崩壊4  ──────────   …救うなんて思い上がっとったのはウチかてそうなんやろなバグラモン それでもウチは……結局ウチは世界がどうとか神がどうとか知らん ただ惚れた女が、クオンちゃんが泣いたままサヨナラするのは許せへんだけや  ウチの大事なオンナはいつも最後に泣いとる。泣いとるのにいっつもウチは何もできへんかった それでも、今のウチにはもう両手すらあらへんけどそれでも今は……キミの涙くらい拭わな気が済まん   バグラモン……ワレラト同ジダ……  ワレラは、知ル。在りし日の主人と思いを寄せたヒトを。死にゆく愛しき者をただ無力さに打ちひしがれながら看取る時を待つばかりの日々ヲ……その孤独と、恐怖ヲ  だが、ソノ悲しみを抱える人間を支え愛したニンゲンを……愛スル者と契りヲ結び、ただ生きたいとささやかに願うニンゲンを、ただ祈り救いたいと立ち向かった"主人/ニンゲン"に見た『愛』をワレは知っている   ───せやオニビモン、いやオボロモン。ウチはクオンちゃんの前で二度も死なへんで  ───然リ。汝ハ不滅なり……我ラ不滅ナリ  今度こそ、今度こそ、殉じようではないか  この義に  戦いに  それが我らの願い   ──────────   「クオンちゃんから……離れろ」 「フン。そのような血塗れで地べたを這い逃げることも出来ぬとは惨めですねクオン・I・比良坂……無能な部下を持つと苦労するでしょう」 呆気なくカオスモンが蹂躙した中、瀕死のクオンを嘲笑するリヒティへ誰もが憤り……打ち伏せられた身体で踠くことしか叶わず手をこまねくジャスティナたち 優里もまた例外ではなく、彼女を庇おうとした少年の頬は赤く腫れ上がり値を滲ませたまま 隣で踏み躙られるクオンを見せつけられた打ちひしがれることしか出来なかった 「クオン……クオン……」 自分のことなどもはやどうでもよかった。目の前で変わり果てたあの日の……初恋の少女のこれから辿る結末を前に、後悔ばかりが募る 「よく目に焼き付けておくのですね、アナタが憎んだ者の末路を」 「助けて……」 もし優里が勇気を出してそう言えていたのなら、仲間たちを信じ別の道を探せたのなら、クオンたちもガブモンもこんな辛い目に遭わなかったのだろう 父も母も妹も、こんな醜い裏切りの果てにバケモノ同然に成り下がった自分を見たのならどう思うか恐ろしかった 「助けて……」 それ以上にクオンたちを歪めてしまった事実と……たとえ歪みながらも優里を想い涙を流す、まだこの世界で自分を忘れずに居てくれた人達が目の前で消えてゆくのが恐ろしい事に気づいてしまった 「助けて……!」 その資格はなくとも、哀願が溢れる 「誰かクオンを……ジャスティナを、みんなを助けてっ!!」     「───おうコラボケ。ガキと女の子に手ェ上げ足蹴にするとかナメとんのか」     「……何?」 カオスモンが気配を察するより速く、脚を掠めリヒティの側へ鋭く突き立つボロ刀 土煙くゆる瓦礫の山にて見下す声の主へ、睨んだ眉間が苛立ちにピクリと痙攣する 「またアナタですかいい加減分を弁えたらどうです、いつまでも死に損ないの遊び相手などしてられないのですよコッチは……いや待て」  "両腕砕けた死体がどうやって刀を投げた"?  「こういうことや」 「タツミさん…オボロモン!?」 ドクン 鼓動が一つ鳴る 男の胸の虚穴へ宿り心臓へと成り変わった真紅のコアから、血が、力が漲る かつてヒトならざるテクスチャが描いていた躯体が骨を軋ませ、肉を編み、皮膚を縫い……煙の中から伸びる右腕の主人は蛇のような笑みを浮かべ、死の淵から命を再構築してゆく 「奴らの身体が直っていく……まさか、あの装置にホウライオブジェクトのエネルギーがまだ残留してたというのか」 リヒティが忌々しく歯噛みし……途端、今度は部下たちの悲鳴 『───閣下、天沼矛から二体のデジモンが部隊に接近中!』 「何?」  『『“デジソウル・デュアルバースト"!!』』  天沼矛の包囲を切り裂いたのは『雷鳴』と『氷霧』 2つの軌跡が螺旋を描き天空に白と黒が交わる 『ブリウエルガーダーセット!───"イグニッションプロミネンス・4連打"ァァッ!!』 降臨せしは【黒の終極騎士】 紫電のバーストデジソウルオーラを3対の"伝説の竜盾"に象り片翼に翻し、闇の地平まで轟く4叉の『烈火』 烏合の刺客を一瞬に焼滅しらしめる 『後方待機中の部隊より報告!制御装置で無人自律発進させた究極体デジモンの群れが……全滅、しました…』 『ば、バケモノだ…!!』 『オラオラどうした、さっきからガン首揃えて邪魔しやがってよォーそのクセこの程度かよナメてんじゃねーぞ!!』 『オイクロウ4連打はちょっとダサくねーか!?』 『そーだよセンスなーい!』 『やかましい馬鹿塚が、こんな雑魚相手に粋がってる暇はないぞ。今僕たちがやるべき事はアレの対象だ』 リヒティの部下、そしてタツミのノイズまみれの無線機の両方からジョグレスデジモンを駆るテイマーの片割れの怒号と武器に転じたデジモンらのかしましいツッコミが鼓膜を震わせて 間髪入れずタツミの方へ、もう1人のテイマー秋月影太郎の声が届く 『───タツミ、また死んだのか』 「おう影ちゃんウチのお家芸やろ。いっぺん死んだら頭の血ィ抜けてスッキリしたで……カンニンしてや、影ちゃんと戦うためのとっておきも使ってもうてん情け無いハナシやで」 『そうか』 「───でも死に芸は今日で店終いかもなぁ……ウチこれからめちゃくちゃ"カッコつけ"せなアカンねや。そんで影ちゃんと同じくらい強くてガチでぶちのめしとうなるメガネ見つけてもうて」 『……そうか、良かったな。そんなことよりあの目標の名前は』 「マーナガルルモン。空間を捻じ曲げてアレコレしよる、バグラモンとホウライオブジェクトまで喰うた相手や気ィ付けや」 『ふむ……了解だ。気合いを入れておけ鉄塚クロウ、マーナガルルモンを僕らで食い止めるぞ』 『よっしゃあ、行こうぜ【ラグナロードモンX-proud】ォ!!』 『タツミ』 「ん?」 『───ここからは武運を祈る』ブツッ 「……ハハハッ、おおきに」 ぶっきらぼうな物言いを残して途切れた通信機へ高笑いと共に礼を言う  「さてユウちゃん……副社長もおおきに。居眠りしとったけどえらいキクもんもろて元気100倍ってとこや丁度ええ、せっかくやしあの2人にもキチンとウチのエエとこ見せときたいしなぁ……ゲオ爺の分もハリキらせてもらうわ」 リヒティからクオンとそれを庇おうと抵抗した優里を一瞥する。砂時計のように溢れるあの2人の間に残された時間を想い、ゆえに切に願う……この瞬間に、運命に、必然に、己が命をかけて戦い護るべき者となった2人のささやかな結末を 「今更貴様が蘇ったとてなんだと言うのです?カオスモン……やれ」 「そう慌てんなや。こっからがオモロくなんねん」 「……!」 オグドアームを振り上げたカオスモンが静止して 「!?」 リヒティの背筋に、まるで刃物が突き立てられたかのような異様な気配が触れる 腕に、脚に、頭に、腹に、魂に絶え間なく注がれる鋭い感覚 「幻覚か…!」 「───否。断じて否」 鬼灯が蒼き烈火となり、オボロモンの厳かな言霊がリヒティの耳を打つ 「ヒトの怨念っちゅーのはおっかないなぁ。ウチらが触れたのは"力の残りカス"やのに、ホウライオブジェクトに魅入られて死んでった連中の魂が纏わりついたったのを、オボロモンがぎょーさん引き連れてきおった。もしかするとアンタ恨んどる連中もおったりしてな」 オボロモンの身体を媒介するように這い出る何か ひとつまたひとつ、身の毛もよだつ青白い輪郭が天岩戸を包囲し百鬼夜行を描く 「なんだこれは……非科学的だ」 「どいつもこいつも威勢のいい怨霊ばっかや───どしたん、話聞こか」  「夫婦喧嘩だけやない、こんなイカれた連中と御伽話に振り回されたお前らの恨みつらみ……今日はウチらが全部まとめて食うて、ぶつけ散らかしたる───チカラ貸せや」 「征くぞ、我ガ主人」   "マトリックス・エボリューション"   「……───ッ!!?」      ──────────   全ての怨念が収束する 地獄の門を開口するかのように、立ち上る蒼炎の壁を蹄鉄ににじり踏み分けて現るは髑髏の面頬を宿す"蒼い騎馬武者" 赤く煌々と灯る相貌は既に獲物を捉え、鬼火に焦がれる大太刀と斬馬刀を嬉々として携え"彼等"は対峙する  「死霊どもを束ね力に変えたか"蒼いザンバモン"……地獄の炎を背負った死神気取りですか。笑わせる」 「───笑止。我が躯ひと眼に既に死神に魅入られた気でいるとは、怖れが見えるぞ」 「何度も言わせるなワタシに意見などと……図に乗るなよ死体如きが!」  「ならば汝、この刹那を確と焼き付け冥土への戯れとせよ───我等、【ザンバモン:朧巻ノ装】。さぁ……存分に死合おうぞ」  炎が爆ぜ、蒼が駆ける カオスモンを囲い岩戸を劈き、縦横無尽に鎬を削り合う疾風怒濤の剣戟 「デッド・ダンス・デモリッション!」 羽虫を払うように全方位へと沸き立つ光線。臆せず加速し合間を縫い迫る騎馬武者の躯体……そこへ屈折し降り注ぐ雨が背を貫いて───しかし"陽炎に幻と消え散る"ではないか 「!?」 やがて背後へ地を滑り逆巻いた炎の影に、幻影を置き去りにしたザンバモンが太刀を引き絞りなおもカオスモンへ撃ち放つ 「ならばダークアンジュレーション!!」 「カオスモンの攻撃を翻弄している……いや、押している!」 這いながらも優里とクオンの肩を抱き寄せたジャスティナとルーナ、グレイナイツモンが皆を覆い庇うように辿り着く 「アナタに希望を託すのは癪ですが……ッ、頼みましたよ朧巻……ぐぅ」  何度も切り結び、迫撃し、闇のエネルギーが蒼を焼くたびに、さらに掻き消えては顕現せし亡霊の分け身 その斬刃全てが実体を伴ってカオスモンへと肉薄し、打ち鳴らされる刃は絶え間なくリヒティを逆撫でる耳鳴りと化したまま一歩、また一歩と彼の従える傑作を後退らせ続ける  「だが、その程度でカオスモンを押し込めているつもりですか。その足掻きがいつまで保つか見ものですね」 「……」 戦況が動く そこで初めてカオスモンのオグドアームの反撃がザンバモンを捕らえた。太刀を潜り抜け渾身に殴打する 立ち所に翻り、また加速する騎馬武者 されどカオスモンはザンバモンの幻覚を徐々に看破し始め、やがて封殺されることなく究極体デジモンの武が両者一進一退に交錯する  「やはりその程度ですか。私のカオスモンをキサマらの腑抜けた一太刀で殺せるとでも」 「……」 「そろそろ気づいたらどうですか。どれだけ攻撃を重ねようとも貴様にはこのカオスモンに"傷ひとつつけられぬ"と」 「……」 例えカオスモンがどれほど攻撃を凌いでいたとして、ザンバモンの感じた手応えから奴の懐に飛び込んだ刃の数は一つや二つではないと確信を持つ しかしカオスモンの躯体に刻まれたはずの剣痕は何処にも視認できない 「"ソレ"は私の実験の最高傑作……当然です。なのにそれもわからず何度も何度も私を手間取らせるなど、どいつもこいつも身の程を弁えない途方もない頭の悪さだ……!」 ルーナとジャスティナたちの攻撃に微動だにしなかったのは、初めから彼女らの手負いゆえの力不足ではなかったのだ 五行の一角を任された筆頭、あるいはソレに匹敵しうる覚醒をもって臨んだはずの2人の眼に映る蒼いザンバモン……その力は自身らの全力の究極体にも決して見劣りするような物ではなく、むしろこの土壇場でクオンらを護るべく死の底から蘇り、ただ独り副社長のカオスモン相手に長時間大立ち回りを繰り広げる様は奇跡とさえ思えた 「ダメだ……このままでは」 だが足りない。リヒティの従えるカオスモンに秘められた異常な性能の査証を覆すには未だ 「勝ち目はないのか…?」 「もはや命乞いなど意味を為しませんよ、この場にいる全員が等しく廃棄されるべき物だと知るがいい…………絶望しなさい」 「……」 「アナタほどのお喋りな蛇男がその沈黙、肯定と取らせてもらいましょう───」    「良い」    「……は?」 沈黙が破れる 「……ククク、ハハハハハハハハッ!!良い―――実に愉快!!」 「ッッ!?」 あの軽薄な男から想像もつかぬ豪胆な鬼の高笑いがこだます 「貴様ぁ……この期に及んでヘラヘラと、どこまでも私をイラつかせる……ふざけているのかッ!」 「否。我等、主君と友がためこの命燃やし汝を討つ覚悟に在り。されどこの戦いまっこと心踊る凌ぎ合い……好敵手:秋月影太郎に見出し叶わぬままだった我等が望みし猛き闘争を見つけたり」  「強き者よ我らが高みへの導き『感謝』するぞ。そして主君よ、友よ、この戦───汝らが『愛』のためこの勝負……我等が勝利を捧ぐに相応しい!!」  ザンバモンの蒼焔が唸りその手に宿す二刀が背光に踊る千手の刀腕へと姿を変えゆく 骸の鎖が地を射ち、跳び爆ぜようとする躯体を極限まで抑え込み、蒼く蒼く焼き付け逆巻いたまま膨れ上がるチカラ 相まみえた強者への謝意……あるいは鎮魂と冥福に捧ぐよう描いた"合掌"が、決着を告げる   「奥義──────《千首獄門(センジュゴクモン)》」     「バカな…う、ウオオオオオッ!!?」         ──────────  「カオスモンに傷を付けた……しかも、私に感謝だと?」 ザンバモンから解き放たれた必殺。奴の背中にオボロモンの腕を模した炎刀がまるで千手観音のように形成。加速をチャージするアンカーの解放と共に突き抜けた炎と剣戟の全てが竜巻のように、瞬きの間にカオスモンを叩っ斬る 千刃の一閃。その名に違わぬ千の首をも断ち葬らん剣戟 それでも奴らにはこのデジモンを殺す事などできなかった。当然だ、あの忌々しい男と決着をつけるべく生まれたこのデジモンにはその程度やってもらわねば困るのだ ───されど今、天沼矛を追われて遠く遠く赤き嵐届かぬ汚れた大地の上に、カオスモンを退けた傷跡を修復しながら膝を折っている  「惨めに遠吠えしていればいいものを…!」 カオスモンオグドXアームは悪意ある者からの攻撃を無効化し、同時に悪意なき者も退け精神と躯体内外より破壊するデモリッションフロッグという矛盾を有する 奴はあの瞬間、悪意なき純然たる闘争心に猛り、背に庇った者たちへ慈しみながら地獄の苦しみすらも嘲笑い、目の前の強敵を斬る喜びと自己の限界を超越させるに至らしめた我々へあまつさえ感謝を述べたのだ 日本ではこう言うのだろう 『ダシにされた』、と  ───こんな屈辱は初めてだ  「……火行の老いぼれと猿ども、死に損ないのあの小娘、私をおちょくった死に損ないの蛇、そして何より………失敗作の分際で、私の研究成果に土を付けるなどと!!どいつもこいつも、私を苛立たせるッッ!!!」 苛立ちを露わにし、この屈辱を払拭すべく天沼矛を再び睨み据えた矢先……  「だがまだプランはある。こうなれば───」 「こうなればお前はどうするんだ?次は俺と遊んでもらおうか」  "ヤツ"の声がした  「……貴様は!!」 「またやり合おうじゃないか。退屈させてくれるなよ、俺たちを」  ────────── 崩壊:5→