①漆黒の勇者イザベラ  イザベルが、私の赤ん坊を抱きあげている。目を潤ませながら私の子に話しかけている。  赤ん坊が泣き出した。自分の親の手ではないことがわかったんだろうか。慌てふためいた妹は急いで私の夫に赤ん坊を抱き渡す。  夫が静かな声色で赤ん坊に何か語りかける。背中を向けてるから鮮やかな金髪をした夫の顔は見えないが、きっと人を安心させる穏やかな顔をしていることだろう。  予想通り赤ん坊は泣き止んだ。ほっとした顔をする妹と夫が私の方を振り向く。夫から子を渡された私が赤ん坊に話しかけると、意味は分からないはずなのに赤ん坊は嬉しそうに笑ってくれた。  私の望む、幸せな光景がここにあった。 「夢、か…」  目が覚める。イザベラは額を手で抑えながら半ば寝ぼけている頭を覚醒させる。辺りを見渡すと自分がいる場所は寝床に見つけた廃家の一室で、先程までの暖かい光景はどこにもなかった。  なんて都合のいい夢だ。思わずイザベラは自嘲する。妹はもういない。自分の手で葬ったではないか。  夫なんて存在しない。それどころか今の自分は仲間もいない、天涯孤独の身ではないか。  自分に幸せになる資格なんてない。イザベルの凶行を防げず、それどころか自らの手で殺めることでしか彼女を止める術をしらなかった自分に、幸せになる権利なんてあるはずないではないか。  立ち上がったイザベラは、荷物の整理をすると廃家を出る。寝床を提供してくれた廃家に一礼すると、またいずこへと旅立っていった。  イザベラは人助けの旅を続ける。勇者と異名をもらった今も彼女の目的は変わらない。全ては自分の罪滅ぼしのため、贖罪のために。なぜならそれだけが今のイザベラの生きている意味なのだから。いつの間にか、イザベラは夢の内容も忘れてしまっていた。  ………イザベラは気づいていない。今日は1月2日、初夢の日であることを。  この年、イザベラは運命の相手、聖盾のクリストと出会う。 ******************** ②変幻たる模倣ヴィクトール&プロストイ 「機嫌がいいですね。プロストイ」 「ヴィクトール殿!」  レストロイカに仕える執事長、変幻たる模倣ヴィクトールに声を掛けられ、第八師団小隊長、プロストイは姿勢を正す。 「雑談だからそんな畏まらなくて結構です」 「はっ」 「それで、何かあったのですか」  ヴィクトールに尋ねられ、プロストイは気まずげに顔を赤らめる。 「いえ、ただ夢見が良かっただけです」 「そうですか」  ニコニコと笑いながらヴィクトールは頷く。物憂げな顔を浮かべることの多かった彼にしては珍しいことだ。やはり彼の影響か。 「聞いてもいいですか?内容を」 「あ、はい」  微かに顔を上げてプロストイは夢の内容を整理する。視線をヴィクトールに戻したプロストイは僅かに笑みを浮かべながら夢の内容をヴィクトールに話し出した。 「大した内容ではないんです。ただ、騎士の夢を見ました」 「ほう…」  ヴィクトールは薄い笑みを浮かべる。これまでの彼にとっては幻滅の対象でしかない騎士の夢など、忌まわしいものだったろう。だが、今年は違う。 「俺は様々な国の騎士と語り合いました。各国の騎士道を教えてもらい、その後立ち合いをしてもらいました。どの騎士の目もいかにもノブリス・オブリージュという風に、高潔な目をしてました」 「いい夢ですね」  はにかみながらプロストイは頷く。 「そういえば、今日は初夢ではないですか」  今気づいたとばかりな顔で言うヴィクトールに、プロストイも嬉し気に頭を掻く。  今年、ラーバル・ディ・レンハートはレンハートに帰国する。プロストイは護衛として、随行者の一員に選ばれていた。 「王子は道中様々な国に足を運ぶ予定です。見分のため」  プロストイの脳裏に、地図を広げてラーバルと帰国の旅のルートを話し合った時の光景が蘇る。あんなに愉快な時間はいつぶりだったろうか。 「はっはっはっ、見分ですか!それは宜しい!」  声を挙げて笑うヴィクトールにプロストイもつられて笑う。二人の大きな笑い声が、サンク・マスグラードの青空に響き渡った。 ******************** ③ラーバル・ディ・レンハート&サンク・マスグラードの訓練兵 ジーニャ  深夜、サンク・マスグラード帝国の訓練生寮前で剣を振るう、一人の赤髪の少年の姿があった。無言でひたすら剣を振り回す彼の姿は、まるで美しい剣舞を舞っているようであり、悪しき魔を振り払う舞のようでもあった。  どれだけ経ったろうか。ようやく剣を振るう手を止めた少年は剣を鞘に納める。険しい顔で額に流れる汗を拭おうとしたその時だった。 「随分と荒っぽい稽古だったなラーバル」  ラーバルはハッと声の方向を振り返る。そこには彼の友人であり、好敵手といっていい白髪の少女、ジーニャの姿があった。 「見て、いたのか…」 「何となく夜風にあたろうと思っただけだったんだがな」  俯くラーバルにジーニャは隻眼の顔を僅かに歪ませる。 (別にそんな顔する必要ねえだろ)  別に激情を発散させるために鍛錬に打ち込むくらいよくあることである。それこそ訓練生になりたての頃のジーニャなど、周囲に休むように言われても毎日剣を振り続けていた。 「何かあったか」 「……」  険しい顔で黙り込むラーバルにジーニャの苛立ちが募る。であった頃の険悪な頃とは違い、自分たちにはただの仲間以上の絆があるのではないかと、ジーニャの胸の内で彼女の心が叫ぶ。 「言えないのか」 「……」 「日中にあったことじゃねえよな」  昨日は元日。ラーバルも他の訓練生と一緒に、元日を大いに騒いで祝っていたはずだとジーニャは確信する。だってジーニャはラーバルとずっと一緒にいたのだから。 「あたしには、言えないことか」  ジーニャの言葉に悲痛な色が現れてたことに、声を発したジーニャ自身が驚いた。 「悪い、邪魔したな」  これ以上こいつとここにいたら自分が何を口走るかわからない。そう判断し踵を返したジーニャの耳にラーバルの声が届いた。 「夢を、見たんだ」  ジーニャの足がピタッと止まる。 「俺は第一王位継承者になった。父上の世継ぎとして」  ジーニャが再びラーバルの方に向き直る。 「父上は、後継ぎとして兄上のことを断念した。ただ、それだけの夢だった」  一歩、二歩、ジーニャがラーバルの方に歩いていく。 「目が覚めた時、驚きも悲しみもそれほどなかった。『まあ、しょうがないよな』ってそんな感想がまず浮かんできた」 「そんな俺が許せなくて」 「わかった。もういい」  ジーニャは乱暴にラーバルの頭を抱き寄せる。やがて、ジーニャの腕の中でラーバルの弱弱しい嗚咽が聞こえてきた。 ******************** ④ギャン・スブツグ&新米刑事 サトー  目が覚めた時、ギャンの頭に浮かんできたのは、悲しさでも、虚しさでも、失望でもなく、困惑だった。 「何で男の子だったんだ?」  子供の夢ならこれまでに何度も見てきた。亡くなった筈の我が子が夢に現れ、自分を呼び、笑いかける。ギャンも娘の名を呼び、我が子を抱き上げる。これからも続くはずだった平和な日常風景。そして夢が覚め、ガランとした我が家を見渡しながら自嘲するのが、これまでのギャンのパターンだった。  今朝見た夢も内容自体は変わらない。自分をパパと呼び、駆け寄ってくる我が子の姿。そして子供を愛おし気に抱き上げる自分。 ただ…男の子だった。 「なんでだぁ…?」  ベッドの上でギャンは頭を抱える。とうとうニコチンに自分の頭がやられちまったか?それとも昨日"アイツ"と馬鹿になるまで飲みまくった影響か? (ん?そういやああいつは…)  二日酔いで軋む頭を抱えながら、とりあえず台所に行ってカラカラに渇いた喉を癒そうとベッドから降りたその時だった。 「あー!やっと目が覚めましたか!」  本来ここで聞こえることは有り得ない人物の声にギャンは目を丸くする。 「な、な、なんでここにいるんだお前!?」 「え?なんでって…」  フライ返しを片手に持ちながら彼女は眉をひそめる。 「ギャンさんが私をここまで案内したんだんじゃないですか。新年ということで痛飲して泥酔した昨日のギャンさんが」  今度こそ固まったギャンに困惑したサトーは、「目玉焼きが焦げちゃう!」と慌てて台所へ戻っていった。 「いただきます」 「…いただきます」  トーストに目玉焼き、それにサラダとコーヒー。至って普通の朝食だが、これすらも自分では滅多に作ることのないギャンにとっては何とも新鮮な光景であった。  朝食を終えた後、改めてテーブルに向かい合って座ったギャンとサトーは、昨晩のことについて確認を始める。 「さて、と…サトー」 「は、はい!」  緊張しているサトーを見て、ギャンは確信する。 「迷惑をかけたな。俺のせいで」 「い、いえいえそんな!」  慌てて手を振るサトーの姿に益々ギャンは昨晩の自分へ怒りを覚える。 「責任、とらせてくれ」 「せ、せ、せ、せきにん!?」 「ま、まさか交際とか」とゴニョニョ呟くサトーの声には気づかないまま、ギャンはテーブルに両手をついて深々と頭を下げた。 「今から辞表をしたためるからちょっと待ってくれ。あと、示談にしてくれるとありがてえ」 「……ちょっと待ったあ!!」  この時叫んだサトーの声は、ギャンがこれまでで聞いてきた中で最大の音量だった。  ……その後、ギャンを自宅に半ば引きずって帰った後、自分も酔いと疲労でソファーで寝てしまったこと。ギャンの家に生活の気配がないことに心配を覚えたこと。冷蔵庫に食材が全く入ってないことに大変驚き、慌てて買い出しに行ったこと等をサトーにマシンガントークで聞かされ、二日酔いの脳がまた悲鳴を上げ始めたギャンは、ただ彼女の発言に頷く機械と化した。 「……というわけで、心配でしかたないんで度々ギャンさんの様子を確認しに訪れても宜しいですか!?」 「わかった」 「!!あ、ありがとうございます!」  よろしくお願いいたします!と頭を下げるサトーに、話を殆ど聞いてなかったギャンは悔いるが、今更聞くのもアレなので「わかった」とまたもや頷くのであった。