破城の銛射スヴェンが合図を送ると、ラーバル・ディ・レンハートはすぐさま馬を走らせる。白銀の世界である雪山を赤毛のラーバルを乗せた馬が駆ける様に、スヴェンは鷹の姿が一瞬頭によぎった。 素早く矢を構えたラーバルは半弓を引き分け、ひょう、と放すと、音を立てて飛んでいった矢は、狙い誤らず見事白兎の胴を射抜いた。 「上手くなったな坊主」  兎を手に戻ってきたラーバルにスヴェンが声をかけると、ラーバルは謙遜して「スヴェン殿のおかげです」と返した。 「あら、すっかり身の丈を弁えた好少年になっちゃって。この国に来た時のあの跳ねっ返りの坊主の姿が懐かしいねえ」 「や、やめてください」  紅顔の美少年が狼狽えるのを見て高笑いをあげたスヴェンは、顔を引き締めるとラーバルの弓について話題を移した。 「どうだい、その半弓は」  ラーバルが自分の弓に目を向ける。 「だいぶ自分の手に合ってきた気がします」 「だろ?アレを選んでいたら今頃どうなってたか」  おおこわ~、と戯けるスヴェンにラーバルが面目なさげに俯く。練習初日、スヴェンの所に駆けつけたラーバルは、自分の身長ほどもありそうな長弓を持ってきたのだ。  唖然としたスヴェンは「これがかっこいいのに」とぶーたれるラーバルに有無を言わさず元の場所に返してくる事を命じ、彼に半弓を渡した。  今でもこの事はスヴェンの笑い話の一つとなっている。 「今の態勢、様になってたぜ。その上半身の感触を忘れないこと」 「はい」 「馬と一体になることを忘れないよう、御そうとするんじゃなく、馬と息を合わせること。人馬一体、これ大事ね」 「はい」  真摯な目で助言を聞くラーバルに満足すると、じゃあ帰るかとスヴェンは馬に鞭を入れた。 「後に着いた方がその兎の解体担当な!」 「あ、スヴェン殿ずるい!」  慌ててラーバルも馬を走らせた。ラーバルとスヴェン、2人の乗った馬は互いに抜きつ抜かれつしながら、瞬く間に雪山の向こうに消え、見えなくなった。 ********************  広大な北方の大国サンク・マスグラード帝国、かつて様々な逆臣、悪徳領主、邪教が蔓延り治安が乱れに乱れたこの国は、レストロイカ帝の就任により、ようやく日常に平和と安心が訪れた。  城下町の賑わいを見ると、スヴェンは笑みを浮かべる自身の顔を抑える事が出来なかった。  かつてはここも廃墟の様に寂れており、通り過ぎる市民の顔も当時とは雲泥の差と言っていいものだった。 (んん?)  スヴェンの目が白髪の少女の姿を一瞬捉える。尋常の者なら見逃す程度の違和感だったが、凄腕の射手であるスヴェンの目は、少女の姿を見逃さなかった。 (ジーニャか)  ラーバルがこの国に訪れた当初から、彼とよく揉めていた隻眼の少女。過酷な過去からひたすらに武を追い求め、命を助けて貰ったレストロイカへの恩返しのために死に物狂いの研鑽を積んだ彼女は、ラーバルを「王子サマ」と当初は敵視していたが、今は良きライバルとして張り合う日々を送っている。  いや、今はライバル以上の想いを彼女はラーバルに向けている。それは兵たちの間では公然の秘密となっていた。 「泥棒猫になっちまったかなあ、俺」  スヴェンは苦笑いしながら頭を掻く。自由時間にラーバルに絡んで張り合ったり、自主練に突き合わせてたジーニャも、ここ最近はラーバルが弓の鍛錬に力を注いでいたので彼と過ごす時間が減っていたのだった。  若干の反省を覚えたスヴェンは、兎の解体を終え戻ってきたラーバルにそれをお土産にジーニャの所に行くよう言うと、頭にハテナマークを浮かべるラーバルを帰らせて城に戻っていった。 ******************** 「独占禁止法違反だぞスヴェン」 「なんのことだかわかりませんねえ」  食堂に入ったスヴェンは途端に同僚の親衛隊の無姿の圧壁 ハッシュ、炯眼の猟犬 セター、千智の魔女 メリアに囲まれる。  チラチラ物陰から我らがレストロイカ帝の姿が見える気がするが、目の錯覚とスヴェンは己に言い聞かせた。 「ラーバルとタイマンで指導してるらしいじゃないか」 「う、羨ましいです。師匠ポジをあ、味わえて」  セターとメリアの非難の目に、スヴェンは肩を竦める。 「羨ましいもなにも、アイツが選んだのは俺なわけでして」  きぃ~!と悔しがる女二人を肴にスヴェンは熱々のコーヒーを啜る。 (うむ、とても美味い) 「逆に聞くが、どうしてお前にラーバルは師事したんだ」  腕を組んでハッシュが訊ねる。「そうだねぇ…」と、スヴェンはラーバルが頼み込んで来たときのやり取りを回想した。 ******************** 『俺に、弓を教えてもらえませんか』  ラーバルが深々と頭を下げて頼み込んできた。 『弓、ねえ…』  即答を避け、スヴェンはラーバルの様子を観察する。少なくとも、ラーバルが生半可な覚悟で頼み込んだ様子ではないことは理解できた。 『おたく、魔法使えるでしょ』 『はい…』 『じゃあいいじゃん。遠距離は魔法で、近距離は剣』  何が問題なの?とスヴェンが肩をすくめると、ラーバルは堰を切ったように理由を話し始めた。 『武器を一つでも増やしたいんです。確かに魔法は使えます。でも、魔法に頼らない戦い方を増やしたい』 『例えば、相手に魔法の察知に長けた人がいるとします。その時に魔法を使うとすぐさま位置を特定されてしまいます。そして、魔力に長けた人というものは大抵魔力の察知も優れています』 『それに、魔力を節約しながら戦う術も持ちたい。戦闘以外にも旅の途中魔力を使う機会は多々ありますから』 『3つ目に、魔法を使用不可能にする結界や罠が仕掛けられてることもあります。そういうときのためのサブウェポンとして役に立つと思うんです』 『お願いします!仲間を護れる術として弓を貴方に習いたいのです!』  スヴェンは顎に手を当てて考え込んだ。理由はしっかりしている。魔法との使い分けという観点もいい。何より最後の言葉が琴線に触れた。  スヴェンは緊張した顔つきで直立するラーバルの目を見た。熱意に燃えた目でこちらを見る琥珀色の双眼。 (陛下が気に入るわけだ)  ニヤリと笑ったスヴェンがラーバルの頼みを引き受けると、ラーバルの顔に喜色が浮かんだ。 ******************** 「くっそ~~~~~!!」  話を聞いていたハッシュが、スヴェンの話が終わった途端に悔しがる。 「羨ましいぞスヴェン!お前だけそんな美味しいイベントあって!」 「はっはっはっ、もっとだ…!もっと羨ましがってくれ…!」  悔しがるハッシュの前で高笑いを上げながら天井を仰ぐスヴェン。その異様な光景に周りの兵が若干引いた顔をするが二人は気にすることもない。 「でも…おかしいじゃないか」  眉に皺寄せたセターがスヴェンに詰め寄る。 「それなら私たちだってあの子に技を教えることができる。別に弓に限った話じゃない」 「そ、そうです」  珍しいことに陰キャのメリアもテーブルから体を乗り出してサトーに続く。 「ああ、それもアイツはわかってたよ。お前らと俺との違いを」 「「「なんだって!!」」」 「まずハッシュ。お前とラーバルとでは体格が違いすぎる。お前の怪力を考慮しても参考にはしにくいとさ」 「う゛っ゛」 「次、メリア。魔法の習得はただ覚えればいいだけではなくて、魔法構築のための様々な術式も頭に叩き込む必要がある。ここに滞在している期間だけだとそれは難しい。アイツはお前のように1度読めば瞬く間に覚えるような記憶力はしてないんだ」 「あう…」 「最後にセター。お前の戦い方は魔眼による察知と二刀の短刀。戦闘スタイルが違いすぎる」 「うぐぅ」 「だけど弓なら覚えること自体は難しくないし、コツと心構えを一度叩き込めれば、後は自分でも旅の途中でも練習ならできる。戦闘スタイルを無理にいじる必要もない。はい、証明完了ッお疲れ様でした!」  解散とばかりにスヴェンが手を振ると、サンク・マスグラード帝国が誇る親衛隊三人はガクッと肩を落とした。  三人が去った後、スヴェンはちらっとレストロイカのいた方を見る。そこにはいつもの表情で手招きをしている彼の姿があった。  ため息を一つ吐くと、スヴェンは残りのコーヒーを飲み干して席を立った。 ******************** 「アイツと弓の稽古をしていると聞いた」 「はあ」  スヴェンを執務室に招いたレストロイカは、椅子に座るなりラーバルのことについて尋ねた。 (そりゃあ貴方さっき物陰に隠れて聞いてたでしょ)とは言えないスヴェンは曖昧な笑みで頷く。 「そうか……で?」 「で、とは?」 「で、どうなのだ。アイツの腕前は」 (め、めんどくさ…!)  貴方は子供の成績を妻に聞いて確認するお父さんですか!という言葉が喉元から出かかるスヴェンだが、鋼の忠誠心で彼はそれを飲み込んだ。 「え、ええ、そうですね…」  ごほんっと咳払いを一つして、気持ちを落ち着かせると、スヴェンはレストロイカに語りだす。 「ええ、筋はいいですよ。なにより飲み込みが早い。その日出来なかったことが、次はできてるっていう感じですね。元々のセンスもありますが、自主練習もきっちり行ってるんでしょうね、あれは」 「…そうか。だが、的を射るのと実際に生き物を射るのでは全然違う。それはどうだった」 「ああ、それがですね」  一瞬、なんと言えばいいかわからず、スヴェンが口ごもった。その姿に疑問を感じたレストロイカは重ねて尋ねた。 「何か、困る事でもあったか?狩りに熱中しすぎるとか」 「いえ、逆ですね。あれは…」  暫し宙を眺めて思考を整理すると、再びレストロイカに視線を戻して、スヴェンは説明を再開させる。 「初めて獣を射止めた時、辺りどころが急所を外して、脱兎のごとく逃げていきました。慌てて追おうとするラーバルを押しとどめて落ち着くように言うと、アイツが言ったんですよ」 『矢が当たった野生の獣は助かるすべがない。早く止めを刺してあげないと苦痛が長引きながら息絶えることとなるのではないですか』 「その獣は結局苦痛に悶えながらのたうち回ったんでしょうね。辺り一面の雪を血まみれにした末に崖から落ちて息絶えてました。ラーバルはその屍に向かって謝り続けてました」 「それからはアイツの目つきが変わりました。なるべく苦しみを長引かせないよう、急所をしっかりと狙うように」  スヴェンが話し終えると沈黙が二人を包む。一つ溜息を吐いたレストロイカはスヴェンに懸念を訊ねた。 「今の話を聞く限りだと…ラーバルは弓は向いてないのではないのか?」 「いえ、向いてます。向きすぎているほどです」  即答するスヴェンにレストロイカが若干驚いた顔を向ける。笑みを浮かべながらスヴェンは理由を話し出した。 「俺から言わせると射止めるターゲットの痛みを、理解できないような輩は弓矢を握るべきではない。命を奪うということの重みを知らん奴が、弓を持つほど恐ろしいものはないですから」 「命を奪う重みを知り、苦痛を長引かせないよう、必中の矢を放とうと努力するアイツはきっといい弓使いになれますよ」  暫しの間スヴェンを見つめていたレストロイカは、やがて薄く笑うと「そうか」と頷いた。 「…というか、俺に聞かないで本人に聞けばいいじゃないですか」 「アイツから言われてもないことをこちらから口にすると、気にしているようにアイツに思われるだろう…!」 「いや、気にしまくってるじゃないですか実際に!」