・ザイファ(赤、青、黄のコンポジション) モンドリアンは新造形主義を唱えた抽象芸術の旗手っす クラマドカの作者カンディンスキーが豊かな色彩や複雑な図形を用いたのに対してモンドリアンは極めてシンプルな直線とビビッドな三原色のみで表現するコンポジションと呼ばれるシリーズで知られているっす この発想の元になったのはピカソやブラックのキュビズムっすがキュビズムが自然を抽象化・造形化することに対してモンドリアンのアプローチは自然の描写を離れてその造形じたいが芸術性を宿すことを目的としているっす 西洋絵画がやってきた奥行き表現を拒否して「異世界を覗く窓」としてではなく「その場に飾られている絵画」としての純粋性を追及したことは20世紀絵画の一大テーマを確立したっす モンドリアンの作品は額縁をつけずに展示されるっすこのあたりも純粋化を求めたことの表れっす >ここら辺は印象派が広めた理由のある絵を描くんじゃなく絵を描きたいから描く >って意識を確立させたのの更に先にステップを踏み出したように感じるっすね カメラや印刷の発展で絵画がアイデンティティの危機に陥っていた時だったっすから「なんでわざわざ描くの?」ということはかなり重大な問題だったっす それに対して「これを表現した人には意図があるんだ」という方向性は現在のアートでもコンセプトって言われて重視されているところっす 一見よく分からない現代アートがどういう文脈で生まれてきたかの入口として分かりやすいところっすね ・カメラブグロー >カメラの発明とカメラで撮れない抽象画の流行は関係あるでやんすかね 大いにあるっす 発注されて作品を作るというのが西洋画の基盤であって特に人物画は記録のためにやってるっす それが写真を撮れば済むようになったら画家の多くが職を失うっす そこで20世紀の画家はこぞって写真では撮れないものを描こうとしたっす キュビズムもフォービズムも表現主義もシュールレアリズムもみんな写真では撮れないものを絵画で表現しようとする活動っす そしてこう言った運動が一通り出揃った後に出てきたのが「自然をもとにして自然でない絵画を描けるならもとになる自然を参照する必要はないのではないか」という発想っす 様々な芸術運動を経て絵画の構成や色彩じたいで作者は何かを表現できるし鑑賞者も読み取れる時代になっていたっす そうして抽象表現主義やミニマルアートに繋がっていくっす >画家がそういうこと言っていいっす? カメラが発明されるまで描けなかったものもあるっす たとえば水っす 観察してスケッチするしかアプローチがない以上一瞬しか見ることができない水しぶきは絵に描くことができなかったっす https://collection.nmwa.go.jp/P.1959-0062.html クールベが描いたダイナミックな波の動きがいかに革新的な表現だったかうかがえるっすがおそらくこれも北斎の影響を無視できないっす アングルまでの西洋絵画が絶対視してきた「よく観察して写し取る」というアプローチが必ずしも絵画の全てではないことが明らかになっていったことで19世紀半ばの美術運動は大きく変化していったっすよ ブグロー先生の時代すなわち19世紀中盤から後半は写真撮影にはさまざまな技術革新があったっす 感光材を使って写真撮影ができるようになったのが1826年 ネガポジ反転させた原板を作ってそれを元に焼き増しする技術が発明されたのが1841年 ガラス乾板によって撮影機が小型化して手持ち撮影できるようになったのが1871年 そして1900年ごろにコダックによるシャッターとフィルムを搭載したブローニーが発売されるっす 先生が使ってるカメラはブローニーよりは複雑な造形なのでこの71年以降のどこかのカメラがモデルだと思うっす 当時の有名な写真家としてナダール(1820-1910)がいるっす この人はもともと出版に関わってたっすが1854年から当時としても画期的なプロ写真家として活動して世界初の空中写真でパリを撮影したっす この空中撮影の技術は普仏戦争に大いに貢献したっすがそれは置いといて ナダールは数々の肖像写真を撮っていて光の当て方やアングルで人物の印象が大きく変わることを発見していたっす ちなみに1874年に開かれた第一回印象派展はナダールのスタジオを借りて開催されたっす 写真と美術の同時性を感じられるっすね ・キュイ(ぶらんこ 絶対王制下のパリではそれまでには類を見ない貴族文化が醸成されていったっす 特にこの頃の貴族は屋外での遊びを好んだっす ほとんどの場合大きな庭園などをつくって屋外でパーティをしたっす 今のアニメでも貴族といえば屋外でお茶をしたりしてるイメージがあるっすがそれはこの頃にできあがったっす ボンパドゥール夫人をはじめ男女関係も独特の様相を呈していて遊びの延長で恋愛をするという文化が育まれていったっすよ そしてそういった貴族のパーティや遊びの様子を描いた絵は特に雅宴画(フェートギャラント)と呼ばれるっす フラゴナールはロココ時代の集大成ともいえる画家でぶらんこでも美しい衣装と自然の対比が光彩も含めて見事に描かれているっす この人はドゥアーネの作者ブーシェの弟子にあたり貴族たちのオファーを受けて雅宴画を描いたっす ぶらんこで遊ぶフリをしてスカートの中を見せつけたり目隠しをして前が見えないから抱きついちゃうみたいなえっちな場面を下品にならないように描く名手っす フランス革命勃発後は王宮勤めの仕事を失ってルーブル美術館の管理という仕事をしていたっす ちなみにモリゾはフラゴナールの姪孫にあたるらしいっす フラゴナールの作品には当時の貴族文化がよく分かるものが多いっす https://w.wiki/CMVz これは『目隠し鬼』目隠ししてるからどこに触っちゃっても仕方ないというえっちな遊びっす https://w.wiki/CMV$ これは『シーソー』揺らしてるときに転んじゃって抱きついても仕方ないというえっちな遊びっす https://w.wiki/CMWc これは『負けた罰に』カードゲームで負けたらキスされるというえっちな遊びっす https://w.wiki/CMWe これは『かんぬき』ちょっとレイプっす フランス革命が美術史に与えた影響は計り知れず というのもこの頃の画家にとって一番のスポンサーである王侯貴族が軒並み断頭台の露になっちゃったので それまで貴族とべったりだった画家たちは職を失い 芸術界のロベスピエールと呼ばれるダヴィッドが一手に覇権を握ったっす その後ダヴィッドはナポレオン1世の首席画家となったっすがさらにナポレオンが失脚するとダヴィッドも追放を受けそれまでにできあがったダヴィッド中心の芸術界も崩壊したっす そしてこの時期たまたまローマに留学していてノーダメージだったアングルがアカデミーの指導者として返り咲き新古典主義が勃興することになるっすよ ・カルペディア(死の花嫁) https://en.m.wikipedia.org/wiki/File:ThomasCooperGotch-DeathTheBride.png 不勉強ながら知らない作品だったっす… 作者のゴッチはラファエル前派に属する画家っす フランスで起こった芸術運動が印象派ならイギリスを中心に起きたのがラファエル前派を元とする象徴主義っす ラファエル前派はロイヤルアカデミーがラファエロの絵画だけを正解として扱っていたことに反発する秘密結社っす 決まり切った正解ではなく自然への観察と自らの霊感を中心に表現するという意味では印象派に近いっすが部分を重視して描き込む方向に力を入れるのが特徴っす 特に分かりやすいのが女性像でルネサンス的な理想化された美よりも実在性のある描き方が特徴っす(地理的にも時期的にも離れたルネサンス風の美人より当時のイギリス風の女性を描こうぐらいの感じな気もするっす) 「死の花嫁」にはこれらの特徴がはっきり出ているっすね 理想化されずリアルな女性像・技法よりも細密な細部の描写・画面全体で意味を形成して従来のアトリビュートに囚われない象徴性の表出と代表作として選ばれるのもわかる気がするっす ・コンフレーズ(野苺の籠) 昼のうちに言っておくっす コンフレーズの原作はブーシェと同時期に活躍した風俗画家シャルダンの作っす ブーシェやフラゴナールがロココらしい豪華な貴族世界を描いたのに対してシャルダンは世俗的なテーマをたくさん描いたっす 有名なのは厨房画と呼ばれる様々な食材を描く画題でいろいろな質感を描き分ける技術の高さが問われるっす 「野苺の籠」は200年近く個人所蔵で人目に触れてこなかったんっすが近年になって古典主義の画風を用いた最後の世代の作品として注目を浴びたっす そして2022年にとつじょオークションに出品されて日本円にして32億円の根がついたっす 海外に流出することを恐れたフランスがこの絵を国宝に指定(国宝にすると国外に売り出すための期間が長くなるっす)して寄付を募集して落札額を揃えて買い戻したっす 評価が定まりやすいクラシック絵画が激動の再評価を受けたことが美術界ではおおきなニュースになったちょっと特別な一枚っす ・ミストレ(モネ) 屋外で作品制作をする印象派を語るのに外せない技術が二つあるっす 一つはチューブ絵の具そしてもう一つが鉄道っす! 従来の絵画特に風景画はその場でスケッチを取って絵の具を使った制作はアトリエでやるしかなかったっす しかし鉄道網の発達によってパリから別の駅に出かけて屋外にイーゼルを立ててその場で絵の具を使った本格的な制作ができるようになったっす 印象派の画家たちは鉄道を使った日帰りのお絵描き旅行でパリの近くのいろんな場所に行ってるっすよ 特にモネは時間帯による変化に強い興味を持った時期があってその題材としてサンラザール駅を選んだっす この連作は色々な時間帯や天気の駅の表情を映し取っていていて比べてみると一日中駅の近くにいたかのような気分を味わえるっす あと汽車が駅に入ってくる今でも大人気な構図をもう描いてるのも面白いっすモネは鉄オタの感性を持ってたのかもしれないっすね ・余談(モリゾ) >いいとこのお嬢様だと絵も描けて楽器も演奏できてフィジカルもムキムキになるんすね >産まれの時点で結構な格差社会を感じるっす 逆にあの時代のお嬢様は絵とか楽器とか教えられて修道院で何年も過ごして出てきたらお嫁に行って特に人に絵を見せたり演奏を聴かせたりしないで一生を終えることが珍しくなかったっすよ 絵も描けて楽器も扱える教養のある女の子がお嫁に欲しいなって旦那を満足させるためだけにその技術を学ぶみたいなところあったっす モリゾはその時代に自分でパリの画壇に飛び込んで絵を描いて生きていくって決めた人だからアート界の女性活動のシンボルのような扱いを受けることもあるっす ・エヴァ(晩鐘) うおおミレーっす! 19世紀には都市化が進んだ一方で革命が何度も起きたり帝政になったり共和制になったり立憲君主制になったりまた帝政になったり普仏戦争が起こったりしっちゃかめっちゃかだったっす その激動の時代において激変するパリ以外の場所にも政治的関心が向けられ「田舎で素朴に働いている人こそ立派だよね」みたいな雰囲気が盛り上がってきたっす すると美術界にものそのムーブメントが持ち込まれて農村の絵が高く評価されるようになっていったっす 前置きが長くなったっすがこうして頭角を現したのがバルビゾン派で宗教や歴史画というよりも実際の風景に人々の暮らしや国土への愛着心を込めるような題材が特徴っす ミレーはその中でも自然主義のモチーフを用いながら宗教的な寓意を込める見事な構成が特徴っす 『晩鐘』も風景と人間そして夕日が描かれているだけの絵なのに様々な解釈がされる絵で人によって絵の中に見える絵が違う近代絵画の傑作っす ところでミレーは高い評価を得ながらも自分自身の展望と重ならなかった特殊な画家でもあるっす もともとミレーが描きたかったのは宗教画だったっすよ 若い頃にサロンに出した絵は聖人や宗教儀式をテーマにした作品が多かったっす ところがその路線ではなかなか絵が売れずに肖像画や裸婦画を多く描くようになったっす ミレーに関する有名なエピソードで画廊の前で若者たちが「この画家を知ってるか?」「ああ女の裸ばっかり描いてるミレーだろ?」って話をしてたのを聞いて自然主義や田園風景をテーマにすることを決めたと言われているっす そんなミレーっすが没後に伝記が書かれたっす この伝記はミレーが清貧な農民でありながら画家としても生きたという描き方をしていたっすが実際にはミレーは農民画を描いただけで農民ではなかったっす(そんなに貧乏な時期も長くないっす) この伝記は現代の美術聖人のようにミレーを扱って各国語版に翻訳されたっす この伝記を読んで「私もそんな立派な人になりたい!」と考えてまず形から入ることにして田舎に移住した画家もいるっす 「変なオランダ人がずっとうろついてて怖い」って近所から言われてたっすよゴッホちゃん…… >なんか絵の技術とかじゃなくて選んだ題材で評価されるのもやもやするっす ナポレオンが皇帝になったら豪華で見栄えの良い宗教画が喜ばれて 革命して追放されたら素朴な絵を大事にしようねみたいな雰囲気になって 帝政が復活したら戦場の絵とか景気よくていいよねみたいになって サロン入選作の傾向がどんどん変わっていったっす 当時の画家は振り回されて散々だったっすが後の時代から見ると当時の世論や風潮がくっきり残されているありがたい資料っす ・ミレイ・オフィーリア >記憶違いなら申し訳ないんすけどミレーって画家もう1人いなかったっす? ラファエル前派のミレイっすね! イングランドの画家で活躍した時期も近いっす 自然主義で愛国的なテーマはバルビゾン派と共通してるのでなおさらややこしいっす https://commons.wikimedia.org/wiki/File:John_Everett_Millais_-_Ophelia_-_Google_Art_Project.jpg これは代表作のオフィーリア >し…死んでる…? 作品のためだからって本当にモデルを川に沈めたりはしていないと説明する 実際はバスタブの中に入れて水の様子を観察していた 雪が降る11月のことだったという ・コラボ(クマリザ) >クマリザとか先にレオナルドネタ使われるのショック モナリザは世界一有名な絵画なだけあってパロディ自体がひとつのジャンルと言えるっすよ 有名なのはデュシャンがモナリザが印刷されたハガキにヒゲを書き足した既製品を展示物化するレディメイドと名づけたシリーズのひとつがあるっす ウォーホルの「1人より30人の方がよい」は白黒コピーしたモナリザを30枚並べて模造を鑑賞する作品っす 自分の作風でモナリザを解釈するというのは写真や印刷のある時代に一点物の作品を描くことの意味の問いかけでもあるっすボテロのふっくらしたモナリザには自分なりの解釈が投影されてるっすよ https://www.cinemacafe.net/article/2021/11/30/76066.html(映画のポスターっす) モナリザ自身にもいくつかのバリエーションがあるっす ダヴィンチの工房で描かれたとされるバージョンやラファエロが描いたモナリザの模写も残されていてそれらを見比べることは資料的にも体験的にも価値があるっす 何が言いたいかというとモナリザのパロディはモナリザ自身とは別の文脈で由来があるということっす! ・抽象画 キラキラのスレで誰かが「抽象画」って言ったらすかさず書き込もうかと思ってたけど寝る時間までなかったから赤字になったことだしこっちに書いとくっす 抽象的な表現と抽象画は似ているようで違いがあるっす というのもルネサンス以来西洋画は額縁を窓として「現実の光景」を再現する絵が理想とされてきたっす しかし19世紀以降のグローバル化でヨーロッパ外の価値観が入り込むに従って写実的に風景を再現することだけが絵画じゃないという考えが広がったっす(特にインパクトが大きかったのが浮世絵っす) 20世紀に入ると「実際とは違う色を塗ってもいい」というマティスらのフォーヴィスムや「現実とは違う造形を描いてもいい」というピカソ(アルテとは無関係)らのキュビスムなど非現実的て抽象的な表現が発明されたっす ただしこの時点ではまだ「女の肖像」とか「牛のいる風景」とか現実の何かを描いているっす そしてこれらの影響下で「色を並べるだけ」とか「形を重ねるだけ」でも美しく感じるものとそうでないものがあることを発見した画家たちがいるっす この段階に至って現実の光景をテーマとせず抽象的な色彩や造形自体に美を追究したのが抽象画っす! ・夜警(レンブラント) >本当はフランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊なんっすね 作品にタイトルをつけるようになったのがかなり近代のことっすからね! 少なくともレンブラントの時代には画家はアーティストというよりは「これ描いて」って言われて描く職人だったっすよ 夜警の場合はコック隊長が率いる火縄銃組合(いわゆる自警団)に頼まれて作った集団肖像画っす 集団肖像画は今で言う集合写真みたいなもので「組合員たちがみんな集まってるところを描いてもらう」というものっす 普通は盛装して並んでるところを描いたりするっすがレンブラントは集団肖像画に芸術的な構図やシチュエーションを持ち込んで一躍時の人になったっす そんなわけで何を描いたかは明らかだから画家や所持者が画題をつけたりはしなかったっす 夜警と呼ばれるようになったのはこの絵が富豪や貴族たちの間に流通するようになってからのことっすよ でも隊長や副隊長はちょっと多めに出してたにしろ会員たちはおんなじ額を出して発注したはずっすが大きく描かれる人と小さく描かれる人がいたり知らん女の子が勝手に描き足されたりしたのには納得してたんっすかね… ・シャティ(猫を抱く女性) >そういや今回はまだ原作解説「」ネ来てないんすね >何気に毎回楽しみにしてるっす ふつうにルノワールの人物画だからあんまりいうことないっすよ! ただルノワールは動物の表現に特徴がある画家ではあるっす 西洋画では犬が定説の象徴として結婚記念の作品とかによく描かれてきたっすがマネのオリンピアではその真逆のキャラクターを象徴するためにパロディ的に猫を描き込んだことは有名っすが ルノワールの作はそういった象徴性を離れてふつうに生活の中にいるペットとして愛着を持って描かれているっす モネとルノワールがイーゼルを並べて同じ風景を描いたラ・グルヌイエールって絵があるっすがモネが描いていないのにルノワールは犬を書いているっす この絵を見比べると2人の興味がどこにあるかがわかりやすいっすがモネにとっては重要ではない犬の存在がルノワールにとっては必要に思えたのかもしれないっす 猫を抱く女性の猫もそういった象徴として扱うのではなくまた擬人化して描くのでもないリアルな猫の表情を捉えているのは近代的な生活を共にする相手に対しての視線なのかもしれないっすね ・アデューテ(ガブリエル・デストロとその妹) >なんで妹の乳首つまんでるんすかこの姉 乳首を摘んでるのが妹で摘まれてるのがガブリエルっす この人はフランス国王アンリ4世の愛人で王の子供を身籠ったっすよ はっきりとしているわけではないっすが乳首を摘む動作はそれを使うことを示唆しているつまり妊娠したことを表していると言われるっす よく見るとガブリエル自身は指輪を摘んでいるっすこれも王との関係を示唆していると見るのが一般的な解釈っす さらに絵の奥には彼女らに使える侍女が何か編み物をしているっす 編んでいるのは子供着ではないかと言われていてこういうほのめかしがいくつか重なることで意味を確定させるような仕掛けがこの時期には多いっす (さらにのちの年代になるとオマージュを用いることで意味づけをはっきりさせるようになるっす) この絵はフランスがルネサンスの画家を招いたフォンテーヌブロー宮殿を中心に発展したグループから出てきてるっす ルネサンスの技法をもとにしながら官能的なフランス風の要素がミックスされてるのがフォンテーヌブロー派の特徴っす 技法を重視するところもエロティックなところもどことなくアングルっぽいっすよね ・マネ(草上の昼食) >印象派のボスっていうか元祖みたいに扱われてるけど本人は否定してたんすっけ? マネは官展(サロン)入賞をずっと狙ってたっす 印象派は「官展に頼らずに絵を売ろう」という集まりだったから参加者は官展に出品しない方向だったっす 印象派の仲間だと思われたら審査も厳しくなるし当時すでに売れっ子だったマネには利益が少なかったっすよ まあ仲間だとは思われてたっすが… >>えっちな絵描いてるんっすね >そもそもマネちゃんは格式高い展覧会に娼婦の絵出して落選してたはずっす 1863年のサロンはめちゃくちゃ厳しくてあまりにも大量の落選者が出たからナポレオン3世が直々に命令して落選した作品で展覧会を開くように言ったっす そして落選作品並べてみたら普通に女の裸描いてるやつがいるやんけ!って話題をかっさらってマネが一躍時の人になったっす ちなみに入選作も女の裸ばっかりだったっすが神話画だからセーフとされていたっす ・ラファエル前派・ボッティチェリ >なんか先生もヴィーナスの誕生描いてるみたいっすけど 19世紀の中頃にイギリスでラファエル前派ってグループがいたっすよ ロセッティやミレイって画家が中心なんっすが彼らはアカデミズムに反発してラファエロ以前の美術を研究したっす そこで発見されたのがラファエロより前の世代であるボッティチェリだったっす ボッティチェリの代表作であるプリマヴェーラとヴィーナスの誕生は13世紀からメディチ家が私蔵してずっと保管していたっす 19世紀前半にウフィツィに移管されていたのをラファエロ前派が発見して大いに触発され一気にボッティチェリの名声も高まったっす でヴィーナスの誕生というのがすごいらしいと聞きつけたフランスの画家カバネルが1863年にヴィーナスの誕生の絵を描いてサロン一等賞を取ったことからフランスでもこの画題が大ブームになったっす そういうわけでブグロー先生も「この表現なら女の裸をエロティックに描いても誰にも怒られないぞ」と思ったのか描いてるっす そういうわけで元を辿ればブグロー先生のヴィーナスもボッティチェリの600年越しのオマージュっす ちなみにカバネルが一等賞を取った時に落選したのがマネの草上の昼食っすよ 600年も離れてなかったっす400年っすねッスヘヘヘ https://ims-create.co.jp/art/5149/ 詳しい記事があったから見比べると楽しいっす マネちゃんもカバネルの裸に対してマネのオランピアってエロくないよねって大評判だったっすよ >>ちなみにカバネルが一等賞を取った時に落選したのがマネの草上の昼食っす >この情報必要だったっすか?! ラファエル前派はラファエロの絵ばっかり真似してるアカデミズムに反発したんっすが結局ミレイは後でアカデミー会員になってるっす 彼らが発見したボッティチェリの主題もフランスアカデミーに好意的に受け入れられて発展する一方 ラファエロの技法をわざと真似した草上の昼食が普通にアカデミーから落選くらってるのが同時代に起きてるのが面白いと思って… >流行りに乗ったのに普通に落選食らってるのなんか嫌われてたんじゃないでやんすかねマネさん アカデミーの本流が「最近は(ラファエロの前世代の)ボッティチェリっていうのが流行ってるんだ」ってやってる頃に 「保守本流のラファエロの技法で現代画描いてやったっすよ!」だから どっちかというとここしかないってタイミングでスベってるっす ・天狗・エゼキエルの幻視 https://dl.ndl.go.jp/pid/2553975/1/10 石燕の天狗はかなり鳥っぽくていわゆる山伏スタイルが定着するのはもう少し後の世代からのようっす 江戸に妖怪ブームが来て舞台で天狗出す時にアレンジされたんっすかね? セキエンさんのマスクも鳥っぽくなっててオシャレっす https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Raphael_-_Ezekiel%27s_Vision.jpg ラファエロの方はまったく自身ないっすがファントム(幻影)なのとマスクに羽根の意匠があることから類推するとエゼキエルの幻視っすかね… エゼキエルが見たという神的存在について言及した旧約聖書のエピソードをもとにしてるっす 人間ライオン牛鷲の顔を持っていてその上に神の姿があったと言われるっす 最近だとここで描かれてる存在がメルカバーと呼ばれてるっすね エゼキエル書に書いてあることをそのまま解釈すると人と牛とワシとライオンの首がつながっててそこから羽が生えているというかなり悪魔じみた姿になるっすよ これらはそれぞれの顔が神の側面を表していると考えられるっすがエゼキエル書は旧約聖書のなかでも特に難解で読み解きが難しくさまざまな説があるっす fu4763705.jpeg 中世の挿絵が正直にかきおこしたのだとこんな感じっす それをうまくアレンジして四つの体がつながっているともいないとも見える描き方になっていることからラファエロがデザイナー的なセンスも優れていたことが窺えるっす 考えてみればいるのかどうか不確かな存在として妖怪と天使に共通性を見出すのも面白い着眼点っす 天狗の受容も妖怪に詳しい人がいたらもっと詳しく教えて欲しいっすね 本当に書いてある通りのことをそのまんま表現すると直観的にキモくなってしまうから程よくデフォルメして描くという中世の表現も必要に迫られたものではあったっすよ 単に技法が洗練されてないからと思いがちっすがルネサンスがくるまで宗教画に関しては偶像崇拝との兼ね合いから精密で写実的な表現を避ける意味合いもあったっす ルネサンスの精神はメディチ家をはじめとした特権階級がローマ教会を実質的に支配されたことによって宗教的情熱に豪華さが求められたことと無関係ではないっす ・プットー >天使を描くのも大変なんすね… あっそれで思い出したっす ルネサンス以降天使の姿を赤ちゃんみたいに描くのが一般化したっす ブグロー先生の絵でたくさん飛んでるあれっす あれはプットーといってケルビム(メルカバーに近い存在)が姿を変えたものっす 省略して書かれてるけどこのエゼキエルの幻視と同じぐらい神聖なものが描かれてるという意味合いになるっす よく混同されるっすがキューピッド(クピド・またの名をエロス)とはまったく別のものっす 見分け方としてはギリシャ神話の絵に出てきて弓を持ってるのがクピドで聖書画に出てきて剣を持ってたらプットーっす まあプットーの影響を受けてクピドが何人もに分裂してる絵も結構あるっすが… ・ヴィーナスの誕生 これがボッティチェリのヴィーナス誕生 左から右へ風と共に時間が流れている これがカバネルのヴィーナス誕生 当時のアカデミズムが官能美を追求していたことがわかる これがブグローのヴィーナス誕生 プットーを配置しよりキリスト教的な解釈だ これがジェロームのヴィーナスの誕生 文字通りに海から現れた瞬間を描いている これがルドンのヴィーナス誕生 おまんこだ ・我が子を食らうサトゥルヌス >>そのうちサトゥルヌスの子とかくるんじゃないっすか? >子の方来てもただの肉塊とかじゃないっす…? ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」では食いちぎって食べる姿がショッキングに描かれているっすが神話の解釈としては実は矛盾しているっす というのもサトゥルヌス=クロノスが飲み込んだ「我が子」というのは全員後のオリュンポス12神だからっす クロノスが飲み込んだ子は五人で順にヘスティア・デメテル・ヘラ・ハデス・ポセイドンっす 最後に生まれたゼウスまで食べられるのを避けた母神レアがゼウスと石を入れ替えて石を飲み込ませたっす 後に力強く育ったゼウスがクロノスを倒した時に兄姉神たちは吐き出されて生まれ直したっす それでゼウスは神々の中で末子なのに年齢的には長男といういいとこ取り設定になったっすよ だから実は「ダメだ子の方が来た」も食われている子はハデスかポセイドンだからなぜか強いのにも理由があるんっすよね ・聖ゲオルギウスと竜 ウッチェロのゲオルギウスは聖ゲオルギウスが天から現れ竜が地の底から現れるというのを背景とキャラクターの配置で描いてるインテリジェンスあふれる絵なんっすよ 女の子がかわいく描けてればぼっちちゃんのヴィーナスぐらい評価されていてもおかしくなかったっす あとこのあと捕まるはずのドラゴンがなぜかすでに捕まってるせいでゲオルギウスがいじめてるように見えるところとか 芝生と石床のパターンが何度見てもよく分からないところとか… ・メンデルスゾーン >音楽院のゾーン語尾の人ってもしかして実在した人物モデルっすか? そんな語尾ではしゃべらないゾーン 管弦ピアノ交響曲オペラに小規模な重奏も歌曲も当時のあらゆる音楽ジャンルで作品を残してるゾーン 演奏も一流の作曲家もたくさんいるけどメンデルスゾーンはさらに古典の復古を進めてバッハの楽譜を出版する出版社でもあったメーン そして音楽院での重要人物に抜擢されたのはドイツでは初の音大を作った教育者でもあるからだメーン https://www.themendelssohnproject.org/about_tmp/activities/artworks_2.htm ついでに水彩画が趣味で風景画は普通にプロ級っす ・タオファ(群仙図屏風) 日本美術には詳しくないっすが西王母が題材なわけじゃなくて仙人をたくさん描いた絵が元ネタなんっすね 群仙図は中国ではめでたい図像で長寿を願ったり祝って描かれることが多いようっす 主題となる仙人(たとえば長寿を祝う寿老人)を描いてそのまわりに配置した仙人たちにもいろいろな慶次の含意を込めておめでたさを強調するっすよ そういう由来がどれぐらい伝わってたかは分からないっすが江戸時代でもめでたい絵として好まれたようっす 曾我蕭白はよひらを描いた伊藤若冲と同時代の人で流派に属さない無頼の変わり者として有名だったらしいっす 江戸文化も爛熟してうまい絵はいくらでもあるなかで個性が際立った作品を好む好事家が現れていたっすよ https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188162 水墨画を描くときの筆の運びにはルールがあって書道と同じように真体・行体・草体と書き分けがあるっす この絵では人物は濃淡をきっちりつける真体で描いて背景は行体の崩した筆運びを使っているっす このあたりが流派を無視した自由な画風ということなんっすね にしても鳥は綺麗に描かれてるのに子供がぜんぜんかわいくないっす