掴む万力のような力に、抵抗しようにもびくともしない。そして、俺が商売道具として、そして命綱として何よりも大事にしていた配信用のスマホを懐から奪い取ると、躊躇なく地面に叩きつけた。  ガシャン! という鈍い音と共に、液晶画面が蜘蛛の巣状に砕け散る。 「あ……」  声にならない声が漏れた。あれがなければ、俺はダンジョン配信者として活動できない。それだけじゃない。ダンジョン内で外部と連絡を取る唯一の手段でもある。それを、壊すだと? 「あんたがまた変な動画上げて、俺たちの悪口とか言われても困るからさ。これで文句ねえだろ」 「そういうことだ。じゃあな、おっさん。達者で暮らせよ」  カイトはそう言うと、踵を返してパーティーメンバーと共に去っていく。ミカも、他のメンバーも、誰一人として俺の方を振り返ることはなかった。  呆然と、砕けたスマホの残骸と、遠ざかっていく彼らの背中を見つめる。怒りよりも、悲しみよりも、今はただ、何も考えられなかった。頭の中が真っ白になるというのは、こういうことか。  しばらくして、我に返る。このままここにいても仕方ない。一度、ダンジョンの入り口まで戻らなければ。  そう思って立ち上がった、その時だった。  背後に、複数の気配。振り返ると、カイトたちが戻ってきていた。その顔には、先ほどの冷たさとは違う、歪んだ笑みが浮かんでいた。 「なんだ……忘れ物か?」 「ああ、そうだよ。大事な忘れもんだ」  カイトが指さしたのは、俺のすぐ後ろ。そこには、この12層でも特に危険地帯として知られている大穴が、ぽっかりと口を開けていた。  底が見えないほど深く、下層に直接繋がっているとか、一度落ちたら二度と生きては戻れないとか、様々な憶測が飛び交っている場所だ。俺たちはいつも、この穴を避けるようにルートを取っていた。 「まさか、お前ら……」 「万が一ってことがあるからな。あんたが自力で地上に戻って、俺たちのことを探索者協会に訴えたりしたら面倒だ。だから、ここで消えてもらうのが一番手っ取り早い」 「正気か!? ここから落ちたら、死ぬんだぞ!」 「自己責任だろ? パーティーから抜けたあんたが、一人で無茶して穴に落ちた。俺たちはそう報告するだけだ」  悪魔の笑みだった。こいつらは、本気で俺を殺す気だ。  俺は慌てて逃げようとしたが、ゴウキに再び腕を掴まれ、身動きが取れなくなった。 「やめろ! 離せ!」 「シローさん、あんたの知識は役に立ったよ。でも、もういらないんだ」 「今まで、ありがとうございました」  ミカが、まるで別れの挨拶でもするかのように、綺麗なお辞儀をした。  そして、俺の体は宙に浮いた。ゴウキに軽々と持ち上げられ、大穴へと放り投げられたのだ。 「うわああああああああ!」  逆さになった視界に、嘲笑うカイトたちの顔が映る。それが、俺が最後に見た光景だった。  ◇  次に気が付いた時、俺は柔らかなベッドの上に寝かされていた。  いや、ベッドというよりは、もっとこう、雲の上にでもいるかのような、不思議な浮遊感のある寝心地だった。 「……?」  ゆっくりと目を開ける。  そこは、見知らぬ場所だった。  ダンジョンであることは確かなのだろう、ドーム状の洞窟だった。 「どこだ……ここ……」  俺は確か、大穴に突き落とされて……。  慌てて自分の体を確認する。少し痛みはあるが、骨折などの致命的な傷は負っていないようだ。 「死んだのか……? 天国、とか……?」  だとしたら、ずいぶんと殺風景な天国だ。家具の類は何もない。  俺が今寝ている、やたらふわふわした毛皮の塊のようなもの以外は、ただ、がらんとした空間が広がっているだけだ。  状況が全く理解できない。混乱する頭で必死に記憶をたどる。  追放、スマホの破壊、そして、落下。  あの時の絶望感と、死の恐怖はまだ生々しく思い出せる。だとしたら、これは一体どういうことだ。  その時、ふと、視線を感じた。  俺以外の誰かが、この部屋にいる。  ゆっくりと、音を立てないように体を起こし、視線のする方へと顔を向ける。  そして、俺は息を呑んだ。  そこに、一人の少女が立っていた。  腰まで届く、月光を溶かし込んだかのような美しい白銀の髪と瞳。人形のように整った顔立ちは、一切の感情を映していない。  そして、何より。  彼女は、糸一本まとわぬ、全裸の姿だった。 「なっ……!?」  俺は38歳のおっさんだ。年相応に、女性の裸に耐性がないわけではない。  だが、目の前の光景は、そういう次元の話ではなかった。彼女の裸は、卑猥さや扇情的なものを一切感じさせず、ただひたすらに、神聖な美術品のように見えた。あまりの美しさに、目を逸らすことすらできなかった。  少女は、俺が起きたことに気づいても、何の反応も示さない。ただ、その赤い瞳で、じっと俺を見つめている。 「き、君は……誰だ? ここは、どこなんだ?」  ようやく絞り出した声は、自分でも情けないほどに上ずっていた。  少女は、答えなかった。ただ、ゆっくりと、瞬きを一つしただけだ。  沈黙が、広い空間に重くのしかかる。  気まずさと混乱でどうにかなりそうだった。何か、何か羽織るものを……と思ったが、この部屋には何もない。俺が着ている上着を貸すべきか?  いやしかし、いきなり服を脱ぎだすおっさんなど、変態以外の何者でもない。  それに臭いし。  ぐるぐると、どうでもいい思考が頭を駆け巡る。  だが、そんな俺の葛藤を打ち破るように、少女が、初めて口を開いた。 「……起き、た?」  たどたどしい、まるで初めて口を開いて声を発したかのような声。しかしその声質は美しかった。  俺は混乱しながらも、こくりと頷く。 「ああ……。君が、助けてくれたのか?」 「……そう」  少女は、短く肯定した。 「ありがとう。……それで、ここは一体どこなんだ? 俺は渋谷ダンジョンの穴に落ちたはずなんだが……」 「ここは……その奥。|ダンジョン《わたし》の中の、奥深く」 「……? わた、し……?」  何を言っているのだろう、この娘は。  少女はやはり表情一つ変えずに、淡々と、しかし衝撃的な事実を告げた。 「私は……このダンジョン。その意思、それが生み出した……触媒。あなたに触れ、あなたと交わすために生み出された」 「……は?」  ダンジョンの、意思?  なんだそれは。ダンジョンは、モンスターが湧き出るただの迷宮じゃなかったのか。意思がある、だと?  そういう話は聞いた事が……いや、トンデモ陰謀説のひとつとしてあったような気はするが。 「そして、あなたを助けた理由。それは……」  少女は、そこで一度言葉を切った。  そして、その銀の瞳で、まっすぐに俺の目を見据えて、すっと指をさしてこう続けたのだ。 「このダンジョンが、あなたを愛しているから」 「………………」  一瞬、思考が停止した。  今、この少女は、なんと言った?  ダンジョンが、俺に、愛? 「……えっと、ごめん。もう一回言ってくれるか? 俺、多分、落下の衝撃で頭がおかしくなったみたいで、幻聴が聞こえたんだが」  その時。  俺の懐に入っていた探索者カードが震えた。  これは、所持者にレベルやスキル、ステータスに変動が起きた時に起きるバイブレーション通知だ。  こんな時に。いやこんな時だからか?  俺はカードを出して……愕然とした。  スキル獲得……ユニークスキル【ダンジョンより愛をこめて】  なんということだ。  三文字四郎、38歳。追放されたてほやほやの、しがないダンジョン配信者。  どうやら俺は、ダンジョンに愛されてしまったらしい。 二話 「ユニークスキル【ダンジョンより愛をこめて】……?」  俺は自分の探索者カードに浮かび上がった、ふざけた名前のスキルを凝視した。  なんだこれは。聞いたこともない。  混乱する頭を整理するため、俺は一度深呼吸する。  そうだ、こういう時は、あれを使えばいい。俺は腰につけていた革のポーチに手を突っ込み、ごそごそと中を探った。指先に、硬くて冷たい感触が触れる。あった。  取り出したのは、片眼鏡の形をしたマジックアイテム、「鑑定鏡」。  ダンジョン内で稀にドロップする消耗品で、スキル【鑑定】を持たない探索者でも、対象の情報を読み取ることができる優れものだ。  いざという時のためにいくつか常備していたのが幸いした。追放される時にポーチの中身まで検められなかったのは、不幸中の幸いか。  俺はその鑑定鏡を目に当て、もう一度自分の探索者カードのスキル欄を覗き込む。  レンズ越しに視界が歪み、スキル名の横に淡い光の文字が浮かび上がってきた。 --------------------------------------------------------------------------------------- 【ダンジョンより愛をこめて】 解説:ダンジョンに愛される。全てのダンジョンからというわけではなく、スキル所持者を愛する特定のダンジョンからのみである。 効果:アイテムドロップ率の上昇、モンスター遭遇率の変動、スキルや行動の成功率、レベルやステータス上昇率の変動などの恩恵を受ける。 そして、ダンジョンコアと遭遇し、縺ゅ>縺?∴縺? ?撰シ托シ抵シ???スゑス? ?ク?ケ?コ?ア?イ?ウ?エ?オ ?ァ?ィ?ゥ?ェ繧ゥ譁?ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝絖?dfgh??帥?若?? ---------------------------------------------------------------------------------------  文字化けしていた。 「ダンジョンコア……」  俺は呟き、目の前の少女に視線を移した。  彼女は、俺が鑑定鏡を使っている間も、変わらずそこに佇んでいた。人形のように整った顔は感情を映さず、ただ静かに俺を見つめている。  まさか、とは思うが。  俺は恐る恐る、もう一個の鑑定鏡を彼女に向けた。レンズ越しに、少女の姿を捉える。  すると、先ほどと同じように、淡い光の文字が彼女の頭上に浮かび上がった。 --------------------------------------------------------------------------------------- 【ユニークモンスター:ダンジョンコア・アヴァタール】 名前:無し 解説:ダンジョンコアと呼ばれるダンジョンの中枢が産み出した、外界との触媒となるモンスター。彼女の意思はダンジョンの意思であり、ダンジョンの意思は彼女の意思。しかし彼女とて己の全てを知るわけではない。 --------------------------------------------------------------------------------------- 「……やっぱりか」  ユニークモンスター。それは、種として一体しか存在しない、伝説級のモンスターを指す言葉だ。そして、ダンジョンコア・アヴァタール。アヴァタールとは、確か「化身」とか「権化」といった意味だったはずだ。  つまり彼女は、このダンジョンの核にして、その意思が人の形を取った存在、ということになる。  名前は、無し。  目の前の少女が、ただの美しい少女ではないこと。そして、俺がとんでもない状況に置かれていることを、改めて実感する。 「……君、名前はないのか」  俺が尋ねると、少女はこくりと小さく頷いた。その仕草は、どこか幼く見える。 「そうか。じゃあ、俺が名前をつけてもいいか?」 「……なま、え?」  少女は初めて、少しだけ不思議そうな顔で首を傾げた。その無垢な反応に、俺は少しだけ頬が緩むのを感じる。 「ああ。ずっと『君』とか『おい』とかじゃ、不便だろ。……そうだな、君は肌も髪も、まるで雪みたいに白いから……『スノウ』っていうのはどうだ?」  スノウ。  単純すぎるだろうか。だが、彼女の印象に一番しっくりくる言葉だった。  俺がそう提案すると、彼女――スノウは、ぱちぱちと数回、ゆっくりと瞬きをした。そして、その感情の読めなかった銀色の瞳が、ほんのわずかに、本当に、ほんのわずかに揺らめいたように見えた。 「……すのう」  自分の名前を確かめるように、たどたどしく呟く。 「気に入らなかったか?」 「……ううん。それが、いい」  こくり、と再び頷く。その声は、平坦なようでいて、どこか嬉しそうな響きを帯びている気がした。よかった、気に入ってくれたらしい。 「よろしくな、スノウ」 「……うん。よろしく、……おにい、さん?」  お兄さん。  その言葉に、俺は思わず苦笑した。38歳のおっさんが、お兄さんか。まあ、彼女の外見年齢からすれば、そう見えるのかもしれない。あるいは、俺の本当の年齢など、ダンジョンの彼女にとっては些細なことなのか。 「四郎だ。三文字四郎」 「……うん、シロウ」  さて、と。  スノウとのファーストコンタクトと名付けも終わり、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、今後のことを考えることにした。  まず、現状の整理だ。  俺はパーティーを追放され、大穴に突き落とされた。しかし、このダンジョンの化身であるスノウに助けられ、今はダンジョンの最奥部らしき場所にいる。そして、どういうわけか、このダンジョンから一方的に愛されているらしい。 「……なあ、スノウ。あいつら、俺を突き落とした連中は、今どうしてるかわかるか?」  気になっていたことを尋ねてみる。  カイト、ミカ、ゴウキ……。俺を裏切り、殺そうとした元仲間たち。彼らの顔を思い出すと、胸の奥に黒く、重い感情が渦巻くのがわかる。怒り、悲しみ、そして何よりも深い失望。  俺の問いに、スノウは少しの間黙り込んだ。そして、静かに口を開く。 「……まだ、ダンジョンの中。わたしを傷つけた……あなたを傷つけた、悪い人たち。……仕返し、する?」 「え?」 「仕返しなら……手伝う、全力で」  怖い。  ダンジョンの全力での復讐。絶対にろくなことにならない。  俺の脳裏によぎったのは、モンスタースタンピードと呼ばれる災害だ。  幸いにも日本ではまだ起こったことはないが、ダンジョンからモンスターが地上に溢れるという大災害だ。  大陸ではそれで町どころか国がひとつ滅びた事がある。  その力を使えば、カイトたちに復讐することなど容易いだろう。彼らが俺にしたことと同じ、いや、それ以上の苦しみを与えることができる。  だが……。 「……いや、いい」  俺は、ゆっくりと首を横に振った。 「いいの? ……彼らは、あなたを殺そうとした」 「ああ。それは、悔しいし、腹も立つ。ちくしょう、って思う気持ちは、もちろんあるさ。……でもな」  俺は言葉を区切り、自分の心の中を整理するように、ゆっくりと続けた。 「それ以上に、なんだか、もうどうでもよくなっちまったんだ。  失望、したのかな。あいつらと、もっと上まで行けるって、本気で信じてたんだがな……。それが、ただの俺の独りよがりだったってわかって、なんだか、ぷっつりと糸が切れちまった感じだ」  そうだ。  俺は彼らを信じていた。家族のように、とは言わない。だが、共に死線を乗り越えてきた、かけがえのない仲間だと思っていた。俺が持っている知識や経験は、全て彼らに伝えたつもりだ。それが、彼らの成長に繋がり、パーティー全体の力になると思っていたから。  だが、彼らにとっては、それすらも「師匠ヅラ」で「ウザい」ものだった。  その事実が、何よりも俺の心を抉った。 「復讐したって、何も変わらない。虚しいだけだ」  そう言うと、スノウは少し不満そうな顔で、じっと俺を見つめてきた。 「……あなたは、優しすぎる」 「おっさんだからな。怒り続ける体力も、もうないんだよ」  俺は自嘲気味に笑った。  まあ、いい。終わったことだ。彼らとは、もう二度と会うこともないだろう。  また会ったらその時はその時だ。  恨みは忘れないし根に持つが、復讐なんざばかばかしい。 「よし、じゃあ、とりあえずはここから……」  外に出て、今後のことを考えるか。  そう言いかけて、俺は言葉を止めた。  スノウが、俺の上着の裾を、小さな手で、きゅっと掴んでいたからだ。 「……スノウ?」 「……どこか、行くの?」  その声は、震えていた。不安と、怯えと、そして、拒絶の色をはっきりと含んだ声だった。 「いや、とりあえず一度、外に出ようかと。探索者協会に報告もしなきゃならんし、今後の生活のこともあるしな」 「……だめ」 「え?」 「外には、行かせない。……出て、欲しくない」  スノウは、さらに強く俺の服を掴んだ。その白い指先は、力が入りすぎて、さらに白くなっている。 「シロウが出て行ったら……きっとわたしは、怒って、泣いて、悲しんで……そうしたら、このダンジョンの魔物たちが、みんな暴れ出す。外の世界まで、出て行ってしまうかもしれない」  モンスタースタンピード。  つい今しがた想像した地獄絵図。どうやらそれは俺がダンジョンから出ると起きてしまうらしい。  うわあ、ダンジョンの愛が重い。 「……わ、わかった。わかったよ、スノウ。外には出ない。ここにいる」  俺がそう言うと、スノウはほっとしたように、掴んでいた服の力を緩めた。  どうやら俺は、このダンジョンに愛されると同時に、囚われてしまったらしい。  さて、そうなると……。  復讐はしない。外にも出られない。  俺は、これからここで、どうすればいいんだ?  途方に暮れて、その場にどっかりと座り込む。  ……ああ、いや。なんだか、色々とどうでもよくなってきたな。  追放されて、殺されかけて、ダンジョンの化身に監禁されて。短時間で、俺の人生はとんでもない方向に転がっている。  もう、ジタバタしても仕方ないのかもしれない。  俺は、何をやりたかったんだっけ。  配信者として有名になりたかった? 金を稼ぎたかった?  いや、違う。  確かに、生活のために金は必要だった。配信の数字も気にしていた。  でも、俺が最初にダンジョンに潜ろうと思った理由は、もっと単純なものだったはずだ。  そうだ。  ダンジョンという、この世界に突如として現れた、未知の存在。  その不思議を、この目で見て、知りたかった。誰も見たことのない景色を、発見したかった。  ただ、純粋な好奇心と探求心。それが、俺の原点だった。  いつの間にか、パーティーの運営とか、若手の育成とか、配信の数字とか、そういうものに追われて、一番大事なことを忘れかけていたのかもしれない。  俺は、ゆっくりと立ち上がった。  そして、目の前にいる、ダンジョンの化身――スノウを見つめる。  ダンジョンを知りたい。探求したい。  そのダンジョンそのものが、今、俺の目の前にいる。  そして、彼女《ダンジョン》は、俺を愛している、らしい。  外には出られないが、これほどダンジョン探求に適した環境が、他にあるだろうか? 「……ふっ」  思わず、笑いがこみ上げてきた。 「ははは……ははははは!」  なんだ、そうか。そういうことか。  追放? 上等だ。  監禁? 望むところだ。 「決めた」  俺は、晴れやかな気分で、スノウに向かって宣言した。 「俺は、ここで暮らすことにする。初心に戻って、心機一転だ。もういい年だしな。これからは、このダンジョンで、スローライフを送ることにするよ」  三文字四郎、38歳。  追放されたしがないダンジョン配信者のセカンドライフが、今、このダンジョンの最奥部で、静かに幕を開けたのだった。