魔王モラレルが脳溢血で倒れた。リャックボーことボーリャックからクリストに送られた密書によると、どうも酒の暴飲が原因らしい(実際に倒れたのは影武者ミストモラレルなのだが、流石のボーリャックもそのことは知る由もなかった)。誰もが倒せないと半ば諦めかけた魔王を止めたのがアルコールとは、酒の力とは恐ろしい。 モラレルが療養を発表し、魔王軍侵攻の危機が当面は去ったことを確認した聖盾のクリストは、コトに東の国の宗教事情の調査で訪れていた。ジュダの実家を拠点に。 尚、この時様々な興味深い人間ドラマが(クリストの知らないところで)繰り広げられたのだが、ここでは割愛させていただく。 「ご馳走様でした。美味しかったですジュダさんの料理」 綺麗に食事を終え、箸を置いたクリストに神速のジュダが「お粗末様でした」と頭を下げる。 「しかし、不思議な食感の芋ですね」 「このねばねばした食感が慣れると癖になるんやで」 そういいながらジュダは笊に入った長芋、自然薯をクリストに見せる。 「えらい効能豊かなお芋なんどす、風邪対策に冷え性や肩こりの改善、美肌効果…」 「最後はジュダさんにとっても重要ですね」 「まあ」とジュダが頬に手を当てれば、クリストは慌てて「ジュダさんは綺麗だから必要ありませんね」と付け加える。その言葉にジュダが頬を赤く染める。 「でも、自然薯の一番の効能ちゅうたら…」 と言いかけて、慌てて口を噤む。 (ウチの親も困りもんや…) 先般の記憶を思い返す。一目見てすっかりクリストを気に入り、話してみて彼の奥ゆかしい人柄と高い見識に益々惚れ込む両親を。この自然薯だって親の差入れなのだから。 (まあ、断り切れへんウチもウチやけど…) 鼓動高まる胸に手を当てながら、ジュダは自然薯の効能、滋養強壮に思いをはせていた。 ************************ 「おい、ハナコ」 「アズライールと呼べ!……なによそれ」 サーヴァイン・ヴァーズギルトから実名で名を呼ばれ、頬を膨らませて振り返った†天逆の魔戦士 アズライール†ことハナコはギルの手にある自然薯に目を丸くした。 「珍しく自然薯が手に入った。今日はこれを食べよう」 「自然薯…?」 「知らんのか」と呟いたギルは、イゾウから教えてもらった記憶を掘り返しながら自然薯の説明をする。その内容の一部にハナコは顔を紅に染めた。 「じ、じじじ滋養強壮…!?」 「こいつをお前に食べさせたかったんだ」 「うへえ!?」とハナコが絶叫する。先程の滋養強壮という言葉が彼女の頭で乱舞する。 「ま、ま、まだ早いでしょ!!」 「? むしろ今こそ食べるべきだろ」 「~~~~!!」 今度こそハナコの脳が限界を迎える。自然薯、滋養強壮、それを食べさせたいギル、男と女(の子)…。 『アズライール…。いや、ハナコ。どうか俺の子を産んでほしい』 「あと4年、いや、あと2年待ってほしいんだから~~~~!!!」 得意の身体能力をフル稼働させ、爆走して駆け去っていくハナコを見送りながらギルは首を傾げる。 すっかり姿の見えなくなった後、彼は手元にある自然薯に目をやり、ため息をついた。 「…風邪対策に食べようとしたのに、なぜ2年も待つ必要がある…」 「もういいよねメトリちゃん!俺もう笑ってもいいよねえ!?」 「スナイプさん、貴方なかなかいい性格してますね」 ************************ ラーバル・ディ・レンハートは二度驚いた。突如訓練兵仲間のジーニャがラーバルの寮部屋に小皿を手に訪れたこと。そしてその皿の中身に。 「なんだこれ?」 「ヤマノイモっていう芋らしい。東の国の産物らしいな」 説明しながらジーニャが塩を料理に振りかけていく。その姿にラーバルはとある疑問を抱く。 「もしかして、お前が俺のために…?」 「…気まぐれだ。珍しいもん見てつい食べてみようって思っただけだ」 「ステーキに焼いただけだがな」と呟きながらジーニャが塩をまき終え、ラーバルに食えと勧める。 「美味い!ジーニャ、これ美味いぞ!」 「そ、そうか」 ジーニャからプライベートで食事を作ってもらったのは初めてだなと感動しながら食べ続けてると、顔を赤らめながらジーニャが自然薯の効能について語りだした。 「ヤマノイモは、色んな効能があってな、疲労回復、胃腸の健康、そして」 と、ここで一旦説明を中断し、ステーキに齧り付きながら話を続ける。 「滋養強壮」 それを聞いてラーバルの手がピタリと止まる。恐る恐るジーニャの顔を見れば微かに笑みが浮かび、半ば腰を浮かせいつでも飛び掛かれる姿勢をとっている。それを見たラーバルは無言でフォークを皿に置いた。 「「フフフフフフフフフ」」 「今日こそお前を男にしてやらあ!」 「嫌だ!ユーリン野郎になりたくない!!」 赤髪の少年と白髪の少女の、なんとも微笑ましい追いかけっこがサンク・マスグラード帝国で開始した。