1. 「授業開始じゃゴラアアアアアア!!!」  チャイムが鳴り終わり、怒鳴り声と共に教室に入り込んできたのは時代錯誤としか言いようのない男だった。  斜に構えるお年頃では、この怒号も多少愉快そうに見える字面かもしれない。  風貌に関しても白いスーツと坊主頭にサングラス……と、あまりにもテンプレート。  一周して笑ってしまう者もいそうだが、竹刀をバシバシと床に叩きつけるので、教室はシンと静まり返っていた。  パワープレイもいいところである。 「俺がこのデュエルアカデミアで倫理の授業を担当する、碇田 毅(いかりだ たけし)だ」 いやー、ここは最高だな。 全寮制だから『活を入れよう』が逃げ出す奴がいねぇもんな」  碇田の言葉に口を挟めるものはおらず、教室には緊張感が漂っている。  しかし、「これで倫理かよ」という空気だけは統一感があった。 「おまけにデュエルの実力が全てだから、誰も俺に口を挟めない。校長や理事長ですらなぁ? ……おっと、なんでそいつらより強いのに倫理なんてやってるのか?って顔してんな、そこのお前……お前だよ!!!!」 「……え?は、はい……」  新学期早々に指名されてしまった運のない彼のほうに目をやると、名札には「中川 修(なかがわ おさむ)」と書いてあった。  眼鏡の内から見れる目尻は垂れており、如何にも気弱そうな生徒だ。 「え?じゃねーんだよ。まぁ、俺も鬼じゃない。一回は見逃してやる」 「は、はい……」 「で、まぁ倫理やってる理由だが……校長や教頭なんて面倒そうだしな。何より、『何が正しいのか』ってお前らに教え込むのが楽しいからなんだよ」  こいつ、やばい。  その後も碇田の自分語りが続いたが、授業らしい授業は始まる気配がない。  チラチラと時計を追ってみると、あと30分。  時間の流れが、遅い。  退屈というよりかは、苦痛だ。  ……だが、その流れは碇田自身が変えてきた。 「それじゃあまぁ、語る事もなくなったし課題だ。原稿用紙配るぞ」  どこまでも好き放題である。  とはいえ、何を課せられるかわかったものではないというのは、春だというのに、額に汗が滲ませるのに十分だった。 「『俺をどう思うか』を授業終了までに書け。 勿論、採点対象だ。単位が欲しければ……分かってるな? 気に食わないなら白紙でいいから、職員室の前にあるデュエルの申し込み用紙でも書いて来週までに提出してこい。以上」  そこからしばらくの時間、教室内はプリントに筆を擦る音だけが流れるようになった。  一転して時間の流れは早く感じるようになり、あっという間に原稿用紙が文字で埋まる。  チャイムが鳴るのもすぐだった。  碇田が出て行った直後は当然、彼の話題で持ちきりになった。 「あいつやばくね」「校長教頭がダメなら他のところに連絡を……」等と、ざわついている。  何を書いたのかも、当然話題だった。  デュエル自慢のマサル君は白紙で出したらしい。 2.  チャイムが鳴る前に、僕たちはみんなしっかり席についていた。  褒められた形ではないが、少なくともそこだけは正された。 「はい、皆さん席についていますね」  入って来た人物は、碇田ではなかった。  更迭されたんだろうか。 「えー、私は碇田です」  訂正、入ってきた人物は、碇田だった。  しかし、その姿は完全に先週と別人のそれ。  というか、たまに職員室で見る、何を担当しているのか知らない教師だった。  物腰は低そうで、いかにも冴えないおじさんといった感じの。 「まずは、皆さんに謝罪です。大変申し訳ありませんでした。先週はああいう真似をしたのは、皆さんの反応を確認するためでした」  ざわつく教室。  恐怖による支配は失われ、混乱と困惑がその場を覆い尽くす。 「あっ、中川君に関しては安心してください。彼は授業前に取り付けた協力者ですので」 「えへへ」 「えええーーーー!?」  これはこれで、ある意味で恐ろしい人物かもしれない。  そこまでして集めたかった反応というのは、一体なんだったのだろうか。 「前回の授業で成績を決める、ということはいたしません。大事なのは、皆さんの前に理不尽に立ちふさがった時、どういう対応を取るか……ということです」 「先生、どういうことですか?」 「皆さんの解答傾向を元に、お話しましょう。 まず、私に媚を売った方」  僕の事だ。  何よりも面倒が嫌だったから、心にもないことをツラツラと並べておいた。 「言うまでもなく、身を守る、という点では何よりも正しいですね。 しかし、世の中には時折、そういう子供を見かけると利用しようとする大人がいます。 『コイツは断れないぞ』と狙われてしまうケースですね。 そういう時は、勇気を出して行動することも大切になります。 ……と言っても、次の例のように、勇気が常に正しいとも限りません。 私を諫めようとしたり、デュエルを挑もうとした方々ですね」  マサル君のことをチラリと見ると、彼はバツが悪そうにはにかんだ表情をしていた。 「この学校に通っている生徒は、みんなダイヤの原石だと私は考えています。 当然、才能が花開けば、自信もつくでしょう。 強くなって、解決手段を持ったと思うのも不自然ではありません。 デュエルで解決しようとするようになることもあるかもしれません。 自分でやらなくちゃ、という意識に苛まれることもあるかもしれません。 ですが、忘れないでください。 デュエルで負けた場合のことを。 そして、例えデュエルで勝ったとしても、汚い手を使う人間もいるということを。 あと、そもそもデュエルを武力として使うのも、本来は褒められたことではないですからね」 困った。 思ったよりも大掛かりで、そして大真面目なひっかけだったらしい。 校長や理事長にも、こういう内容でやることは恐らく織り込み済みなのかもしれない。 それくらいには思慮深い教師だったことが、証明されつつあった。 「じゃあ、結局どうすればよかったんですか?」  マサル君の疑問も、最もだった。  結局のところ、何が正解なのかという根本的なところが解決していない。 「はい、それを残り十何回という授業で教えていくわけですね。 初回と今回でちょっと捻ったガイダンス、ということでした。 強いて今言えることがあるとしたら、絶対の正解はありません。 ですが、今のこの段階……この学校内に限って言えば、我々教師を頼ってください。 『先週の碇田』は誰よりも強いと言っていましたが、あれを裏付ける証拠は何もなかったですからね。 自分の被害を避けて、尚解決が目指せれば、スマートですよ。 では、私からのコメントを載せたプリントを返すので、授業を始めます。 第二回は──。」  なるほど、授業に関心を持たせるという点では、間違いない導入ではあった。  倫理学なんて授業には大して興味がなく、自分としても舐めていたところはあった。  しかし、ここまで熱意を持って指導するのであれば、相応に受け取るのも悪くないな、と感じていた。  ちなみに、放課後のマサル君は完膚なきまでに叩きのめされていた。  デュエルが強いのは本当だったらしい。