*  *  *  *  * 翌日、ライトは同じ場所でナタリアと会った。 彼女はマフィンとポットにお茶を入れて持ってきた。取り合わせも良くライトは夢中になって食べた。 その日はお互いの自己紹介のような感じで身の回りのことについて話した。 ナタリアからは帝都内の役場勤めということ、周りの友人のこと、休日は特に予定もないのでお菓子作りに励んでいるということ、元修道女であったこと、大粛清時代に神父や先輩修道女と辛い別れがあったということ… ライトも自分の過去や旅の思い出について話す。しかしあまりにも荒唐無稽過ぎてナタリアには冗談が上手いんですねと笑われた。 3日目、二人は帝都内の繁華街へウインドウショッピングに出かける。 こういう時は男の方からリードしてあげないと…思うあまり空回りしてしまうライトであったが、ナタリアは笑顔で受け止めてくれた。ええ子や…。 4日目、ナタリアの食材の買い出しに付き合う。ナタリアからは市場の穴場の店を色々教えてもらう。 大荷物になったので家まで持って行くよと提案したが、彼女からは職場の寮に住んでいるからごめんねと断られた。 女性の部屋に入るのはまだ時期尚早か…と自分に納得させた。 5日目、今日は映画を見ることにした。内容はベタベタの恋愛映画。 バトルもヒーローもモンスターも出てこないのであまりにも退屈である。 なのでライトの視線は横に座るナタリアばかりに向かっていた。肘掛に添えてあるナタリアの手に目が行く。 偶然を装い手を重ねようとすると、彼女はビクッとした反応で手を引いた。 ライトはやり場のない手を戻し、映画のラストまでその肘掛にどちらの手も置かれることはなかった。 6日目、今日は二人で美術館へ行く。芸術品の良し悪しは判らないが、こういう空間にいるとまるで自分が知的な人間になったような気がする。 魔獣や魔王軍や邪竜教団との殺伐とした今までと比べると雲泥の差である。 隣にいたナタリアの手に触れるとスムーズに手を握ることができた。もっともナタリアの方は手袋着用であったが…。 美術館を出ると、昨日はごめんなさいねとナタリアが言う。 彼女曰く自分は緊張しいで手汗が凄いから準備なしに触れられるのが怖いとのことであった。 この次は直に触れたいなとライトは思った。 恋に浮かれる様子を表現するという言葉に『春』という単語がある。 相手を思うだけで幸せな気分に満たされ、心が暖かくなりそこから起きた気流で舞い上がりふわふわするような感情。 かつてのPTメンバーであったゴウがライトに常々言っていた内容であったが、今ならその気持ちがよく理解できる。 もっとも当時は生きるか死ぬかの明日をもしれぬ状況だったので考えたこともなかったのだが… ライトがアジトに戻るとミレーンがまだ例のの恰好でいた。意外と気に入っていたみたいだった。 「よく似合ってますよ~。ミレーンさんはセンスがいいから何でも着こなせますね~。その変装が通じるかどうか今度街に出てみたらどうですか~」と浮かれるあまり心にもないことを口走ってしまうほどであった。 *  *  *  *  * 7日目、この日ナタリアは仕事の都合で来られないということで、いつもの川沿いの公園で時間を潰していたライトに声をかける者がいた。イワンである。 「久しぶりだねイワンくん。仕事忙しかったの?」 「忙しかったのはお前の方だろ。見たぞ!この前の帽子の子と一緒にいたのを。いい雰囲気だったから声掛けるのもまずいと思ってスルーしてやったんだからな」 いつもならからかってくる場面なのに、今日のイワンは少し浮かない顔をしている。 「で、どうなんだよ進展は?」 イワンの問いにライトは何とも解せないという表情で答える。 「ぼちぼちって感じかな…。友達ぐらいにはなれたと思うんだけど、そこから先がね…。何か心の壁を感じるっていうかさぁ…」 ライトの返答にイワンはだろうなという表情を見せる。 「でもお前この前言ってたろ! こういう時は押せ押せだって!そんでダメならごめんないってさ! 人に言うんだったらまず自分でやってみろよ!」 「ありがとうイワンくん。ちょっとだけ勇気が湧いてきたよ」 そう言うとライトはアジトへと戻って行く。 そしてそれを見送るイワンがつぶやく。 「何やってんだ俺…。どっちに転んでもらいたいんだよアイツらに…。あー!何か訳わかんね!」 8日目、今日はナタリアと一緒に夕食を取る。 帝都市街にある大衆食堂ではあるが、店の雰囲気は良く値段も手ごろでボリュームもある。 デート関係なしにまた来たいなと思うような店であった。 少し歩いて帝都の中心にある公園へと行く。そこは有名なデートスポットのようで周りには沢山のカップルがいた。 ベンチに座りとりとめのない話をする。ライトがふとナタリアの方を見ると視線が重なり合う。 これは行ける!ライトはナタリアに向かって顔を近づけて行く。 ナタリアも覚悟を決めたように見えたが、突然過去の記憶がフラッシュバックした。 「おいでナタリア…」 ナタリアの脳裏に浮かぶのは父のように温かく接してくれた神父の顔。 その次に浮かんだのは異形化して瞳が真っ赤に血走る神父の顔であった。 彼はナタリアが姉のように思っていた年上の修道女たちを凌辱し異形の苗床へと変えていた。 神父は以前と変わらぬ優しい声色でナタリアに迫る。 「おいでナタリア…お前も姉さんたちと同じように神の子を産むんだ…」 生殖器が変形した長い触手を振りかざし近寄ってくる。苗床から割って出て来た多数の異形たちと共に… もう終わりだと思った瞬間ドアをぶち破り二人の間に入ったのはレストロイカ帝であった… ナタリアはヒッ!と息を飲みライトを突き放す。 そして立ち上がるとごめんなさい気分が悪くなっちゃったから帰るねと言うと小走りで出口へと向かって行った。 やっちまったー!という後悔の念で、ライトは頭を抱えてしばらくベンチから動けなかった…。 *  *  *  *  * 9日目、ライトは朝から心ここにあらずといった感じで放心状態になってた。昨日のやらかしが相当堪えているようであった。 「これはもうダメかな…。いや!でもゴウさんはとりあえずごめんなさいして次に繋げろって言ってたし…前向きに考えないと!」 ライトはそう思うとおもむろに立ち上がり、服を着替えて街へと出かけて行った。 市場へ行くとライトは店を回る。5軒目の店でようやく探していた商品を見つけた。 「あったあった。前にミレーンさんのために見つけた薬草のハーブティー。気持ちが落ち着いてよく眠れるらしいから、ナタリアさんもきっと喜んでくれるはずだ…」 仲直りのきっかけが掴めそうな気がしたので、ライトは浮かれながらいつもの川沿いの公園に向かう。 時間はいつもよりも相当早いのでナタリアもイワンも来ないだろうが、そんなことは今のライトにはお構いなかった。 いつものベンチに近づくと一組の男女が座っている。よく見るとそれはイワンとナタリアであった。不穏な空気を感じライトは物陰に身を隠す。 「えっ?!何であの二人一緒にいるの? ひょっとしてNTRやんけー!案件?」 二人は何か話をしている様子だったので不躾ではあるが聞かせてもらうことにした。 「(頼むがーすけ、聴力を上げてくれないか…)」 「―――なぁナタリア、お前本当に大丈夫なのか?大分無理をしているようだが…」 イワンがうつむいているナタリアに向かって話しかけている。 「仕方ないじゃない。参謀直々から頼まれた任務なのよ…」 「それはわかっているが心を削ってまでやるようなことじゃないだろ。俺はいつも班の…いやお前のことを見ているから明らかにおかしいのはわかるんだ」 「過去に一体何があったのか知らないが、お前が男嫌いというのは何となく理解している。ライトには俺から謝ってこの国に留まるよう誠心誠意説得をする。だからお前はこの件からもう降りろナタリア!」 「それはダメ! 私だけみんなに置いて行かれたくはない…」 「ライトくんはとってもいい子…優しくて気遣いで…。でも彼が私のことを女として見てくると昔の嫌な思い出がぶり返しちゃうの…。そしてその気持ちを隠して彼を騙しているのも辛いの…。」 ナタリアはイワンに簡潔ではあるが過去の事情を話し出す。 「色々厳しいけどこれは私が乗り越えなければならない問題…。だから黙って見守ってイワン」 「わかった。でもなナタリア、どうしても無理だとなったら俺に言ってくれ。俺はお前のためなら何でもするよ…」 「ありがとうイワン。そろそろライトくんが来る頃合いだから離れていて。もう覚悟は決めたから…」 イワンが離れ、ナタリアは一人でベンチに座っている。 ライトは両手で顔を伏せながら物陰にへたり込む。 「がーんだなぁ…。これじゃ僕めっちゃ悪者じゃん…。NTRやんけー!どころか僕の方が間男じゃん…。おいは恥ずかしかー!もう生きておられんごつ…」 ライトはナタリアに見つからないように、こそこそとアジトへと帰って行った。 アジト内でライトは寝床に横になっている。気分が落ち着くというハーブティーをがぶ飲みしたが、落ち着くどころか鬱々とした気分は全く晴れない。 そうこうしていると外出していたミレーンが帰ってくる。もちろん例のグラサンノースリーブ姿でだ。 「今日試しに街を歩いてみたが、俺のセンスが光っているのかみんなから注目されたよ。色男というのは辛いもんだな。ハッハッハッ!」 それはトンチキな恰好してるから遠巻きにジロジロ見られてるだけですよとツッコミたかったが、今のライトにはそんな気力はなかった。 彼の落ち込んだ様子を見てミレーンは何があったのかライトに問いただす。 ライトは今までの経緯を淡々と述べる。 「なるほどその二人はこの国の参謀クァン=ヴェイクロードの仕込みの美人局だったというわけか…」 「普通それを言うなら美人局じゃなくてハニートラップでしょ。ナタリアさんには何かおかしい感じがしたけど、イワンくんまでそうだったと思いたくなかったぁ…」 「もう僕ここには居たくはないです。とっとと離れましょうミレーンさん…」 「確かにそれもそうだな。俺の方もラーバルとは仲直りできなさそうだし、ここにいる必要はもうないか…」 「でもなライト、このままやられっぱなしというのも悔しくないか? どうせ出て行くというのなら、これを企んだ奴にガツンと文句の一つでも言ってやろうぜ!」 腹が決まると二人は早速行動を開始した