# joint questioning(大麻はどこだ) レポ by ChatGPT ## 1. 導入、バカモク嫌いのジャンキー刑事 大阪は軍艦島の南部、加賀屋。 崩れたコンクリートの箱が幾層にも積み重なった一角で、喫茶「ぐっどもーにん」はひっそりと口を開けている。 あまり客の入っていない静かな喫茶店。 コーヒーの香りに包まれ、ジュークボックスのおしゃれなジャズを楽しめるような、昔ながらのよく出来た店だ。 カウンターの奥では、店主が黙々と豆を挽いている。 曇りガラスの向こうでは、軍艦島の廃ビルがぼんやりと影を落としていた。 小説の一冊でもあればいくらでも過ごせそうな心地よさ ――ただし、あの契約刑事がいなければ、の話だが。 「マスター!これと同じのをよこせ!」 大麻の葉のデザインが刻まれた悪趣味なホルスターを身に着けた女が、平穏な空気を乱した。 大麻特有の甘ったるい香りを全身にまとわせ、粗野で下品なふるまいを隠そうともしない――薬物課違法大麻担当の契約刑事、オオアサだ。 氷だけが入ったグラスを指先で叩きながら、彼女は当然のような顔でテーブルに陣取っている。 そんなとき、勢いよく入口のベルが鳴った。 ひときわ目を引くのは、ミニスカートの軍服にロングコートを翻し、軍靴の音高く店内へと踏み込んでくる小柄な女だ。 ウェロニカ・ペルシカ――PMC所属の女性指揮官である。 続いて、扉枠を軋ませるほど大柄な男が、申し訳なさそうに頭を下げながら入ってくる。 道頓堀 西丸。元下部組織の構成員で、この街ではそれなりに顔の知られた人間だ。 最後に、無精髭の男がスーツの皺を気にするでもなく姿をあらわす。 元探偵の傭兵、ジョシュアである。 「おい、テメェら。何か頼むかぁ?」 オオアサは、テーブルの向かいに座った三人へ“飲め”と言わんばかりに、酒の入ったグラスを荒々しく掲げてみせた。 「わたしはアルコールはやめておこう。君たちは好きなものを飲むといい」 ウェロニカはメニューを一瞥してから、迷いなく店主に目配せを送る。 クリームソーダ――彼女にとって「平時」を象徴する飲み物だ。 「すみません、俺お酒飲むと舌がびりびりするので……ウーロン茶お願いできますか」 西丸が遠慮がちにそう注文し、 「水でいい」 ジョシュアも短く告げた。 「なんだぁ…? つまんねぇやつらだなァ」 オオアサは面白くなさそうに鼻を鳴らした。 西丸は、元下部組織の人間として、その顔をよく覚えていた。 そこらへんの店でショバ代を回収したり、チンピラの手下を敵対組織に差し向けたり――あまり良い噂を聞かない、典型的な契約刑事である。 「麻取のジャンキーが一体何の用で我々を呼び出したのかね?」 ウェロニカが、わざと聞こえるように言う。 説明を挟むなら――オオアサは、まあ「一般的な」悪評の立ち方をしている契約刑事だ。 「あたしら大阪市警が公式に医療用大麻を売ってるってのは知ってるだろ?」 オオアサが話を切り出した。 「売ってるんだ」 ウェロニカが、グラスの氷をカラン、と鳴らしながら呟く。 「まあ……そうだな」 ジョシュアも、どこか複雑な顔で同意した。 「それでよぉ、最近この軍艦島辺りで売り上げがおちちまってんだ」 「はい、いい商売だってよく上司がうらやましがってました」 西丸が素直に返す。 ウェロニカはバニラアイスを一口すくい、続けろと目で促した。 「そりゃあいい商売よ、あたしらは儲かって嬉しい。客らは健康になれて嬉しいからなぁ」 「うぃんうぃんってやつ~」 オオアサはヘラヘラ笑いながらグラスを傾ける。 「根絶できないなら供給を管理したほうがマシだという話と聞いていたよ……」 ジョシュアは肩をすくめ、すごい顔でぼそりと返した。 「でも売り上げが落ちた……ライバル店でもできたんですか?」 西丸が首を傾げる。 「ライバル店っつったってよぉ、大阪市警の公認じゃなきゃあ売っちゃいけねぇんだよなぁ」 オオアサは清酒の入ったコップを、ダン、と机に置いた。 「あたしらが知らねぇところで違法な大麻を売ってるふてぇ輩がいるんだよ」 「無認可ですか……悪い商売ですねぇ」 西丸が神妙な顔で頷く。 「だろ? 許せねぇよな?」 「カネがないとメシが食えなくなりますからね……それはつらい」 西丸の返しに、オオアサは満足そうに笑う。 「だからそいつらをとっ捕まえてやろうってのが今日呼んだ理由だ!」 「大麻の密売ってのはあたしの金を奪うようなもんだ……ぜってぇ許さねぇ!」 机の上の灰皿が小さく跳ねた。 「OK、思うところはあるが……仕事だからな」 ジョシュアは短くそう言い、視線をウェロニカへ向ける。 オオアサは無言でじっとウェロニカの顔を見つめていた。 「断ったら何をしようか」とでも言いたげな目だった。 「話はわかった」 ウェロニカはスプーンを皿に置き、まっすぐにオオアサを見返す。 「だが、穏便にとはいかないかもしれんぞ」 PMC所属の彼女にとって、会社が受けた仕事を断る選択肢はない。 「穏便にだァ? そんなのは気にするこっちゃねえ。犯人のドタマに風穴開けてやってくれりゃあ、あたしは満足よ」 オオアサは豪快に笑った。 「つまり……対象の生死は問わないタイプのマンハントですか」 西丸が、少しだけ言い淀みながら確認する。 「おぉ、そういうことだ。西丸は賢いなぁ!」 オオアサに褒められ、西丸は気まずそうに頭をかいた。 (どちらかというと、殺せってタイプだろうなぁ) ウェロニカは心の中でそう付け加え、 「(生きたまま捕らえても結果は変わらんだろうな……)」 ジョシュアもまた、内心で同じような結論に達していた。 「確か軍艦島では“バカモク”って呼ばれてたっけなァ、闇大麻は」 オオアサが話題を変える。 「fool's smoke?」 ウェロニカが小さく首を傾げた。 「あたしたちが名付けたんだ。そんなもん買うなっつってな。名前を流行らせるのに苦労したぜぇ~」 「まぁ宣伝みたいになっちまったから逆効果だったけどよ」 オオアサは自分で言って、自分で笑う。 「名前を気にするような輩がドラッグに手を出すとは思えないが」 ウェロニカが皮肉を返すと、 「そう、そこを勘違いしてたんだ。客は思ったよりバカだった」 オオアサは肩をすくめた。 こうして、軍艦島に蔓延しつつある闇大麻「バカモク」――その元を絶つという依頼が、三人の前に正式に差し出されたのだった。 --- ## 2. 1日目朝、喫茶店ブリーフィング 喫茶「ぐっどもーにん」での打ち合わせから一夜明け、軍艦島の朝は薄い雲に覆われていた。 海霧を含んだ湿った風が、路地に吊られたネオン管の骨組みを揺らし、昨夜の光の名残だけがぼんやりとガラスに貼り付いている。 任務初日の朝。 三人は再び同じテーブルを囲み、それぞれの前には昨夜とは違うカップが並んでいる。 眠気と緊張と、少しばかりの高揚感が、コーヒーの香りに薄く上書きされていた。 「さて諸君、本題に入ろうか」 ウェロニカ・ペルシカが略帽の角度を指で整えながら、テーブルの中央に簡素な地図とメモを広げる。 軍服の袖口から覗く手首は細いが、その指先は弾丸ではなく、紙の上の線をなぞっていた。 「ターゲットは玉出駅周辺で動いている売人だ。奴らは『バカモク』とかいう粗悪品を流している。まずは接触ルートを押さえる」 紙の地図には、軍艦島の南側エリアが大雑把に描かれている。 玉出駅の周りには、手書きの丸印と矢印がいくつも重なっていた。 「接触っても……向こうさん、そんな簡単に顔出してくれますかね」 道頓堀 西丸が、空になったモーニングプレートを未練がましく眺めながら眉をひそめる。 食器の上には、ほんの少しのパンくずしか残っていない。 二メートル近い体格の腹の虫は、朝から全力で抗議を続けていた。 「心配しなくても、そこはわたしの仕事だ」 ウェロニカはカップの縁に残ったミルクを親指で拭い、さらりと言ってのける。 「情報は、金とタイミングさえ合えば勝手に向こうからやってくる。少なくとも、バカモクを買いに来る客の一人くらいにはなれるだろう」 「客、ね」 ジョシュアはマグカップを軽く傾け、熱すぎないかを確かめる。 無精髭の奥で、口元だけがわずかに笑みを浮かべた。 「俺たちが医療用大麻の公認ルートの“関係者”だと知らなければ、向こうも警戒は薄い。……まあ、財布の中身と相談にはなるが」 「財布なら任せろ。オオアサの“福利厚生”は悪くなかった」 ウェロニカは昨夜オオアサから受け取った封筒を軽く叩く。 札束の存在感がコート越しにも伝わり、西丸の喉がごくりと鳴った。 「……メシ代も、そこから出たりします?」 「任務に必要なカロリーなら経費で考えてやろう」 「やった……!」 一瞬だけ西丸の顔が輝き、すぐにまた真剣な色を取り戻す。 元下部組織の兵士としての癖が、食い意地と同じくらい深く刻まれている。 「で、具体的な段取りは?」 ジョシュアが地図の端を押さえ、話を本筋に戻す。 「玉出駅で売人と接触する。手順通りに動けば、向こうから声をかけてくるはずだ。まずはわたしが“客”として接触ルートを確認する。その間、君たちは周辺の監視と退路の確保だ」 ウェロニカは簡潔に指示を出しながら、視線を西丸に向ける。 「それと、闇栽培グループについても情報を集める必要がある。大麻の流れを止めるには、売り場だけ潰しても意味がない」 「栽培してる連中のことっすね」 西丸は迷彩ジャケットの襟をつまみ、布の感触を確かめつつ言った。 三人はオオアサからの雑な報告書から、「闇栽培グループが南津守側に拠点を持っている」ことだけは掴めた。 栽培所と事務所がどこかにあり、そこからバカモクが軍艦島中へ流れ込んでいる――という輪郭だ。 「情報が集まり次第、闇栽培グループの“畑”を叩く。そこから先は、いつも通りだ」 ウェロニカはマグカップを置き、立ち上がった。 窓の外では、始発を終えた高架軌道の影が、ゆっくりと街のブロックをなぞっていく。 「諸君、今日一日は情報戦だ。銃を抜くのは、必要な時だけにしてくれ」 「了解。なるべく弾丸より言葉で済ませよう」 ジョシュアが穏やかに答え、ワゴンのキーを指の間で回す。 金属の小さな音が、ジャズの合間にさりげなく紛れ込んだ。 「でも、メシの時間だけは死守したいところですね……」 西丸のぼやきに、ウェロニカは小さく笑う。 「メシも作戦の一部だ。腹が減っていては判断を誤る」 「ですよね!」 西丸は勢いよく立ち上がり、椅子が床をきしませた。 その音に、店主が思わず顔をしかめる。 三人は勘定を済ませて店を出る。 自動ドアなどついていない古い扉を押し開けると、軍艦島の朝の空気が一気に肺に流れ込んだ。 コーヒーと煙草の残り香から、潮とコンクリートの匂いへ――景色が一秒で切り替わる。 玉出駅――軍艦島南部、雑多な繁華街の玄関口。 売人はそこで姿を現し、その背後には南津守の闇栽培グループが控えている。 三人はそれぞれのやり方で装備を整え、玉出ステーションへ向けて歩き出した。 バカモクの売人と、その後ろに控える“畑”へと至る最初の一手を打つために。 --- ## 3. 1日目昼、昼下がりのメクドと監視役ハント 玉出駅前のメクドは、昼時の喧騒に包まれていた。 ガラス張りの二階席からは、駅前ロータリーとその向こうにある目的のビルが一望できる。 ほとんど手の付けられていないメックポテトを前に、スマホをぽちぽちといじり続ける男が窓際に座っていた。 時々、画面から視線を外してビルの影をじっと見る。その視線の先が、売人が立つはずの位置だ。 冷房の効いた店内には、油と塩と炭酸の匂いが渦巻いている。 フライヤーの唸りとレジの電子音、客たちのざわめきが、昼休みの喧騒を作っていた。 「いい匂いだなあ……もうハラが減ってハラが減って……」 トレイを抱えた道頓堀 西丸が、小さく唸る。 目の前には、山盛りのポテトとバーガー――どう見ても一人分ではない量が並んでいる。 「……速めに終わらせようか」 彼はポテトに手を伸ばすふりをしながら、小さく呟いた。 視線は、窓際の「監視役」と思しき男から決して離れない。 イヤホン越しに、ウェロニカの声が届く。 『こちらヴィクター。デルタ、標的の位置は確認できているか?』 「ええ、スマホにかじりついてる兄ちゃんですね。腹も減ってるし、さっさと片付けたいところです」 『その食欲を少しは任務に回せ。いいか、派手に暴れるなよ。あくまで“昼寝をさせる”だけだ』 「了解であります。……たぶん」 店内は人でざわついており、周囲の客たちは他人に興味がない。 うまくやりさえすれば、不自然さは紛れてしまうだろう。 監視役の男の顔色は悪い。夜通し働いて、そのまま昼の監視勤務に突入したような、くたびれ切った雰囲気だった。 「やるっきゃねえな!」 西丸は自分に言い聞かせるように呟き、トレイを手に席を立つ。 何でもない客を装って標的のテーブルへ近づいた。 「失礼しまーす」 椅子を引くふりをして、男の背後へ回り込む。 相手がスマホから視線を上げた、その瞬間――。 太い腕がしなり、首筋に回り込む。 分厚い前腕が頸動脈を正確に締め上げると、監視役の身体がビクンと跳ね、そのまま力が抜けていった。 「……おやすみなさいっと」 監視役は白目をむき、ポテトにもスマホにも手を伸ばせないまま、椅子にもたれかかる。 「完璧に極まった!」 ジョシュアが、無線越しに短く称賛する。 「とはいえ、店内で手錠をかけるのは目立ちすぎるな……」 西丸は内心でそう判断し、周囲に聞こえるよう少し大げさに声を出した。 「おいおい、昼間っから眠っちゃ……」 「酔いつぶれた友人」を演じるように肩をすくめ、監視役の身体を支え起こす。 周囲の客たちは一瞬だけ視線を向けるが、すぐにまた各々のトレーとスマホに意識を戻していった。 先払いのレシートを片手に、監視役を引きずるようにして店を出る。 玉出駅前の喧騒と、メクドの明るい照明が背中側に遠ざかっていく。 少し外れた路地裏には、ジョシュアのワゴンがエンジンを低く唸らせて待機していた。 「とりあえずこれで監視はボツったはずです。あとはお願いしますね」 西丸が男を後部ドアから押し込む。 「見事な腕前だ。任されたよ」 ジョシュアはそう言って、手早く手錠をかける。 ウェロニカは猿ぐつわと目隠しの両方を用意し、 「定期連絡があると面倒だ、手早く済まそう」 と告げると、男の視界と声を奪っておいた。 ワゴンが人気の少ない倉庫街の一角に滑り込む。 錆びたシャッターとひび割れたコンクリートに囲まれたスペースに車を停め、三人は後部ドアを閉めて外界の音を遮断した。 「楽しい質問タイムだ諸君」 ウェロニカが、いつもの調子で宣言する。 「ドクター、起こしてやってくれ」 彼女の合図で、ジョシュアがうなずく。 後頭部に軽く張り手を入れながら、短く声をかけた。 「おい、起きろ」 監視役はビクンと跳ねて目を覚まし、猿ぐつわ越しに何かを叫びながら暴れ出す。 「むがむがー! むがー!」 「落ち着け。俺たちは話がしたいだけなんだ」 ジョシュアは静かに言い、拳銃の冷たい銃口を男の背中に押し当てる。 「騒ぐと殺す、暴れても殺す、質問に答えなくても殺す。わかったか?」 ウェロニカは、いつもの明るさを消し、意図的に低い声を作った。 その声音は、砂漠の夜で何度も死線を越えてきた彼女の本性を滲ませる。 監視役は、震えながらもゆっくりと頷いた。 筋肉質の西丸が肩に手を置くと、その重さだけで喉がごくりと鳴る。 「そんなに怖いことはしませんから……」 西丸は、できるだけ柔らかい声で囁きかける。 だが、乗っている腕の太さと体重が、その言葉の説得力を台無しにしていた。 「我々は下っ端には興味がない、そこは安心しろ」 ウェロニカが続ける。 筋肉の圧と銃口の冷たさと、低く抑えられた声。 三つ巴の圧力に押され、監視役は観念したように肩を落とした。 「バカモクの売人を監視していたな?」 ウェロニカの問いに、監視役は猿ぐつわ越しにこくこくと頷く。 「……イエスノーで答えさせますか? 猿ぐつわを外す?」 ジョシュアが小声で確認し、 「この質問に正直に答えたら、外してやろう」 とウェロニカが条件を示す。 やがて猿ぐつわは外され、監視役は途切れ途切れに言葉を吐き出し始める。 玉出駅の売人、監視役同士の連絡手段、そして南津守にある栽培所と事務所の存在――。 ワゴンの外では、昼下がりの軍艦島が何事もなかったかのように続いている。 しかし、その地下で蠢く闇栽培グループの根は、今まさに切り取られつつあった。 --- ## 4. 1日目夜、バカモク殲滅戦 夜の軍艦島は、昼間とは別の顔を見せていた。 ネオンの色が褪せた路地を、湿った風と排気ガスが這うように流れていく。 南津守へ向かうワゴンの中で、ウェロニカ・ペルシカは膝の上に広げた地図を指先でなぞっていた。 昼間、監視役から引き出した情報と、西丸の市街行動で得た断片を重ね合わせる。 「事務所と栽培所の位置、監視の配置、出入りする車両……。闇栽培グループにしては、妙に“きちんと”しているな」 地図の端には、南津守の雑居ビルと倉庫街を示す印がいくつも重なっている。 「その分、金も流れてるってことですよ」 道頓堀 西丸が窓の外を見ながら答える。 暗い川沿いに点在する倉庫群のシルエットが、窓ガラスを流れていく。 「市街行動の結果、事務所の地図も、人員の数も揃った。あとは叩くだけだ」 運転席のジョシュアが、短くまとめた。 市街戦用の迷彩服に着替えた彼は、いつものように冷静だが、その目だけが獲物を狙う狩人のものになっていた。 「なぁに、これからが動きやすくなる時間だ」 ウェロニカは略帽のつばを指で弾き、窓の外の街灯を見上げる。 「ドートンボリくん、リベンジしようじゃないか」 「そうなの!?……いや、そうですよね」 西丸は一瞬たじろぎ、それから苦笑いを浮かべる。 「昼は場所を間違えましたし。今度はちゃんと合ってる方を殴りにいきます」 「プロフィールには、市街戦のプロって書いてあったな」 ジョシュアの皮肉に、西丸は肩をすくめた。 「プロもたまにはファンブルするんですよ……」 ワゴンが停まったのは、南津守の外れにある雑居ビル群の一角だった。 照明の切れかけた階段室、雑然とした郵便受け、壊れかけた自転車が放置された踊り場――どこにでもあるようで、どこか“臭う”建物だ。 「ここが、バカモクをばらまいている連中の巣か」 ウェロニカは図面をもう一度確認する。 「2階が事務所、奥の倉庫が栽培所。敵の人員は……」 「小物のギャングが数人と、ボスが一人」 ジョシュアが淡々と引き継ぐ。 「奴らは数も少ないし妨害に活用できそうなものは持っていない。正面からやり合う分には、こちらが有利だ」 「なら、殴り込みだな」 西丸は自分の拳を握ったり開いたりしながら、感覚を確かめる。 「ベランダから近付いて殴ります。正面からは、お二人がクラッカー鳴らしてください」 「作戦案としては悪くない」 ウェロニカは頷き、指揮官として指示をまとめ直した。 「ドートンボリはベランダから侵入し、栽培所に一番近い敵を制圧。わたしとジュリエット――ジョシュアは階段から上がって正面の扉を叩く。逃げ道を塞ぎつつ、室内を掃討する」 「了解」 ジョシュアは短く答える。 「何かあったらスモークでフォローしてやる。気楽に行きなよ」 「……ありがとうございます」 西丸は一礼し、ビルの影へと消えた。 ベランダへ通じる外壁は、ささくれ立ったコンクリートと鉄骨の継ぎ目だらけだった。 西丸はボディアーマーのベルトを締め直し、息を整える。 「……こう見えても運動は得意なんですよ」 自分に言い聞かせるようにぼそりと呟き、手をかける。 足場を確かめ、指先に力を込め、体重を何度も引き上げる。 真夏の夜、コンクリートは一日の熱をまだわずかに残しており、そのざらついた感触が掌に食い込んだ。 二メートル近い巨体が、意外なほど滑らかに闇をよじ登っていく。 ベランダの窓は半分開いていた。 中から漏れるクーラーの冷気と、薄い大麻の匂いが、西丸の鼻をくすぐる。 「なるほど、確かに上からの方が楽ですね……っと」 ベランダに身を滑り込ませた瞬間、彼は身を低くして室内の気配を探った。 テレビの音と、人の笑い声と、氷のぶつかるグラスの音が、半開きの窓から漏れてくる。 その頃、階段側ではウェロニカとジョシュアが扉の前に立っていた。 薄い板一枚隔てた向こう側から、笑い声とグラスのぶつかる音が聞こえる。 「マスターキー、準備はいいか?」 ウェロニカは、キプロス製のサブマシンガンを構えながら首だけでジョシュアを見る。 狭い階段室には、古い蛍光灯の青白い光と、湿ったカビの匂いが充満していた。 「いつでも」 ジョシュアは軽く頷いた。 「じゃあ、蝶番を壊す。扉は任せた」 ウェロニカは肩に合わない銃をぐっと持ち上げ、狙いを定める。 小柄な身体には重すぎるそれを、意地と訓練だけで支え切る。 「GO, GO, GO!」 乾いた連射音が、狭い廊下に反響した。 扉の蝶番が壊れ、板がぐらりと歪む。 「グッドモーニング、そしてさようならだ!」 ジョシュアが強靭な脚でドアを蹴り抜くと、室内の空気が一気に流れ込んできた。 酒と煙草と、乾いた大麻の匂い。その中心で、ギャングたちが驚きに固まっている。 「イム・ソムデン、確認」 ウェロニカが目だけで部屋を走査する。 テーブルの奥、ソファにふんぞり返っていたアジア系の男が、こちらを見て叫びかけた。 「敵襲か――」 叫びが終わるより早く、ジョシュアのトリガーが引かれる。 セミオートの三連射が、正確にソムデンの胸部と肩を撃ち抜いた。 「ターゲット1ダウン!」 床に血飛沫が散り、ソムデンの身体がソファからずり落ちる。 周りのチンピラたちが立ち上がりかけた瞬間、西丸がベランダ側から雪崩れ込んだ。 「お邪魔しまーす!」 巨体がテーブルを押しのけ、最も近くにいた一人の腹部に拳をめり込ませる。 空気と悲鳴が同時に押し出され、男はテーブルごと後ろに吹き飛んだ。 「ドートンボリ、左!」 ウェロニカの声に、西丸は反射的に身体をひねる。 左から飛びかかってきた男の腕を掴み、その勢いのまま床へ叩き付けた。 ジョシュアは壁際へ素早く身を寄せ、銃口だけを滑らせるように動かす。 反撃の動きを見せた者から順に、膝や腕を正確に撃ち抜いていく。 殺さずとも無力化できる場所――その判断が、探偵時代から身体に染み付いていた。 「動くな。銃を捨てろ」 短く鋭い命令が、アクション映画の台詞ではなく、ただの事務的な指示として響く。 煙と怒号の中、室内の空気はすぐに一方的なものへと傾いた。 西丸の拳に倒れた男たちが呻き声を上げるが、立ち上がろうとする気配はない。 「栽培所への通路を確保する。ジュリエット、後方を頼む」 ウェロニカが再装填を確認しながら言った。 彼女の胸の奥で、わずかな高揚感と、いつものように小さな不安が同居している。 (――ここまでは予定通り。問題は、この先だ) 南津守の夜は、まだ終わらない。 事務所の奥、栽培所へと続く通路には、より濃い大麻の匂いと、闇栽培グループの本丸が待ち構えているはずだった。 その後の戦闘と制圧。 ソムデン一味は殲滅され、生き残った者も拘束された。 栽培所は破壊され、バカモクの供給ラインは少なくとも一時的には断ち切られる。 南津守の夜が血と硝煙で終わりを告げる頃、軍艦島の空はうっすらと白み始めていた。 --- ## 5. 結末、ぐっどもーにん・アフターパーティー 南津守での作戦が一段落する頃には、東の空がわずかに白んできていた。 死体は袋に収められ、顔を潰され、行き場のない闇へと消えていく。 オオサカ流の“後始末”が一通り終わると、残ったのは荷物のように転がるイム・ソムデンと、汗と火薬の匂いを纏った三人だけだった。 「死体を袋に詰めたら撤収だ」 ウェロニカ・ペルシカが淡々と告げる。 声にはほとんど感情の起伏がない。 人を殺すことは、彼女にとってとっくに日常の一部になっている。 「顔は潰して大阪湾に捨ててしまえ。あるいは――」 彼女が言いかけたところで、西丸が口を挟んだ。 「それよか沙京近くのごみ捨て場の方がいいかもです」 「理由は?」 「ホトケ丼屋が近いですから。確実に消してくれますよ」 一瞬の沈黙ののち、ジョシュアが小さく笑う。 「それがオオサカの流儀というわけか」 「ここは世紀末か?」 ウェロニカが肩をすくめた。 「どっちかっていうと新世紀かもしれませんね……」 西丸のぽつりとした感想に、さすがのウェロニカも言葉を失い、代わりに短く息を吐く。 「未来的とはいい難いがな」 そうして後始末を終えると、イム・ソムデンをトランクに押し込み、三人は再び喫茶「ぐっどもーにん」へ向かった。 朝の「ぐっどもーにん」は、前回と同じジャズを流していた。 ただ一つ違うのは、カウンター席で大声を上げている女の存在である。 「おうおう! 来たのか、さっさと座れい!」 オオアサは相変わらず清酒を煽り、大麻の甘い匂いを全身から撒き散らしていた。 コーヒーの香りと混ざり合って、独特の“スペシャルブレンド”を作り出している。 「ドラッグはお勧めしないな」 ウェロニカは略帽を正し、二人の間に挟まるようにしてテーブルについた。 「それじゃあ失礼」 ジョシュアも腰を下ろし、西丸は少し疲れた様子で椅子をきしませる。 「ドラッグだぁ? 風邪ひいたら風邪薬飲むだろ? 疲れたら大阪市警公認の医療用大麻って寸法よ!」 オオアサは笑いながら、ふざけているのか本気なのかわからない理屈をまくしたてる。 「貴様の人生観はどうでもいい。作戦はすべて終了した。問題はないはずだ」 ウェロニカはバニラアイスを一口すくい上げながら、事務的に切り捨てた。 「作戦……そうそう、お前らが連れてきたあいつだけどよ。なかなかの厄ネタだったぜ」 「む……」 バニラを口に運ぼうとしたスプーンが空中で止まる。 「アジア系だったろ? あいつ、沙京流氓の下っ端のやつだったっぽいんだわ」 「げー」 ジョシュアが、珍しく顔をしかめた。 「…………あちゃあ」 西丸は頭をかきながら視線を落とす。 「そんでもう、うちの課じゃ手が追えねぇってんで上司が出てきてよぉ。めんどくせぇったらありゃしねぇ!」 オオアサはテーブルを指でとんとん叩きながら、心底うんざりしたような顔をする。 「沙京か……」 ジョシュアは短く呟き、心のどこかで、ホトケ丼屋の焼却炉へ消えていった“住民”のことを思い出していた。 「まぁ、今回もいい仕事してたし、ちょっとこの先も仕事頼むかもしれねぇから! その時はよろしくな!」 「わたしとしては、これっきりにしたいものだな」 ウェロニカは即座に答えた。 「これっきりだぁ? 情のねぇやつだよまったく。このオオアサがせっかく頼んでるって言うのによ」 「あいにくと、そういった物は全部アフガンの砂漠に置いてきた」 彼女の瞳に、一瞬だけ砂塵の色がよぎる。 「まあ……俺は上からメシ代がもらえればそれで」 西丸は正直に本音を述べた。 生きるために必要なのは、難しい正義感ではなく、次の一食分の金だ。 「それじゃあこいつでも持って、とっとと飯でも食いに行きな」 オオアサは机の上に札束を放り投げた。 紙幣がパララと広がり、朝の光を受けて薄く反射する。 ウェロニカは枚数をざっと確認し、迷いなくコートの内ポケットへしまった。 「これでも金払いはいい方なんだ。損はさせねぇからよ」 「いいクライアントの初歩程度は心得ているようだ」 ウェロニカが評価とも皮肉ともつかない一言を残すと、オオアサは大きく伸びをして立ち上がる。 「それじゃあ、またな」 何もなければ、と言わんばかりに手をひらひら振りながら、店を出ていった。 「総合するといい人でしたね、オオアサさん」 西丸がぽつりと言う。 「ヤク中と犬に気を許すんじゃないぞ、ドートンボリ」 ウェロニカが即座に釘を刺した。 「気を付けてな」 ジョシュアも静かに言葉を添える。 「俺はメシをくれる人だったら、わりとなんでもいいので!」 西丸の明るい本音に、ウェロニカは小さく笑った。 「ワンちゃんだな、ドートンボリは」 「諸君(ボーイズ)、給料も出たことだし、戻って短い休暇にしよう」 ウェロニカの提案に、西丸が顔を上げる。 「いいですね、ちょうどいい店を知ってますよ。良ければどうです?」 「日本風の付き合いというやつか。構わんぞ」 「それはありがたいな。この街のことをもっと知っておきたい」 ジョシュアも同意する。 「では行きましょう! まずは中華街の方から……!」 西丸が二人を誘い、ドアを開けた。 ウェロニカは略帽を被り直し、ジョシュアはコートの裾を払う。 三人が喫茶店を出ると、軍艦島の街はすでに朝日に染まり始めていた。 コンクリートの壁に反射する光は柔らかく、夜の血の跡や火薬の匂いを、ゆっくりと別の色に変えていく。 しかし、遠くから聞こえるジャンボジェットの爆音は、ここがまだ戦場の延長にあることを思い出させた。 空を横切る機体の腹には、別の誰かの戦いが詰め込まれているのかもしれない。 それでも――。 彼らの頭上では、軍艦島の青空に、いつもの通りの飛行機雲が伸びていた。 この先に待つ明るい未来を信じるには材料が足りないかもしれないが、それでも三人は、朝日で輝く大阪の街へと歩みを進める。 腹を空かせた傭兵と、砂漠帰りの指揮官と、元探偵のガンマンが、肩を並べて。