お題:チクチン!、かまぼこ、ソフビ  幼い頃、好きなTV番組があった。  ヒーローが出てきて、街を破壊する怪獣を倒すような、そんな奴。  他の子供達と同じく、そういった好みを持った俺は、他の子供達と同じように、その番組から卒業していった。  そんな子供の情緒の成長に、着いていけないのは大人達だ。  いつも仕事で帰りが遅い、休みの日はずっと寝てるか酒を飲んでいる親父は、とっくにあの番組を見ていない俺に、番組コラボのかまぼこを買ってきた。  ちょっとしたオマケ付きの、なんて事はない多少割高なかまぼこ。  中にチーズが入っていて、子供の頃の俺はこれが結構好きだった。  好きだったのに、買ってきてくれた親父に俺は「微妙」とだけ無愛想に返したのだ。 「そうか、微妙か」  親父はそれだけ言って、焼酎を飲んでいた。  気に食わなかったのだ。  俺がとっくに別のものに興味が移ったのに、それを知らない親父の事が。  ただ、親父の事は嫌いじゃなかったから、焼酎のツマミにかまぼこ食う親父の横で、チーズかまぼこを食べていた。  親父が危篤だと聞き、急いで田舎に帰った時にはもう、親父の顔には白い布が掛かっていた。  酒飲みで、しかも結構ハードな仕事を続けていた親父だ。  体への負荷は結構なものだろう。  病室で親父の入院の荷物を纏めていた時、ベッドサイドに似つかわしくない物を見つけた。  古びた、少しベタつくソフビ人形。  覚えていた。  クリスマスに、親父から貰ったプレゼントだ。  サンタなんてやるような親父じゃなかったから、デパートに連れて行って貰って選ばせて貰ったのだ。  その当時は、大好きだったTV番組の、ヒーロー。  すっかり忘れてしまって、上京する時には当然、実家に置いていった物のひとつ。 「親父、俺の代わりにコレ置いてたのかな」  母さんに聞いても「そうかもね」と優しさのある答えしか返ってこない。  悪様に捉えればあの時、息子の興味の移り変わりを気にもせず、自分の理想の息子への良い土産だと思っていた、思い込んでいた記憶のリフレイン。  そうじゃなければ、遠く離れて帰ってこないし連絡も寄越さない息子を恋しく思っての事。    死人の考えなんて、分からない。  ただ荷物を鞄に詰めて、久しぶりに実家に帰った。  昔と変わらない、むしろ思い出の中と同じように褪せてしまった色合いの実家。  親父が焼酎を飲んでいたちゃぶ台に座って少し息を吐く。  疲れるんだよな、親父。    働いたら疲れるんだよ、休みの日くらい酒を飲んで休みたい。  好きな物を食って、ゆっくりしたいよな。  そしてあわよくば息子との時間も欲しいから、なんとか気を引こうとお土産を買って帰ったんだよな。 「お腹すいたでしょ。これ、お父さんが買って来たんだけど、かまぼこはお母さん食べなないから」  そう言って母さんがちゃぶ台に置いた、かまぼこ。   「親父、かまぼこ好きだったよね?」 「まさか、あの人練り物嫌いよ。アンタが好きだから買ってたの」  知らなかった。  あれはずっと、自分の好物を息子に食わせたいんだと思い込んでいた。  俺があのかまぼこをねだったのは、番組コラボだったからだ。  かまぼこ自体は嫌いじゃなかったけど、特別好きでもなかった。  ただ、親父と同じ物を食う時間が、嬉しかった。 「そっくりなんだな、俺たちさ」  遺品の整理の為に親父の部屋に入る。  友人知人の連絡先や、遺言に、もしかしたら形見分けとか。  とにかく調べる必要があったから、親父の部屋の机や棚を漁って、漁って…… 「おっ」  無地のDVDを見つけた。  ホームビデオか、もしくは遺言のビデオとか?  親父のノートパソコンは、俺の誕生日でロックが解除出来た。  DVDをパチリと嵌めて、メディアプレイヤーを再生すれば── 『開園!チクチンランド!』  大層な性癖の、エロアニメが始まった。 「これは、微妙だよ親父……」  俺は嫌いだ。  嫌いだけど、長い時間親父にも嫌いなものを食べさせたのだ。  ここはひとつ、俺も親父に歩み寄ろうか。  死んだ後になんて、遅過ぎるにも程があるけど。  それでもやっぱり、親父と肩を並べるあの時間が、俺は好きだったよ。