*  *  *  *  * 時間は数日前に遡る。マスグラード帝国皇城内の通路を二人の軍服姿の男女が歩いている。 軍服を窮屈そうに着ている大柄の少年と対照的に小柄な金髪の少女であった。 「なぁナタリア、俺さぁ今履いてるブーツがもうボロボロになってきたから、今度買い換えようと思うんだよ。できればカッコいいのが欲しいから、よかったら一緒に見立てに行ってくれないか」 「イワンくん、訓練兵が身に着けていいのは支給品だけよ。新しいのは配属が決まってから買いに行って下さいねっ」 「(相変わらずのらりくらりとガード固いなぁ。何か上手く行く気しねぇ…。でも押せ押せで行くのがいいんだよな!)」 イワンが改めて押そうと思った時、ナタリアが不安げな様子で話題を変えた。 「6班全員じゃなくて私たち二人だけ呼び出しって何があったのかしら…。しかも参謀室にだなんて…」 ナタリアの不安はもっともではある。呼び出しの主は帝国の黒梟の異名を持つ参謀クァン=ヴェイクロード。 優秀な軍師であり政務官でもある彼はかの大粛清時代に謂れなき罪で投獄されていたのをレストロイカ帝により救出され、その恩に報いるべく逆臣たちを様々な策を用いて打ち破り多くの屍を積み上げた功労者でもあった。 勝つためにはどのような手管でも使うという彼の信条は、時に味方の犠牲を前提とした策を取ることもあり、配下の者からは自分たちがいつ捨て駒にされるのではという疑心を生むことも少なくなかった。 「まさか…人間爆弾になれとか言われないよな…」 イワンが恐る恐るこぼす。 人間爆弾。人間に大量の爆弾を巻き付け敵陣に突っ込み自爆する特攻作戦。実際に行ったのはウァリトヒロイの反社会組織であったが、ヴェイクロードならやり兼ねないという最悪の予想が頭をよぎったのである。 二人は参謀室の前に到着しノックをして部屋に入る。中には参謀クァン=ヴェイクロードが机で事務作業を行っていた。 「あぁ君たちか…。立ち話もなんだから席に座り給え」 ヴェイクロードは応接セットのソファに二人を座らせ、自分もそこに移動する。 「単刀直入に言おう。君たち二人に任務を頼みたい。これは極秘の作戦なので他言を禁ずるが良いか」 一体何をさせられるんだ?と不安がる二人の前にヴェイクロードは一枚の写真を渡す。 それを見てイワンは声にならない驚きの表情を見せる。その写真に写っていたのはライトであったからだ。 「(ひょっとして俺が見逃していたのがバレた?! まさか本当に人間爆弾コース?!)」 「知り合いの写真を見て驚いたかね? 君がこの少年と付き合いがあるのは知ってはいるが別にそれを咎めようというのではない。むしろ彼との友好を大いに深めてもらいたいのだよ」 不安から解放され拍子抜けしたイワンにヴェイクロードはさらに畳みかける。 「このホワイトライトという少年はレンハートマンホーリーナイトという男と共に邪竜オジ=ダハーカを討伐したPTのメンバーであり、強力な力を持つ冒険者でもある。知っての通り我が国は大粛清の混乱以後、国軍の戦力は数質共に大いに疲弊している。よって彼のような強力な戦力を引き込むために、君たちには引き留めるための工作を行ってもらいたいのだ。どのような手段を使ってもね…」 「でも彼には何とかマンとかいう相棒がいるんですよね。そっちがこの国から出ると言ってしまえば、我々が何をしても付いて行ってしまうのではないのでしょうか?」 「そちらに関してはラーバル訓練兵に任せている。あの二人は主従関係ではなく対等なパートナーのようだから、本人が留まる意思を表明すればすんなり解消できるはすだ」 「すみません…私は一体何をすればいいのですか…?」 会話の蚊帳の外にいたナタリアが恐る恐る声をかける。 「先ほど私は言ったはずだ。彼を引き留めるためならどんな手でも使えと…」 「真っ正直に誠心誠意説得するも良い。情に訴えるのも良い。何なら女の武器を最大限に使うのも効果的だ。以上だ。他に何か質問は?」 女の武器を使うという言葉を聞いてナタリアの顔が引きつる。まずい空気を察したイワンが間に入る。 「失礼ですが参謀、そういうのってコンプライアンスとかハラスメントとか今の時代色々まずいんじゃないのかな…って…」 ヴェイクロードはハァとため息をつくと二人に言い聞かせるように話す。 「君たちは確か王家親衛隊に配属希望だったな。親衛隊とはただの腕自慢や技自慢が集まっている組織ではない。時には暗殺や篭絡といった汚れ仕事を顔色変えずこなす者が集まる鉄の組織だ。少年一人を我々に取り込むぐらいの簡単な仕事ができないようでは、とても親衛隊には向いているとは思わないがね…」 「親衛隊に入るためなら、いかに身を持ち崩そうがいかに穢されようが構わないという者は他にいくらでもいる。返事はできるできないではなく、やるやらないで答えて欲しい。やらないのであれば他の者に頼むだけだ」 王家親衛隊という言葉を聞いてナタリアが決意を固める 「わかりました。やります…」 「イワン訓練兵、君は?」 「えっ、あの、やります…」 二人の返事を聞くとヴェイクロードは執務席に戻り事務仕事を再開する。部屋を出ようとする二人に励ますような言葉をかける。 「これはアドバイスだが、イワン訓練兵のようにまずは友達になるところから始めると良いと思うぞ。若い男は単純だから同じ言葉でも女性から言われる方が効く。それも女の武器のひとつだと思ってくれ…」 参謀室を出るとイワンがナタリアに大丈夫かと声をかける。 「大丈夫…。私だけ取り残されるわけにいかないから…」 *  *  *  *  * イワンとナタリアが出て行った後、入れ替わるように参謀室に一人の男が入る。皇帝レストロイカの執事長を務めるヴィクトールである。 「アドバイスとは若者には大分お優しいではないですか参謀…」 「そうでもないよ。いつまで経っても煮え切らないから少し背中を押してあげただけさ。ヴィクトール、君は男女の友情というものが成立するとは思うかね?」 「唐突にこれは何ですかね…。まぁいいでしょう答えはNOです」 「さすがだね正解だよ。男女というものは最初友人だと思っていても、付き合いを深めて行けばいずれ相手に異性を感じてしまう。そうなれば一気に性の対象へと移行して対等な友人関係というものは破綻する」 「唯一の例外はお互いが利害の対象外だった場合だな。双方がこいつとは無理と思う悪い意味での均衡が取れていることで友情が辛うじて成立する。よく女性が言うあなたとはお友達でいたいという言葉は、裏を返せばお前を性的に見ることは無理だという拒絶と受け取っていい」 「では先ほどの友達になればいいという言葉は?」 ヴィクトールが興味深げに質問する。 「ナタリア訓練兵は見た目も愛想も良い。交際を深めて行けば自分ではそう思ってなくてもターゲットの方から入れ込んでくるはずだ。そうなった時に彼女がどう転ぶかは見ものだな。何せ任務という立場で退路を断っているわけなのだから。拒絶をしてご破算にするのか?それとも割り切って受け入れて兵士として一皮剥けるのか? 私としては後者になる方を期待しているがね…」 「なかなか意地の悪い。そのような色仕掛けでしたらウチの娘でも使えばよろしかったのでは? 人を誑かすのは得意だし好きとも言っておりましたよ」 「残念だが君の娘では無理だな。どんなに表情や言動を取り繕っても底意地の悪さが透けて見える。そこらの若造やスケベ親父ならコロっと騙せるが、いくつも修羅場を潜り抜けた強者には通じんよ。彼らは自分の身を守るために他人の悪意には敏感だ。だから先ほどの二人みたいな嘘もつけないような人間に任せたのだよ…」 「なるほど確かに…」 透けて見える底意地の悪さという言葉を聞いてヴィクトールは苦笑した。 「そういえば君の娘には大いに助けてもらったよ。あのレンハートマンホーリーナイトに繋がる情報をね…」 例の覆面男の名に含まれるレンハートという言葉に注目したヴェイクロードは、同地に留学中のヴィクトールの娘ペルフェにレンハートマンホーリーナイトと空を飛ぶ少年ホワイトライトについての情報収集を依頼した。返ってきた報告には予想外の内容が書かれていた。 『そのレンハートマンなんたらとかいう奴の情報は特にありません。でも空を飛ぶホワイトライトとかいう子は、ひょっとしたらクラスの同級生だったライトくんかもしれません。めちゃめちゃ強い竜と合体したとかで、この国の王子様だった人と一緒に邪竜なんとかを討伐して世界を救ったそうです。この話はレンハートだと子供でも知ってるぐらい有名です。そういえば一緒に戦った王子様も最近見かけないから、また家出でもしたんじゃねってみんな言ってました。かしこ』 「そのホワイトライトが君の娘の言うライト少年だとしたら、その相棒であるレンハートマンホーリーナイトは第一王子コージンという可能性が高い。それを確かめるためにラーバル訓練兵に罠を仕掛けさせ、同時にお前に後をつけさせて特定が確認されたというわけだ。まったく、子供でも知ってるような情報を何でよこさなかったんだお前の娘は?!」 「そりゃ報告しろという命令がなかったからでしょうな」 ヴィクトールは娘の底意地の悪さにまた苦笑した。 「ですがそのレンハートマンホーリーナイトとやらを捕らえたとして、どう処分するおつもりですか? 仮にも他国の王族ですから処刑などしようものなら国際問題になりますよ」 「死罪が無理と言うなら通常は国外追放だが、あれだけの実力者を放逐するのも惜しい。なのでできれば我が国に取り込みたくはある」 「ふーむ、ならばその両名をいっそのこと他国が行っているように勇者にでも任命すれば良いのでは」 「その案は私も考えたよ。しかし陛下は首を縦には振らないだろう。陛下は幼少のみぎりに勇者ユーリンと行動を共にしたこともあって、勇者と言うものには非常に厳しい見方をしている。悪い言い方をすれば頭レンハートというやつだな」 「では参謀は第一王子をどのように取り込むつもりですか?」 「そうだな…。意趣返しというわけではないが彼にはお見合いでもしてもらおうかと思う。相手はそうだな…ヴェーチェとかどうであろう。我が国最高の魔法使いだから相手にとって不足はないというやつだな」 「取り込むつもりなど最初からないようですな…。参謀も底意地が悪い」 ヴィクトールが苦笑しながら言う。 「そんなもん言われなくても分かっているよ…」 *  *  *  *  * 時は戻り、いつもの川沿いの公園。イワンを待つライトの元に一人の少女が声をかける。 「また会いましたね。昨日はありがとうございます」 声の主は昨日ライトが帽子を取ってあげた少女であった。 「いやっ!別にお礼なんていいですよ!困った時はお互い様ですっ!」 ライトは気持ち少し焦っていた。同年代の少女から声をかけられるなんていつぶりだろうと思うぐらいのレア経験だからである。 前の旅では異形の姿を隠し人目を忍ぶような生活をしていたので、女性と会話どころか奇異な目で見られることも多かった。 「あのここよろしいですか?」 少女がベンチの隣に座ってよいかと尋ね、ライトが了承すると彼女は隣に座る。 「(なんだろ…めっちゃ緊張する…)」 思わぬ展開にライトの心拍数が上がっていく。とりあえず何か話題を振らないと…。 「あっ、あの!今日もその帽子被っているんですね? 気に入っているんですか?」 ライトは二人の共通項であるアイテムに切り口を求めた。 「ええ。これは私の大切な人…姉のような人からもらった物なんです。今はもう形見になっちゃったけど…」 大粛清時代。新皇帝と各地で悪逆の限りを尽くした逆臣たちとの血で血を洗う混乱の時期、逆臣たちの悪政や皇帝との抗争で多くの民が傷つき死んでいったという。 周りを見渡せばのどかに日常を送る市民の皆も、当時は辛い現実に涙し大切な人との別れを経験していたのかもしれないと思うとライトは心が痛む思いをした。 ライトの居たたまれぬ顔を見て少女が言う。 「あの…良かったらお菓子食べませんか?」 少女がカバンの中から袋に入った焼き菓子を出す。 ライトはそれを一つ摘んで口に運ぶ。甘くて素朴な味わいだがそれがいい。ライトは夢中になって食べるとあっという間に平らげてしまった。 「あっ全部食べちゃった?! ごめんなさい…」 ライトは申し訳なさそうに目を伏せる。 「いいんですよ。それ私が作ったお菓子ですから。本当はお礼をしたかったんですけど、きっと断られるんじゃないかと思って気を使わせないような物を持ってきたんです」 「えっ!わざわざ作って来てくれたんですか! なんか悪いなぁ…」 「気にしないで下さい。私お菓子作るの好きですから。それに食べてくれる人がいるというのもうれしいんですよ」 少女が遠い目をして川面を見つめる。 「僕で良かったらいつでも食べますよ! 旅をしていると他人の手作りお菓子なんてめったに味わえないですから」 「旅をされているんですの…? ここにはいつまでいるんですか?」 「うーんとりあえずは未定って感じかな…。でも当分ここにいるとは思います。ぶっちゃけ僕はやることなくて暇なんで、この時間帯には大体います」 「そうですか。だったらまた作ってきますね。明日は別の物を作ってきます。そういえばお名前は何ていうんですか?」 「僕はホワイトライト。長ったらしいからみんなライトって呼んでます。君もよかったらそう呼んで下さい」 「わかりましたライトくん。私はナタリア。また明日会いましょうね」 思いがけず訪れた暖かな時間をライトは反芻する。 こんなところゴウさんが見ていたら抱けー!抱けー!って気ぶってたんだろうな…と思うと、何だかおかしさがこみ上げてきた。 その日結局イワンくんは現れなかった。