影山は、『追放者専門』のスカウトマンである。その肩書を聞いて、眉をひそめない者はいない。だが、彼にとってそれは、一流のプロフェッショナルである証だった。 彼の仕事は、表向きは崩壊寸前のパーティに救いの手を差し伸べることだが、その実態は全く異なる。彼は、まだ芽吹いていない才能、特にパーティの足かせと見なされながらも、秘めたる可能性を持つ者を密かに見つけ出す。そして、その者が『円満に』追放されるよう、状況を誘導するのだ。追放された者は、影山の斡旋によって、その秘めたる才能を最大限に活かせる新たな居場所を見つける。結果として、元のパーティは再編され、追放された者もまた飛躍する。誰もが幸福になるWin-Winの関係――それが影山の目指す『円満追放』の究極形だった。 今日もまた、影山は冒険者ギルドの喧騒の中にいた。木と石造りの重厚な建築は、剣と魔法の響き、依頼を求める冒険者たちの熱気、そして酒と汗の匂いが混じり合う、この世界の縮図だった。影山は、ギルドの片隅、しかし全体を見渡せるカウンター席に座り、琥珀色のエールをゆっくりと傾けながら、じっと『獲物』を観察していた。彼の目は、常に光るものを探している。それは、金貨の輝きでも、伝説級のアイテムの輝きでもない。人の中に秘められた、未だ見ぬ才能の輝きだ。 今日のターゲットは、『暁の誓い』というパーティだ。結成から三年、地道に実績を積み上げ、最近ようやく中堅どころとして頭角を現し始めた、ごく一般的な構成のパーティだった。リーダーの戦士、ガストンは猪突猛進型で、大剣をブンブン振り回すのが得意だが、仲間への気遣いを忘れない熱血漢。魔法使いのリリアは冷静沈着で、炎と氷の魔法を使いこなす知的な美人だが、時折見せる天然な一面がパーティの和やかな雰囲気を保っている。僧侶のフレイヤは、パーティのムードメーカーで、どんな時でも笑顔を絶やさず、回復魔法だけでなく、皆の心の傷まで癒やすような優しさを持つ。 そして、問題の人物――いや、影山にとってはこの上ない『宝の原石』ともいうべき存在が、パーティの最後尾で、常に申し訳なさそうに、しかし健気に立っている。エリゼ。彼女は、パーティの雑用係だった。装備の手入れ、食料の調達、野営地の設営、そして戦闘後の荷物運び。どれもこれも、パーティにとって必要不可欠な仕事ではあるが、冒険者としての華やかさとは無縁の、地味な作業ばかりだ。ギルドの依頼を受ける際も、パーティの代表はガストンが務め、エリゼはいつも一歩引いた場所で、彼らのやり取りを不安げに見守っている。 影山は、エリゼの様子を数日間にわたって観察していた。彼女はいつも控えめで、自分の意見を主張することはほとんどない。しかし、その動きには無駄がなく、パーティが快適に活動できるよう、常に先回りして行動しているのが見て取れた。ガストンの剣が切れ味を失えば、すぐに研磨剤を用意し、リリアが魔法の詠唱に集中できるよう、邪魔な小石を蹴散らす。フレイヤが疲れていれば、そっと温かいハーブティーを差し出す。彼女の存在は、まるで空気のように自然で、しかし、なければパーティの活動に支障をきたす、そんな不可欠な存在だった。 影山は、無意識のうちに己の特殊スキル『才能探知(タレント・サーチ)』を発動させていた。それは、対象の秘めたる才能、特にパーティから疎まれがちな『異質な』スキルや、周囲からは理解されにくい『特殊な』能力の片鱗を視覚化する、影山にしか扱えないユニークスキルだ。通常、このスキルで視認できるのは、まだ覚醒していない、あるいは本人すら気づいていない潜在的な能力の兆候であることが多い。しかし、エリゼの場合、その兆候はあまりにも微弱で、影山でさえ見逃しそうになるほどだった。 「……まさか」 影山の目が、わずかに見開かれた。エリゼの頭上に、ぼんやりとした光の輪が浮かび上がったのだ。最初は微弱で、まるで蜃気楼のように揺らいでいたが、次の瞬間、その光は淡い金色に輝き、確かな形を結び始めた。そして、影山の視界に、はっきりと文字が浮かび上がる。 『経験値生成』 影山は、その文字を視認した瞬間、思わず息を呑んだ。それは、伝説級のレアスキルだ。パーティメンバーが周囲にいるだけで、微量ながらも経験値を継続的に生み出し続けるという、まさにチートとしか言いようのない能力。この世界において、経験値は冒険者が強くなるための最も重要な要素であり、それを自動的に、しかも永続的に生み出すスキルなど、聞いたこともない。 影山の心臓が、ドクンと大きく鳴った。追放者専門スカウトとしての第六感が、けたたましく警鐘を鳴らしている。このスキルを持つ者が、なぜこんな冴えない雑用係に甘んじているのか。そして、なぜ『暁の誓い』のメンバーは、その恩恵に気づかないのか? 影山は、再び『暁の誓い』のメンバーに目を向けた。ガストン、リリア、フレイヤ。彼らは、皆、エリゼの存在を当たり前のように受け入れている。いや、それどころか、エリゼの地味な働きを、心から感謝しているようだった。ガストンはエリゼが差し出した水筒を受け取り、豪快に喉を鳴らして飲み干すと、「エリゼ、いつも助かるぜ!」と笑顔で頭を撫でた。リリアは、エリゼがそっと傍に置いた魔法薬の瓶を見て、小さく「ありがとう」と呟いた。フレイヤは、エリゼの肩を抱き寄せ、「無理しちゃダメだよ、エリゼちゃん」と優しく微笑む。 影山は、すぐにその理由を悟った。エリゼが、このパーティに『愛されすぎている』のだ。彼らは、エリゼを単なる雑用係としてではなく、かけがえのない『仲間』として受け入れている。その温情が、影山にとって最大の障害だった。彼らは、エリゼがパーティにもたらす『経験値生成』という隠れた恩恵に気づいていないが、それでもエリゼを心から大切にしている。スキルがなくても、エリゼはパーティにとってなくてはならない存在なのだ。 「このパーティ…あったかすぎる!」 影山は、心の中で叫んだ。これほどまでに絆の深いパーティから、円満に追放を誘導するのは至難の業だ。過去にも、情の深いパーティを相手にしたことはあったが、ここまで強固な絆で結ばれたパーティは、そう多くはなかった。だが、だからこそ、プロの腕が試される。スカウトマンとしての矜持が、彼の胸に熱く燃え上がった。レアスキル『経験値生成』を持つ者を、こんな雑用係のままで終わらせるわけにはいかない。彼女には、もっと相応しい場所があるはずだ。そして、その場所へ彼女を導くのが、自分の使命なのだ。 「面子にかけて、彼女を円満に追放させてみせる!」 影山は、静かに席を立ち、ギルドを後にした。彼の孤独で陰湿な戦いが、今、始まったばかりだ。まずは、エリゼが『暁の誓い』にとって、いかに『不要な存在』であるかを、彼らにそれとなく認識させることから始めるべきだろう。そして、その『不要さ』を、彼らが自らの手で認めざるを得ない状況を作り出すのだ。 影山は、ギルドを出て、人通りの少ない裏路地へと足を踏み入れた。路地裏の薄暗闇が、彼の影を長く引き伸ばす。彼は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、数日前に彼が仕込んだ、ある依頼の内容が記されている。 『依頼名:初心者冒険者のための効率的な薬草採集ルートの開拓』 一見すると、何の変哲もない依頼だ。しかし、影山は知っている。この依頼が、『暁の誓い』、そしてエリゼにとって、最初の『罠』となることを。このルートは、エリゼが普段薬草採集に利用しているルートと酷似しており、しかも、通常よりも効率が良く、安全性が高い。もし、この依頼が成功すれば、エリゼの『薬草採集』という役割は、パーティにとって相対的に価値が低下するだろう。 影山は、羊皮紙をゆっくりと燃やし、その灰が風に舞い散るのを見送った。彼の顔には、いつもの冷徹なプロフェッショナルの笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥には、どこか寂しげな光が宿っているように見えた。孤独なスカウトマンの、陰湿で、しかし確かな信念に裏打ちされた戦いが、今、静かに幕を開けたのだった。 次の日、影山は早朝からギルドに姿を現した。彼の視線の先には、『暁の誓い』のメンバーが、いつものようにエリゼを伴って、今日の依頼を確認している姿があった。ガストンが大きな声で依頼内容を読み上げ、リリアが地図を広げ、フレイヤがエリゼの肩を軽く叩いている。そして、その依頼の中に、影山が仕込んだ『薬草採集ルートの開拓』が、確かに含まれていた。 「ふむ……」 影山は、満足げに小さく頷いた。彼の計画は、すでに第一段階へと移行したのだ。しかし、その顔に油断の色は一切ない。『暁の誓い』の絆の深さを知る影山にとって、この程度の仕掛けでは、彼らを揺るがすことなどできないだろう。これは、あくまで序章に過ぎない。 エリゼは、今日の依頼内容に、少しだけ戸惑った表情を見せていた。普段の彼女の仕事と重なる部分が多い。だが、パーティメンバーの誰もが、この依頼を『効率が良い』と歓迎している。彼女は、自分の役割が少しずつ曖昧になっていくことに、まだ気づいていない。 影山は、そんなエリゼの様子を静かに見つめていた。彼の計画は、エリゼを傷つけるためではない。彼女を、もっと輝かせるためだ。そのためには、一時的な痛みも、誤解も、必要なプロセスなのだと、影山は自分に言い聞かせた。彼の心の中には、確固たるプロフェッショナリズムと、そして、ごくわずかな、しかし確かな『温情』が同居していた。 「さあ、始めようか、エリゼ。君の新たな旅立ちのために」 影山は、心の中でそう呟き、静かにエールを飲み干した。グラスの底に、わずかな泡が残っている。それは、まるで、これから巻き起こる嵐の前の静けさのようだった。異世界スカウトマンの孤独で陰湿な戦いは、まだ始まったばかりだ。しかし、この戦いの先に、エリゼが最高の笑顔で輝く未来があることを、影山は信じて疑わなかった。そのために、彼はどんな困難にも立ち向かう覚悟だった。たとえ、それが『温情パーティ』の強固な絆を打ち破ることであったとしても。彼の視線は、再び『暁の誓い』へと向けられた。まだ温かい絆に包まれた彼らの上に、やがて影山の策略の影が、静かに落ちていく。それは、誰も気づかない、微かな、しかし確実な変化の始まりだった。)