[宿の一室] ノブレス : 「いってて……」
[宿の一室] ノブレス : 闇夜に混じり流れる血を隠しながら宿に戻って来て。
[宿の一室] ノブレス : 「なんだあの魔動機……急に現れて……」
[宿の一室] ノブレス : 急も急。ちょうど屋台で指輪を購入した時だった。
[宿の一室] ノブレス : 式典をやると聞いた広場の方から衝撃音が聞こえたかと思うと、次いで悲鳴。逃げて来る人も出て来て。
[宿の一室] ノブレス : 嫌な予感がしたから様子を見に行くと魔動機が暴れてた。
[宿の一室] ノブレス : 装備も十分じゃなかったが、武器だけはいつも持ち歩いてるのが功を奏した。魔動機の前に躍り出て、きっと式典の参加者が逃げる時間を少しは稼げたはずだ。
[宿の一室] ノブレス : 代わりに、死にかけたが。
[宿の一室] ノブレス : 最後はほとんど敗走するような形で逃げることになった。その時にはもう、広場には俺と魔動機だけだったから、なんとかなったと思いたいが。
[宿の一室] ノブレス : 失血で気を失う前に宿に帰って来れたこと自体は良かったが……。
[宿の一室] ノブレス : しかし問題はある。
[宿の一室] ノブレス : 「どうやって誤魔化したもんか……」
[宿の一室] ノブレス : 手当はあまり得意ではない。
[宿の一室] ノブレス : 加えて、疲労。倦怠感。なんとか生きて帰ってこれた安堵。身体がとてもだるい。
[宿の一室] ノブレス : クリノが帰って来た時、血塗れで寝ているのは流石に問題だろう。
[宿の一室] ノブレス : 渡したいものだってある。
[宿の一室] ノブレス : やらなければならない理由ばかりあって、このまま睡魔に落とされることを良しとする理由はなかったから、自分で治療をしようとして。
[宿の一室] ノブレス : 「…………」
[宿の一室] ノブレス : クリノに任せきりだから治療道具がどこに置いてあるのか分からなかった。
[宿の一室] ノブレス : 分からないなー、となるとよくない。奮い立たせたやる気がなくなって、疲労と倦怠感がぶり返してくる。
[宿の一室] ノブレス : 「あー……」
[宿の一室] ノブレス : 会計を慌ててすませて、懐に突っ込んだ指輪を取り出す。
[宿の一室] ノブレス : クリノヒューマイトの指輪は、欠けることなく輝いていて。
[宿の一室] ノブレス : 額から滴った血に濡れて、少し朱くなった。
[宿の一室] ノブレス : 拭かないと、そう思って。
[宿の一室] ノブレス : ベッドに、倒れ込んだ。
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
「──ただいま戻りました」
す、と宿に戻ってきた。そして、ベットで寝息を立てる部屋の主の身体をじっと見る。
拙の知らない傷が増えている。見逃すわけがない。気付かないはずがない。その身体のことは、隅々まで識っているのだから。
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
「やはり、ノブレス様でしたか。随分と無理をなされたようで」
あの魔導機は、全身に傷があった。そして、辺りに撒き散らされた血。
……誰かがあの魔導機によって負傷したにしては少なく、しかして多大な量の赤い色。
ノブレス様は、拙と違い、まとめて多くを相手取るタイプではない。強力な一撃を、一人一殺で行う御方。
それが、あれだけの巨体の全体に傷が広がっていたということは、それだけ、多く剣を振るったということ。……それだけ、長く戦ったということ。
「一人で、だなんて。なんて無茶を」
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
致し方ない事情は合ったのだと、それは理解している。突如広場に現れ暴れた魔導機だ、市民を助けるためにも、そもそも自分が逃げるためにも、戦闘を要したのは想像に難くない。
それでも。
「貴方様が傷付いた時に、お側にいられなかったのが、拙はとても悔しいのです……」
もし、知らないうちに喪っていた可能性があると思うと、恐ろしくてたまらない。
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
……ええ、ただの我儘です。自己中心的な感傷です。ノブレス様を叱責できる要素などありません。
むしろ、ノブレス様が付けたあれらの傷が、その奮闘があったから、より素早く稼働停止に追い込めたのというのと間違いないのです。拙の実力不足もあり、パルネ様とレイチェル様も傷を負ってしまわれた。あの光線が更に苛烈であれば、どうなっていたことか。万が一ということも、あり得たかもしれない。
故にこそ、ノブレス様の行いは間違っていない。むしろ感謝されるべきこと、讃えられるべきこと。
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
それでも、拙の身勝手な心情として。
「……貴方様が剣を振るう時は、隣に居たかったです……」
ボソリと、漏らして。
「…………」
寝ているノブレス様の頬を、そっと撫でる。
[宿の一室] クリノ・ヒューム : 大変お疲れだったのでしょう、変な体勢で寝転がっているのを、身体に負荷がかからないように整える。そして頭を少しだけ持ち上げて、腿を差し込んだ。
[宿の一室]
クリノ・ヒューム :
「……お疲れ様でした、ノブレス様」
頭をゆっくりと撫でて、その寝顔をじっと眺めていた。
[宿の一室] クリノ・ヒューム :
[宿の一室] ノブレス : 翌日、かなり早くに目を覚まして。
[宿の一室] ノブレス : 目の前に愛おしい人がいたから。
[宿の一室] ノブレス : 右手の薬指に、そっと指輪を嵌めた。
[宿の一室] ノブレス :