崩壊エピローグ2 ────────── 「鉄塚クロウ……貴様が新聞を読んでるとは、明日は豪雪だな」 「うわひっでー顔、ロクに寝てねえな影太郎テメー……いやなんか物理的に腫れてんな?」 「当たり前だ、あの日からずっとかけずり回っているからな。そしてイレイザーとの接触を事後報告でBVの面々に散々引っ叩かされた」 「だろうな!」 「その後のFE社の調査は終わった……だが何の成果も得られなかった」 「現実世界にデジタルワールド。どこまで虱潰しに探してもFEの実験の明確な痕跡見当たらない。まるで初めから存在しなかったかのようにだ。 彼は僕らテイマーを楔と言っていた。確かに我々にはFE社との交戦した記憶がある。実感がある。身体に蓄積したダメージも疲労も腐るほどある。 だがFE社の馬鹿げた凶行の証左とするデータも実験施設も資料も物的証拠もネットワークのログも……オモイカネモンも犠牲となり消滅した今、この世界中のどこにも微塵も残されていない。生き証人たる僕らテイマーすらも記憶の欠落が見られる者が多く完璧じゃない。 奴の言っていた通りFE社の被害者も死因はバラバラ。何事もなく生きている者もいれば、まったく別の事件や事故で亡くなって遺族の元へ帰った事になっている者もいる……僕らの協力者にも生存不明のままの人物がいる」 「FE社はどうなってんだ。フツーに新聞には新薬できたってハナシが載ってるけどよ」 「副社長【シュッチ・ニクリ】の汚職・着服事件と共に謎の不審死───それ以外はデジモンなどまるで関わりのない看板通りの極めて優秀な製薬会社だった」 「マジかよ。そんで変な名前してんな副社長」 「潜入・ハッキング・それ以外にも合法非合法問わずヤツらの外堀や懐を根掘り葉掘りやらされた。おかげで今BVの連中は現社長なんぞよりFE社の内情を事細かに……金の動き人の動き製薬の成分、果ては社食で最も人気の定食小鉢の隠し味の黄金比と昨日の営業部長のタバコ休憩の回数まで把握している。兄さんに顔向けできないことがまた増えた」 「もう誤差だろ……つか、副社長は知らねーけど社長って今もあのクオンってヒトなのか」 「FE現社長【導部 該(どうぶ がい)】51歳、男性」 「ドープガイ?!」 「導部該だ。クオン・I・比良坂という人物は、この世に初めから存在していなかった。そもそも奴の母親が若い頃に心臓発作で他界しているため奴は産まれようもなかった…ということになっている。BVが集めていたFE社の調査資料も消失、また一から現在あるFE社を諜報し集め直した結果がコレだ。 念の為戸籍情報、死亡届など国内外のソレをかき集めても結果は変わらず、先代社長の比良坂武満と血縁者ですらなくなったそんな奴がFE社の社長の座に上り詰めることは今後もないだろう。……死を超越した世界に書き換えようとした女が世界からはじき出され生きた証すら剥奪されるとはな」 「初めから生まれてねえ人間だぁ?じゃああそこで仲間に連れてかれたクオンってのは…」 「もはやこの先、生きるも死ぬも存在証明すらできん何者でもない亡霊にすぎんということだ……そんな亡霊を追いかけてバカが旅立っていったがな」 「……タツミさんとあのボウズか。いいのか」 「良い訳あるかッ!奴が勝手に連れ出したんだ、まったく…それを黙認する司令も司令だ。 密かに監視はつけた。伊名城優里のマーナガルルモンも消滅して行方不明、暴走の危険性もほぼない子供1人どうとでもできる。監視役の報告待ちだ」 「………ああムカつくが鉄塚クロウ貴様に話してようやく飲み込めた。まったく馬鹿みたいな話だが暁月マシロの言う通り本当に世界が書き変わったとしか説明できん。ゆえに僕たちは仮にFE社がデジモンイレイザーと組み行ってきた非道の数々を世に訴えることも司法に則って裁くことももう二度とできないしする価値も無くなってしまった。 ───何故なら超常的なチカラによってそのための何もかもが《そんなもの初めから何も起こらなかったことされてしまった》のだからな。 この世界にFEの闇は存在しない。 平穏のままだった……不気味なほどにな。 これがデジモンイレイザーになった者のチカラか。ボクたちは…これからどんな化け物を相手取らされるというんだ」 「んな難しいハナシ知らねえよ相手がどんだけデケェだのなんだの。それでもぶっ倒さなきゃなんねーからやる、秋月さんの敵討でテメェを追いかけ回してた時からやる事は変わってねえ」 「それに俺は『ダチ』から頼まれたからな、イレイザーの全てを終わらせろってさ。じゃねえとヤチホも浮かばれねえ。……アイツも本当に消えちまったしな」 「もっと強くならなきゃな俺たち。あのでっけえアポカリモンみたいなのが出てきてもサクッと勝てるようによ」 「オーナーの"あんまん"やるよ、それ食ってテメーもまた世界のためにキリキリ働きやがれ。頼んだぜBVさんよォーじゃあな」 「……なるほどゴマ入りあんまんか、悪くない味だ。ズバモンへの土産が増えたな」 ─────────── 「さてと……随分遠くまで来たもんやなー、この辺の山岳部は見晴らしええし空気も美味いで。フンパツして買ったバイクもええ感じで快適な旅やんね」 「サイドカーに乗ってるの結構楽しいです。ちょっと憧れてたんですよね…えへへ」 「しっかしマシロの兄ちゃんも無茶言いおるなー。この広い世界のどこかでヒントも無しにユウちゃんのガブモン探さなアカンのは骨折れるでー、なっオボロモン」 「マーナガルルモン……真に強き者であった。再び相見えたのならば今度は背を預ける戦友であることを望む───かつてのユウリとの旅路の我等のように」 「デジモンイレイザーとの戦いおったら心強いわな。絶対みっけたるでー!」 「……クオンも、この変化した世界のどこかにいるのかな」 「あの真っ白なセカイ―――《次元崩壊の終点》やっけ、あそこで別れ際にジャスティナちゃんルーナちゃんに連れてかれてどっか消えてもうたからなー。影ちゃん曰く"存在してはいない人間"だけど"生きてはいる"はずやて。……まぁ書き換えられたFE社にはゲオ爺とか五行───というかウチら元FEの連中ほとんどが初めから在籍しておらんかったっちゅー事になっとるようやし、こっちも手がかりゼロなんやけどね」 「……」 「クオンちゃんにやっぱ会いたいんやろ」 「……はい」 「ウチもや」 「クオンは大丈夫かな……生きててほしい」 「クオンちゃんの心はユウちゃんに再会できてちょびっとは救われたんちゃうか。きっと気張って待っててくれよる……ユウちゃんがクオンちゃん覚えとる限りクオンちゃんがこの世界で孤独に消えることなんてないんやで」 「でもやっぱり会うのはまだすごく怖いや……酷い事ばかりしてしまって、合わせる顔なんて」 「それはクオンちゃんに会うてから決めればええ。結局天沼矛じゃロクすっぽ話せんかったやんジブンら、まずはそれからや」 「…はい」 「まぁもしフられたらウチが可愛い女の子紹介したるわ。妙な心配せんとクオンちゃん笑かすために旅の思い出ぎょーさん持って、ガブモンも一緒に会いに行こうや」 「はいっ」 「そんでキミらの夫婦喧嘩食わせてくれるの楽しみにしとるで」 「だからっ……天沼矛の時から思ってましたけど、その夫婦ってのは……からかわないでください」 ────────── 復讐。それはクロウが知る"憎しみと怒りに満ちた旅の始まり" 贖罪。それは影太郎が知る"世界を壊した者が命をかけて背負い償う重積" 愛。それはタツミが知る"己を賭してでも誰がために貫くべき生き様" 孤独。それは優里が知る"全てを失い、世界の全てから忘れ去られてゆく苦痛" そのデジモンイレイザーは彼らひとりひとりの心に宿る同じ因果を持ち合わせた だからこそ共感する何かが、彼と出会い共に過ごす中に生まれたのかもしれない 暁月マシロは間違いなく悩み苦しむ1人の普通の人間だった 彼に訪れたエンディングと託された願い そしてせめてもの安らかな眠り それらを心の片隅に思いながら彼らはまた、それぞれの旅路へ戻ってゆくのだった ────────── VIPルームの来客 待ち侘びたように少女は労いの言葉をかける 「お疲れ様。───目には目を、歯には歯を、毒には毒を……こことは別の場所から紛れ込んで深々と根を張った《異物/抹消者》を断ち切るには同じ世界の異物という因果をぶつけて根こそぎ消し去る……世界の理を保つにはアナタを使うのが一番穏便だった。けれど、随分と無茶をさせたこと謝らせて頂戴」 「ぜんぜん気にしてないよ。次元の狭間に落ち消える僕にチャンスをくれたアナタには感謝しきれない」 「招いたのは私だもの……最後まで見守らせてもらったわ。さて……これからどうするのかしら?アナタのパートナーはもう先に眠りについたわ……アナタももうゆっくりと休んでもいいのよ」 彼女の言葉の意味は理解している だからこの本当の最後に、一つだけわがままを押し通す 「少しだけシアターを観ていいかな」 少女が目配せした支配人がゆるりと頷く 「あなた様への特別上映が始まります。シアターへどうぞ」 「この世界に消えゆく誇り高き英雄さんへ、心よりの感謝を」 「ありがとう、イグドラシル」 それはほんの少し先の未来のビジョン 仲間たちの絆を携え悪へと挑む【黒の戦士】 彼等と共に世界の影から悪を斬り続ける【白の戦士】 友と共に正義の心に蘇る【魔狼】と、呼応し再臨する新たなる【竜鬼】 再会した兄妹が力を合わせ共に歩む【彗星の赤狼】 最後に映ったのは、1人の少女の何気ないおだやかな日常。桜並木を歩く背はやがて大人びてゆき、こちらを振り向いて微笑む姿 ……その懐かしい面影と未来に、マシロの頬を一筋の涙が伝う 「そうか……本当にそっくりで、綺麗だなキミは」 たとえそこにもう自分が居なくとも繋がった一筋の光に目が眩んだのだろう。涙はとめどなく……声を殺しどれほど泣いただろうか やがてフィルムが終わり静寂に耳を澄ませた中に、終わりの時を刻むよう迫る足音 瞳を伏せ身を委ねる準備はできている 「……おやすみ」   「───なるほど、ちょっとしたアノマリーだな」 ───『あら今日は来客が多いのね…… 』 ―――『いらっしゃい、アナタはどんな要件で?』 ―――『……そう、ちょうど良い事を思いついたわ』 ―――『ロイヤルナイツ、いえ……"同じ御姿"を持ち気高く戦った"同胞"へのよしみといったところかしら』 ───『スレイプモンからの依頼よ』 ―――『アナタに会って欲しい子がいるの』 「え───?」 「キミの取り戻したいものを教えてくれないか」 面を上げた瞬間、視界に映る1人の見知らぬ男が手を差し伸べる 「キミは、誰…?」 「俺は───」 「時をかけるエージェントさ」 ────────── FE崩壊:完