4話 そして、試合当日。 ドームの中のスタジアムの空気は、練習の時とはまるで違った。 公式戦ほどじゃないけど、それでも“試合”の空気だ。 「‥‥」 私は、自分のスーツの中で、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。 (‥‥大丈夫) 何度も、何度も、言い聞かせる。 胸の奥は、ぎゅっと、強く締め付けられている。 そして。 フィールドの向こう側に‥‥彼女が、立っていた。 船津 三夜。 ジュニア選手権優勝者。 その専用スーツ、真紅の《ルベル・レグルス》。 赤い装甲は、ただ派手なだけじゃなくて、どこか、鋭く、危うい雰囲気を纏っている。 メイン武装のハルバードは、長く、そして重そうなのに。 構えている姿は、自然で。 何度も振るってきたのだと、一目で分かる立ち姿だった。 ヘルメット越しでも、視線が合った気がした。 お互いに、軽く、頭を下げる。 「‥‥よろしく、お願いします」 声が、少し、震えた。 「‥‥こちらこそ」 三夜さんの声は、淡々としている。 周りを見ていると、舞夏先輩と、目が合った。 『‥‥やれることは、全部、ぶつけてきてください』 そう試合前に言われた事を思い返し、構えを取る。 「悪いけど、初心者相手だからって手加減はしないから」 「‥‥なら!私も初心者なりに!全力でぶつからせて貰います!」 そして。 開始のブザーが鳴った瞬間に、動いたのは。 私だった。 相手は、経験も、技量も、判断速度も、全部、私より上。 相手の出方を見てから対応して、なんてやっていたら―― 何も出来ないのは目に見えている。 牽制。 弾幕を張りながら、距離を詰める。 真紅の《ルベル・レグルス》が、静かに、でも確実にこちらを捉えているのが分かる。 銃を盾の裏にマウントし、剣に持ち替え。 そのまま踏み込む‥‥ だけど、その瞬間。 真紅のスーツがわずかに、沈み込んだ。 ハルバードの切っ先が。 ―――一直線に、突き込まれてくる。 「‥‥っ!」 反射的に、剣を前に出す。 重い衝撃。 火花が散る。 刃と穂先が、ぶつかる。 腕に、痺れが走る。 偶然じゃない。 ずっとずっと、見ていたから。 舞夏先輩の、剣で攻撃を“いなす”ように受けていた、その動きを。 何度も見て来たそれが、自分の動きとして咄嗟に出た。 「‥‥咄嗟の反応は、中々良いけど!」 ハルバードが、引き戻され。 すぐさま。 ――二突き目。 ――三突き目。 ――四突き目。 盾を構えた。 剣で、受け流した。 間に合わない。 肩に、鈍い衝撃。 「‥‥うあっ!」 被弾。 装甲越しでも、はっきり分かる重さ。 後ろへ跳んで、距離を取る。 ようやく、間合いが、開く。 「‥‥はぁ‥‥っ」 息が、荒い。 心臓が、耳の奥で、どくどくと鳴っている。 牽制しながら、戦闘を組み立て直す。 弾が、フィールドを走る。 三夜さんは盾でそれを弾きながら、静かに前に出てくる。 「確かに、その判断は、妥当‥‥だけど」 彼女も、銃を構えた。 反撃の、射撃。 弾と弾が、空中で交差する。 私達はどちらのスーツも、得意なのは、近~中距離。 銃は、あくまで。 “牽制用の武器”であって。 “勝負を決める武器”じゃない。 威力は、そこそこ。 何度か当てても、決定打にならない。 それに‥‥私はもう、何度か被弾している。 体力判定は確実に不利。 この状態で、射撃戦に持ち込んでも。 ――削り合いで、逆転出来る可能性は、低い。 観客席。 「‥‥正直、厳しいな」 理央は腕を組んで、低く言う。 「射撃戦に持ち込む判断は、間違ってない。でも‥‥距離の読み合い、そこでの経験値が違い過ぎる」 千紗が、続く。 「さて、どうしますか?初花ちゃん」 舞夏は、静かに見守る。 じわじわと、追い詰められていく感覚の中で。 ふと。 私は、デジャブを感じた。 (‥‥この感じ) 三夜さんの動き。 堅実で。 危ないところには、決して踏み込まない。 カウンターから入り、互いに距離を取れば射撃戦。 (‥‥どこかで) 私は必死に、記憶を探る‥‥そして。 思い当たった。 ――模擬戦の時の、舞夏先輩だ。 マルチストライカーを使っていた時の。 盾と剣で、徹底的に、こちらの攻撃を受け止めて。 守りをベースとした戦い方。 だけどすぐに、違いにも、気付く。 舞夏先輩は‥‥守っていても。 その奥に。 立ち上るような自信が、あった。 本来なら守りながら突撃する所を、 スピードが平均クラスのマルチストライカー故に、カウンターを主にした動きだった。 “全部受け止めた上で、叩き潰す”‥‥そんな自負が伺える動きだった。 だけど今、目の前にいる三夜さんの動きは。 出来るだけ、リスクを取らず。 出来るだけ、安全に。 出来るだけ、確実に。 勝つ、というより。 ――“負けない”ための戦い方。 その瞬間、中学時代の彼女の闘い方に覚えていた違和感に納得がいく。 噛みつくような、真っ直ぐな攻め。 自分から主導権を奪いに行く、あの勢いは。 自信に満ちた、彼女は‥‥ここには、いない。 「ならっ!」 私は、ブーメランを引き抜き、そのまま投擲する。 一直線じゃない。 少し弧を描く軌道。 当てるためじゃなく、手数を増やすため。 私は、思い切り踏み込んだ。 ハルバードの穂先が、鋭くこちらを捉える。 さっきと同じ、カウンターの構え。 ――突き。 だから私は。 ――盾を、前に出したまま、突っ込んだ。 ハルバードの切っ先が、盾に弾かれる。 「‥‥っ、読み負けた!?」 さっきの、向こうから押してきていた時とは違う。 “思い切り盾を構えて突撃してくる相手”を。 もし、どうにかするなら。 隙はあるが、ハルバードの“薙ぎ”で、盾の無い側面を叩くしかない。 “負けないために戦っている”今の三夜さんが。 そんな、隙を晒す選択を取るはずがない。 突きだけで崩すことは、出来ない。 勢いが違う。 質量が違う。 だから―――懐に潜り込める! 三夜さんが取った行動は。 ――ハルバードを、捨てることだった。 真紅のスーツの手から、長柄武器が離れる。 そして。 腰元に手を伸ばし、サブウェポンの――剣を抜く。 この距離。 ハルバードは、もう邪魔でしかない。 だったら、取り回しのいい武器に持ち替える。 判断としては、正しい。 でも。 私の剣は、メインウェポン。 三夜さんの剣は、サブウェポン。 出力が、リーチも、重量も、刃の“圧”も。 ――――全部違う! 剣と剣がぶつかり、火花と閃光が広がる。 三夜さんのスーツがわずかに、のけぞる。 二回目、三回目。徐々に押していく。 三夜さんは、盾で受けようとする。 でも。 (‥‥させない!) 自分の盾で、盾を弾く。 ――叩きつけるように。 相手の盾が、動く前に弾く。 数度―――確かな、手応え。 剣が装甲に命中する。 観客席が、どよめく。 だけど、そのまま押し切れるほど、甘くはなかった。 三夜さんが強く、後ろへ跳ぶ。 私も反射的に、追いかけようとして―― (‥‥っ、深追いになる!) 踏みとどまる。 私も後ろに引いた時、足元に転がっているものに、気付いた。 ――さっき捨てられた、ハルバード。 (これ、三夜さんの‥‥) 少し考えた後、私は覚悟を決める。 そして、拾い上げたそれを、三夜さんに投げる。 真紅のスーツに向かってハルバードが、回転しながら飛ぶ。 三夜さんはすぐに、盾を構える。 盾で防がれ直撃はしない。 でも‥‥これで、いい。 観客席が、ざわつく。 互いに距離を取り、仕切り直し。 その光景を見て、部員たちの間に、いくつもの感情が交差した。 「‥‥ここまで、よく仕上げたよ」 良が、素直にそう呟く。 「正直、ここまでやるとは思ってなかった」 「うん‥‥あそこまで押し込めたのは、立派だと思う」 千紗も頷く。 その隣で、理央は少しだけ渋い顔をしていた。 「仕切り直しは‥‥技量に劣る側にとっては、ほぼ“チャンスの消失”だ」 視線は、フィールドの二人に向いたまま。 「さっきの流れは噛み合ったから通った。あれを、もう一回作るのは‥‥きつい」 視線が、三夜の手元に向く。 「しかも‥‥」 ――ハルバード。 「投げ返したせいで、あれがまた向こうの手に戻った」 空気が少しだけ、重くなる。 「‥‥ここからは、また、三夜有利だと思う」 誰かが、そう、はっきり言った。 ただ一人。 舞夏だけは何も言わずに、フィールドを見ていた。 どこか、確信を帯びた目で。 なぜ、ハルバードをわざわざ投げ返したのか。 舞夏はその答えを、一人だけ理解した。 その口元はほんの少しだけ。 ――誇らしげに、緩んでいた。 スタジアムの空気がはっきりと熱を帯びる。 真紅の《ルベル・レグルス》が、大きく踏み込む。 ハルバードを、大きく構え―― 思い切り、薙いで来る。 本来なら。 隙だらけの、動き。 カウンターを狙う絶好の‥‥ ――そう考えるより先に、衝撃音が響く。 ‥‥そのはず、だったのに。 速い。 そして、素早い。 咄嗟に構えた盾で受けたけれど、思い切りよろめいてしまう。 腕が、痺れる。 スーツが、軋む。 薙ぎ。 突き。 もう一度、薙ぎ。 さらに、踏み込みながら―― “流麗”とも言えるし。 “苛烈”とも言える。 そんな、圧力の塊みたいな攻め。 受けるたびに、体が少しずつ、押し下げられる。 反撃に出る余裕は、ない。 今は。 ――“決定打にならないようにする”だけで精一杯。 “本来の”船津 三夜。 燃える焔のような一気呵成の攻め。 私は歯を食いしばりながら、踏ん張った。 そして‥‥踏み込んだ。 被弾覚悟。 盾を前に身体ごと、前へ。 「‥‥っ!?」 三夜さんのハルバードが、容赦なく、振り下ろされる。 盾で受ける。 衝撃。 視界が、揺れる。 それでも――止まらない。 次の薙ぎは、装甲に直撃。 鈍い衝撃が全身に走る。 無理矢理、踏み込んで――剣を、思い切り叩きつける。 ――直撃。 確かな手応え。 刃が、真紅の装甲に触れる。 三夜さんのスーツが、わずかに揺れる。 だけど。 ――次の瞬間。 視界の端が、赤く点滅した。 スーツの警告音が、重なる。 ゲージが、ゼロに。 「‥‥勝者、船津 三夜!」 アナウンスが、響く。 私は、荒い息をしながら、ただ、前を見ていた。 三夜さんは、しばらく何も言わずに―― ただ、自分の手をじっと、見つめていた。 私は膝をついたまま、荒い息を整える。 負けた。 ‥‥初心者ながら、大分頑張った気はする。 結果は、はっきりしている。 それなのに。 胸の奥に、残っている感情は―― 「‥‥楽しかった、です!心の底から!」 三夜さんの目が、わずかに揺れる。 彼女は、何かを確かめるように、自分の手を開けたり閉じたりして。 「‥‥私」 その声は、とても小さかった。 「まだ‥‥あんなふうに‥‥できたんだ‥‥」 どこか信じられないものを、見つめているような。 そして、三夜さんはゆっくりと、顔を上げる。 「‥‥ありがとう」 「えっと、こちらこそ、対戦、ありがとうございました!」 ざわめきの中。 「お二人とも。お疲れさまでした」 フィールドに、舞夏先輩が降りて来た。 「とても、とても良い試合でした」 私は、少しだけ、照れくさくなって、曖昧に頷いた。 三夜さんは、まだ、どこか現実感がないみたいに、ぼんやりしていたけれど。 舞夏先輩は、そんな彼女の前に立って、静かに、言う。 「‥‥さて」 少しだけ、間を置いて。 「試合の結果と勧誘は関係ない。そう、言っていましたね」 三夜さんはゆっくりと、視線を上げる。 「ですから、しつこいですけど‥‥最後の勧誘させてください」 そして。 「あなたは、どうしたいですか?」 それから、私の方をちらっと見て。 少しだけ、意地の悪い笑み。 「貴女と戦ったこの子が、これからどうなるのか。見てみたいとは思いませんか?」 一瞬。 三夜さんは、言葉に詰まった。 それから。 また、自分の手を見つめる。 ぎゅっ、と拳を握って。 そして。 「‥‥久しぶりに楽しかった」 はっきりと。 「‥‥でも」 顔を上げて、舞夏先輩を見る。 「‥‥まだまだ、足りない、です」 その目には。 さっきまでとは、違う、はっきりとした光が、宿っていた。 「だから」 今度は、私の方を見る。 まっすぐ。 「‥‥成長して、もっと強くなったあなたと」 一拍、置いて。 「――もう一度、戦いたい」 舞夏先輩は一瞬、驚いたような顔をして。 それから。 ――とてもとても、嬉しそうに、微笑んだ。 「‥‥ええ、ええ!歓迎します。船津 三夜さん!」 三夜さんは、私の方を見て、少しだけ、口元を緩めた。 「‥‥初花さん、だよね?」 私に近付いて、視線が合う。 「私も強くなる。ジュニアじゃなくて、これからを全盛期にする‥‥だから、強くなってね?」 「‥‥はい!次は、負けません!」 更衣室。 スーツを脱いでインナーだけの姿になったところで、 私はベンチに腰を下ろして、深く息を吐いた。 「‥‥ふぅ」 身体は正直、大分へとへとだった。 でも。 心の奥は、不思議と軽かった。 「‥‥少し、いいですか?」 扉の向こうから、舞夏先輩の声がした。 「‥‥はい、大丈夫です」 返事をすると、舞夏先輩はゆっくりと更衣室に入ってくる。 私の脱いだスーツを一度だけ見てから、隣のベンチに腰を下ろした。 「改めて。大変お疲れさまでした、ナイスファイト、です」 「えへへ‥‥ありがとうございます‥‥」 少しだけ、沈黙。 それから舞夏先輩は、静かに切り出した。 「‥‥一つ、確認のため聞いてもいいですか?  あの試合で‥‥船津さんのハルバードを投げ返しましたよね」 私は、小さく、頷く。 「‥‥あれは」 舞夏先輩は、私の目をまっすぐに見て。 「“最善手”では、ありませんでした」 事実を、確認するみたいな、静かな声。 「‥‥それでもあなたは、意思を持ってあの選択をした筈です」 一拍。 「理由を、教えてもらえますか?」 一度、息を吸う。 「三夜さんの‥‥本当の戦い方を、見てみたかったんです」 舞夏先輩の目が、少しだけ細くなる。 「‥‥本当の、ですか」 「‥‥はい」 私は、気恥ずかしくなって床に目線を向けながら、続ける。 「ジュニア選手権の頃の三夜さんの試合の動画を見ました‥‥すごく、自信に満ちてて」 「噛みつくみたいな、あの攻めが、すごくかっこよくて‥‥」 「でも、今日戦ってた時はどこか、違う気がして」 顔を上げる。 「‥‥だから」 ちゃんと、舞夏先輩を見る。 「自分が、相手として、あの攻めを体験してみたかったんです」 少し苦笑しながら。 「初心者が生意気言ってるのは、分かってるんですけどね」 少しだけ、照れくさくなる。 舞夏先輩は、にこやかに微笑み、そして静かに。 「‥‥ええ、貴女は‥‥とてもとても。期待通りに、期待以上です。」 舞夏先輩は少しだけ、間を置いてからゆっくりと話し始めた。 「正直に言いますね」 更衣室のベンチに腰掛けたまま、こちらを見て。 「最初、三夜さんが入学すると聞いた時、私は期待しました。  だけど、彼女はスランプで、競技から離れようとしていた‥‥大きな損失です。」 少しだけ、困ったように、笑う。 「戦ってその結果で入って貰う、なんてのは無理矢理ですし、  私達年上の先輩が、圧をかけるような形で試合をしても、それで彼女の“心”が、動くとは思えなかったのです」 「そこに」 そして、私を見る。 「貴女が現れた。貴女のような、“熱意に満ちた、才気溢れる初心者”なら‥‥もしかしたら」  彼女の中にある、“熱”をもう一度、引っ張り出せるかもしれない、そう思ったのです」 静かに。 「もちろん」 舞夏先輩は、すぐに続ける。 「貴女をただの“当て馬”にするつもりなんて、ありませんでしたよ」 少しだけ、真面目な目で。 「‥‥一度、全国クラスで優勝した選手と、真剣に戦う  その経験は、どんな結果になっても、必ずあなたの糧になります」 私は、無意識に拳を握る。 自分の成長を、噛みしめるように。 「正直。船津さんが、もし、“入らない”と決めたとしても、あなたにとっては十分すぎるほど、価値のある試合になる」 少しだけ、微笑む。 「だけど、貴女のしてくれた結果は、最高の結果でした」 褒められて、少し頬が熱くなる。 「さて、明日に向けて、色々準備しましょうか」 そして、翌日。 放課後の部室。 ホワイトボードの前に、新しい名前が。 四つ、並んで書かれていた。 「‥‥今年の新入部員は、この四名です!」 舞夏先輩が、そう言って名前を指す。 ――朝日原 準。 ――沢本 玖。 ――船津 三夜。 そして。 ――雛芽 初花。 「‥‥」 自分の名前が、ちゃんと“部の名簿側”にあるのを見て、 胸の奥が少しだけ、くすぐったくなる。 前の二人――準さんと、玖さんは。 体験入部の頃から、ずっと見に来ていた、見覚えがある顔だった。 正直。 特訓のせいであんまり、ちゃんと話す時間はなかったけど。 最初に声をかけてきたのは、準さん。 背筋がぴんと伸びた、いかにも真面目そうな子。 体験入部の時から、いつもノートを持って、先輩たちの動きをメモしていたのを、覚えている。 「これからよろしくお願いします」 「えっと、よろしく、準さん」 少しだけぎこちなく、挨拶を交わす。 「‥‥それにしても‥‥すごかったですね、昨日の試合」 真面目な顔で、でも、目は少し、きらきらしている。 「ずっと、手に汗握って見てました‥‥」 「‥‥ちょ、ちょっと恥ずかしいな」 そんな話をしていると。 「あ、いたいたー」 少し間延びした声。 振り向くと、玖さんが、ひらひらと手を振っていた。 「よろしくー、雛芽ちゃん」 「よろしく、玖さん」 玖さんは、体験入部の時から、ちょっと天然っぽいというか、マイペースというか。 「昨日のさー、あれ、すごかったよねー」 両手を大きく広げて。 「最初は、“あ、やばいかも”って思ったんだけど」 「途中から、“え、え、いける?”ってなって」 「最後、“うわー!”って」 「‥‥語彙力」 準さんが、小さく突っ込む。 「私たちねー、初花ちゃんが模擬戦ずーっとしてた時、マルチストライカー装着して基礎連させて貰ってたんだよー」 「雛芽さん、ずっと、先輩たちと戦ってたから‥‥」 「なかなか、話しかけられないなーって」 「あ‥‥そう、ですよね‥‥」 ちょっと、後ろめたい。 「でもでもー、これからは同じ新入部員同士!準ちゃんも初花ちゃんも仲良くしよーね!」 「ええ、一緒に頑張っていきましょう」 「‥‥はい!」 少し遅れて。 三夜さんもこちらに、近付いてきた。 準さんと玖さんが、ちらっと、こちらを見るのに気付いたのか。 少し迷うような間のあとで。 小さく、咳払いをしてから。 「これから、よろしく」 こうして、新入部員が四人揃った。 玖さんはにこにこしながら、三夜さんに声をかける。 「ハルバード、重くないのかな?」 「どんな練習してたの?」 「専用スーツカッコいいよね!」 矢継ぎ早に飛んでくる言葉に、一つ一つ返す三夜さん。 その様子を準さんが、横から興味深そうに見ていて。 少し、遠慮がちに。 「‥‥ハルバードって、間合い管理、難しくないですか?」 その質問に、三夜さんは一瞬、考えてから。 「うん、だから距離を常に意識しないといけない  踏み込みすぎても、潜り込まれるし‥‥下がりすぎても、圧がなくなる」 そうして、話始めた三夜さんの言葉を、逐一メモに取る準さん。 ふと。 (これが‥‥本来の三夜さん、なのかな?) 真面目で、すこしクールに見えるけど、しっかり応えてくれる、そんな彼女の姿を見て。 そうして見ていると、今度は玖さんと準さんの質問がこちらに来て、 慌てながら答える。 舞夏先輩が近づいてきた。 四人が、なんとなく輪になって話しているのを見て。 「新入部員同士、もう、打ち解けているみたいで良いですね」 私たちは、少しだけ、姿勢を正す。 「ヴィクトルードは、個人競技の側面もありますが‥‥部として戦っていく以上、チームワークも、とても大切です」 そう前置きしてから。 舞夏先輩は、はっきりと言った。 「‥‥改めて。ここに居るメンバーが、今年のヴィクトルード部の部員、全員です」 一瞬、部室が、静かになる。 「練習も、試合も、楽なことばかりではありません‥‥苦しいことも、悔しいことも、たくさん、あるでしょう  ‥‥だからこそ皆で、一緒に前に進んでいきたいと思っています」 そして。 少しだけ、柔らかい声で。 「‥‥一緒に、頑張っていきましょう!」 「はい!」 誰からともなく、返事が、重なった。 ――ここまでが。 私たちの「入部まで」の話。 これは、一区切りなんかじゃない。 終わりでもない。 ただの――始まる前の、長い助走。 ここまでがプロローグ。 私――雛芽 初花が。 舞夏先輩に出会って。 三夜さんと戦って。 そして。 「本気で強くなる」と、決めるまでの話。 だから。 ――ここからが本当の、ヴィクトルード部の物語。