崩壊:1 ────────── 『───臨時ニュースをお伝えします。本日、日本時間午後、大手製薬企業FE社CEO【クオン・I・比良坂】氏が新薬発表の演説中狙撃される事件が発生しました』 『───被害者は頭部を撃ち抜かれ意識不明、病院に緊急搬送されましたが……』 「会社に戻ろうにもデジタルゲートが通じん、ゲオ爺たちにも連絡がつかん。ああクソどうなっとるんや…」 この混乱の中でなすべき事をなすためにもっと上手いやりようがあるはずだ。だのに殴りつけられたように頭が回らない、自分は今取り乱している FEの計画に勘づいた外野の連中が不穏な動きをしていたようだが、まさかこうも早く野蛮な強硬手段に出てくるとは 雨上がり、星明かりの届かぬ高台の暗がり。独り見つめる電子機器の画面にリフレインするアナウンサーの声を聞き冷静さを欠いた背に誰かの気配 反応が遅れ身構えたその時…… 「こんなところに居たんですねタツミ様」 「えっ……クオンちゃん、なんで!?」 幻聴。否、暗がりの空間に突如ノイズが走り、現れた声の主の女性を叫ぶ いつも通りのどこか浮世離れしている落ち着いた顔立ちから柔和な声 「擬装テクスチャです。死んだのは私の影武者─── あそこで狙われることは事前に察知してたので利用させていただき、これで表舞台から私はすんなり消えることができました。私たちの計画のため必要なこととはいえアナタにはとてもご心配おかけしました、ごめんなさい」 白髪の頭を深く下げるクオン。生きている。今またこうして話すことができている 嬉しさが膨らみ早口にまくしたてるように許す 「ああもう、ええよええよ気にせんといて!わざわざ会いにきて連絡くれるなんて律儀な真似されたら怒れへんしそんなつもりもあらへん、ウチはクオンちゃんが生きててくれて嬉しいんよ…!」 「ふふっ、やっぱりタツミ様を見ているとなんだか落ち着きますね」 謝意を受けつついつもの調子で茶化しながら喜びを伝えると、彼女もまた安心したのか見慣れた薄い笑みを浮かべたのを見てこちらも胸を撫で下ろす 「───それでこれからどうすんねん、いよいよ大詰めってトコやろ」 「ええ、我々は限られたメンバーを連れてホウライオブジェクトに接触・拿捕します。副社長たちの一派を会社の混乱の隙に引き剥がした今、まもなく天沼矛はダークエリアの"ポイント"へ発進します」 「なら、ウチにも出来ることはあるんやろ?護衛でも露払いでもなんでもやったるで。もうすぐクオンちゃんの願いが叶ってハッピーエンドなんや気合い入るで!」 「……」 「え?」 長い長い沈黙 「朧巻タツミ様。私は今日アナタにお礼と最後のお別れを言いにきました」 「───はっ?」 突きつけられた別離の言葉、飲み込めず固まる 「今まで我々によく尽くしてくださりました、その功績あって今日ようやく最終実験にこぎつけられたのです。感謝しきれません」 「いや…いやいや待ってくれ、なんでや」 「貴方はFE社および火行部隊を正式に除籍、貴方を縛り付けるものは何ひとつ無くなります。自由の身です」 「おかしいやろ…なんでこの局面でウチが除け者にされなアカンのや」 目を伏せ言葉を濁すクオン 「せや、あの副社長すぐに追っかけてくるやろ……影ちゃん───いやBVとかもクオンちゃんらが動けば勘付くハズ。きっとダークエリア内は真っ向からのぶつかり合いや、戦力は1人でも多いほどええんちゃう?」 「改めて私に賛同し残った五行の水・土・金の方々が主となり防衛班を再編成し天沼矛内外の迎撃にあたってくれます。副社長派の追っ手に関してはゲオルグ様たち火行が殿を務めてくださります、直前まで他のテイマーと交戦し負傷した彼は足手纏いを嫌い自ら囮を志願しました」 「なんやそれウチにも黙っとったなゲオ爺……なら余計ウチが居なアカンやないかい!」 「ゲオルグ様はそれを拒絶なさいました。やはり次にタツミ様と顔を合わせるのは、成長した貴方と互いに死合う時のみと───そう約束してらっしゃったのですね」 「あンの……どこまでもらしいっちゃらしい筆頭やで」 負傷した身体で囮を買う意味を知らぬ歴戦の傭兵上がりの爺ではないだろうに こんな状況下でも元部下に縋ろうともしないその頑なさ、尚も生き延びた後に自分を愉しませるためだけに殺しに来いと挑発するその心意気。どこまでも戦いにしか居場所のない人間 だが、それでも朧巻タツミという存在がクオンの頼みと同様に生きるためのアイデンティティを形成した尊敬する人物だった その2人に拒絶されながら、腑に落ちない部分を問いただす 「ならっ…なら尚更、なんでわざわざウチを探したんや。命狙わとる中せっかく雲隠れしたっちゅーに護衛もつけず独りで、五行のトップでもない窓際飛び越してコウモリしとった失敗作のウチを」 「そうですね。目的のため数多を汚しながら歩んだ私が今更何をと仰るかもしれませんが、何故でしょう……貴方に対しては一際大きな後悔があってそれを謝りたかったのだと思います。貴方を人たり得ぬ存在のまま世に送り出してしまったこと」 「ウチはそんな事思ったことないで。確かにウチは蘇ったニンゲンとしちゃ半端でクオンちゃんの望んだ成果やなかったんかもしれん───けど、こんなべっぴんさんがウチをこの世に引っ張り出して"困ってるから手を貸してくれ言うた"んや、断る理由なんてあらへん。その恩義一日たりとも忘れた事あらへん、尽くすのなんて当然やろ」 「どうしてタツミさんは、それほど私に優しくしてくださるのでしょうか」 「何度も言うたやろー。ウチ、クオンちゃんのこと一目惚れしてもうたんや。クオンちゃんのタメなら地の果て水の底空の彼方どこへだって行ける気するんやで」 「うふふ、やっぱりタツミさんはいつもお上手ですね」 結局、自分のやりたい事は今も昔も変わらない おそらく『後始末』という依頼掲示に導かれ"謎の邸内で対峙したキメラモン"───【かつてクオンの母だったと思しき慣れ果ての怪物】を殺した時、クオン母の魂をキメラモンの身体に閉じ込め弄ぶために何者かによって振るわれた"力の残滓"に触れて、炙り出されるように垣間見た魂と記憶の底に沈んでいた"浪人"と同じなのだ 目の前にいる敬愛する誰かのために自分の存在を賭けて死んでいった彼と、気持ちが重なってより強くわかる 「だからウチもクオンちゃんの夢が叶うのを一緒に見届け…」 「でも、貴方にはもう私たちとは別の居場所ができつつあるのでしょう?」 「……ッ、それは……」 「外の世界に触れて、貴方は自ら考えてあの方々と共に肩を並べることを選んだ。たとえ束の間であってもそれは貴方が私なんかの操り人形ではなく自分のために自由を選ぼうとした証拠。私は何故かそれを嬉しく思いました。そして貴方には……"貴方にだけ"は私たちの後悔に付き合うのではなく、どうか自由に生きてほしいと身勝手に思ってしまったんです。本当、何故でしょうね」 言葉に詰まった 記憶の底の浪人に笑いかける女性、彼女もまたそのように彼を案じていたのだろうか?それを確かめる術はない 「そんな事は……っ、そんなことよりクオンちゃんが願い叶えることのが大事や。もうすぐ、もう少しで叶うんやから嬉しいやろ。なっクオンちゃん?」 「……いいんです」 言葉無くただ踵を返す彼女の頬に浮かんだ……ひと筋の"涙" 「…!?」 「本当に、本当にありがとうございました。どうか新世界に貴方の幸福があらんことを」 「クオンちゃん!」 行くな。その背に駆け伸ばした掌が虚空にかすめて、再び声が消える 「さようなら」 ────── ────── 【朧巻タツミMATHURO/FE崩壊】 ────── ────── 「影ちゃん、ウチと勝負してくれへん」 「なんだ。……いや、そういえば貴様は元々僕と殺し合いがしたいから付き纏ってきたんだったな」 「おう。仕事がひと段落して長い有給休暇もろて、ちょうど気が向いたしガチでやりあおうや」 「……」 「……」 「場所を変えよう、着いてこい」 秋月影太郎に連れられ、次に彼がこちらを振り返った時には空風が吹くどこかの廃ビルの屋上に立っていた 彼との出会いはFE社と繋がりのある【デジモンイレイザー】のためと上司からの命令で戦い、一度腹に穴を開けてやった仲からだ だが強かった。戦ってたのしかった。火行筆頭ゲオルグの部下として戦いの愉しさに感化され・また肌に合っていた当時の自分はこの秋月影太郎という漢を気に入ってしまった 生き残った彼とはいずれ再戦したいと願い、付き纏い、なんやかんやして打倒デジモンイレイザーを掲げる組織【BV】の肩を持つ羽目になった 裏切り者と謗る連中と戦うのもそれはそれで楽しかったし、ゲオ爺もまた『せっかく外に出るのなら強くなって殺しに来い』と武者修行感覚で追い出してきたのだから、やはり理解ある上司に恵まれていたのかもしれないと───もう二度と顔を合わせることが叶わぬかもしれぬゲオルグへ静かに感謝する 「え、エータロー…ホントにタツミと戦うの?」 「……」 「オ、オボロモンも…」 「……」 「何とか言ってよ、もう…!」 さて、そんな待ちに待った絶好の機会というのに妙に心は踊らないし昂りもしない それは彼も同様のようで、しかめつらで眼鏡を直すテイマーの右足下で彼のパートナー【ズバモン亜種】がそわそわと沈黙を破り、秋月影太郎がようやく口を開く 「言い残すことはあるか」 「せやな……クオンちゃんは生きとった」 「やはりな」 「なんやバレとったんかい…」 「いや、先ほどからの貴様の調子を見て確信を得たというところだ。奴はどこにいる……オマエは何故まだここに残っている」 「あらま……残念ウチはクオンちゃんに置いてかれてもうた仲間外れ。───クオンちゃんは不老不死を叶える遺物【ホウライオブジェクト】を見つけた。あの子にとってウチはもう用済み……私を忘れて自由に生きろと最後に言われたんや」 「FE社のお前の役割は終わったということか」 「せやからウチも最期に影ちゃんと心置きなく、死合えるっちゅーワケ……」 「女にフラれた自暴自棄とは随分と腑抜けた動機で果たし合いを叩きつけてくれたな。いっそまた元鞘に戻っていれば遠慮なく貴様を叩き斬ってせいせいしてやりたいところだ」 「うぐっ!?手厳しいこと言わんといてウチこれでもガチのショック受けとるんやで泣いてまうよ?」 「大の大人が何を。貴様今いくつだ」 「えーと……お侍さんの居た時代ってだいたい何百年前やっけ」 「は?」 「ままええわ、とにかくウチがやりたい事やり残した事で出来るのは……クオンちゃんには申し訳ないけど、もう影ちゃんと斬り合いしたいっちゅートコくらいしか思いつかんかった。情け無いことに自由に生きてやりたいことが死ぬか殺すか……気持ち悪いなぁウチ。しかもそのハズやのにウチは今全然楽しゅう無い」 「奇遇だな。僕も今の腑抜けきった貴様に腹に風穴開けられるほどお人よしじゃない、ましてや斬る価値もない」 相変わらず歯に衣着せぬ物言いだ。だがそれに安堵してる自分も確かにいる 『───でも、貴方にはもう私たちとは別の居場所ができつつあるのでしょう?』 クオンの言葉通りなのかもしれない。自分が彼女の側で何かをせずとも、この人ならざる身が心落ち着けられるような受け皿の一つはここにある。それでも…… 「……ウチがもっと利口なら、ココでキミを忘れて納得できるんなら、よかったんかなぁ」 PPPP...... 「通信……どうした」 『───影さん、ダークエリアのFE社の施設が急に動き出しました!』 「始まったか……ミサキ・インプモン、【オモイカネモン】の奪取はできそうか」 天沼矛が動き出した。ついに始まってしまった ダークエリアに先行していたBVの【赤城アカネ】からの観測情報を受け、影太郎から潜入任務に当たった【赤瀬満咲姫】へと繋がれた通信へ耳を澄ます 『あっはい、捕縛用プログラムはいくつも用意したので接触さえできれば。……あと残ってた比良坂社長の謀反派は追撃に向かい出した様子で思っていたより警備は手薄です。それに停電…?があったようで』 「停電…?」 『見えた、ミサキあそこがサーバールームだ』 まさかBVも既にFE本社に侵入しているとは。だがその内容に聞き覚えのない名を耳にしたため訊ねる 「オモイカネモンっちゅーのは何や?」 「クオン・I・比良坂が開発したFE社…いやオノゴロ市そのもののデータ管理中枢システム『O.M.I.K.N(オーミコン)』───その正体となるデジモン、いやアプモンとでも呼ぼうか」 「えっあの街デジモン1匹が動かしとったん!?てかクオンちゃんそんなん作ってたんやスゴ…」 「この局面で置き去りにされるお前には奴も教える義理はなかっただろうな。何せお前は見た目からして性格も口も軽い男だ」 カチン 「なんやーそれっ影ちゃんの陰険メガネー!」 「チッ。……ともかくFE社の全てを集積してきたであろうソレを野放しにはできん。拿捕が間に合えば社長どもの野望をへし折るための起死回生の手段を得られるかもしれない」 それほど重要なオモイカネモンを捕まえておけば今後重要な交渉材料や何かの切り札となる。それはわかる だが影太郎の声色は疑念の中、同時に何かの可能性に触れているかのような語り口 「……そのオモイカネモンを捕まえる作戦は影ちゃんが全部調べて考えたんか?」 またしても沈黙。怪訝そうにこちらを見やり、インカムを外しながら告げる 「───約1か月前、お前が邸で【謎のキメラモン】と戦った事件の同時刻、並行してダークエリア内のFE社採掘現場跡地で連中が消息不明となっていたのを探っていた時に遭遇したある"協力者"の依頼。僕はその人物から初めてオモイカネモンの存在を知覚した。奴はFE社の野望を潰すために僕に接触してきた」 「なっ…初耳やぞ誰やそれ!」 「何せこの事はまだ誰にも話していない。龍崎凜のように怨恨を持つ在野の協力者はあり得ない話ではない……が」 「嘘やろ、そんな怪しいヤツの口車に乗ったんか」 「あいにく僕は目的のため手段を選ばない人間だ、利用価値は何でも使わせてもらうさ。仔細は省くが諜報活動を重ねた結果、全くのデタラメではない事も分かったからな……故にオモイカネモンの情報のみをBVに共有し、拿捕をミサキらに願い出た」 「ウチ仲間はずれかいな…」 「お前にはそれよりも重大な仕事があるだろう」 「ん…?」 『───ああっ!?』 途端、握り込んでいたインカムのスピーカーを劈いてミサキの呆然とした声が会話を遮る 「どうした!」 「サーバールームが……サーバールームが"水没"してます!」 「何、そんなバカな話があるか!」 『ホントです、そこに倒れてるのもおそらく木行次席……まさか戦闘があった…?』 「時間がない、ジョンとポリノーシスはただちにミサキの下へ迎え。ウェザドラモンの力で乾燥すれば修復は早められるか……?サーバー水没の犯人と木行次席に警戒しながらミサキの復旧作業を可能な限り手伝え!」 『うう…や、やってみます!』 『と、とにかく万が一を考えてアレコレ持ってきた甲斐があったよ!ボクが先行して機材の修理を始めるカラ、ミサキもお願い!』 通信が切れる。予想外のアクシデントに見舞われた面々に支持を飛ばしたのち影太郎は改めて告げる 「僕たちは天沼矛に突入する。貴様も来い、タツミ」 「……はぁ、ウチにだけ尻拭いさせるつもりなら気ぃ乗らへんのやけど」 「クオンに"逢いに行くぞ"。それが仕事だ」 「……ふっ、ええねその言い方。口説きに免じて乗ったるわ」 ────────── 崩壊:2→