パルクール・デイ・レンハートも終盤。  ゴール地点となっている校門前は、先頭集団が最終チェックポイントを通過した事を聞き、にわかに盛り上がりを見せていた。  音楽コースを中心に、勇者コース内の講義に参加してない生徒等が、有志によるチアダンスを披露している。このダンスを見る為に多くの国民が集まっており、さしずめお祭り会場の様になっていた。 「フレッ!フレッ!勇者!フレッ!フレッ!学園!」 「がんばれ、がんばれー!レンハートー!」 「I!YOU!LOVE!YOU!レン♡ハート!」  勇者コースのエイブリーもその中に居た。 「エイブリー姉ちゃん、いつの間にそんな踊り上手くなったの!?」 「へっへー!僕だって、勇者コースってコトよね」  隣で共に踊るトムという少年へ、はにかみながらそう答えた。  エイブリーのキレのあるチアダンス。それは一朝一夕で身につく様なものではなく、この日の為に多くの時間を費やしてきた事が伺える。  パルクール・デイ・レンハートはあのユーリン・レンハートが考案したということもあり、実態としては変則マラソン大会なのだが、学園内外の人々がこの講義を待ち望んでいたのである。  国民達は皆、楽しそうにチアダンスや屋台の食事を楽しんでいる。  そうこうしているうちに、先頭集団が校門前へと迫って来ていた。会場が一段と湧き立つ。 「シスター・クレバス、そろそろ……」 「ちょっと気が引けますけど、えへへぇ……」  校舎前に設営されたテントに白と黒の修道服の姿があった。  白い修道服に身を包んでいるのは回復術講師のメーディック。その隣でパイプ椅子に腰をかけ、自らの獲物の手入れをしていたのは黒い修道服のシスター・クレバス。 「何かございましても、私がなんとかいたしますので。」 「お願いしますね。それじゃあ、行ってきましょう!」  クレバスは校門前、ゴールテープの前へ陣取る。先頭集団は目と鼻の先。  シスターが手に持ったノースカイラムから持ち出した物騒な装備、その銃口が生徒達へと向けられる。断罪を意図するフレーズを口ずさんで一息があった。深呼吸。 「神の名のもとに……。……。えっへへへへへへへぇ!皆さんおかえりなさァい!!真面目に講義に取り組んでいれば、痛くないはずでぇすッ!!」  鉄が高速で打ち付けられる様な音が会場に響く!会場が騒然とする!エイブリーが破顔する!  シスターの信仰心が込められた弾丸が、走ってきた生徒達に食い込む。その痛みに苦しみ悶える前に、彼らのカルマが炸裂した。先頭集団は二十人程迫っていたが、その大半が連鎖的に爆発をし始めた。 「反則行為してる奴しかいねー!?」 「ほらほらァ!真面目に講義してる方が居ても、この爆風はちゃんと回避してくださいねぇ!!」  校門前はさながら戦場の様相を呈していた。  苦しみ悶える生徒達にはすぐさまメーディックが範囲回復で治療を行う。そして、回復と同時に弾丸は着弾し爆発する。パルクール・デイ・レンハートの最大にして最恐の障害物が、生徒達の前に立ち塞がる。  反則行為を行った生徒が回復直後辛うじて動き回るので、擬似的に爆発する魔物が再現されており、その攻略は一筋縄にはいかない。だが、この爆風の中を超えて来る者達も、確かに存在した。それは、エイブリーにとって、どちらも見慣れた友人達の顔だった。 「爆発って、自分で、喰らうと、こんなに、厄介、なのね!!」 「流石にこの頻度の、爆発は、俺も初めて、だがな。」  エイブリーの友人二人が爆風の中を飛んだり跳ねたりしながらゴールへと駆け抜ける。目つきの悪い男子生徒と、メガネを掛けた秀才風の女子生徒。  お互いに首位を譲らない接戦を繰り広げていたが、わずかに男子生徒の方が爆風に対する心得が勝っていた。  二人の目の前で生徒に弾丸着弾し爆発する瞬間を見切った彼は、瞬間、大きく跳躍し、爆風を背にして大きく加速した。 「まさか!?」  咄嗟に魔法で身を守った彼女の視線の先に彼は着地すると、シスターの弾丸を掻い潜って前進し始める。 「お前と散々やり合っていれば、こういう芸当も、出来るッ!」  シスター・クレバスの傍を抜け、力強くゴールテープを切り抜ける。  大きな声援が響く。レンハート勇者学園を中心に国民が湧き立つ。 「第一回パルクール・デイ・レンハート!!栄えある第一位の座に輝いたのは、プロロから来た男、ボリック・オノだぁーーーーー!!」  司会を引き受けていた音楽講師のビビアンが、魔力の通ったちくわをマイクに見立ててその栄光を讃える。 「くっそー!!あとちょっとだったのに!悔しい!」 「ゴール前にシスター・クレバスが出て来なければ、俺はお前らの後を着いていくだけだったさ。」 「よく言うわよ!魔力の補助も無くあそこまで出来るなんて、やっぱアンタ凄いわね!」  ゴールテープの向こう側で、二人の生徒が互いの腕をぶつけ合う。そこへビビアンや多くの生徒や駆けつけ、二人を称賛すると共に様々な質問を投げかけていた。 ◾︎◾︎◾︎  第三位の生徒が決まる頃、二人もようやく解放され、落ち着いて会話が出来るようになっていた。  二人分の清涼飲料水を持ってエイブリーとトムが駆け寄って来る。 「マオカ姉ちゃん!ボリックに行くちゃん、おつかれー!」 「ちょ、トムくんすごい格好じゃない!エイブリーさんも!応援、ありがとうね!」 「同じ勇者コースだもん、応援だって力入るよね!ほら、ボリックも。」  差し出されたボトルを無言で受け取るボリックだったが、その表情には柔らかな笑みが浮かんでいる。トムはその姿を見てはにかんで笑った。 「でも先頭集団の奴ら、何か不正なんてしてたのかしら?私ずっと後ろに付いていたけど、みんな、ちゃんとチェックポイント通過して走ってたのよね」  そう言って不服そうに考えるマオカの隣でボリックも何かを思い返していた。 「……あいつらそういえば、講義開始前に俺へおにぎり求めてきた奴らだな?」 「ドーピングアイテム判定されてる!?」 「私、お腹空いてなかったから食べなかったけど助かったわ……」  そう言うマオカに対して「いや、お前はもっと食べた方がいい。エイブリーも」とボリックはどこからともなくボにぎりを取り出して食事を強要していた。トムは既に別の場所へと行ってしまった様だった。  そんな談笑を3人でしていると、会場がにわかにどよめき始めた。  何があったのだろうか?周囲に確かめてみると、後続生徒の集団の中に意外な生徒が混ざっていた。 「えっへへへ、へへへ!」  先程から弾丸を打ち続けていたシスター・クレバス。校門前は相変わらず爆発が巻き起こっている。  その爆風を器用に避けつつ前進して来る生徒が一人。彼もボリックのように爆発に対する心得があるようだ。 「さっきから一人だけ上手く避けるのがいますねぇ!でも、直撃なら!!」  銃口が彼へと向けられる。  即座に数発の信仰心の弾丸が打ち出され、食い込む。しかし、多くの生徒の様な爆風は発生しない。 「範囲回復が効いてるんだ!痛くない、痛くない、痛くない!!」  そう呟いて弾丸真っ正面から受けつつも進み続ける彼の姿は、さながら重戦車のようだ。  彼は弾丸の雨を受け切り、ゴールラインを超えていく。 「おおーっと、ここで意外な人物が十八位にランクイン!魔法コースから移籍した現役ナードボーイ、ドベ候補のはずのラルド・ナアドが二十位以内でゴールしたぞぉ!!」  会場のあちこちで歓声とどよめきが上がる。 「あの丸いのが?」 「出発時も一番後ろに居たよね?」 「デカパイオバケ!」 「ズルしたのでは?」 「でも爆発しなかったし……。」  周囲のどよめきに困惑してるラルドの元へビビアンは駆け寄って、マイク代わりのちくわを差し出す。 「やるじゃんラルドくん!はいこれ、何か一言」 「え?……ああ、いただきます!もぐむぐ……これはレンマートとかのスーパーで買える普通のちくわですね。加工食品だけど、れっきとした食材アイテムです!僕はちくわの中にツナマヨとかマヨコーンとかを詰めてパン生地で包んで焼いた『ちくわパン』が大好きです!イロモノに思われるかもですけど結構美味しいんですよ!」 「このバカ!ちくわのレビューしろって言ってんじゃねーんだよ!どーすんだよ、マイク齧っちまって!この後のインタビュー!」  勇者学園に和やかな雰囲気が戻っていく。  校門前では未だ、爆発音と発砲音とシスタークレバスの高笑いが響き続けていた。 …  放課後。  結局、最後尾を走って来たというデルモンテが校門前に現れるまでシスター・クレバスとメーディックの最終関門は続き、弾丸と爆発と回復の無限地獄を味わっていた生徒達は最終的にヨロヨロとした足取りで全員ゴールした。ただ、カルマが爆発した生徒達に関しては後日補修が課されるそうだ。  とにかく、第一回パルクール・デイ・レンハートは無事閉会した。  会場の人影がまばらになる中、デルモンテの元でラルドが何やら説教を受けていた。 「ラルド生徒、貴様……。カルマ弾が爆発しなかったという話だから、エーテルとマナ魔法の同時使用はしてないようだが……」 「はい、誓って使用していません!!」 「今の貴様がそんなもの使えば爆風と回復魔法でヨロヨロになっていた生徒の比では無いのだからな」 「そ、そうなんですか……?それってかなり凄い出力が出るってことで……あぃだッ!!」 「だからそういう欲を出すなと言っとるのがわからんのか!たわけ者が!!」 「おーい、デルモンテ先生ー?そろそろラルド生徒を解放してあげなよー?」  その説教に割って入って来たのはマオカだった。  過去に彼女が理由で休職をしていたデルモンテにとって、その存在は彼にとっての強い抑止となっている。 「……今の見てた?」 「みてました」 「よし、ラルド生徒。もう行っていいぞ。今日の事は全て……いいな?」 「は、はい!失礼しまぁす」  ラルドはデルモンテの元から逃げ出すと、男子更衣室の方へと走っていく。  マオカはというと、デルモンテの周囲を茶化す様にくるくると回り、ニヤニヤとした面持ちで彼の拳を煽る。 (我慢だ、我慢しろ……!!)  デルモンテは拳を突き上げてワナワナとさせ続けていた。  空は既に赤らんできており、だんだんと日が沈みかけている。  黄昏時。  散々爆発が起こった校門前の空間が、一瞬、揺らいだ事に未だ誰も気づけずにいた。