「いらっしゃいませ!」  やわらかな光が店内を包んでいた。  焼けた小麦の香り、バターや砂糖が溶けた甘い香り、合間に顔を覗かせるスパイスの香りが、一瞬にして全身に染み渡る。  並んだ棚の中身はすでに疎らで、飴色のツヤをまとうクロワッサンがひとつ、カスタードクリームがのぞくデニッシュがひとつ、黒いライ麦のパンがひとつ……。皆寂しそうにこちらをうかがっている。  午後のパン屋は少しだけゆっくりと時が流れていた。 * 「えっと……お客さん、ですか……?」  なにかに囚われたかのようにただ店内を眺めていたが、その言葉に我に返った。  私がぼんやりしていたからなのか、その声はおずおずとした調子だ。  カウンターには少女が一人。リネンの七分袖のブラウスに、オレンジのジャンパースカート、その上からパン屋ご用達のエプロンを身に着け、頭には黄色い金木犀の花をあしらったヘッドドレスを留めている。長いであろう亜麻色の髪を両側の耳の上から編み、襟足でまとめていた。  私は応える。 「ああ、そうだよ。しかしもう残り少ないようだ」 「騎士様、うちは初めてですよね……? すみません。いつもこの時間にはこれくらいになっちゃうんです」 「はは。パン屋だもんな」 「私ノエミっていいます! 騎士様はこの国の騎士様じゃないですよね?」  唐突に名乗られた。騎士様騎士様と言われ続けても具合が悪いのでこちらも名を告げると、それを皮切りにノエミは色々と話し出した。  なんでもこの店はこの国でも有名なパン屋(ブーランジェリー)で、普段は朝昼の焼き上げに加え、夕方頃から始まるいくつかの飲食店に卸すパンも焼いているのだそうだ。ノエミはその配達もするらしい。今はそれが焼きあがるまでの束の間の時間ということだった。 「普段はそんな感じなんです。お祭り中ですけど、今日はあんまり変わらなくて」 「君はパンを作らないのかい?」 「私はまだ練習中で……。あ、でもサンドイッチなら私も作ってます! 今日はもうはけちゃったけど……」 「そうか。今度あれば食べてみたいな」 「ぜひ!」  私はその日は結局なにも買わずにパン屋を後にして、サンドイッチを待つことにした。  いや、なにも買わなかったというのは正確ではないかもしれない。というのも、売れ残ったパンは自分たちで食べたりもするが孤児院に寄付しているのだそうだ。それを聞いた私はパンをすべて買い上げ、孤児院への配達をノエミに任せた。  これも聖騎士としての務めだろう。 *  私は教会の指示でこの国に入った。  人類を巣食う魔王軍、その四天王の一人が、秘密裏に東方の魔術師らと連携しようとしている――そんな情報を得た教会は、正確な動向を探るべく我々をこの地に送り込んだ。  四天王軍と東方の魔術師らが直接落ち合うというのはここから北東の隣国の町だ。東西の貿易も盛んなこの国の王都、つまりここならば情報も入りやすく悟られずに偵察もしやすい。私は数名の部下を連れしばらくここから周辺を探ることになった。  しかしなぜわざわざ魔族や魔術師が人間の町で会おうというのか。  考えられるのは町へ侵攻しようとしているから、人間の協力者もいて町はその者に縁があるから、お互いにとっての緩衝地だから、あたりだろうか?  正直どれも唐突で現実味のないシナリオに思えた。  翌日、私は部下に情報収集を頼み、私自身も城下街へと出た。  現在この王都は花の祭りの真最中だ。石畳に木骨造の家々が連なる王都の街並みはそれだけでも歴史の風情を感じさせるが、今は普段よりもさらに多くの花で飾り立てられている。  祭りのために準備された花々が路や広場、橋の欄干などを縁取ったり、あるいは立体的なモニュメントを形作ったり、あるいはパターンを見せたりしながらどこまでも続いている。  各家の窓からは花が植わったプランターが下げられ、戸口にはフラワーリースを飾り、店の看板、階段の両脇なども花や蔦で彩られている。  花をあしらった帽子や服を身にまとい人々も街を飾り立てる。  広場からはコンサティーナの音色と歌声が響いている。風が吹けば花びらが舞い、王都の空にまでも花が咲くのだった。 「良い時期に来たものだな」  一応鎧は置いてきた。観光客を装い花を身につけたりしながら、私は仕事に取り掛かる。  その日の成果はあまり芳しくなかった。  私は偶然にも商人らしき親父が軒先で二人、昼間から呑みながら話している場面に出くわし、情報を得る機会を得た。  それによればここのところどの品も物価は安定していて過ごしやすいということだった。彼らによれば不自然な流通や買い占めなどもないとのことで、それが本当なら争いの兆候はなさそうだった。  別の可能性を探った方がよいか。すでに北東の町を調べている部下からの情報が重要かもしれない。  そんなことを考えていると、昨日のパン屋の前を通りかかった。 * 「いらっしゃいませ! あっ、████さん!」 「やあノエミまた来たよ」 「もう、遅いですよ! サンドイッチ売り切れちゃいましたよ」 「おや、そうだったか。早く来たつもりだったんだが」 「全然そんなことないです」  昨日と同じ時間だった。客はまたも私だけ。  ノエミには他のパンを薦めるでもなく私に話し出す。彼女にはその方が優先されるようだ。 「花のお祭りはご覧になりましたか? とっても素敵ですよね! 私このお祭りが大好きなんです」  ノエミは祭りの由来について教えてくれた。  なんでも花の祭りは春と秋に開催されるそうだ。春は聖人がこの地を訪れたことを祝い、人々の幸せを願う。そして秋は死者を慰め、収穫を喜ぶ。夜には教会の行列が厳かに街を練り歩くのだそうだ。  鎮魂、か。 「昼間から軒先で酒を呑んでいる親父がいたが、家から出てきた奥さんに怒られていたな」 「あはは……そういう人もいるかも……。本当は行列のあとのお祈りしたらお酒呑んでもいいんだけど……」  どうやら困らせてしまったようだ。別にノエミを責めるつもりもない。 「秋のお祭りは日が落ちた後に行列があって、花の路を魔法のランタンで照らしながら歩くんです。とっても綺麗なんですよ! それが道標になって魂が天国へ導かれるんだそうです。そのあと皆でお花を捧げてお祈りを……」  私はこの地の信仰に温かさのようなものを感じていた。ただ敬虔というわけではない、隣人を思うことを是とするような素朴な信仰心だ。昼間の親父らも、昔は一緒によく呑んだ仲間がいたがもう死んだと言っていた。  教皇庁の身といえど聖騎士は祭祀の専門ではない。それに中央のシステマティックな信仰ではない、地域に根差した信仰というものは改めて新鮮で、ノエミの話は興味深かった。  私は改めて自らが守っているものを実感した。  それから他愛もない世間話をした。さすがに聖騎士という身分は隠したが、私は今まで訪れた土地のことをノエミに話して聞かせた。  パン屋を訪れる冒険者もいるそうで、ノエミもまた彼らの話を聞かせてくれた。 「そういえば最近西の国の王子様が勇者として旅立ったんですよ」 「ん? そうだったか? 西の国といえばこの前王子が生まれたばかりだったと思うが……」  ノエミは「あ」と小さく漏らした。 「そ、そうです! 私勘違いしてて!」  少々違和感を覚えたが取り繕うので詮索はしないことにした。 「明日は取っておきます。サンドイッチ」 「いや、それは悪い」 「でも████さんお仕事忙しそうだし、また無くなっちゃいますよ」 「そしたらまた君に会えるな」 「なんですかそれ」  と言ってノエミはくすっと笑った。金木犀がふわりと香る。 「そうだな。なら仕事が早く片付いた日のご褒美にノエミのサンドイッチが食べられる、ということにしようか」 「えーっ! 食べてくれないんですか! 取っておきますよ!」 「その方が仕事も頑張れるさ。なに、これでも優秀なんだ。安心してくれていい」 「自分で言っちゃうんだ」  そんな約束をして私はパン屋を出た。 *  翌日。  今日はこの国の教会の司祭らに話を聞くことになっている。祭りの最中で忙しいだろうが中央が話を通しているはずだ。  ちなみにこの国自体にも兵団や諜報はあるのだが、具体的に詳細が明らかになるまで協力は仰げないというのが上の方針だ。  私は教会へと向かった。  結果は徒労に終わった。  四天王と魔術師らの接触は地元の司祭らにとっても初耳らしく、聞いたこともなければ異変を感じたこともないらしい。魔力的な方面からの探索を依頼してみたがそれも収穫はなかった。「魔力的なエネルギーの高まりはありません。東北の町はむしろ弱いくらいです」と言う。  司祭らから武器やアイテムに祝福を受け、私は教会をあとにした。  ここは先に北東の町にいる部下の情報を確かめるしかないか。  昨夜の部下からの通信報告では、北東の町には魔物か魔術師らしき存在が町に紛れている“かもしれない”が今はまだ普通の人間と判別がつけられていないということだった。  だとすれば方針はこうだ。  一旦これを確かめるために直接北東の町に出向き、ついでに他の懸念も調査しておく。もし仮になにもなければ一度教会に報告を入れて命令を待つ。  もしこれでなにもなければ、おそらく教会の判断で数週間程度さらに諜報を続けるが、それで引き上げるということになるだろう。  王都いる部下はここに待機させ、私は一人隣国の北東の町へ向かった。 *  昨日の昼から一日程度馬を走らせ、私は東北の町を臨んだ。用心のため郊外の森に馬を緤ぎ旅人を装って町に入る。  すぐに部下と落ち合った……のだがなぜか畑にいた。  どうやら日雇いで働きながら紛れていたらしい。「ちょうど今が殺魔芋の収穫時期なんですよ。どこの倉庫も殺魔芋でいっぱいで」と言いながら、鎌と剣先スコップをこちらに渡してくる。まあ作業しながらの方が人目につきにくいだろう。二人で芋の蔓を切りながら、部下は報告に入った。  曰く、魔物探知アイテムの反応が振動するという。魔物探知アイテムはその名のとおり魔物を検知できるアイテムで、例えば変身して見た目では判断できない魔物を判別するときなどに使うものだ。アイテムは故障などしていないらしい。一応私も見てみたが故障しているようには思えなかった。  二人ともこういった道具の専門ではないので断言はできないが、故障ではないとすればなんらかの魔力による干渉か、あるいは変身魔法の方の魔力がが強力でアイテムの魔力では太刀打ちできなくなくなっているか……。  一応私が持ってきた別の魔物探知アイテムを覗いてみた。するとそこには四天王の一人ダースリッチが、魔術師の酋長と共に歩く姿があった。 「なっ!?」  あまりにも唐突だった。  もう一度部下の方の探知アイテムを使うが、依然として反応がない。やはりなんらかの術によるものなのか?  私は部下に郊外に留めた馬を連れてくるように頼んだ。またその後教会へ連絡し援軍を教会側に待機させておくこと、それが終わったら他の魔物の探知を指示した。  それからすぐにダースリッチらを追いかけ、ばれないよう聞き耳を立てる。  彼らは町のテイクアウト専門店で芋シェイクを注文していた。近くに置いてあった樽をテーブル代わりに立ち話を始める。 「ふむ。うまいな。しかし魔王軍の殺魔シェイク™ほどではない」 「ほう。それは今度味わってみたいものじゃ」 「これがうまくゆけば私から振舞わせていただこう」 「楽しみじゃの。しかしそうもったいぶった話し方をするのも目立ちますぞ、ライチ殿」  奇妙な名で呼ばれ、ダースリッチは瞬間ためらったがすぐさまノリを合わせた。長い軍でのキャリア、これまでに幾度となくあったシチュエーションである。 「ダースダスダス! ここのシェイクは絶品ダスな!」 「はっはっは。お戯れを」  ダースリッチは押し黙った。 「……わかりました。これでいきましょう。酋長……シュウウールさんの方こそ、今の見た目より少々喋りかたが古臭いんではないですかね」 「そうかの? わしらの所では普通じゃよ」 「……まあいいでしょう。さて」  芋シェイクに少し口をつけると、ダースリッチは話に入った。 「手筈どおり、魔硝石の確保が順調で喜ばしいことです。これもシュウウールさんのルートのおかげですね」 「はは、見事じゃったろう。もうこの町程度なら軽く吹き飛ばせる。我々の勝利を祝って祝砲くらい上げますかの」  魔硝石!?  私は耳を疑った。魔硝石といえば魔力の結晶だ。その爆発的な魔力は戦闘でも多く利用され、魔導具をはじめ武器や消耗品の製造にも欠かせない。もちろん爆弾にもなる。すでにこの町を破壊できるくらいの魔硝石が存在しているとなると、その量は計り知れない。  しかし調べて不自然な買い占めや物価上昇はなかったはず……。独自のルートだと? 「悪くありませんね。しかし……引き続きこの町を隠れ蓑に蓄えててもいい。ここは花の国からも近いですからね。事を構えるならあそこを落とせるくらいは欲しいところです」  まずい。かなりまずい。  魔硝石は無加工でも腕のある術師が扱えば容易に爆発を引き起こせる。ダースリッチやあの魔術師らであれば、今この瞬間にも簡単にここを更地にできるだろう。  とにかく場所を突き止めなくては。どこだ。この町のどこにそんなにも大量の魔硝石が。 「ふむ。軍事はそちらの専門。よろしいが、我々の同盟はいずこかの侵略成功で確約されますゆえ……忘れぬことですじゃ……」 「なに、殺魔シェイク™にスイート殺魔パイ™もつけましょう」 「魔王様には芋焼酎かの。はっはっは……」 (芋の話ばかりしやがって! 情報を言え! 情報を!)  もったいぶるかのようなやりとりに焦らされるが、ふと(待てよ……?)と思い当たった。  倉庫か!!  この時期は収穫で、倉庫は殺魔芋でいっぱいになる。それに二人は畑の方からここまでやってきた。もしかしてそこに紛れ込ませているのか!?  私は少し迷ったが倉庫を調べてみることに賭けた。ここには通信魔法を仕掛けておく。身を落としたままゆっくりと後ずさり、二人に背を向けた。瞬間――。 「それは良いですね。…………おっと、ネズミが紛れ込んだようだな……」  突如場を重圧が支配した。 「待て。盗み聞いていたな」  得も言われぬ圧力に身体、いや空間全体を一瞬にして支配されたような感覚だった。  それでも今向き合わなければ殺されてしまう。なんとか気力を振り絞って剣を抜き、ダースリッチらに相対した。  そこには全身を覆う黒いマント、左手に携えた大鎌、そして髑髏の眼窩の奥に覗く赤い眼光――。すでに変身を解いたダースリッチが鬼の形相で佇んでいた。 「フン。芋を狙う卑しきネズミめ。きちんと駆除してやらねばな」 (クソッ、どうする!?)  おそらく力の差は歴然。十数メートル程度はある距離、ダースリッチが魔法でも打てばそこで終わりだ。もしこちらが先に攻撃できたとして到底及ばないだろうが、初撃ならあるいは相手は受ける気があるか……。  私はダースリッチを睨んだまま、切先で虚しく空を牽制する。 「どこの者だ。言え」  わざわざ教える道理もない。それにまだ考える時間が必要だった。 「言わぬか。……ならば当ててやろう。聖騎士であろう? 中央の」  ぴくりと、わずかに剣先がぶれる。ダースリッチはどこまで知っている? 「フッ。後生に良いことを教えてやろう。余裕のないときほどハッタリに掛かりやすいものだ」 (ブラフかよ!)  ダースリッチは思いのほか話をしてくれる。おそらく余裕からだろう。ここは会話に乗ってみるべきか。情報をちらつかせながら話しかけてみた。 「すでに中央へは報告してある。私が斃れようとも、じきに聖騎士団が来る」 「ふむ。覚悟が窺える。組織に仕える者にあるべき態度だな」  次の言葉をかけようとした、が。 「ここに一番に辿り着いた敬意をもって貴様を屠ってやろう。ここで魔硝石を使うのは洒落てはいるがまだ惜しい。せめて私の実力を見て逝くといいだろう……」  遅かった。  ダースリッチは大鎌を逆さに突き立て、左手を振りかぶる。魔力が黒く発光して溢れ出し、その腕を纏った。そしてそのままその腕を勢いよくこちらへと突きすと、纏っていた闇の光が飛んできた。もはやここまでか――。  ドン、と町中に轟音が鳴った。  びりびりとした振動が肌に伝わる。振動を“感じる”? ――いや、それはおかしい。 「どういうことだ、酋長……! あれは――!!」 「待ってくれ、わしにも……」  ここだ!  無我夢中で距離を詰めダースリッチに斬りかかった。  剣は空を斬った。すかさず魔法を構えるが、すでにダースリッチと魔術師の姿はなかった。 「今回は引き下がろう。人間よ、覚えておれ……」  飄(つむじ)が木々を騒めかせながら通り過ぎていった。 *  去り際のダースリッチの言葉が頭に響いていた。――どういうことだ、酋長……! あれはマショウセキではないか……!!――。その反応ならば心当たりがある。  「魔“消”石」といえば魔力を打ち消すアイテムだ。最高純度で約八割の魔力が相殺される。今は廃れてしまったが、サームイテツクが産出地として名高い。 「残り二割で芋が焼けたか……」  私は瓦礫と芋の山を見ていた。ここから確認できるだけでも三軒の倉庫が粉々になっている。  ダースリッチが放った強力な魔法は魔消石と反応し相殺された。魔消石は消費され、余剰分のエネルギーが倉庫三軒を破壊した。  破壊を免れた別の倉庫には魔消石の蓄えがまだ残っていた。おそらくは魔法を使えず不利とみたダースリッチは撤退を決めた……のだろうか?  二割の攻撃が直接私にこなかったことは正直疑問だ。しかしすでに中央に連絡してある。じきにこの町に調査が入るだろう。専門家に任せる方がよい。  駆け寄ってきた部下から連絡を受ける。「今すぐ帰って直接報告しろ」と、中央は突然の事態に慌てているようだった。  そんなに急かさなくても、少しは休ませてくれてもいいだろう。「なあ?」と私は部下に同意を求めたが、答えづらそうにされるばかりだった。  私は教会とは反対の路に馬を馳せた。 *  花の祭りの最終日。  花は枯れるどころかより一層の美しさを湛え、王都を幻想で包む。  私はふたたびあのパン屋にいた。  すでに日は傾いている。閉店の時間は過ぎていた。遅かった。今夜にもここを発たねばなるまい。無駄に洒落を効かせたために自らがこんなに切ない思いをするとはなんとも情けない。  しかし――。 「████さん!」  彼女はそこにいた。 「ノエミ! 驚いた。今日はもういないと諦めたところだったよ。配達はいいのか」 「今日はこれから私もお祭りに行くんです。待ってたんですよ! 仕事を早く終わらせてから来るって言った途端、もう三日も来ないから……やっぱり仕事できるって自分で言ってただけだったんだなって」  そう言ってノエミはいたずらっぽくころころと笑った。  私がどんなに大変だったか――ともよぎったが、その笑顔を見ているだけで十分だった。これが、私の守ったものだろう。 「明日来てくれるならもうさすがに取っておきますよ、サンドイッチ」 「……実は今夜にもここを発たねばならなくてな」 「えーっ!?」 「いや、本当にすまない。次にここを訪ねるときは必ず!」 「ちょっと待ってて! 今から作ってきます! 少しなら材料が……」 「祭りに遅れるだろう」  ノエミは納得いっていないようだった。 「次会うときの楽しみができたと思って」 「それは一回でも食べて、『あーおいしかったー』ってなってから言ってくださいよ」 「うーん……そうかもしれん……」  ノエミの表情がほぐれた。 「絶対ですよ! 次は食べてくださいね!」 「ああ、必ず」  そう言って私はノエミと別れた。  通りは花とランタンで満たされている。  馬で駆ければにわかに纏った花びらがふたたび舞い上がる。  私は光に包まれていた。  またこの地を訪れるならこの時期が良いものだと、信心を新たに、私は近くある中央での祭典にも思いを馳せた。  もうじき中央でも大規模な祭祀が執り行われる。各地で任務に当たっている聖騎士らもこの間には集められ、中央で奉仕する者皆で数日間世界の平和を祈る。大規模な祭典だ。  まずは今回の報告をせねばならない。  私は一路カンラークへと馬を走らせた。