「おうお待たせさん。胃の検査は初めてかいな？」
「はい。」
ごく狭い前部屋に置かれたソファに腰掛けながら術前のやり取り。
「はじめにこの薬飲んでな、胃ん中の泡潰すんや。」
透明な液体入りの紙コップを干す。微かな異味を感じるが概ね水のよう。
「飲んだな。そしたら喉に麻酔かけたるで。」
同じく透明な、しかしとろりとした液体の入った瓶。
「口開けや。匙一杯分入れるからゆっくり喉の奥で溜めとくんやで。
　辛いようならゆっくり飲んでもええで。2分後また声かけるからな。」
舌先にひやりと薬液を感じると直ちにびりりと感覚が鈍くなる。口内の
麻痺が進むにつれて溜まる一方の唾液のやり場に窮し、
呼びかけの時にはほとんどを飲み下してしまっていた。

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「…ごちそうさまでした。」
「どうしました？なんだか食欲が無いみたいですけど…」
「心配に及びません。ちょっと胸の辺りが重たいだけです。そういう時もあります。」
数日前、胸やけのような不快感で食を辞した私を気遣ってくれた声を思い出す。
「!!…ダメですよ！そういうのは放っとくとひどい目に遭うんです！いっぺん
　見てもらってください！」
「いやそんな大げさなものでは」
「いいから！私の安心のためにも。」
普段は鷹揚でありながら、身近な人の不調には敏感な彼女の言葉に押されて
急遽内視鏡を飲むことになったのだった。
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「準備できたで。ほな行こか。」
診察室の中には術着の医師と看護師。目の前には機材と簡素なベッドが一つ。
「やあやあ。君が次のモルｍいやクランケだね!なに心配はいらないさ。
　私がバッチリ君の中を観察してあげようじゃないか。」
「ベッドの上で体を横にして私の方を向かせたまえ。膝は軽く折って、腕は力を抜いて
　横にしておくんだ。」
指示の通りの態勢を取る。
「おっと！ちょっと失礼するで！軽く頭上げてな…ほいええで。」
枕との間に大きめのペーパータオルが敷かれる。
「カメラはここから通すから、軽く噛んどってや。」
筒状のマウスピースを口に差し込まれる。

「それじゃあ始めようか。先端が喉を通る時多少違和感があるがまあ気楽にしていたまえよ」
グッ…ズ…ズ…
────ウエッ…
鈍麻した感覚を貫いて喉がのたうつ。反射的に肩が強張る。
「はーい、上手ですよ～。よだれは我慢しないで全部流しちゃっていいですからね～」
なるほど、これは中々厳しい。だが堪えられないようなものではないな。
無事カメラが喉を過ぎたらしいことに安堵する。そのはずだった。
………？………！？…？？？？？
いや、違う。なんだこれは。喉ではない。その先だ。
食道と胃の中から異物感が沸き上がってくる。
「うんうんいいねえ順調だよ君」
ズ…ズ…ズ…ズ…ズ…ズ…
カメラを手繰る手が動くたび込み上げる不快感が増していく。

────グッ──ウ──ウッ―─ウエッウエエッ！！オエエッ!!!!
堰を切ったように嘔吐反射を繰り返し噴き出した大量の唾液が頬を伝った。
搾り出された涙が視界を揺らしていく。
「いいこいいこ大丈夫でちゅよ～息を吸って、吐いて～」
背中をさすられながら降ってくる声。ベッドの上で泣きながら丸まっている姿は
まさに赤ちゃんの様に見えることだろう。
ﾌｯ…ﾌｽｯ…ﾌｯ…ﾌ…ﾌｯ
ズ…ズ…ズ…ズ…ズ…ズ…
どうにか意識を立て直し、無理矢理に体の力を抜く。
「さあ十二指腸に届いたよ。」
どうやら胃を越えて腸に進んだらしい。であれば終わりは近いはｚ
！？！？！？ゴエエエエエエッ！！！
突然、腹が膨れた。正確には胃が膨らんだ。瞬間、口が品のない楽器に変わる。
「ああ、空気を送っているんだよ。撮影のために胃を膨らませるんだねえ。」
絶望的な宣告。体の裡からの悲鳴が聞こえた気がした。

ウゲッ…ﾌｯ…ｸﾞｴｴｴ……ゲエエ！……ゲエエッ！
膨らむ。吐く。膨らむ。吐く。膨らむ。吐く。膨らむ。吐く。膨らむ。吐く。
「よしよし、よしよし、もうすぐ終わりでちゅよ～リラックス～」
さすられる背中の感覚にかろうじて逃げ込みながら汗と涙と唾液を垂れ流す。
硬直した瞼が眼球を拘束し目を閉じることも見開くことも叶わない。

……ｾﾝｾｲﾓｳｲｯﾎﾟﾝﾂｶｳｶｲﾅ……ｱｱﾀﾉﾑﾖ……ﾎｲｺｺﾆｵｸﾃﾞ……
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「はい。終わったよ。お疲れだったねぇ」
ゆらゆらと起き上がる。渡されたタオルで唾液と涙に半分までも浸かった顔を拭う。
冷や汗で背筋が寒い。前髪は汗で張り付いていたことだろう。
「早速結果を見ていこうじゃないか。食道は異常なし。腫瘍・ポリープの所見もなし。
　ただ胃炎が見られるから気を付けたまえよ。」
"概ね、問題なし”ぼやけた頭で理解できたのはそこまでだった。

「あ、お帰りなさい。どうでした？」
「はい。胃が荒れ気味だから負担をかけないように、とのことです。大事はありませんでした。」
「良かった～。何か悪い病気じゃないかって心配でした！」
「ありがとうございます。……せっかくですし、今度1度見て貰ってはいかがでしょうか？
　先生も歓迎だそうです。」
「そうですねえ……」
もしその時があるなら、予定を開けておこう。付き添いのために。