・01 スマートフォンの画面に、協会の掲示板が浮かんでいた。 《暴走デジモン討伐 単体 危険度B 生死不問》 場所は電車で一度乗り換えた先の再開発地区…当然、立入禁止区域。 指定だけで、いつも通り事情は語られない。 カノンはその報酬額だけを確認し、端末を閉じた。 理由は要らない─仕事は、終わらせるものだ。 フェンスに囲まれた工事現場は、夜でも明るかった。 だが、それは先程までの話だ。 カノンが通った後は、監視機器がショートしていく。 警告灯はその赤い点滅を止め、役割を果たせない。 それは、彼女のデジヴァイスicの奥で何かが脈打つたびに起きていた。 辛うじて重機の影を生むのは、高層ビルの内側からわずかに届く光だけだった。 人の手が作った場所なのに、人はいない。 金属が擦れる音が、遠くで鳴った。 カノンは咄嗟に相棒をリアライズさせ、眉を潜める。 コンクリートの割れ目から現れた影─それは、カブテリモンだった。 だが、その姿は異様だった。 甲殻は赤と青が混ざり、アトラーカブテリモンへとなりかけているようだった。 そしてその隙間には、不自然な金属がいくつも食い込んでいる。 クロンデジゾイドの露出が、無防備に光っていた。 生体と機械の境目が、雑に縫い合わされている。 カブテリモンは、こちらを見て固まった。 攻撃の構えはなく、翅を震わせながら一歩…二歩と下がる。 だが背後にあるフェンスが、彼の逃げ場を失わせている。 カノンは咄嗟に足を止める。 想定していた"暴走"とは、明らかに違っていた。 ディノビーモンの変わりに、デジヴァイスicが小さく振動した。 翻訳ログが、淡々と表示された。 【俺と同じだ】 それは感情ではなく、事実の共有だった。 この場所にいる理由、ここから出られない理由。 カノンは、視線を逸らせなくなる。 人の世界の真ん中で切り捨てられた存在…暴れていないのに、処分対象になった存在。 引き金を引けば、仕事は終わる。 誰にも咎められない─そのはずだった。 それでも指が動かない…そう、カノンは迷った。 仕事としてではなく、人として。 ・02 足音が、コンクリートに乾いた音を残した。 軽くて無遠慮な歩調だった。 闇の向こうから、少年が現れる。 彼は状況を一瞥すると、わざとらしく肩をすくめる。 「ダッサ。そんなよわっちいのに苦戦してんの?」 その言葉は、まっすぐカノンに向けられていた。 正論でも忠告でもない。 ただ、上に立つための音だった。 「日向、暁…」 暁と呼ばれた少年は、口の端を歪める。 彼はかつて自分より先に獲物を仕留めた少女の顔を、覚えていた。 逆恨みした暁はカノンの獲物を狙い、何度かの激突が起こっていた。 背後で、大きく息を吸う音が鳴った。 暁のパートナー・ジオグレイモンViが腹の底を光らせ、喉奥に炎をチャージしていた。 その照準は、迷いなくカブテリモンへ向けられた。 ディノビーモンが、即座に前に出る。 その背中で、カブテリモンを庇う。 爆炎─コンクリートが弾け、火花が散る。 何発も打ち込まれた内の一発が、甲殻に亀裂を生む。 鈍い衝撃が走り、ディノビーモンの体が揺れる。 それでも、倒れない。 指示もなく前に出た背中を見て、カノンは歯を食いしばる。 「お前…いや、私も決めた!」 カノンはデジヴァイスicを握り締める。 一方的に火炎弾を受けるだけであった恐鉢が、カノンの闘志をデジヴァイスic越しに受けて動きを変えた。 瞬間、ジオグレイモンViの背後に体を大きく捻ったディノビーモンが回り込んでいた。 ディノビーモンはその捻りを解き放ち、硬い膝を兜に叩きつける。 反動で素早く飛び退くと恐鉢は地面に手をつき、クラウチングスタートのような姿勢を取った。 視線だけは、背後のカブテリモンを見つめる…彼は怯え、逃げ場を探すようにフェンスを見ている。 ─力を解き放ち、ディノビーモンは跳んだ。 筋肉から音を鳴らしながら、ジオグレイモンViに体当たりを仕掛けた。 【メガフレイム】 しかし、ジオグレイモンViもただやられるわけではない。 振り向き様に火力を高めた火炎弾を至近距離からブチまけた。 【メガサンダー レゾルヴ】 だが、ディノビーモンも翼を震わせて産んだ電撃を腕に溜めていた。 両腕を広げて放たれる稲妻─しかし、それは勝ちを狙った動きではない。 地面に叩きつけられたソレは、炎を押し潰しながら小さな爆発を引き起こした。 煙が晴れた時、戦場に残ったのは暁とジオグレイモンViだけであった。 逃げられた筈の暁は、鼻で笑って見せた。 「へえ…そうするんだ」 背後で、ジオグレイモンViの低く熱を帯びた声が鳴った。 「面白くなるかもね、暁」 ・03a シュウが作戦会議に使いがちな動物ふれあいカフェ・嫉妬は、昼間でも妙に静かだった。 動物の匂いと、甘い飲み物の香りが混ざっている。 カウンターの奥には、いつも通り態度の悪い店員がスマホを弄っている。 店員…斉藤彩乃は二人の注文に対し、顔を一切上げることはなかった。 "デカシロトカゲモドキ"と名札をつけられたユキアグモンは暇そうに店内を見回していた。 彩乃的にはこれで動物のフリをさせたつもりらしい。 カノンはコーヒーを前に、事情を話し始めた。 申し訳なさを隠したつもりか、わざとらしく投げやりな言い方だった。 「おじさん、お人好しでしょ?なんとかしろよ」 シュウはすぐには答えず、カップの中に視線を少しだけ落とす。 やがて砂糖の瓶を手に取り、引っくり返すと一瓶まるごと使い切った。 「…危ないことしてるの、わかってるのか?」 ようやく開いた口から出た言葉は、説教だった。 そう言いながらシュウはカップを回し、溶けきらない甘さを確かめる。 やがて軽く肩をすくめた彼を前に、カノンも僅かに晴れた顔を上げる。 「ま、いいや。アテはある」 「知り合いに土地転がしてるヤツがいてな。余ってる所がないか聞いてみるさ」 そう言いながら、シュウはもう一つ砂糖の瓶を掴んだ。 躊躇なく、ソレを逆さにする。 白い粒が音を立てて落ちていく様に、カノンは思わず顔を引きつらせた。 「うげっ…」 すっかり寝落ちしたユキアグモンの腹の上で、ウサギが耳を揺らした。 ・03b 山中…そこは、人目につかない古い私有地だった。 舗装の剥げた道の先に、ぽつりと開けた空間がある。 境界線の標識は倒れ、誰の土地かも分からない。 だが、だからこそ選ばれた場所だった。 「はー。こりゃド田舎」 カノンは、ため息まじりに言った。 「田舎だからいいんじゃないか」 少し離れた場所で、旅人めいた格好の男がそう言った。 「今日はありがと。えと……」 カノンが言い淀むと、男は軽く手を振る。 「俺のことは…そうだな、風来坊とだけ呼んでもらっていい」 その瞬間、山を抜ける風が強く吹いた。 男のマントが大きく翻り、タグがちらりと覗く。 それは、丈夫で主張のない事が有名なブランドのものだった。 シュウが、その背を一瞥する。 「こいつは伊藤明だ」 「あの…」 訂正しようとした声は、二人にかき消された。 「伊藤明か…ありがとね伊藤明」 「今回は助かったよ、伊藤明」 名前を重ねられるたび、風来坊(本名:伊藤明)の肩がわずかに落ちていく。 「……はい」 短く返事をすると、風来坊(本名:伊藤明)は視線を逸らした。 風はすっと収まっていた。 ─そして、私有地の一角に奇妙な共同生活が生まれた。 ここが一時的な避難場所であり、長居する場所ではないことをそれぞれがうっすらと理解していた。 それでも、カノンたちはカブテリモンの様子を見に来ることをやめなかった。 ユキアグモンは無邪気に近づき、気がつけばすぐそばにいる。 時には丸まって眠り、時にはじっと見上げるだけだった。 ディノビーモンは何も言わないが、常に立つ位置を変えない。 カブテリモンと外界の間に、自分の体を置くように。 カノンはぶっきらぼうだった。 餌を置くのも、様子を見るのも、必要最低限。 優しい言葉は使わないが、来なくなることもなかった。 シュウは理由も、未来も、口にせずそこにいた。 ただ、少し離れた所でみんなを見守っていた。 カブテリモンは、最初は物音に怯えていた。 枝が折れる音、足音、風の揺れ…そのたびに角を構え、攻撃姿勢を取った。 触れられることを拒み、視線を逸らし、背を向ける。 それが、彼が生き残るために覚えたやり方だったのだろう。 だが、暖かさに触れる時間が増えていった。 何もされない時間、奪われない時間。 そして、彼は同郷の仲間…ディノビーモンに心を開きつつあるように見えた。 同じ場所で生まれ、同じ場所で歪められた存在。 ディノビーモンは何も言わず、そこにいた。 カブテリモンも何も言わず、横に座った。 その距離が縮まったことを、誰も口にはしない。 だが、穏やかな安らぎを誰も見逃してはいなかった。 ・04 無機質な室内に、複数の研究員…彼等の中には苛立った空気が満ちていた。 モニターに並ぶのは、実験ログと失敗記録。 その中に、一つだけ終了報告のないデータがある。 「おいおい。コイツ、もしかして死んでないんじゃないっすか?」 軽薄そうな若い研究員が、低く吐き捨てた。 画面に写し出されたのは、カブテリモンだった。 本来、証拠ごと処分されたはずの失敗作。 それがまだ存在しているという事実は、実験の過程そのものが外に漏れる可能性を意味していた。 「証拠が残れば、次は私たちのデータが漏れかねませんね」 「…冗談じゃない!」 落ち着いた女性の声に釣られたのか、誰かが机を叩く。 怒りは合理性を装っているようで、実態は単なる逆上だった。 「最早ヤツの処分だけでは足りん!証拠ごとだ!」 「んじゃ当然関与した痕跡ごと、ですよね〜?」 若い研究員が表示したモニターの端に、通信履歴がズラッと表示される。 最後に接触した人物の名・カノン─彼女の行った任務失敗の報告が、淡々と記録されていた。 「彼女が、ミスをしなければよかったのですね」 女性の研究員が、誰にともなく言った。 責任転嫁にもならない言葉だったが、それで十分だった。 即座に、次の処理が決まる。 討伐対象の再指定─だがその指定は偶然にも、カブテリモンを匿っている人物に重なった。 「協力者がいるならソレごと消しちゃえばいいっすよね」 「金額はどうします?」 「確実に、人が動く金額だ…俺が上に連絡をする」 そして、デジタルバウンティハンター協会に連絡が入る。 協会側は一瞬だけ渋った…だが、続いて提示された援助金の額を見てあからさまに態度を変える。 《暴走デジモンとその協力者の討伐 危険度A 生死不問》 その返答はあまりにも早く、カノンは処分対象となった。 名前は伏せられ、条件だけが強調されていた。 別の場所で、暁はその画面を眺めていた。 スマートフォンを片手に、口元を歪める。 「なるほど…」 指で画面を叩きながら、少年は相棒に向けて笑って見せた。 「確かにこりゃ面白くなってきた」 ・05a 朝の駅前は通勤客と学生で溢れ、いつも通りのざわめきが街を包んでいた。 その中に紛れて歩くカノンの背中に、理由のない違和感が張りついている。 視線がある─それも一つではない。 歩調に合わない足音が後ろから重なり、曲がり角の先では立ち止まった男がスマートフォンをこちらへ向けていた。 「見ぃつけた」 掲げられた画面に映っていたのは、見慣れた掲示板だった。 そこに写った自分の画像を認識した瞬間、喉の奥が冷たくなる。 その言葉が発されると共に横から気配が差し込み、背後にも人影が立つ。 雑踏の中で逃げ道が静かに塞がれると、その影はニヤりと笑った。 それと同時にデジヴァイスicが光り、ディノビーモンが危機を伝える。 「…そうだけど、ここじゃ」 ハンターの背後からグルルモンがリアライズし、駅の地下入り口階段の上に着地した。 日常が崩れる音、グルルモンの唸り声、ハンターの嘲る声─。 「アンタが仕事をミスったから!仕方ないわよねぇっ!?」 グルルモンが牙を剥き、青い光が喉奥に灯る。 「っ、こんな朝の街中で暴れさせるつもり…!?」 通学路だぞ─カノンの声は怒りよりも焦りに近いが、相手は既に構えている。 青の爆炎が走る─直後、ディノビーモンがデジヴァイスicから飛び出だす。 発射された炎を浴びながらも翼を振り切り、蹴撃でグルルモンを横へ弾き飛ばす。 だがそれで終わらない─別方向から別のハンター、さらに後方にも気配。 強敵ではない、だが数が多い。連戦になる。 遅れて人々の悲鳴が広がり始め、日常の音が崩れる。 「チッ…!」 足を止めれば囲まれる…迎撃しながら後退するしかない。 僅かな判断の遅れを突かれ、ディノビーモンが包囲攻撃を受ける。 焦燥が思考を摩耗させ、自分と相棒の動きが僅かに重くなる。 カノンはポケットからスマートフォンを引き抜き、シュウの名前を押した。 呼び出し音が戦闘音の中でやけに長く響く─出ない。 もう一度かけるが、出ることはない。 「…こういう時くらい、出ろよ」 爆発が足元を抉り、地面が揺れる。 ディノビーモンは再び前に立ち、カノンへ届く火の粉を防ぐ。 だが、背後にも既に別のデジモンが構えていた。 逃げ場は、もう前にしかない…最後のつもりでカノンは四度目のコールを行った。 ・05b その頃…シュウの前では、理解の追いつかない苦情が延々と続いていた。 窓口越しに身振りを交えて怒鳴る男の言葉は要点を持たず、ただ不満だけが膨らんでいく。 シュウは呆れた顔のまま、相槌だけを打ち続けていた。 「ですから規定上、それは…はい…いえ、そういう意味ではなくてですね。まずこちらの話を…」 感情のない声で処理しているが、内側の疲労は隠れていない。 ようやく解放されて廊下に出たところで、シュウはバックヤードの椅子に座り込んだ。 その時、硬い革靴の厚底を鳴らしながらIDカードを揺らす同僚・鮎川聖が現れた。 「いつもお疲れ様。顔、固いわよ」 「客は元気だな。俺の分まで」 シュウがやれやれと軽口を返した時、今度は低い声がシュウに飛んできた。 「祭後〜ちょっといいか?」 その声の主…上司に名を呼ばれたシュウは反射的に姿勢を正した。 「あらら、まだ大変そ。それ、机に置いとくわよ」 聖は返事を待つよりも早く、シュウから手提げと山盛りの資料を掠めとる。 少し遅れて驚いたシュウを前に、聖は微笑みながらその場を離れた。 それからしばらくして、手提げの中でスマートフォンが震えた。 一度、二度─三度。 連続する振動に、聖は視線を落とす。 少し迷ったように眉を寄せ、それから周囲を見回して手提げに手を伸ばした。 「…ごめんなさい、彼いま出られなくて」 通話口の向こうが、一瞬静まる。 「お、お、女の人!?」 素っ頓狂な声に、鮎川は思わず笑った。 「あはは。びっくりさせてごめんなさい。用事、伝えておくわ」 「えーーーっと、その…」 言葉が続く前に、ノイズが一瞬だけ弾ける。 何かが破裂するような音と共に通話は途切れた。 「…あら?」 再び耳に当てるが、音は何もない。 電波表示は消えていたが、聖はなにか…楽しそうなことを期待するように笑みを浮かべた。 ・05c 「─助けを呼ぼうとしてもダメだぜ!」 カノンの足元が抉れる─別の場所、戦闘の中で男の声が響く。 「俺の仲間に"そういうの"が上手いヤツがいるんだよ!」 画面には【圏外】の表示─カノンは歯を食いしばる。 「くそ…私がやらないと……!」 爆炎が背後を裂く─ディノビーモンは振り向きざまに拳を放つ。 それはハンターが放ったパートナーデジモンを捉え、迎撃する。 「あっ、畜生!オレのデジモンがっ!」 だが、カノンの視界はもう戦場を映していなかった。 視線は遠く、山の方角を向いている。 (あそこにいる…隠したハズのカブテリモンが…!) パートナーが気絶し、頭を抱える男を無視して地面を蹴る。 だが、それは逃走ではない…目的地への疾走だった。 その選択が、消耗戦をさらに長引かせることになる。 まだ、誰も知らない。 ・06a 山道は静かだった。 だがその静けさは、安堵ではなく、遅れて押し寄せる疲労を浮き上がらせる。 カノンの呼吸は荒く、足が重い。 背後からの追撃を振り切り続けた代償が、今になって全身にまとわりついている。 負けた訳ではない…だが、それは勝っているとも呼べなかった。 当然、相手も手慣れだ。 カノンよりも経験値のあるも多くおり、彼らは決して引かなかった。 連発される決死の攻撃が回復の隙を作らせず、消耗だけを積み重ねてくる。 「…おばあちゃんに心配かけちゃうな」 こんな姿、見せたら泣いてしまうかも。 ボロボロになった通学バッグを暗い顔で見つめると、手を突っ込んだ。 やがて指先に触れたのは、応急措置として通学バッグに仕込んだ回復ディスクだった。 「これが…最後の回復ディスク…」 起動音とともに光が弾け、ディノビーモンの傷を覆う。 だが塞がったのは表面だけだ。 綺麗だった甲殻には、見慣れない亀裂がいくつも走っている。 焦げ跡、歪んだ装甲、鈍くなった動き。 (─守れていない。大切な相棒を) 相棒の背中が、遠く感じた気がする。 自分の選択は、間違っていたのではないか。 あの時、逃がさずに終わらせていれば。 あの時、助ける側に立たなければ。 その考えが一瞬、脳裏をかすめる。 だがディノビーモンは、何も言わず前に立っている。 彼の位置はいつも変わらない。 その先に、小さな影が見えた。 カブテリモンがこちらの気配に気づくと、翅を震わせて後退る。 角が持ち上がり、逃げ場を探す目─まだ、恐怖が勝っている。 「…大丈夫。迎えに来ただけ」 カノンは通学バッグを下ろし、何も持たずにゆっくりと歩く。 声はかすれているが、嘘はない。 カブテリモンの動きが止まる。 彼は覚えている…何もしなかった時間、奪われなかった時間。 「ここにいたらまた狙われる」 カノンは息を整えきれないまま言葉を続ける。 「一緒に来い」 一瞬、言葉が詰まる。 それでも、なんとか目を逸らさないようにする。 「私が、なんとかするよ」 その宣言は強くない、自信も…もうあまりない。 自分が、引き返さないための言葉だった。 ディノビーモンが静かに横へ立つ…逃げ道ではなく、進む方向を示すように。 山の静けさの中で、三つの影が並んだ。 ・06b 業務が一段落したのは、時計の針が昼へ傾き始めた頃だった。 騒音のようだった窓口の喧騒が途切れ、代わりに事務室の蛍光灯の音がやけに耳につく。 シュウは机に置かれた紙の束やスマートフォンを前に一息ついた。 背後から靴底の音が近づき、シュウは振り返る。 「あ。さっき何度も電話来てたわよ?」 その足音の正体─鮎川聖は、書類を抱えたまま何でもない顔で言う。 「あんまりにも来るモンだから私、勝手に出ちゃった。ごめんなさいね」 「別にいいけど…一体誰から」 シュウはスマートフォンのスリープを解除しながら聖に聞く。 「んー。電波が悪くて途中で切れちゃったけど、若い女の子の声だったわね」 着信履歴にあったのは、同じ番号が短い間隔で何度も並んだ少々不気味な表示だった。 「確か妹さんがいたわよね」 行方不明の妹から電話が来たのかと焦ったが、それは見知ったカノンからの電話だった。 だが─"妹"という言葉と、連続された着信履歴がやけに重く感じてしまう。 理由は分かっているのに、胸の奥の嫌な感覚だけが消えない。 シュウの視線が一瞬だけ揺れるが、何事もなかった顔で画面を開いた。 指先をわずかに震えさせながら、折り返す。 しかし、電波は不安定なまま呼び出し音すら繋がらない。 数秒の沈黙から、シュウはスマートフォンを強く握りながら顔を上げた。 「悪い。今日は早退する」 言い切りだった。相談ではなく、報告。 聖は優しい視線だけを向ける。 「"今日も"でしょ?言い訳、考えとくわ」 彼女はいつも薄く笑い、事情は聞かない。 ただ、いつも通りの言葉をいつもの調子で言う。 「いってらっしゃい」 シュウは短く頷き、足早に廊下へ出る。 その背中を、聖は少しだけ細めた目で見送った。 机の上に残された資料のことなど、シュウの意識からは既に抜け落ちていた。 胸の奥で、嫌な予感だけがはっきりと形を持ち始めていたからだ。 もう、無視できない形で。 ・07a カノンの通う学校の最寄り駅を出た瞬間、シュウは空気の重さに違和感を感じた。 電波表示は不安定に揺れ、通知は来ないのに端末だけが妙に熱を持っている。 デジヴァイス01の中に潜むユキアグモンが、大きな鼻を鳴らした。 「間違いねぇゼ…デジモンの臭いだ!」 路地へ踏み込むと、壁面がえぐれている。 焦げ跡、割れたアスファルト、散った電子ノイズの残滓…戦闘はついさっきだ。 シュウは地面に残るデータの揺らぎを見て、無言のまま視線を細めた。 通信妨害、複数戦闘、連続発生─偶然ではない。 「こんな所に同業者か。案外多いんだな」 背後の気配に、シュウは振り向く。 二人のハンターが路地の入口を塞いでいた。 「おい待て…確かアイツ」 「…あの女の横にはチビだけど大人の野郎がいるって聞いたが、アイツじゃねぇのか?」 協会の掲示板に流れた情報…その断片が、目の前の男に結びつく。 「こんなところで何やってる」 「探し物さ。営業回りで色々と歩いててね」 シュウは視線は逸らさないし、声も平坦だ。 真顔のまま、無意識に嘘が出る…だが、その落ち着きが逆に疑念を煽る。 「こんな路地に?」 「お陰で見つかったよ」 シュウの視線は、壁に残ったデータ痕を捉えていた。 追跡の痕跡、逃走経路…カノンはまだ生きている。 「じゃあ帰すワケにゃいかねぇなぁ!」 「てめーも倒せばボーナスポイントかもなぁ!」 彼らのスマートフォンが光り、背後にリアライズの反応が生まれる。 「─行くゼッ!」 だがそれより早く、シュウの肩を踏み台に白い影が弾けた。 ユキアグモンがその勢いのまま振り抜いた足が、リアライズの光が消える前に差し込まれた。 衝撃と火花、そして甲高い悲鳴…二体が同時に壁へ叩きつけられ、沈黙した。 「「─!?」」 静寂が戻る。 着地したユキアグモンが振り向き、伸びをする。 「ん〜っ!オレはようやく動けて助かるゼ!」 「ったく。こちとら仕事上がりなんだ」 シュウは、ユキアグモンと挟み込むように二人のハンターが逃げられない位置に立つ。 「さぁて。情報を話してもらおうか」 シュウの何か別の景色を見たままにも見える目が、彼らを射抜いた。 ・08 街路の空気はまだ戦闘の余熱を残していた。 沈黙したデジヴァイスicと、散ったデータの粒子だけが淡く漂っている。 結束バンドで縛られたハンター二人から引ったくったスマートフォンの画面を、彼等の服で拭うと内容を確認した。 「…ジョン・ウィックじゃねーんだぞ、全く」 表示されたログを確認し、端末の画面を見下ろしたまま呟く。 賞金首として認定されていたカノン、危険個体のデジモンを誘拐・保有。 一番異様だったのは、その金額の桁だった。 シュウの視線が一瞬だけ止まり、それだけで既に感情は沈められた。 「…そういうことか」 理解の声だった。 その言葉に、別の足音が重なる。 一定の速度で乱れない歩幅は、規則正しく迷いがない。 「やはり貴方でしたか」 背後からかかるその声に、シュウは視線だけを横に流す。 「久しぶりだな優等生ちゃん。遅刻だぞ」 路地の入口に立つ少女…三津門 伽耶の表情は整っている。 制服の着こなしも、姿勢も、模範的な生徒そのもの。 だが…微動だにしないままその瞳の奥だけが、静かに燃えていた。 隣でエレキモンが低く唸る。 「オレ、少しイヤな気配するよ」 シュウも何となく気付いている─デジヴァイスの反応。 数が多く、距離は遠い…しかし、一直線にこちらへ寄ってくる。 「カノンの件、もう知っていますね」 「なるほど。だよね」 「貴方に聞いているんです。一人で納得されては困ります」 シュウは無言でハンターから奪ったスマートフォンの画面を背後に向ける。 「カノンと行動を共にしている大人…貴方は、協会の情報と一致します」 口調は丁寧だが、それは事実確認の形を借りた"照準"だ。 「大人なんてそこらじゅうにいる。人違いじゃないか?」 シュウは振り向きながら、眠そうな顔のまま微笑んだ。 伽耶の指が、わずかに強くデジヴァイスVを握る。 「貴方のそういう所…ムカつきますよ」 キッとした彼女は、デジヴァイスVを手首に当てる。 自動でバンドが展開し、カチッと固定された音が小さく鳴る。 その言葉は小さい…だが抑えつけた感情の圧だけが滲む。 エレキモンが駆け出すと、彼の体を進化の赤光が包む。 「行くよ─」 エレキモンの姿が光の中で引き伸ばされ、牙を持つ獣へ変わる。 やがて爆ぜた光の中から、鋭い咆哮と共にファングモンが顕現した。 即座に地面を抉りながら赤狼は加速を開始─一人と一匹に迫る。 「っしゃあ!負けねぇゼ!」 ユキアグモンも負けじと弾け飛ぶように走り出した。 シュウはゴーグルを装着し、デジヴァイス01から光を放つ。 進化の蒼光に包まれながら、ファングモンの突進を真正面から受け止める。 直後─光を更に強めたユキアグモンはファングモンの視界を奪った。 伽耶たちは咄嗟に顔を伏せるが、視界を取り戻したファングモンが左右を向いても敵はいない。 上空から飛来したストライクドラモンが、勢いをつけて爪を突き立てる。 それに反応して見せたファングモンは牙を突き立て返し、火花を散らす。 衝撃が路地を僅かに揺らし、シュウは目を細める。 「小賢しいんですよ貴方は」 「俺は勝てない戦いは嫌いでね…キミは好きかい?」 着地したストライクドラモンは纏わりついた炎を振り払った。 ユキアグモンの体が再構築された戦闘体が、地面を踏み鳴らし構える。 ファングモンが低く構え、牙を剥く─獣の本能と、理性で縛った少女の意思が共存する。 「嫌い…いや、大嫌いですよ」 「なら、敵でいいのかな」 シュウは責めないし、驚かない…ただ、事実の確認を求めた。 伽耶の喉が一度だけ動く。 「私は多くの組織との繋がりが欲しい…それが理由としては、十分です」 二対の竜狼は打ち合い、壁を蹴り、天井を使い、三次元で交錯する。 速い─だが、これは恐らく"殺しに来ていない"。 両者は着地すると、一定の距離を保ちながら睨み会う。 「お前ら派手に壊すなよ。一応通学路だからな」 戦場の中心にいるのに、まるで部外者のようなの声音。 伽耶の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。 "この男は、勝てないのになぜ冷静なんだろう"、と。 「…始めます」 伽耶の声は小さい。 だがそれは宣戦布告ではなく、覚悟の確認だった。 次の瞬間、ファングモンの姿が消える。 爆音ではなく、無音の圧縮─地面に残されたのは爪痕だけ。 視界の外から牙が横薙ぎに迫る─だが回転しながら振るわれた蒼炎の渦がそれを弾いた。 ギンッと火花が散り、ストライクドラモンとファングモンがすれ違う。 速さはほぼ互角だが、その戦い方が違う。 ストライクドラモンは"面の制圧"。 ファングモンは"点の狩り"。 死角からの連撃、壁面反射、視界外からの牙。 それは、致命点だけを狙う軌道。 「おー、容赦ねぇな」 シュウの声は感想に近いが、その目は素早く動き続ける。 【右上、三秒後】 送信された指示を受けたストライクドラモンが、路地裏にはみ出した木を蹴る。 直後、飛び退いたその場所を牙が貫いた。 低くなったファングモンの唸りを聞いた伽耶は理解する この男は戦っていない…だが、戦場を支配をしようとしている。 ストライクドラモンが踏み込みで地面を砕く。 衝撃でファングモンの重心が僅かに崩れ、その隙に肘が差し込まれる。 壁へ叩きつけられそうになるが、四肢で着地し即座に構え直す。 その一撃に致命打は入っておらず、押し返しただけだ。 伽耶はその"抑え"に気付く。 「……なるほど。貴方は戦力に含んでもよさそうです」 「貴方は…あの子を助けられますか」 一拍置き、視線がシュウに向く。 攻撃の応酬の中で零れた問いに、シュウは肩を竦める。 「助けるかどうかは、本人が決めることだ」 「答えになっていないですよ。でも、それなら大丈夫ですね」 大丈夫─その言葉は、シュウが誰かに向け続けてきた心底苦手な言葉だった。 思わず目を逸らしそうになった時、ゴーグルに複数のデジヴァイスic反応が増幅する。 増援─シュウは視線を動かさず言う。 「もう来るぞ。赤ペン先生は終わりか?」 「ええ」 ファングモンが距離を取る─殺気は消えていないが、敵意の向きが変わる。 「今回の組織とは縁を切ることにします」 「いいのか?目的があるんだろ?」 沈黙が肯定になる。 「あの子のことは嫌いです…でも、いないと寂しいかもしれません」 感情が声に滲むが、すぐ理性が蓋をする。 「ここから先は私が引き受けます」 「テストの報酬か?」 「いえ。貸しです」 「前、間違って俺のこと蹴ったろ。それとでゼロだ」 伽耶は鼻で笑うと、視線は増援の気配へ向く。 そして、スッと賞金稼ぎの顔に戻る。 「数の相手には慣れています。ハンター同士の小競り合いなんて、よくある話ですから」 シュウはデジヴァイス01でストライクドラモンの状態を確認する。 戦闘の継続は可能…伽耶たちも手を抜いていたということだ。 シュウは小さく息を吐く。 「…学生に背負わせる量じゃねぇな」 「私たちの方が強いので平気です」 伽耶は振り返らず、増援の方へ歩き出す。 すぐにストライクドラモンが振り向く。 「行くゼ、シュウ!おめーらも無理すンなよ!」 「ああ。行こう」 「後から言い訳がつく方法を選んだだけです」 「そうそう。早く行きなよ」 それは敵の言葉ではなかった。 しかしこれは信頼ではなく、条件つきの賭けだった。 ・09 刹那、カノンたちの足元になにかが転がり込んだ。 からん。と軽い音をたてて倒れた無機質な筒からは、凄まじい勢いで煙が飛び出した。 遅れて異臭が喉を焼き、視界が濁り、羽音が途切れる。 「─対昆虫型ガス!?」 空気そのものが敵意を持ったみたようになり、カノンの声が掠れる。 その声は、叫びというよりも知識が先に反応した結果だった。 カブテリモンが反射で後退る─だが、遅かった。 脚の関節が震え、翅の駆動が乱れ、空中で姿勢を崩す。 強い意思で前に出たディノビーモンが壁になる。 だが、甲殻に走っていた亀裂へ白い煙が粘つくように内側へ絡みつく。 カノンの軽い耳に足音が一歩、また一歩と届いた。 急ぐ必要がない者の歩幅…躊躇いのない、獲物の死を確認しに来る者の速度。 彼の手には、先程と同型の筒がもう一本握られている。 これが偶然ではないことを、カノンたちが理解するには十分だった。 暁は状況を一瞥し、懐からデジヴァイスicを取り出すと、薄く笑う。 「今回は本気だぜ」 親指で軽くスイッチが押されると、発生した薄紫の光が周囲の視界を白くする。 薄紫の光が視界を白く塗り潰し、やがてその光はジオグレイモンViへ吸い込まれていく。 光は球体となり、鼓動する卵のように膨張する。 そして次の瞬間─内側から砕けた。 機械翼が殻を突き破り、巨大な砲身が光の破片を撒き散らす。 【ライズグレイモンVi:完全体】 雄叫びが霧を吹き払い、圧だけで空間が押し下げられる 「進化した…!?」 カノンは衝撃に顔を庇い、足を踏みしめる。 「誰が最初から本気なんて出すかよ」 暁の手が、合図と呼ぶにはあまりに軽い動きで上がる。 その直後、ライズグレイモンViの砲撃が空間を裂いた。 回避も防御も、思考に浮かぶ前に衝撃が到達する。 直撃─ディノビーモンの巨体が吹き飛び、地面を削りながら転がる。 岩が砕け、木が折れ、土煙が山肌を駆け上がり、やがて止まった。 「ディノ──っ!」 声が遅れて届くが、返事はない。 甲殻に走っていた亀裂が一気に広がり、治りかけていた外殻が崩れ落ちる。 「終わりだねぇ」 暁は肩を揺らして笑うが、声に熱はない、 「俺から獲物を奪ってさ、勝ち誇った顔してたよねぇ?」 視線がカノンへ向く─分厚い前髪から、うっすらと品定めする冷たい目が見える。 「後悔させてあげるよ、それ」 暁の指が、もう一度わずかに動く。 相棒の挙動に連動し、ライズグレイモンViが砲身を上げる。 その照準に、変わらず迷いはない。 「僕もムカついてるんだ。さっさと続きをしようか」 その時、カブテリモンが動いた。 震える脚で地面を蹴り、羽音を乱しながらも前へ出る。 ─そこに、誰かの命令はなかった。 その小さな背が、カノンと倒れたディノビーモンを隠すように立ち塞がる。 「…っ、だめだ──!」 制止は届かず、次の瞬間には空気を裂いた砲撃がその身を貫いた。 細い体を後方に倒れ、岩肌に叩きつけられた。 羽音はもう、戻らない。 「…どうして」 その問いは、責める響きを持てなかった。 ただ理解が追いつかない子どもの声だった。 暁は視線を向けるがそこに感情はなく、道端の石を見るのと同じ目だった。 「なにコレ。一銭にもならないヤツぁ退いてなよ」 砂を持ち上げながら、ゆっくりと歩き出すライズグレイモンVi。 やがて無造作な蹴りが、カブテリモンの体をさらに横へ転がした。 その瞬間、外殻がひび割れた部分からデータが零れ始める。 光の粒が崩れた雪みたいに地面へ落ち、消えていく。 カノンの伸びた指先は、何も掴まない。 助けられたはずの命、守ると決めた存在…全部が届かなかった。 暁はその様子に対し、つまらなさそうに欠伸をする。 「俺の目的はお前なんだ。こんな所に来なけりゃよかったんだよ」 責任の所在を突きつける事実だけが投げられる。 煙の匂いがまだ喉に残る…耳鳴りの奥で、自分の心臓の音だけがやけに大きい。 強がりも、口の悪さも、全部が消え…そこに残ったのは、自分が分からなくなった少女だった。 「…僕、何やってるんだろ」 答えを出せるほどの覚悟は、もう残っていなかった。 視界が滲み、膝の力が抜ける。 それでも、至近距離から自身を狙うライズグレイモンViの砲身だけははっきり見えた。 照準みまは、外れていない。 やがて砲身の奥で、紫電が唸りを上げた。 「まぁ俺の明日の晩メシにでもなってくれよ」 暁は勝ち誇ったように口角を上げ、軽い調子で指を鳴らしながら「ばん」と呟いた。 【トライデントリボルバー】 互いのデジヴァイスicに必殺技の発動警告音声が響く。 空気が裂け、三連続で破壊の奔流が一直線に解き放たれた。 しかし次の瞬間─その衝撃が"止まった"。 山肌を揺らすほどの爆音の中心で、蒼い防壁が展開する。 それは、何重に折り重なった結晶が生み出す光膜─。 【変異種防壁(イリーガルプロテクト)】 「…は?」 その表面で歪みかけた砲弾を見た暁の声が、わずかに遅れる。 防壁の内側に立っていたのは、筋肉質な戦闘竜・ストライクドラモン。 彼は片膝をつきながらも、砲撃を受け止めていた。 遅れて現れたシュウの低い声が、わずかに響く。 「カブテリモン、そうか…」 ゴーグル越しの視線が、デジタマすら残せず崩れたカブテリモンの残滓を捉える。 シュウの理解は、もう済んでいる。 「僕…僕は……!」 言葉にならない声が、カノンの喉で途切れる。 だがシュウは振り返らず、慰めも叱りもしない。 ただ、現実を受け取ったまま前に立つ。 ライズグレイモンViが、興味深そうに首を傾げた。 「へぇ。防ぐんだ」 苛立ち舌打ちをする暁に対し、シュウは淡々と返す。 「でもさぁ。もう終わってるだろ?そのムシケラも、生意気な女も」 「それを決めるのは、俺たちじゃないさ」 その声音に、暁の眉が僅かに歪む。 見下しているはずの相手が、こちらを"見ていない"。 眠そうな顔をしたシュウに、ライズグレイモンViが呆れ気味に笑う。 「なんだかさ。僕たちに興味ないみたいに見えるけど?」 「自意識過剰だろ…ま、ガキらしくていいんじゃないか」 シュウは肩を竦める。 だが、現に彼が見ていたのは防壁の向こうで膝を折った少女の姿だった。 変異種防壁が、限界を知らせるように軋む。 完全に砲撃を受け切ると、ストライクドラモンが立ち上がる。 しかし、腕に響いた負担が即座に反撃に出ることを許さない。 「カブテリモン…おめぇの仇は、オレが討つゼ!」 炎が強く揺らぐと、巨体が弾丸のように飛び出した。 距離を潰す─拳が、顔面を狙って連続で振るわれる。 【マッハジャブ2】 だが、そのどれもが当たらない。 ライズグレイモンViは、紙一重でかわし続ける。 機械翼が唸り、後退と旋回を同時に行う。 「近い近い。そういうの、嫌いじゃないけどさ」 【ギガフレイム】 至近距離から、灼熱の炎が吐き出された。 ストライクドラモンは反射的に跳び退き、炎を躱す。 距離が、再び開く。 その一連を、シュウは無言で見ていた。 変異種防壁を切った今、真正面からの殴り合いしか手札には残されていない。 それでも、目は迷っていない。 続いてストライクドラモンとライズグレイモンViが正面からぶつかり合い、火花が弾けた。 炎が、弾丸が、頭が、腕が交差し、岩肌が砕ける。 力はライズグレイモンViが勝っているが、不屈のストライクドラモンを押し切れてもいない。 その激突の余波の中で、ほとんど誰にも気づかれないままカブテリモンが動いた。 羽音はもう動かない…それでも腹を擦り、脚を引きずりながら、ディノビーモンの方へと進む。 「……っ」 カノンの喉が鳴る。 止める言葉は、もう残っていなかった。 カブテリモンは、ディノビーモンの胸部にそっと触れた。 ひび割れた甲殻同士が触れ合い、改造された痕跡のあるデジコアが淡く光る。 それは、共鳴なのか…微弱だが、確かな生命エネルギーの移動。 ──ありがとう。君は、生きて。 言葉ではない"意味"だけが、ディノビーモンへ記憶として刻まれた その直後、カブテリモンの輪郭が静かにほどけ始める。 「やだ…」 カノンの声は、もう叫びですらなかった。 赤い光の粒子が指の間をすり抜け、何も残さず消えていく。 ディノビーモンの胸が、わずかに上下する。 亀裂は塞がらない…だが、確かに"生きている"。 「今さらちょっと回復したくらいで何ができるってんだよ!」 暁はデジヴァイスicに視線を落とし、数値を確認すると鼻で笑う。 「誤差でしかないね」 ストライクドラモンの飛び蹴りを受け止め、地面に投げ捨てたライズグレイモンViもそう言い切る。 「感情で動いた結果がコレだ。助けるだの守るだの、口だけじゃ誰も救えねぇんだよ!」 【ソリッドストライク】 暁から流し込まれるデジソウルを受けたライズグレイモンViが銃身を振るい、地面に叩きつけられたストライクドラモンを殴り飛ばす。 戦闘竜の巨体が地面を擦りながら吹っ飛び、岩肌に激突してその動きを止める。 「がはっ…!」 「助けに来たつもりみたいだけどさぁ、タイミング最悪だよ。おじさん」 「大事なのは金だ。価値があるかどうか、それだけなんだよ!」 なんとか防御していたストライクドラモンが立ち上がる。 だが、既に動きは鈍い。 「死に損ないがよ…!」 苛立つ暁の前で、シュウが静かに息を吐いた。 「楽でいいよな…金で測れるならさ」 その声は低く、あまり大きくないがよく通る。 再び飛び出したストライクドラモンを捉えようと銃砲が振り下ろされる。 【ストライクファング】 しかし、ストライクドラモンは急加速するとライズグレイモンViの股下を潜り抜けた。 「命も、選択も、失敗も…全部、自分で値札つけて終わりだ。迷わなくて済む」 地面を殴り、無理矢理方向転換したストライクドラモンがカウンターのように蹴りを命中させる。 その一撃と言葉に、暁の眉が動く。 「羨ましいよ」 僅かな沈黙から、シュウは眠そうな顔のまま言葉を続ける。 「でもな─それは一人で完結する行動だ。誰かを助けたい、守りたいって気持ちは…君が勝手に値踏みするもんじゃない」 その瞬間、シュウは振り向くと一直線にカノンを見る。 「─カノンちゃん!」 声が張る。 「泣いてるってことは、まだ終わらせたくないんだろ!?悔しいんだろ!?」 「でも…」 カノンの声は震え、ディノビーモンも立ち上がれない。 彼女たちの脚は言うことを聞かず、翅が引きつる。 だがディノビーモンに巡っていた赤い光が消えると、彼はゆっくりと体を起こしはじめた。 羽根が、ぎち…と嫌な音を立てて動く。 カノンが目を、強く見開いた。 シュウはそれを見て、確信したように言う。 「聞いたことないか?テイマーとパートナーの話。鏡写しとか、足りない部分を補い合ってる…ってさ」 無言のディノビーモンに、シュウは視線を向ける。 恐ろしい風貌の彼が、穏やかにカノンを見つめた。 「そういうことだろ?」 シュウも黙って頷くと、もう一度カノンを見る。 「こんなの、諦めたヤツの顔じゃないぜ」 「…ディノビーモン」 大きく息を吸い、カノンは顔を上げた。 シュウは片膝をついて、手を差し出す。 「そんなカノンちゃんだから、俺は助けに来たんだ」 一瞬の沈黙から手を伸ばしたカノンは、シュウの手を強く叩き落とした。 驚くシュウを前に、カノンは一度大きく息を吸い─叫んだ。 「勝手に兄貴面すんな!私のことは私が決める!後ろになんか隠れててたまるか!」 そして、小さく。 「……でも、ありがと」 今度は自分から、その手を掴んだ。 シュウは歯を見せて笑うカノンの手を引っ張り、起き上がらせる。 「…離すなよ」 「舐めんな。離さないようにすンのは、おじさんだよ」 カノンは勝ち気に返す。 そして二人は並び、デジヴァイスicを構える。 「私は、私の行きたい道を行く!」 ・10 割れた甲殻の奥で、ディノビーモンの内側が脈打った。 失った所に、確かな熱が流れ込んでいる。 それは、背負うと決めた鼓動の欠片だった。 返せないものは沢山あるが、迷いだけはもう残っていなかった。 「誰にも邪魔させない─誰にも、馬鹿にさせない!!」 カノンがデジヴァイスicを強く握り、左手から白いデジソウルを産み出した。 「デジソウルチャージ・オーバードライブ!」 左手がスイッチに叩きつけられた瞬間、装置が応えるように光を放った。 それに呼応し、ディノビーモンの体内から赤と青の光が滲み出す。 赤は積み重ねてきた痛みと後悔の色、青は迷いを越え選び取った意思の色。 二対の光が、互いを拒まず絡み合う。 やがて二つは混ざり合い、紫の光となってディノビーモンの全身を包み込んだ。 光は収束し、卵のような形を成す。 表面に黒雲と強烈なスパークが鼓動のように纏わりつき、脈打ちながらも次第にその色を黒へと沈めていく。 沈黙…そして、轟音とともに光が爆裂した。 砕け散った殻の内側から現れたのは、巨大な鋏と漆黒の外殻。 圧倒的な存在感が、空気そのものを押し潰す。 【グランクワガーモン:究極体】 地面を踏みしめたその姿は、力の象徴であると同時に、失われたものすべてを背負う覚悟そのものだった。 カブテリモンから託された力とカノンの選び取った意志が、黒虫王・グランクワガーモンへの究極進化を完了させた。 進化の余波が遅れて世界を揺らし、空気が悲鳴を上げ、山肌に走る影が歪む。 それは衝撃ではない…存在そのものが、現実に適合していない音だった。 「ひゃっほー!進化しやがった!」 ストライクドラモンが、思わず大声を上げて叫んだ。 暁は一瞬だけ目を見開き、次の瞬間には歪んだ笑みを浮かべた。 「はっ。雑魚と死にかけがくっついたくらいで、何ができンだよぉ!」 ライズグレイモンViが一歩踏み出す。 銃身が唸り、至近距離から放たれた一撃がストライクドラモンを捉えた。 防ぐ間もなく戦闘竜の巨体が吹き飛び、岩肌を削りながら転がる。 やがて木に衝突し、土煙の中から退化したユキアグモンが現れた。 「ほらまずは一匹!」 だが─その視線は、すでに別の存在へ向いている。 漆黒の外殻と巨大な鋏を持った巨体が地に降り立っただけで、周囲の時空を軋ませた。 薄く裂けていく時空─究極体の強すぎる力が、世界を拒絶している。 「あんたに勝つことができる!」 グランクワガーモンが地を蹴る─だが、その一撃はライズグレイモンViを捉えきれない。 そのまま勢い余って岩に激突し、粉々に砕いた。 (速すぎる…力が前に出過ぎだ。おそらく制御がまだ追いついていないんだ…) シュウはその大きな力、究極体の力に驚愕した。 今度は鋏が空を裂き、虚空だけを掴む。 その余波で、背後の木々がまとめて崩れ落ちた。 「チッ…俺を、俺を!舐めるなぁっ!」 暁は歯噛みし、全身からデジソウルを溢れさせた。 デジヴァイスicへ握り拳が振り下ろされるようにスイッチが押される。 瞬間、ライズグレイモンViの周囲に黒と橙が混ざり合ったオーラが噴き上がった。 それは炎でも光でもなく、意志と執着を形にした歪な力。 オーラは竜の輪郭を取り、一回り大きな"影"となってライズグレイモンViに重なる。 連動するように、その両腕が掲げられた。 再び暁がスイッチを荒く叩き、デジソウルを流し込む。 ズッ…と空気が震えた瞬間、無数のエネルギー弾が解き放たれた。 追尾する軌道、逃げ場はない。 光弾が次々とグランクワガーモンを掠め、叩き、外殻を打つ。 衝撃が走り、巨体が一歩、二歩と押し戻される。 外殻に走った衝撃は確かに重く、暁は歪んだ笑みを深めた。 「力があるだけじゃ、勝てねぇんだよ…!」 「くっ…!ホントに完全体かよ!?」 グランクワガーモンは強引に体勢を立て直すがその動きは荒く、次の一歩が定まらない。 カノンが歯を食いしばる…溢れ出る相棒の力に、自分の感覚が追いついていない。 その隣で、シュウは一瞬だけ目を細めた。 親指で眉間を叩き、思考を強引に回転させている。 (…似た状況、前にもあったな) 制御しきれない出力、視界と身体感覚のズレ、力だけで押し切ろうとする相手…。 視線の先で、暁が舌打ちしながらデジヴァイスicを握り締めている。 彼の過剰なデジソウルの過負荷に耐えきれないのか、装置の縁に細かなヒビが走っていた。 「つまり、問題は出力じゃない…どこを見て、どう動かすかだ」 「シュウ!」 小さく息を吐いたシュウに、横からユキアグモンの声が飛ぶ。 「アレじゃオレの入る余地がねぇ…でもよ、何もしねぇのはもっと嫌だ!」 その言葉に答える前に、突風が吹き抜ける。 回避行動で後退したグランクワガーモンの巨体が目前に現れ、地面が震えた。 その瞬間、顔を庇おうとしたシュウの指が無意識にゴーグルの縁に触れる。 ─ひらめきと同時に、ゴーグルのレンズが光を反射した。 「…ユキアグモン」 シュウは即座に顔を上げる。 「グランクワガーモンの頭に乗れ。落ちるな、絶対にだ」 一瞬きょとんとしたあと、ユキアグモンは牙を剥いて笑った。 「なんだかわかんねーけど、了解だゼ!」 次の瞬間、ユキアグモンは木々を蹴って跳んだ。 枝から枝へと駆け上がり、巨大な竜と虫の激突の間で一気に距離を詰める。 たまに吹き飛ばされながらも、ユキアグモンはグランクワガーモンの頭部へ飛びつく。 ユキアグモンは外殻に爪を立て必死にしがみつくと、勝ち誇ったようにはしゃぎだした。 「やったゼ!やったけど目が回る〜!」 「…こんな時に何やらせてんの!?」 「俺のゴーグルにはユキアグモンの視界が送られてくる」 遊具変わりにされだした相棒を前に困惑するカノンを他所に、シュウはすぐさまゴーグルのバンドを緩めて隣に突き出した。 「これでグランクワガーモンの前が見えるはずだ」 「…はぁ!?」 カノンは一瞬だけ呆れたように睨む。 「そういうこと思いつくなら、事前に洗っとけよ!」 「あ、いや。消毒はたまにやってるから…」 この状況で真剣に言い訳を始めたシュウの言葉を、舌打ちが遮った。 「あー、もういい!そういうところ!」 カノンはゴーグルをひったくり、乱暴にバンドを締める。 顔を上げた、その瞬間。 世界が切り替わった。 視界の端に数値が走り、高所からの風圧と外殻の輪郭が一度に流れ込む。 そして、自分が動かそうとしている"力の全体像"が。 「…来た!」 カノンの声が低くなり、グランクワガーモンの動きがわずかに安定した。 鋏が今度は迷いなく振り上がり、黒虫王は迷いなく一直線に飛翔した。 それを見て、暁が歯を剥く。 「上等だ…まとめて吹き飛ばしてやる!」 【ライジングデストロイヤー】 ライズグレイモンViの翼が展開し、凄まじい量のエネルギー弾が一斉に解き放たれた。 同時に、重なり合った竜のオーラが咆哮するように腕を振り下ろし、第二波の光弾を叩きつける。 空間そのものが白く染まり、爆音が連なって響く。 回避不能…そう思われた瞬間、グランクワガーモンはさらに踏み込んだ。 加速、加速、加速。 その巨体が、ふっと視界から消える。 放たれた弾丸がフッと消え、静寂が戻った刹那─ライズグレイモンViの眼前に、漆黒の鋏が現れた。 「なっ…全部受け切った!?」 グランクワガーモンは、飛来するエネルギー弾を鋏と外殻で叩き落としながら突き進んでいた。 避けない、弾く、砕く─迫る。 「…カブテリモン、力を貸して」 唖然とするライズグレイモンViをゴーグル越しに視覚へ捉えながら、カノンは小さな声で技を選択した。 【メガブラスター】 ゼロ距離で顎部から放たれた高圧の電撃が、ライズグレイモンViを正面から貫いた。 「ぼ、僕の計算とは違う…ぐあああっ!!」 雷光が炸裂し、機械を破損させながら巨体が宙を舞う。 次の瞬間、ライズグレイモンViは地面に叩きつけられ、山肌を削りながら転がった。 「まだだ!まだ終わらねぇ…!!」 「くそっ…アイツ、まだ出力増せるのか!?」 なおもデジソウルを溢れさせる暁に、シュウは動揺する。 前髪で隠れた目の内側から鈍い光を見せながら、暁はデジヴァイスicのスイッチを殴り付ける。 だが─甲高い音とともに、装置に大きな亀裂が走った。 光が乱れ、表示が瞬き、デジヴァイスicが沈黙する。 ライズグレイモンViの身体から力なく光が零れ落ち、やがて霧散すると黒いアグモンだけを残した。 「くそっ!俺の力に耐えられねぇ…ヤワなデジヴァイスがよ……!」 暁は歯噛みし、壊れかけのデジヴァイスを睨みつける。 悔恨と苛立ちを吐き捨てると、暁は一歩、また一歩と後退する。 周囲に展開された歪んだエネルギーが、煙のように彼とアグモンBの姿を包み込んだ。 「…お前、覚えてろよ」 その言葉を残し、一人と一匹の気配は闇に溶ける。 静寂に残ったのは、荒れた地形とグランクワガーモンの姿だった。 ・11 カノンたちが知らないどこかで、研究所のモニターに淡々とログが流れていた。 《改造No.XXX デジコア反応消失》 「カブテリモンの改造体は完全に消えました。これで少女の回収依頼も不要ですね」 中年の女性研究員が、事務的に告げる。 「これから廃棄予定の研究体についても、改めて念入りに処分するよう周知しました」 研究者ではない職員がそう告げると、室内の人間たちは端末を操作した。 画面の端で、依頼ページが更新される。 赤字で表示されていた報酬額は消え、無機質な文字だけが残った。 《CLOSED》 デジタルバウンティハンターの掲示板では、短いやり取りが流れていく。 「依頼、急に消えたな」 「誰か横から口出したか?」 「上がビビったんじゃない?」 「額がデカすぎたし、裏あったろ」 「」 「コウイウノハ サワラナイノガ イチバン」 「……まあ説明ないのはいつも通りだな」 協会は何も語らない。 責任も、理由も、誰のものでもないままだ。 ─騒ぎが終息したあと、カノンに掛けられていた討伐依頼はいつの間にか消えていた。 そして、街は驚くほどいつも通りだった。 誰も追ってこないし、監視も警告もない。 カノンは制服に袖を通し、何事もなかったように登校している。 道行く人々は、誰一人として昨日の山の話などしていなかった。 シュウもまた、いつものように面倒な仕事で頭を下げたりしているのだろう。 日常に戻った─いや、戻りすぎた。 隣にいるはずだった羽音が、なかった頃にまで。 「平和ですね」 交差点で合流した伽耶が、前を向いたまま言った。 その声には、皮肉も安堵も、どちらも混じっている。 「アンタ、おじさんから聞いたけどあれから全部倒したわけ?」 「当然。だって、私とエレキモンですよ?ガジモンもいれば更に余裕でしたが」 振り返りもせず、そう断言する伽耶。 相変わらず可愛げのない、勝ち気なやつだ。 カノンは少しムッとするが、何か言い返そうとして…やめた。 「あ、カノンさん私に恩義でも感じてるんですか?」 「はぁ?別にぃ?」 皮肉気に笑う伽耶に睨みをつける。 伽耶は笑みを押さえられず、少し吹き出しながら言葉を続ける。 「私もあの人から色々聞いてますよ。泣いてたとか?」 「がーっ!殴る!まずお前から殴る!おじさんもあとで殴る!」 二人は路地で軽くおいかけっこになる。 「ま、良かったじゃないですか…でも忘れないでくださいよ」 ちょっとすると伽耶は足を止め、振り向くとそう話した。 「今回、助かった理由は貴女が"強かった"からじゃない」 カノンは、何も言わない。 「価値がなくなっただけです」 その淡々とした言葉は事実で、現実で、否定しようのない仕組みだった。 「そうかもね」 カノンは、ほんの少しだけ前を向いた。 声は小さいが、逃げてはいない。 「でも─私の価値は、私が決めるよ」 伽耶は、ほんの一瞬だけ目を細めた。 評価するようでもあり、試すようでもあり、どこか楽しむようでもある。 伽耶は短く笑って、背を向ける。 その背中を見送りながら、カノンはもう一度だけ空を見上げた。 そこに羽音はない。 けれど、進む方向は─もう、決まっていた。 おわり .