崩壊:7 ────────── 【思金/オモイカネ】───日本という国の古き言い伝えに準えて私はそう名付けられた 私は知恵の神様のアプモン DWとオノゴロという地で力を蓄え、いずれ天岩戸に眠りし者を今生に呼び起こす使命を負った神様 その願いを込めて私を産んだ彼女は、神様をこの世に産んだ誰かとはもしかしたら"その神様にとって"の神様になるのかもしれない クオン・I・比良坂の手で私が生まれた時、彼女は高校生だった バグラモンというデジモンと共に命を繋ぎ生きるクオンから託された願い───大事な人を蘇らせたいというこの世の理をひっくりかえす途方もない目的 その手段を探し手に入れるために私の力が必要なんだと、真剣な……優しさと悲しみの混じった眼差しで私の生誕を喜んでくれた この人は私にとっての神様、創造主。その悲しみを癒してあげたいと私は強く願ってきた ───だけど、彼女に残された時間は少なかったのだと気づいたのは間もなくだった クオンが"突然倒れる"事があった 一度や二度ではない、きっと何度も繰り返している。手や足に増えた傷やあざはそのせいなのだと言われた 正確には、彼女の身体を一時的に預かり表へ出たバグラモンの口から告げられたのだ。そして今に至るまで彼女の友や側近たちにすらひた隠してきた ……クオンの主人格が心に負った深い深い傷のせいで限りなく摩耗し精神を保てなくなっている。それは自分の体すらもいずれ自由に動かせなくなるほど、やがてクオンという人間の魂の死に他ならない末路へと辿り着くこと 日に日にクオン本来の優しい純粋さが消えていくような気がした。バラバラに溢れ続ける精神と心をバグラモンが必死に繋ぎ止め続けていくほどに本来の彼女がどこか遠くへ消えていってしまったような……そんな恐ろしさがあった やがて大人になったクオンは私を組み込み中枢とした管理システムを手土産にFE社とオノゴロを手に入れ、ダークエリアに人知れず天沼矛を作り上げた 世界の人々を救いその一方でただ1人を蘇らせるために繰り返される実験。何もかもが変わり果てて、汚れていくのをこの小さな空間から息を潜めて見てきた ───それでも私の中には、私が生まれたあのときに授けられた使命と、願いと、優しいクオンがまだ息づいていて、報われるいつかを待ち侘びた。待ち侘び続けた 神とは何に祈れば良いのだろう 神とは何に縋れば良いのだろう 私の神様を救ってくれる誰かがいつか現れるのだろうか 私の神様を救える何かに私はいつかなれるのだろうか ……それでも私はただ一つを祈り縋りたかったのだと思う いつかクオンの悲しみが癒える日が訪れるように、と───…… ─────────── これがホウライオブジェクト。手にしてみれば呆気ないモノだと彼は冷めた心で吐き捨てる こんなモノのためにどれだけの人間が幾星霜もの間に狂わされてきたのだろうか そしてこんなモノのせいで巻き起こった世界の終わりの始まりを我々は見ているのだとタツミは面をあげ、闇の彼方の蒼月を見据える 「マーナガルルモンを倒したのにゲートの暴走が止まらない…!」 「ゲートを早く閉じねえと……ラグナロードモンあとどんだけ動けそうだ」 「デュエルエッジフロージョンを一発放てるかどうか……だがあの規模のゲートを攻撃してどうにかなるとは思えん。もし迂闊に破壊すれば破断した空間の反動でこちらと向こうの一帯が吹き飛ぶ可能性すらある」 「だぁーっメンドクセー!」 「ならせめてオノゴロの連中が逃げてくれるまで時間稼がなアカンな。天沼矛が落っこちればそれだけでオノゴロはアウトやろ……ウチらだけで壊せるんか知らんけど」 タツミの提案通り、ゲートに吸い込まれてオノゴロの市街地へ降り注ぐ瓦礫や破片を一つでも多く壊し続けてオノゴロを護ることがおそらく目下可能な対応策である まだ現実世界との通信が回復しない以上、その間にBVメンバーの指示や自主的な避難を市民やFE社の面々が行ってくれることを祈るしかない 天沼矛残骸ほどの質量がゲートに到達した時点で人工島のオノゴロは海の藻屑となる運命を辿るのは想像に難くなかった 「また隕石(落下物)掃除かよ……だぁーっもうさっさと始めんぞ!」 「無論、その後もダークエリアと赤い嵐の侵喰は続く。全く根本的解決ではないがな…!」 「街一つが消えるなんて二度とゴメンに決まってんだろうがよォ、死ぬ気で食い止めんぞ!!」 「───いよいよ世界の終わりが始まります。このタイミングを待っていた」 身構えた矢先、データストームに沈黙を貫く通信機からクリアに突き抜ける何者かの声 かつて感じたことのないほどまでに強大なプレッシャーがクロウたちを睨み据えて固まらせる 考えうるは敵の残存、それも不死のマーナガルルモンという強大な敵を倒した直後の増援。まさに罠にかけられたとも言うべきタイミング 天沼矛へ一斉に視線が向かう朽ちた墓標のように揺蕩う逆さ塔の上、こちらの気づきを待ち侘びたかのように外套を靡かせた見慣れぬ人影が見据えていた 「誰かいる…!?」 「なんやアイツの気配……」 「来たか───随分遅かったな【デジモンイレイザー】…!」 「「!?」」 警戒と困惑の中、ただ1人影太郎がその者の姿に確信を忌々しげに呟き波紋が広がる 「今なんつった影太郎!」 「アイツか、クオンちゃんと手組んで甘い汁啜っとったクソは」 ついに相見えた元凶へいきりたつクロウとタツミ だが影太郎が警戒したままそれを手で制し、イレイザーと言葉を交わし始めたではないか 「安心してください、ボクの声は"ココにいるあなた方"にしか聴こえていません……ご機嫌よう秋月影太郎さん、直接顔を合わせるのはFEの採掘現場跡地での"はじめまして"以来ですね」 「僕を誘い出し"打倒FEの協力者"などと寄ってきた貴様の話はよく覚えている。僕が結果的にその話に乗ったのも事実だ……だが貴様が予見した『最悪の状況下』に陥った以上あらためてお前が切ろうとしている最後のカード、その真偽を問わねばならない」 「かまいませんよ。お話は大事ですし───事にあたる前にあなた方にはキチンとこちらからの誠意も示さなければなりませんから」 FE打倒の協力者、さらにはデジモンイレイザーの口からいけしゃあしゃあと『誠意』などというヒトの道理を語るようなセリフが飛び出し、神経を逆撫でられたクロウはラグナロードモンの肩から天沼矛の屋上へと、デジソウルを握り込んだまま飛び移り、イレイザーのもとへ歩調を強める 「誠意だぁ?テメェらイレイザーがどれだけ人とデジモンを弄んできやがったか、どの口でほざきやがる!!影でヒソヒソFE利用するだけ利用して旗色が悪くなりゃ今度は俺たちに鞍替えしようってか。ふざけんじゃねえ!!」 デジモンイレイザーのもたらした間接・直接的な被害を旅の中で見てきた……時に凄惨で命を以て遊ぶような所業にクロウは憤りを拳に乗せ今にも殴りかかりそうな様相のまま身構える 「待て鉄塚クロウ、ヤツは"FEのイレイザーではない"。少なくとも別の個体だ」 「はぁ!?」 「BVが調べた限りFEに接触していたイレイザーは『老人』だった。だがコイツは───外套で隠そうとその声色にその立ち姿、どう見ても若者とほとんど変わらないように見えるが」 「……ッ、だったらなんだってんだ」 様相の食い違い。別人。そうだとしてもこのFEの事件すら裏でデジモンイレイザーが糸を引くのだという事実は揺るがない たとえコレが打倒FEを掲げた"イレイザーの仲間割れ"なのだとしても、目の前の男がクロウたちの見てきた悪事と被害の根源では無いとは言い切れなかった 「警告はしておくぞデジモンイレイザー、その野蛮な男に迂闊に顔が変わるまで殴られたくなければ全てを素直に話せ。ホウライオブジェクトもコチラが拿捕した以上余計なことをすれば即座にコイツを破壊することもできる。……ホウライオブジェクトの情報が刻まれた遺跡ともう一つ、あの場にあった"異世界の古代碑文"に記された『ラグナロードモンの不死殺し』の権能ならばそれができると言ったのは貴様だろう」 ラグナロードモンに秘められた不死殺しの権能。イレイザーを名乗る男に一万年前に滅びた異世界の物語を吹き込まれ、因縁の鉄塚クロウが『実際に見た』などと言い始めたせいで影太郎は眉唾にも程があると鷹をくくっていた だがそれが先の戦闘で不死の異能を得たマーナガルルモンを討ち倒すきっかけとなったのも事実 ましてや背中に浮かび上がった太陽のような緋色のプログラムリングは碑文に刻まれたディスラプター・コードと全く同じものであったことで腑に落とすしかなくなった クロウと影太郎の脅しを前にしてイレイザーは、しかし飄々とした姿勢を崩さぬまま彼らの疑問に答えてゆく 「ええ、【DW:ヘパイストス】からズィードミレニアモンのタイムデストロイヤーに破壊され流れ着いた叡智【ディスラプター・コード】ならばそれが可能でしょう。あなた方は実際に不完全なコードを発現させ、ホウライオブジェクトの力を宿したマーナガルルモンを打ち破った……ボクもこの目で見るまで確信しきれてなかったけど、驚いた」 ヘパイストスという異世界のDW ディスラプター・コードという異世界のラグナロードモンが使った権能 その単語全てに聞き覚えがあった。クロウに疑念渦巻いたまま─── 「随分と呑気だな。エータローたちに全てを丸投げして綱渡りでも楽しんでいたのか」 「信頼だよデュランダモンくん。あなた方の潜在能力も、意志の強さも、ホウライオブジェクトを打ち破った奇跡も。 でもディスラプター・コードなんかはある意味確証がありました。"鉄塚クロウ"くんならばそのチカラをよく知っている───何せ直接その目で見たのだから……だよね?」 「!?」 ───ついに名指しされ動揺が走る 「なっ……テメェ俺の名前を!?」 「クロウを知ってるだと……それにヘパイストスの事も、なんでその話をオマエなんかが!?」 「それは───全てクロウくんとルドモンくん"君たちがボクに教えてくれた"冒険譚だからね。面白くて心踊るお話だった……ボクは好きだったよ」 外套を捨て、イレイザーが主顔を上げる 「「───"マシロ"ッッ!!?」」 ────────── 「マシロの兄ちゃん!?」 「……ヤツが僕に秘密裏に取引を持ちかけたデジモンイレイザーを名乗る男だ。その目的は───」 影太郎が続けようとした矢先にデジモンイレイザー【暁月マシロ】の掌の操機へ黒い光が瞬き、もやを纏った卵が揺蕩う 「おいで───【アポカリモン】」 音もなく衝撃もなく影が彼らを覆う 卵が爆ぜ、止めどなく溢れた負の想念が闇の力に集い、象り、ダークエリアにその姿を示す 「バカな……"天沼矛と同等以上"のデータ質量を持つ超弩級デジモンだと……!?」 全高1000m近い神の矛の横に聳える『無の化身』は静かに主君に付き従う。もはやマーナガルルモン・ゴスペルの比ではない、まともに戦って対処できる相手ではない……何よりそこに攻撃の意思や、まるで敵意のようなものが感じられぬように不動を貫くアポカリモンの姿勢はより一層不気味だった 「これが、デジモンイレイザーの……マシロのデジモンなのか」 「アホぬかせ……こないなもん、ヘトヘトのウチらでどないせえっちゅーねん」 当惑する皆の中、影太郎は気丈に振る舞い無の化身の主君を待つ やがて帰ってきた声は───なんとも朗らかで優しいものだった 「秋月さん、ご協力ありがとうございました」 「FEの連中を倒し魔狼退治までやらされ、オモイカネモンに関しても別のトラブルで綱渡りをさせられたがな。……聞かせてもらおうか、オモイカネモンの事やFE社のあらゆる情報を貴様が知っていた理由」 互いの間に走る異様な空気。もし一分たりとも動けばどうなるか全くわからなかった ただ影太郎の質問にこともなくマシロは微笑みを見せる ───そして彼の隣に歪みが生まれ、転がり出る『何か』。それを視認した時さらなる衝撃が彼らを襲う 「彼の名は【東雲桃源(シノノメ トウゲン)】、この世界とは別の次元からやってきた人間───自分以外世界の全てが実験動物であり奴隷、自らの快楽と知的好奇心を満たすためだけに人やデジモンのみならずあらゆる命を研究実験で冒涜し続けてきた矮小な人間です」 「ああ……よく知ってる、この男こそボクらの生まれた世界で人間を扇動しデジモンとの全面戦争の引き金を引かせた禍根。───デジモンとの和睦のため動いていた親友の【シャオ・アズライト】もそのお父さんも、ボクの幼馴染の【アキホ】も……コイツの実験で生み出された無数の人工デジモンに殺された」 「そしてコイツはFE社のクオン・I・比良坂たちと手を組み今回の事件へと導いた張本人でもある。ボクが知る全ては"彼から引き出した"もの───そう、簡単ですよ……FE社を後ろ盾にしていた【このデジモンイレイザー】をどうしても討たねばならなかった……ようやく討ったんだボク自身の手で。そして全てを聞き出せた」 マシロが静かに肩を怒りに震わせ語るそれはFEのデジモンイレイザーだった者の死体に他ならなかった やつれながらも相当立派な身なりの長身痩躯の老師に目立った外傷はなく……しかし苦しみもがいた恐怖を張り付けた表情をそのままに絶命している 《復讐》。マシロの吐露した全てが本当ならば、 この死体に絶望をありありと焼き付けるような所業を───タツミたちが半年ほど前に知り合い絆を育んできたこの優男がやってのけたという恐ろしさに混乱したまま、マシロは話を続ける 「クロウくん、以前ボクが話したキミのお友達と共に閉じ込められた異空間【きさらぎ駅】を覚えてるかな───あれこそ東雲桃源が実験体を集めるために用意したトラップでね、利用して奴を逆に誘き寄せたんだ。そこで得た情報を元に秋月さんに正体を隠して接触、共犯者になってもらったんだ」 「そうだ影太郎お前ッ……!」 「影ちゃんはハナからマシロのにいちゃんの正体を知っとったんかい…!」 呆気に取られて肝心なことを失念していた。つまりこの半年の間に秋月影太郎は先んじて暁月マシロ=デジモンイレイザーという事実を隠し、彼の手駒としてクロウたちやBVの面々すら欺いて動き回っていたことになるのだ 「おかげでこの最終実験までに全ての準備を整えられました。感謝してます秋月影太郎さん」 「そのアポカリモンで脅しながら言う言葉ではないだろうが……イレイザーにそんな意見は通用しないだろうな」 「言ったでしょうボクもデジモンイレイザーだって。そして東雲桃源を殺せたのもボクが数多の戦いを超えて強かった……それだけです」 でも、と付け加えてマシロはさらに続ける 「ボクはあなた方と戦うつもりはない。出来ることならばこのまま……ボクの最後の手伝いをしてほしい」 イレイザーを名乗る男の言い分にはまだ不透明な部分があった 例えばFE社を影から操りクオンらの願いを利用しようとした連中を排斥した功労者とはいえ全てを語らずに差し出したのはイレイザーである自身を手伝えなどという懐柔にも聞こえる虫のいい提案 ザンバモンがホウライオブジェクトを握り込んだまま訝しむ 「なんでイレイザーがウチらを利用すんねん、利害の一致ってヤツかいな───そのクソッタレイレイザーぶちのめした後何するつもりなんや。ホウライオブジェクトのことも狙っとるのはわかっとる……本当の目的は何や」 「そうですね利害の一致です。そしてホウライオブジェクトが必要なのも事実です朧巻タツミさん。本当の目的は……」 その時、天沼矛に異変が起こる 火災と戦闘に破られ汚れる白い外壁に刻まれた発光体が輝きを鈍く取り戻し始め、同時に周辺空間から無数の『帯』のようなものが現れ、まるで亀裂を縫い合わせ縛り上げるように蠢いてるではないか 「あなた方が助けてくれたオモイカネモンの仕業でしょう。彼女はいま中枢の代替として天沼矛を操縦しゲート機能を反転させてあの穴を閉じようとしてるんだと思います。けどそれじゃダメなんだ───それだけじゃこの世界は救われない」 「イレイザーが"世界を救う"…だぁ?」 突如マシロの口から放たれた訳のわからぬセリフに固まってしまう そうしている間にも天沼矛を絡み取った帯───オモイカネモンの巻物に走る膨大な修復プログラムが神の槍に束の間の息吹をもたらしていた 必死に抗うオモイカネモンの苦悶の声がスピーカーと無線に混じり響いて、その中に一等悲痛な叫び声が主人を探し名を叫ぶ 『クオン───クオンどこなの返事をして。お願い生きていて、無事でいて。死んじゃうやだ……やだぁ!!』 まるで親と引き剥がされ泣き喚くあどけない少女の様相。そこに秘められた不安を感じ取れたのは、タツミがある意味オモイカネモンと同類だったからなのかもしれない 「あの子もきっとクオンちゃんに造られて、優しいクオンちゃんを知っとるから不安なんやろな……けどクオンちゃんは」 やるせなさが募る。目の前で辿ったクオンの結末を彼女に伝えようとは微塵も思えなかった クオンに対してこんな遠いところへ来てしまう前に何もしてやれなかったのだという己の無力さを何度も突きつけられたばかりなのだ 「タツミさん、幼いクオンさんたちの抱えてきた深い闇……悲しみと痛みはもう取り返しのつかないことだと思います。それでもせめて……僅かにでも贖いのチャンスを彼女たちに与えたくありませんか」 「……なんやて」 「クオン・I・比良坂とバグラモンが始め、デジモンイレイザーが影から蝕んできたこの世界の破滅を覆すためにボクはこの瞬間を待ち侘びてきた。そのためだけに残された時間を生きてきた」 ───人とデジモンの未来のため、この世界を書き換えFE社とイレイザーが巻き起こした惨劇を『抹消』すること それがボク……【404番目のデジモンイレイザー】の最期の使命だ ────────── 「「……!!?」」 「改めて聞いても馬鹿げているなデジモンイレイザー。人とデジモンのためと謳いながらその名を名乗る貴様の矛盾……腑に落ちん」 マシロは肯定する。馬鹿げているという事実を 「ボクが一番抹消したかったのは、デジモンイレイザーに"ならざるを得なかった"愚かなボク自身だったのだと思う」 彼の生まれた世界、そこで初めて人とデジモンを繋いでしまった【最初の選ばれし子供】である暁月マシロの半生に起こった戦争と災禍の記憶 「ボクが彼らデジモンに出会わなければボクの生きた世界に戦争が起こることはなかったかもしれない。人とデジモンは交わることなく平凡な日々に平和と安寧を抱き続けれたかもしれない……何度も考えて、デジモンとの思い出を後悔で塗りつぶしたくないと思ってた。 過ちを必死に取り戻そうと戦って戦って戦い続けて、何もかもを失ってボクらは破滅に突き進む運命に絶望した」 「絶望がボクに悪しき可能性を魅せ、ボクはそれを選び取ってしまった」 「絶望の中に授かったこのチカラはボクとボクのパートナー、友達や仲間たち、そして世界中の数多の人間とデジモンの生命と存在を吸い上げて歴史と因果を改竄してみせた。人とデジモンが決して交わることのなかった空っぽの明日がそこにあった───ボクらの大切なものも場所も何もいない未来が、平和がやってきたんだ」 「そしてボクもまた代償を払い、その世界から消えて……次元の狭間で残された僅かな命が潰える前にこの世界に迷い込んだ」 「人とデジモンが出会い手を取り合って生きる素晴らしい世界。ボクらがずっと夢見て焦がれた理想の世界。……今日という日にデジモンイレイザーとFE社が巻き起こす『厄災』を皮切りに、人とデジモンの二つの世界が巻き起こす『絶滅戦争』───ボクらの世界と同じ運命に走り出すこの世界」 クロウが問う 「最期の使命って何だ」 「この世界から厄災の種を"抹消"する。歴史を改変し、因果を捻じ曲げ、平和へと歪める───再び人とデジモンが共に歩む世界を取り戻す。ボクとアポカリモンはその『生贄』になり、今度こそ自分たちの存在も葬り去るためにこの日を迎えた」 また問う 「なんで近づいたのが俺たちだったんだ」 「たまたま、というには出来すぎた出会いだった。困難を乗り越えて戦ってきたキミたちの勇姿、運命に立ち向かい乗り越えたまだ見ぬテイマーとデジモンのいくつもの物語。運命に負けたボクにとってそれらはとても眩しくて鮮烈だった。そんなキミたちと出会い、話をして、友達みたいに過ごせた日々は夢のようだった」 もう一度問う 「なのに今日まで……死ぬためだけに生きてきたっていうのか」 「だから、だよ。この世界のために命を賭してもいいと本気で思えた。ボクが生き延びたのはダラダラとそんな夢の日々に甘えたまま潰えるためじゃない」 やがて口を噤むクロウへ、今度はマシロから言葉を紡ぐ 「ヤチホちゃんを助けてくれてありがとうクロウくん。キミや秋月さんがいなければボクがこうして彼女に出会う事もなかった。あの子がいたからボクは救われた……絶望の底から這いあがろうと思えた」 「だから自分1人で全て背負って死ぬってか……ふざけんなバカ野郎、そんなコト言うために俺らにこんなハナシ聞かせてんのかよ。それが誠意のつもりかよバカにすんな!」 我慢ならず胸ぐらを掴み上げる。マシロは容易く揺らいで、その身体は思った以上に軽く細くやつれていたのだと気づく ずっとこの心の闇を独り抱えて、足掻き敗れて、こんな自殺のために友情の傍ら自分たちを利用してきたのだと知り腹が立って同時にやるせなくなる それは特に秋月光太郎という同じ師を仰いだ友であり───マシロに想いを寄せるひとりの少女のための怒りとなり口を注いで出た 「ヤチホがお前をどんだけ大事に想ってるか知ってんだろ」 【天羽生ヤチホ】。その名を突きつけた途端マシロが目を逸らし……力づくで振り向かせる 暁月マシロがこの世界に現れてから最も絆を深め同じ時間を共有してきた彼女が、こんな理不尽な突き放され方で終わり傷つくことに納得できるとは思えなかった 「アイツに黙って消えるなんて許さねえぞ!!」 ヤチホとマシロ、2人の心に深く残る離別の傷跡など見たくなかった クロウの説得を受け止めマシロは───しかし首を横に振る 「わかっている…………でもボクは、どんな理由であれ数多の命を奪ったデジモンイレイザーなんだよ。あの子と共にいるべき真っ当な人間じゃないから代わりに"贖罪/恩返し"をしなくちゃならない……咎人のボクにはもうこんな形でしか残された時間で大切な人たちに報いることができない」 クロウの腕を握りしめ、吐露するは諦念にも似た祈り 「ヤチホちゃんには生きていてほしい。末永く幸せと未来を掴んでほしい……ユキミボタモンと一緒にこの世界で。……それがもう一つの命をかける理由さ───あの子は、もう二度と会えないボクの大切な人と同じくらい素敵な人だった。そう思う」 「……マシロ」 「でも面と向かって、お別れするのは…………できなかったなぁ……っ。ボクは意気地なしだ」 その言葉で何もかも嘘偽りがないと何故かわかってしまった。通じ合ってしまった ほんの短い間に培われた友情だったのかもしれない。それでもクロウはヤチホを想い涙を堪える彼の目を見て、掴んだ胸ぐらを解いてしまった 「くそ……ちくしょおお!!」 マシロの目の奥に宿る強い光を彼はよく知っている。鉄塚クロウが旅立ったあの日に見た恩師の目に見た覚悟の光だ クロウは拳の行き場を失ったまま マシロは涙の跡を隠さぬまま……もう1人のラグナロードモンのテイマーへと向き直る 「秋月影太郎さん」 「僕は承知の上だ。人とデジモンを護るためにこの命を使い潰す───それは僕が生かされ課せられた果たすべき重積だ」 迷うべき時間など、影太郎にとってはデジモンイレイザー/暁月マシロと初めて出会い共謀することを選んだ時にとうに過ぎていた 咎に塗れながらも生かされ、もがき生き、成すべき事と理由を前に秋月影太郎は手段を選ばぬ男だ それはこのデジモンイレイザーもまた、己とさして違わぬものを背負う1人だった 「『毒を以て毒を制す』───デジモンイレイザーの力、この際利用してやろうじゃないか。いまさら机上の絵空事とうそぶく訳でもないのだろう暁月マシロ」 「はい。そのためにオモイカネモンをあなた方に助けてもらいましたから」 「───聞こえるかいオモイカネモン」 天沼矛・天岩戸ブロック内にデジヴァイス【ディーファインダー】を通じてマシロの声がクリアに響き、そこに立つアプモンに緊張が走る 『…ッ!アナタ誰……敵なの…?』 オモイカネモンは戦闘を得意としない。浮遊する巨大構造物の制御を担う彼女は無防備であり敵襲は死に直結する だが声の主は静かに諭すように交渉を持ちかける 「今からキミに僕のデジヴァイスに記録された全ての記録と計画を開示する。それを見て決めてほしい」 天沼矛に干渉するマシロから送信された膨大なデータがオモイカネモンに流れ込む 『……!!?』 信じられぬものを見たと同時に、知恵の神は即座に真実と見抜いてしまったがゆえの動揺。だがそれはまぎれもなくこの瞬間に、オモイカネモンが助けを乞う人物を救える小さな可能性を示していた 「単刀直入に言う、手伝ってほしい。この世界の結末を塗り替え正すにはにはFEとクオン・I・比良坂が始め刻んできた森羅万象の歴史を知る必要がある。君の知る全てが修正と再生の道標となり、この世界をもう一度導き直す。知恵の神として創られ観測者となってきた君にしかできない事だ」 『……アナタの成そうとしてる事、本気なのね』 「うん、僕はもうそれを一度"選んだ"人間だから」 寧ろそれを待ち望んでいたのかもしれないとオモイカネモンは気がついた 自身の神様を救うために訪れた遅すぎる奇跡 祈り縋ることのできる何か それがここにある 『………いいよ。ご主人様が……私を産んでくれた神様がもう苦しまずにすむのなら私の全部が消えても』 同時にザンバモンの騎馬にしがみついたまま沈黙していた優里へも向き直りマシロが返事を待つ 「ぼくも同じ気持ちです……クオンの苦しみを少しでも終わらせてあげたい。解放してあげたい」 「ありがとう」 「でもひとつだけ……ボクは、またガブモンに会えますか」 「キミが諦めない限り必ず巡り合う、それを望んでいる者たちがいる。キミたちの力もまた新たな未来をゆくために必要とされているピースだから……キミが目覚めたチカラの良し悪しも末路も決まるのは"今日じゃない"……魔狼の主よ、どうか今日という日に己を縛る過去の鎖を引きちぎり未来へ歩んでほしい」 ────────── 「今の声は……オモイカネモンか?それになんだあの巨大なデジモンは…!!」 「まだ脅威は去っていない……のか」 「影さんやタツミさんやクロウくんや優里くんがまだあそこに……ああもう、なんでまた通信が繋がらないの!」 優里をマーナガルルモンの元へ転送したのち、はるか遠くの安全圏へ逃れたはずのアカネたちの目にも鮮明に飛び込んできたアポカリモンの出現 ソレが何者か彼女らにはわからずとも、アレとまともに戦っては命が幾つあっても足りないのは自明の理だった 「シャニタモン、まだ頑張れそう?」 「ア、カネ……ゴメン」 「こちらも無理をさせすぎた…すまないメタルグレイモン」 赤い嵐と瓦礫の隕石、そして地平の彼方まで喰い潰していくのではと錯覚するほどに飽和しつづけた空間断裂の泡を全て躱わして生き延びたことが奇跡に近かった。もはやほとんど全ての力を使い果たし誰もが疲弊し切っている。対峙する彼らの元へ駆けつけて助けるだけの猶予は残っていない ───故に彼らのみの間に、世界の命運を塗り替える密約が交わされようとしている 「さあ、そのホウライオブジェクトをこちらへ」 残すはタツミの返答のみ。ザンバモンは掌の光球とマシロの双方を一瞥し終え、ようやく口を開く 「……マシロの兄ちゃん一つええか。この力はホンモノやった。そこの少年もウチもこのチカラで完全に蘇ってもうた。 今ならマシロの兄ちゃんの死んだ大事な人とまた会えるかもしれへん───そのワガママのためにウチらをこの場で叩き潰して、この遺物を好き放題することも出来るんちゃうんか。どう思うんや」 長い沈黙だった なんて悲しそうな顔をするのだろう。これが…世界を滅ぼしたデジモンイレイザーのする顔なのか いや、その悲しみゆえに暁月マシロという男は─── 「確かにボクにはもう一度会いたいと思う人がいるよ……でもボクにそんな資格はない。 戦って戦って、絶望の底に打ちひしがれて世界を変えうる力に目が眩んでデジモンイレイザーになってしまった、世界を正すために多大な犠牲を払って歪めたボクには」 望まぬカタチで与えられる希望が見せる景色は、時として絶望に等しいものだ 選ばなければ全てが終わり、選んだことで暁月マシロは全てを失った そのまま終わりを迎えるはずだった 「……でもね、この世界を見つけてしまった」 この世界で最初に出会った女の子の顔が目に浮かぶ 「絆されてしまったみたいだ」 もう二度と会えない人の思い出と重なる喜怒哀楽の顔を隣で見てきた 「人から名前を呼ばれるのがこんなに温かいことだったなんて、世界を歪めた代償に次元の間の虚無を彷徨ってきた時からずっと忘れていた」 帰ることの出来ない過ぎ去りし時に溢れていた安寧と安らぎにまた包まれて、ぽっかりと穴の空いた心に小さな光が灯った気がした 「───ボクはただそんな何気ない日々に少しだけ居場所を貸してくれた、愛を分け与えてくれた人とデジモンたちの繋がるこんな素晴らしい世界を……ボクの生まれた世界のように全てが傷つけあって壊れた末路へと歩ませたくないという自分の心に気づいてしまった」 「…………それが"誠意/答え"か」 沈黙の肯定───深く息をつきタツミが天を仰いだ 「かーっ!なんやなんやもうマシロ兄ちゃんまで惚気ちらしてくれるやん。しかも世界跨いでとかズルやん、ウチの数百年の愛にもグツグツおでんにも負けへん熱ぅーヤツやんウチ自身無くしてまうわー!」 「やかましい」 「声でっか!!」 「やっぱエエね愛!ええでウチも乗ったるわマシロの兄ちゃん」 「タツミさんも大変な思いをしてたんですよね───すみません、ずっとこっそり貴方の戦いも見ていました。クオンさんのことも優里くんのこともバグラモンが言っていた全て」 「2人のこと蔑ろにしたら承知せぇへんで。ユウちゃんもクオンちゃんもまだ話合わなならんことが20年ぶん山ほどあるんや……そのためにこの子らはどんなカタチでも生き延びなアカン。頼む」 優里とクオンのぶんまで頭を下げ、ホウライオブジェクトがザンバモンの手を離れた。マシロがゆっくりと目を閉じたままアポカリモンへと囁いて 「みんな、ありがとう───はじめようアポカリモン。これが最後のミッションだ」 クロウがラグナロードモンに戻り離脱した天沼矛。マシロを肩に乗せながら触手を伸ばし絡みつき下半身へと融合させてゆくアポカリモン 飲み込んだ不死の光球が暗黒の躯体を"穢れのない純白"に染めて、頭上に天使の光輪をかかげながら開き仰ぐ両腕には神々しさすら宿っていた やがてそれがアポカリモンの胴体へ深々と突き立て、指先にこじ開けた胸の奥に煌々と光を放つコアが露出する ホウライオブジェクトと融合したアポカリモンのデジコアを見つめながらマシロは、今一度未来への賭けに出る 「さあ仕上げだ、君たちの手でアポカリモンのコアを破壊しろ。数多の命の贄と成り代わるホウライオブジェクトと増幅器となる天沼矛、世界を導き描く羅針盤と設計図となるオモイカネモン、それらを結合させ時空に歪みを穿つアポカリモン、そして僕のイレイザーのチカラ……その全てが結集した【歪】を君たちが砕く事で時空湾曲を発生させ、縮退エネルギーがゲートを開く───この世界を"書き換える"ために」 間もなくアポカリモンがゲートへ接触する 現実と電脳の狭間、世界と世界の境界線を跨ぐ【歪】がエネルギーを増して空間を震わせはじめる 「話の続きは"その先"で待つよ」 「……いくぞ」 「ああ」 ラグナロードモンが飛翔する 剣と盾を下げ掌底に連なる破壊の光杭へ、残された"不死殺し"のチカラを束ね─── 「これでいい」 ───穿つ 砕けた白い光がアポカリモンを塗りつぶし、二つの世界に亀裂を産む 剥離する情景、消えてゆく色彩 世界が……崩壊してゆく 「さあ始まるよ」 「世界の修正が」 ────────── エピローグ1→