鼻先より離れていくそれを、彼女の目は名残惜しそうに見つめる。 どれだけ言葉で否定したとて、その視線が何よりも雄弁に心情を語っていた。 そうでなければ、舌の上に残ったままの煮凝りのような白く濃い精の塊を、 吐き出すでもなく、残していることに理由は付けられなかった。 その上、下顎の半分を、男の大きな手のひらに掴まれる――否、握られているとしても、 女は眉をひそめることさえ、できていない有様であった――これでどこが、嫌がっていると? 男はそのことを殊更に煽るようなことは言わない。形上は水掛け論にしかなるまい。 ただ、こくり、と顔を僅かに傾けて首肯すると――女は、命ぜられてもいないのに、 舌の上の、出されたばかりの精を、舌の谷間に沿わせて喉の奥へ、するすると流し込んでいく。 そしてその塊がすっかり食道を過ぎてしまったのを確認して、 男はわしわしと、彼女の金に煌めく長い髪を梳くように頭ごと撫で回す。 女は子供じみたその扱いに、不足らしく眉を吊り上げてみせるも――やはり、止めない。 むしろ、撫でられてどこか上気したのか、白い肌をより赤く染めるようでもあった。 男の視点からは、女の顔も、大きく突きだした乳房も、それよりさらに膨れた腹もよく見える。 それらが窮屈そうに青い肌着にぎゅうっと詰め込まれて――それぞれの突端、 ぷっくりした乳輪と臍とがその存在感を主張している様子などは、 彼女が雌としての魅力を十二分に備えていることを示している。 それを見るたびに彼の性器は、射精して間もないというのにむくむくと元気を取り戻す。 鼻先から、反り立って離れていくそれを――女はにやにやしながら見つめ、 わざとらしく、自分の膨れた腹を肌着越しにつるつると撫でるのであった。 二人の関係は、端的に言えば捕虜とその見張り、というものであった。 宇宙を駆ける賞金稼ぎであった彼女が――へまをして捕らえられた先は、 彼女に仕事を振っていた銀河連邦との衝突を嫌って、交渉の道具とすることを決めた。 だがそこからが長かった――彼らの要求は到底飲み込めるようなものではない。 かと言って、銀河最強とまで謳われた女賞金稼ぎをみすみす失うわけにもいくまい。 交渉はどこまでも平行線、解放までの期限だけがだらだらと無限に延びていく。 そして女に何度目かの交渉失敗を告げたそのついでに、男はいつものように性器を取り出し、 しゃぶらせたのだ――彼女の膨らんだ腹の中身も、おおよそその流れのなかでできたもの。 捕虜――人質に危害を加えてしまっては、その価値が減衰するのは常識だ。 そして仕事柄、彼女もまたそのことを熟知している。結果が出るまで、何もされまい、と。 わかっていたからといって、解放もされない――そしてまた、できることもない。 外部との連絡のできる道具はない。不必要な知識を与えないように本も新聞も禁止である。 狭い部屋の中は、恐ろしいほどに時間の流れが遅い。時計すら、置いていないのだ。 ましてどの星の重力圏にもない、無空の闇の中――三食与えられる食事の回数で、 辛うじて時間を測ってはいたものの、次第に献立の種類も枯渇して画一的となり、 この食事が朝か、昼か、夜か――そんなことさえも朧気に霞んでいく。 退屈を紛らわすための“道具”は自分の身一つしかないのである。 体力を落とさないようにと始めた運動にさえも、終わりの見えない軟禁の中では嫌気がさす。 生命のやり取りをする毎日から、何の起伏もない日々に変わって――女は飽いていた。 身体を動かせば自然、肉体の生理的反応として、火照る――疼く。 青い布地のその上から、胸に触れてみたり股間を擦ってみたり、と、 自慰を覚えたての女児が恐る恐るやるように、女はゆっくりと身体の火照りを冷ます―― 若く美しい肢体は、こんなところで無意味に干からびさせられてたまるか、とばかりに、 彼女の肉体をより熱く、収まりの利かないものへと変えていく。 そしてちょうどよく、もう一つの“道具”が扉を開けてその間抜け面を彼女に見せたのだ。 これは拷問でも尋問でもなく、捕虜の日課を手伝っているだけだ――と、男は嘯く。 そう言いながら彼の緑色の肌は内側に巡る血の熱を汗の粒として浮き上がらせて、 そそり立った性器もまた、男が乗り気であることを何よりも強く証明していた。 地球人種である彼女は、その種族の雌の中でも極上で――金の髪、白い肌、碧い眼を持つ。 雪のようなその肌を、興奮と軽い羞恥とに薄っすら赤くしながら、わざとらしく見せつけて、 合意の上だから、と誘って来るのを――どうして彼が我慢できようか? 女が自らの手で、服を破かないように――その股間部分の留め具を外して、 桜色の膣肉と、陰核と、金の陰毛とを青い覆いの中から覗かせたとき、 男は生涯で最も硬く強く、己の性器が勃起するのを感じた。 ここには何もないからと――女は“暇つぶし”の際に、無用なものを使おうとしなかった。 それはほとんど、目の前のその雄の精を直に胎に受けてもよい、という宣言に等しかった。 私を“孕ませたくない”なら、勝手に避妊具でも持ってくるんだな――と挑発されてしまえば、 単純な雄はもう、売り言葉に買い言葉と、膣内射精ばかりをするようになる。 彼女は自分が解放されるのが先か――この雄の子を孕まされてしまうのが先かという、 破滅的な遊戯に身を委ねることでしか、自分がここにいることを見出だせなかった。 そして彼女の優秀な妊娠機能は、主が繁殖に積極的になったと見るや、 それを後押しするかのように、心身へと届く快楽を最大化していったのである。 男がちょっとした用事で独房を訪れた際も、女はわざとらしく科を作ってみせ、 彼の鼻息が荒くなるのを確認すると、わざと、股間の見えるような体勢で寝転んだり、 胸の柔らかさを強調するような格好で、彼の方から手を出すように促した。 賞金稼ぎとしての矜持が、自ら雄を誘うような淫らで直接的な行為まではさせなかったが、 実際、興奮を煽られた彼の認識からすれば、それはほとんど誘惑に等しかったことだろう。 男が乱暴に胸を掴み――ぐにぐにと揉み始めると、女はわざとらしく怖がってみせ、 服が破れてしまわないように、と、自ら胸をはだけて直に触らせるのだった。 悪阻の際も、女はまた酷く苦しむ素振りをしてみせた――捕虜を孕ませてしまった、などと、 とても交渉相手に言えることではない――それを承知の上で、男やその上官が、 ほとほと困り果てた表情をすることで、溜飲を下げたのである。 堕胎の処置を――と彼らが申し出てきようものなら、自分の身体を傷物にするのか、と、 大きくなった腹部をぐっと抱えて、守るような格好を取って威嚇する。 産みたいわけでも、孕みたかったわけでもないが――それをみすみす切り刻まれ、溶かされ、 胎だけを空っぽにされて何も手を出しませんてした、という顔をされるのは我慢ならない。 彼女の負けん気は、そんなふうにして、臨月まで胎児を子宮の中に残させたのである。 固くそり立った男の性器を視線で追いながら――女は、腹部をすりすりと撫で回す。 私の腹をこんなふうにしておきながら、まだ――そう口では言いつつも、 彼女自身、開いた手は股間に伸びて、留め具を外し、地肌の見えるように布地をずらしている。 どくん、どくん、と目に見えて激しくなった胎動は、もう出産の時が近いと告げる。 それなのに二人は、今ここで生の交尾をすることだけで頭がいっぱいだ。 お互いに、相手が悪いのだ――と、自分の行為を棚上げする理由探しに夢中になっている。 そして粘膜同士が接触すればそんな小細工も何も吹き飛んで、快楽に頭を蕩かされて―― 股間から垂れる、真新しい精液を指でかき出しながら女はぼんやりと、 胎の子のことや、将来を想像した――この男と同様の緑の肌に低い鼻か、 あるいは自分の金髪碧眼――そんなものの混ざり合った姿になるか。 赤子の産まれるのに十分なだけの時間、自分を放置したことを連邦は恥じてくれるだろうか。 それとも、淫蕩に耽った自分をなじるだろうか――と。