◇ウナギチ〇ポモン  銃を模したガンマンデジモンが絶え間なく弾丸を撃ちこんでくる。一体どうやって弾を装填しているのか?その仕組みには興味こそあれ、効果はない。  弾丸は全てこちらの体表を滑り、後ろの木々や地面を弾き飛ばす音だけが響き渡る。 「チィン!!ポゥポゥッ!!」 こちらが繰り出す触腕の鞭に対し、ガンマンはギリギリで躱しながら高熱の鈍器と化した拳銃を振るう為に駆ける。そう、警戒すべきは体液を無効化するこの打撃だ。近づこうとする相手に合わせて距離を取りつつ足元に触腕を振るう。ガンマンは横っ飛びで避けようとするが脚に掠め、顔をしかめながら体勢を立て直そうとする。 「……」  動きに支障はない程度のダメージ。だがそれでいい。何より大事なのはこちらの身の安全だ。  痛みを避けて安全圏で相手を嬲るのがウナギ〇ンポモンの生き方だ。だからこそ弱そうなペア二組に目をつけ、だからこそ集団から離れた隙を狙った。  そして、だからこそ自分に怪我を負わせたこのガンマンは許せない。時間を稼ぎたいならお望み通り時間をかけて嬲ってやろう。 「チンアナァッ!!!」  股間に力を込めてウナギの頭を放つ。とっさに打ち払おうとするガンマンの素振りを大きく避けながら回り込み、背中…銃で言えば撃鉄に当たる部分を鋭い歯で掠める。 「…!!」  鉄の体に刃物で削ったような傷が入る。必殺の『スニーキングトゥース』は超合金のクロンデジゾイドさえ噛み千切る硬度と咬合力を持つ自慢の凶器だ。  「チンチンッ!」  ダメージを受けつつも鰻部分に攻撃を加えようとするガンマンに対し、また触腕を振るって避けさせる。  そしてそこから生まれた隙を歯で攻撃。歯を避ければ触腕で叩く。中距離を保ちながらちまちまと攻め、無理に近づかない。 「チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン!!」 背中、脚、防御しにくい部分から執拗に痛めつける。そうして動きが鈍ったところで重要な部位を痛めつけていくのがいつのもやり方だ。  3分はそろそろ経ったか……まだ拳銃を振り回して抵抗しているが、すぐにその手から武器を下ろさせ深く土下座させてやる。 「リボルモン!」  10mほど先から声がする。あの金髪の美少女だ。本命の狙いを忘れるところだった……ヒトナーであるウナギ〇ンポモンはサングラスの奥の目に嗜虐の笑みを浮かべる。上ずった叫び声は続く。 「ブロッサモンが仕掛けるから音と煙幕張って!!ボク達は助けを呼んでくるからずっとその場で食い止めて!!!」 ウナギチン〇モンは笑みを濃くした。なんと馬鹿で情けないヒトだ。作戦をこちらに伝えてしまう愚かさ。そして懸命に戦う仲間を盾にして逃げる自己保身、助けを呼ぶというのも本当か怪しい。 〝好み〟だ。温厚な同族と違ってウナギチ〇ポモンは弱者を痛めつけるのが大好きで、だからこそヒトナーになった。ヒトは無力だからだ。  特にあの少女のように小さくて弱くて阿呆で臆病な子供など最高の遊び相手だ。あの端正な顔を汁まみれにする想像だけでウナギ頭がむず痒くなる。  甘く悶えていると眼前の地面が連続で炸裂し土煙が上がった。ガンマンの射撃だ。足元を震わせるその連射は途切れることがなく耳に響くどころか直接叩かれているかのようだ。  命令を聞いた一瞬パートナーの方を見て逡巡していたようだが、なんと命令を遂行するつもりらしい。  「チチン……」  「…………」  飼い主に生贄として差し出されながらその立場に甘んじるとは、その献身と報われなさ加減に嘲笑を通り越して憐れみさえ覚えた。その行動に意味はないというのに。  股間のウナギ頭を勃ち起こし、その鼻をチンと鳴らして集中する。  ウナギの嗅覚は犬並の鋭さを誇る。会場から離れる連中を察知し追跡できたのも煙幕の中で人間を攻撃できたのも自慢の鼻によるものだ。  特にヒト2人の匂いはわかりやすい。香水をつけているのだろう、咲いたばかりの花と熟れた果実が混ざったような独特な匂いだ。たとえ視界や聴覚を塞がれようが居場所がすぐにわかる。  弾幕と煙幕を無視して探ると、巨大な花の後方──例の匂いが二つ、こちらから逃げ去るように動いているのが感じ取れた。まっすぐ走っているものとその後ろを追いかけているものがひとつだ。  先頭からは香水の他に強い発汗と緊張の匂いが漂っている。小さい金髪の方だろう。緑髪の方も置いて行かれるのが怖くて逃げだしたか。デジソウルとかいう力があっても恐怖には耐えられない、ヒトなどそんなものだ。   だが逃げられては元も子もない。ガンマンはひとまず後回しだと地を蹴り、逃げる匂いに向かって駆けだした。  当然向こうも追いかけてくるが遅い。格闘の嗜みはあるようだが、鉄製の体から見た通り走力はないようだ。  それに対してウナギ〇ンポモンは俊敏だ。ガンマンが追いつく前にヒトを捕まえて愉しむくらいには余裕があるだろう。  そう目論んだ矢先、轟音と共に目の前の地面が吹き上がって大きく揺れた。一発だけではない、二回、三回、四回五回と連続して音と砂の飛沫が上がる。ガンマンの胴体から放たれる大砲だ。  追いつけないとはいえ、いい加減無駄だと学ばないものか?後ろからの砲撃を無視しながら突き進んでいると、煙幕の向こうから突如として巨大なシルエットが突っ込んできた。  「今以上~♪」 「これ以上~♪」 「つ~よくゥ~♪」 「壊れるくらい抱きしめェ~てッ♪」  熱唱と共に現れたのは巨大な花デジモンだ。編み目状になった茨の束……先程『スニーキングトゥース』を防いだものを前面に大きく、投網のようにして広げている。  なるほど網か……と少し感心する。方法としては正解だ。ウナギの追い込み漁がそうであるように、抜ける隙間もなく覆ってしまえば滑りのよさなど関係がない。  煙幕はこれを隠すための攪乱だったのか。  ──だがわかっていて捕まる訳がないだろう。    金髪の予告などなくても、強い香りをぷんぷん出してる花デジモンの接近など嗅覚で察知していたのだ。  目前に迫る網に対し低く構えて大地を蹴る、そのまま足裏から体液を流して地面を〝滑り〟、網がこちらを捉える前に僅かな隙間をくぐり抜けた。ガンマン同様とろくさいデジモンだ。  ウナギチ〇ポモンは体液の成分を調整し粘度と摩擦力を自在に操る。これにより地面に触れる足裏や攻撃する部位だけ滑らせることもなければ、液同士を層のように構成して膜状にすることも、接地面の摩擦を低くして滑走することだってできる。   新鮮な体液を次から次へと〝排水〟しながら足で大地をかき分け、スピードスケートのような動作でつき進む。  もう獲物との距離は30mほどしかない。ゆるやかな下り坂の先に匂いを振りまきながら走るヒト共を視認できた。  ロクに補整されていない道のせいでヒト共は上手く走れないでいるが、ウナギチン〇モン自慢の滑りはそんなものものともしない。そして邪魔だったデジモン共は後方にいてこちらに手を出せない。  詰みだ。自分達の策で首を絞めるとはなんと愉快な終わりだろうか。  ドン、ドンと後ろからの砲撃は続いているが、こちらを捉えられないのか、それともヒトに当たる可能性を避けているのか、後方の地面に響いて煩いだけだ。威嚇にもならない。 「いやぁあああああっ!!!!」 「はっ…はっ…はぁ…っ!!」   こちらを見て悲鳴を上げる細い緑髪、更にその先に一心不乱で逃げようとする小さい金髪、どちらも弱く愛おしい。あと数秒で捕まえられる。逃がす気はない。穴につっこんでやる。 「やめて!来ないでぇ!!やだっ!いやぁああっ!!!!」  緑髪は叫ぶように乞いながら腰を抜かしてへたり込み、後ずさっている。そそるものがあるがまともに動けなくなったこいつは後回しだ。まだ必死に逃げ続ける金髪の方から捕まえなければ。  恐怖によるものだろうか、白く小さな脚はペースが乱れてもつれているようで、それでもまだ逃げようと嗚咽を漏らしながらみっともなく走っている。 「やめて…やめてっ……」 「うぇっ!!はぁっ…!はぁっ…!!ひっ……!!」  あと20mを切る。阻むものは何もない。目前の緑髪からは香水の他に汗と涙の匂い。金髪に至ってはそれに加えて涎と鼻水の匂いが漂ってきた。あの人形のような顔をどう歪ませているのか、もう辛抱堪らない。顔を見せろ。怯え、恐れ、汁にまみれてぐしゃぐしゃになった表情を見せろ!! 「うぁっ…!はぁっ…!!はっ……は、ばばばっ……」  あと10m、へたりこんだままの緑髪の向こう、とうとう脚を止めた金髪がこちらを振り向いた。その顔は 「──ばぁーーーーーーかっ!!!!」  笑っていた。  眼を赤くしながら、顔中の汁を垂れ流しながら、体を大きく震わせながら、こちらをまっすぐ睨みつけ、ぎこちなく笑っていた。  涙を拭うその手に何かの札を持っているのが見えた。 「チン……?ン、ンンッッンンンンンンン!?!?」  困惑の最中、突如として視界が真っ黒になり、次の瞬間浮遊感と共にいっぱいの青空が見えた。大地の感触がない。  ──宙に浮いている?  体を動かそうとするが何か細長いものがひっかかり思うように動かせない。先程のフェンスのように交差した、しかしあれ以上に細かく幾重にも連なった緑色の束が自分を捕まえている。  空中で自分を捕まえているこれは……網!? 「『ブロッキングちくちくネットinアンダーグラウンド』。釣られてくれてありがとう。……釣りじゃなくて漁って言った方がいいのかしら?」   上方から知っている声聞こえた。何かの呪文だろうか。  いや大事なのは内容ではない。声の主だ。  だが姿が変わっている。短かった髪が伸び、全身から青紫色のデジソウルを放出している。いやそれよりも……浮いている。  緑髪のヒトが羽を生やして飛んでいる。  さっきまで泣き叫んでいたとは思えない涼し気な表情の緑髪。その両腕は緑色の束を引っ張るように掴んでいる。地面を見ると何か巨大なものを掘り返したような跡が続いており、その先を辿ると花デジモンが緑髪と同じように触手束を掲げていた。そこでようやく理解する。  花デジモンが地中で触手の網を伸ばし、緑髪が地面ごと網を引き抜いてウナギ〇ンポモンを捕まえたのだ。  ──そんな馬鹿なことが。  だが状況的にこの飛行するヒトがやったとしか思えない。ならば逃げたのも演技、罠の位置に誘い込む為の作戦だったのだ。直前でへたり込んだのも地中に手を突っ込む為の布石か。  花デジモンが網を広げて攻撃してきたのもそうか。あれが本命だと思わせる為の……この地中の罠を隠すための、囮?  だがあの短時間でここまで大規模な仕掛けを!? 「ブロッサモンが仕掛けるってトウマ君から聞いてなかった?私の従者(パートナー)はとっても器用で優秀なの」  正解の褒美とでも言わんばかりに緑髪が冷たく微笑むが、しかしまだ納得できない。。  花デジモンの触手がいくら高速かつ精密に動けたとして、たった数分で何十mも地中を掘ればそれなりの揺れが起きたはずだ。いくらガンマンと戦っていても足元の違和感に気づかないはずがない。  …………ガンマン?  そうだ。あいつは常に銃を撃っていたではないか。延々と地面に外していたではないか。もしそれに、こちらが無視していた行動に意味があったのだとしたら。  耳を鳴らし、足元を揺らし、その全てが本命の罠を悟らせない為のものだったとしたら。  金髪の言葉を思い出した。  『ブロッサモンが仕掛けるから騒音と煙幕張って!!ボク達は助けを呼んでくるからずっとその場で食い止めて!!!』  仕掛け、騒音、煙幕……今思えばわざと情報を流しているかのような台詞ではないか?聞かせる為にあつらえたような言葉選びではないか?  あえて追わせる為、狙いを誤認させる為、そして地面に撃たせる為、それらを不自然に思わせない為の……  だとすれば全てが仕込み。  あの愚直なガンマンも、とろくさい花も、弱っちいヒト共も、全部、ウナギ〇ンポモンをあそこにハメる為の──…… 「ウ……ナ˝……ギギギ……ッ……  ウ˝ナ˝チ˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ボォオ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ッ!!!!」  腹の底から怒りがあふれ出す。ふざけるな。ハメるのは自分の方だ。獲物はお前ら弱者のはずだ。ウナギ頭に血を昇らせながら歯をギラつかせた。  何重にも絡まった網だが噛み切れるのは実証済み。力づくで脱出して── 「ブロッサモン!『自切(パイプカット)』ッ!!」 「「「「「もっと♪キツく♪もっと♪もぉっとォおォ~♪」」」」」  緑髪の掛け声と共に花デジモンが掲げている側の触手の束が瞬時に千切れ、片側の支えがなくなった網が重力に負け落下する。  同時に網を構成していた触手の先端が絡みつくようにきつく結びつき、キツくなった網はウナギチ〇ポモンの体をボンレスハムのように強く縛り上げる。 「ギギッ!!?」  グイ、と体全体が引っ張られる感覚が走り、その先には緑髪がいた。こいつ一人に吊るされている状態だ。しかも気が付けばさっきより高い中空に上昇している。 「『プリンセスぐるぐるメリーゴーランド』ッ!!!!」  謎の言葉と共にウナギ〇ンポモンの視界が横に伸びた。  回転しているのだ。自分自身が。  ごうごう、びゅんびゅんと風を切りながら、ウナギチン〇モンの体が陸上競技のハンマーの如く振り回されている。  その中心はもちろん空飛ぶ緑髪だ。 「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」  前と同じ台詞、だがトーンが全く違う叫びと共にウナギチン〇モンの全身が冗談のような膂力で外側に引っ張られる。 「ン˝ボォ゛オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝ロロロロロロロロロロロロロロッッッ!?!?!?」  いくら体液を出そうが縛り上げられた状態では滑ることなどできず、更には遠心力により締め付けはどんどんきつくなっていく。  ウナギ触手も圧迫され動かすことさえままならない。鈍い痛みと激しい屈辱が全身を襲う。  だがそれ以上に状況がまずい。このまま放り投げられたら飛行能力を持たない自分は空の彼方だ。そうなればこの雪辱を晴らすことも難しい。  しかしいつか、いつか絶対にこの恨みは返してやる、絶対に、絶対に──……  ねばつく執念を滾らせている最中、嗅覚で捉えたものがあった。香水と激しい汗の匂い、金髪だ。  ぶれる視界には先程の札を掲げている姿が映っていたが、その意図がわかる前にウナギチ〇ポモンの体が網ごと緑髪の手を離れて吹っ飛んだ。 「オ˝ッ……オ˝ヂ〇゛ボオ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝------------ッ!!!!!????」    投げ込まれた先に花デジモンが見える。空ではなく下の地面に向けて投げた?何故だ?と疑問が湧くと同時に、その触手が金色の大きな何かを抱えていることに気付いた。      あれは知っている。水棲デジモンが知らない筈がない。金色の装甲に覆われた竜の姿、顔の上半分を占める大砲……荒ぶる海の王、メタルシードラモンだ。      メタルシードラモンの頭にガンマンデジモンの頭と四肢がくっついている。花デジモンの触手がいくつも絡みつきそれを支えている。  金髪の声が遥か下から聞こえた。 「狙いがつけられないならそっちから来てもらえばいいんだ!!」 「ヂッ…ヂヂヂ…ッ!!!!」  熱線の前に体液は無意味。空中では身動きも取れない。大チン〇ならぬ大ピンチを前にウナギ〇ンポモンは頭を巡らし、そして素晴らしい作戦を思いついた。  縛られた触腕をなんとか前に出して〝この通り〟のジェスチャーを取り誠心誠意の謝罪をする。 「チ〇ポチ〇ポ(めんごめんご)!!」  直後、ガンマンの腕が高々と上がり──サムズダウンのジェスチャーを取った。 「いけぇリボルモンッ!!アルティメットストリ──  金髪の台詞が終わる前に巨大な熱線が放たれ、ウナギチン〇モンの全身は香ばしく焼きあがっていった。 ◇大木トウマ  トウマ達はリゾートホテルまで移動し、海が見えるラウンジのテーブルにて祝杯を挙げていた。  サクラコとトウマはレモンが刺さったトマトジュースを頼んだが、向かいに座るリボルモンとアルラウモンはバケツかと見まがうほどでかいかき氷と格闘している。  元々折半するつもりだったのをサクラコが奢ると言って譲らず、トウマもトウマで見栄を張った結果特に好きでもないトマトジュースに化けてしまった結果だ。コーラシロップの山を黙々と口(?)に運んでいるリボルモンが羨ましいが、今回最も体を張っていたのは彼なので何も言えない。 「…………」 「カウボーイ君も拝見しただろう!このボクの巧みな触手捌きを!そして翼を広げるヒメの輝きを!あの様はまさに女神の芋掘りの如く──」  カードスラッシュにより回復する前は全身あちこち削られていたのに、そのことについて愚痴ることも誇りこともせずにいつも通りの無口なマイペースなリボルモン。そんな振る舞いが大人っぽくてかっこいいと素直に思う。  その横のアルラウモンはクリームやら小豆やらが乗ったゲテモノメロンシロップを掲げながら自分とサクラコがいかに活躍したかをリボルモンにまくしてては聞き流されているが、ああも自分達のことを誇らしげに語れる彼にもある種のかっこよさを感じた。  それは自分と比べてしまうから……自分がかっこ悪いからだ。  汗と汚れと乱れた化粧をシャワー室で洗い落とし、海パン一丁に戻ったトウマの体はまるで鎧を脱いだように軽いが、1匙だけ口をつけた冷たい器はやけに重い。 「さっきは怖い目に遭わせてごめんなさい」   サクラコが申し訳なさそうなさそうな顔で謝ってきた  謝るつもりが謝られてバツが悪くなり、なんとかフォローしようとする。  「いえそんな、あれはあのデジモンが悪いっていうか、いや、ていうか全然怖くなんかなかったですし」 「…………」 「いやえっと、その、あの……」  前者は本当に思っていることだが後者はフカしてしまった。怪訝な眼差しが痛い。なぜこんなときも見栄を張ってしまうのか。  彼女の言う通り無傷で勝てたのだから上出来だ。なのに謝るのは〝本当ならもっとできた〟と言い訳する為か、不甲斐なさを叱って欲しいという甘えか、自分でもわからないまま謝ってしまう。 「ごめんなさい。僕が最初からデッキを持ってきていれば……」 「謝ることじゃないよ。それにリカバーしたのはトウマ君の力でしょう?」 「作戦を立てたのは姫野さんだし、頑張ったのはリボルモンとアルラウモンです。僕の考えだけじゃダメでしたし」  狡猾な敵をハメる為にあえて逃げる〝フリ〟をする作戦……無事成功したが、原案ではトウマが誘導して追いかけてくるウナギ〇ンポモンを後ろから撃ちぬくというかなり強引な方法だった。  それをサクラコの力とブロッサモンの触手を使う確実かつ安全性の高い実行案にブラッシュアップした訳だ。 「〝僕が囮になります〟って言い出したときは正直びっくりしたよ」  サクラコが困ったように笑う。恥ずかしい。   内心怖くなるほどの演技力で囮役をこなしたサクラコに対し、言い出しっぺのはずのトウマはく本気で怯えながら逃げ、泣いてさえいた。  情けなさで鼻の頭が熱くなる。 「ちょっと聞きたいんだけど、最初の作戦のままだったらトウマ君もウナギ…デジモンと一緒にビームに巻き込まれて危なかったよね?」 「……はい。まぁ」 「貴方がそこを考えてないわけがない。どうやってビームを躱すつもりだったの?」   容赦なくダメ出ししてくるサクラコに恐ろしさを覚えながらしどろもどろに応える。 「えーっと、ウナギデジモンが盾になるし、それか急いで横に飛べば何とかなるかなって……」 「…………」  ぽかんという顔をするサクラコだが、次の瞬間ぷ、と吹き出し、腹を抱えて笑い出した。 「あははははっ!!ほ、本気!?本気でそんなことするつもりだったの!?あはははははは!!」  笑われたことよりもそんな風に笑う姿に驚き、呆気にとられた。そこまで変なことを言っただろうか?  と疑問を抱いていると、軽く息を吐いた彼女は急に別の話題を持ち出してきた。   「トウマ君ってさ、リボルモンを助けに海に飛び込んでたよね」  見ていたのか。勘違いして先走った上に吹っ飛ばされた恥ずかしい姿を。 「それに、更衣室から出る前に私の手を引っ張ってくれた」  そういえばそうだった気がする。無我夢中だったのでよく覚えていないが。  何が言いたいのだろう、ダサくて笑えたとかそういう話だろうか。先程と同じ笑った顔をしているが、それは何かを懐かしむような微笑みへと変わっていた。 「私ね、トウマ君に自分を重ねちゃってたんだ」  言葉がゆっくりと耳に入ってくる。 「初めはね、貴方も『女の子』だって勘違いしちゃったの。途中から薄々わかってはいたんだけど、トウマ君が可愛すぎてつい盛り上がっちゃって、あはは……」  バツが悪そうに頬をかいているが、海パン姿の自分を見てどうして女の子だと思ったのか。いわゆる天然という人なんだろうか。 「けどそれだけじゃなくて……話してるといろいろ無理してた頃の自分を思い出しちゃってね。だから自信をつけさせてあげないと!なんてはりきってたの。余計なお世話だったけど」  女装させることとの関連性はよくわからないが……要するに自分を励ましたかったらしい。余計なお世話だなんて思わないが、それ以上に自分の心を見抜かれていたことが恥ずかしく、気を遣わせていたころが申し訳なくなった。ボクはやっぱり…… 「だって、トウマ君はかっこいいもん」  彼女は真っ直ぐな瞳で自分を見つめていた。大木トウマという一人の人間を見て言った。 「自分の危険を顧みず誰かの為に立ち向かえる。それって凄いことなんだよ?自覚できてないだけで、君の心にはかっこいいヒーローがいるの」  その言葉にに見栄も繕いも感じられない。本気だった。 「何より、君は自分の中の恐怖に立ち向かえる勇気がある。」  勇気。自分から最も遠い言葉だと思う。 「私一人を囮にさせない為に体を張って走ってくれたこと、絶対に忘れないよ」  鼻水を垂らして泣いていたあの姿。正直忘れて欲しい。 「トウマ君がどう思っていても、あのデジモンに立ち向かった君はかっこいいヒーローだったんだから」  恥ずかしい。恥ずかしい。この恥ずかしさは恥からか。照れからか。 「リボルモンを信じてたみたいに、君は君自身を信じて胸を張ってもいい……ううん、私は胸を張って欲しいって思ってる。せっかくの男前がもったいないよ」  最後にそう冗談めかして姫野サクラコは告げた。  大したことはしていない。褒めすぎだ。何か裏があるんじゃないか……そうは思っていても嬉しい気持ちを止められない。思わず顔を伏せてしまう。その肌は岩場で会った時以上に真っ赤になっていた。  けれどこの恥ずかしさは思わずこの場から離れたくなるようなそれじゃない。それよりももっとくすぐったいのに、もう少しこのままでいいと思えてしまうほど柔らかく、暖かい。 「……ありがとうございます。姫野さん」 「こちらこそありがとう。でも無鉄砲はダメよ?」  言うのがやっとのお礼にぎこちない笑顔、それが今の精一杯だ。けどいつかもっとかっこいい自分で──強い意志をもって彼女と話せるようになりたい。そう思った。  サクラコが握手を求めてくる。トウマは少しためらった後、その掌を握って  次の瞬間凄い力で引っ張られ、抱き寄せられた。 「えっ」 「それじゃあ、女の子の続きをしましょうね」 「えっえっ」  その笑みは眼が据わり、口角が上がり切っている。 「いいところでおあずけ食らって私も我慢できないの」 「えっえっえっえっ」 「かっこいい男の子だからこそ変身させがいがある。そうよね?『トウマちゃん』」  視界の端ではリボルモンがこちらを見ていた。アイコンタクトで助けを求めると彼は再び「男になってこい」のサムズアップを送り……  それが漢・大木トウマが最期に見た光景だった。 ◇リボルモン 「ンハァーッ!!頭がキンキン冷えるよガンマン君!!びーくーるってヤツだね!ンハァーッ!!」  頭痛に悶えているアルラウモンの隣で、リボルモンはあることに思いを巡らせていた。  ……サクラコの身体のこと、トウマは知っているのだろうか?  今日改めて挨拶した際、彼女自身が最初に説明してはずだが、果たして我が相棒はそれをちゃんと聞いていただろうか?  真っ赤な顔でしどろもどろに受け答えしていたが、話は耳に入っていたのだろうか?  伝えるべきか、不干渉でいるべきか。再び密室に閉じ込められたパートナーの青春に思いを馳せ──      ま……どうでもいいことだろう。 「ン〝トウマ君〟も中々ヒメに見合う役者のようだね!最もボクほどじゃあないけれども!ンハァーッ!!」  再び悶えるアルラウモンを尻目に、無口なガンマンはお姫様に連れ去られていく相棒を感慨深く見送ったのだった。 オワリ