セラ。アズライトの人間が何故『赤』に身を包むか知っているか "意思の表明"だよ。我が身独り、血潮を燃やし戦いやがて己が血で染まろうと、この地の人々を守り抜かんとした我が祖先の高潔たる意思 この先、私はこの手を血に染めてでも為さねばならない事があるのかもしれん。それが父の後を継ぎこの家を守り続けることなのか、それとも別の何かなのか……それは神のみぞ知るというやつだろう ───私が戦おう。アズライトの血を引く者として、伏した父の代わりにいまは、キミのために ……昔の事だ。まだ若かった兄さんはどんな気持ちで大人の前に出ていたのだろう 幼い頃に母親に先立たれて、知らぬ間に毒を盛られて日に日に衰弱してった父上の代わりに家を守ろうと権力者に囲まれながらずっと気丈に真面目にワタシを背中で守ってくれていたシャオ兄さんは…どれだけ心細くて痩せ我慢していたのだろう 再婚した腹違いの母親から生まれて疎まれて、それでも守ってくれる兄さんにずっと甘ったれでいつも背中に隠れるしかできなかったワタシは、そんなこと考えたことなかった もし兄さんがどこか遠くでしがらみから解放されて、肩の荷を下ろして自由に生きられてたのなら……兄さんが心安らいで甘えられる誰かがいてくれたならいいのに 側にいてくれる誰かとは、常に理不尽に連れ去られてきた。昔も今も ───空から落ちてきた厄災がワタシたちを襲いくる 傷つき倒れるコモンドモンを前に兄の面影がひどく重なって、涙で滲んで何も見えなくなる 「セラ……キミは皆と逃げるが良い。私が時間を稼ごう」 ────────── 【セラ&オアシス団M5065/MAKUAKE】 ────────── ワタシはいまオアシス団という場所で生きてる 団の人たちは大勢いて……みんな大概変だけどみんなワタシに良くしてくれる。身の回りの世話や美味しい食べ物や、時々お勉強を教えてくれる人もいる 現実世界にいた頃よりずっと優しい人たちに囲まれてるんだと、安心して泣きたくなる でも泣いてる暇はない。一日でも早く立派な大人になって生きていくチカラを身につけなきゃいけないのだから そこへ天羽生ヤチホと暁月マシロ───現実世界で戦うテイマーの2人が偶然ゲートに巻き込まれてDWに落ちてきたのをオアシス団のワタシたちは見つけ介抱したのが出会い 暁月マシロは赤いコモンドモンを見た時に兄の名を呼び、そしてワタシ【セラ・アズライト】を知っているようで ───彼はシャオ兄さんの友達だったのだ だけどコモンドモンは兄さんの名前など知らないし、マシロは兄の行方に口を噤むばかり ようやく掴んだと思った行方不明の兄の手がかりがまた消えて落ち込むワタシへヤチホという子が励ます でもその優しさにどう接して良いかわからなかった。きっとこの子は普通の女の子。身なりも指先も普通に綺麗で屈託なく笑うことのできる場所で育ったのだろう ワタシとは違う世界で普通に生きてきた人間のありきたりな言葉で慰められるのは良い気がしなかった 寒いのは嫌い。肌を晒すのも正直嫌い。素肌や素足にもまだあの冷たさと痛みが染み付いてる気がして、すごくやるせなくなる ワタシの実家───アズライト家が取り潰しにあってから預かり親の下で奴隷のように扱われてきた たった2人で生きていこうって約束したのに、ワタシの兄さんはワタシを置いてどこかへ消えてしまった。迎えにくるって信じてた。でもその度に預かり親たちは「アイツはお前を捨てた」って嘲笑された 悔しかった。尊敬してきた兄さんがそんな人間な訳ないと否定したかったのにあの人はいつまで経ってもワタシを迎えに来てくれなかった。 嘘つき。でも……そんな事言いたくなかった 世界がどうなってたかなんて知らなかった。朝から晩まで馬車馬のように働かされて新聞を読む暇さえなかったもの 突然世界が爆ぜてワタシは目が覚めた。預かり親の寝てた家が燃えて【落ちてきた紫色の何か】でペシャンコになってるのがわかった。馬小屋で寝てたからワタシは潰されずに生きていた 夜なのに街と空が目が痛いくらい真っ赤で、わけもわからず必死で逃げまわってこんなにも辛い思いを重ねてきたのに、兄さんはやっぱり来なくて あの辛い場所からようやく出られたのに外の世界は混沌としていて。ワタシは何もかもに疲れてしまって蹲ってしまった。いっそこのまま死んでしまえばいいのにとさえ…… 『セラ』 だけどそんなワタシを見つけてくれた声がしたの。それがコモンドモンとの出会い 赤くてフワフワで、どこか図々しくてキザったらしくて凛々しくて……初めてなのに妙に懐かしい声 ……その声が目の前で消えそうになっている またワタシの目の前から消えてしまう。冷たくなってしまう 【ギズモンEXA-M】 空を割り落ちてきた怪物の名 彼はあの巨龍に大切な幼馴染を奪われたんだ。そして今マシロはヤチホを守るためチャックモンへと進化し必死に争っている そして【ギズモン】と呼ばれる元となった人工デジモン、そいつらがシャオ兄さんを───かけがえのない友達を殺したんだと暁月マシロがワタシに言う どっちも許せないのにワタシには戦う力がない。コモンドモンを進化させることもできない ワタシは知らぬ間にシャオ兄さんに生かされてここにいる。生かされたワタシは何もできない子供のまま終わるのだろうか ……違う、隣にワタシと同い年でデジモンと共に戦う女の子がいる。マシロという存在に護られながら彼女もまたマシロを、そしてこの場所にいるみんなを護るために究極体のホーリードラモンと共に気丈に戦うことができる子 天羽生ヤチホを見て奮い立つ コモンドモンは死なせない マシロの落ちてきたこの地に見つけた"氷のヒューマンスピリット"と共に手に入れた"光のヒューマンスピリット"を掲げてコモンドモンの前に飛び出す ヴォルフモンになれないとしても、己の血に塗れたとしても護りたいと思うものが今ここにあると気づいた アズライトの人間としての───その名を背負った兄さんの背中に見た気高さは消させない ワタシがその意思を継がねばならない 「ワタシはセラ……下々の者たちを護るため戦ってきた祖先アズライト家の娘。そしてシャオ・アズライトの妹なんだからぁぁぁっ!!!」 ──────────── 「セラーーーっ!!!」 ギズモンEXA-Mと相対するこの戦場はかつてコモンドモンが目覚めた再誕の地 そこに残された彼のデジタマのカケラが呼応し光を帯びて、カタチを変えて駆け出したコモンドモンへと飛翔していく 「あれは光のビーストスピリット!?」 「……軟弱者と笑うがいい。私は家も家族も、最期には己の命を賭してなお何ひとつ守れなかった情け無い漢だと。だが今私は望む、スピリットよ今一度『私』にチカラを貸せ───"スピリット・エボリューション"!!」 「え……」 暖かくて大きな背中の上にいた。兄の背に揺られた懐かしい記憶とダブって、マシロがその名を叫ぶ 「───【ガルムモン】!?」 「……ああそうだ、私としたことが随分と長い間寝ぼけていたようだ。待たせたな、セラ。ようやくキミを迎えに来られた」 「………シャオ……にいさんなの……?」 光の白狼が背に目配せて頷いた 「……ッ、シャオ───【シャオ・アズライト】!」 「久しぶりだなマシロ、キミには聞くべきことが山ほどある。だが感情に浸るのは後だ……アキホの仇討ちの続きといこう」 「ああ、……ああっ!」 ガルムモン、チャックモンが立ち塞がる それでも、このままではギズモンEXA-Mという超弩級デジモンに太刀打ちしうるだけの戦力には遠く及ぶものではないのは明らかで 「スレイプモンはどうしたマシロ」 「……」 「そうか、すまなかった。私が居なくなってから随分と皆に迷惑をかけたようだ」 「謝るなら先にセラちゃんにしてよ。キチンと君の大切な家族にね」 蒲生アキホという友の仇を打つため、2人は互いの絆をコンビネーションに変え再びギズモンへと立ち向かう オアシス団の皆が次々と彼らを援護し強大な厄災を封じ込めてゆく ガルムモンの背に掴まり風を切る ワタシたちの覚悟と祈りに兄妹の光のスピリットが呼応する 「セラ、ワタシを導いてくれ」 「いくわよ!」 ───スピリット・エボリューション 「「───エンシェントガルルモン【メテオライト】!!」」 コモンドモンが進化したガルムモンがワタシたちのチカラを合わせ、古代の光の闘士の姿を真紅に染めながら降臨する 「ほう…私たちに応えるか。ならば見せてもらうか、古代十闘士の力とやらを」 「アンタはワタシたちの……獲物よ!」 「駆けろ我が躯、赤き彗星の如く!!」 成層圏へと飛翔し膨大なレーザーを解き放ったギズモンの砲火を切り裂きながら、赤い彗星が宇宙へと 「GAGA!?」 「「───《スカーライト・ベロシティ》!!」」 ギズモンの躯体が真っ二つに張り裂け、紅の閃光が天に駆け上る 「勝利の栄光をキミに」 「兄さん、シャオにいさぁーんっ!うわあああ…っ…あああん…」 それからワタシはひどく泣き続けた もう人間でなくなってしまった兄 甘ったれで情け無いキザったらしい軟弱者の兄 ……それでもまたワタシの側に寄り添ってくれていた兄 「バカ…バカぁ、どうしてこんなヘッポコわんこになっちゃってるのよー!キザで甘ったれで、こんなに側にいたのに妹の顔も忘れてバカバカバカ!今更助けに来てくれたって全然…ぜんぜんかっこよくなんてないんだからっ…!」 「フ…見損なわれてしまったな」 「そんなわけないじゃないバカぁっ!」 そんな兄がワタシは大好きだった ヤチホは一緒に喜びを分かち合ってくれた 同時にヤチホはマシロが、彼のと同じデジヴァイスを拾い上げながら知らない女性の名を口ずさんでるのを見ていた 「───おかえり、【アキホ】」 それは形見 あのギズモンEXA-Mこそ……増殖した"量産機"ではなく暁月マシロの追い求めた仇……恋人を殺しパートナーのエグザモンを喰らった"本体"だった ───ヤチホはそこで初めて暁月マシロがかつて愛し死別した恋人の存在を知ったのだ ───────── 野良デジタルゲートを潜りヤチホが先んじて元の世界へ帰る中、兄はマシロを呼び止める 「マシロ、あの子は」 「不思議だよね。あんなにもそっくりな子が他の世界にいたなんてさ」 「やはりココは"我々の知るDW"では無いんだな。世界は……私たちの世界はどうなった」 「………もう大丈夫」   ・・・・・・・ 僕が全部やりとげたから 「……マシロ、変わったな」 長い沈黙の果てに呟かれた【完遂】 その内に感じた冷たさをシャオ兄さんが代弁する 「君もアキホも僕の目の前から居なくなって随分と経つからね。今日ようやく、ようやく友達を取り戻したんだボクは……ありがとうシャオ」 「それだけじゃないだろう。……全て変わってしまったんだな」 「……シャオにはバレちゃうね、さすがボクの親友」 「マシロ、私に出来ることはまだあるのか。キミはこれからどう」 「いままでありがとうシャオ。キチンとお別れを言えてよかった……今度こそ妹さんを大切にするんだよ」 「待て、待てマシロ…!」 瞬きをしたとき、そこにいたはずの暁月マシロは忽然と姿を消していた。消耗したコモンドモンに直ちにそれを追いかける力は残されてなかった。傍らにうずくまったまま歯噛みするコモンドモンから聞いた声は、とても悲しそうだった 「冗談ではない…!」