3話 「‥‥まずは、基礎です」 ドームの中央で、舞夏先輩が私を見て言う。 「走る。止まる。曲がる。跳ぶ。‥‥全部、スーツを着た状態で、“思った通り”に出来るようになるまでです」 「は、はい‥‥!」 思ったより、ずっと、重い。 スーツのパワーで、その重さを私は感じないのだけれども。 止まろうとした時、体が、すぐに止まってくれない。 曲がろうとした時、想定より、外に振られる。 (そっか、重たいから慣性が乗るんだ‥‥) 頭では、分かっていた。 でも、実際に体で感じると、全然、話が違う。 「止まる時、スーツのパワーを“ブレーキ”に使っていますか?」 舞夏先輩の声が飛ぶ。 「スーツは、ただ重い鎧ではありません。力を出すだけでなく、抑えるためにも使います」 「はい!」 次は、止まる練習。 その次は、方向転換。 走ってから、ぐっと止まる。 ――転びそうになる。 「今のは、脚の力だけで止めようとしましたね。腰からです」 「‥‥っ、分かりました!」 少しずつ、だけど。 スーツの重さが「邪魔なもの」じゃなくて、「使えるもの」として感じられる瞬間が、増えていく。 次は、軽くスラスターを使ってのステップ。 次は、簡単な回避動作。 「‥‥っ、はぁ‥‥っ‥‥!」 息が、どんどん上がって、汗も、止まらない。 でも。 「‥‥次」 舞夏先輩は、休ませてくれない。 最初から、スパルタだった。 けれど、教えられたことを、意識して。 噛み砕いて、体に、落とし込んでいって。 ――気付いた時には。 「‥‥あれ」 さっきまで、あんなに振り回されていたスーツが。 ちゃんと、「自分の体」の延長みたいに、動く。 「今日は、ここまでにしましょうか」 舞夏先輩の声で、我に返る。 どっと、アドレナリンで感じないようになっていた疲れが押し寄せてきて。 思わず、その場に座り込みそうになる。 「‥‥はぁ‥‥はぁ」 「はい、初めてなのによく動けています。」 舞夏先輩は、私を見て、少しだけ、満足そうに言った。 「正直に言うと‥‥ここまで、早く順応するとは、思っていませんでした。」 「‥‥そ、そうですか‥‥?」 息も絶え絶えで、そう返す。 「はい。思ったよりも、ずっと飲み込みが早いですよ」 少しだけ、柔らかい声。 「‥‥これなら、形にはなりそうです」 その一言で。 息苦しさで重たかった胸の奥が、少しだけ軽くなる。 (‥‥まだ、スタートラインだけど) それでも。 一歩、踏み出せた喜びが、私の胸を満たしていた。 それから、私の放課後は、完全に「特訓」で埋まるようになった。 しかも、舞夏先輩だけじゃない。 「‥‥短期集中で仕上げるなら、分業した方が早いですから」 正直、余りにも贅沢な時間。 気は抜けない。 まず、基礎。 これは、舞夏先輩の担当。 「動きの“癖”は、今のうちに全部、潰します」 歩く、止まる、曲がる、跳ぶ。 まず「スーツで動く体」を作る。姿勢の維持と、体重移動。 少しでもミスすると、すぐに指摘が飛ぶ。 「今の、減速が遅いです」 「スラスターを切るのが一拍遅れています」 「膝から下だけで、止めようとしないでください」 「‥‥はい!」 「スーツは、あなたの体の延長です。振り回されているうちは、戦う以前の問題ですよ」 毎回、指導の終わり、息が切れて脚が笑っている。 でもその分、確実にスーツの扱いが“体に馴染んで”いくのが分かった。 「飲み込みは良いですが、すこしスタミナ‥‥ええ、肉体の方のスタミナが足りないかもしれません。 補助の度合いを調整する事で、負荷を上げる事が出来るんですが‥‥その状態の走り込み、やってみましょうか」 射撃の担当は、重砲撃タイプのブルタール・カノーネを使う、炭駒 千紗先輩。 ちょっと怖そうな人だけど、教え方は、意外と丁寧だった。 「貴女のスーツの銃はメイン火力じゃない。牽制用。分かるよね?」 「‥‥はい!」 「“当てる”、“当てに行ってるように見せる”、”逃げ道を塞ぐ”、”相手を動かす”‥‥全部大事だから」 そう言って、標準の合わせ方や、相手の動きを制限する撃ち方を教えてくれる。 「狙って撃つ、それに集中しすぎない。撃ってどうするかを考えないと意味がないから」 戦いの中の射撃、それを叩きこまれる。 「ほら。こうすれば相手の進行方向、塞げるでしょ」 「‥‥ほんとだ」 そうして、一通り終えた後。 「うん、舞夏さんの言う通り、飲み込み大分良いわね」 そう言われた時、ちょっとだけ嬉しかった。 スーツのことは、正馬 良先輩。 彼女は部内のメカニックも兼任しているから、スーツについて教えて貰った。 説明も、大分分かりやすい。 「君のスーツ、『ハープライト』って言う名前なんだね。見る限りこのスーツはスペック自体は、かなり素直だよ」 私の機体のデータを表示しながら、淡々と説明してくれる。 「ピーキーな部分が少ない分、“どう使うか”で、だいぶ化けるタイプ。逆に活かせなければ、器用貧乏から出られないかな」 出力配分に補助駆動の使いどころ、スラスターの癖。 「常に全開で使おうとしない。必要な時に、必要な機能を引き出してあげる。そうしないと肝心な時に、息切れするからね」 All-Exスーツが、「機械」だってことを、改めて思い知らされる。 「‥‥道具を理解出来ない人は、強くならないよ」 その言葉を肝に銘じて、しっかり勉強する。 「まだ君は初心者。スーツもおろしたてだから、若干ズレがあると思う。 訓練で君の方向性が出てきたら、それに合わせてチューンしてあげるから 良いスーツだと思う。ちゃんと理解すれば、応えてくれるはずだよ」 そう言われて、少し、誇らしくなる。 武器の扱いと、近接戦闘は、蒔田 理央先輩。 《桜鳳嵐月》を着た、洗練された選手。 「貴女のスーツ、基本武装が全部揃ってるでしょ」 盾、射撃武装、近接武器。 この3つが基本武装。 大体のスーツに搭載されている事の多い武装だ。 当然、特化した専用スーツだと、その限りではないけれど。 「後は‥‥ビームブーメランとかもあるんだね、貴女のスーツ。」 一通りを見て、頷く理央先輩。 「だからこそ、“何を今使うか”を、ちゃんと考えないと、全部が中途半端になるからね」 ブレードでの近接。 ブーメランで手数を増やしたり、牽制したり。 射撃での間合い管理。 「全部使おうとしなくていい。効く択を押し付け続けられれば良いんだ」 少しずつ、「考えながら動く」感覚を覚えていく。 「‥‥今の切り替えは、良かった」 たまに、そう言ってもらえると、それだけで、また頑張れた。 気が付けば。 毎日、くたくたになるまで動いて。 家に帰ったら、倒れるみたいに眠って。 次の日も、また部室へ。 時間は決して十分じゃない。 でも。 確実に私は、前に進んでいた。 (‥‥まだ、全然、足りないけど) それでも。 三夜さんと戦う日が、少しずつ、現実味を帯びてくるのを、私は、はっきりと感じていた。 そして、ついに――模擬戦に入った。 相手は、舞夏先輩。 ただし、今日は《フィリオ・アスピーダ》ではない。 「本番用の専用スーツでは、参考になりませんから」 そう言って、舞夏先輩が装備したのは、学校備品の汎用スーツ。 《マルチストライカー》。 剣、楯、銃。 基本武装のみの武装構成は、 私のスーツにかなり近い。 実力差だけが、はっきりと浮き彫りになる状況。 「模擬戦です。ですが、手加減はしません。叩きのめすつもりでやります」 舞夏先輩は、静かに言った。 「倒されないように、ではなく。  “どう倒されるか”を、考えながら動いてください」 ヴィクトル―ドでは、All-Exスーツの基部。 身体防御用のインナースーツが受けた衝撃等の量が可視化され、それが一定を超えると敗北となる。 インナースーツの防御性能は非常に高いから、怪我の心配は無い。 勿論、装甲を追加してインナーへのダメージを抑えれば当然防御力が上がるし、 逆に軽装のみにすれば、速度を出す事だって可能だ。 今回は模擬戦だから、互いに体力の数値は無制限。 いくらだって戦えるし、きっと‥‥いくらだってボコボコにされるのだろう。 「それでは、模擬戦、御楯 舞夏、≪マルチストライカー≫、雛芽 初花、≪ハープライト≫‥‥試合開始!」 理央先輩の声に合わせて、試合が始まって。 ――次の瞬間。 「‥‥っ!?」 互いに牽制の射撃から、そう思ったのに。 相手の射撃を避けて、体勢を立て直した瞬間。 気付いた時には、もう、目の前に、舞夏先輩がいる。 「‥‥遅いです」 盾を構える暇も無く、重たい衝撃。 体勢が、一気に、崩れる。 「‥‥くっ!」 慌てて、距離を取ろうとするけど。 あっけなく追いつかれる。 バランスの崩れた状態で、盾を構える事も出来ず、ブレードでの一撃。 「‥‥はい、ここまで」 気付いたら床に転がされていた。 本番なら、まだ体力は残っているだろうけど。 後はもう、見えているトドメが待っているだけ。 何も、出来てない。 何も、させて貰えなかった。 (‥‥強い) 憧れの人の強さを、実際に身に染みて思い知らされて、自分の無力さも、噛みしめる。 「‥‥もう一度、行きますよ」 ――二本目。 今度は、射撃で牽制してから、動こうとした。 相手の動きの方向性を探る一手。 先輩は、意に介さずにこちらに近付いてくる。 私のエイムがものすごく悪い、という訳では無い。 全部盾で防がれてしまうのだから、近付いて来る先輩を止められない。 盾で弾きながら、間合いを詰めてくる。 「ならっ!」 ブーメランを投げ、それに合わせて踏み込む。 防いだなら、その瞬間に側面に回り込み。 躱したなら、戻ってくるブーメランに合わせて挟む。 次の瞬間。 「‥‥それは、甘いかな」 舞夏先輩が間合いを詰めて来て、ブーメランは躱される。 戻って来るより先に、先輩が眼前、近距離戦のレンジに。 ブレードにブレードを合わせ、鍔迫り合い。 すると、力をいなされて横に回り込まれる。 慌ててそちらの方向に向き直ると、 横から、衝撃。 視界が、回る。 自分のブーメランが戻って来ていたのだと、気が付いた瞬間には。 盾で隙だらけの腕を弾かれ、無防備な胴に、ブレードが。 三戦目。 四戦目。 五戦目。 ――全部、負け。 勝負にならない、というほどではない。 そこに攻防はある。 舞夏先輩は手を抜かない、そう言っていた。 だけど、無論。 指導として戦っているから、勝つために戦っているのと、本気の方向が違うのだろう。 私が何かを仕掛けても、全然歯が立たない。 その一手先を、必ず潰される。 「盾を打撃武器として使う意識は、悪くありません」 「射線での選択も、間違っていない」 六戦目。 七戦目。 「判断が半拍、遅い」 「‥‥っ、はぁ‥‥っ‥‥!」 息が、切れる。 腕が、重い。 脚が、言うことを聞かない。 スーツで補助されている筈なのに、芯である私の身体が先にへばりそうになる。 それでも。 「‥‥次、行きます」 私がそう言うと、舞夏先輩は、少しだけ、目を細めた。 「ええ。来てください」 模擬戦が、何本目か分からなくなった頃。 私は、膝に手をついて、荒い息を繰り返していた。 「‥‥っ、はぁ‥‥はぁ‥‥」 汗が、床に落ちる。 「‥‥少し、休憩にしましょうか」 そうして、息を整えている間に、舞夏先輩が言った。 「‥‥雛芽さん。ひとつ、言っておきます」 私は、顔を上げる。 「専用機同士で戦うなら‥‥私は、船津さんには、負けません」 その言葉は、とても、静かで。 でも、揺るぎがなかった。 「彼女に過去の優勝経験があってもです。私は三年で、この部のエースですから。それくらいの自負は、あります」 舞夏先輩は、自分の手元――今、使っているマルチストライカーの盾を、軽く叩いてから、続ける。 「ですが、今のこの状態‥‥汎用機のマルチストライカーで、本気の彼女を相手にするのは」 少しだけ、苦笑。 「‥‥本領を発揮した彼女を相手にするのは、正直、骨が折れます」 私は、息を呑む。 「あなたが戦う相手は」 舞夏先輩は、私を、まっすぐに見て言った。 「“そのレベル”の相手です」 静かに、でも、はっきりと。 「目の前にいる私が“三年のエース”だからといって、まるで歯が立たないようでは、船津さん相手には、試合にすらなりません」 言葉が、重い。 でも、逃げ場のない、現実。 「‥‥勝て、とは言いません。今のあなたに、そこまで求めるのは、無茶です」 少しだけ、声が、柔らかくなる。 「ですが。一撃を、入れてください。通用する“何か”を、見せてください」 拳を、軽く握る。 「そのレベルに、なってください」 「‥‥分かりました」 声は、少しだけ、震えていたけど。 「一撃、入れてみます!」 舞夏先輩は、少しだけ、満足そうに頷いた。 「ええ。では――続きを、やりましょう」 マルチストライカーの剣と盾が、構えられる。 私も、武器を構えながらゆっくりと、立ち上がった。 (‥‥一撃) たった、それだけでも。 今の私には、遠く見える道だった。 「貴女ならそこまで出来るようになると、私の直感が言っています。根拠は、ありませんけど」 そう言って、少しだけ、困ったように笑う。 胸の奥が、どくん、と鳴る。 「ですが‥・・あなたを最初に見た時から、ずっと、そう感じています」 期待の言葉。 それが、向かっていく気力をまた湧き上がらせた。 とは言え。 結局、その日は一撃も、入れられなかった。 「‥‥今日は、ここまでにしましょうか」 舞夏先輩の声で、ようやく、動きを止める。 全身が、重い。 悔しさで、胸の奥が、ぎゅっと痛む。 「‥‥すみません」 思わず、そう言うと。 舞夏先輩は、少しだけ、困ったように笑った。 「謝る必要はありません」 冗談めかした口調で、でも、目は真剣。 「模擬戦一日目の時点で、あっさり貴女から一撃をもらってしまうようでは」 自分の胸を、軽く指で叩いて。 「‥‥逆に、私の方が凹んでしまいます」 にこりと、だけど自信に満ちた笑みで笑って。 「私にも、意地がありますから」 そうだ。 一日で届くような憧れじゃないのは、私が一番分かってる。 だけど、届くように藻掻かないといけないんだ。 「明日も、その次の日も。出来るまで、付き合いますよ」 その言葉が、胸に、じんわりと染みる。 まだ、遠いけど。 私は絶対に、諦めない。 着替えを終えて、部室に戻ると。 「はい、じゃあ後片付けねー」 理央先輩の声が飛んだ。 私は、一瞬、きょとんとしてしまったけれど。 「‥‥雛芽も、もう入部してるようなもんだから」 千紗先輩が、当然みたいな顔でそう言って、コンテナを運び始める。 「え、あ、はい‥‥!」 慌てて、私も動く。 的を片付けて、器材を戻して、床を軽く掃除して。 ――気付くと。 普通に、「部の一員」みたいに動いていた。 (‥‥あれ) 少しだけ、不思議な感じ。 でも。 憧れていた所でこうしている事に、胸の奥がほんのり温かくなる。 だけど、作業をしながら、ふと、思ってしまう。 (‥‥私、ちょっと特別扱い‥‥されてる、よね‥‥?) レギュラーの先輩たちに、直接、毎日、教えてもらって。 模擬戦の相手までしてもらって。 他の体験入部の子や、普通の部員からしたら‥‥正直、あんまり良く思わないかもしれない。 そんなことを考えていると。 「‥‥あー、なんか、変な顔してるね」 隣から、声。 良先輩だった。 「今、“申し訳ないなー”とか、思ってたでしょ」 図星すぎて思わず、ぎくっとする。 「‥‥い、いえ、その」 良先輩は、少しだけ、悪い顔で笑った。 「いやなに、学校もさ、部費の問題があるから。 自分のスーツ持ってる子って、割と特別なんだよ。学校側で専用機用意するってなると、結構かかるし‥‥」 モップを持ちながら、軽い調子で続ける。 ちらっと、私を見る。 「そういう子にはさ、ほら。出来れば、レギュラーになってもらえた方が、助かるじゃん?」 「‥‥そ、そういう物なんですか?」 良先輩は、少しだけ、悪い顔で笑った。 「資金節約、的な?」 「‥‥な、なんか、身も蓋もない‥‥」 「まあ、冗談半分、本音半分、ってやつ」 良先輩は、そう言って笑った。 「もちろん、実力が無きゃ意味ないけどね。部長の舞夏が見込んでる時点で、期待値は高いってこと」  その言葉に、胸の奥が、少しだけ、くすぐったくなる。 (‥‥期待、されてるんだ) 「‥‥ありがとうございます」 思わず、そう言うと。 「どういたしまして」 良先輩は、軽く手を振った。 「ま、今は、余計なこと考えずに、強くなることだけ考えな。使える環境は、使った方がいいよ」 床を見回して。 「ほら、あと、あそこ片付けたら終わりだよ」 「‥‥はい!」 少しだけ、心が軽くなって。 私は、片付けに戻った。 片付けが終わった頃。 「‥‥よし、せっかくだし、ご飯でも行かない?」 そう言い出したのは、理央先輩だった。 「今日は雛芽もいるしさ」 「賛成」 千紗先輩が、あっさり手を挙げる。 「どうせ家帰っても、疲れて動けないでしょ」 「それは、まあ‥‥そうですけど‥‥」 苦笑いしながら答えると。 「じゃ、決まり~」 そんな感じで、あっさり。 レギュラーだけじゃなくて、他の部員も何人か誘って、みんなで近くのファミレスに行くことになった。 思っていたより、ずっと、にぎやかだった。 部活の外では、みんな、普通の女子高生で。 メニュー見て悩んだり。 デザートをどうするかで揉めたり。 他愛もない話で笑ったり。 なんだか、少しだけ、安心する。 スーツの話もするけど、他愛もない話も多くて。 私は、少しだけ緊張しながら、端っこの席で話を聞いていた。 「しっかし、雛芽ちゃんはなかなか度胸あるよね」 二年の桶多 知波先輩が、ドリンクを飲みながら、にやっと笑う。 「‥‥え?」 「普通、あんなに舞夏に叩きのめされたら、心折れるって」 理央先輩も、うんうん、と頷く。 「そうそう。そういうの、珍しくないからね」 少しだけ、真面目なトーンで。 「スーツを“動かせる”ところまでは、割と行ける子、多いんだよ。でも」 フォークでポテトを突きながら、続ける。 「いざ、模擬戦に入るとさ。本気の攻撃が“自分に向く”っていうのが、急に怖くなってさ」 「‥‥」 「それで、辞めちゃう子、結構いるのよ」 千紗先輩も、肩をすくめる。 「模擬戦の時期になると、毎年のように、ばたばた抜けるからな。私達の年なんて、残ったのは前からやってた経験者ばっかだしさ」 そうなのか、と思いつつも。 確かに、思いっきりこちらに武器が向いて、思いっきり吹っ飛ばされて‥‥ 今思えば、大分怖い事なのかもしれない。 「部長と模擬戦して、あれだけボコボコにされて」 「‥‥う」 「それでも、“もう一回お願いします”って顔してるの、結構、ガッツあると思うし。凄いと思うよ」 周りも、うんうん、と頷く。 「そう、ですか?」 自分では、余り上手く分からない。 必死だったから。 だけど、そう認められるのは、悪い気がしない。 「ちょっと、私が酷い事してるみたいじゃないですか」 舞夏先輩がそう言うと、皆、笑う。 私は、その輪の中で、少しだけ、肩の力が抜けていくのを感じていた。 こうして見ると。 強いけど、だけど本当に、普通の先輩たちなんだ。 そして。 (‥‥その中に、私も、混ざってるんだ‥‥) そう思うと、胸の奥が少しだけ、温かくなる。 家に帰る頃には、体はもう正直に言って、くたくただった。 シャワーを浴びて、ベッドに倒れ込めば、そのまま眠れてしまいそうなくらい。 でも。 (‥‥まだ、終わってない) 私は、ぐっと気合を入れて、机の前に座った。 ノートパソコンを開いて、検索する。 「‥‥船津 三夜」 いくつも、動画が出てくる。 ジュニア時代の試合映像が、何個も検索結果に出て来た。 再生された映像の中の三夜さんは、あの気だるそうな雰囲気とは、まるで別人だった。 動きは速くて、迷いがなくて。 ――とにかく、前に出る。 攻めっ気の塊みたいな、アグレッシブなバトルスタイル。 メイン武装は、ハルバードと盾。 長いリーチで相手を押し込みつつ、隙を見て容赦なく踏み込む。 サブウェポンとして、ブレードと射撃武器も使っているけれど、基本は、ハルバード主体。 迷いが、ない。 楽しそうに、どんどん前へ前へと押し込んでいくその姿は、見ていて惹かれる物があった。 そして、大分スクロールして。中学生時代の彼女の動画に映る。 「‥‥あ、あった」 ジュニアの頃の動画と違って、再生数も少ないし、まとめられてもいない。 結果も、僅差の勝ちだったり、接戦の末の負けだったり。 ――今の三夜さんは、「全盛期のまま」ではない。 それだけは、はっきり、分かった。 タブレットの画面を見つめながら、私は、ゆっくりと息を吐いた。 そして、それはきっと。 私が三夜さんとの戦いで何を求められているのか、そこに、繋がっている筈だ。 負けて。 少しだけ、良くなって。 また、負けて。 ――それでもまだ、届かない。 何度目かの負けのあと、床に座り込んで、息を整えていると。 「‥‥では、先の五戦を振り返りましょう」 真面目な顔で、舞夏先輩が。 「あなたはあの場面で、何を考えましたか?」 私は、少し考えてから、答える。 「‥‥射撃をメインに組み立てて、盾の無い方向に回り込む事を徹底する事で、 舞夏先輩側から攻め込んでくるようにして、そのタイミングでカウンターを仕掛けようとしていました」 「戦いの“組み立て”は悪くありません。ですが、実際に私が攻めに転じた時には、カウンターに入るのが間に合わなかった、という形でしょうか」 「‥‥はい、そうなります」 思い返せば。 模擬戦後に、どう考えていたかを聞かれる事はある。 だけど、それが間違ってる、と言われた事はあまりない。 相手の動きから、「何をしたいのか」を読む。 そこから、「じゃあ、どうするべきか」を考える。 その“答え”自体は、あまり間違っていないのかもしれない。 舞夏先輩は、頷く。 「相手の癖を見て、行動を予測し、それに対して“どう動くか”を組み立てている。とても、良い」 そして、頭を撫でてくれながら。 「‥‥それを、戦いのスピードの中で出来るようになれば、きっと大丈夫です」 戦いは、高速のやりとりだ。 一瞬の遅れが、そのまま、負けに繋がる。 「なぜ、あの時、そう動こうとしたのですか?」 「他に、どんな選択肢があると思いましたか?」 「相手は、何を狙っているように見えましたか?」 模擬戦の後に問われる度、私は自分の考えを言葉にする。 舞夏先輩はそれを、ちゃんと聞いてくれる。 今考えているそれを、戦いの最中に無意識で叩き出せるようにする。 そのために。 舞夏先輩は、私と模擬戦をしているんだ。 本人はそんなこと、一言も言わないけれど。 だけど、それを感じられる。 そして、試合前日。 (‥‥今日が、最後のチャンス) 明日が、本番。 今日、何も掴めなかったら――きっと、間に合わない。 「‥‥では、始めましょう」 舞夏先輩が、《マルチストライカー》の盾と剣を構える。 私も、《ハープライト》の武装を手に取り、深く息を吸って構えた。 開始の合図。 最初の数戦。 舞夏先輩に、何度も負ける。 射撃で牽制して、盾で弾かれる。 距離を詰めようとすると、剣でいなされる。 その瞬間、気付いた。 (‥‥これ、もしかして、癖‥‥?) 舞夏先輩は、本来、二枚盾の使い手。 防御と攻撃を、盾で同時にこなすスタイル。 でも。 《マルチストライカー》では、盾は一枚。 もう片方の手は、剣。 そして、その剣の使い方が―― (‥‥攻めじゃない) 積極的には斬りに来ない。 勿論、射撃をずっと続ければ、接近して来るけれど。 基本的には、“いなして、隙を突く”ための剣。 剣は、防御の延長。 いつもと近いスタイルに、自然となっているのだと気が付く。 (だったら‥‥!) 私は射撃をばら撒く。 連続で、盾の正面。 舞夏先輩が反射的に、盾をしっかり構える。 (‥‥今!) 距離を、一気に詰める。 突撃。 そして、すれ違いざまに。 盾に隠れている間――銃を、捨てる。 左手が銃をリリースし、その代わりに‥‥ そして、右手で持っていた剣で、すれ違いざまに切りかかる。 当然。 舞夏先輩は、その剣を、自分の剣で受けに来る。 (‥‥そう、こうなる筈!) 剣同士が、ぶつかる。 エネルギー刃同士が干渉し、火花が散る。 この後。 剣をするりと受け流されて、私はカウンターを貰う‥‥ その前に。 剣同士が噛み合っている、この距離で、このタイミングで。 銃の代わりに握ったブーメランを、思い切り投げる。 ブーメランが、舞夏先輩の胴に―――バチリ、と命中した。 周りの音が、聞こえなくなって。 「‥‥やられました」 その声で、ようやく、現実に戻る。 心臓が、どくん、どくん、と、暴れる。 「‥‥え?」 舞夏先輩はふっと、笑った。 「‥‥見事です」 その一言で。 全身の力が一気に抜けた。 「やりましたね」 盾と剣を下ろして、こちらを見る。 「“一撃”です」 胸の奥が、熱くなる。 「はい‥‥」 声が、少し、震える。 「‥‥出来ました」 「ええ」 舞夏先輩は、はっきりと、頷いた。 そして、少しだけ、嬉しそうに。 「‥‥明日が、がぜん楽しみになってきました」 もちろん。 一撃を入れたからといって、勝てるわけじゃない。 (‥‥あれが、本当の試合だったら) さっきの一手の先。 銃は、もうない。 ブーメランも、投げてしまった。 私の手元に残るのは、剣と盾だけ。 その二つだけで。 舞夏先輩を、詰め切る。 ――そんな技量は今の私には、ない。 それに。 (‥‥もし、専用機だったら) 《フィリオ・アスピーダ》相手なら。 そもそも。 “あの形”に、持ち込めなかった。 でも。 ――だからといって。 あれが“まぐれ”だとは、思わなかった。 偶然、当たったわけじゃない。 心臓の鼓動が、まだ、少しだけ早い。 私はちゃんと、「戦いの中で」舞夏先輩に一撃を入れた。 この数日間の全部が、無駄じゃなかった証拠。 確実に前に進んでいる、証拠。 もう、「何も出来ずに終わる側」じゃ、ない。 胸の奥に静かな自信が、灯っていた。