「ウエスでは新年が訪れる時に鐘を鳴らすんだ。そして鐘が鳴るのに合わせて葡萄を1粒ずつ、合計で12粒の葡萄をその年の幸運を祈りながら食べる」    今日は一年の最後の日。祖国における新年の祝い方をノエルに話したのは、エクレールにしてみれば深い理由はないつもりだった。  「どうして12粒なの?」  「葡萄1粒が1か月を表すからだ。1年は12か月だろ?1か月分の祈りを12回繰り返せば、1年分の祈りになるというわけだ」  「ふーん…」  だから話を聞いているノエルの顔にかすかだが影が差しているのに気付いたとき、彼の頭に浮かんだのは自分が何か無神経な言葉を口にしてしまった可能性だった。  「あー…その、この話はあまり面白くなかったか?」  「何を…ああ、そういうことね。アンタってば鋭いんだか、鈍いんだか。違うわよ。アタシが考えていたのはアンタのこと。アンタ、自分の国が本当に好きなのね。話している時の顔を見れば分かるわ」    「当たり前だろう。ウエスは良い国だ」  「そうね。きっとそうなんでしょうね。でも…だからこそなのかしら。アンタ、自覚はないのかもしれないけど、少し寂しそうな顔をしてたわよ」  ノエルが伏し目がちに、ぽつりとこぼした言葉。そこに込められている意味と感情は明らかだった。そうだ、よく考えてみれば自分はなぜノエルに祖国の話をしたくなったのか。もうすぐ新年を迎えるから、というだけではこの胸の内にまで寒風が入り込んでくるような感覚を説明できない。  「ごめんなさい。今のは忘れて」    「やはりノエル殿は優しいお方ですな」  と、そこに姿を現したのは長髭の偉丈夫だった。  「…関超」  「盗み聞きをするつもりはなかったのですが、会話の内容が耳に入ってしまったもので。ご容赦を」  関超は頭を下げてから二人の若人に改めて向き直る。  「アタシは優しくなんかないわよ。ただコイツの境遇に思うところがあるだけ」  「我らが生きるのは戦国の世。この関超も無情を感じる時があります。しかしエクレール殿の道が今と異なるものであったのなら、我らのそれと交わることは無かったのもまた事実」    「それは…!」  「運命というのは難解です。人生というのは難問です。なればこそ私は人と人との巡り合わせなるものが持つ意味について、考えを巡らせたくなるのです。エクレール殿。エクレール殿はノエル殿と巡り合ったこと、如何様に思われまするか?」  関超の問いにエクレールは即答できなかった。しかしやがてゆっくりとだが肩をすくめると  「ずるい聞き方をするな。そう聞かれたら「出会えて良かったと思っている」としか答えようがないだろうが。だからまあ…それを答えということにしておいてくれ」  年相応の少年の笑みを浮かべた。  「…ハッ、素直じゃないわね」    「ノエルに言われたくない」    「何ですって!」  「よろしい、私はそれを貴殿の答えとしましょう」  少年と少女と大男。数奇な運命がめぐり合わせた組み合わせがそこにはあった。  「ノエル、心配してくれてありがとう。俺は少し…寂しさを感じていたんだな。その通りだ、あの国の暖かな風が恋しくないと言えば嘘になる。繋がりを再確認したかったのかもしれない。でも、俺は大丈夫だ」  「本当に?無理していたら承知しないわよ」  「本当だ。だって今は…その、お前たちがいるからな。旅をすることで得たものもあったと思い出したよ。正直に言えば、自分の境遇について色々と思ってしまう時はある。先のことだって分からない。これからもきっとそうだろう。でもお前たちといると不思議と大丈夫なような気がしてくるんだ…では納得してもらえないか?」  「ふん、どうにも締まらないわね」  「じゃあ…そうだな。代わりにこう言っておこう。来年も俺と旅をしてくれないか?」  「そうそう、最初からそう言えばいいのよ」  若人たちの顔からはいつの間にか陰りが消えていた。  「ところで関超。お前はダダルマと料理をしているんじゃなかったのか?」  「おお、そうでした、そうでした!新年を迎えるに相応しい料理をダダルマ殿と作ったのでお二人を呼びに参ったのでした!」  「新年を迎えるに相応しい料理?」  「はい、温かい料理です。まずは鰹節と昆布で出汁を取り」  「ほう」  「そこに鶏肉と野菜を加え」  「ふむふむ」  「焼いた餅を乗せ」  「おお」  「自家製のカレー粉と秘伝のスパイスで味を付けたものです。ナンもありますよ」  「なるほ…それはもうカレーじゃねえか!」