コージン=ミレーンの日記 Z月V日 夢の中で聖女が俺に語り掛ける。 『貴方が探し求める物の手掛かりと貴方のことを知る者とこの先出会います…』と。 忌器のヒントが見つかるのは良いのだが、知り合いと顔を合わせるのはまずい。そう思って翌日は覆面をして道中を進むことにしたのだが…。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「それでこんな森の中でも覆面を被ってたんですか…」 ライトが呆れ気味に言う。 今日の道中は午後から森林地帯に入り日が暮れる前までには抜けるはずだった。 だが道に迷ってしまい仕方なく野営をすることになってしまった。 今日の夜食は干し肉を出汁代わりにしてその辺で摘んだハーブを入れたスープっぽいものと堅パン。 貧相極まりないが携帯食も底を尽きかけていたので仕方ない。 本来だったら町に入って何かしらの美味いものが食えたのに…とライトが嘆く。 俺も飯を食うついでに、こんな夜更けの森の中で人と出会うこともないだろうからと覆面を外す。 すると遠くから藪をかき分ける音が聞こえてくる…。 魔獣か?それとも賊か? 襲撃を見越して警戒態勢を取るが、それは杞憂であった。 「ほら誰かいたよー!」 呑気な声を上げながら暗闇の向こうからやってきたのは赤い髪の少年、それも10歳前後のまだ子供であった。 その後からエルフの女性が彼に先走らないようにと叫びながら追いかけてくる。 エルフ女は俺たちの姿を確認すると、剣を抜く構えを見せ何者だと問いかける。 「俺たちは見ての通りの旅の者だ。道に迷ってしまったのでここで野営をしている。むしろアンタらこそ何者だ?」 どう見ても普通の人間じゃないのが3体もいるから警戒するのは分からなくはないが、いきなり不躾な聞き方をするような者にはそれ相応の毅然とした対応をすべきであろう。 「だから言ったでしょ。大丈夫だって」 女の同行者の少年がこの張り詰めた空気を緩めるかのような呑気な発言をする。 とりあえず子供連れでは無理はできないだろうと判断し俺たちも警戒を解く。 エルフ女も剣から手を放し、俺たちに謝罪をする。立ち話もなんだろうと俺は二人を火の周りに来るように誘った。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 火を囲みながら再度二人に素性を訪ねる。エルフ女はあなた方と同じく森で道に迷った旅人だと言う。 おそらく嘘ではなさそうだし、言いたくなければ詮索しないのが旅の礼儀だ。 スープの煮え具合を確かめながら、話題を変えようと思った矢先に女の連れである少年がこう言った。 「オレたち冒険の旅をしているんだ!」 年端も行かない子供の口から出る冒険という言葉、俺は少し想像を巡らしてみた。 この子の身なりは悪くはないし、恐らくどこかの貴族か裕福な家の子でエルフ女はその護衛役。 お坊ちゃんの冒険ごっこに付き合わさせられて森で遭難したといったところか…。 言うこと聞かない子供の世話は大変だよな…としみじみ感じつつも、子供が腹を空かせるのも可哀想だと思い、二人に大した物はないが一緒に食べるかと誘った。 エルフ女は断ろうとしたが、少年は提案に乗ってきた。 少年は鍋の中のろくに具も入ってないスープを見ると何とも言えない顔になり、自分の荷物袋の中から携行食の入った袋を出してこれを使ってくれと言う。 中には乾燥した米が入っていた。 「プロロのお米を使った干し飯だよ。そのままで食べてもいいけど、スープで煮込んだらもっと美味しくなるよ」 俺は彼の提案を快く受け入れることにした。ありがたい…。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 少年のお裾分けで作った即席の雑炊を皆でいただきながら自己紹介をする。 「俺はミレーン、こんななりをしているが元聖騎士だ。そっちにいるのがライトで向こうのデカいのはナチアタ。二人とも俺の同行者だ」 「3人とも魔族の人なんですか?」 いかにも子供らしい無邪気で遠慮のない質問がやってくる。 「みんな人間だよ。理由あってこんな姿になっちまったから、元に戻るための方法を探して旅をしているんだ。まぁ俺たちも君と同じく冒険をしているようなもんだな」 同じ冒険者だという言葉を聞いて興味が湧いたのか、少年は俺たちに色々聞き回ってくる。 「ライト兄ちゃん。その手どうなってんの? 竜の手だ!めっちゃカッコいい!」 「君は怖くないの?」 「怖くないよ。すげー強そうじゃん!」 少年は少し離れたところで寝転んでいるナチアタの元へ行く。 「すごい大きいね! でもウチのべっひーはもっと大きいよ」 子供が無邪気に近づき喜んでいる様子を見て、ナチアタもどこかうれしそうだ。 その隠しきれない異形の姿と図体のデカさのせいで、街や村に入れば子供は近づくどころか姿を見ただけで逃げ出してしまう。 子供好きの彼女にとっては実に堪えることであった。 ナチアタは少年の頭をなでると、彼を自分の肩に乗せて少し歩き回る。 視点の高い場所から見える光景に彼はとても喜んでいた。    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 無邪気に戯れる少年の様子を見てエルフ女は安心をしたのか自己紹介を始める。 「私はシューシャ=クフ=チウリエカ、冒険者をしている。今はプロロからサンク・マスグラード帝国へ向かう道中だ」 「マスグラか…、随分遠くまで行くんだな。あの坊ちゃんの護衛役で雇われたとかなのか?」   「彼とは雇用関係ではない。彼には多少借りがあるので付いて行くことにしたまでだ。まぁ危なっかしいから目が離せないというのもあるが…」 俺たちの会話が聞こえたのか、少年も自己紹介をする。 「オレは坊ちゃんじゃないよ! オレはクルーズ=ディ=レンハート! クルーズでいいよ!」 ブフォ! 彼の名前を聞いて俺は思わずむせてしまう。驚きのあまりスープが気管に入りそうになった。 まさか…あれがクルーズだと!俺の弟だと! クソ!このタイミングで覆面被るのもなんか変だしどうする…。 待て、冷静に考えるんだ…。奴は俺の顔など知らないし、しかも今は魔族状態なので身内だとは想像もつかないであろう。 仮に姿絵が残ってたとしても相当昔のだから、今の顔とは似ても似つかないはず。 よし!このまま赤の他人のミレーンさんで通すことにしよう。 「あれレンハートの王子様ですよ、どうします…?」 自分の国のことだけあって、ライトもさすがに彼の素性に気が付いたようだ。 「動じるなライト。ここはレンハートではないし彼自身も身分を明らかにしていないということは、変にかしこまったり特別扱いはして欲しくはないということだろう。本気か遊びかは知らんが今は冒険者としているのだから、皆と同じように扱えばいいだけだ」 赤い髪に加え、興味があることには遠慮なくグイグイ入っていく好奇心。明るく人懐っこく、偏見を持たず誰とでも仲良くなれる社交性。何よりも冒険に憧れる心。 まるで父上がそのまま小さくなった姿の様ではないか…。久方ぶりに見る弟の成長に目頭が少し熱くなりそうであった。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 兄とは名乗れないが俺も少しは兄貴っぽいことをしてやりたいと思い、ちょっとしたアドバイスをすることにした。 「クルーズ、少し話があるんだがいいか」 クルーズを火の周りに呼び寄せる。 「君は俺たちの焚火を見つけてすぐさま駆け寄って来たよね。その後ろからシューシャさんが先走るなって言ってたけど、あれはどういう意味だかわかるかい?」 「はぐれたりすると困るから?」 「それもあるけど、もしこの焚火の主が盗賊だったり魔王軍の兵士だったらどうなると思う? 戦いになるし下手をしたら死んでしまうこともある。暗い森の中でようやく見つけた人間だから急ぎたくなる気持ちはわかるけど、まずは隠れて様子を伺って大丈夫だと確信できたら中に入れてもらうようにするんだ。わかったかい」 「うん、わかった! 今度から気を付けるよ」 子供らしい素直な反応に、言って良かったと俺もうれしくなる。 その時、火を向かい合わせて俺の対面にいたライトが何か見つけたような驚いた顔をしている。 そして後ろ!後ろ!というようなゼスチャーをする。恐る恐る振り向くと俺の真後ろに男が一人立っていた…。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「いいこと言うじゃないか。俺も外でずっと様子を伺っていたが、どうやら悪党ではなさそうなので中に入れさせてもらったぜ…」 俺の真後ろに立つ長い外套を纏った長身の陰気な男が、先ほど俺の語った冒険者の心得をそのまま実践して見せてくれた。 というかさっきからずっと見ていたのか?! そして音も立てず気配も晒さずここまで近づいたのか?! こいつ一体何者だ?! 「いい匂いがしていたんで我慢できなくなったのもあってな。俺にも少し分けてくれないか?金なら払う」 残った分で良ければ食ってくれと俺が勧めると、彼は鍋の残りを平らげた。 突如現れた不気味な闖入者に対し警戒する俺たちをよそに、クルーズは呑気に話しかける。 「おじさん誰なの?」 「お前は…あぁユーリンとこのガキの一人か。俺はヤン=デホム。俺が何者かは帰ったら親父にでも聞いてみろ…」 「ユーリンとこのガキなんて名前じゃないよ。オレはクルーズ! ヤンおじさんは父さまの知り合いなの?」 「知り合いも知り合いだ。お前の親父の友達みたいなもんだよ。俺はアイツにしか用はないからガキにはこれ以上話すことはない」 「だからガキじゃないってさぁ。名前はクルーズ! おじさん物覚え良くないんだね。頭悪いの?」 「ったく減らず口の収まらねえガキだな。そういうとこは親父そっくりだよ…」 父ユーリンに似ていると言われ喜ぶクルーズ。今の一応悪口なんだけどな…。 ヤン=デホム、その名前は俺も知っている。 かつて父上が冒険の旅をしていた頃、時には共闘し時には反目し合いながらも各地に乱立していた魔王と呼ばれる勢力を倒して行った二人の関係は、仲間・友と言うよりもライバルと言った方が分かりやすいであろう。 ただ今は堕ちた勇者と呼ばれ、レンハート王家に仇なす者として指名手配されているテロリストだ。 クルーズに何かあってはいかんと俺は間に入ろうとするが、ヤンは特にクルーズを気にも留めていない様子だ。 「俺が相手をするのはユーリン本人だけだ。まぁたまに揺さぶりかけるために家族に手を出すぞなんて脅しをかけることもあるがな。そのガキには別に恨みも因縁もないから安心しろ」 「だからガキじゃないよ、クルーズだって! おじさん本当に父さまの友達なの? 本当だったら何か父さまの話をしてよ」 「いいのか?話は少し長くなるぞ…」 彼の語る話は本当に長かった。1時間以上は余裕でしゃべり続けている。しかもまだ終わる気配がない…。 「ねぇまだ話続くの?」 さすがに飽きてきたのかクルーズがヤンに聞く。 「親父の話を聞きたいと言ったのはお前だぞ。まだ第一部三章の途中だから終わりはまだ先だ」 ちなみに第一部は何章まであるのか聞くと十章まであり、さらに第何部まであるのかと聞くと「安心しろまだ三部までしかない」と気の遠くなるようなことを言われた。 「オレもう眠くなっちゃったから、また明日にしてよ…」 クルーズはそう言うとシューシャの膝枕で眠りについた。 「ったくマイペースなガキだな! そういうとこもアイツそっくりだ…」 さすがに語り疲れたのか、ヤンもふて寝とばかりに横になる。 何かよく分からんけど面倒ごとにはならなさそうで俺も安心した…。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 翌日、今日こそはこの森を抜けようと日の出と共に出発するが、昼過ぎになっても未だ出口は見つからない…。 「また行き止まりだ…」 木々の間の道を通り過ぎた先には切り立った崖がそびえていた。 幸い上部も開けていた場所だったので、ライトに飛んで周囲の様子を見てもらうことにする。 「ライト兄ちゃん空飛べるんだ! すげー!オレも飛びてー!」 歩き疲れてナチアタのカバネグイの上に乗っていたクルーズのテンションが急に上がりだす。 上空に飛んだライトから出口まではさほど距離はないという報告がされた。大した距離ではないとはいえ、これ以上道に迷うのも時間の無駄なので奥の手を使うことにした 。 「じゃあ行くから、しっかり掴まるんだよクルーズくん」 「うぉー!すげー!本当に飛んでるー!」 奥の手とはライトの飛行能力を使って森の外まで皆を運び出すことであった。 あまり重いと飛行に支障を来すので一人ずつになるから時間は多少かかるが、それでも道に迷い続けるよりかはマシだ。 「やっとここから抜け出せるか…。それにしてもこの森は何かがおかしい。何というか方向感覚が狂っている、いや狂わされているような気がしてならない…」 ここまで道を迷い続けた理由をヤンなりに考えていたようだ。 「それは俺も同感だ。この森に入った時から嫌な胸騒ぎがしてならない…」 ヤンと俺の見解に対してシューシャは「この場所は何らかの魔術や呪いの類でもかけられているのでは?」と語った。 「可能性はあるな…。俺がこの森に入ったのはとある人物の依頼である物を探すためだ。そいつは何らかの魔道具らしく、神器だか忌器だか呼ばれるような厄介な代物らしい。とりあえず何にしても一度ここを出て仕切り直しだな…」 ヤンが話を締めようとした時、空からライトとクルーズが降りてくる。 「何で戻ってきたんだライト?」 「いや、出口だと思って着地したんですけど?! あそこ完全に出口だったよね?」 ライトの弁解にクルーズも頷いて同意する。 どうやらこの胸騒ぎといい、忌器がこの森で悪さをしていることは間違いないようだ…。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ ミレーンたちとは離れた森の深部にて、彼らの右往左往する様子が映し出された映像を見ながら品のない笑いを立てている者がいる。 それは人間ではなく魔族、彼の名は魔王軍斥候部隊隊長カースドラゴであった。 「空から逃げられないことが分かって大分動揺しているなこいつ等。さぁお次はどう出るかね…」 「この前の連中は口論の末、仲間割れになって殺し合ったし。最後まで頑張るけど水も食料も無くなって飢え死にした奴もいたな。諦めて自害したり発狂する奴は芸術点高いけど、すぐ終わるから面白くねぇんだよなぁ…」 「この忌器とやらのせいで森から出られなくなっちまったけど、最高のエンタメが楽しめるから悪くはねぇ。まるで生の映画を見ているようなもんだよ!」 この映像を映し出している彼が持つ忌器は『迷いの幻燈』と呼ばれている。 特定範囲内に入る者の方向感覚を狂わせ周囲の光景に似せた疑似映像を見せることによって侵入者を迷わせる、言わば簡易ダンジョンメーカーという代物である。 使い方次第によっては、例えば狭い室内で発動させていつまで経っても出口にたどり着くこともできず、部屋の中で餓死させるといったことも可能なのだ。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ ミレーンは周囲を見回す。彼の内にある忌器が起こす胸騒ぎは、目の前の切り立った崖の向こうから一番強い反応が来る。 ミレーンは崖に向かって進む。岩肌にぶつかると周囲の者は思ったが、彼の体は岩肌をすり抜けて消えて行った。 「どうやらこいつは何らかの映像のようだ。みんな俺と同じ場所から入って来てくれ」 全員がミレーンの後を追うように同じルートを歩んでいく。 樹木に正面からぶつかるとすり抜けたり、何もない空間で何かに当たったりと奇妙な光景の連続であった。 「まさかここまでたどり着く奴がいるとはな…」 ミレーンたちが進んだ先には倒木の上に座る一体の魔族がいた。 「お前がこの混乱の原因か。倒させてもらうぞ!」 ミレーンがそう言い放つと、ナチアタとクルーズ以外の四人が一斉に切りかかる。 だがその襲撃はカースドラゴには届かなかった。四人は何もないはずの空間にぶつかり、そしてダメージを受けていた。 「バーカ!ここには木がびっしり生えてるんだよ! お前らの眼には広場みたいに見えてるだろうけどな!」 カースドラゴが攻撃を仕掛けてくる。下手に動けば木に当たるので、こちらは皆防戦一方だ。 危ないから後ろで隠れてろと言われていたクルーズも何か加勢しなきゃとやきもきする。 彼は氷魔法の矢玉をカースドラゴに向けて放つが避けられ、矢玉は何もない空間に突き刺さる。 それを見てミレーンは何かひらめいたようだった。 「クルーズ、お前の氷魔法で雪のように細かい粒子を大量に作れるか? できたらそれをナチアタの風魔法で周囲にぶちまけろ!」 「合体魔法『スノーストーム』!!!」 「なんだ?目くらましのつもりか? 俺は寒いのも苦手じゃねぇから、そんなもん食らっても屁でもないんだよ!」 だがミレーンの狙いは別のところにあった。 周囲の木々が二つに分かれる。雪を被り形が露わになった物とそうでない物。つまり雪を被った物が実体であり、そうでない物は映像ということになる。 障害物の位置が特定されると四人は一気にカースドラゴに斬りかかる。 これはまずいと悟ったのかカースドラゴは迷いの幻燈を使って姿を消した。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「これもあの忌器の力なのか、それともアイツ自身のスキルか…」 いきなり姿を消した敵に動揺するミレーンにヤンがアドバイスする。 「戦いのセオリー通りに行け。視覚が役に立たないなら次は聴覚か気配で捉えろ!」 ヤンとミレーンは気配をシューシャは聴覚を研ぎ澄まし索敵し始めた、だがライトは…。 「(気配察知とか苦手なんだよな、耳も鋭敏ってわけじゃないし…。そうだアレがあったか!)」 気配と聴覚で探っていたミレーン・ヤン・シューシャの三人がカースドラゴの不意打ちで傷を負わされる。 「(気配遮断や音を立てずに動くなんてのは斥候の基本スキルだっつーの! 次は小僧の番だな)」 カースドラゴがライトに襲い掛かろうとした時、ライトの右腕の刃がカースドラゴを斬りつけて来た。 ライトが探っていたのは臭いであった。ミレーンとの初戦で認識阻害を使った彼を捕捉したように、発達した嗅覚で敵の位置を捉えていたのである。 「気配がダメなら俺はこれで行くか!」 ミレーンはカースドラゴが持っているであろう忌器の反応を頼りに攻撃を仕掛ける。 「勇者としてこれは俺も負けていられねぇな…」 ヤンは外套と上着を脱ぎ、上半身を露わにすると戦闘の輪に参加する。 クルーズとナチアタの起こした雪景色によって周囲の温度は急激に下がっており、敵の放つ熱を感じ取れるように皮膚感覚の面積を増やしたのであった。 三人がかりで攻めるも位置を大まかにしか特定できない相手だけに、どうも決め手には足りなかった。 ミレーンの要求で全員一度集まる。そこで彼から作戦の指示がされた。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ ナチアタ・シューシャ・クルーズの三名を中心に置き、ミレーン・ライト・ヤンが三方向に広がって行く。中心の三人に向かってミレーンは「俺の指示があったら援護を頼む」と言った。 「(索敵役が俺を見つけて、俺を見つけられない連中が飛び道具使って攻撃をするって腹か…)」 カースドラゴは気配を潜め木々の間に隠れていた。 「(だったらまずは俺を見つけられない女子供から始末してやる!)」 カースドラゴが一番近くにいるシューシャに仕掛けようと飛び込もうとすると、忌器の反応で敵を捉えていたミレーンが合図をする。 「今だ!やれクルーズ!」 合図と共にクルーズが魔法を発動させると三人の周囲に氷の壁が作られる。 氷の壁によってカースドラゴの仕掛けはシューシャには届かなかった。 一旦態勢を立て直そうとしたカースドラゴに向かって、ライトが右腕の刃を高速で振り数発の真空波を放つ。 その内の一つが敵の腕に当たり、何もない空間に血の滴る切り傷が浮かぶ。 そしてミレーンとヤンがそれを目印に襲い掛かる。 二人の攻撃は見事ヒットした。ミレーンの手刀は迷いの幻燈を打ち抜き、ヤンの攻撃は縦一文字にカースドラゴの背面を切り裂いた。 忌器を失い姿が露わになったカースドラゴは、せめて一人でも道連れにしてやると最後の力を振り絞りシューシャに向かって襲い掛かる。 だが姿の露呈した半死半生の身では彼女の相手ではなかった。 「そういえば私だけがお前に反撃してなかったな。借りはしっかり返したぞ!」 シューシャの剣がカースドラゴの胴体を貫く。 「まさか…女に刺されて死ぬなんてな…」 そう言い残すとカースドラゴは息絶えた。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「こいつがそのお宝ってやつか…」 ヤンが傷ついた忌器を拾い上げる。ミレーンがそいつは壊さなければならないから渡せと頼み込む。 恐らくヤンが素直に渡すわけはないから荒事になる事も覚悟していたが、結果は意外なものであった。 「ほらやるよ」 ヤンは忌器を無造作にミレーンへと放り投げる。 ミレーンが拍子抜けした顔を見せるとヤンはこう言った。 「俺だってそいつが世に出してはいけないヤバいブツだってのは分かるさ。ただ働きになっちまったけど依頼者が金を払うのを惜しくなって、それを使って俺をどこかに閉じ込める可能性もなくはないからな」 ヤンの心遣いに俺は感謝し、そして忌器を破壊する。 砕けた瞬間俺の中の忌器も部分的に亀裂の入ったような感覚があった。 恐らくこうやって世に残る忌器を破壊していけば、俺の中の物もいつかは破壊できるのであろう。 道のりは遠いが取っ掛かりが見つかっただけでも大きな前進だ…。 ライトがヤンに何かを手渡している。 ただ働きになるという話を聞いて多少はカッコがつくようにと、以前カンラークで拾ったという用途不明のアイテムをあげたという。 筒状のそのブツには「天賀」という文字が書かれていたが、俺の知識ではどんな使途や性能があるのかは不明であった。   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 俺たちは森を抜け、さらに道を進み二股に分かれた分岐点にたどり着いた。 俺たち三人は西へ、残りの三人は北へ進む道を行く。 別れの段になってクルーズがとても名残惜しそうにしている。 「お前はこの先も冒険を続けるんだろ? だったらまたいつかどこかで出会えるさ。その時はまた一緒に冒険をしよう」 こうして兄は弟の前からクールに去って行こうと思ったら、後ろから不穏な会話が聞こえてくる。 「そうかお前らはマスグラに行くのか。それならどうせ通り道なんだからレンハートの王城にお前の冒険の報告をしていくといい。その時にはちゃんと父さまのお友達のヤンおじさんが助けてくれましたって伝えるんだぞ」 「何、黙って出て行ったから怒られちゃうかもしれない? だったら俺も一緒に付いて行こう。それなら安心だろクルーズ!」 弟が何か良くないものを引っ張り込もうとしているが、今の俺には何もできないので後はレンハートのみんなに任せよう。 うんそうしよう。頼みました父上…。