朝焼け混じりの木漏れ日が差し込む森の中、ギリードゥモンが樹間に紛れ構える狙撃銃・べリョータの銃口は、1km先にあるテントを、微動だにせず捉え続けている。コートをギリードゥモンのテクスチャと同じ色の物に替えたファヨンも、首に掛けた双眼鏡で、枝葉の緑と樹木の茶色がなだらかに続いていく空間を、無言で見続けている。 しばらくしてテントが微かに動くと、灰色の服を着た男と、小型のデジモン……マメモンが談笑しながらテントから現れた。それを見たファヨンは双眼鏡の倍率を上げ、男の顔を捉える。ひげの剃り残しが目立つ、20代半ばか後半の男。そして、双眼鏡越しのファヨンの視界の右下に表示された【登録無し】の四文字。 【商品】だ。それを確かめた瞬間、ファヨンは無感情に進める流れ作業にあたるような声音で、短く言った。 「ギリードゥモン、撃って」 「……コアシュート」 べリョータの花弁のような銃口から火が吹き、弾けた音を鳴らす。無風の静寂に針で穴を開けるように放たれた銃弾が、小さな風切り音と共に真っ直ぐと進んでいく。 銃弾が届く直前、何かに気づいたようにマメモンが振り向いた。だがその瞬間、弾丸はマメモンの体を貫いた。 「デジコアに命中」 ギリードゥモンが短く言う。撃ち抜かれたマメモンは何かを伝えるようにテイマーの方を向き口を開くと、そのまま0と1に変わり、消えていく。 テイマーは消える瞬間を見届け前に走り出した。だがその瞬間、突然伸びてきたツタが足に絡み、引きずり倒される。男は激しく抵抗をするが、落葉だらけの地面から黒紫の大渦が巻き起こり、男は何かを叫びながら、飲み込まれた。 「これで、この前逃がした分は帳消し」 パートナーデジモンを始末し、テイマーはダークエリアに送った。完全体まで進化させたテイマーならば高く売れる。双眼鏡の倍率を戻し、左右を見渡す。やや暗く濃い緑の葉を茂らせる樹木が立ち並ぶ中、持ち主を失ったテントが吹き始めた風で僅かに揺れ動く。 何かの影は無い。それを確認したファヨンは双眼鏡を降ろし、淡い緑のデジヴァイスをコートから取り出すと、通信を始める。 「スゴヘッソ(お疲れ)。朝早くからごめんねブロッサモン!後はお願い!」 淡々とした無感情な声音を明るい口調に変えて連絡を行うと、返答を聞いたファヨンは通信を切る。狙撃銃を降ろしたギリードゥモンを同じ言葉で労うとノヘモンに退化させ、落葉の少ない場所を確認して、ゆっくりと歩き始めた。 「さて、朝ご飯、食べに行くよ」 「食べに行く?テントにあるもの使わないの?」 「そ。あ、一応……これ置いて行こうか」 ファヨンはノヘモンに向けて淡い緑のデジヴァイスと【純真の紋章】を見せると、歯を見せ、にかりと笑った。 篤人達が泊まる宿に、食事はついていない。そのため、街に滞在している間は勇太や光達と共に、食事をしている。朝、全員が町外れに集まると先日のうちに買い集めた食材で、調理していく。 篤人も三幸も、調理は不得意だった。一番慣れてるように見えた勇太は「まぁ、回数もありますし……」と、困ったことを思い出した苦笑いを見せた。 それに対して篤人と三幸は、何も聞かなかった。後は他愛のない話で沈黙をごまかしながら、八名分のサンドイッチを完成させた。 シートを敷き、使い捨ての皿を用意して、いざ食べようとした時、ファングモンとデビドラモンが動きを止めた。 「どうしましたの?ファングモン、デビドラモン」 「……誰か来る……あれ、この感じ昨日の……」 「……うわ、マジか……」 やがて靴音が聞こえ、それが徐々に近づき始めると、篤人の視界にはダークグリーンの髪が映り……困惑の感情が一瞬で全身に広がった。 「アンニョン(おはよう)!勇ちゃん、今日の朝ご飯はサンドイッチ?」 「は!?ファヨンさん!?なんで!?」 推定13時間、あまりにも早いファヨン達との再会に、全員が閉口した。そんな様子に構わずファヨンは、地面に敷かれたシートの上に座る勇太の後ろから首に両手を回し、肩にあごを乗せる 「あ、あの……離れて……」 勇太は照れながらも、少し嫌がった様子で首に動かすが、ファヨンは構わずに全員の手許に置かれているサンドイッチを見て、話しかける。 「ねぇ勇ちゃん。お姉ちゃん達の分、あるよね?」 「アンタ達の分はない!帰れ不審者!!」 勇太の隣に座る光が、赤鬼のように顔を紅潮させると、そのまま虎の咆哮のように怒鳴りつけ、ファヨンの腕を掴もうとした。それを見てファヨンは「ミアーン(ごめーん)」と軽く笑い勇太から離れた。 篤人は勇太達のやり取りを見て、君がしたいようにすればいい。そう勇太に言ったことを今になり……余計なことを言った気に、なり始めた。 「というか……ファヨンさん?昨日確か……後は何とかなると言ったはずでは……?」 「何とかなったし材料費は出すよ。まぁ……可愛い弟に会いに来たってことで!」 「結局厄介になる気だよ、勇太」 三幸の言葉にあっけからんと返すファヨンに、ヴォーボモンはため息をついた。 結局……材料費は出すならと、2つ余ったサンドイッチをファヨン達に渡すと、ファヨン達は大喜びで頬張り始めた。 「またこのアホがすまない……が、今回はすぐに返すから見逃してね勇ちゃん」 「ノヘモン…君まで…」 少し申し訳無さそうな様子は見えるも、気安く呼ぶノヘモンの言葉に勇太は顔を引き攣らせる。 「ったく!こいつのお人好しにも困ったもんね……っていうか片桐!コイツのことはアンタにも責任あるでしょ!」 「おいおいヒカリちゃん、かと言って見捨てんのも嫌だろ……」 不満はあれど仕方なさそうにしていた光が、昨日のことを思い出し、不満の矛先を篤人に向けた。ジャンクモンがそれを宥めるが、篤人は表情も変えずにサンドイッチを一口齧ってから、口を開く。 「いいじゃないか。そういうお人好しの日野君がいいのは、鬼塚さんもだと思うけど」 「それはそれ!これは良いわけあるかぁ!!」 怒りと照れが激しく駆け巡った表情で一度歯を食いしばってから、光は今にも牙が生えて形相で篤人を睨んだ。 その様子を見てファヨンは、一瞬、冷たい……針で突き刺すような目を見せてから、からかうようにニヤリと笑い、勇太は何かを押し込めるように、俯いた。たまたま視線がそれらに向いた光は、ドサりと座り直して、湧き上がった感情ごと、瓶の牛乳を一気に飲み干した。 喧騒から始まった朝に、篤人はため息をつく。その直後、遠慮しがちに肩を叩かれ篤人は振り返る。 三幸が、眉を下げて何かを言いたげな表情をしていた。それを感じ取った篤人は「ここじゃ言いにくい?」と小声で聞くと、三幸は首を縦に振った。 「ごめん。部屋に忘れ物した。すぐ戻ってくる」 それだけを勇太達に言うと、篤人と三幸はシートから立ち上がり、その場を離れた。 篤人達がファヨンや勇太達の姿が見えなくなる所まで離れると。三幸はが苦々しく口を開いた。 「篤人さん。昨日……ファヨンさんの持ってたデジヴァイス……ひと屋の鳥谷部って人のと同じで……」 自信なく戸惑いながら話す三幸の言葉で、ファヨンが自分に向けた目や、ファングモンが怪しんだことを思い出し、篤人が疑問に感じた点が、線へと変わっていく。 「……教えてくれてありがとう。犬童さん」 硬い笑みで三幸に礼を言うと、そこから暗い熱を抑え込むように目を伏せてから、話を続けた。 「ただ……それを言ってもシラ切られて終わるかな」 「それだけならいいまであるぞミユキ。下手なことしたら、ユウタやヒカリも巻き込む」 篤人とファングモンが眉間に皺を寄せながら話す様子を見た三幸は拳を握りしめ、不服そうに答えた。 「歯痒いですが……勇太君や光ちゃんを巻き込むのは、嫌ですわね」 「ま、あいつにはこっちの話をしないってだけでも、取れる手段にはなるぜミユキちゃん」 ジャンクモンが三幸に、あくまで明るい口調で返したのを聞いて篤人は表情を戻し、まだ言いたいことは無いかとだけ三幸に確認をし、彼女が首を横に振ったのを見て、「じゃ、戻ろうか」とジャンクモンのように少し明るく言うと、そのまま勇太達の元に戻るため、歩き始めた。 「へぇ……今日は、東のほうに行くんだ」 「はい。夕方か夜には、戻るんです」 朝食の最中、勇太から依頼の行き先を聞いたファヨンは、一瞬ノヘモンに視線をやった。それからコートから【濃紺】のデジヴァイスを取り出し、地図の画面を開くと、しばらく無言で眺め、ノヘモンにもそれを見せてから、口を開いた。 「あの辺は……整備されてない荒地だから足元には十分、気をつけてね?」 「え……あ、はい」 「後は……荒地だから、低木が集まってる所や草丈の高い所にも気をつけてね。大体、不意打ち狙いのデジモンが隠れてるから」 少し言葉を選びつつも思ったままに話したファヨンの忠告に、勇太達は少し固まっている。その様子を見たファヨンは、余計なことを言ったかと思い、またしてもノヘモンに視線を送ると、ノヘモンは呆れたような視線を返してきた。 「アンタ、ひょっとして行ったことあるの?」 「アタシ、地図は見慣れてるから大体分かるだけ、それに……ノヘモンの力だと、自分で歩くしかないからさ?」 「ただでさえ案山子引きずってるのに、こいつまで引きずれないよ。多少足太くなるくらい我慢して」 「怒るよ」 「ごめん」 光の問いに半笑いを浮かべたふざけたやりとりでごまかしたファヨンは、僅かに残ったサンドイッチを、そのまま口に放り込んだ。 「チャルモゴッスムニダ。ありがとね、勇ちゃん……そうだ。この前のお礼と材料費含めて、お姉ちゃんがお小遣いあげるね」 「え!?貰えませんよ!?」 「いーの!ほら、デジヴァイス出して!」 ファヨンの圧に押されて傷だらけのデジヴァイスを取り出す。ファヨンは勇太のデジヴァイスを見て一瞬、目を細めてから、濃紺のデジヴァイスの操作し、送金をした。 勇太は難しい顔をしたまはま送信された記録を見た後、顔を強張らせ、固まった。 「あれ?どうしたの?」 「……ファヨンさん?あの、操作間違えました?」 ファヨンが勇太の言葉に目を丸くしている間に、篤人の「ごめん!いま戻った!」という声と足音が聞こえた。その瞬間にファヨンは、誰にも目を見せないように、一瞬だけ俯いた。 「片桐!この不審者、今度はお小遣いとか言ってんだけど!昨日は無一文だったクセに!!」 光が強い剣幕で抗議するように篤人に伝えると、篤人は少し黙った後に目を細め、口を開いた 「僕は材料費含めて多少なら受けとって良いと思うけどね。昨日のこともあるし」 「多少じゃないです片桐さん!俺のデジヴァイスを見てもらってもいいですか?」 勇太の間違いであって欲しいという願うような声音を聞き、篤人は眉を顰めてから、勇太のデジヴァイスよ画面を覗いた。 送金記録・60000bit 表示された画面を見て、篤人は眼鏡を外して目を擦ってから、もう一度見直す。やはり、同じ文字が表示されている。篤人は周りに一応確認してとだけ伝えると、ファヨンを向き、問い始めた。 「ファヨンさん。奮発しすぎです。それに、無一文だったあなたが、なんでこれだけのお金を?」 「あー……もう一つのほうにはあったの。今度はそっちを、テントに忘れちゃったけど……」 その後ろで送金記録を確認したヴォーボモンや三幸の驚きの声や、ジャンクモンの操作ミスを疑うような声を聞きながら、ファヨンは額を右手人差し指で掻き、困った声音で答えた。 何か隠してるか、何かをした後だ。篤人は確信して……後ろの仲間達に目をやると、光がゆっくりと近づいてきた。 「悪いけど片桐、私も聞きたいことがある」 「……分かった。先にいいよ」 冷静な口調から何かが染み出した雰囲気を感じた篤人は、背中に冷たいものを感じ、下がった。 「ファヨン。アンタ……勇太にして欲しいことでもあるわけ?」 自分が見てきた物に対しての嫌悪感や暗い怒りの混ざった目で、低く光は問いかけたが、ファヨンは……目を丸くして、きょとんとしていた。 その様子に違和感を感じた光が、改めてファヨンの暗い緑の瞳を、じっと見る。まるで、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるような、目。 やがてファヨンが、勇太のデジヴァイスを確認すると……口で手を覆い、申し訳無さそうに返した。 「……ミアーン……一桁多かった……」 「またかアンタ!こいつの人が良いことに感謝しなさいよホント!!」 それから操作をし直し、6000bitの送金を行う。それでも勇太は受け取ることを渋ったか、ファヨンとノヘモンに押され、苦笑いを浮かべめ、謝礼を受け取った。それから依頼に向かうために去って行く勇太達を、手を振って見送った。 「どうするの?ファヨン」 ノヘモンに問われたファヨンはデジヴァイスを操作し、篤人達が通るであろう道の地図をしばらく眺めると、ノヘモンにその画面を見せた。 「山林地帯。街道を通るなら……ここから狙える?」 「十分。他は?」 「協力者が2人欲しい。試したいことがあるし、上手くいったら分断も狙えるかもしれない」 「本部に連絡ね……ま、刺客を送るよりはマシな動きって所?」 「そうね……最悪は見逃して、行き先だけ連絡しましょ……ところでさ、ノヘモン」 ノヘモンが何?と返すと、ファヨンは苦い顔を浮かべ、頬を掻きながら口を開いた。 「小学生?のお小遣いに6万円って多いの?ほら、最近の子供ってさ……お金かかるみたいだし……」 「多い多い、アンタがどうだったか思い出せ」 「……あの頃には、コンビニと塾くらいしか行かなかったから、分かんない」 かつてを思い返すと伏せた顔からでも分かる沈んだ声音で答えるファヨンに、ノヘモンは「悪かった……」とまた、申し訳無さそうに答えた。 依頼を終えた篤人達は、足元が小石や雑草に塗れた荒地から整備された街道に変わった所で、休息を取ることに決め、草むらの中に無造作に置かれた家電のオブジェ近くにシートを敷くと、皆が思い思いの場所に座り、ミネラルウォーターに口をつけた。 「ふぅ……お二人とも、明日でお別れですわね」 一息がついた所で、三幸が勇太達に向かい、少し名残惜しそうな顔で話しかける。 「ま、短い間だったけど嫌じゃ無かったわよ……妙な不審者にも会わなけりゃもっと良かったけど」 「デビドラモン、もうあの人と会いたくない……」 ファヨンのことを思い出し、忌々しそうに口を開いた光の言葉に続き、デビドラモンが不安げに俯きながら話す。その様子を見た勇太やヴォーボモン、テイマーである光は、意外そうに目を丸くした。 「あのファヨンって人、なんだったんだろうね勇太……お姉ちゃんじゃないのは分かるけど」 「考えんじゃないわよヴォーボモン!あいつは間抜けな不審者!!それだけよ!!」 「落ち着いてね光……でも悪い人、では無さそう、だったし……変わってる人、ってだけかな……」 思い返し憤る光を一度宥めてから、適切な言葉を探るように歯切れ悪く話す勇太を見て、篤人は三幸の話を思い返すと、腹の底から湧いた【ひと屋の関係者かも】という言葉を押し込み、水を飲み干して無表情で答えた。 「ああいう人もいるのは、現実もデジタルワールドも同じって「ご、ごめん!助けて!」 助けを求める声に、皆が振り向くと、片腕を押さえ、痛みから顔を歪ませているガオモンが、ゆっくりと篤人達に向かってくる。それに勇太が真っ先に近づくと、押さえている腕の観察を始めた。 「これなら回復ディスクでどうにかなるね……でもどうしたの?」 「誰のかは分からないけど、銃弾か何かが当たっちゃって……うん、ありがとう。」 勇太はヴォーボモンが持ってきた回復ディスクをガオモンに使うと、ガオモンは撃たれたであろう腕を振り回して感覚を確かめ、勇太に礼を言う。そして少額のbitを渡すと逃げるように去っていった。 「リボルモン辺りの流れ弾かな?大した怪我じゃないし良かったけど……」 ガオモンを見送り終えると、篤人は眼鏡を外して目を擦り、考え始めた、 「ちょっと片桐。面倒になる前に戻るわよ。こんな時間に巻き添えは嫌よ私は」 少し苛立った様子のある光に視線をやってから、あたりを見渡す。街道を進めば、1時間程度で街に着く。夕焼けが夕闇に変わりつつある中戦いに巻き込まれるのは、光の言う通り、面倒になる。 「鬼塚さんの言う通りかな……ジャンクモン、デストロモンにはなれそう?」 勇太も三幸も、篤人の答えに考えた様子を見せたが、反対はしなかった。 「俺様はいいが……ただの流れ弾かもしれねェのにいいのか?お前も疲れるぞ?」 「暗い時に面倒を避けたいだけだよ。デストロモンになって……山林側は避けて、戻ろうか」 ジャンクモンの言葉に少し申し訳無さそうに篤人が返すと、黒と紫のデジヴァイスを取り出した。 「よし。ジャンクモン、進……」 デジヴァイスが輝く前に、銃声のように聞こえた音と、悲鳴が聞こえた。その瞬間に篤人は進化を取りやめ、音のした方向へ駆け出した。 「すまん人間!なんか持ってねぇか!?」 街道外れの冷蔵庫のオブジェを背に座り込み、足を抑えて苦悶の表情を浮かべるフーガモンに話しかけられ、駆け寄った三幸が回復ディスクを使用した。 「傷は大丈夫……あの、さっきの音はどこから?」 「すまねぇ……多分だが、あっちのほうだ」 傷が癒えたフーガモンがゆっくり立ち上がると、山林の方に指を差した。 「この辺、ギリードゥモンかバルチャモンの縄張りなんてないんだがな……。 とにかく助かったぜ。お前らも気をつけろよ」 フーガモンは何度か足を上げ下げした後、幾らかの果物を三幸に渡し、立ち去っていく。 篤人はフーガモンが指差した、山林の方に目をやる。夕闇の僅かな橙色が映る暗い木々が、風で揺れ動く。輪郭すら分からない存在が、銃口を向けているかもしれない。 腕を撃たれたガオモンもまさか?そこまで思うと篤人は、早く戻ろう。そう口に出そうとした。 「片桐さん。俺、放っておけません」 篤人より先に、勇太が、口を開いた。 「ちょ、勇太!」 「勇太君の言う通りです篤人さん。縄張りの主張にしても、やりすぎです!」 「あんたもか三幸!」 勇太の言葉に続いた三幸に、光は短く吐き捨てた。 「待ちな。夜の森は流石に危険だぞ……オレが言うんだ。間違いない」 ファングモンが、思い出した事柄から苦々しく唸りながら話す。三幸はそれを聞いてすぐに落ち着いたようで、苦々しく話すファングモンに「思い出させてごめんなさい」と小さく謝った。 「明日、準備をして明るくなってからやろう」 「結局か……ったく!誰だか知らないけど最後の最後で!!」 篤人の判断を聞いた後、光は山林に向かって悪態をついた。 「……おい片桐!決まったんならさっさとデストロモンに進「みんな!散って!!」 突然のデビドラモンの叫びに、反射で全員が散らばるように動いた。僅かに遅れ、耳に入った重い射撃音と共に、地面が貫かれる。篤人が地の窪みに視線をやると、薄茶色の種が草むらを穿って、地に埋め込まれていた。 「アツト!あいつらが撃たれたのこれか!?」 「まだ分からない!でもそうだと思う!」 ジャンクモンの疑問に篤人が返すと、すぐにデジヴァイスを取り出し、進化をさせようとした。しかしその瞬間、地を穿った種子が急速に芽吹くと、茨が次々と伸びていき、散らばった篤人達を分断する壁のように、急激に成長していく。 「ヴォーボモン!この茨、焼き払える!?」 「やってみる!……プチフレイム!!」 勇太の指示を受けたヴォーボモンが口から小さな炎を吐き出すと、茨は燃えて灰へと変わり、茨の壁に黒く焼け焦げた穴が、穿たれる。 「よし!これなら進化すれば……あっ!?」 しかし、穴はすぐに再生した茨で再び塞がる。ならばと三幸がファングモンをヘルガルモンに進化させ、茨の壁に爆炎風を浴びせたが、更に大きく焼けた穴が、同じようにすぐ再生するのみであった。 「ちょっこれやば……勇太!」 「犬童さん!日野君をお願い!!こっちは僕と鬼塚さんで何とかする!」 茨で埋まった壁の向こうに残された篤人と光の姿を、三幸は言葉を返す間もなく見送ると、歯を音を立てて軋ませてから、右頬の裂傷に手を触れた。 「光!!……三幸さん、早くこの壁を何とか!」 「勇太君。光ちゃんが心配なのは分かりますが……少し、耐えてもらいますわよ」 三幸の言葉を聞き、勇太は喉元から出た言葉ごと押し込めるように、唾を飲み込み、堪えた。その姿を見た三幸は小さく礼を言うと、右頬の裂傷に手を置いたまま、話し始める。 「勇太君。私達……多分、狙われましたわ。そうじゃなければ、分断までするか怪しいですもの」 「狙われた?誰に?」 「そこを考えるのは後にするぞヴォーボモン……来やがった……」 ヘルガルモンが固唾を飲み込むと、いつしか夕闇から夜の闇へと変わった草むらを踏みしめる音と共に、金属が擦れる音が聞こえてきた。 夜の世界でも映える銀の甲冑を纏い、両肩に赤い花を咲かせた騎士のようなデジモン、ブルムロードモンが三幸と勇太の前に現れると、一切の言葉もなく、花の槍を二人に向けた。 「勇太君!援護を頼みますわ!!」 「はい!……ヴォーボモン!超進化!!」 勇太が傷だらけのデジヴァイスを取り出すと、ヴォーボモンは黒い鉱石を鮮やかな色で赤熱させた、巨大な翼を持つ竜へと姿を変えた。 「切り抜けるよ!ラヴォガリータモン!」 「うん!……ヘルガルモン!」 「ああ、しっかり働いて貰うぞ!!」 ラヴォガリータモンに言葉を返すと、ヘルガルモンは爪に炎を纏い、ブルムロードモンに突撃した。 篤人は壁の穴が塞がっていくのを見た瞬間、すぐにデストロモンへと進化させた。ライジンモンとの戦いで果たした山のような巨体の7割程度。それでも、大型の完全体よりも大きく、怪獣といって差し支えは無い巨竜が、篤人に振り向く。 「問題ねェアツト!何かに引っ張られそうな感じはない!!」 出力を抑えた姿で、パートナーと意思疎通が出来ることを確認した篤人は、すぐに光の方に視線をやった。篤人の目と茨の壁を交互見て、すぐにデビドラモンをレディーデビモンに進化させた。 「ああもう!よりにもよってアンタと!!」 「不満は後で好きなだけ吐いて!まずどこに敵がいるか……」 「みんな!上!!」 不満を吐く光に対して顔も見せず篤人が答えながら、レディーデビモンの声に反応して咄嗟に上を見る。空から突風のような音を鳴らす細い茨が、デストロモンに迫っている。それに気づいたデストロモンが、左腕の大爪を振り上げ迎え撃つ。 茨の鞭の切っ先が爪に触れ、大砲のような轟音と共にデストロモンの爪が、鉄の杭を撃ち込まれたみたいに砕け散る。 「デストロモン!?」 「っぐ……かまうな篤人!三連装砲は無事だ!」 デストロモンは、苦悶の声を堪えながら鞭が波打ち戻る方へ、三連装砲を構えた。それから軽い着地音と共に、鞭は薔薇の女王とでも形容すべきデジモン、ロゼモンの手元へと戻っていく。 「あの白髪の子か……中々、可愛いじゃない」 ロゼモンが鞭を振り回しながら、薔薇の意匠で隠れた目からも感じられるような値踏みをする視線と言葉を、光に向ける。 「さっさと引っ込め不審者!幾ら私が美少女だとしてもね、そういうのはお断りよ!!」 「帰れおばさん!!」 それに対した光とレディーデビモンの罵倒に、ロゼモンは僅かな苛立ちから、口元を歪ませる。 「おい片桐!さっさとあの不審者吹っ飛ばして勇太達と合流するわよ!」 「そうだね……デストロモン!」 篤人の言葉に応えて、デストロモンは三連装砲から光弾を放つ。それに対しロゼモンは鞭を瞬時に縮めて振り回すと、それを弾き、防ぐ。 「レディーデビモン!あんたは上から!!」 「オッケーひか……」 レディーデビモンが飛び上がった瞬間、何かを察してレディーデビモンは留まった。 その直後、何かがレディーデビモンの左肩と翼を貫いた。 「ちょっと!何が「鬼塚さん!まずこっち!!」 撃ち抜かれた左肩を抑えるレディーデビモンに光が駆け寄るが、すぐに篤人が腕を掴み、デストロモンの後ろまで光を引っ張った。 ロゼモンの鞭が、レディーデビモンに風を引き裂くような音を立て迫る。デストロモンが庇うように鞭に向けて爪を振り下ろす。それを見たロゼモンは鞭の下から振り上げ、切っ先をデストロモンの腕へと突き刺した。 苦悶の声を漏らすデストロモンが苦し紛れに反対の腕から三連装砲から光弾を撃ち込むが、引き戻し再び振るわれた鞭が、光弾を弾く。 レディーデビモンはその隙に、デストロモンの後ろまで走り、隠れた。 「レディーデビモン!何があったの!?」 「分からない!何か変な音がしたと思って飛ぶのやめたけど……飛んでたらデジコアに直撃したかも!」 デストロモンの足を遮蔽物とする形で、光は左肩を抑えるレディーデビモンから話を聞く。大口径の銃弾で貫かれ、右手で抑える僅かな隙間と翼に、0と1が血肉のように貫かれた痕を埋めている。 回復ディスクを使ったが、若干傷が塞がっただけで効果はほとんど無い。篤人がその様子を見て、苦虫を噛み潰した顔で、山林に目をやる。連なる木々の枝葉の全てが、こちらを捉える銃口に見える重圧を堪え、光の方を向いた。 「咄嗟とはいえ思いっきり引っ張ってごめん。あのままじゃ、鬼塚さんが撃たれると思って……」 「……アザになったら何か奢れよ片桐!忘れるんじゃないわよ!!」 光は言葉とは裏腹に、怒りや苛立ちは無い声音で篤人に返すと、大きく息を吸い込んで、吐いた。 「撃たれて飛べなくなったレディーデビモン、遮蔽物になる必要があって下手に動けないデストロモン。でもって、相手はロゼモン……」 「鬼塚さん。茨の壁は破れないと思うから……まず、出来そうなことから考えよう」 「……思った以上に勘の良いレディーデビモンね。飛んでたら一発だったのに」 約1km離れた山林で、レディーデビモンを撃ち抜いた瞬間を確認したファヨンは、すぐにギリードゥモンと共に、移動を開始した。 「デストロモンのデジコアは……胸部だけど、この距離と今の力で、あの装甲を撃ち抜くのは無理」 移動しながら忌々しく話すギリードゥモンの言葉に、ファヨンはしばらく間を置いてから、茨の壁で隔たれたブルムロードモンのほうへと目を向ける。 「ロゼモンにはデストロモンの胸部装甲を削るように指示を出す。ブルムロードモンのほうは……勇ちゃんを傷つけたくない。慎重に」 「随分こだわるわねファヨン。昔、何かあった?」 「……何も無いよ。ただ、弟が欲しかっただけ」 「で、今も欲しいワケ……いいわ。まだ見つかってないしね」 ギリードゥモンの呆れた口調の返答を聞き、ファヨンは口元を真一文字にして【弟】と【抹殺対象】の姿を双眼鏡越しに見つめ直し、小さく呟いた。 「もう少し離れて犬童。勇ちゃんに返り血がかかっちゃうでしょ」