崩壊:3 ────────── 紋章が反転する 壊された魂の傀儡と成り果てたガブモンに【白い闇】が殺到する 染め上げる 創り変える ガブモン ワープ進化─── 「何───!?」 天沼矛の内側に突如増殖する《黒い泡沫》が瞬き、この世のものとは思えぬ力場に千切れ、食い破られ、壊れる悍ましい音が無尽に耳を劈いた 類稀なる衝撃。それは究極体デジモンの攻撃ですらしのぎ切るよう設計されたはずの"神の矛"が権能と心臓を失った証左だった 「まさか天沼矛のメインシャフトを一瞬で破壊したというのか……!」 「───"イロージョン・ラプチャー"」 「!?」 怪物の姿が遠方から消える。瞬きの間も無く眼前に膨れた"黒い泡"を裂いて、クオンとバグラモンを眼前に睨み据えるように現る バグラモンの目がその正体を看破し、身構えるより早く─── 「ワームスフィア……空間を自在に断裂し使役するだと……!?」 バグラモンの半身を黒い光が飲み込む 彼は残された右腕を咄嗟にクオンに伸ばし、突き飛ばす。放り出されながらバグラモンに触れようとした彼女の指先……抉り、亜空が爆ぜた 「───!!?」 右腕から鮮血を散らし突っ伏すクオンが視界に捉えたのは、左肩口から下をどこかへ蝕まれ、頭を握り吊るされたまま怪物に右腕をもがれるバグラモンの凄惨な姿だった 「ば、かな……このチカラ……ぐがァァァア!?」 「バ………グラ……モン…!?」 瀕死のクオンの怯えた声もその耳には届いていない。ただ彼は眼前の怪物を見つめ、その両肩に蠢いた憎しみの双眸にすくみあがる 「───やっとお前を殺せる、優里の未来を奪ったお前を」 「その女を……」 「消えろ、全部消えろ……優里のために、この【マーナガルルモン】の前に全て、すべてすべてすべてすべて…永遠の孤独に消えろ!!!!」 マーナガルルモンと名乗る怪物から譫語のように溢れた怨嗟と呪詛の中、バグラモンの視線が泳ぐ 「クオン……」 ……見殺そうとしたはずなのに無意識に庇っていた 自身の行動に困惑し、しかしかつての少女、右腕を千切られ沈黙のまま僅かに苦悶するパートナーの姿を今一度見つめた時にかつて忘れ去ったはずの『絶望』という感情が芽生える 違う。これは彼女が望んだ未来…故に正しくあらねばならない 彼女が望んだ結末 彼女に残された最期の時間を掛けて果たすべき贖罪の…… ───『あの子たちはただ、ただ愛する人と一緒にいたかっただけなんや』 ───『オマエはクオンちゃんの親どもと同じクソ野郎や。自分の主人の願いを、一番側にいながら最後に手前勝手の理想にすり替えることしかできんかった愚か者や』 全ては手遅れなのだ 手遅れだったのだ これが、これだけが我にできるクオンへの全て ───『ユウくんに……また逢いたいよぉ……』 幼きクオンの言葉が脳裏に蘇る 失われた笑顔と、途方もない悲しみにくれた顔が願い、全ては叶った。今日叶うはずだった かつて我は願ったはずだった この子の幸せだけを ───『なのになんでクオンちゃんは、あの時悲しそうに泣いとったんやおかしいやろ!』 だのに結局ら彼女を理不尽に朽ち果てさせゆく時間に、世界に、理に負け……この目を濁らせ見誤ってきたのは、愛した者を本当に何も見えてなかったのは我の愚かさなのか 「……クオン!」 許せとは言わぬ。ただ、ただ今は…… 「逃げ」 「オ マ エ ヲ ユ ル サ ナ イ」 その遺言を聞き届ける前に怪物───【マーナガルルモン】の胴が牙をもたげ、嘲笑うようにバグラモンの全てを一息に噛み砕いた 「あああああああああああっっ───!!」 クオンが痙攣しかつてない悲鳴がこだます。それはバグラモンとのデジクロスにて記憶を塞ぎ・改竄し・かろうじて繋がれてきた彼女の精神が完全に崩壊した印 それを聞き届け足元に転がった彼女の鮮血を浴びたクロスローダーを握り潰しマーナガルルモンが高らかに壊れ嗤う 「───クオンちゃん!!」 辿り着いたジャスティナとルーナの悲鳴にマーナガルルモンが見据え牙を剥く ────────── 怪物へと戦士たちが立ち向かっている 伊名城優里のパートナーデジモンだった1匹のデジモン、人の戦術と獣の走破能力を兼ね備え黒を散らし爆ぜ喰らう"魔狼"の慟哭と怒号は、止めどなく敵を屠るべく狂気に堕ちてゆく 「しっかりしなさい朧巻タツミ、倒れてる場合ですか状況を!」 「……ルーナちゃん、バグラモンが死んだ。クオンちゃんの精神はアイツがおらんと壊れてまう」 この躰はあとどれだけ動く。オボロモンから死に戻りすることはもう無い。この魂が数百年ぶりに味わう本当の死の感覚、久しく忘れていたそれは後味の悪さだけが胸中を埋め尽くしている だが……抗わねばならない。バグラモンが死に現れた未知の怪物と、その力を呼び覚ました少年の殺意は今クオンへと向けられているはずだ 今にもプツンと果ててしまいそうな薄氷の意識の中、啜り泣く声のみが耳に届く クオンが泣いているのか……いや、違う 「……この声は」 彼だ ついに憎きバグラモンを殺した。こんなにも呆気なくクオンへの復讐を果たした。涙の意味すら何度も吐き捨てるように、忘れるように 破損しこぼれ落ちた鋭い破片を握り締めて少年がゆっくりとにじり寄る。両手を振り上げ動けぬままのクオンに向かい、一歩、また一歩と 「やめろ優里!!」 「……誰……君は誰」 「これ以上姫を……クオンちゃんを傷つけるのはやらせない…!」 身を挺して盾となるようにクオンの前に躍り出る金髪の大人。その声と言葉に合点がいった少年の納得が冷たく吐き捨てられる 「………ああ、ジャスティナ………君なんだね。キミに用はないよ───クオン、どうしてボクを蘇らせたの」 クオンの虚ろな呼吸の中に答えは帰ってこない 「ボクの魂の半分はバグラモンのせいで何処にも行けずにこのダークエリアの地獄に囚われて殺され続けた。20年ずっと苦しみ続けたんだよ。ガブモンだってそうだ、もう彼は壊れてしまってボクの声が届かないんだ。ボクの目の前でずっと悲鳴を上げながらデータの残骸になっても死にたくても死ねないまま苦しんだんだ………無意味なんだ。父さんも母さんも、妹ももういない、逢えない……君たちもボクだけを置いて大人になってしまったじゃないか」 優里の身体は20年前のあの日、仲間を裏切りDWに消えていった姿から時が止まったまま何一つ変わっていなかった だが世界は残酷なまでに進み、怨嗟だけが彼の心に積もった 「優里…クオンちゃんはずっと後悔していた。君に謝りたかったんだよ。そのために君を必死に甦らせようと」 「知りたくなかった……ボクが現実に戻った時死ぬしかなかっただなんて。ボクはただ家族に逢いたかった。父さんや母さんや生まれてくるはずの妹のいる家に帰りたかった……それだけなんだよ!例えそれが幻でも……ボクはボクの居場所に辿り着きたかった。キミたちを裏切ってまで!!───なのに今更ボクだけが今更生き返ったところで、この世界の何処にも居場所なんてないじゃないか……!!」 「やめろーっ!」 絶望と別離の果てに生まれた孤独が彼を突き動かす もし彼にこの先の未来があるのならば、その苦痛の全てはきっと誰にも理解されぬまま、望まぬ再誕に紡がれた時間は進んでゆくのだろう 「ユウリ!」 「!?」 全てに置き去りにされ変わり果てた世界 ただ一つ、変わらぬものがあるとしたら 識る者がいたとしたなら、彼は願うだろう この再会にひとつの喜びを 「ユウリ…我ガ…友……友よ……ッ!」 ボロボロの躯体を引き摺り優里を食い止めたのはガラクタの身体 力無く抱きしめるオボロモンの折れた腕の中、ぼたり、ぼたりと骸の頬を濡らす大粒の涙の熱さが記憶を揺さぶる 破片が滑り落ちた手で嗚咽するオボロモンの肩を無意識に抱き返し、震える唇が信じられぬ様子で呟く 「オボロモン……もしかして、あのオボロモン?」 かつて自らを犠牲にして優里らの旅に活路を切り開き、ダークエリアの底に消えた戦友がそこに居た オボロモンにとってもまた、友が残酷な死を迎え消えた真実への悲しみと、それでも尚再会した喜びが入り混じり、2人は放心状態のまま互いを確かめ合う 「へぇ、やっぱキミが昔オボロモンを助けてくれたんやな。おおきに少年、おかげでコイツはウチにまた逢えたんやで」 「アナタ…は…っっ!?」 そこでようやく、お化けでもみた子供らしいリアクションを受けながらまんざらでもなく躍り出る 「カカッひどいモンやろ、両腕千切れて胸も大穴空いとるっちゅーんに生きとる。それについては色々メンドいから説明はぶかしてもらうで。……まぁつまりウチはキミより先にクオンちゃんに甦らしてもろたそのオボロモンのテイマー───オボロモンがキミに言うた『また逢いたい人間』なんやで」 「え……ええ!?」 「自己紹介がまだやったな、ウチは朧巻タツミ。キミがクオンちゃんの彼氏クンやろ、伊名城優里───ユウちゃんて呼んでええか?」 「左様。タツミは我ガ主人……我、再会成就せり。お前とも、また逢えたな……ユウリ」 かつての友が願いを叶えたという喜びに一瞬表情が綻びかけた優里が、しかし苦悶に顔を顰める 「オボロモン……ボクは……ボクはもうキミにも顔向けなんてできない。ボクはキミの想いも裏切ってしまった……」 「後悔してるんやろ」 「……!」 「後悔しても割り切れない怒りや悲しみがキミをこんなコトに手を染めさせてもうた、ソレはもう取り返しがつかん……なぁユウちゃん、キミは今どうしたいんや」 「え……」 「ホンマにクオンちゃんを殺してしまいたいほどの憎しみだけが、キミの心ん中にあるんか」 ────『クオン…ボクはキミが憎い!!』 かつて彼女に向けた怒りの言葉。それに偽りはなかったのだと少年は拳を握りしめる 「……わかってる。全部わかってたはずなんだ……みんなを傷つけて、裏切って、縋った希望に意味なんてないのかもしれないって……ボクは怖かった……死にたくなかった……どうしてこんな事になってしまったんだ。ボクは……どうしてみんなに本当の事も言う勇気もなくて……!」 激昂に支えられてきた少年の精神が揺れる それはやはり悲劇で、忌むべき運命で。バグラモンが否定したかった不条理なのだろう 「でもどうしたらいいかわからない!ボクはクオンを許すべきなのかもわからない……。アナタは……アナタだってそんなカラダになってまで蘇って納得したんですか。ボクのためなんかのせいでクオンに命を弄ばれただけなのかもしれないんですよアナタは」 憤りと迷いに震える優里に、あっけらかんと告げる 「別にええよ。ウチがひとつ確実に言えるのは……巡り巡ってウチはクオンちゃんに助けられ、オボロモンはキミに助けられてきたっちゅーことや───クオンちゃん、ユウちゃん、感謝してるで。おおきに」 「……っ!?」 「もしどっちかが欠けてたらウチは相棒のオボロモンにまた会う事も、相棒の友達になってくれたキミに感謝を言う事も出来んかったんやろなぁ……ホンマ夫婦揃ってウチらの大恩人やのに、そんな2人が憎しみ合うなんてやっぱ悲しくてバカバカしい思わんか……なあ」 ゆっくりとクオンが腕を伸ばす。マーナガルルモンの異能に食い破られた跡、応急的に固く締め付けられた部位から滲む温い赤を滴らせ、優里が触れた指先の感触に強張り…… 「ユウ、くん……ごめん、ね……ユウくんと……ずっと、ずっと……いっしょに……いたかった……わたし……すきだったのに……何も、して…あげられなくて……ひどいことだけして………」 「クオン……」 彼女の腕を震える手で包み込む。懺悔 誤ちの重さが万力のように心を締め付け、滲みだす痛みと涙 「ボクのせいで……ボクなんかが出会ったせいで……キミは」 「…………」 パタリ、滑り落ちた腕。それ以上彼女からの反応はなかった 「クオン、クオン……!?」 「息はある。応急処置はしたのでまだ気絶しただけです…でも時間の問題でしょう」 竜騎士と激しく切り結ぶ怪物、その異能が無差別に発せられればここにいる皆が危ない。かすりでもすればクオンの腕のように致命的なものとなる 取り返しのつかない事をしてしまったのだと、20年もの眠りから目覚めた心臓が跳ね、肺がつまり、汗が吹き出し、全身が震えて止まらない 「ボクは、また…」 この感覚を優里は知っている。かつての決戦の地で仲間を裏切り刃を向けたあの瞬間にずっと感じていた こんなふうにみんなを傷つけようとして、心がぐちゃぐちゃになって。仕方なかったなんて言い訳を口にしようものなら彼は完全に狂ってしまっていたかもしれない 「キミは本当は優しい子や。きっとキミがクオンちゃんの心をずっと救ってくれとったんやで」 「違う、ボクは人を傷つけて裏切って平気な最低最悪の……!」 「なんや知らんのか。人を散々傷つけてもホンマに平気なヤツっちゅーのは……仲間の千切れた腕見て『そんな顔』せぇへんのや」 絶句する優里 ごめんね。そう繰り返した彼女の濁った眼に尚も生温い雫が溢れ止まない 「ジブンらまだ再会の挨拶もしとらんやん、キチンと話しとき───『夫婦喧嘩は犬も食わへん』もんやけど今日は代わりにウチが全部食うたる、せやからまずは再会を喜ぼうや」 「……ぅ、うぅぅ……っ!」 「ガァアアアアアーーー!!!」 咆哮が嗚咽を掻き消す 「耐えろグレイナイツモン!」 「ガブモン、ガブモン……ガブモン!」 "デスデストロイヤー"の集中砲火から突撃したドリルランス"ギガーススパイラル"を繰り出しグレイナイツモンが薙ぎ倒す。その激しい食い下がりの連続必殺技にも耐え、血涙を滲ませたマーナガルルモンが苛烈さを増す。さらなる空間断裂が飽和して反撃と共に天沼矛やグレイナイツモンの武具に容易く、無差別に風穴を穿って 優里らの居場所すらも掠めて皆から上がった悲鳴、それを塗り潰す耳がおかしくなりそうなほどに空間を支配する断末魔にも似た慟哭。その声の意味が紋章とデジヴァイスを伝い、氷水のように冷たい敵意と殺意が優里に伝播したまま 「聞こえて来る……ガブモンがボクのために怒り狂ってる。バグラモンだけじゃない、クオンやジャスティナや他のみんなも……ボク以外の何もかもを拒絶してる。壊して喰らって全部ぜんぶ消えた世界……」 「永遠の、孤独……」 「ガブモンはボクだけを護るためにそれを望んでるんだ……あぁ……どうしよう、ガブモンまでボクのせいであんな姿にさせてしまった」 故に今一度腹を括り怯える少年の横、瓦礫に転び芋虫のように這いつくばったままでも前進する 「待っとれ、すぐにアイツの目も覚まさしたるわ……ぐえっ」 「無茶だタツミお前の身体は崩壊しかかっている……オボロモンもとっくに限界だ、死んでしまうぞ!」 「どのみちもうウチに時間はあらへん……とっておき使ってもうたからな」 「まさか社長の忠告を破って進化を……」 「影ちゃんと最初で最後の真剣勝負っちゅーの楽しむために取っといたんやけどなぁ……ホンマ、何もかも上手くいかんもんや」 ひび割れたディーアークを口で噛み拾い、オボロモンが肩を貸しながら立ち上がる あとどれだけ保つかもわからぬ我が身になけなしのド根性を探しながら、再び進化の意思をデジヴァイスに注ぎ込む─── その瞬間だった 「───揃いも揃って無様ですね」 損傷した天岩戸ブロックが外部からの攻撃に晒されて爆ぜ散る 深いため息をつき、睨み据える煙を肩で切り現れた侵入者の苛立ちを隠さぬ声 「このような僻地まで逃げ込む時間を与えるとは……火行の連中は手こずらせてくれましたね」 「「「副社長…!?」」」 【カオスモン:オグドXアーム】 FE社副社長【リヒティ・スニーリ】 クオンに謀反を起こした派閥の筆頭がうつむき加減にメガネを押し上げる 「最悪のタイミングで…!」 「私たちを出し抜いたつもりでしょうが所詮は浅知恵だ。そして仲間割れとは……見るに耐えない醜悪さに反吐が出ますが、そこの小娘を甚振ったのは褒めて差し上げましょう。 しかし天沼矛システムのバックドアから貴様たちの動向を探らせていたオモイカネモンからの連絡が突如途絶え、こちらの出足が遅れたのは少々面倒でしたね」 「なぜお前がオモイカネモンを…!」 「私は企業です、この程度の機密を知るなど造作もない。とはいえ全機能掌握には至りませんが現状で改竄や情報操作隠蔽など……貴様らを引き摺り下ろすための段取りに、そこの小娘が作ったアレは我々のために非常に役立ちました。サーバールームが何者かに襲撃されるとは想定外でしたがまぁいいでしょう。自閉モードの解除は後で幾らでも手の施しようはあります」 ───貴様らをを消した後でな。指差し吐き捨てたリヒティへ、刹那にルーナの従える黒鉄の竜騎兵が吶喊した 「ジャマをするなァァッ!!」 「ギガーススパイラルッ!!」 「カオスモン」 グレイナイツモンの巨躯が殴り打ち伏せられる 「バカな、この質量差を片手で弾いた!?」 「貴様に用はない」 「ガァッ!コロス……クオン……オマエ、全部、全部コロス!」 マーナガルルモンの声にリヒティは余裕の笑みを絶やさぬままカオスモンへ追撃を命じる 天沼矛到達前に捕捉した戦闘状況はリヒティの頭に入っている 空間断裂は確かに強力無比、カオスモンの特殊装甲の干渉を超えて内側から食い破るポテンシャルすら秘めているだろう。だが冷静さを欠き無闇に暴れ回る怪物はリヒティにとって滑稽で対処しやすかったのだ 「"デッド・ダンス・デモリッション"」 迫撃するマーナガルルモンの眼前、必殺の全方位レーザーが怪物ごと天岩戸内を焼き割いて薙ぎ払う 「「「うわああっ!」」」 「ルーナ…グアアアア!!」 「しっかりしろグレイナイツモン!」 咄嗟に躍り出たグレイナイツモンがクオンやルーナたちの盾となり流れ弾を受けてしまったことで大きく傷つき崩れ落ちる 「くそ……なんて強さなんだあのデジモン」 「ガガッ…ガァア゛ァァァ…!」 「空間断裂を応用し光線を捻じ曲げたのは良い判断です。それに数発の直撃を許しながらもまだ立ちあがろうとするとは……その醜悪な見た目に相応しい化け物だ」 カオスモンの眼前、千切れた片腕と前脚を引きずり痛みに踠くマーナガルルモンを尻目に彼の視線は再びクオンへ 「ふん、そこで見ていなさい駄犬。あなた方のお望み通りこの小娘は殺して差し上げましょう。その後で実験です。ホウライオブジェクトで蘇った存在とは再び殺せるのか、貴様たちは何回殺せば死ぬのか…良い被験体になりますよ彼は」 一歩、一歩と迫る悪意 それを阻むよう飛び出す影 「やめろ……やめてくれ」 「優里…!?」 「もういい、もういいよやめてくれ!ボクが間違ってた、全部ボクのせいだ……クオンがこうなったのも、傷つけあわなきゃならなくなったのも。どうすればいいかなんてわからない……でもこれ以上クオンに手を出さないでください。この子はボクの……」 これほどの過ちを重ねて尚、その言葉を口にするのは憚られるのは優里にもわかっていた だが20年という過ぎ去った時に置き去りにされて子供でしかいられなかった少年が紡げるのは、単純でチープな…… 「ボクの、ボクの大事な───!!」 「"死体"の分際で口を利くな」 「!?」 「───"ダークアンジュレーション"」 「アカン危ない!!」 「オボロモン!タツミさん!!」 優里の身体を突き飛ばす 光速で放たれた闇がタツミたちを飲み込み、天岩戸中枢の棺ごと巻き込んだエネルギーが破裂した 「タツミぃーっ!!」 「タツミさんっ!!」 「……ガキを庇ったか。まだしぶとく動けたのですか、まったくあの小娘の作った人形は気味が悪いですね。───ええそうです貴様らがどのようなモノだろうが関係ない所詮は死体遊び、肉塊、実験に使い潰されるだけの利用価値しかない消耗品が我々に意見するなどありえません」 「お前……お前えええっ!!」 「……!」 「なるほど───」 命令が注がれたカオスモンが副社長に迫るイロージョン・ラプチャー(空間断裂攻撃)を迎撃 一瞥した先にマーナガルルモンが躯体を再生させながらにじり寄ってくる 「───攻撃の威力が増している、あのガキの感情に呼応してるのか……この施設の頑丈さだけは買っていましたが、それをこうも易々と穴だらけにしただけのことはありますね。そのチカラも後でいただくとしましょう」 「優里ダメだ落ち着いて!」 再び冷静さを失いかけジャスティナに抑えられる優里。しかしマーナガルルモンが天を仰ぎ不気味な声が脳内に直接響き出す 「モット…モットチカラを……チカラをォオオオオオオオオッッ!!!!!」 「……っ! ガブモン、待つんだガブモン!」 「また消えた…どこに!?」 「───ミツケタ、ホウライオブジェクト」 「「「「!?」」」」 声の響いた隔壁に空いた穴の向こう、いつの間にか天沼矛下方に位置してたはずの光玉が天を揺蕩い……マーナガルルモンがその手を伸ばす 「チカラヲ、寄越せエエエエエエッ!!!」 バグラモンを噛み砕いたように、胴にもたげた顎がメキリと大口を開け、牙を立てる 「ホウライオブジェクトを喰った!?」 「モードチェンジ…いや違う、汚染されている……ホウライオブジェクトの力に完全に呑まれている」 ───《ホウライ・オブジェクト》 それは有史以来、神話上に語り継がれときには人類へ与えられ……そして歴史の闇に没してきた不老不死・永遠の命という伝承の全てを取り込み産まれた特異点 それを取り込み頭上へ収束したエネルギー体───まるで"重なり合う天使の輪"の光を掲げる魔狼が吠え世界が闇の赤に穢されてゆく やがて訪れる『赤』、『紅』、『緋』……万物を拒絶し血染めの福音を奏で、孤独の果てを齎す権化  ───【マーナガルルモン・ゴスペル】の姿がそこに在った 「ガ…ア、ァァアAaあ………ア゛ァァァアァァアアアア!!!!!!AAアAAぁあAAA─────────!!!!!!!!」 闇の空に亀裂が走る 獣の牙を並べ立てた口角のように張り裂け嗤う深淵が手招く 「空間断裂のチカラが増してる……!?」 「世界の境界をも捻じ曲げてデジタルゲートをこじ開けている……天沼矛より遥かに大きいゲートを!」 ジャスティナはクオンから天沼矛のデジタルゲート機構を最大開放すれば"この施設そのものを現実世界に移送できる"と聞いたことがあった ホウライオブジェクトを格納・エネルギーを循環させた天沼矛は、それそのものが不死の伝承を成すための遺物と"増幅器"となる それを現実世界へ転移させ、日本全土へ伝う"竜脈"と呼ばれる地底エネルギーの中枢となる『富士山』の山頂に天沼矛が突き立つことで、ホウライオブジェクトの権能が伝播し、日本から世界を塗りつぶしてゆく それこそが伊名城優里を蘇らせたのち、バグラモンが行おうとした最終実験【アマツ・クニウミ】の到達点だった ……だがもはやそんな状況ではない  「ぐあっ……待て、何か見える……あれは"オノゴロ市"!?」 ダークエリアの天井に開いた黒穴が突如、蒼い満月のように鮮やかに彩られる その正体は"逆さまに映るオノゴロの海と市街地" 天沼矛の揺れが増す。全システムを担うメインシャフトを喪失し高度を落としていたはずの施設が、マーナガルルモンの開いたゲートのほうへ揺らいでいる。いずれ吸い寄せられ始めるのも時間の問題。サブシステムで支えられていた浮力もおそらく喪失し始めているに、この質量をだ ───天沼矛とこのダークエリアが空に墜ちようとしている。やがてその向こうに通ずるオノゴロを押しつぶすために ……もしこのまま大地を覆い尽くす赤い死のデータストームの下へ大破した天沼矛が落ちれば、呑まれたFEの面々のみが死と崩壊を永遠に繰り返す塵となっていただろう だがゲートが暴走し拡大し続ければ天沼矛ごと、この赤い嵐は現実世界へ流入し出すのだ 「オノゴロの臨海に開いているのか。このままじゃあのデジモンとダークエリアのデータストームが、オノゴロを汚染する……!!」 『世界の破滅』 新世界を夢見た者亡き今、狂った歯車が招いた必然 「逃げなければ…クオンちゃんを連れて」 「何処へ、こんな状況で」 「───その通り、貴様らはここで死ぬのですよ」 誰もが絶望を抱く中、独り嗤う男がいた 「ふむ……想定以上に有意義な実験成果を得られそうだ、とても面白いではありませんか。アレは後の楽しみにするとして……まずは貴様らだ。 ───私の部下がすぐそこまで来ています。用意させた究極体はざっと『70体』……そして私の最高傑作/カオスモン。その全てであの駄犬と貴様らを蹂躙させてもらう」 「来る。なんとしても……クオンを護りなさい!!」 「うおおおおっ!!」 ────────── 崩壊:4→