「それじゃ、これは部屋に入った人は判定不要で全員気がつきます。窓に赤い手形がついてるのが見えますね」 「うひー」 「その手形は私が調べましょう。警察官ですし」 「俺は机を調べる。メモとか残ってないかな」 「私ちゃんは部屋の中をぐるっと見て回るね。動画回しておこうっと」 「私もしれ……探偵さんと一緒に机を調べます」 「え、メローペちゃん医学生でしょ? 手形調べてよ。赤いのって絶対血じゃん」 「メローペじゃないってば! マリコ・T・ラッシュフォード! うう、わかりました。私も窓の手形を調べます」 「はーい。じゃあまず窓を調べる人、〈医学〉か〈生物学〉技能ロールお願いします」 「ほらね!」 「なんであなたがドヤ顔なのよ……〈医学〉成功です」 「どっちも持ってません。いちおう振ってみましたが、失敗ですね」 「まず、この手形は窓の外からついてます。それからマーリンさんの読みどおり、赤いのは血です。そして指のあとが七つあります。で、医学知識のあるマリコだけがわかるんですが、二つの手形が重なってそう見えるとかじゃなく、実際に指が七本ある手の跡です」 「ひい……!」  テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。略してTRPG。  もとはイギリスの一件のあと、マーリンとブラインドプリンセスの仲を修復する一環として遊んだゲームだが、意外と面白かったのでそれからもたまに遊んでいる。 「机を調べる人は〈目星〉技能ロールを。失敗? じゃあ何も見つからないです。ただの殺風景な机ですね」 「あとで私も机を調べまーす」  初めてやった時はARゲームルームを使って色々と映像効果をつけたが、今は普通の会議室だ。紙と鉛筆とサイコロ、あとは想像力さえあればTRPGは遊べる……というのはみんなの受け売りだが、マスターの説明だけで情景を想像するのにもだいぶ慣れてきた。今は旧友がとつぜん消息を絶ったのでアパートの部屋を訪れたら、早速不気味なものを見つけてしまったところである。  何度か遊んでわかってきたことだが、ひとくちにTRPGといってもいろいろな種類がある。古典的名作「バンカー&ブラウニー」の他にも、リアリティをとことん追求した詳細なルールが特徴の「ドゥームクエスト」、敵も味方も大量のダイスを振って大ダメージを出すのが楽しい「ギャリソンズ&ジニヤーズ」、ドラマチックで退廃的なストーリー重視の「サイクロプスプリンセス:ザ・マスカレード」、宇宙戦争をテーマにしたSFもの「ウェアウルフ40000」等々。それぞれ世界観や能力値、成功判定のルール、特殊能力の種類などに特徴があって、違った世界、違ったタイプの冒険が楽しめるのだ。  そして、今やっているのは「ヒュプノスの呼び声」。ファンタジーやSFの世界ではなく、現代を舞台にしたホラーTRPGだ。 「机にメモ帳があるんですね? それなら特によく調べます。何か書き残されてないかな」 「おっと、目の付け所がいいですね。じゃあボーナスを付けて、知力×5でd100ロール」 「成功です!」 「メモ帳の一番上の紙に、うっすら跡が残っています。強い筆圧で何か書いたあと、一枚目を破りとったような感じですね。かろうじて『ヘア通り14 ライオンの…』と読めます」 「メローペちゃん、すごい。初めてとは思えませんね」 「ふふん。これくらい、探偵小説をちょっと読んでれば当然です」 「そしてそのタイミングで、司令官……サムの携帯電話が鳴ります」 「おっと、俺か。『サム・ハート探偵事務所だ。仕事か?』」  現代というのはもちろん旧時代の話で、2030年代くらいのアメリカが舞台になっているそうだ。かつての世界やそこでの暮らし……とりわけ、バイオロイドがまだいなかった世界のことを、映画や小説とも違う形で体験できるのは面白いものだ。  もっとも、困ることもある。「ヒュプノスの呼び声」の特徴のひとつはプレイヤーキャラクターがごく普通の一般人であるという点なのだが、 「ドアに鍵をかけられたか。仕方ないな、蹴り開けよう」 「蹴るんですね。じゃあ、筋力×2でd100ロールを」 「えっ、×2? 32しかないけど」 「そうですよ、それくらいです。分厚い木のドアって言ったでしょ」 「うりゃ……失敗。筋力16ってかなり高い方なんだろ。これくらいできてもよくない?」 「普通の人間にしてはってことですから、自分を基準にしちゃ駄目ですよ。筋力16っていうのはそうだなあ、大体ダッチガールちゃんくらいです」 「そんななんだ……! うう、かっこよく蹴り開けたかったのに」 (司令官さんってときどき変にハードボイルドぶりたがる癖ありますよね) (似合ってないよね。だいたいサム・ハートって名前もどうなのさパクリ丸出しじゃん) 「うるさいぞそこ」  その普通の人間について、俺はあまりにも当たり前のことを知らなくてちょくちょく間抜けな失敗をする。まあ、これもいい勉強だと思おう。 「さてさて、ダメダメなアーサーに代わってここは有名配信者の私ちゃんに任せるがよい。どうもー! 『Pie Channel』でおなじみ、ミスター・パイでーす! ちょっと教えてほしいことがあるんですけどー……って感じで〈説得〉ロール! 失敗! クソぁ!」 「店主は配信動画とか見ないタイプのようですね。ドアの窓から、すっごくうさんくさげにあなたを見てます」 「ぐぬぬ、なんのこちとら二段構えよ! 〈言いくるめ〉技能で再挑戦……よっしゃ成功ぉ!」 「説得に失敗したから言いくるめるって、人としてどうなんでしょう」 「うるせえ」 「ミスター・パイのマシンガントークに圧倒されて、店主がつい口を滑らせます。『そいつ、見覚えはあるな。常連だったが、先週から急に姿を見せなくなった』」 「先週というと、探偵さんの依頼人の荷物が盗まれたのと同じ時期ですよね。関係がある?」 「まだ情報が足りないのかもしれません。私は署に戻って、行方不明者のリストを調べてみましょう。メローペちゃん、手伝ってください」 「マリコですってば。部外者に見せていいんですか、そういうの」  今回は俺とマーリン、ブラインドプリンセスに加え、新メンバーとしてメローペが加わっている。こういうゲームに興味を持つタイプとは思わなかったので少し意外だが、 「ウォーゲームならトレーニングの一環としてたくさんやりました。せっかくオルカに来たんだから楽しそうなことにいろいろ挑戦してみろって、お姉ちゃんにも言われたし」 「なるほど」  それで挑戦するのがTRPGというのがいかにも頭脳派のメローペらしい。 「〈忍び足〉成功ですね? マリコは首尾よく院長室に忍び込めました。でも、院長がいつ戻ってくるかわかりません」 「うう、そういうの焦るなあ……じっくり調べてる時間はないですよね。まず机の上を調べます。引き出しは鍵がかかってそうだからパスして、その次は本棚を」 「ふむふむ。では〈目星〉技能ロールを二回。机の上と本棚に」 「えい……えい。二回とも成功。早く早く」 「机の上には怪しいものは見当たりませんが、本棚に気になるファイルを見つけました。写真が二枚はさんであって、一枚目は動物のような人間のような、異様な彫像の写真。二枚目はレントゲン写真で、どうやら胎児の手の部分のアップですね。よく見ると指が七本あります」 「ええーー! やだーーー! これ院長先生クロ確定じゃないですか? 戻ってきたら私おしまいじゃないですか!?」 「それは戻ってこないとわかりませんね~。でもその前にはい、覚醒度チェック」 「やだーーー!!」  ちなみにこのセッションが終わったあとのことだが、ゲームマスターを務めたエラがメロペを評して曰く、 「すごい怖がりなのに観察力と推理力があるから、あまり誘導しなくてもどんどん謎を解いてめちゃめちゃビビり散らかしてくれる。理想的なヒュプノスプレイヤーですね」  ……とのことであった。まあ、怖いの苦手そうなのに頑張ったよな、とは俺も思う。 「中には異様な臭いの空気がこもっています。もう皆さん暗闇に目が慣れているから見えますが、そこは天井の高い部屋で、中央に高くなった祭壇のようなものがあります。周囲には信者らしき人影がいくつか座っていますが、暗くて人数まではよくわかりません。祭壇のてっぺんには動物のようなそうでもないような、不気味な物体の彫像が置かれています。これはマリコが院長室で見た写真のと同じものですね。というわけで、あの写真を見てなかった人はここで覚醒度チェック」 「いきなりか! うう、なんとか成功」 「私ちゃんも成功じゃーい!」 「私はもう見てるから平気です。よかった」 「ああん、失敗です。1d6減って……6! ぴったり50になってしまいました」 「おおー! 覚醒度50%って、初期患者じゃん」 「ううう」 「50まで下がると、一日に必要な睡眠時間が二時間増えます。これはまあフレーバー程度で、プレイには支障ないんですが……初めて覚醒度が50を割ったので、一時的な虚脱状態に陥りますね」 「ええー! この土壇場で!?」  このゲームのもう一つの大きな特徴が、キャラクターに設定された「覚醒度」だ。邪神の姿やそれにまつわるものを見たり、力の影響を受けたりするとこの数値が減っていって、だんだん睡眠時間が長くなったり悪夢を見たりするようになる。そしてゼロになると永遠に眠ったままになり、死んでしまう。 「……あらためて説明を読むと、本当にヒュプノス病そっくりだな」 「ヒュプノス病っていう俗称はこのゲームが元になって生まれたなんていう説もありますからね。『ヒュプノスの呼び声』っていうのは元々アメリカのホラー小説なんですが、作者は実際にこれそっくりの症状で亡くなったんだそうです。……これは単なる私の想像ですが、もしかすると本当にFAN波の影響を受けていたのかもしれません」  エラは神妙な顔でそんなことを言ってから、 「ま、それはそれとしてドアは開きました。信者がこちらを見ていますが、まだ皆さんが誰なのかはわかっていないようです。どうしますか」 「うううーむ……!」  旧友の失踪、盗まれた骨董品、大学病院に流れる違法薬物の噂。一見バラバラに見えた三つの事件を追いかけるうち一つの大きな企みが浮かび上がり、俺たちは邪神の眷属をあがめる教団のアジトへたどり着いた。このあたり、エラのマスタリングは本当に上手い。俺も何度かゲームマスターをやってみたからわかるが、プレイヤーに自由に楽しませつつ脱線しないよう話を進めるのはなかなか大変なのだ。  で、俺たちはこれから邪神の眷属を復活させる儀式を止めないといけないわけだが。戦闘になった時一番たよりになるブラインドプリンセスのキャラクター……警官のジェイクがここへきて行動不能になってしまった。 「私、何もできなくなってしまいました。ぽへー」 「10分くらい続くんだっけ。ミスター・パイは拳銃使えないよな?」 「私ちゃんの武器はカメラとチャンネル登録者数だけー」 「私もスキル取ってませんが、格闘技を少々」 「戦力は俺とマリコだけか……これ勝てるのかなあ。まだ顔バレはしてないんだし、いったん逃げてジェイクを回復させてから来るべきか? いやでも……」 「司令官さん、こういうゲームだとけっこう慎重派ですよね。実際の戦場では大胆なのに」 「ゲームと現実はぜんぜん違うだろ!」 「それ普通逆の場合に言わない?」  このまま挑んでも勝ち目は薄いが、ここで退いたら儀式が成功してしまうかもしれない。ジレンマに陥ってうんうん唸っていると、マーリンがふいに手を上げた。 「カメラをオンにして、普通に歩いて入っていきます。どうもー! 『Pie Channel』でおなじみ、ミスター・パイでーす!」 「は?」 「実は私、前から皆さんの仲間にしてほしいと思ってて。あ、あそこにいる奴らってば皆さんの儀式を潰そうとしてるらしいっすよ」 「は!?」 「ここまでおびき寄せてきたんですけど、一緒にやっつけちゃいません?」 「はあああ!?」  突然の暴挙に唖然とする俺たち。しかし、どうやら敵の方もかなり戸惑っているらしい。俺とメローペ……もといマリコはジェイクを脇に寝かせたまま、とりあえず殴り込むことにした。 「キック! 成功! 信者を蹴り飛ばしながらパイに怒鳴ります。『あんた何考えてるの!?』」 「ふふふ、私ちゃんが頼りにするのはカメラとチャンネル登録者数だけだって言ったじゃーん。さあ皆さんの素晴らしさを世界に伝えましょう! ご本尊はあれかな?」 「『やめろ、その燭台に触れるな!』祭壇の向かいに大きな燭台があって、パイがそれに触ろうとしたとたん信者が後ろから羽交い締めにしてきます」 「! よしマリコ、燭台だ! 一か八か、あれを壊そう!」 「はい!」  怪我の功名で儀式の要になるパーツが判明したことと、信者が思ったより少人数だったこともあって、俺たちはどうにか儀式をぶち壊し、教団のアジトから脱出することができた。もちろんジェイクも……そして、しっかり逃げてきたミスター・パイも一緒にだ。。 「私、最後まで何もできないままでした。ぽへー」 「もう復活していいですよ。ちょうど夜が明ける頃ですね。朝日がまぶしいです」 「いやー、すがすがしい気分。悪が滅びてよかったよね!」 「裏切り者が何か言ってるぞ」 「あなた教団の一味になったんでしょ。あっちと一緒に逃げたんじゃなかったんですか?」 「今からでも重要参考人として逮捕しましょうか」 「ひどくない? 燭台が重要だって判明したの私ちゃんのおかげじゃない? 命がけの芝居で突き止めたのに」 「えっ、あれ芝居だったの!?」 「騙されてはいけません。芝居ならプレイヤーとして先にそう宣言しておけば済むことです。あそこで負けてバッドエンドになってもそれはそれで美味しい、とか思っていたと見ました」 「てへ」 「あなたねー!」 「でも今思うと確かに、あそこでちょっともたついちゃったからな。流れを動かすのには有効だったと思う」 「ああいう時は変に考えないで、突っ込んじゃった方がいいんだって。あそこまで来たらゲームマスターだってエンディングまで行ってほしいから、なんかしらフォローしてくれるもんよ。特に今回は初心者もいたし」 「呆れた、そんな打算で無茶をしたんですか」 「ちょっと、確かにバランス調整はしましたけど、そういうメタな視点で悪用するようなら次は考えますよ」 「わかってるって。今回だけ今回だけ」 「まあ反省会はあとでゆっくり、それでは、皆さん家に帰って休みます。翌朝の朝刊には『湾岸倉庫で謎の火災』の記事が載るのでした。おしまい」 「ふー……!」  俺は鉛筆を置き、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。さっきまで『ヒュプノス』の世界に没頭していた脳みそに、一気に現実の時間感覚が戻ってくる。朝から始めたセッションだったが、長丁場だったのでもう日が傾いている。この夢から覚めるような感じも、俺はちょっと好きだ。 「お疲れ様。メローペ、どうだった。面白かったかい?」 「…………」 「メローペ?」 「……あ! はい、すごく楽しかったです! すいません、ちょっとぼーっとしてて」  ぼんやりとマーリンの方を見ていたメローペが、ぴょんと跳ねて笑ってくれた。よかった、楽しくなかったのかと思った。 「わかります。こういう探索系のシナリオって情報量が多くて、一本終えるとしばらくぼーっとしちゃいますよね」 「それブリスが脳筋だからじゃない?」 「ダイスより重いものを持てない体にしてあげましょうか?」 「本当に楽しかったです。次はマスタリングもやってみたいな」 「おお、興味あります? まずは既成のシナリオで慣れるのがお勧めですよ。私もまだやってない名作がたくさんあります」  早速にこにことタブレットを取り出すエラを、俺は笑って止めた。初心者をすぐ沼にはめようとするのはマニアの悪い癖だ。 「私ちゃんとブリスは打ち上げで飲みに行くけど、アーサーどうする?」 「悪い、俺はこれから仕事なんだ」俺は謝りつつ腰を上げた。打ち上げも魅力的だが、夕食前の貴重な業務タイムを逃すわけにはいかない。 「私、行っていいですか? シナリオの裏話なんかもしたいですし」 「興味ありますけど、お酒飲めないので失礼します。マスター、途中まで一緒に行きましょう」  日の暮れかかった公邸の廊下を、メローペと二人で歩く。  さっきまで常に誰かが喋っている喧噪の中にいたので、半日ぶりの静寂に耳がしんと痺れたようになっている。鉛筆とサイコロ、それにキャラクターシートを収めたブリーフケースだけが、メローペの腕の中でカタカタ音を立てる。 「オルカに来たばかりの頃、マーリンにチェス勝負を挑まれたことがあるんです」  ふいに、メローペがぽつりと言った。 「十番勝負したってやつか」  メローペが頷く。その話なら俺も聞いている。負けても負けても「まだ本気を出してない」とかゴネて再戦を挑み続け、一度だけ勝ったところで勝利宣言をして、そのあとは絶対に勝負しなかったとか。実にマーリンらしい話だ。 「あんなのもちろんインチキです。強いのは私! それなのになんか勝ち逃げされた気分にさせられて、ほんと腹が立つ」  憤然と宣言するメローペに合わせて、太い尻尾がぶんぶん揺れるのが可愛い。そのまましばらく黙って歩いてから、メローペは渋々というように再度口を開いた。 「……最近、ちょっと思うんですけど。マーリンの強さって、そういう所なんじゃないかって」メローペは顔を上げて俺を見た。「私がオルカに来るきっかけになった、グリーンランド沖海戦を覚えてますか? あれはお互い全力を出して、私の勝ちでした。私はそう思ってます」 「ああ。俺もそう思うよ」  もちろんあの海戦自体が一種のお芝居だったわけだが、それでもあの艦隊戦自体は本気の戦いだった。本来の筋書きではわざと隙を作ってムニンに侵入させるはずだったところ、彼女は自力でマーリンの裏をかいて侵入を果たしたのだから、メローペの勝ちと言っていいだろう。一度マーリンも(ものすごくイヤそうな顔で)「あれは私の判定負け」と言っていた。 「でも……あれがもしも本当に命がけの、たとえばマスターの命がかかった戦いだったら。あの人はたとえ戦術で負けても、何かとんでもない卑怯でインチキで意地汚い手を使って、どうにかして私を阻止していたんじゃないかなって。そんな気がちょっとだけするんです」  俺はもう一度頷いた。  あの戦いは確かにメローペの勝ちだったが、それがそのまま指揮官としての優劣を示しているとは俺は思わない。マーリンの真価は……こう言ってよければ……往生際の悪さにある。どうにもならない時でも絶対に諦めず、たとえ卑怯な真似をしてでも、仲間を裏切ってでも、何が何でも戦果をもぎ取るのがマーリンのやり方だ。  ちょうど今日のセッションのように。ちょうど、長年の親友に裏切り者と憎まれてまでもモリアーティを消し去ろうとした、イギリスでの戦いのように。 「……レモネードガンマにはそういうズルさ、なさそうだよな」 「はい。ガンマ様は欠点だらけの性格ですが、ズルいとか卑怯とか往生際が悪いとか、そういうこととは絶対に無縁の人です。だから……」  俺はメローペの頭にぽんと手を置いて、その先の言葉を止めた。  だから、確かにマーリンはガンマの副官として生まれた、ガンマにない部分を補える存在なのだろう。そうだとしても、メローペがこれまで誰よりも立派にガンマの副官を務め上げてきた事実は変わらない。それに、マーリンのことをそういう風にとらえられるようになったのなら、それ自体が成長だ。 「メローペはえらいな」 「えへへ」  メローペはしばらく満足げに俺に撫でられてから、ぐっと背筋を伸ばして手の下を抜け出した。 「……だからといってあのチェス勝負を認めたわけでは断じてないですけど。いずれ必ず再戦の機会を作ってギッタンギッタンにします」  俺が声を上げて笑ったのと同時に、階段の上からアルキュオネがひょいと姿を見せた。 「旦那、引き継ぎの時間だよ。ご機嫌じゃん、何して遊んでたの?」 「お姉ちゃん!」メローペがぱっと顔を輝かせる。「すっごく楽しかったんだよ。ねえ、TRPGって知ってる?」 「なんだいそれ? ロケット砲の仲間?」 「違うよお! あのね……」  頬を紅潮させながら早口で説明を始めたメローペと、にこにこ聞いているアルキュオネを連れて、俺はわざとゆっくり執務室へ向かった。  仕事の時間は貴重だが、こういう時間はもっと貴重なのだ。 End