「コイツ、ドウスル」 「ウチらのルールじゃ、始末っしょ?」 「ロタリーの時はスカウトしたぞ」 「このコ男だしねー、ロタっち、先輩的には?」 「えっえっ…わたくしに振られても…」 口調だけ見れば、他愛ないガールズトーク。今にでも、学校の文句でもいいそうなぐらいの。 だが誰の目も笑っていない。瞳だけが別の生き物のようにぎらりと、こちらを睨んでいる。 手に手に輝く鈍い光、血の滴る赤い鉄。すれ違っただけの柄の悪い数人が、 今では同じ数の赤いシミになって裏路地の地面と床と――覆い被さるトタンに散っていた。 内の一人が、手元の鋭い大きなトゲのようなものをくるん、とひっくり返して握り直す。 建物の隙間から差し込む幽かなネオンライトの下でさえ、その威圧感は相当なものだ。 喉に先端が当てられる――いい匂い。血にまみれた透明なアウターの内側の、 女の子の身体の線がよく見える。現実逃避にしては、あまりに情けない。 近道を抜けようと少し横に入っただけで、死んでしまうのか――と、足元がふらつき始める。 針をあてがってきている青い髪の一人と、他の四人はまたきゃいきゃいと騒ぎながら、 俺のことをどうするか決めようとしているみたいだった――そして誰も、視線を切らない。 現実味がない。漏れ聞こえてきていた路地の外の音が、透明でぶ厚い壁に隔てられたようにも。 頭の中をぐるぐると時間が巻き戻る。物凄い速度で、生まれた頃からの―― ――気付いてみれば目の前にいるのは、先週、サークルの仲間に連れられて行った酒場、 そこでステージにいたグループに違いない。誰が誰かは覚えていないが、一か八か―― 「――君たち…えーっと、“キラーチューン”のメンバーだよね?俺、大ファンで…」 「「「「「誰の?」」」」」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 身体が軋む。声が漏れる。誰も聞くものがいないのだけが救いだった。 足元の、いつ開けたかも覚えていない生温いペットボトルの中の水を、飲む。 一気に広がった鉄の味、思わずむせ返りそうになるのを無理やり押し留めると、 鼻の奥にどっと押し寄せたその臭いに、結局、含んだほとんどを吐き出してしまう。 かつん、と軽い音がコンクリートの壁に跳ねた。白い残像が視線の端から消えようとする。 それを指でつまむと――鏡の中に見慣れた、我が愛しの糸切り歯がそこにあった。 痛みと共に、その理由が頭の中に蘇る――咄嗟に名前を呼んだのは正解…だった。 ただこちらの答えを返す前に、五人のうちの誰かの膝が顔面にめり込んで、 気が付けば、ここの殺風景な部屋の中に、荷物ごと乱暴に放り込まれていた。 どのぐらい気を失っていたのか――固まりきって悲鳴を上げる全身の筋肉と、骨。 最初のうちは、起きては気絶し、誰かに起こされては気絶し、起きようとしては気絶した。 足元の潰れた残骸は、そんな繰り返しの中で飲まされたか、飲んだかしたものの成れの果てだ。 携帯を探す――顔面はこうならなくてよかった。電源も入らない。 結論から言えば、俺の扱いは「保留」。彼女たちの裏の顔を見てしまったものは、 容赦なく始末されるのが決まりだそうだが、流石にファンを殺すのは気が引けたのか、 “誰”かを聞き出すまでの話なのか――身体が動かない分、頭だけが、回る。 床に転がされていると、地鳴りのような重低音がずうずうと底を這っているのを肌で感じる。 自分がどこにいるのか――どうしないといけないのか――何ができるのか――云々。 地鳴りが止んでしばらくすると、音は、細く四角い通路をひっそりと降りてくる足音に変わる。 それが誰のものであれ、俺にとって碌な結果をもたらさないことは確かだった。 硬い音を立てて重い扉が開く――放置していた犬の様子を見に来た気軽さで。 俺に声を掛けてきたのは、あの中の―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「おーっす、生きてる?」 彼女の言葉はひどく軽い。宛名を書き忘れた風船のように。 顔だけは知っているような知人に、ふと町中で声を掛けた風でもあった。 少なくともそんな関係性の相手の後頭部を、こぶができるほどがつんと殴ることは普通はない。 装具から爪のように飛び出した電極を突き立てられていないだけ、マシというものだろうか。 表と、裏。ミュージシャンと、殺し屋。そのどちらが本質なのか―― そんなことを問うのは無意味だった。彼女は頭の中のスイッチを切り替えるまでもなく、 ごく自然に、“やるべきこと”をやれる。たとえそれが、ボスに与えられた暗殺指令でも。 痛む身体を引き起こして向き直った俺のすぐ前に、彼女は中腰でいる。 そしてその赤い瞳が、じっと、目の前の男を見ているのだった――血のような、赤。 「またレコたちに痛い目に遭わされたん?」 ひどいねー、と軽い口調で同情するフリだけしながら、腰を下ろし、座る。 こちらから肌が見えようが見えまいが、もとより、何も気にしていないようだった。 むしろ――反応を返すこと自体を、自分の外見の良さを再確認する材料にしている。 キュー、と呼ばれ――自称もする――あの青髪の少女に比べての“可愛さ”よりも、 男の懐にするりと入り込んで、友達としての関係性を作り上げてくるような、怖さがあった。 「――見たいんでしょ」 片側だけが裾の短いホットパンツ――それは当然、しゃがみ、座れば左右の不均衡によって、 若々しい肌を、直接的に見るものの視界に届ける。汗の薄っすら浮いた、張りのある肌。 「見ても怒んないの、ウチだけだよ?」 にたにた笑いながら、指が裾をさらにまくる。下着ごと、その存在が証明されてしまう―― なのに、ぎりぎりのところで、手は静かにすっと下に降りていき、 内心に期待していた俺を嘲笑うかのように、蝶めいてひらひらと踊るのだ。 「ウチが一番かわいいってみんなの前で言ってくれたら――」 顔を寄せての、悪魔の囁き。表情は見えない。だが、目が笑っていないのは、わかる。 もし、彼女の言葉を否定したら――その結果は、言うまでもないことだろう。 俺は脂汗が腋にじんわり浮くのをひどく不快に思いながら、言葉をゆっくりと探す―― ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――