「──あ、ここにいたんだ、お姉ちゃん」 「…久しぶり、だね、イザベル」 とある所で、魔剣によって人生を狂わされた哀れな姉妹が再会した。 「…子供は、どんな感じ」 審判の勇者イザベルは躊躇いがちに話しかける。奇跡の邂逅後、幾度も振り払おうとしても、二度と手を放すまいと何度も追い縋ってくれた最愛の姉に。 合わせる顔がないと、殺してくれと叫ぶ自分の頬を叩き、「私の妹が生きててくれてよかった」と泣きながら抱きしめてくれた優しすぎる姉に。 「すくすくと育ってて、とっても元気。クリストに似て、理知的な子。少なくとも見た目で誤解されたりはなさそう」 漆黒の勇者イザベラは自分の子を思い浮かべる。自分に似た黒髪に夫譲りの碧眼の息子の姿を。魔力の才もまだ1歳なのに凄まじい素質を感じさせる。夫と自分の血を受け継いだあの子は将来パラディンとしても魔術師としても、そして勇者としても比類ない才を発揮できるだろう。 だが、そんなことは別に問題ではなかった。子供が、災いに巻き込まれることなく生きていける、それこそが夫婦の願いだった。 「よかった」 それきり二人の間に会話がなくなり、沈黙が訪れる。だが、姉妹はそれは苦ではなかった。姉が、妹が側にいる。それだけで充分だった。 「…ねえ、もう一度私たちと住むこと、考えてみない?クリストも貴女が望むならぜひってッ」 その言葉にイザベルは静かに首を横に振る。それを見てイザベラは言葉を失い項垂れる。 彼女とてその言葉は嬉しい。だがそれを望むには彼女の手はあまりにも血に染まりすぎた。 項垂れたままのイザベラに近づき、その肩にイザベルは優しく手を置いた。 「会えて良かった…。もう行くね。クリストさんにも体を大事にしてと伝えて。”また聞かせてね”、お姉ちゃん」 「! うん!”またね”、イザベル!」 イザベルは笑って去っていく。その笑みは、かつてイザベラが毎日見ていた妹の笑みだった。 ********************** レンハート勇者王国の居酒屋の一室で、二人の騎士が長机に向かい合って座りながら、久方ぶりの再会に話題に花を咲かせていた。 「どうです?子育ては」 瓶ビールを傾けながら訪ねてきた聖盾のクリストの質問に、サーヴァイン・ヴァーズギルトは苦笑いを浮かべながら杯を受ける。 「…いや、ハナコに叱られてばっかりだ。全く…俺はこの分野はオロオロするばかりだ…」 「あはは!ギル先輩の言葉とも思えない」 数年前と比べだいぶ柔和な顔になったギルの顔を眺めながら、クリストは内心思う。初めは11は歳の離れたハナコとの結婚には驚いたが、今の彼の顔を見るにこの結婚は成功だったのだろう。 「僕もイザベラには迷惑かけっぱなしでしたよ。今はだいぶマシになりましたけど」 「…子育てに関してはお前の方が先輩だな。…今後もしかしたら、俺がお前に助言を求める時がくるかもしれない」 「その時はよろしく頼む」と、馬鹿丁寧に頭を下げるギルにクリストは慌てて手を振る。 「やめてください。僕と一つ歳が違うだけで先輩後輩とか気にしてたんですか」 こんな話題ができるようになるとは思わなかったと、思わずクリストに笑みが浮かぶ。ギルも同じ心境なのかその眼差しは暖かい。 「──ところでクリスト。お前のところの坊主は何歳だ」 「え?3歳ですけど」 だいぶ酒も進んだ頃、急なギルの質問に驚きながらもクリストは答える。 そうか、と頷いたギルは腕を組んで考え込んでいたが、やがてキッと顔を上げた。 「…お前の子と俺の娘が年頃になってパートナーがいなかったら、娘をもらってくれ」 「……何言ってんですか貴方は!?まだ1歳の誕生日も迎えてないんでしょ!?」 思わず叫んだクリストに真顔で「考えてみろ」と机から身を乗り出す。 「ハナコの娘だぞ…。必ず成長したら物凄い美人になるに違いない。…娘の容姿と血筋目当てのどこぞの輩にやるよりは、お前の所に嫁に出した方が百倍マシだ」 まだ見ぬ未来の馬の骨を思い浮かべながら語るギルの目に、かつてのエビルソードや誤解が解ける前のボーリャックへの憎しみの炎と同じものを見たクリストは、ただ首を縦に振るしか仕様がなかった。 ********************** 「お前さん、もう少しブラックライトに気をかけてやりなよ」 深夜、根城の一つにしている寂れた教会の外で、中で熟睡している子供達を思いながら、かねてから感じていた不満をハーフドラゴンの遊び人、元騎士団長のウラヴレイは口にした。 「仕方がない」 魔人と化したレンハート第一王子、コージンは顔を向けることもなく短く返す。 「ブラックライトは強い男だ。それに彼も納得していることだ」 「納得しているわけないじゃないか!」 コージンの言葉にウラヴレイは声を荒げる。 「どこに親に会えず、手紙の一つも送れない境遇を納得する子がいるんだ!」 ウラヴレイの訴えにも顔色も変えず「それを、彼は受け入れた」と呟くコージンに、苛立たし気にウラヴレイは酒瓶を飲み干す。 近頃シロが急に酒に関心を持ち始め、ウラヴレイが飲んでると自分も飲みたいとせがんでくる。おかげで日中の彼女の飲酒量は減る一方だった。 (おまけに近頃は二人の先行きが気になって満足に酔えやしないよ。一人の頃なら気軽に酒で全て忘れて馬鹿になれたのに) 空になった酒瓶をコージンに向けながらウラヴレイは「じゃあ次はシロの件だ」と議題を変えた。別に彼の言葉に納得したわけではない。が、個人の努力ではどうにもならない重い現実や、取り返しのつかない過去があるということを、コージンも、ウラヴレイも痛いほど知り尽くしていた。 「あの子への接し方を考えなよ。あんたもう少しさ」 「…私の姿がシロを怖がらせるというのなら」 「あの子と別れるべきか」と、口にするコージンにたまりかねてウラヴレイは叫んだ。 「逆だ逆!あの子はあんたをボスとして認めてんだよ!そのあんたがそんな根暗な態度じゃあの子の成長に悪影響ってもんさ!」 「そうだったのか…!?」 思いがけない彼女の言葉に、コージンは腕を組んで考え込む。その姿に思わずウラヴレイは頭を抱えた。 尚も続くコージンの年少組への接し方へのウラヴレイの説教と、楽しく酔えないことへの愚痴。顔を顰めながら頷くコージン。二人の姿は落ちぶれものでも、落伍者でもなく、まるで───