空に輝く星々と、それを返して煌めく水面。 踏みしめるたびに足跡が残るのが楽しくて、笑いながら波を軽く蹴った。 自然は変わらない綺麗を湛えていて好きだ。陽の中にあっては見えずとも、夜が来ればまた現れるから。 彼を振り返る。この景色は僕だけのものではないと知ってなお、不快はなかった。 彼は何を思っているのだろうか。子供じみた僕に呆れているのか、はたまた笑って見ているのか。 そこまでは仄暗い夜闇の中ではわからなかった。銀に近い白髪が、星に照らされて綺麗だった。 彼との初めての仕事を終えてから、言葉を交わす機会は増えて行った。 言葉を交わすのが楽しかった。あれ以降、ほんの少し物腰が柔らかくなった気がするのは僕の願望だろうか。 彼と共にあるのは心地よかった。ただそこに彼がいるというだけで、ほんの少し世界が色付く気がした。 今もそうだ。 彼と共に過ごす時間が増えていく。それを嬉しく思う。 思えばこの浜辺に最初に来た時も、彼の背を追って来たのだったか。 何を言うんだと言われるかもしれないけど。 これでも感謝しているんだ。自分に向き合う機会をくれて。 君のまっすぐな生への渇望で、僕は僕の奥底を知れたんだ――と、内心を言葉にすればそんなものだろうか。 ここまで考えた訳ではないけどね。 ぱちゃり。もう一つ波を蹴ったところで、彼が僕を呼び止めた。 振り返る。相変わらず表情は見えなかったけど。 そこに彼がいるというだけで、僕にとっては十分だった。 彼が口を開いた。すぅ、と息を吸って。 一言一言に、魂を込めるかのように、話し出した。 それと同時、地平から陽が登り始めた。 夜が、終わる。僕達の時間が過ぎていく。 陽の当たらない場所でしか生きられない。そういう道を歩いてきた。 僕と今まで過ごしてきた時間は幸福だったと、彼は言った。 その言葉こそが息も詰まるような幸福だった。 陽が照らし始めた中を、エヴィが一歩一歩近付いてくる。 この瞬間だけが永遠に続けばいいと思った。 強欲だと思った。耳を澄ますことも。この先を望むことも。 彼も、僕と歩む|未来《このさき》を望んでいた。 ──エイド、お前が好きだ。 ――この世の何より、お前が欲しい。 彼の手が、僕を包んだ。 それを見てから、僕はゆっくりと顔を上げた。 無意識に、見ないようにしていた。変わらない綺麗こそが、僕にとっての至宝だから。 僕が追って来たのは彼の背だったから。彼の瞳を、今一度正面から見据えるのが怖かった。 彼の肩越しに、明らむ空が目に入った。 赤を強めた紫は、彼の瞳の色だ。まだ去り損ねた星々は、うっすらとその中に輝いている。 半ば放心状態で、そのまま視線を上げ切った。 エヴィの瞳は、変わっていた。より綺麗に。 後ろの空なんて、比べ物にならないくらいに。 息も忘れて、それに見入った。 かつて見たのは、不死への狂気と、それを滲ませた安堵の涙。そして言い表せない無数の想い。 今そこにあったのは、ほんの一握りの不安と気恥ずかしさ。 そして、他すべてが、一心不乱の愛を叫んでいた。 誰に向かって?決まっている。 他ならない、僕に向かって。 「……返事、を」 「しないと、いけないね」 彼の瞳に不安の色が増した。言葉すら忘れていた。 震える声を、努めて抑えた。 初めてのことだった。誰かから求められたのは。 僕の力でもない。僕の物でもない。僕そのものを求められたのが。 それが途方もなく、嬉しくて。 「……僕も、だよ。僕も、君のことが大好きだ」 ぐずぐずと、みっともなく泣きながら、ただ口から内心すべてを吐き出した。 きっと泣いたのも初めてだった。"欲しい"以外に心動いたことなんて、今までになかった。 「君の隣にいたい。……君の全部を、僕のものにしたい」 「そのためなら、僕は……僕のすべてを、差し出せる……だから」 「……ずっと、そばにいてほしい……」 そこで、堪え切れなくなって。ついには、彼の胸の中で大泣きした。 そこからどのくらい泣いたのかは覚えていない。自分を抱きしめる彼の体温と、抱きしめる腕の意外な逞しさだけを、ぼんやりと記憶した。 ……ようやく泣き止んだ頃。 赤くなった瞳を見上げながら、僕も宣誓を告げた。 貰った言葉の答えを返すだけじゃなくて、僕から何かをあげたかった。 「見果てぬ夢を追う愚かと、この世の誰が笑おうと」 「僕は笑わないよ。君の隣で、君と同じ夢を追おう」 「死にすら僕達を分かたせない。……僕は」 「永遠に君と、一緒にいるよ」 「……大好きだよ、エヴィ」 そう言って、僕は。 油断した彼の顔を狙って、ほんの少しだけ、背伸びをした。