1話 私、雛芽 初花は、感無量の気持ちでいた。 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるみたいに緊張しているのが、自分でもはっきり分かる。 憧れの場所に立っている。 それだけで、心が躍る。 私立日楠高校。 私が、どうしてもどうしても通いたかった高校。 春の朝の空気はまだ少し冷たく、校舎の白い壁が眩しい。 ようやく、体験入部が出来る。 正直、入学式の時から、気が気じゃなかったのだ。 最初から、私の視線は校舎裏に併設された巨大なドーム状の施設――ヴィクトルード部の訓練棟から離れなかった。 All-Exスーツ、元々宇宙開発用に作られたそれを纏い、高速でぶつかり合う。 ヴィクトル―ドと呼ばれる競技に、私は子供の時から魅せられていた。 正直に言えば、もっと強豪校もあったと思う。 全国常連の、名前を聞いただけで分かるような有名校もある。 でも、私がこの学校を選んだ理由は、たった一つだった。 御楯 舞夏先輩。 私は、テレビ中継で彼女の試合を見て、一目で憧れた。 大きな、いかにも「重そう」な盾を構えているのに、前に出て攻めていく。 相手の攻撃は、全部その盾で受け止める。 だから本体の装甲は薄くていい。 そんな常識外れで、自信に溢れたスタイル。 ずっと足踏みしていても仕方ないから、ドームの中に踏み入れる。 きっと、何かが始まると思って。 「一年生は見学だけねー。まずは雰囲気掴んでもらう感じで」 今日はあくまで見学。 観客席のような位置から、先輩たちの練習を見せてもらうだけ。 私はドームの中のベンチに腰掛けて、先輩たちの動きを見ていた。 中は、思っていた以上に広い。 天井は高く、床はヴィクトルード用に整備された専用フィールド。 フィールドとして設定された部分にバリアが貼られ、外に流れ弾等が出て行かないようになっている。 ドームの観覧スペースには、私と同じ一年生らしい子たちが、他にも数人集まっていた。 みんな、落ち着かない様子で、そわそわしながらアリーナの方を見ている。 ‥‥そして、視線の先。 整備ハンガーから、次々とスーツが運び出されてくるのを見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。 「‥‥すご」 画面越しで見るのとは、全然違う。 金属の質感、関節部の駆動音、装甲の厚み。あれを人が着て動くなんて、にわかには信じられないのに、 でも、間違いなく“戦うための服”なんだって、肌で分かる。 その中で、何人もの先輩たちがそれぞれのスーツを身にまとって動き回っている。 金属の駆動音。スラスターの短い噴射音。武装同士がぶつかる、重たい衝撃音。 スーツはとても高価で、部員全員分なんてとても揃えられない。 普通の部員は、学校の備品を調整して使い回す。 でも、今訓練している先輩たちは違う。自分専用のスーツを着ている4人。 All-Exスーツは高額だ。 それ故に学校の備品で無く、自身の専用のスーツを着ている彼女達はそれだけの実力者。 去年の大会でも活躍していた、部内のエース達。 まず目に入ったのは、二年の炭駒 千紗先輩。 射撃型スーツ《ブルタール・カノーネ》。 重たい装甲に、ごつごつしたシルエット、そして腕や肩や背中に、射撃用のユニットが付いている。 戦車を思わせるその見た目は、一目で射撃型だと分からせる。 その隣で準備しているのが、同じく二年の正馬 良先輩。 彼女のスーツは、近接格闘型《ヴェルトラウン》。 重機を思わせるスーツの背中には、巨大なアームが装備されている。 去年の大会での彼女は、縦横無尽にアームを振り回し、その力を発揮していた。 そして、三年の蒔田 理央先輩。 攻撃型スーツ《桜鳳嵐月》。 綺麗な桜色の、名前に負けない派手でシャープなデザイン。 バランス型なスーツを自分専用にカスタムした、とにかく前に出るスーツ。 最後に、私の視線は、自然と一つのスーツに吸い寄せられていた。 三年、この部のエース、御楯 舞夏先輩。 防御突撃型スーツ《フィリオ・アスピーダ》。 右腕に大きな盾、左腕にも小さめの盾。 それだけ聞くと重装甲で鈍重そうなのに、実際のシルエットは驚くほどすらっとしている。 本体は、信じられないくらい軽装。 ――攻撃に当たらない、全部、盾で受ける事を前提にした設計。 その思想が、そのまま形になったみたいなスーツ。 「‥‥はぁ」 気付いたら、ため息みたいな声が漏れていた。 スーツから、自分の実力に対しての自信に満ちているのが、感じられて。 ただそれだけで、胸がいっぱいになる。 私は、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめて、目の前の光景を焼き付けるみたいに見つめていた。 見学は、あっという間に終わってしまった。 頭の中は情報と興奮でぐちゃぐちゃで、気付いたら泣きそうになっていた。 「今日はここまで。見学お疲れさまー」 顧問の先生の一声で、体験入部は解散。 一年生の見学組も、部員の先輩たちも、ぞろぞろと出口の方へ向かっていく。 ‥‥なのに。 私は、その場から動けなかった。 ドキドキが止まらない。 フィリオ・アスピーダの装甲を外して、汗を拭いている――御楯 舞夏先輩のところへ。 (今しか‥‥ない‥‥よね) 気付いたら、足が動いていた。 「あ、あのっ!」 自分でもびっくりするくらい、裏返った声が出た。 「はい? どうしましたか?」テレビやインタビューで聞いた通りの、丁寧で落ち着いた声。 「あ、あの‥‥一年の、雛芽 初花です!きょ、今日、体験入部で‥‥!」 「そうでしたか。見学、お疲れさまでした」 にこっと、柔らかな笑顔。 「え、えっと‥‥その‥‥私、ファンで‥‥サイン、いただけませんか‥‥!」 言ってしまった。 勢いで。 舞夏先輩は、一瞬きょとんとした顔をしてから、少しだけ困ったように視線を泳がせる。 「サイン、ですか‥‥。あの、私、そんな大した選手では‥‥」 やんわり、断られそうな雰囲気。 でも、ここで引いたら、絶対に後悔する。 「き、去年の大会見ました!準々決勝の、あの試合‥‥!」 言葉が溢れ出す。 「一気に突撃して、そこからフェイントを絡めた攻防で相手の踏み込みを誘って‥‥えっとえっと、あえて左の小楯の方を狙わせて、弾かせて‥‥!」 自分でも、早口になってるのが分かる。 「小楯を弾かれた勢いをそのまま使って、体を流すみたいに前に出て!あれ、普通なら体勢崩すはずなのに、そのまま加速に変えてるのが凄くて! そこから、相手が大楯の正面を嫌がって側面に潜り込むパターンをしっかり把握して、楯で視界が遮られた内側からの蹴りが凄くて! 全部、相手の攻撃を盾で受けてるのに、ちゃんと“攻め”になってて!あの試合、何回も見返したんです!」 言い切ってから、はっと我に返る。 「‥‥あ‥‥す、すみません‥‥気持ち悪いですよね‥‥」 顔が、かーっと熱くなる。 舞夏先輩はふっと、さっきまでとは違う笑みを浮かべた。 少し、柔らかい笑顔。 「‥‥そこまで見てくだてたんですね」 少しだけ照れくさそうに続ける。 「そこまで細かく見てくれたファンのお願いなら、応えないと‥‥ですね?」 舞夏先輩は、そう言って、ペンを受け取ってくれた。 「雛芽さん、でしたね。ヴィクトルード、興味があるんですか?」 「は、はい!その‥‥先輩に憧れて‥‥!えっと、凄く辛い時に、一目見て心を掴まれちゃって‥‥!」 舞夏先輩は、その言葉に笑顔を浮かべながら、色紙をくれて。 頭を下げながら、私はぎゅっと色紙を抱きしめた。 そして、私に色紙を渡したあと、少しだけ考え込むような素振りを見せた。 それから、タオルを肩に掛けたまま、こちらを見て言う。 「‥‥雛芽さん。少し、お時間いいですか?」 「は、はい‥‥!」 心臓が、跳ねる。 何か失礼なことをしたんだろうか、と一瞬不安になったけど、 舞夏先輩の表情は、さっきよりもずっと真剣で――でも、どこか考えているようだった。 「先ほどのお話‥‥その、去年の試合の分析ですが」 「‥‥はい」 「あれは、例えば解説を見てそう思ったとか、誰かに教えられたんですか?」 「い、いえ‥‥自分で、何度も見返して、勝手に、考えてただけです‥‥」 正直に答えると、舞夏先輩は、少しだけ目を細めた。 「そうですか」 一拍、間。 その間に、心臓が止まりそうになる。 「‥‥でしたら、貴女が良いのかもしれませんね」 そして、少しだけ、声を落として続ける。 「少し、お願いがあるのですが‥‥聞いてもらえますか?」 「お、お願い‥‥ですか?」 一年生の、今日が初見学の私に‥‥? 「うちの学校に、気になる新入生が二人います」 「二人‥‥?」 「はい」 そして、少しだけ間を置いてから、続ける。 「一人は……船津 三夜さん」 その名前に、私は思わず、目を見開いた。 「えっと、あの‥‥ジュニア選手権の‥‥?」 「昔、ジュニアの大会で優勝した選手です。才能は本物でした。でも‥‥中学では、あまり振るわなかったと聞いています」 聞いた事がある。 中学大会での注目選手として、ジュニア選手権優勝選手、その肩書と共に名前が挙がっていた彼女の事は。 「実績だけ見れば、もっと強い学校に行ってもおかしくない。ですが、体験入部にも来ていない。もしかしたら‥‥もう、辞めてしまうつもりなのかもしれません」 少し、残念そうに。 舞夏先輩は、静かに言った。 「‥‥選手として、とても惜しいと思っています」 そして、まっすぐに、私を見る。 「だから、あなたに戦ってもらいたいのです」 「‥‥え?」 頭が、理解を拒否する。 「彼女と、戦ってほしいんです。」 「い、いやいやいやいや! む、無理です無理です! 私、まだスーツも着たことなくて‥‥!」 慌てて、ぶんぶんと首を振る。 「ジュニア優勝ですよ!? そんな人と戦うなんて、私、秒で終わりますよぉ‥‥!」 舞夏先輩は、少しだけ、悪戯っぽい表情で言った。 「‥‥ちなみに、もう一人の“気になる新入生”は」 間。 「あなたです。雛芽 初花さん」 「あなたの観察眼と、さっきの熱量。あなたには、才能の芽があります。まだスーツを着ていないだけで」 穏やかだけど、はっきりした声。 頭の中が、真っ白になる。 「だから‥‥その芽の、最初の一歩として。無茶なお願いだとは思っています。でも」 舞夏先輩は、少しだけ頭を下げた。 「どうか、力を貸してもらえませんか?」 私は、言葉を失って、その場に立ち尽くした。 ――私が。 元ジュニア王者と、戦って? 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。 「‥‥あのぉ」 やっとのことで、声を絞り出す。 「‥‥か、考えさせて‥‥貰っても、いいですか‥‥?」 舞夏先輩は、少しだけ安心したように微笑んだ。 「ええ。もちろんです。無理にとは言いません」 でも。 その笑顔は、どこか。 「断られない」と、思っている人の顔にも、見えた。